456.〝エピローグ前編〟


 もし足りなければ、俺の魔石たましいを差し出す覚悟はしていた。

 しかし、揃ってしまった。

 あっさりと、全て。


 その魔石を持つカナミと仲間たちの様子を、俺は窺う。

 小刻みに揺れる部屋の中、並ぶ顔は四つ。

 現在、『一次攻略隊』のパーティーは、馬車で移動中だった。


 大聖都で儀式に使われていた馬車らしく、屋根は綺麗に取り払われていて、外から中が見える。

 魔法道具による結界が張られており、走っていても虫や風が入ることはなく、貴賓室のように乗り居心地がいい。

 広さは、大人を十人運べるほど。備え付けの長椅子に張られた高級織物ビロードは必要以上に柔らかく、調度品も御者の騎士も気品に満ち溢れている。


 儀装が施された馬車の中、俺ことセルドラ、カナミ、シス、クウネル、そして清掃員の五人が顔を合わせていた。


 ――半日が過ぎた。


 ファフナーとグレンを逃がしたあと、俺たちは血の干上がった荒野を徒歩で進み、最終防衛線の土塁まで戻っていった。

 そこから先は、整備された交易道を馬車で快適に進んでいる。


 周囲は、点々と草木の生る平原。

 俺たちの乗っている儀装馬車の前後には、警護の馬車が列をなして、その全てに貴族騎士が控えていた。


 大事おおごとだ。

 あえて《コネクション》を使わずに、こんな大行列をなしているのには意味がある。


 『血陸』を攻略した英雄として、凱旋することが一つの儀式となっているからだ。

 『終譚祭』開始の合図だけでなく、カナミの『計画』を成立させるための『代償』にもなっているらしい。

 ゆえに、まだ『血陸』攻略は終わりとは言い切れず、緊張を解く段階ではない。


 そのはずだったが、馬車の中でシスは、ずっと暢気な力説をしていた。


「――よーし、そろそろ最初の街で凱旋ね! もちろん、私が一番前の一番目立つところに立たせて貰うわよ! 『血陸』で仲間外れにされた分、絶対に譲らないわ! いいわよね、カナミ!」


 グレンの『黒い糸』によって魔石となっていた彼女だが、もうこの通りだった。

 清掃員が取り返した魔石に、ちょっとカナミが魔力を込め直せば、完全復活。


 千年前以上に便利な身体を手に入れたシスの対面では、カナミが苦笑いを浮かべていた。


「むしろ、そうして貰わないと、僕が困るかな? 『血陸』攻略の栄誉を集めるのは、シスとセルドラの大事な仕事だ。……ちなみに、僕は仮面を被って隠れてるよ。もう変な称号をつけられるのは、こりごりだから」


 その暢気な話をする二人の間、クウネルと清掃員は馬車の中央に立っている。


「じゃあ、凱旋の先頭はシス様で決まりやねー。ちなみに、あてはみなさんの従者のような感じで、後ろのほうに控えさせて頂きますでぇ。……ということで、清掃員ちゃんにも従者コーディネートをしてあげたいと思います! 丁度、異世界から買ってきた服がたくさんあるんで、アレンジし放題! ただ、お顔のほうは化粧でもどうにもならんから、お面やね。でも、今回のお祭りではお面が普通デフォだから心配なーし!」

「…………」


 クウネルは誰も座っていない椅子に様々な衣服を並べては、清掃員を着せ替え人形扱いして楽しんでいた。


 清掃員は何も語らない。

 現在、彼女はカナミの『持ち物』から取り出された『呪布』で、『血の人形』としてのグロテスクな肌を覆い隠されている。


 平和だ。

 結局、『一次攻略隊』は誰一人欠けることなく――それどころか、新たな仲間を増やして、帰路についている。


 俺たちは完勝した。

 だから、こうも陽気に凱旋についての段取りを話せている。


「…………」


 俺だけが、納得できていなかった。

 事前に聞いていた計画では『ファフナー・ヘルヴィルシャイン』『グレン・ウォーカー』の二人も、この帰路についているはずだった。


 それをカナミに問うと「全力で生き抜く人がいると、運命がずれることがある」と嬉しそうに返してきた。だが、それは果たして本当だろうか?


 あのとき。

 『血陸』の戦いのほとんどが終わり、一箇所に全員が合流した瞬間とき


 確かに、第三者の介入による妨害があった。

 グレンは限界を超えた力を発揮して、『黒い糸』は危険だった。

 ファフナーも《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト・再譚リヴァイブ』》を受けて尚、戦意を保ち、剣を手にしていた。


 俺の予想を超えた反撃だった。

 だが、カナミの予想も超えていたか?

 カナミの万能な次元魔法ならば、あの場を強引に収めることはできたはずだ。


 あの不自然な決着が、俺にカナミを疑わせる。


 ――いまカナミは、俺の知らないルールに基づいて動いている。


 そのルールの一つが、『影慕う死神グリム・リム・リーパー』だ。

 ファフナーとグレンを逃がした彼女は、いま、お咎めなしでカナミの影の中に潜んでいる。あのノイと同様の扱い――いや、それ以上の好待遇だ。


 《深淵次元の真夜ディ・リヴェリントナイト》による妨害のあと、すぐにカナミとリーパーは和解した。

 カナミ側が「ファフナーが望んでない救済を押し付けようとしたのは、決闘のルール違反だった」と謝罪して、それをリーパーが受け入れた。


 『決闘』のルール。

 わざわざリーパーという『審判役』を用意してまで、それを遵守している。

 おそらく、それは凱旋や『終譚祭』と同じく、『魔法カナミ』を限界まで強める為の儀式であり、『代償』なのだろうが……。


 ルールの詳細が気になった。

 しかし、いまや俺たちのリーダーの心は暗く、深く、黒く、見通すことは難しい。

 もし見通せる可能性があるとすれば、それは馬車の中央ではしゃいでいる最年長の吸血種――


「清掃員ちゃん、おっ洒落しゃれー! 異世界の和装とこっちの民族衣装が溶け合い、すごいイケてるぅ! でも最先端過ぎやせんか!? いーや、あてたちが時代の先導者! この凱旋で、あてたちが流行らせるんや!」


 俺を上回った・・・・・・クウネルならば、ルールを察しているかもしれない。


 ただ一つだけ問題があるとすれば、俺がやつにだけは貸しを作りたくないということ。

 その俺の気持ちと視線を感じ取ったのか、清掃員のコーディネートを終えたクウネルが「ふいー」と汗を拭いながら、俺の近くの座席にやってくる。


 そして、意地悪そうな笑みを浮かべて、その小さな口を俺の耳元まで近づけた。


「落ち着かない様子ですね、セルドラ様。……その表情はもしかして、会長が遵守している自分ルールについて、思い悩んでいます?」

「…………っ!」


 顔を見ただけで、内心を読み取ってきた。

 ここまでの経緯があるとはいえ、カナミやヒタキに匹敵するスキルだ。


「会長に聞けばいいじゃあないですか。願えば、会長は必ず叶えてくれますよ? もし、直接聞くのが恥ずかしいのでしたら、あてが後でこっそりと教えて差し上げます」


 クウネルは慈悲深い微笑を浮かべる。

 しかし、その微笑に釣られて、頷いてはいけない。


 こいつに貸しを一つ作ると、いつか三倍にして返すことになるくらいは俺でもわかる。

 なにより、恨みがあった。


「必要ない。今回の俺の仕事をこなすのに、必要のない情報だ。……それより、おまえには言いたいことが他にある。俺とグレンの戦いに、水を差した件だ。おまえのせいで、グレンはもうじき、死ぬだろう。……あいつは、俺の魔石たましいの後継者になれる優秀な男だったんだぞ」

「あてに手を出されるのが嫌なら、さっさと本気になって、彼をぶっ倒せばよかったんですよ」


 文句に、クウネルは慈悲深い微笑ではなく、冷たい無表情で即答した。


「本気でやっていた。予期せぬ展開だったとはいえ、あの大事な戦いで俺が手を抜くことなど決してない」

「へえっ! あれが、本気? グレン・ウォーカーの攻撃を、延々と受け止めるだけの戦いが? あの伝説のセルドラ様の本気!?」

「反撃はしていた。ただ、【元に戻らない】毒を食らって、有効打を与えられるような力が出なかっただけだ」

「……へえ。だとしても、そもそも餓死なんてしない身体なのに、敵地で暢気に飲み食いして、毒になっちゃっているのが油断なんですよ」


 暢気なのは俺だと、クウネルは腰の後ろに下げていた袋を手に取り、見せ付けた。

 それは『血陸』を探索している間、ずっとクウネルの胃を守っていた特製の皮袋。


 『血陸』攻略に際して、クウネルは入念な対策をして来ていた。

 あらゆる魔法道具を駆使して目鼻口を守り、身体中に防御用の魔石を仕込んでいたらしい。その中の一つに、あらかじめ特殊な袋を飲み下して胃に下げておくという対策があり、グレンの毒を防いだ――と、そう彼女は主張しているが、本当かどうかはわからない。


 そして、暗殺慣れしている彼女は、毒に冒された振りをして、グレンの背後から『血の理を盗むもの』を抜き取り、解毒薬までも強奪した。

 その後、グレン以上の『血の理を盗むもの』との『親和』を見せて、鮮血魔法を使い、俺の身体から綺麗に【元に戻らない】毒を抜いた。


 つまり、このクウネルという少女は『血陸』での戦いにおいて、俺とグレンの二人を完全に上回っていた。


「食事が振る舞われていたとき、まだグレンは敵じゃなかった……」

「それが油断で、手抜きだって話です。実際、あてが不意打ちをしなければ、あなたは大怪我してたでしょうに。あてとしては、感謝して貰いたいくらいです」

「それが俺の狙いだったんだ。こっちが負傷してからでないと、グレンに話を聞いて貰える空気じゃなかった」

「話ぃ? 負傷したくらいで、してもらえる空気でしたか? なにより、そんなことは、あての知ったことじゃないですね。あては『一次攻略隊』の一人として、最大目標の魔石を取れそうなときに取った。作戦において、正しいのはどっちだったでしょう?」


 俺は何も言い返せない。

 対して、クウネルは表情を微笑に戻す。


「はい、これで話は終わりです。……納得して貰えたところで、そろそろ仲直りをしておきましょうか。国民には、あてたちの仲がいいところを見せないといけませんし。この凱旋でみんなに憧れられるのが、『南北連合総司令代役代理』セルドラ様の一番大事な仕事でしょうから。シス様と同じくね」


 それは俺もシスと同じく、『血陸』で全く役に立っていなかったという皮肉だろう。


 勝ち誇ったクウネルは平原を見回して、指差す。

 平原の先に、町が一つ見えた。

 遠めで見たところ、数百人ほどの規模の町。

 高さ二メートルくらいの石垣に囲まれて、木製の家屋が建ち並び、生活の煙が多く立ち昇っている。


 現在位置は、本土の西端にあるレギア国。

 そのさらに西端にある田舎町といったところか。


 もう『血陸』解放の知らせは、前線基地にいた騎士たちによって報告されているようで、西側にある木製の簡素な門が開いていた。その開いた口にいざなわれるように、俺たちの馬車は進んでいき、門をくぐっていく。


 そして、門の先で待っていたのは、吹き荒れる熱気。

 さらに人の群れだった。


 まず大歓声が響く。

 俺の『竜の咆哮』にも負けない振動で、肌が痺れ、視界がぶれた。


 最低限の『魔石線ライン』の装飾がされた道が伸びていて、その両端に町民たちがずらりと立ち並んでいた。

 その中の一人が、誰よりも大きな声で叫ぶ。

 都合よくも、俺の待ち望んでいた台詞を読み上げるように・・・・・・・・


「――英雄たちの帰還だ!!」


 空と村と大地が揺れた。

 馬車が軋む中、山彦のように、色んな人が「英雄たちの帰還だ!!」と繰り返していく。


 よく見れば、その全ての町民が、お面のようなものを被っていた。

 それは祭りの正装であり、フーズヤーズの伝統。

 獣人も、そうでない人も、対等な友人であるという証明だ。


 今回は、奴隷や『魔石人間ジュエルクルス』の解放も祈願しているらしい。

 だからこそ、獣人の代表として凱旋する俺の立ち位置は、非常に重要だ。

 しかし、反応の遅れた俺より先に、シスが馬車の一番前を陣取り、両手を上げて歓声に応えていく。


「ええっ! いま帰ったわよ! この世界を救う使徒として! レヴァン教の代表として! このシスが『血陸』から戻ってきたわ!! 尊崇なさいー! 毎日、この私にお祈りしなさいー!」


 凱旋の目玉は、俺とシス。

 ここでのパフォーマンスが、今後のレヴァン教と獣人たちの行く末を左右するといっても過言ではないだろう。すぐに俺はシスの後ろに移動して、手をあげて、歓声に応えていく。手は抜けない。一人一人に顔を向けて、きちんと反応していく。そこに混ざる声も、聞き届ける。


「ああっ、ありがとうざいます! これで、やっと安心して眠れます!」

「シス様、おめでとうございます! 流石、都会の宗教は違いますね! 今日から改宗して、レヴァン教の神様を崇めますよー!」

「本当に良かった! 『血陸』がなくなれば、また前みたいに外に出られる!」


 道の両端に並ぶ町人たちが、俺たちを見て大きく手を振っていた。

 小さな子供たちは大人に肩車をされて、こっちに向かって「ありがとう!」とよく状況がわかっていない様子で叫んでいる。

 中には、楽器を持ち出して演奏している者もいた。

 花々で飾り付けされた家屋の上から、大量に花びらをばら撒く者もいた。

 様々な人がいて、色々な方法で歓迎してくれている。


 これが、凱旋のパレード。


 その中を馬車は、速度を落として進んでいく。

 通り過ぎたあとの『魔石線ライン』が、紫色に光っているのが見えた。この一ヶ月、カナミが急いで『魔石線ライン』を修復して回っていた裏で、迷宮からここまで繋がるような細工をしたのだろう。


 それを確認したとき、騎士の集まりが列をなしているのを見つけた。

 俺たちの馬車が近づくと、全員が騎士の礼を取る。


「――総員、敬礼! 現時刻を持って、このレギア国で『終譚祭』が始まり、防衛任務を終えたことを告げる! 勤務終了だが、まだ休憩には入るな! 英雄たちを仕事でなく敬意を持って、町から送り出すのだ! その後塵に続き、拝し、習ったのちに、存分に祝い、休め! それが新たな暦の始まりを、世界中に知らせる儀式となるだろう!!」


 彼らのおかげで、こうして簡素ながらも整然とした凱旋パレードが出来ているようだ。

 ただ、俺たちが去ったあとは、この町で宴を楽しみ、ご馳走に舌鼓を打つつもりなのが緩んだ表情から読み取れる。


「はっはー、そうよー! 今日から、暦は変わるわ! 旧暦から新暦となったように、新暦から『新聖暦・・・』に! レヴァン教の代表であり、生きる伝説の使徒シスが、ここに新たな暦の始まりを告げる! 略して、シス暦一年って数えるように!」


 シスが適当なことを喧伝している。

 頭の足りない発言をしていると使徒の威厳が失われると思ったが、町民たちの反応は悪くない。シスの濃くて透き通った魔力を前に、問答無用で神聖さを感じて祈っている人が多かった。


 祈らない者たちも、口々に「レヴァン教の加護を!」「万歳!」「レギア国に祝福あれ!」と叫び、盛り上がっている。流石は《レベルアップ》を餌にして、千年単位で大陸を支配した宗教だ。

 ラスティアラ・フーズヤーズ亡きいま、レヴァン教の象徴は彼女が担うと、この西の果てまで情報は届いている。


 その大歓声の裏、囁かれている市井の落ち着いた声も、きちんと俺の耳は拾っていく。

 凱旋で最も注目されているのは誰であるかを、生の声で教えられる。


「あれがシス様か……。噂通りのお方ね」

「噂通りは、セルドラ様もだな。でかい身体に、あの貌。古傷まみれってのも、カッコいいもんだ」

「あちらが『南北連合総司令代役代理』セルドラさん? スノウ様と同じ竜人ドラゴニュートなのね」


 視線の大部分が、先頭のシスでなく俺に向けられていた。


「セルドラって、あの千年前の伝説の大将軍だろう? 当時、迫害されていた北の獣人たちを守るために、戦場の最前線に立ってたっていう……」

「迷宮を通じて、千年前からいらっしゃってくれたらしいわ。普段は、私たちのスノウ様を指導してるけど、こうして厄介なことがあれば率先して出てきてくれるの」

「ほー。それで、あっさりと『血陸』の化け物たちを皆殺しにしてくれたってか? ちょっと強すぎねえか?」

「あのバカみたいに強い竜人ドラゴニュートの中でも、最も強かったって伝説だ。たぶん、大陸の歴史の中でも『最強』なんじゃねえの」


 事前に、知らされていたのだろう。

 今回の『血陸』解放で必要だったのは、『血の理を盗むもの』ファフナーの討伐だと。

 そして、戦いとなれば、大陸最高の軍事力『南北連合総司令代役代理』セルドラの出番だと。

 カナミという存在を、極力隠した上で――


 ゆえに『一次攻略隊』は、歴戦の竜人ドラゴニュートセルドラが誰よりも活躍したと民衆は思っている。

 隣にいる少し抜けたところのある使徒を守りつつ、誰よりも前に立ち、果敢に戦ったと思っている。

 その声が、次々と耳に入る。


「言っちゃあなんだけど、スノウ様以上にご立派ね。性別をどうこう言うつもりはないけれど、佇まいが堂に入っているわ」

「そりゃ、数いる歴代の英雄たちの中でも、トップだ。『本当の英雄』とは、ああいう人のことを言うんだろう」


 その的外れな評価が、俺は――どうしても、嬉しい。


 英雄扱いされるのが、昔から好きだった。

 もちろん、俺は『本当の英雄』じゃないし、『最強』でもなければ、善人ですらない。

 民衆は俺の纏う空気に騙されているだけだ。


 それが愉しくて、嗤えてきて、くだらなくて。

 どれだけ俺が凱旋に乗り気でなくても、笑みが零れてしまう。

 堂々と英雄を騙っては、手を挙げて応えてしまう。


 それを見て、後ろで従者のように静かだったクウネルが、『英雄役』を演じる俺を慇懃に褒めていく。


「――そう・・。それが、セルドラ様の役目。決して、手を抜いてはなりませんよ。あなた様は新しい時代の『王竜ロード』の始まりを担うのです。その血族を『元老院』のあてが、未来永劫に裏から操り続ける。あてにとって理想的なアイカワカナミのいない世界に、この道は繋がっているのです」


 耳元で囁かれ、未来の一つを思い浮かばされる。


 『王竜ロード』のイメージは、千年前の『統べる王ロード』。

 これから先、俺もあいつのように各地を飛び回って、色々な人たちを救っていくのだろう。

 悪さをするモンスター退治をしては、地方でいざこざが起きれば解決しに行き、ときには国の内政に口出しする。


 さらに、終わりの見えなかった『風の理を盗むもの』と違って、ちゃんと俺には終わりが見えている。


 もし道半ばで倒れても、所詮俺は代役の代理。

 次の代役スノウ・ウォーカーに、仕事が受け継がれるだけ。


 気楽なものだ。

 責任感なんてない。

 いつやめてもいい老後の道楽として、『英雄役』をやるだけ。


 思い浮かべたとき、もう俺の苦しい日々は完全に終わったのだと、再確認して――


「く、くふっ。くは、ははっ」

「セルドラ様、愉しいでしょう? そして、未来が決まっているというのは、『安心』でしょう? これが会長の真なる力……。なのですが、全てが計画通りにとはいかないようで、少しだけ困りものです」


 嗤いながら手を振る俺の後ろで、クウネルが視線を一箇所に注ぎ続けていた。


 大騒ぎの道中で、異質な集団が平伏している。

 礼拝するかのように一纏まりとなり、俺たちに向かって手を合わせていた。

 その集団たちのお面は、獣を模したものでなく、ただ顔を隠すだけの仮面バイザーだ。


「ああ、始祖様。レヴァンの始祖様が、いまそこにいらっしゃる……」

「始祖様だ。私たちの『運命』を変えてくれた聖カナミ様だ。カナミ様、ああ、カナミ様カナミ様カナミ様――」

「持たざる者たちの神が……。やっと、お目にかかることが出来た……」


 集団のほとんどが『魔石人間ジュエルクルス』たちであるとわかる。

 クウネルのさらに後ろにいるカナミが見えているのは、信仰が強過ぎて俺やシスに興味が全くなく、揃って『素質』が高いからだろう。


 厄介な集団を見つけた俺は、一応リーダーに報告する。


「カナミ、あれは前に大聖堂最下層に居た『魔石人間ジュエルクルス』たち……じゃないな。何にせよ、近い境遇のせいか、おまえが見えているようだぞ」


 カナミは凱旋してからずっと、馬車の座席に座っている。

 そして、一ヶ月前の『第八十の試練』ぶりに、焦点を合わさず、視線を宙に彷徨わせていた。


 やることがないので、妄想のラスティアラを視ていたのだろうか。

 そのカナミを現実に引き戻すと、すぐに状況を把握してくれる。


「…………。そうみたいだね。いま、ここにニールとグレンさんがいてくれたら、上手く誤魔化せる方法はあったんだけど……。なかなか現実は上手くいかないものだね、セルドラ」


 『計画』から外れた出来事のようだが、驚いている様子はない。

 むしろ、待っていたと言わんばかりに笑って、ずっと大事に抱えていた本を開く。


「僕が完全に隠れるのは、まだ無理みたいだ。忘れられるには、やっぱり時間だ……。少しだけ修正しないと」


 愛おしそうに、紙の頁に触れてはさすり味わい、丁寧に捲っていく。


 中身が気になった俺は、視線を少しだけ動かして本を覗いた。

 頁は捲られながら、文字が書き換わっていた。ペンを使わずとも、もう思考するだけで反映されるらしい。

 そして、十ページほど捲られたところで、カナミは被っていたティーダの仮面を脱ぐ。

 立ち上がり、すぐ近くに座っていた仲間に被せた。


「清掃員さん、どうぞ。……君の故郷の騎士さんだ。これで、外の世界を生きていても、不審がられることはないよ」

「…………」


 清掃員は黙って受け入れる。

 『血陸』でファフナーに置いて行かれ、カナミに連れ出され、ずっと彼女は静かなまま。


 その静か過ぎる清掃員に向かって、クウネルも近づいていく。


「あっ。せっかくなんで、あてからもどうぞ。ヘルミナ・ネイシャって、清掃員ちゃんのお姉さんだったんやねえ。短い時間でしょうが、ぎりぎりまで家族と一緒にいるのがいいと、あては思いますよー」


 そう言って、懐から――というより、襟元から取り出すのは、生々しく脈打つ『ヘルミナの心臓』。

 それを服装のコーディネートをするような気軽さで、清掃員の服と包帯の隙間から押し入れていく。

 心臓は不自然なほど自然に、清掃員の『血の人形』の身体の中に取り込まれていった。


 口を挟まざるを得ない行動だった。


「お、おい! それは、おまえがグレンから引き継いだものだろ……!」

「引き継ぐ? いや、この『血の理を盗むもの』の魔石は、誰でも使えるというのが一番の売りでしょうに。たまたま、今回あては上手く『親和』できたみたいやけど、だからって後生大事にするつもりは全くないです。あては今回ー、会長の為に取ってきただけですぅー。ほーんとセルドラ様は、作戦の本質を全く理解していないんですから。もうっ」


 『理を盗むもの』の魔石は、たった一つで国を揺るがす力を与えてくれる。


 しかし、その力にクウネルは全く興味がない様子だった。

 よく考えれば、いま彼女はそんなものに頼らずとも、多くの国を金とコネで支配している。


 そのクウネルが、ぼそりと「それに、ばっちいですからね」と忌々しげに呟いて、心臓に触れた手を高価そうなハンカチで拭っていた。


「…………」


 こうして、清掃員の手元に『理を盗むもの』の魔石が二つ。

 その数奇な運命に清掃員は堪えきれないようで、急に笑いを吹き出す。


「ふ、ふふっ――、あはっ、あは、ははははははハハハ……!」


 それは『血の人形』の掠れた声――でなく、なぜか途中から女性の綺麗な肉声となっていた。


 清掃員は妖艶に笑い続けて、肩を揺らす。

 仮面と包帯でわからないが、いま内部で大きな変化が起こっているのは間違いない。

 一頻り彼女は笑い切ったあとに「ニール」と一言、美しくも禍々しい声を零した。


 凱旋で浮かれていた気持ちが冷めかけるほどに、その声は低く、重く、苦しげで、俺の身体は固まりかける。

 だが、すぐにリーダーであるカナミが勢いよく立ち上がり、凱旋に集中し直すように忠告していく。


「よしっ。ここからは、こっそり僕も手を振り返していくよ。『魔石人間ジュエルクルス』たちを重点的に僕はやるから、セルドラは獣人さんたちをお願い。シスは一番前で、分け隔てなくね。クウネルと清掃員さんはみんなの補佐役で、足りない部分を補っていって。……みんな、ちゃんとやろうね・・・・・・・・


 指示を受け、俺たちは揃って、すぐに頷き返した。


 空気が引き締まった。

 カナミと『契約』している以上、命令は絶対だ。

 『血陸』のときと変わらない迅速さで、俺たちはリーダーの指示を全うする。


 ――左右に並ぶ人々に手を振り返し、全力で応えていく。


 その作業に全員で集中することで、さらに時間の流れが速まっていく気がした。

 町の熱気が倍化していくのも感じる。

 手を振り返す度に、逆らえない高揚感に包まれていく。


 一体感があった。千年前の俺では決して得られない感覚を噛み締めながら、凱旋に集中し続けること――、数十分ほど。


 西の門から入った俺たちは、東の門から町を出て行っていた。

 後方では町の門に人々は集まり、離れていく俺たちの馬車を「『南北連合総司令代役代理』セルドラ様に、感謝を!」と声をあげて、見送ってくれている。


 その姿が見えなくなるまで、俺たちは手を振り返し続けてから、息をつく――暇もなく、すぐにクウネルから「次の町はすぐそこなんで、そのまま笑顔でお願いしますー!」とお願いされてしまう。


 レギア国は他の本土の国々と比べても、人口や町の数は負けてないようだ。

 そう遠くない場所に、同じような町があるらしい。


 俺たちは本当に短い休憩を挟み、すぐに同じような町に辿りつき、決められている文句のように「英雄たちの帰還だ!」という言葉が読み上げられていく。


 ――西の果てから、一つずつ。

 二つ、三つ、四つ、五つと、順番に――


 余すことなく丁寧に、大陸の西の端から祭りの熱を灯していった。


 それはまるで、術式に魔力を通すかのように丁寧な凱旋。

 進むにつれて、立ち寄る町は大きくなっていく。行列の馬車の数も知らぬ内に増えて、豪華な楽隊が祭囃子まつりばやしを奏で始める。


 その凱旋の裏で、ずっと俺は人々の噂話を魔法で盗み聞きしていた。

 祭りの一体感を高めて、さらに楽しみたい以上に、気になる噂話が色々あった。


 例えば、それは一年前にカナミと出会ったことのある様子の旅人が、馬車に乗った英雄を見つけて話す噂。


「おい、見ろよ。奥のほうに、開拓地の英雄『アイカワカナミ・キリスト・ユーラ……なんとかかんとか』様もいるぜ」

「へえ、あのクソ長い名前の人もいたのか。……あれがか? 若いとは聞いていたが、連合国で一番強い男には全く見えないな」

「ああ、俺も昔はそう思ってた。だが、一年前の『舞闘大会』決勝戦を、俺はじかに見てるからな。千年前の『剣聖』ローウェンと斬り結ぶ姿は、もう……、神懸かっているとしか言いようがなかったぜ」


 こんな西の果てまで、しっかりとカナミの武勇は届いていた。


 その当の本人のカナミは、俺の後ろで涼しい顔で微笑んでいる。

 あくまで『血陸』解放の功労者は、俺とシスという形にしたいらしく、こっそりと『魔石人間ジュエルクルス』たちにのみ手を振り返していた。


 そして、カナミが手を振るのは片手のみで、決して本を手離さない。

 なぜか、この凱旋の合間合間に、本を開き、頁を捲っていた。


 ぱらぱらと。

 ああ、また、ぱらぱらと。

 本の音がする。


 聞き耳を立てている噂話に交じり、なぜか俺の耳に入る――


「こんな西の果てまで、迷宮連合国の英雄様が来てるってことは、『終譚祭』で迷宮が終わりって話も本当みたいだな。あそこにいる使徒と竜人ドラゴニュート様の力で、とうとう『最深部』に到達しちまったか」

「俺も聞いたぜ。迷宮が一旦閉鎖されたのは、そういうことだろ?」

「『最深部』到達の目処が立ったんだろうな。きっと『終譚祭』の終わりのメインイベントとして、大々的にゴールを演出するんじゃないのか? 国益とか色々考えてよ」

「早いもんだな。かなり長い間、『最強』の探索者グレンの二十三層で、迷宮の話は止まっていたのによ……。『剣聖』『宰相』『聖女』『将軍』、千年前の偉人が現れるようになってから、本当にあっという間だ」


 周囲は、ずっと御伽噺のような大パレード。


 鳴り響くのは、歓声だけではない。

 喝采と雄たけびも、鼓膜を揺らす。

 ときには、楽隊の祭囃子に合わせて、肩を取り合い、大合唱が巻き起こる。


 その中から俺は振動魔法で、噂話だけを拾っている――のだが、ぱらぱらと・・・・・

 聞いているはずなのに、読んでいるかのような不思議な錯覚がした。


「ずっと大国たちが競い合っていたが、とうとう終わりだ。……実際のところ、これはフーズヤーズの勝利か?」

「明確に、どの国が勝利だとかは言わないだろ。そのために『連合国』を作ったんだ。これは『連合国』の勝利で、新しく出来た『南北連合』の功績って形で落ち着くだろ」

「そんなところか。なら、いま俺が一番気になるのは『最深部』にある『奇跡』ってやつだな。英雄ってのは、何でも願いが叶うって言われたとき、何を願うんだろうな――〟・・・


 不思議な感覚が続く。


 不自然なほどの花吹雪が、魔法のように乱れ舞う。

 時間感覚の加速は進み、どこか『夢』を見ているような気分だった。


 いつの間にか、馬車は地方の町ではなく、国を代表する大きな街までやってきていて、数え切れない人に囲まれている。


「〝いや、そんな何でも叶うような御伽噺のような『奇跡』じゃないだろ。確か、すげえ魔力の溜まり場だって聞いたぜ? 誰に聞いたんだっけか……〟」

「〝そういえば、俺も聞いたような……。確か、大陸の魔力の保管所みたいなところらしいな。ちゃんと扱い切れる魔法使いなら、色んなことができるってよ〟」

「〝そうそう、それだ。この世界の魔力の源だから、コントロールし切ったら、大陸のモンスターを減らすことも可能だとか〟」


 ここまで来ると流石に、この旅人たちの誰に聞いたかもわからない噂話の出所が、カナミの本であると俺にはわかった。


 向こうの世界の『日本』やら『国連』やらも、同じ魔法で上手く『調整』してきたのを、俺は間近で見てきた。


「〝正直、『奇跡』を悪事に使われたら、やべえな。……まあ、あの優柔不断でお人好し過ぎる英雄なら大丈夫か〟」

「〝いま、命懸けで『血陸』を綺麗にしてきた英雄様たちだ。表立って、堂々と悪いことには使わないだろうよ〟」

「〝俺は……、『舞闘大会』での英雄カナミのやらかしを全部見てるからな。恥ずかしげもなく「みんなの『幸せ』のために使う」とか言っても、全く驚かねえ〟」

「〝ああ、言いそうな顔してる。噂で聞く限り、あの男は――〟」

「「〝手の届く限り、出来る限りの平和を、必ず世界みんなもたらしてくれる――〟」」


 そう言ったのは、旅人かカナミか。

 噂話に合わせて、馬車の上で手を振っていたカナミも、一言一句違わずに呟いていた。


 カナミが頁を捲る度、都合のいい噂が大陸に蔓延していくのを感じる。

 凱旋による熱気は、この俺も含めて・・・・・・・、魔法の如く見事にコントロールされ切っていた。


 向こうの世界の結末を思い出した俺は、咄嗟に視線を逸らし、なんとか拾う噂話の先を変えようとする。

 しかし、その先には薄汚れた子供が二人。


「ああ、お祭りが始まった……。綺麗……。これで、やっと全部終わりなんだね」

「やったやった……! もう私たちは逃げなくてもいい!」


 車列が進む大きな道から少し外れた路地裏で、人の波の隙間から馬車を見ていた。


 元奴隷の獣人と『魔石人間ジュエルクルス』らしき子供だ。

 手を取り合って、喜んでいる。

 ほんの少し前まで、不幸のどん底にいたことが、口ぶりと装いから窺えた。だが、この『終譚祭』を境に、二人は儀式に取り込まれて、その人生は『幸せ』に向かっていくことだろう。


〝――儀式が完遂されれば、『魔法カナミ』によって、さらに『幸せ』は約束される〟


 もし、この流れ・・を変えるならば、それはこの子供二人を不幸のどん底に、突き落とし返すということだ。

 かつて、俺がファフナーを『魔障研究院』の最下層まで突き落としたように、この世の地獄を味わわせるということだ。


〝――そんなこと、もう俺には出来ない〟


〝いま確実に、俺も世界も、誰もが『幸せ』になれる方向に向かっている。

 俺の知る『魔人』たちは、ずっと北でも南でも虐げられていた。

 しかし、この祭りでは、獣人の誰もが活き活きと笑っている。

 もちろん、カナミの力だけではないだろう。

 千年前のティアラやアイドの尽力もあってこそだ。

 だからこそ、あの千年前の友アイドの積み重ねを、俺は壊せるか?

 壊してまで、何かを為す正義が、俺にあるか?〟


〝――馬車の上、シスとクウネルが手を取り合っている。

 その姿を見て、神官や商人たちも倣い、祭りの間は諍いなしでいこうと手を取り合った。

 続いて、俺とクウネルが表面上ながらも仲良くする。

 すると、あらゆる種族の獣人たちも喜び、いまだけは因縁を忘れて讃え合った。

 従者のような清掃員に対して、レギアの姫であるクウネルが友人のように抱きつく。

 この『終譚祭』は無礼講で、あらゆる生き物が平等であると、誰もが実感した。

 僅かに残っていた差別意識さえも、祭りの間だけだが、綺麗に払拭されていく。

 平和とは、このこと。

 この凱旋パレードは、ただ暦を変えるだけではない。

 『終譚祭』は大陸の心そのものを動かしていく。

 誰もが『幸せ』になれる未来へと向かっている――〟


 なのに?

 なのに、流れに逆らう? 


 いや、もういい……。

 疑うのも、戦うのも、もう十分だ……。

 カナミのルールなんて、見つける必要があるか……?


〝――ない〟


 そうだ。

 ない。

 もう俺は、カナミを全力で応援するだけでいい。


 俺は負けたんだ。

 失敗もした。


 そのせいで……。

 俺が追い詰めたせいで、カナミはこうなったんだ……。

 俺が頑張っても、碌なことにならない……。

 『第零の試練』は、乗り越えようがなかった……〟


 ぱらぱらと。

 頁が捲れる音がする。


〝だから、ファフナー、グレン。

 どうか、おまえたちも諦めて欲しい。

 どうか、俺と一緒に『幸せ』になって欲しい。

 どれだけ生き抜いても、カナミの魔法には絶対敵わない。誰にも叶わない。

 『魔法カナミ』は地獄にいるおまえたちさえも、必ず救う――〟


 頁が捲れる・・・・・


〝もう全てを、カナミに任せよう。

 俺は流れに身を任せよう。

 せめて少しでもカナミが楽になるように手伝おう。

 敗者らしく、カナミの命令に従う。

 大悪党でも英雄らしく振る舞い、歴史書に残るように威風堂々と手を振る。

 『未練』はなくとも現世に残り、もっともっと報われていく〟


〝俺は、『幸せ』に、なる――〟


 頁が捲れる・・・・・


〝――そう。それで、セルドラはいい――〟


〝それでいい。

 そう俺が思ったとき、さらに時間感覚は歪んだ〟


〝俺たちの凱旋は、本土を西から東へと横断し切った。

 少し前の『境界戦争』最前線を添う形で、あらゆる街を寄っていった。


 そして、その果てにある港町コルクまで、俺たちは辿りつく。


 そのときには、すでに大陸史上最大のパレードと言っていいほどの大行列と化していた。

 大騒ぎを超えて、大混乱だ。

 港町コルクは収容の限界まで、人でぎゅうぎゅう詰めとなっていた。

 ここまで立ち寄った場所と比べものにならないほどに、熱気は凄まじく、人で溢れ返っている状態だ。


 どうやら、立ち寄れなかった街の住民たちが、こぞってここに駆けつけたようだ。

 特に、大聖都からの旅行者が多い様子だ。


 おそらくだが、本土の富裕層たちは、このまま連合国までついて来る気だ。

 そして、この『終譚祭』を最も熱い場所で、祭りを最大限に楽しむ気であることも、並んでいる浮かれた顔からわかった。


 その港町を俺たちは、いつの間にか高さが三倍ほどとなっていた新しい儀装馬車の上から見下ろしながら進む。

 民衆の壁に挟まれて、家屋の間に曲線状の装飾アーチがかかっている道を、ゆっくりと凱旋する。


 そして、その道の先には、綺麗な海と大船団が待っていた。


 これから戦争で大海戦でもするかのように、無数の船が港に敷き詰められている。

 海の青色が、船で見えないほどだ。

 客船だけでなく、商船や護衛艦も交じっていて、軽く数えて百以上はある。


 この大船団が、連合国のグリアードまで向かう。

 これから、俺たちは大航海の大凱旋を行う。


「――あ、はっ、あはっ、あはははははっ」


 千年前でも見たことのない壮大な光景に、俺は笑った。

 今度は嗤うのではなく、普通に笑えた。


 これは『愉しい』じゃなくて、普通の『楽しい』だ。

 子供のとき以来だろうか。純粋にわくわくしている。


 どきどきもする。

 くらくらもしている。

 ふらふらにもなっている。

 そして、従姉あねの『王竜ロード』を思い出す。


 この千年後の未来で、あいつの願いが叶っている気がした。

 いま、セルドラ・クイーンフィリオンは『王竜あいつ』と一緒に、楽しい時間を過ごしている。いや、それどころか、これから俺は『王竜あいつ』となって、あいつの楽しさをあいつとして楽しむ。本当の『未練』を果たした俺は、一人で二人の竜人ドラゴニュート。贅沢なことに、『愉しい』だけでなく『楽しい』も、タノシク味わえる。


「あははははっ、はっ、はははハハハッハハハハッ――!」


 ああ、『一緒』だ。

 家族との共感。

 それを覚えたとき、もう俺は『血陸』での戦いを、遠い過去のように感じていた――〟


 頁が捲れる。

 『血陸』の章が終わり、『終譚祭』の章に入る。

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