367.ティーダという青年


 迫りくる兵士たちの動きは素早く、剣は鋭い。

 鎧や小手に炎が点いていることもあって、懐に入って『体術』を振るうことができない。


「くっ――!」


 《レベルアップ》した兵士たちは一呼吸で制圧することができず、手間取る。

 その間に、私に遅れて兵士二人を気絶させた師匠が、ロミスに近づきつつ叫ぶ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ――!! ロミス・ネイシャ! その炎の素となる『魔の毒』を、どこから持ってきてる!」

「なんだ、気づいていなかったのか? 地上のファニアからに決まっているだろう? なにせ私は領主だ。この領民から、税収として頂く権利がある」


 師匠は答えに気づいていながら、ロミスを問いただした。

 推測と違った答えを聞きたかったのだろうが、その期待に敵が応えることはなかった。


「民たちが治療を受ける限り、各所にばらまいた炎神の右腕を左腕を右脚を左脚を通って、いくらでも『魔の毒』は供給される。つまり、いま私は何の心配もなく、贅沢に炎を操れるわけだな」

「おまえ……!! 助けられる人を助けず!! 女の子の身体を切り刻んで、みんなを騙して、祈らせ続けて!! それがみんなを守るべき領主のやっていいことか!?」

「そんなに私は悪いだろうか? 領主として、きっちりと仕事をこなし、有事の際に必要な力を蓄えていただけだろう? 現に、いま私は蓄えた力で、ファニアを豊かにできる光神様を確保できようとしている。全て、前もって準備をしてきたおかげだ。ファニアの繁栄を考えれば、私の判断は全て正解じゃないか?」


 その返答を聞いた師匠は足を止めて、すぐ近くで兵士たちに囲まれて眠る『火の理を盗むもの』を見ながら反論していく。


「あそこまで彼女を追い詰めておいて!! 正解だって!? 本当の正解は彼女と協力して、このファニアで苦しむ人全員を、一人でも多く治して回ることだったろうが!! それをしなかったのは、おまえの欲深さだ! 彼女の奇跡の力を、独り占めしたかったからだ!」

「ああ、それも正解だ。否定はしない。……光神様、この炎の力は本当に素晴らしいんだ。領主でありながら、集団の力を頼らなくてすむ。これで、もう私は誰も信じなくてよくなった。誰に頼らずとも、一人で全て解決できる。私だけなら、二度と失敗はしない――」


 ロミスは余裕を持って、師匠の言い分を全て受け入れた。


 その態度を前に、師匠は怒りに震えて、駆け出す。そして、立ち塞がる兵士たちを前にして、全力の『呪術』を練っていく。


「いますぐっ、彼女に全てを返せ! 『熾れ断炎』!! ――呪術《フレイム》!!」


 ロミスと同じく、師匠は炎を全身から生み出し、それを目前の兵士たちに襲わせた。

 その蛇のような動きで這い寄ってくる炎を、兵士たちは避け切れない。しかし、師匠の生み出した《フレイム》が、敵を焼き殺すことはなかった。


 《フレイム》が標的としていたのは、人の肉ではなくロミスの炎だった。

 炎が炎に絡みつき、干渉し合い、食らい尽くそうとしていく。


 ――その果て、炎と炎は相殺し合って消えた。


 強化と炎の加護を剥がされた兵士たちに、師匠は肉薄して接近戦を挑む。


 その光景を見た私は驚きつつも、師匠に遅れるわけにはいかないと戦術を切り替えていく。


 確か、『呪術』の炎は、記憶を『代償』にしていたはずだ。このままだと、師匠は際限なく自分の記憶を捨てていく。それだけは許すまいと、私も消耗を許容していく。


 心に〝肉を焼かれる痛みなど軽い。ないも同然〟と記したあと、炎を纏った敵の腕を取る。


 そして、陽滝姉から教わった技で、その腕を捻り上げて、折る。

 兵士たちは纏った炎を過信していた。結果、私の肉が焼け焦げていく代わりに、向かい合った兵士たちの手足は、次々と折られていく。


 兵士たちは骨折の痛みで倒れこみ、声にならない悲鳴をあげる。

 その頭を飛び越えて、私はロミスに向かっていく。私の反対側では師匠も、兵士たちを無力化しながら近づいているところだった。


 このままいけば、私と師匠の二人で、憎きロミスを挟み撃ちにできる。

 そう思ったとき、ロミスは表情を変えて呟く。


「炎も使うか。嬉しいことに光神様は中々に器用なようだ。今後の戦いの為にも、消耗なく勝利したかったが……これは仕方ない。消耗を許容した戦術に切り替え、確実な勝利を手にしよう」


 ロミスは手に持った心臓を掲げた。


 瞬間、部屋の中の『魔の毒』が嵐のように奔流する。まるで津波に呑まれたかのような錯覚のあと、後方で炎の燃え上がる音が聞こえた。

 尋常でない『魔の毒』と熱量を感じて、私は振り返る。


「なっ――!?」


 いましがた倒したはずの兵士たちが、燃え上がっていた。

 先ほどまでの武具に灯すだけの生易しい炎ではない。

 炎の出火箇所は彼らの血肉だった。人の焼ける臭いが、勢いよく部屋中に充満していき、次々と兵士たちは燃え盛る。そして、それは健常な兵士たちも例外ではなかった。


「ネイシャ様!?」


 まだ戦える兵士たちは、自分が燃やされる理由がわからず、上司の名を呼んだ。


「ああ。悪いが、これの材料は部外秘でね。口封じの必要がある」

「そ、そんな――」


 だが、言葉の途中で、あっさりと兵士は炎に呑みこまれ切り、声を失った。

 次々と兵士たちの生命を薪木にして、新たな炎が生まれる。

 端っこで頭を抱える院長さん一人を残して、兵士たち全員が炎に変わった。その炎は人の二倍ほどの体積があり――その上で、人の形を保っていた。


 炎の巨人と呼ぶべきモンスターたちが産まれ落ち、師匠は震えながら呟く。


「この炎の勢い……。『代償』……? それも、人一人の身体を使って……?」


 その単語を聞き、ロミスは表情を明るくしながら答える。


「ああ、その仕組みも光神様は知っているんだな。……なら、なぜ光神様も『代償』を利用しない? さっきから自分で『代償』を払っているのは、私への手加減か? もしそうならば、そこの炎神様と同じでなっていないな……。ああ、まるでなってないぞ、光神様ぁ! なぜ『代償』を他人に押し付けない!? 子供でも『生贄』という言葉の意味くらいは知っている! 損させるなら、自分よりも他人だろう!? それが世の中を生きるってことだ!」

「ネイシャアアアア――!!」


 相容れぬ思想を前に、師匠は叫び、剣を手にして斬りかかった。

 しかし、途中で実体をもった炎に阻まれてしまう。先ほどモンスターとなった炎の巨人たちだ。


 モンスターたちを盾にして、ロミスは話し続ける。


「だから、そう怒るなよ。そもそも、アルトフェル教はこのためにあるんだ。凄いと思わないか? 『魔の毒』と『代償』を領民たちに支払わせ、変換作業は『炎神様』に任せて、『奇跡』の力だけを領主の私が振るう! くくっ、この街の自慢を私は、ずっと誰かにしたかったのだ! 光神様ぁ、もっともっと聞いてくれるかあ!?」

「みんな、祈ってるんだぞ!? 領主であるおまえを信じて、毎日祈ってる! いつか治ると希望をもって、毎日毎日!! その祈りを『代償』にするのか、おまえは!!」

「ああ、全て祈りのおかげだな。そして、あの無垢なる祈りたちが、いま、君を倒す力になっているわけだ」


 ロミスは手を横に振るう。

 すると、近くにいた炎の巨人たちが一斉に、師匠へ向かって飛び掛かった。私の後方で生まれた炎の巨人も同様に、身の丈に合わない敏捷さで突進してくる。


 堪らず、私と師匠は飛び退き、ロミスから距離を取る。

 炎の巨人たちの迎撃に集中せざるを得なかった。


 私は『体術』で身をか儂、師匠は『呪術』で炎を相殺していく。だが、敵の物量によってじりじりと押されていき、憎きロミスまでの距離は遠ざかるばかりだった。


 その状況に師匠は心の底から悔しがり、呪うような声を出す。


「おまえのせいで……! 助かるはずなのに助からない子がいた……! おまえの勝手で、おまえの悪意で! 何の罪もない子が、理不尽に死ぬ……!!」


 しかし、どれだけ言葉を重ねようとも、状況には反映されない。

 私たちは炎の巨人たちに圧倒され続ける。


 その様子を見てロミスは、いままでの人を食ったような物言いをやめて、独り言をこぼす。


「……ここまでか? 少し残念だ。この戦いの如何によって、君たちの待遇の変更もあったが、所詮は子供だな。言い包められては泣き喚き、借り物の力を振り回しては秩序を歪ませる。私に力を吸い上げられるしか、世のためにならん存在だ」


 薄らと気づいていたが、ロミスが煽るような口調だったのは、師匠の実力・価値観・思想・目的を計るためだったようだ。


 そして、いま私たちの値踏みが終わり、ロミスは戦いを終わらせようとする。


 軽くロミスが手を振っただけで、相対している炎の巨人たちの熱が増す。

 その動きの速さや技量も共に上がったことから、ずっと手加減されていたことを悟る。

 私は徐々に相対する炎の巨人たちを捌けなくなってきて、師匠も剣と『呪術』だけでは限界が近づいていた。


 このままだと、私たちは敗北し、敵に捕縛されてしまう。

 その物語の結末みらいを私は、もう、いつもの感覚スキルで予期し終えていた。


 ――別に悪くないと、私は思っている。


 師匠の命を守ることを最優先するならば、このあたりで負けるのが最善だ。師匠は光神様として延命処置を受けるし、私も利用価値のある駒として生かされる。――そして、陽滝姉が自由だ。


 ここまでのロミスの言動を含めて、私は「負けるに値する敵だった」と、いま納得しかけていた。


 それなりに辛い目に遭うだろうが、そこまでではない。

 読んだことのあるバッドエンドな本の中では、温いほうだ。

 ファニア編は中々に楽しかったと、笑顔を浮かべて、私が本を閉じかけたとき――師匠の方角から、津波のような『魔の毒』のうねりを感じ取る。


「――っ!?」


 そのうねりは、心臓の鼓動のように、大きくドクンと世界を震わせた。

 咄嗟に視線を向けると、そこには炎の巨人の腕と剣で鍔迫り合いする師匠がいて、真っ直ぐにロミスだけを見据えて、呪詛を吐き続けていた。


「負けるかッ……! おまえのような酷いやつにだけは負けない……! そうだ。僕はおまえのような酷いやつが、一番許せないんじゃなかったか? ああ、許せなかったんだ! 何を『代償』にしてでも、あいつに僕は負けてはいけない……! 絶対に絶対に絶対に――!!」


 また師匠は、正体不明の強迫観念に襲われて、人助けをしようとしていた。


 同時に、師匠の周囲の空気が、曲げた絵画のように歪んでいく。

 炎の熱が原因ではない。師匠の呪詛に合わせて、『次元の力』が発動しているのだ。師匠の体内から『魔の毒』が漏れ出て、徐々に薄紫色に変わっていき、周囲の全てを、ずらしていく・・・・・・


 昨日、広範囲の《レベルアップ》をしたときと同じ――あのやばいやつだ。


 あのずれ・・の力を師匠の意思で操り切ったことは一度も見たことはない。これは暴走している状態と判断すべきだろう。


 しかし、その未知の力だけが、ロミスに対抗できるのは確かだった。

 現に、私と同じく師匠の異変を感じ取ったロミスは、一度も見せていない表情となっている。


「なんだ、これは……? 彼は光の使い手じゃないのか……?」


 ロミスは慎重に観察し、値踏みを再開していた。

 私も同様に、未来の結末の予測を大幅に修正していく。


 大逆転の道筋が頭に浮かんでいく。ここから私も手段を選ばずに戦えば、ロミスのところまで届く可能性は十分にある。


 そう思考している間も、師匠の力は膨れ上がり続けていく。そして、新しい結末への道筋が、希望の光に照らされた瞬間――


「まだ僕は終わってないぞ、ロミス・ネイシャ! まだ――」

「それは駄目だ、カナミ」


 『闇の理を盗むもの』による闇が、全てを閉ざす。


 ティーダの声が聞こえたと同時に、師匠の腹部から短刀の切っ先が飛び出ていた。その短刀の持ち主は、湖から出るかのように、師匠の影から上半身だけ覗かせていた。


 闇に潜んだティーダが、背後から師匠を短刀で刺したのだ。

 その唐突過ぎる致命傷に、師匠は声もなく、膝を突くしかなかった。


「――っ!? くっ、ぁあっ……」

「し、師匠!?」


 私は名前を叫ぶ。

 見たところ、即死するような傷ではない。

 『呪術』の治癒さえあれば、臓器が損傷していても大丈夫だ。


 ただ、問題は『闇の理を盗むもの』の泥だ。明らかに短刀に塗りたくられ、体内に入れられた。


 師匠の顔を見たところ、私が味わった痛みの倍増ではなさそうだ。

 むしろ、逆。

 痛みと関連する感情の数々を抑えつけられているように見える。だから、師匠は致命傷で膝を突きながらも、とても冷静に疑問を投げかけることができる。

 

「な、なんで……? ティーダ……」

「カナミ、それでは意味がないんだ」


 影から出てきたティーダは、さらに『闇の力』を増幅させながら、師匠の影から完全に姿を現す。


 そのときにはもう、師匠の世界を揺らすかのような激動の感情は全て収まっていた。世界を侵食するかのような『次元の力』も、全て霧散してしまっている。


 『理を盗むもの』の力は、感情と密接な関係にあることが証明された光景だ。

 そして、『理を盗むもの』同士の戦いにおいて、『闇の力』は無類の強さを発揮することも証明された。


 急いで私は、ティーダの目的を推察する。

 彼は「『理を盗むもの』が圧倒的な力で、敵を打ち倒すだけの展開」を嫌って、仕方なく出てきたように見えた。


 ロミスも私たちと同じく驚き、ぽかんと口を開き、『闇の理を盗むもの』のフルネームを喉奥から搾り出す。


「……ティーダ? もしかして、ティーダ・ランズなのか?」


 その呼びかけにティーダは振り返る。

 しかし、答えはしない。

 怪物となった闇の能面を向けたまま、ロミスを見つめ続ける。


 それを前にロミスは、顔を明るくした。

 いままでの印象とは真逆の無邪気な喜びようで、『闇の理を盗むもの』を『ティーダ・ランズ』と断定する。


「ティーダ!! やっぱり、ティーダじゃないか!! ははははっ、探したぞ!! 我が友!! ティーダ・ランズ!!」

「まだ私が私だとわかるんだな……。ロミス……」


 観念した様子でティーダは、その呼びかけに答えていく。


 二人が旧友で、それをティーダが隠してたのは間違いない。

 しかし、ここまで堂々と裏切りながらも、ティーダの声は――震えていた。


 気になることは多い。

 しかし、師匠の命が最優先の私は、二人を置いて駆ける。


 重症の師匠の隣で膝を突き、容態を確認する。

 すでに師匠は傷口を手で押さえつけ、『呪術』による治療を試みていた。

 しかし、術者自身が痛みで集中できておらず、その効果は芳しくない。私は懐に防具代わりに忍ばせていた分厚い本を取り出す。ファニア到着前の野宿で師匠が譲り受けた『代償』の『術式』を記した本だ。いまならば、それを利用して治療に集中できる時間がある。


 なにせ、ティーダとロミスは私たちを置いて、二人だけで話を始めた。


「ははっ、わかるかだって? もちろんだ。私たちは無二の友じゃないか」


 ロミスにとって私たちの優先順位はティーダよりも低いのか、炎の巨人も逃げ道を塞ぐだけで襲ってこない。

 私は聞き耳を立てつつ、師匠の傷を塞いでいく。


「ティーダ、本当に心配していたんだぞ。噂では、街で殺人鬼のような扱いを受けているらしいじゃないか? 私の下にいれば、決してそんな真似はさせないというのに……」

「それは、君が……」

「しかし、これでもう安心だな! また昔みたいに、私の隣に立ってくれれば、全ては解決だ! いまや、君は闇の神を名乗るに相応しい存在――私たち二人が揃えば、きっと無敵だぞ! ……ああ、もちろん、君は特別だよ。なにせ、私の友だからな。そこの炎神様や光神様のような扱いは、絶対にさせない」


 ロミスはティーダに反論の間を与えずに、いかに自分が心配していたかを語っていく。


 それを聞くティーダの身体は、震え続けている。

 彼自身が言っていたことだ。元々、ファニアの領主は『火の理を盗むもの』を囮にして、『闇の理を盗むもの』を手に入れるために待ち構えていた。


 間違いなく、ロミスは嘘をついている。

 耳障りのいい言葉ばかり並べて、本心である「ティーダの全てを自分のものにしたい」という欲望を隠している。

 私はロミスと同類だからこそわかる。街に『黒吊り男ブラック・ハングド』という噂を流し、少しずつティーダを追い詰めていったのは、こいつだ。


「なあ、ティーダ。君は私と同じで大人だ……。そこにいる神とは名ばかりの子供たちとは違う。私の言っている意味がわかるよな?」


 黙り続けるティーダに向かって、ロミスは友人らしく思い出を共有しつつ、手を伸ばしていく。


「三年前、私はネイシャ家当主の父を廃し、万の民を預かる領主となった。そして、君はそのネイシャ家を影で支えるランズ家の一員だ。……なにより、私たちの間には、幼少の頃より温め続けた友情がある。それは血の繋がりに勝るも劣らない絆だ。なあ、そうだろ?」

「ああ、私と君は生まれからの腐れ縁で、友人だ。間違いない」


 会話から、ティーダの生まれたランズ家そのものが、ネイシャ家に仕える存在だったとわかる。

 単純に、ネイシャ家の血を分けた『分家』だった可能性もあるだろう。その場合、二人は遠い親戚ということになる。


 その関係性を踏まえて、私はティーダとロミスの思い出話を見守る。


「ならば、何を迷う必要がある、我が友よ!! 昔から、ずっとそうだったろう!? 君は私の言うことだけを聞いていればいいんだ。それが間違いだったことは一度もない」

「ああ、ロミスにはとても感謝してる。戦いの勝ち方というものを、君からはたくさん教えてもらった。いかにして戦いの準備を行い、どのようにして敵を裏切ればいいか……その手管を学んだおかげで、今日まで私は生き残れたと言っていい」

「ああ、その通りだ! 真面目に剣を鍛え、決闘に向かうなど、馬鹿な貴族たちのやることだったろう!? ティーダ・ランズだけはわかっていた! 戦いとは、剣でなく口を動かすものと、誰よりも先に気づいていた! より強い者に取り入り、ときには敵同士で結託し、少数を陥れる。隙あらば決闘相手の人質を取って、脅迫や懐柔を行い、無意味な血は流さない。それがスマートな勝ち方というものだ!」

「そうだな……。裏切って裏切られての繰り返しこそが、人の本質……。君の教えは、一つも間違っていなかった」

「そうだ! 流石は私の最大の理解者、ティーダだ! よくわかっている! 私は君という理解者がいて、本当に嬉しいぞ!!」


 師匠と違って、ティーダは『詐術』で簡単に懐柔されていく。

 ただ、見たところ、ティーダ自身が『詐術』に抗おうとする意思を持っていない。


 この友という言葉を投げ合う二人は、もう色々と手遅れに見えた。


「では、ティーダ。三年前の誤解とわだかまりを、いま解こうか。親友の私は、かつて私を裏切ろうとした君を許そう。だから、君も――その顔を私が焼いたこと、許してくれるよな?」


 ロミスは言外に「より強いものに取り入れ」と、かつての教えを繰り返した。

 その真っ黒な嘘にまみれた手に向かって、ティーダは真っ黒な泥に塗れた手を重ねていく。 


「……ああ。許すも何も、私は気にしてない。あれは何かの手違いだったのだろう?」

「は、はははっ! 信じていたよ、ティーダ! 親友だものなあっ、私たちは!! たった一度の誤解くらいで、我々の絆は変わりはしないさ! 何一つ!!」

「ああ、私も親友を信じていたよ」


 ティーダとロミスの共闘が決まった。


 ――その瞬間に私は、ティーダという人間を整理していく。


 まず、出発前のティーダの自分語りの穴が、いまの情報で綺麗に埋まった。

 おかげで、いつもの得意技スキルで、本のように『ティーダ・ランズの物語』序章を記せる。


〝五年前、ファニアの少女と青年は、『使徒』によって『火の理を盗むもの』と『闇の理を盗むもの』として生まれ変わった――


 そして、新生した二人は、周囲で苦しむ人々を助けようと、その新たな力を振るった。

 結果、一年ほどかけて、ファニアを再興した。


 しかし、その再興の手柄は、ロミス・ネイシャという男に掠め取られる。

 ロミスは旧友である『闇の理を盗むもの』ティーダをそそのかし、『火の理を盗むもの』の捕縛やネイシャ家乗っ取りなどの協力をさせた。

 その後、『火の力』を得たロミスは、用済みとなったティーダも捕縛しようとした。


 親友に裏切られたティーダは命からがらで逃げ切り、『黒吊り男ブラック・ハングド』としてファニアの街に潜み、ロミスの街作りに反抗し続けた――〟


 細部では、『第七魔障研究院』の院長さんの裏切りなどといった大事イベントもあっただろうが、大まかな経歴はこれで合っているはずだ。


 この推測には自信がある。

 だからこそ、思う。

 顔を焼かれ、全てを奪われたはずのティーダの反抗が、余りに温いやさしい


 ただ、いまの彼のロミスへの態度を見れば、その理由は薄らとわかってしまう。


 ――経歴の次は、『闇の理を盗むもの』の心を読む。


 彼の心は酷く脆く、弱い。

 先ほど私たちを裏切った際の「裏切られるのが怖い」「助けて欲しい」という言葉は真実だろう。


 おそらくだが、ティーダは本当の『信頼関係』という安心ものを渇望している。

 だが、その異常な臆病さゆえに、信じられるものが見つけられないばかりか、誰かに信じられることにも怯えている。


 これがティーダの『理を盗むもの』に選ばれた条件。

 例の心の皹ってやつだ。


 その皹のせいでティーダは、過去の親友との間にあった『信頼関係』に儚い夢を見てしまっている。

 それは幻で、いつか裏切られるとわかっていても――いや、最初から裏切られるとわかっているからこそ、逆に彼は安心できてしまうのかもしれない。


 ――つまり、こいつは裏切られるのが怖いくせに、裏切ってくれる人じゃないと信用できないという厄介な男なのだ。


 そして、そんな厄介な『闇の理を盗むもの』を本当に仲間として信じられるのかと、いまティーダは師匠を試しているわけで――


「ああ、もう……」


 面倒臭過ぎる弱者ティーダの思考を、私は正確に読み取ったと思う。

 が、全く共感できない。

 師匠を裏切って危険にさらしたことは、許す気にならない。


 叱責の意味をこめて、私は確認を取る。


「ねえ。外からで悪いけど、本当にそれでいいの?」


 聞かれ、ティーダは少し迷いつつも答えていく。


「私とロミスは友達なんだ……。ずっと友達だったし、これからも友達でありたい」


 しかし、その友達とやらに焼かれた泥の能面は、醜く歪んでいた。


 助けを求めているかのようにも見える。もちろん、そんな顔をされる筋合いのない私は、冷たく確認を続ける。


「ふうん。だから、私たちを騙して、ここまで連れてきて、売ったってこと? その友達って立場に戻りたいから?」

「……ああ。そう思ってくれても、構わない」


 色々と言い返したいことはあったが、全て無駄だとわかった私は口にしない。


「くくっ! 残念だったな、フーズヤーズの姫! さあ、ティーダ! 私たちの友情の証明をしてくれ!!」


 ロミスは新たに得た駒を使おうと、声を張り上げた。

 その声に押され、ティーダは両手に短刀を握りつつ、こちらに向かって歩き出す。


 それに呼応するのは、私の隣にいる師匠だった。

 左手で傷口を押さえ、右手で剣を握りつつ、立ち向かおうと動き出す。


 師匠の命を守ることを第一とする私は、すぐに制止する。


「師匠、駄目っ! あいつが裏切った以上、もう諦めるしかないよ!!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! まだ……! ティーダが向こうに立っていようと、僕のやることは変わらない!!」


 明らかに『火の理を盗むもの』の救出は無理だというのに、師匠は頑なに意見を曲げようとしなかった。


「もう最初の計画通りにいくわけがない! 誰かを助けるどころじゃない!!」

「それでも、僕は彼女に助けるって約束した! それをいまさらっ、このくらいのことで変えるわけにはいかない!」

「いつ助けるかは約束してないでしょ! 来年あたりでいい! 今度はシス姉と陽滝姉を連れて来て、本気で挑戦しよう!! ねっ、師匠!!」


 師匠の外套の裾を握って、引き止める。

 そこで、ようやく師匠は立ち止まり、振り返って一言だけ繰り返す。


「――陽滝・・?」

「うん! 陽滝姉を呼びに、フーズヤーズまで戻ろう! 陽滝姉なら、この状況でも何とかしてくれる!」


 陽滝姉の名前を繰り返すと、撃ち放たれた矢のようだった師匠の勢いが、急減した。

 全身からを力を抜き、かつてないほどに悔しそうな顔で、私に聞き返す。


「ティアラ……。陽滝じゃないと、駄目なのか? 僕じゃ、駄目なのか?」

「……師匠は陽滝姉じゃないよ。師匠には師匠のいいところがあって、師匠にしかできないことがある。ここに陽滝姉がいたら、絶対に同じことを言うと思うよ」

「僕の、いいところ……? 陽滝にできなくて、僕にできること……? そんなの……――」


 師匠の声が震える。

 ようやく立ち止まってくれたのはいいが、今度は完全に戦意を喪失してしまったように見える。その顔の歪んだ師匠に、ティーダは優しく声をかける。 


「カナミ、まだやれるのか?」


 律儀にも彼は、距離を置いて、師匠の決断を待ってくれていた。

 そして、『理を盗むもの』同士にしかわからない言葉を、また交し合っていく。

  

「ティーダ、まだ僕は君を仲間だって信じてる! いまの君の気持ちは、僕にもよくわかる……! 僕も同じだ・・・・・! ただ、もう少しだけ待って欲しい! すぐに僕は戻ってくるから……。そのときなら、きっと君を助けられるから……!!」


 完全に見捨てている私と違って、まだ師匠はティーダを助けようとしていた。

 私にはない弱者ティーダへの共感と理解が、そこにはあった。

 

 しかし、それをティーダ自身が首を振って、否定する。


「それでは駄目だ。この状況でないと、意味がない。私は、いまのカナミの咄嗟の選択を知りたい……!」


 そう言って、ティーダは駆け出した。

 対する師匠は、僅かな逡巡の後、身体から『次元の力』を大量に搾り出す。

 暴走したときほどの濃度はないが、師匠にとって最大出力であることは表情から伝わってくる。


「ティアラ!! さっきの力を、『呪術』のように使う!!」

「う、うん!」


 私は指示されるがままに身構え、その力を見届ける。


「捻じっ、曲がれぇえええええ――!!」


 部屋に満ちようとしていた師匠の『次元の力』が、視界一杯に作用する。

 まず、熱で柔らかくなった鉄細工を曲げるように、ぐにゃりと部屋が歪んだ。

 それは師匠が暴走時に見せたずれ・・の力に近く、空間や距離という世界のルールを壊していく。

 

 暴走時と違って、部屋の歪み方には規則性があった。

 師匠は新たな『次元の力』の使い方を、このファニアで過ごした短い時間で習得しかけていた。


 そのずれ・・は、ティーダを中心にして時計回りに歪む。

 つまり、いまティーダの後方にいるロミスは、右に曲線を描きながら移動する。逆に、いまティーダの正面にいる私と師匠は、左に曲線を描きながら移動する。


 二つの位置を、師匠は『次元の力』で強引に取り替えた。


 こうして、私たちは炎の巨人たちという壁を越えて、部屋の出入り口前という優位な位置を手に入れる。 

 その理性的に制御コントロールされた逃げの一手に、私は師匠が『火の理を盗むもの』の救出を諦めてくれたことを理解した。


 ロミスとティーダが『次元の力』に驚く中、師匠の手を引き、出入り口の扉を開けて、逃走を開始する。


 脇目も振らずに回廊を走り抜ける途中、後詰めの兵士たちが何人か立ちふさがったが、膂力と速さに物を言わせて、払い除けては置き去りにしていく。


 その地上に続く階段を上がっていく途中、師匠は腹部の傷を庇いながら、忌々しそうに呟く。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! くそっ、まただ……! また僕は、誰も助けられずに……。全てを妹に押し付けようとしてる……」


 ここから逃げ出し、問題を丸ごと持ち帰ろうとしている自分を恥じていた。

 私は師匠の手を強く握り、走る速度を緩めずに反論する。


「今回は仕方ないって! それに、フーズヤーズには陽滝姉だけじゃなくて、シス姉とかもいる! 次は、みんな一緒に戦えばいい! それなら、陽滝姉の負担も軽いはずだよ!!」

「み、『みんな一緒』に?」

「そう! 今度は、あの裏切り野郎どもを、こっちのホームで迎え撃って、ボッコボコにしてやろうよ!!」

「……ああっ」


 そう私が説得すると、やっと師匠は険しい顔を緩めた。自らの弱さを後悔しながらも、前を向いて、駆ける速度を上げてくれる。


 暗く長い階段を登り終えて、私たちは地上まで出てくる。

 私は時間を短縮するために、昨日に逃亡した道と同じルートを選択する。そして、中央療養室に入るべく扉を乱暴に開け放つ。


 同時に、燦々と広がる光が視界を埋め尽くす。

 思わず私は驚きと共に、足を止めてしまった。


「なっ――!?」


 全ての『炎神様の御石』が、尋常ではない勢いで燃え盛っていた。

 その強い明かりが、暗がりに慣れていた私たちの目を焼いていく。


「あ、明るい?」


 続いて入室した師匠も、同じく驚き、目を焼かれ、疑問の声をあげた。

 先に目が慣れてきた私は、中央療養室の状況を確認していく。


「しかも、もう――みんなの目が覚めてる?」


 まだ夜の侵入から大した時間は経っていないはずだ。なのに、昨日に見たときと、ほぼ同じ光景が広がっていた。


 眠っていたはずの患者たちが全員、膝を突いて、中央にある巨大像に向かって手を合わせていた。

 明かりの中、誰もが口々に感謝の言葉を呟いている。

 その行為の一つ一つが余すことなく、『代償』となっていくのを、私は肌で感じる。


 直感的にわかった。

 いま患者たちは『詠唱』していてる。


 その結果、中央の巨大像の前で、何もない地面から炎の柱が立ち昇った。

 燃え盛る火炎の中から、『炎神様の心臓』を持ったロミスが、霧を裂くように現れる。その彼の影は異様に色濃く、『闇の理を盗むもの』ティーダが潜んでいるのが窺える。


 それは御伽噺に出てくる『魔法』のようだった。

 まさしく、患者であり信徒である民たちにとっては『奇跡』そのものだろう。

 

「ああっ! 目覚めの朝の祈祷に、領主様が現れてくれたぞ!!」

「おはようございます、領主様!!」

「どうか、炎神様の預言を私たちに! この暗い世界に、救いの炎を!!」


 患者たちが預言者様の登場に沸き立つ中、『ファニアは化け物の捕縛に特化した街』という意味を、私は正しく理解していく。

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