420.異世界の戦い
「…………」
黙々と食べていたはずなのに、いつの間にか心の内を見透かされたようだ。
おそらくだが、これはクウネルの『
しかし、彼女の後天スキル欄に、その記述はない。
けれど、全く『数値化』されていないわけではない。
クウネル・クロニクル・シュルス・レギア・イングリッドは誰にも負けない『実年齢』最高記録保持者であることを再確認しつつ、僕は答えていく。
「顔に出てた? ごめん、ちょっと父さんと母さんが気になって」
「会長はご両親に会うべきじゃありません。『お願い』ですから、どうか会わないでください」
唐突に、二つ目の『お願い』という手札を切られてしまった。
ただ、契約はしているものの、僕が無条件でクウネルの言うことを全て聞くわけではない。お願いには聞けるものと聞けないものがあることを、告げる。
「僕は会うべきだと思ってるよ。……僕と両親は、家族なんだ」
「会長。その家族と会って、何を話すつもりですか? まず間違いなく、妹の陽滝さんがいないことを聞かれるでしょう。何もかも、今日までの全てを、こちらの住人に話してしまうつもりですか? 『魔の毒』すら聞いたことも感じたこともないご両親に?」
「それでも、陽滝のことを伝える義務はあると思う……」
「あてはそう思いません。逆に、隠し通す義務があると思います。もし、自分の娘と息子が『全く違う存在』に成り果てたのを見たら……、親御さんは悲しみますよ。普通ならば、絶対に」
「僕の両親は普通じゃない。とても強い人たちだ」
「しかし、会長と妹さんに人生を振り回されて……地位・名誉・財産の全てを失ったと聞きましたよ? 本当に、いまの会長と会っても、影響を受けないほどに強い方々と言い切れますか? 正直、私は会長よりも強い人なんて、もうどこにもいないと思っています」
急激なテンションの落差と畳み掛けの速さに、僕は押され気味だった。
先ほどまでとは打って変わって、老婆のような面持ちで、非常に説教くさい。
即答できない僕に向かって、クウネルは追撃の問いを投げかけてくる。
「会長は……、ラグネ・カイクヲラの母親について、知っていますか?」
「ラ、ラグネの母親? むしろ、なんでそっちが知ってるのってレベルなんだけど……。もう僕しか知らない人だって思ってた。あいつと仲の良かったセラさんでも、リエル君のことは知らなかったみたいだし」
「そのリエル・カイクヲラを殺したのは、ラグネ・カイクヲラの母親だと、あては推測しています。当時のシドア村の生き残りたちを聞き取り調査した結果、不自然な点が多く見受けられました」
クウネルは即答していく。
おそらくだが、慎重な彼女は『異邦人』ヒタキを倒す為の情報収集の段階で、ラグネ・カイクヲラという人物を徹底的に洗い上げたのだろう。
あの最後の戦いは、ラグネの馬鹿が僕と『元老院』を殺したことから始まったのだから、当然の調査だ。
そして、彼女が何を言いたいか、少しずつわかってきた。
「ああ……。クウネルの考えている通り、僕はラグネと同じ人生を歩んでいて、一度『親和』に成功してる。自然と僕の両親と、あいつの母親も似てくる。本当に、よく似てる」
「あての推測では、酷く冷徹で合理的な人物です。自分の子供の死に悲しむことはなく、むしろ死を利用して成り上がっていくだけの心の強さの持ち主で――」
つらつらとクウネルは喋っていく。
推測と言っているが、もうクウネルの中では確信なのだろう。
その通りだ。
僕の両親は、冷徹な人たちだった。
自分の欲望には正直で、とても利己的。
幼少の僕に施した歪んだ教育と教育放棄が、それを証明している。
――なにより、記憶にある優しかった両親は、『失敗魔法』の影響だったという真実を僕は知ってしまった。
予感している。
いや、もうこれは『予知』か。
それは少し前に、この『元の世界』でセルドラと戦ったときに使った魔法《
――千年という時間を経て、父と母への『失敗魔法』の影響は、もうない。
だから、あの優しかった両親は、もうどこを捜しても、いない。
いるのは、ラグネの母親と同じく、ただの『強い人』。
だから、僕と陽滝の魔の手から逃れた両親は、刑務所にはいない。
上手く人脈を使い、知人の伝手で保釈済み。
さらに例のスキャンダルを誤魔化し切って、芸能界に復帰している。不運にも子供を亡くしてしまったけれど前を向き続けている二人という売り文句のために、ありもしない話を捏造しているはずだ。
「――
これもラグネの母親と同じ。
仕事に支障が出るから、会いたくはないだろう。
できれば、死んだままでいて欲しいと願っているだろう。
いや、それ以前の問題か……。
ネグレクトの末に行方不明となっていたはずの息子が、急に目の前に現れて……。
なぜか他人の心が読めて、未来が視えて、『魔法』そのもののような存在で……。
馬鹿げてる。
まず自分の子供であることすら、信じられない。
信じられたとしても、恐怖しかない。
なによりも――
「どうか、あてを信じてください。こっちの世界の会長は、あてたちの世界に召喚されたときに、
――
こちらの世界だと僕は、いわゆる亡霊とかゾンビとか、そういう
『こんな存在』になってしまって、とある『世界の取引』の内容を僕は思い出す。
それは初めて僕と陽滝が『異世界』に迷いこんだときの取引だ。
『召喚』の意味を、僕は使徒から丁寧に説明された。
あの時点で、すでに僕と陽滝は『救世主として選ばれた特別な存在』だと、ディプラクラさんは言った。
その取引内容とは、異世界流離譚の始まりであり、物語最大の取引――
〝「おそらくじゃが……おぬしら二人は『元の世界』での人生を永遠に失った。二度と帰れぬ。ゆえに、一度死んだも同然。そう『世界』に判断されておる」〟
〝「帰れぬと推測しておる。なにせ、おぬしらの召喚の際の『世界との取引』は――
相川陽滝の召喚の『代償』は、『この星の危機』。
相川渦波の召喚の『代償』は、『相川兄妹が、
そう決まった。色々と『代償』の候補はあったが、儂ら三人で相談して決めた」〟
これくらいの『代償』がなければ、二つの世界に『繋がり』を作ることはできない。
そして、ここまでの『代償』を払ってまで、新たに『繋がり』を作る存在は本当に希少だから、『元老院』の会議で侵略者は「そうそう来ない」と僕は言った。
何にせよ、まともな日本人としての相川渦波が死んでいるのは、もう間違いない。
もし僕が『元の世界』で両親と共に生きることを選べば、それは最初で最大の『世界との取引』の反故になってしまう。
どんな形で『呪い』が、僕の周囲に降りかかるかわからない。
「クウネルの忠告は正しいよ。本当に、すごく正しい。……けど、せめて遠目でくらいは、見させて欲しい。遠くから二人の様子は見て……そのとき、もし両親の人生が好調だったのなら、会って話をするのは止めておく。少なくとも、僕にある『呪い』が全て消えたって確信できるまでは、『
「…………っ!! そ、それがいいと思います!! ……へ、へっへ。ああ、よかったです。会長が『あてたちの世界』を選んでくれて、いま、あてはすごく嬉しいですよー!!」
――
そうクウネルに表現されて、その通りだと思った。
そして、これを僕に言わせるために、クウネルは誰よりも先に、僕と『元の世界』に来たがっていたのだとわかる。
僕に『元の世界』でなく、『異世界』を優先させるために。
「いやー、本当によかったよかったぁー。やっぱり、会長はあてたちの味方ぁー!」
他の誰にも出来なかったことを成し遂げたクウネルは、胸をなでおろして喜んでいく。
「『お願い』って言葉で、半分脅したくせに……。ここで契約を反故にしたら、こっちは『南北連合』の実権を握ってるクウネルに何されるかわからないんだ」
「それってつまり……、あてたちの世界のことを会長は、本気で心配してくれてるってことやろー? あて、わかってるんよー? へっへっへー」
「心配するに決まってるよ」
放っておけるはずがない。
ずっと、あそこは『ラスティアラと出会った
しかし、あの最後の戦いを経て、いまや『ラスティアラと生きていく
「――ふいー! 食べた食べたー!」
そこまで話したところで、膨らんだお腹をクウネルは擦った。
テーブルに広がっていた料理たちが、余すことなく平らげられていた。
僕たちは席を立ち、カウンターで勘定を済ませて、ファミリーレストランから出ていく。
空調の効いた空間に慣れた身体が、ひんやりとした自然の空気に触れて、少しだけ強張った。
隣のクウネルは両手をこすり合わせて、口から暖かい息を吹きながら、僕に提案する。
そこにはもう、さっきまでの冷たい刃物のような雰囲気は一切なかった。
「さーて! 寒いから、早く次のお店行きましょうか! 次は、服屋さん! あては服屋さんがいいです!」
「はあ……。初めての服屋なら、百貨店がいいかな。近くに、そういうところあればいいんだけど……」
僕はスマートフォンを取り出して、お店を検索していく。
全国展開しているグループによる大型ショッピングモールが近くにあるのを見つけた。
調べたところ、ここならば複数のブランドの服を見ることが出来る。
その様子を、隣のクウネルが興味深そうに覗き込んでいた。
《ディメンション》がなくとも、こうして見知らぬ土地の地理を理解できると伝えると、彼女は嬉しそうに「なるほどー」と相槌を打った。
そして、僕の腕に抱きついて、引っ張るように移動を促す。
「では、行きましょ行きましょー」
引っ張られて歩きながら、僕は会話を続ける。
「……クウネル、少し変わったよね。前と比べると、すごいぐいぐい来る」
前にクウネルと再会したとき、隣に魔王のティティーがいたとはいえ、本当に彼女は逃げ腰だった。常に僕から離れようと全力だったのに、いまは逆であることを指摘した。
先ほどのクウネルの冷たい『お願い』の仕返しだ。
僕も遠慮なく、『理を盗むもの』を相手にしているつもりで、問いかける。
「僕の【最も愛する者が死ぬ】って『呪い』がなくなったからでしょ?」
「…………」
クウネルは足を止めた。
あのときの彼女は、いま思えば、陽滝とティアラの二人に気を払っていた。
余計なことはしないように心がけるから、どうか見逃して欲しいという意思表示を、常に『誰か』にしていた。
「『糸』のことを知ってた? ラグネみたいに」
万能で無敵と思われる『糸』だが、決して弱点がないわけではない。
勘のいい人には、あっさりと感知されるときがある。
問われたクウネルは硬直していた。
そして、次第に身体から力を抜いて、ゆっくりと歩き出しながら、白状していく。
「……はい。あの時点で、ティアラ様たちの危険性を、薄らとですが理解していました」
「僕が《ディスタンスミュート》で記憶を見たときも、上手く誘導したね。いま思い返すと、あれって本当に綱渡りだったんじゃない?」
「いえ、綱渡りのつもりはありませんでした。会長の性格はよく知っていましたから、事前にああ言っておけば、絶対に吸血種に関わること以外のプライベートは見ないって確信してました」
その確信という言葉を、少しだけ僕は悔しく思う。
反則的な魔法も術者次第というルールを痛感する話だ。
あの頃の僕は、数々の魔法を習得して、かなり自信を持っていたが……ラグネやクウネルのようなタイプの人間にとっては、隙だらけだったということだ。
「あ、あのー……。会長、もしかして結構怒ってます?」
「怒ってないよ。ただ、クウネルの危機管理能力は本当にすごいから、僕も見習いたいなあって思ってるだけで――」
「いや、もうっ! もう一切、あては隠し事してないですよー!? どうか信じてください! 本当の本当に、いまはもう一切ないです! だから、こうして、あからさまにべったりしようとしてるんやでー! 色々と読まれるのを、覚悟でー!!」
クウネルは抱きつき、接触して、もう一度《ディスタンスミュート》で記憶を読んでも構わないという意思表示をしていく。
その果てに、なぜか、とうとう――
「会長、あては白状します! 正直に言いまして、ラスティアラ・フーズヤーズ様のいたポジションを狙ってます!!」
掘り返すつもりのなかったクウネルの地雷が、彼女自身の手で僕に見せつけられてしまう。
いま、これを堂々と言えるのはクウネルだけだろう。
ディアやマリアといった他の仲間たちと違って、ラスティアラのことを情報でのみ知っていて、彼女を好きになることはなかったからだ。
「クウネル、ラスティアラに『代わり』はいない。『証明』と『呪い』のためにも絶対に、もういたらいけないんだ。もし、いたとしても、それは――」
「ええ、それは会長自身なのでしょう」
クウネルは気づいていたようだ。
この二ヶ月間、僕が『ラスティアラのやりたかったこと』を代わりにやっていると。
いや、僕の仲間たち全員が気づいていて、その誰かから教えてもらったのだろう。
最近、みんなの僕を見る目が優しくて、生暖かくて、どこか同情的なのは、これが原因だ。
「ただ、なんと言えばいいでしょうか……。ラスティアラ様の恋人ポジションは一生誰にも代われないとしても、彼女が兼任していた相棒ポジションは、しっかりと空いている気がするんですよね! そして、そのポジションを、あては狙ってます! ついでに言えば、そのポジションの取り合いで、あのセルドラという男にだけは負けたくないとも思ってます! つまり、最近のスノウ様と、全く同じ想いです!!」
場の勢いで、言わなくてもいいことまで、クウネルは宣言していく。
僕は苦笑を浮かべて、挙がった名前を一つ繰り返す。
「クウネルって、セルドラに対してだけは、妙に当たりが強いよね」
「それも白状します。……あてがセルドラを色々と疑っている理由は、回復したシッダルク家当主から、とある話を聞いたからです。あのグレン・ウォーカーが『血陸』脱出に同行しようとしなかったのは、とても単純に……、心からセルドラ・クイーンフィリオンを嫌悪していたから、という話を」
僕の脈拍が少しだけ速まる。
確かに、グレンさんの温和で優しい性格を知っていれば知っているほど、その「心から嫌悪していた」という評価は無視できなくなる。
「セルドラという男は、善か悪かで言えば、悪です! 絶対に、悪いやつ!」
そして、クウネルは一歩跳び離れて、びしっと僕に人差し指を向けた。
「悪いやつって……。クウネルは悪いやつじゃないの?」
「い、いや、あてのことは、いまは置いといてくだせぇ……」
クウネルは自分のことを聞き返されると、目を泳がせた。
彼女も悪いことを裏で色々している自覚があるからこそ、同じセルドラのことがわかるのだろう。
「そうだね……。セルドラは『理を盗むもの』の中で、最も悪いやつだった。いいところも一杯あるって僕は知ってるけど、それだけは間違いない」
『理を盗むもの』全員の内情がわかってきたからこそ、そう評価できる。
確かに、セルドラという男は――
裏切りを振りまくばかりの人生だったティーダを上回って、最悪だった。
死を振りまくばかりの人生だったローウェンを上回って、最悪だった。
狂気を振りまくばかりの人生だったファフナーを上回って、最悪だった。
あの三騎士と比べて尚、完全に上回ってしまっていた。
「でしょう!? だから、セルドラにだけは負けたくないと、あては思っているんです! いま会長が傷心していて、少しずつ癒そうとしているのは誰もがわかっていること! だからこそ――」
もう一度、びしっと指を向け直して、クウネルは宣言する。
「この二度とないチャンスを活かすべく、あては柄にもなく奮起してます! 『元の世界』『異世界』含めた全ての世界で、最も安全で楽できそうなポジションを手に入れるために! いまっ、本気で!!」
あえてクウネルは自らの狙いを、完全に公開した。
嘘ではない。
いまのぶつかり合うような本音の『話し合い』で、僕も確信できた。
彼女は僕の力を欲しがっている。
正確には、『陽滝とティアラの魔石』の絶対的な力による安心感。
ただ、それを僕から奪うのは不可能と判断して、全力で庇護を求める方向に転換しているわけだ。
つまり、クウネルは唯一人で『元老院』として成立し、『異世界』の国々を実質的に支配しながら……、まだ恐れている。
――いま、目の前にいる最後の『理を盗むもの』を。
早く安心させてあげよう。
そのために、ディア・マリア・スノウ・リーパーのみんなよりも先に、僕はクウネルと『元の世界』に訪れている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます