9章.終わらない夢の続き

414.書き出し


 いい天気だ。


「はー……」


 深呼吸をして、天を仰ぎ、燦々と降る陽光に目を細めた。


 眩しさが気持ちいい。

 白い太陽を直視しないように、瞼の僅かな隙間から、ゆっくりと流れる雲を追いかけていく。

 空は藍色、群青色、青色、水色と上から段階的に薄まっていき、地平線で若草色の大地とぶつかり合う。


〝――どこまでも広がる綺麗な青空〟


 清々しくて美味しい空気と少量の無害な魔力。

 他には何もない。

 あの最後の戦いから、もう何もなくなった。


 絶好の建築日和だろう。

 快晴の開拓地の平原にて、僕は――この異世界に迷い込んだ『異邦人』相川渦波は、しっかりと地に足をつけて立って、手を横に振るって、呟く。


「――魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》」


 剣と魔法の世界で手に入れた真っ黒なローブの裾が、動きに合わせて揺れた。

 黒い仮面の下にある口からは、そのらしい格好に相応しい言葉が零れた。


 魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》は木属性と地属性の複合魔法だ。

 体内にある『理を盗むもの』の魔石と通じ合いながら、丁寧に平原の果てまで魔力で満たしていく。


 魔法のイメージは、少し前に『木の理を盗むもの』アイドが即興で作っていたヴィアイシア城と街――の外周。


 草木といった自然のものだけで、アイドは広大な王都を守るための城壁を築いていた。

 柔軟で耐火能力を持った種の草木の力を借りていたのを思い出して、遠慮なく真似パクる。そして、無断で術式と名称にアレンジを加える。


 もちろん、力を借りるのは『木の理を盗むもの』アイドの力だけではない。

 主軸となる属性は木だけでなく、地と光も。

 基本的に複合魔法は、複数人が呼吸を合わせて使用する難しい技術とされている。だが、体内に複数の属性の魔石を持つ僕にとって、これほど向いているものはなかった。


 まず平原に満たした魔力に『光の理を盗むもの』ノスフィーの『話し合い』の力を伝播させて、小動物やモンスターたちを安全なところまで誘導する。

 続いて、『地の理を盗むもの』ローウェンの力を利用して(ローウェンの力だけは色々と足りないので、僕自身の魔力と術式をかなり捻出している)、完全に平らとなっていない平原を丁寧に均していく。

 そこから、本格的に建築開始だ。

 『木の理を盗むもの』アイドの力を借りて、木々を生長させていき(アイドの使える木属性魔法は少なく、四つだけ。しかし、ローウェンと違って、生前の魔法応用の経験によって、万の魔法を操れるに等しい引き出しがあった。流石、アイド。すごいぞ、アイド)、その幹や枝を『編み物』のように組み合わせていき、簡易ながらも住宅としていく。

 仕上げに、根を大地から切り離して――、完成だ。


 すぐに、その木製の家屋の出来を《ディメンション》で確認していく。

 今回は、分解して再利用も出来る組み立て式プレハブで、耐久度も申し分ない。

 組み立て方によっては別の建物に――例えば、モンスターの侵入を防ぐ城壁にすることも可能だろう。


「――第一段階はクリア。フェーデルトさん、第二段階に入りますので準備を。ライナーは周囲を警戒しつつ、異常がないか遠目から見てて」


 次は予定の一万人が移住できるように、いまの魔法の家屋を量産する。

 そのための協力を、僕は隣に並び立つ二人に要請した。


 一人は神官の装いに濁った目が特徴的なフェーデルト・シャルソワス。

 かつては『フーズヤーズ国の宰相代理』として何度も僕の前に立ち塞がった男だが、いまは利用し合う関係として〝――でなく・・・、最高の仲間となってくれている〟。


 内心で彼が「巻き込まれて最悪だ」「いつか、この男から力だけ奪い取る」「我が祖国の為、絶対に――」と、僕に対する恨み言を繰り返している気がするけれど、そこは気にしない。


 もう一人は僕の贈った装備で身を包む騎士ライナー・ヘルヴィルシャイン。

 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』に復職して、元の仕事である『現人神ラスティアラ』の護衛を――つまり、『僕』の護衛をしている。

 とはいえ、僕の戦闘力と暗殺対応能力は足りているので、メインの業務は秘書の真似事だ。


「――魔法《ディメンション・ライン》」


 僕は陽滝の『白い糸』の劣化版である『紫の糸』を、フェーデルトの脳に伸ばした。

 陽滝やティアラと違って、鍛錬用に一本だけだが、あの反則技――物語の誘導が出来る代物だ。


 ただ、今回の『糸』の目的は「相川渦波がフェーデルトを誘導する」のではなく、逆に「フェーデルトに相川渦波を誘導してもらう」ことである。


 これから僕は魔力量に任せて、魔法の家屋を量産する。

 その前に彼と『繋がり』を作って、フェーデルトの頭の中にある街の設計図を魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》に反映させるわけだ。


 これで時間短縮だけでなく、異世界内政の最大課題である「『元の世界』での経験を織り交ぜたオリジナル魔法が、本当に異世界の風土に合うかどうか?」を、現地の識者にセカンドチェックして貰える。


「ぬっ……、ぐっ!!」


 『紫の糸』の恩恵は凄まじい。

 だが、その分、協力者にかかる負担は大きい。

 魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》の感覚を共有したことで、フェーデルトは顔を顰めて、呻いた。


 しかし、そのおかげで、新たに大地から生える魔法の家屋たちが、驚くほど整然と並んでいった。

 フェーデルトが何日もかけて考えた理想の街並みが、地響きと共に、一寸の狂いもなく再現されていく。


 そして、家屋の数が五千を超えたあたりで、魔法の様子を見守っていたライナーが呟く。


「しかし、街が生えるってのは滅茶苦茶な光景だな……。壮観というか、ドン引きだ。もう御伽噺どころか神話の域に入ってるだろ、これ……」


 資源・人手・時間の豪快な無視っぷりに、驚きを過ぎて、呆れの域に入っていた。

 その親友の感想を聞き、そもそも千年前の戦いが神話扱いだったことを僕は思い出す。


「そこまで滅茶苦茶じゃないと、僕は思うけどね……。たぶん、千年前のアイドも同じことができたと思うよ。そもそも、いまやってる魔法自体、アイドの力が大部分を占めてるし」

「ああ、アイド先生なら可能か……。でも、ここまでのスピードはアイド先生じゃ出せないんじゃないのか? 魔力量的に考えて」

「んー、どうだろう……。入念の準備をしてから、『樹人ドリアード』の特性を最大限に活かせば、いけたんじゃないかなあ?」

「……そうか。中に、アイド先生がいるって言っても、何もかもわかるってわけじゃないんだな」


 そのどこか探るような問いかけに、僕は隠すことなく頷いて答える。


「そうだね。マリアも言っていたけど、『理を盗むもの』の魔石があるからって、その人の全てがわかるわけじゃないよ」


 フェーデルトの協力のおかげで余裕のあった僕は、ライナーとお喋りを続けていく。

 ただ、その仕事中の怠慢は、すぐに叱られる。


「カ、カナミ様!! もっと集中を――というか、余計なお節介で、予備のプレハブを置こうとしてませんか!? そういうのは本当に迷惑ですから、いますぐ止めてください!!」


 『並列思考』で僕はライナーとお喋りしながら、フェーデルトの理想の町を作成していたのだが――思っていたよりも魔力と思考に余裕があった為、空き地に手を加えようとしていた。それを咎められてしまった。


「え、駄目ですか? 良かれと思ったんですが……」

「あなたの良かれと思っては、天災か奇跡の二者択一です……。以前、本土の食糧難を危惧して果樹園を作成した結果、住民たちで所有権の奪い合いが起こったことをお忘れですか……!?」

「は、はい。忘れてません」

「いま大陸は、本当にデリケートな時期なんです。カナミ様が奴隷や『魔石人間ジュエルクルス』の境遇を真に案じているのならば、その仕事を決して奪わないように!」


 わりと本気で怒られてしまい、僕は心から「すみません」と謝罪するしかなかった。


 そして、やっぱり僕はフェーデルトは〝最高の仲間〟に相応しい人だと、再確認する。いつか僕の持つ全ての力を以て、必ずこっち側に引き込んでやるという――欲望は上手く隠しつつ、僕は魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》だけに集中していく。


 僕が反省しているのを『繋がり』から感じ取ったフェーデルトは、建築計画を次の段階に移していく。


「では……、次は連合国までの道作りです。カナミ様は魔法に集中してくださいませ。くれぐれも余計なことをしないように」

「はい。頑張ります」


 フェーデルトは出来立ての街から視線を外して、逆側の地平線に身体を向けた。


 その先には、迷宮連合国の街並みが見えた。

 いま現在の場所は、開拓地の西部あたりなので、正確にはエルトラリュー国とラウラヴィア国の外周が見える。


 ついこの間まで、陽滝の《冬の異世界ウィントリ・ディメンション》で氷河に覆われ、あの最後の戦いが繰り広げられた場所だ。そこに以前と変わりない街があるのを眺めながら、その理由を思い出す。


 あの戦いのとき、『南北連合』は連合国の保持どころか、開拓地全ての崩落さえ容認していた。

 だが、終わってみれば『異邦人』相川陽滝による被害は、ほぼゼロ。

 陽滝が大聖堂中央で思いっきり地面を踏み抜いたのと、急激な雪解けによって低地に川がいくつか出来ている程度だ。


 つまり、いま連合国で破壊されている大部分は、『異邦人』と戦った精鋭たちの魔法によるものばかりだ。


 特に、あのティアラの魔法の被害が大きい。

 連合国の壊れた家屋や道のほとんどは、あいつの魔法《ライン》《レヴァン》の力だ。

 なので、あの戦いのあと、一番問題となったのは『魔石線ライン』消失による火や水の供給――エネルギーインフラの崩壊だった。


 そのせいで復興作業は、『魔石線ライン』張り直しが最優先となった。

 ちなみに、『魔石線ライン』を張り直すのと平行して、連合国の目玉である迷宮は半封鎖状態となった。

 例の『正道』までも壊れてしまったという建前で、人々に迷宮探索よりも連合国の復興作業の協力を呼びかけている。

 本当のところは、解明された『魔の毒』とレベルの仕組みを踏まえて、不安定な『魔人返り』を無闇に増やさないのが目的である。なので、いま連合国では小まめな『表示』確認も呼びかけている。


「ふ、ふふっ――」


 いつか暇が出来れば、『表示』の改造をしたいと僕は考えていた。


 例えば、もし身体に『魔人返り』の兆候が現れれば、何かしらの警告音アラートを鳴らして、本人に「『魔人返り』するか否か」を問うジョブチェンジシステムのような何かがあれば便利だ。


 他にも、ステータスにカーソルのようなものをつけて、ゲームのヘルプような形で、この世界にある『契約』や『魔人返り』といった危険な罠を周知させるのも有効だろう。

 いまよりも詳細で柔軟な情報が簡単に得られれば、自分の力を過信して迷宮で命を落とす人も減るはずだ。

 あとは経験上、生命力・魔力のHP・MPだけでなく、体力・精神力のSP・TPも『表示』で見えると大変有難い――などなど。


 きちんと迷宮を自分で味わったことで見つかった改善点は、数え切れないほどある。


「ふふふふふ――」


 笑みが零れてしまう。

 思考の余白で、趣味が暴走しているのが自分でわかる。


 ――なにせ、いま僕は、ゲームクリア後の世界にいるようなものだから。


 多くのゲーム好きが夢見る状況だろう。

 その上で、ゲームクリアによる莫大な力と財産まで、僕は得てしまっている。

 最たるものが、まず――



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP――/―― MP17212/17212 クラス:主人公

 レベル86

 筋力274.11 体力233.82 技量259.01 

 速さ454.44 賢さ462.10 魔力922.81 素質27.84



 妹の手によって、過剰に上げられたレベル。

 みんなの魔石を体内に入れたことによって伸びたステータス。

 ゲームが終わったと感じるに十分な数値群。


「……それだけじゃない」


 何より、この異世界に迷い込んでから、ずっとバラバラだった『相川渦波』としての記憶だ。

 僕にとっては、自分の記憶が整然としているのが、一番のゲームクリアの証だろう。


 それは、本ならば――

〝『元の世界』で相川家に生まれて、幼馴染と両親を失うまでの苦しい日々〟

〝『元の世界』で妹の陽滝に頭を弄られながら、二人きりで過ごした生活〟

〝『異世界』に迷い込んでから、『世界奉還陣』に呑み込まれるまでのティアラとの冒険〟

〝「『異世界』で目を覚まして、ラスティアラに導かれて辿りついた『最後の戦い』まで〟

 ――全ての頁の束が、正しくページ番号を振られて、綺麗に重ねられている状態。


 もちろん、まだ実感のない記憶ページは多い。


 頭の中に、どさりと頁の束を置かれただけで、まだ読み込めてはいないが……もう頭の奥に靄がかかったかのような不安感はない。ボタンを掛け間違えたかのような違和感も、ずっと僕を苛んでいた焦燥感も寂寥感もない。一度バラバラとなった記憶たちは、十分な時間を経て、少しずつ馴染んでいくことだろう。


 だから、もし注意点があるとすれば、それは記憶以外の部分だ。



【スキル】

 先天スキル:次元魔法12.59 呪術18.14 水魔法2.00 氷結魔法2.00

       闇魔法2.00 地魔法2.00 木魔法2.00 風魔法2.00

       光魔法2.00 魔力操作5.60 剣術14.42 武器戦闘4.65

       魔法戦闘7.14 擬神の目1.00 血術10.12 悪運1.00

       教育2.45 カリスマ4.12 読書10.34 

 後天スキル:並列思考1.00 分割思考1.00 収束思考1.00 逆行思考1.00

       感応3.65 神聖魔法1.29 体術2.82 亜流体術1.04

       気功1.01 呼吸法1.08 槍術1.11 弓術2.01

       投擲1.99 指揮1.87 軍隊指揮1.02 軍略1.01

       謀略1.06 後衛技術1.89 観察眼1.67 鑑定1.03

       遠見1.89 最適行動2.01 鼓舞1.15 挑発1.00

       家事2.46 料理1.24 菓子作り2.22 裁縫1.34

       編み物1.98 水泳1.04 水中行動0.77 釣り0.98

       操縦1.01 航海術1.08 騎乗1.00 採集1.33

       栽培1.08 狩り1.15 錬金術1.45 鍛冶3.90

       神鉄鍛冶7.12 木工1.11 薬師1.22 音楽1.66

       琴1.12 煽動1.00 先導1.01 詐術3.34

       話術1.24 人誑し1.34 威圧1.95 洗脳1.45

       調教1.98 教祖4.12 取引2.02 執事2.13

       工作1.22 盗み1.11 延命3.01 暗殺1.23

       暗号1.09 解読1.00 演技・・0.00 執筆1.00――



 妹の陽滝の人生を蝕んだ『生まれ持った違い』は、要警戒だ。

 ずらりと並ぶ多様な魔法とスキルの中には、例の『糸』の力も含まれている。


 予感がある。

 それは『次元の理を盗むもの』としての予感だ。

 将来、あの『糸』の力が身体に馴染み、使いこなせるようになったとき、僕の中にある『失敗魔法』は完成する。

 次元属性の基礎《ディメンション》が極まり、僕の派生魔法が全て『糸』によって統合されて――相川渦波の、本当の『魔法』となる。


 ――すぐ近く、少し無理をすれば届きそうなところに、本当の『魔法』の完成が在る。


 しかし、まだ『糸』の力に手を伸ばすつもりはない。

 あの陽滝でも〝仮想の『質量を持たない脳』をいくつ作っても、すぐにパンクする〟と、当初は持て余していたのだ。

 時間をかけて馴染ませるという段階を踏むのは、本当に重要だ。

 『糸』の力の研究・解析は、鍛錬用に一本だけ。慎重過ぎるくらいが丁度いいだろう。


 この方針だけは、臆病だと思われても絶対に変えない。

 これからは、無理をせず、手の届く範囲内で頑張ると、僕は妹と約束したのだ。


 敵のいなくなった異世界で穏やかに、平和に……。

 『たった一人の運命の人』と共に、幸せに……。

 暮らし続けることこそが、僕の人生の新しい目標であり、『ラスティアラの物語』の続き――


 だから、これでいい。いや、この趣味が出るくらいのペースがいいんだ。


 その自分の気持ちを確認し直しつつ、僕は魔法《ウッドクエイク・創造クラフト》によって、開拓地の広大な平原に石畳の道ができるのを《ディメンション》で見つめる。


 丁度、出来立ての街と連合国が、綺麗に線で繋がったところだった。

 同じ魔法を使っていたフェーデルトが大きく息を吐いて、左手を膝に置きつつ、右手で額の汗を拭う。


「はぁっ、はぁっ……! ふう……。恙無く完了致しましたね。かなり……、ええ、かなり疲れましたが……」


 一歩も動いていないのに、全身の発汗が止まらない様子だった。

 《ウッドクエイク・創造クラフト》は僕が主体の魔法だが、ただ付き合うだけでも、かなり消耗するようだ。

 しかし、その苦労に見合った報酬が、目の前に完成している。


 飾りは少ないけれど新たな街が確かに、何もなかったはずの平原に生えていた。

 フェーデルトの顔に生気と歓喜が灯っていく。


「壮観です……! そして、奇跡的。我々の地道な建築作業が馬鹿らしくなる……という感想を超えて、ただ神の御業として畏怖するばかりですね。これが世界を救ったカナミ様の力……。くくっ、くはははは――!」


 誇張なく、そう本気で思っているのが『紫の糸』から伝わる。

 興奮に任せて、彼は感想を述べていき――


「カナミ様がフーズヤーズの味方になってくれたことは、この厄介で面倒な時代で、これ以上ない幸運でしたね……。かの『現人神』ラスティアラ・・・・・・様も神秘的な方でしたが、それを補って余りある力です。『異邦人』討伐戦において、ラスティアラ様が亡くなられたのは本当に残念でしたが、この光景を見れば、きっと彼女も――」


 ――ラスティアラ・・・・・・


 丁度いいタイミングだった。

 だから、もしラスティアラがここにいたらと考える。

 この街を見たら、きっと彼女は、こう言う・・・・――



〝――ラスティアラはフェーデルト以上に興奮して、大口を開く。

 その年に似合った表情で、子供らしく、新しい模型を一つ完成させたかのように、騒ぎ出す。

「おおっ、新しい街だあ……! 千年前のお下がりじゃなくて、新しい時代の始まる私たちの街! 歴史的瞬間だー! ふふっ、ここから始まるのは英雄譚の後日譚であり、いつまでも続く『私たちの物語』だよ!!」

 それに答えるのは、彼女といつも一緒の僕。

「いや、僕たちはここに住まないけどね。他に、ちゃんと家あるし。ここは別の人たちの居住区だから」

「ここにも建てようよ! 私たちの権力と財力に任せて、別荘を建てよう! なにせ、私たちは世界を守ったんだから、そのくらいは許されるはず! たぶん!」

「守ったって言っても、僕の身内が起こした危機だからね……。正直、僕は贅沢しづらい」

「そこは、あれ……! これから、さらに世界を救うってことで許してもらおう!?」

「……そうだね。ちゃんとこの世界の『魔の毒』の問題を解決し切ったら、そのときは――」

「ちょっとやそっとじゃ燃えなくて崩れない頑丈なやつにしようね! みんなも呼びたいから!」

「ふっ、ふふっ――」

 とうとうラスティアラのハイテンションに釣られて、僕も笑ってしまう。

 どこまでも広がる綺麗な青空の下、僕は彼女と一緒に、ずっと――

 ずっとずっとずっと――〟


 そんな日常の一頁となったはずだ。


 その妄想の日常を、僕は『執筆』して、一人だけで『読書』して、本当に楽しくて、口を緩ませた。

 さらに続きを書こうとするが、それは――


「――キリスト」


 呼び止められる。


 保護者であるライナーの声を聞いて、すぐに僕はティアラのスキル『読書』を使って、〝――いまの『ラスティアラの世界』にも目を向き直す〟と、自分をコントロールしていく。

 その様子を間近で見ていたフェーデルトは、声を震わせていた。


「……カ、カナミ様?」

「フェーデルト、あんたは悪くない。キリストが遠い目をしてるときは、ティアラさんの残した『呪い』を上手く支払えてるときだから……むしろ、いいんだ。これは、順調だ」

「あ、ああ……。いまのが、聖人ティアラが残した『呪い』……。情報として、聞いてはいましたが……」


 二人の会話を聞きつつ、僕は深呼吸する。

 ゲームクリア後の世界にある注意点の二つ目があるとすれば、それがこれだ。



【ステータス】

 状態:不老不死1.00 狭窄・・1.00 混乱1.00



 この『状態』欄にある『狭窄・・1.00』が、『次元の理を盗むもの』の『呪い』。


 『次元の力』が強まった代わりに、僕は定期的に【ラスティアラしか見えない】という状態に陥ることがある。


 これのおかげで、陽滝との最後の戦いで、僕の魔力量はギリギリ足りて、信念がぶれることもなかった。

 だが、その『代償』として、先ほどの通りだ。


「フェーデルトさん、すみません。丁度いいタイミングだったので、ちょっと物思いに耽ってしまいました……」


 しかし、その『呪い』の仕組みは、すでに割れている。

 『理を盗むもの』たちとの交流で、経験も積んでいる。


 この『呪い』は抑え付けるのが最も危険だ。

 忘れたくない、裏切りたくない、間違いたくない、と――かつての『理を盗むもの』たちのように『世界』を恨み、理不尽な取引を拒否し続けると、人生や精神の亀裂が深まっていく。


 だから、こうして一仕事終わったあたりで、あえて自ら【ラスティアラしか見えない】のを受け入れて、定期的にラスティアラの妄想に耽っているわけだ。


 この方法ならば、膨らんだ利息を地道にだが返済していける。

 『世界』と『呪い』の仕組みを、よく知っているからこそ出来る対処だろう。

 そして、これこそがベストの解決法だと自信があるからこそ、取立て屋さんである『切れ目』に向かって、親愛を持って笑いかけることだって出来る。


「あ、あのー、カナミ様……?」


 ただ、何もない虚空に向かって笑いかけている僕を見て、さらにフェーデルトは顔を引き攣らせた。


 申し訳ない。

 フェーデルトの気持ちは、よくわかる。

 不安定な『理を盗むもの』の相手は、相当精神にダメージが来る。

 どこに地雷が埋まっているのかわからないのは怖い。


 しかし、どうか許して欲しい。

 それと、この妄想返済計画に協力して欲しい。


 このティアラの『呪い』のおかげで、本土も開拓地も《冬の異世界ウィントリ・ディメンション》から脱せたのは間違いないのだから。


 その僕の内情を正確に把握しているライナーは、少し呆れながら提案する。


「キリスト、フェーデルトで遊んでないか? 何もないところを、じっと見るのは止めてくれ。事情を知らないやつから見たら、本当にホラーだぞ、それ。……あと、もっと魔力を抑えられないのか? いつも尋常じゃない魔力が漏れてる」

「『呪い』を払うときだけは、どうしてもね……。『呪い』自体を抑えるわけにはいかないし……」


 これ以上抑えるとなると、『世界』が代償の支払いであると認識してくれない可能性が出てくる。


「というか、余りに酷かったら止めるのがライナーの騎士業務の内なんだから。そこは諦めて、きっちり働いてよ」


 魔力は漏れても、まだ幻視も幻聴もしていない。会話のキャッチボールだって、きちんと出来ている。「偶に妄想に耽っているのを、名前を呼んで現実に引き戻す」というのを繰り返すだけで、確実に『呪い』は消えていくのだから……おそらく、過去最高に楽な『理を盗むもの』攻略になっているはずだ。


 はっきり言って、ライナーの悩みは贅沢だと僕は思う。


「いや、さぼるつもりはない……。ただ、なあ……? この業務、他のやつに頼めないか? もう騎士の給料とか要らないから」


 しかし、ライナーは明らかに嫌がっていた。


 とはいえ、この仕事の適任者は中々いないので、辞める場合は引継ぎ業務が必要だ。それができなければ、退職を認めるつもりはない。


「……もし他の人に回すなら、誰がいいと思う? 最初に頼んで駄目だったから、マリア以外で」

「こ、これを最初に、あの魔女に頼んだのか? その神経も軽くホラーだって気づいてくれ。あんた、どんな顔して、これをあいつに頼んだんだ?」


 長く秘書をしていながら初めて聞いた情報に、ライナーもフェーデルトのように震え出していた。


「いや、ライナーは誤解してるよ。マリアは僕と同じくらいに、ラスティアラのことが大好きだったんだ。ラスティアラの話なら、マリアと僕は余裕で一晩語り明かせるくらいにはね……。だから、普通に頼んで、普通に忙しいからって断られて……そのあと、ライナーを推薦された感じだね」

「……信じられないな。あの女なら、語り明かす際に、国一つは軽く燃やしてそうだが」

「いやいやいや……。最近、マリアは巷で『聖焔の掲げ手』様って呼ばれてるほど、みんなに慕われてるんだよ? 本当に優しい女の子なんだから……」

「確かに、巷では聖女みたいな扱いらしいが、騙されるか。あの魔女は、あんたを殺そうとした前科がある。本当に優しいやつなら、一度でもそんなことするか」

「あれは事情があったんだって、何度も言ってるのに……。それに、ラスティアラいわく、〝殺し殺されかけることぐらいは、よくあること〟らしいよ。僕もそう思う。というか、そもそもライナーも僕を殺そうとしたでしょ。ついでに、そこのフェーデルトさんも」

「……ふう。無駄話は止めて、帰るか。建築は完了。いつも通りだった。なあ、フェーデルト」


 形勢が悪くなったと判断したライナーは、会話を強引に打ち切った。


 そして、いまの話題を続けたくないフェーデルトも「ですね。本日も、いつも通りでした。時間がもったいないので、急いで大聖堂に戻りましょう」と賛同していく。


 その阿吽の呼吸から、本当に僕たち三人は仲良くなったのがわかる。

 やはり、殺し殺されかけるのが仲良くなるのには一番手っ取り早く、年の差さえも乗り越えられる絆を作れる手段であると、いまの僕たちの姿こそが証明しているだろう。


 と、余裕があるからこそできる冗談を思い浮かべながら、街の中心に作った石の台座の上で魔法を唱える。


「――魔法《コネクション》」


 迷宮探索時代とは違って、陽滝と同じく脆さを感じない頑強な扉が構築された。

 その魔法の扉をくぐり抜けた先で、僕は歓待の挨拶に囲まれる。


「――――っ! 始祖様! お帰りなさい!!」

「あっ、お帰りなさいー」

「カナミ様だー! 帰ってきたよ、みんなー!」


 高音の年若い声だけが響く場所は、連合国フーズヤーズの大聖堂――の地下にある特別な部屋。


 地下室特有の湿っぽさはあるけれど、清潔さは高いレベルで維持されており、たくさんの輝く魔石のおかげで光源は十分にある。

 大人が十人以上住めるほど広く、地上と見間違うほどに快適な空間だ。


 そこで働くのは、いま元気な声をかけてくれた『魔石人間ジュエルクルス』たち。

 当番制で、常に数人は駐留することが決まっている。

 中央には働く『魔石人間ジュエルクルス』たち専用の事務机が並び、大聖堂の重要な資料や公文書が積み重ねられている。

 それを任せられているのは、彼女たちが以前にも位の高い公人に――あのラスティアラ・フーズヤーズに仕えていたからだ(中には、フェーデルトの指示で僕を暗殺しようとした『魔石人間ジュエルクルス』もいる)。


 彼女たちが仕事のついでに、僕の《コネクション》を管理してくれているのだ。

 なので、この部屋の名前は『政務資料室兼コネクション保管所』と呼ばれていている。ただ、僕だけは心の中でワープ部屋と呼んでいる。


 ワープ部屋の壁には、四方びっしりと《コネクション》が設置されていた。

 いましがた出てきた《コネクション》を含めて、数は軽く百を超えている。

 その世界の中心とも言える場所に戻って、僕は『魔石人間ジュエルクルス』たちに答える。


「ただいま、みんな」


 家に帰ってきたという挨拶を、投げかける。

 ずっと心から言えなかった言葉を、やっと、こうして――


 これが、あの最後の戦いから、二ヶ月。

 本を読むように、ゲームをするように、ゆっくりと物語を紡ぎ続けている相川渦波の現在だった。

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