416.異世界の元老院

 新設された『元老院合議室』は、フーズヤーズ大聖堂の最下層に位置する。

 以前、ティアラの『再誕』に利用されていた部屋で、例の『糸』が辿りつけない空間でもある。


 あらゆる防諜を考えた結果、ここが大事な話し合いをする場所として選ばれた。


 元々『元老院』はティアラの命令を受けて、大陸の歴史と技術を独占し、多くの国々を裏から操っていた存在で――いわば、物語を調整するためのゲームマスターだった。

 しかし、ラグネ・カイクヲラの手によって一人残らず亡き者とされてしまい、その代わりとして、この『元老院合議室』は生まれた。


 代替わりを経て、『元老院』というシステムは変わった。旧『元老院』は本土の大聖都『頂上』にあったが、新生『元老院』は開拓地の大聖堂『最下層』にある。


 石造りの部屋の中央にあった遺体安置用のベッドは、もう撤去された。

 代わりに血の滲んだ円卓が置かれ、厳かな空気と淡い蝋燭の光の中、千年前から生きる化け物たちが顔を並べて座っている。


 まず僕――こと相川渦波。

 そこから時計回りに、フーズヤーズの『宰相代理』から『元老院代理』と出世して、とうとう『元老院ここ』まで登り詰めたフェーデルト・シャルソワス。

 『レギア国名誉欠番姫』にて『イングリッド大商会の長』であり、『南北連合の後見人』でもある黒髪赤目に和服の吸血鬼少女クウネル・クロニクル・シュルス・レギア・イングリッド。

 『無の理を盗むもの』であり、『南北連合総司令代役代理』を勤める青い短髪の精悍な竜人ドラゴニュートセルドラ・クイーンフィリオン。

 最後に、千年前の『使徒』であるシスと年老いた樹人ドリアードの風体のディプラクラ。


 これで新生した『元老院』メンバーは、全員だ。

 あと、一応部屋の隅に少年騎士ライナー・ヘルヴィルシャインも、警備として立っている。


 この七人で、いつも僕たちは話し合いをしているのだが……正直なところ、ほとんどが数合わせだ。

 全員が世界の行く末を気にしてはいるものの、そこに『元老院』としての能力は伴っていない。


 『理を盗むもの』の僕とセルドラは、政治・権力に興味がない。

 シスとディプラクラは人間の作った国や社会に頓着がなく、主ノイの守る世界しか見えていない。

 フェーデルトの性格は『元老院』に向いているが、まだシャルソワス家の影響力は薄く、千年前の面々と同等までの発言権は手に入っていない。


 いま述べた五人は、相応しい人物が現れれば、次々と席を譲っていくことになるだろう。


 逆に言えば、いま『元老院』として足りえているのは――


「あー、会長ー! もー、遅いですよー! 十分前行動が大事って言っていたのは、会長なんですよー、もー!」


 ――和服をぶんぶんと振り回して、「もー、もー」と可愛らしく怒っている最古の『魔人』だけ。


 クウネル一人だけで、この部屋は世界最高の意思決定機関として足りえてしまっている。

 ここにいる全員が「ここは、そんなに大層な場所じゃない」と首を振っても、この部屋は『元老院』として扱われる。それだけの影響力が、彼女一人にあった。


 それは当たり前と言えば、当たり前のことだ。

 ここにいる千年前を生きた化け物たちの中、本当の意味で千年の時を過ごしたのはクウネルのみ。他は再召喚やら転生やらで、ショートカット経験ありだ。


 あの『統べる王ロード』と呼ばれたティティーですら心を磨り減らした千年を、一歩ずつ確かに、クウネルは歩み切った。

 本人は「悠々自適なブルジョワジー生活を千年、ただ過ごしただけ。中身は全くない」と言っているが……何もない人生なんて、この世に存在しない。


 一年一年、クウネルは自らの国で新たな友人を得たはずだ。

 趣味ながらも、新たな商売に手を出したこともあっただろう。

 旅行と称して、各国の王族・貴族たちと顔合わせをする機会も、当然ながら。

 一国の姫でありつつ一商会の長でもありながら、ただ過ごすという偉業を千年続けたことで、彼女は最高の『人脈コネクション』を得ている――


 その彼女のコネの力は、『糸』の力にも匹敵すると僕は考えている。

 あのティアラと陽滝の用意したゲーム盤から逃げ切ったという実績から考えると、『理を盗むもの』とは別方向だが――彼女も間違いなく、化け物の一人だ。


 その化け物仲間クウネルに僕は答える。


「ごめん、クウネル。ちょっと遅れた。……でも、十分前行動? それ、千年前の僕が言ってたこと?」


 口にしつつ、記憶の頁を捲っていく。

 思考系スキルで脳内ワード検索をかけて、クウネルとの思い出を確認する。

 そこには、確かに――


〝――千年前。

 相川陽滝の『兄さんとくっつけることでティアラを殺そう計画』によって、相川渦波とティアラ・フーズヤーズは二人旅を繰り返していた。

 その比較的平和な時間の終わり際、彼はクウネル・シュルスと出会った。

 そして、まるで物語の主人公のように相川渦波は、吸血種という集団からクウネル・シュルスを救い出し、弱く希少な『魔人』たちを保護する団体を作ろうと画策し始める。

 その過程で、元の世界の雑学を異世界の可愛い女の子にひけらかしていくのだが……その中の一つが、『ギルド』だった。

「――つまり、『組み合いギルド』ってことだね。信用という無形の絆で身を寄せ合って、外敵から身を守るんだ。そして、信用の基本中の基本は、きっちりと時間を守ること。これは商売の基本でもあるかな? だから、十分前行動は大事……だったはず?」

「……え、ええ? 自信があるようでないんですね。渦波様らしい」

 慎重過ぎる相川渦波は『異邦人』として色々と手札を持ちながらも、現代的な大改革には手を出さず、とても堅実に団体の作成に取り組んでいた。組織に必要な国からの後ろ盾は十分にあったし、異なる文明の商品のアイディアはいくらでもあるのだからと――クウネル・シュルスの前で、相川渦波は強気に約束していく。

「いや、自信はあるよ。全部、僕に任せて。絶対に君は守ってみせる。もう二度と、あんな目に遭わせはしないから……」

「……はい。全て、渦波様にお任せします。あての身は、もうあなた様に捧げましたから――」

 吸血種の生き残りの少女は恩人の少年に微笑みかける。

 そんな一幕があった。

 にもかかわらず、妹の陽滝の病状悪化によって、すぐに相川渦波は団体作成から途中で手を引き、約束を反故にされたクウネル・シュルスはレギア地方に一人で取り残されることになる。ただ、逆にタイミング良く相川渦波が離れたことで、彼女は大成功を収めることになるのだが――〟


 よし。

 ここまでにしておこう。


 確かに、余裕しゃくしゃくだった頃の僕が「十分前行動」という発言をした一幕はあった。そこだけが重要だ。


「――言ってたね。でも、あのときの言葉は撤回させて。やっぱり大事なのは一秒一秒、時間を無駄にしないことだったよ。これからは、一秒前行動の時代だ」

「て、撤回ってー。これ、あてんである『イングリッド大商会』の社訓にもなってるんやでぇ……。それを、いまさらー。会長がー、やれってったからー、ずっと守ってきたのにー」


 僕たち『異邦人』の争いから離れて、千年間一人で成長し続けた少女は、『元老院合議室』で、僕にも負けない演技力で可愛らしく唸る。


 その成長と成功ぶりから、基本的に『異邦人』に助けられた後は、全力で関わるのを避けるのが正解とわかるのがちょっと辛い。


「じゃあ、一秒前行動は僕だけのブームということで……。正直、かなりブラックなルールになりそうだから、社訓はまずい」

「そもそも、一秒前行動って……。それ、時間を正確に刻んで、常に把握できてるいうことやん。ほんま会長は怖いお方やでえ。ひゅうー」


 クウネルは口笛を吹かず、しっかり口で「ひゅうー」と言いつつ、僕たちの来訪の歓迎を終えた。


 そして、血塗れの円卓に座った僕たちは、各々「やあ」と挨拶をかわしていく。

 フェーデルトは一人だけ死ぬほど緊張しているが、基本的に全員身内なので空気は軽いものだ。


 なんというか、『世界を牛耳る悪の組織ごっこ』をしているような感覚だ。

 灯りを全部消して、全員の顔を薄暗くして、悪そうな笑い声を響かせて、サウンドオンリー会議をするのも楽しそうだ。

 と思ったが、今回は軽い空気のまま、話し合いに入っていく。


「――それで、クウネル。最近のルージュちゃんの調子はどう?」


 まず、これからの世界の行く末において、最も重要な人物の近況を聞く。


 ルージュちゃんは赤い蛸の『魔人』であり、最近僕の中で株が急上昇中の『木の理を盗むもの』アイドの意思を継いだ『魔石人間ジュエルクルス』だ。

 彼女はアイドからヴィアイシア国を含めた『北』を託されていて、さらに最近では――


「ルージュ様は『南北連合』代表という貧乏くじを引いて以来、ずっと休みなく働いてますねー。慣れない仕事で、ぼっち飯食べたりしていたようですが……あてが他所様とのお付き合いの仕方を教えてあげて、食事の時間も仕事に変えて差し上げましたよ。へっへっへ」


 『対異邦人ヴィアイシア国連合軍』――通称『南北連合』の代表でもあるルージュちゃんが、なんだかんだ上手くやれているという報告を聞き、僕は一安心する。


「そっか……。頑張ってるなら、いいんだ」


 ぼっち飯というのは、かなり柔らかな表現だろう。

 いかに「『獣人』は大切な隣人だ」という価値観が浸透した世界でも、富裕層の多くは混じり気なしの人間だ。

 よく知る『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』でも、『獣人』はセラ・レイディアントのみ。貴族のはずだったパリンクロン・レガシィでさえ、出身を理由に蛮族と罵られていることがあった。

 その中、『魔石人間ジュエルクルス』であり『魔人返り』であり、若輩の成り上がりという三重苦を背負ったルージュちゃんの未来には、多くの苦難が待ち構えていることだろう。


「頑張るというか、地獄を見てますね。……はっきり言って、急遽作る必要があったから作った同盟の盟主なんて、最後に責任押し付けられて首飛ぶまでがお仕事みたいなもんですからねー。今回の『南北連合』の代表とか、あてならぜーったい嫌ですねー。負け試合ですもん」

「おまえな……。本当は、おまえが代表に適任だったってのはなんとなくわかってるんだからな。どうせ、おまえが無理やり押し付けたくせに」

「い、いやあ!? いやいやいやっ、押し付けてませんって! あのときのルージュちゃん本人に、やる気があったんです! もしルージュちゃんが嫌がってたら、あてがやってました! 本当やでー! 吸血種は、嘘つかない!」


 嘘だ。

 もしルージュちゃんが嫌がったら、また別の人柱をクウネルは立てていただろう。

 そして、いまと全く同じ立場をキープしていた。


 ――それができるから、クウネルは一人だけで『元老院』をやれる。


 いま『南北連合』は、各国の王や族長たちによる協議で、大陸の方針を決定しているのだが……その半数近くに、クウネルの息がかかっている。

 もちろん、その中にはルージュちゃんも含まれている。


「やべっ。この会長の顔は、あてを信じてない顔! ……か、会長!! あては会長のお願い通りに、ちゃんとヴィアイシアを建て直しました! その上、『南北連合』設立の際も、裏でルージュ様を手助けし続けましたー! 全て、完全に善意! クウネルちゃんはいつだって善意で一杯です!」

「まあ、そこは疑ってないよ。クウネルのおかげで、『南北連合』は纏まって、あの陽滝に対して精鋭を送り込むことができて……こうして、いま僕は生きている。色々と打算はあっただろうけど、そこだけは本当に感謝してる」

「でしょうて、でしょうて! そうっ、あては凡人なりに『水の理を盗むもの』戦の後方支援を頑張ったんですよー! この『南北連合』は、ここ百年で最高の作品です!」

「……ただ、その最高の『南北連合』も、そろそろ限界近そうだけどね」


 最近の悩みの種の一つだ。

 いま『南北連合』内の空気は、宗教に染まった大聖堂内よりもキナ臭い。

 今回の世界の混乱に乗じて、どこかの領土を切り取り、成り上がろうとする国家・部族が多いからだ。


 そもそもの話として、『南北連合』は『異邦人』討伐を目的として集まった集団だ。

 その目的が達成されてしまった以上、「復興を終えるまでが戦いです。『南北連合』は続いています」と言って誤魔化し続けるのも限界がある。


 野心ある国の離反が本当に多い。

 いや、むしろ表面上は従い続けて、ここぞという裏切りの機会を待っている国のほうが厄介だろう。


 だから、またどこかで必ず、大きな争いは大陸で起きる。

 それを止めるのは……、少し難しい・・・・・


「はい、正直なところ限界が近いですねえ。なのでー、あてはいところで仮想敵でも作って、なんやかんやで時間稼ぎしようと思うてますよ。……そこで、会長。実際のところ、また妹さんのような侵略者って『異世界』から来るんですかね?」


 おそらく、これが今日クウネルが一番聞きたいことだろう。

 その真剣な問いに、僕は包み隠さず答える。


「確率は、ゼロじゃないよ。……ただ、いつか来るとしても、かなり遠い未来の話だとは思う。基本的に、二つの世界が同時にコンタクトを取ろうとしない限り、そうそう移動なんてできないんだ。陽滝は本当に特別で、レアケースだったんだよ」


 いま僕がここにいるのは、あのふざけた陽滝の力ありきで、偶然にも使徒という特別な召喚者たちがいて、その縁を『失敗魔法』が強めてしまったからだ。


 あの奇跡が、もう一度起こるのは考えにくい。

 ただ一応、可能性があることだけは伝えておいた。


「ふーむ……。あては来る来ないに関わらず、準備だけはしておきますよ。来たときに後悔していたら手遅れだってことが、今回でよーく分かりましたからね。なので、そのときのためにも、どうにか危機感を煽っておくのはいいアイディアだと思うんですよねー。……あとで、始祖様と使徒様たち名義で、それっぽい『予言』をしてくれませんか? いま丁度、新しい石碑を大聖堂に作ってるんで、そこに記しておきます! いつか、新たな『異邦人』が侵略しにやって来るから、仲良く準備しておけよーって感じのを!」


 クウネルは席を立ち、周囲の顔を見回しながら、堂々と強請っていく。


 それを訊いたディプラクラさんは僕と顔を見合わせたあと、ゆっくりと頷いて了承した(シスは腕を組んだまま、目を瞑って動かない。寝ている)。


 使徒としての使命の範疇内であると判断したのだろう。

 僕としても、そう悪くない提案だと思ったので頷く。


「……必要っぽいから、協力する。今回だけは特別ね」

「あざーっす!!」


 大仰にクウネルは頭を下げて、お礼を言う。


 かなり下手に出ているクウネルだが……こうして、いつも話し合いは彼女のペースになっていく。

 言いくるめようとするのではなく、ただ本当に必要なことを誰も損しない形で提案するのだから、こっちは首を振ろうにも振れない。いや、それを言いくるめられていると言うのかもしれないが……。


「じゃあっ、『予言』はー……、ここをこうしてっと……。もし駄目なときは、風化しつつも訓戒を残す感じで……――」


 クウネルは『予言』の文言をメモに書いて、試行錯誤していく。


 その姿を見ていると、ふとティアラの姿を思い出した。

 いま僕たちがやってることは、完全にティアラと同じだ。


 『元老院』はティアラの用意した駒だったから、それも仕方ないだろう。

 彼女が舞台を降りて、役目を全て終えて――僕が引き継いだのだから、似通いもする。


 ただ、対面に座っていた竜人ドラゴニュートは、僕と別の人物を頭の中に浮かべていたようだ。懐かしみながら、その名を出す。


「……しかし、クウネル・レギアの仕事ぶりは、かつての宰相アイドを思い出すな。一人いるだけで、あらゆる心配事が尽きていく。ここに仏頂面で座っているだけでいいというのは、昔を少し思い出す」


 それを聞いたクウネルのペンの動きが、ぴたりと止まる。

 そして、僕を相手にするときとは全く別の言葉遣いで、妖艶に微笑を浮かべていく。


「お褒めに預かり光栄です。かの史上無敗の総司令様に認められて、かの史上最良の宰相様と並べられるなんて、末代までの誉れでしょう。ふふっ」

宰相殿それに加えて、陽滝あたりの性格の悪さも乗っている様子だ。……ついこの間、こいつが大国の王を脅してるのを見た。立派な髭をたくわえた王が、自分の孫ほどの小娘相手に怯えては、媚びを売っている姿を見るのは不思議な気分だったな」


 そういうこともあるだろう。

 なにせ、たとえ百歳に近い高齢王族と比べても、クウネルは年上のお姉さんになってしまう。おそらく、後見人という立場の彼女に、おしめを代えられた経験のあるお爺さんお婆さんだっているはずだ。


 その関係性が、そのまま政治的立ち位置の頑丈さや握っている弱みの数に直結しているわけだ。


「少し誤解があります。わたくしは誰に対しても、対等に平和的に接しております。……まあ、わたくしの商会に借金のある国が多いことは否定しませんが」

「はっ。流石、この俺に真正面から「もう一度、総司令をやれ」と押し付けたやつは、面の皮の厚さが違う。例の代表だけでなく、この総司令って役割も『最後に責任押し付けられて、首が飛ぶ』ような役割だろうに。だから、代役の代理・・・・・なんて言葉が付いてる」


 セルドラは周囲の顔を見ながら喋る。

 クウネルから別の顔を引き出して、僕や使徒たちに「この女の強かさと悪辣さを忘れるな」と注意を促してくれているようだ。


〝――流石、千年前にティティーへの義理だけで総司令をやっていた男は、真面目で仕事熱心だ〟


 クウネルの独壇場にならないように、『元老院』の一人として、きちんと役割を果たそうとしているのだろう。


「それは、あなた様が首を飛ばして飛ぶような御仁ではないと見込んでのことです。それに、『最後に責任を押し付けられて、首が飛ぶ』というのは……あなた様好み・・でしょう? 本当は大変な役割を押し付けられて、安心しているのでは?」


 クウネルはセルドラに対して、一歩も引かない。


 それどころか、誰も知らないはずの秘密を――『無の理を盗むもの』の真の『未練』を、つついた。

 僕は表情こそ変えなかったが、内心で驚愕する。おそらく、セルドラも同じだ。


「そう……、だな。俺は『統べる王ロード』や『宰相殿アイド』と違って、役割を与えられて、力を発揮する男だ。ああ……、おまえに総司令を押し付けられて、少し安心したのは間違いない……」

「一時、セルドラ様は陽滝様の手下でしたからね。うふふっ、会長に合わせる顔がなさそうでしたので、ついついご助力してしまいました」


 『未練』に関わる話を続けたくないセルドラは引いてしまい、クウネルが普通に押し切ってしまった。


 セルドラは苦虫を潰した顔で、なぜか自分の弱みさえも握っていたクウネルに降参を伝える。


「こいつ、苦手だ。……なあ、カナミ。今日の本題は『ファフナー・ヘルミナ確保計画』だろう? 頼むから、早くそっちに移ってくれ」


 僕は苦笑いを浮かべて、その話題転換を了承した。


 思った以上に、二人の相性は悪い。

 クウネルは自由気ままで子供のティティーを苦手としていたが、理性的で大人のセルドラは獲物カモと思っていそうだ。


「へへへー。そのセルドラ様の提案に、あても賛成ですねー。あの『血陸』は、さっさと取り除きたいですからねー」

「じゃあ、例の計画の話に移ろうか。と言っても、もう『血陸』の調査は終わってるし、攻略方針も固まってるから、確認ばっかりだけどね」


 『血陸』は今回の作戦において、最も重要な単語だ。

 その語感のまま、『血の力』によって生まれた陸のことを指す。


 地域によっては『赤海』とも呼ばれるそれ・・は、かつてラグネ・カイクヲラの下でファフナーが人類絶滅を企み、本土の大聖都に広げたものと同じだ。


 『血の理を盗むもの』を中心にして染み出す血は、際限なく大地を侵食していく。

 ただ、今回の発生場所は、西の果て。

 西にある本土より、さらに西にある地域で広がり続けている。


 例の見るだけで身体が竦む『血の化け物』が跋扈していて、腕のある探索者・冒険者でも容易に踏み入ることは出来ない魔境となっているらしい。

 調査では、千年前のモンスターや建造物も出現しているようで、意思を持った『血の人形』たちが文化的な生活をしているという報告もあった。


 つまり、それは陽滝が《冬の異世界ウィントリ・ディメンション》を使っている間、ずっとファフナーは暴走を続けたということでもある。

 陽滝がファフナーを西の果てに放置したのは、『血の人形』たちも人と同じく、『糸』を繋げて魔力源にできたからだろう。


 その結果、生まれた『血陸』は、地獄そのもの。

 踏み入れば、一面が赤。

 まともな人間では正気を保つのは難しく、生存するだけの資源もない。

 生物を拒絶する魔境は、クリア後の世界に相応しい新ダンジョンで、もし挑戦をするのならば相応の覚悟が必要――のはずなのだが、もうあとは『答え合わせ』をするだけでいい。


 はっきり言って、『血陸』は全く脅威じゃない。

 なにせ、もう――



 『血の理を盗むもの』の『第七十の試練』は――終わっているのだから・・・・・・・・・・



 すでにティアラ・フーズヤーズという少女が、陽滝を攻略するついでにクリアしてしまった。


「えーと、『ファフナー・ヘルミナ確保計画』は……。まず最初に、道中でグレンさんと――元『最強』の探索者であり、スノウの義兄のグレン・ウォーカーと接触します。ここは確定でいいよね?」


 作戦一段階目の確認をする。

 そして、毎度ここで、クウネルだけが手を挙げる。


「あのー……、本当の本当に、グレン・ウォーカーは正気なんですか? 一度だけ『血陸』を確認しましたが、あそこの気持ち悪さはかなりのもんでしたよ? もう何ヶ月も、あそこで一人だけで生活しているというのは……、正直なところ現実味がないです。救出しに行くだけ時間の無駄じゃあ……」


 その確認作業にセルドラは反論する。


「クイーンフィリオンの名に懸けて、俺が保障する。グレン・ウォーカーは『血陸』でも正気と知性を保ち、自由に行動できるだけの精神力の持ち主だった。だから、一ヶ月前に俺が『血陸』で救出活動をしていたときも、あいつだけは「残りたい」と断った。どちらかと言えば、あいつとの接触は『救出』でなく『斥候スカウトとの情報共有』が正しい」

「そもそも、その話が本当かどうか疑わしいんですよね……。一ヶ月前のあては、「四大貴族であるエルミラード・シッダルクとグレン・ウォーカーの二人が必要だ」と、はっきり言いましたよね? グレン・ウォーカーの残留は本当に必要なことだったんですか? ねえ、総司令代役代理様?」

「そこは、俺の話を信じてもらうしかないな。……カナミは信じてくれた」


 クウネルは食い下がり続けたあと、僕の顔を見た。

 二人の間に挟まれて、少しだけ僕は困る。


 そもそも、過去にセルドラが陽滝の協力をしていたのは、僕が「『元の世界』に連れて行く」という約束を果たせそうになくなったからだ。

 だから、仕方なく代わりに約束を果たせる陽滝に協力しつつ、できるだけ僕たちに配慮してくれていた。そのおかげで、僕はラスティアラと……。


 セルドラは絶対的に信頼できる。

 できるだけの絆がある。

 根拠もある。

 なにせ、もう――



 『無の理を盗むもの』の『第八十の試練』も――終わって・・・・いるからだ・・・・・



 すでに僕はセルドラを『元の世界』まで連れて行き、そこで必要な話し合いを終えて、真の『未練』を見抜き、竜人ドラゴニュートセルドラ・クイーンフィリオンの長い旅を終わらせた。


 いま、彼が魔石になっていないのは、僕が『セルドラのための続き・・』を『執筆』しているからに他ならない。

 ティアラと違って、終わらせるためではなく、続けるための『執筆』を――


「クウネル、僕は『詠唱』のリスクを負った上で、セルドラに《ディスタンスミュート》と《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》を叩き込んだ。そして、その心を通わせた――」


 続き・・には、願いがある。


 それは『血の理を盗むもの』と『無の理を盗むもの』に、本来よりもい最期を迎えて欲しいという願い。

 『連合国復興計画』や『ファフナー・ヘルミナ確保計画』で、手の届く範囲は助けたいという願い。


「だから、セルドラの話に間違いはないって、僕が保障する。計画はグレンさんと合流したあと、ファフナーにしよう。それがきっと最善だ」


 もう終わりだとしても、『幸せ』な続きを――

 その願いだけは譲れないことを、クウネルに伝えた。


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