366.好敵手との出会い
『第一魔障研究院』の闇が晴れ、『炎神様の御石』が次々と明かりを灯す。
その予定にないティーダの行動に、師匠と院長さんは声をあげる。
「ティーダ……!?」
「え!?」
その中、私だけは冷静に事態を把握できていた。
あの男なら、このくらいのことはやりかねないと心の準備をしていたおかげだ。その私の気持ちを、『火の理を盗むもの』が代弁していく。
「やっぱり……! あの裏切り者っ、また土壇場で……! くっ、身体の火が……!!」
怒りと共に炎を燃え盛らせようとしたが、途中で風に吹かれたかのように彼女の身体は揺らめき、萎んだ。
四肢の代わりとなっていた炎の体積が減っていく。そして、膝を突いていた下半身の炎が掻き消えて、上半身が地面に倒れこんだ。
自らの身体の異常を察した『火の理を盗むもの』は叫ぶ。
「すぐ逃げてください! いま、私たちは視られています! 私の『目』を通して、ファニアの領主がここの状況を把握しました! いや、この早さ……、最初から見張っていた……!?」
身体の炎を失いつつも、この状況を分析していき、迅速な逃亡を促す。
しかし、『火の理を盗むもの』の手を握ったままだった師匠は、すぐに彼女を立ち上がらせようと叫び返す。
「逃げるなら、君も一緒だ!」
「それは駄目です! いま私がついていけば、絶対に振り切れなくなります! 領主は、私の力の全てを奪ってるんです! やろうと思えば、私の意思を無視して、この身体の炎であなたを焼き尽くすことだってできます! この私こそが、あいつの一番の武器なんです!」
そう言って、『火の理を盗むもの』は今日一番の力で師匠の手を振り払ったが、師匠は引き下がらない。
「大丈夫! その領主とやらは僕とティアラで倒す! 心配ない!」
「あの男は、いずれ来る『使徒』と戦う為に、実験を繰り返し続けたんです……! 絶対に敵いません。私という荷物は置いて、まずは逃げることだけを優先して、ください……。どうか……――」
どこまでも『火の理を盗むもの』の炎は絞られ、声も細く小さくなっていく。
身体の機能と炎が直結しているのだろう。
目を閉じながら、彼女は最後の言葉を残す。
「嬉し、かったんです……。だから、先に行ってください。大丈夫、私が死ぬことはありません……。ここでの扱いにも、慣れてい、ます……。あなたの、『助けに来た』――って言葉、本当に、嬉し――かった……、だから早く、逃げて……――」
言い切る前に『火の理を盗むもの』は意識を失ってしまった。
拘束用の包帯と鎖が散らばった地面の上、疎らに広がった炎の中で、生首が一つ転がっている状態だ。
その光景を前に、師匠は身体を硬直させていた。「逃げて」と心からの願いを受けたものの、この首だけになってしまった少女を置いていくことは、師匠の持つ美徳・価値観が許さないのだろう。
一歩も動けない師匠の代わりに、私は耳を澄ませる。
私たちが入ってきた扉の向こう側から、物音が聞こえ始めていた。
おそらく、警備の兵士たちだろう。
このままだと、私たちは袋小路に追い詰められてしまう。
それに師匠も気づいていたのか、この状況の悪さに耐えかねて、近くの暗闇を睨みつけて呼びかける。
「くぅっ――! ティーダ!!」
呼びかけても無駄だ――と私は思ったが、なぜか律儀にも暗闇から答えが返ってくる。
「……騙してすまない、カナミ」
正直、驚きだった。
潜んだティーダは、非情になり切れていないのか、状況を説明していく。
「元々、ファニアの領主は『火の理を盗むもの』を囮にして、私の来訪を待ち構えていた。理由は単純、二つ目の奇跡の源である『
それはわかる。
しかし、なぜこのタイミングでティーダが裏切ったのかがわからない。
計画は順調だった。
『火の理を盗むもの』を助けたいなら、このままでよかった。囮にしたいのなら、逃亡の途中のほうが効果的だ。私たちを売るのが目的ならば、裏切る場所とタイミングがおかしい。
ティーダの本当の目的が全く見えてこない。
その疑問は師匠も持っていたようで、闇に向かって真正面から問いただす。
「ティーダ、どうしてこんなことを……?」
いや、聞いても答えが返ってくるわけがない――と思っていた私だが、またも予想は裏切られ、闇から真剣な返答が響く。
「カナミ、いま君の選択は見せてもらった……。だが、まだだ。まだ信頼には足りえない。その心の奥にあるものを、まだ私は全て見ていない。だから、いまから君を試す。かつての私と同じ状況に陥っても、口だけでなく、本当に実行できるのかどうか。この街の元凶を知ったとき、それでも君は同じ言葉を吐けるかどうか……――」
ティーダは途中で言い詰まる。
これだけ圧倒的優位な立場にいながら、なぜかいまにも泣きそうな弱々しい声に変わっていく。
「
その変わりようと言い草に、私の困惑は最大に達する。
いま、こいつは間違いなく、喋っている途中で勝手に悩んで、勝手に心が折れた。
不安定過ぎて、その思考を追い切れない。こっちは師匠一人だけでも大変なのに……これでは、二冊同時に別言語の本を読めと言われているようなものだ。
そこの生首の少女も含めて、『理を盗むもの』たちは余りに心が弱く、脆過ぎる。私の他人の心を読み取る
「なあ、カナミ。頼む。その子だけでなく、どうか私も救ってくれ……。もう私は私の人生を信じられないんだ……。どうせまた、あと少しのところで、誰かに裏切られるとしか思えなくて……。怖くて、堪らない。裏切られない為には、先に裏切るしかないと……。そんな考えが私の頭に染み付いて、消えてくれない……! 五年前に死んだ日から、ずっとだ……!!」
ティーダは恥も外聞もなく、二人同時に救って欲しいと大胆に強請っていく。
直前まで彼に感じていた脅威からは、考えられない弱々しい声だった。
その果てに、彼はぼそりと呟く。
「カナミ、君の『答え』を見せてくれ」
つまり、いま私たちを裏切った理由は特になかったということだ。裏切られる前に裏切らないと不安だからという漠然とした理由で、敵地の最奥に私たちは取り残されたわけだ。
その本ならば前置きも伏線もない理不尽な
だが、私と違って師匠の顔は穏やかだった。同じ弱者同士にしかわからないものがあったようで、感情移入した様子で名前を呼ぶ。
「ティーダ……」
弾劾する様子はなかった。
裏切りを許容しかけていた。
師匠の悪いところ――お人好し過ぎる部分が、過去最悪に露呈している。
状況も過去最悪だ。
私は心のどこかで、いざとなればティーダを囮にして、師匠を気絶させて、フーズヤーズまで真っ直ぐ逃げ帰るという計画を立てていた。しかし、逆に囮にされたのは私たちで、しかも相手は――
バンッと荒々しい音が鳴り響く。
地下室にある唯一の出入り口が開け放たれたのだ。
その扉から現れたのは、ぞろぞろとファニアの兵士たちを引き連れた巨漢の男だった。
物々しい古傷を顔中に刻み、線のような細い目をしている。頭は綺麗に丸めてあり、聖職者のような清廉さがある。しかし、男の服装が、その職を否定する。上流階級用の貴族服の上に、いくつもの豪奢絢爛なネックレス・ブレスレット・リングを身につけて、鉱石の触れ合う音を鳴らしながら歩いていた。
所作の全てから、男の大きな自信が伝わってくる。
だから、私は彼が口を開く前に、ファニアの領主が自ら現れたことがわかった。
「お迎えにあがりましたよ、フーズヤーズのお姫様に『使徒』の代行者様。私はファニアを治めるネイシャ家の当主ロミス。このロミス・ネイシャを、以後お見知り置きを」
領主ロミスは笑顔で、フーズヤーズの使者である私たちは歓待した。
その姿を前に、私と師匠は息を呑む。
ロミスの周囲で、余りに濃過ぎる『魔の毒』が渦巻いていたからだ。
異様な光景だった。
ロミス自身に特別な力は感じない。なのに、その『魔の毒』は完全に彼の制御下に置かれていた。
一切、ロミスを害することなく、彼の動きに合わせて揺らめくだけだ。
『魔の毒』の濃さと量は、夕方に暴走した師匠を軽く上回っていた。
誰が見てもロミスに畏怖を覚えることだろう。もし彼が神の預言者であると自称すれば、一般人たちは「その通りだ」と頷いてしまうに十分な説得力がある。
私たちはロミスの纏う『魔の毒』を警戒し、一歩も動けない。
その間に、彼の連れてきた兵士たちが二人動き、すぐ近くで震えていた院長さんの手を引いた。部屋の隅まで遠ざけられていくのを、私たちも院長さんも抵抗せずに受け入れるしかなかった。
その移動を見届けた後、ロミスは話を始める。
「くくっ。いやあ、どうやってここまでお二人を案内しようかと、私は宴の準備の最中ずっと頭を捻っておりましたが……手間が省けました。くはっ、はははっ。ここまで浅慮な客人だと、私も笑いが止まりませんね。どうかお許しを」
中々に無礼な物言いだ。
わかっていたことだが、ここの領主は私たちの敵だった。
私は余裕を保って、笑顔で対応していく。
本当にやばいときこそ笑みを絶やさないのは、陽滝姉の教えの一つだ。
「ふふっ。こんばんは、ネイシャ家当主さん。『使徒』のことを知っているなら話は早いね。この世界の暗雲を払う為に、『火の理を盗むもの』の――そこの彼女の協力が必要なの。フーズヤーズ城まで連れてっていい?」
すぐ近くで生首となっている少女を指差して、こちらの要求を堂々と伝えた。
「彼女を連れて行く? 拒否します。いかに本国フーズヤーズとはいえ、我がファニア領のものを、無断で持ち出されるのは困ります」
「んー。なら、せめて、モノ扱いはやめてあげられないかな?」
嘘でも頷いてくれるとありがたい。
でないと、隣で怒り心頭の師匠がやばい。
先ほどの『火の理を盗むもの』の説得を経て、好戦的になっているのが丸わかりだ。
しかし、私は戦いを避けたくてたまらない。いま私たちがいる地下室は敵の
その有利を向こうは正確に理解しているのだろう。
とても強気に答えていく。
「ええ。姫様の仰りたいことは、よくわかりますよ。しかし、誤解しないで頂きたい。このような非道な真似、私もしたくてしているわけではないのです。領主として私は、苦渋の決断の末に、彼女一人よりも領民たちの安寧を選んだだけのこと。だからこそ、冷徹にモノ扱いに徹する必要がある。彼女の尊い犠牲を無駄にしないためにも、その恩恵を最大限に活かしていく義務が、私にはある。……どうか、おわかり頂けませんか?」
間違いなく、嘘だ。
そう私は判断した。
だが、その張りぼての言葉を師匠は信じてしまい、妥協案を提示していく。
「領主さん! 僕の話を聞いてください! 彼女を連れ出す代わりと言っては何ですが、いい治療法があるんです! 僕たちの力なら、『魔の毒』の病の治療の心配はなくなります! これを僕たちは《レベルアップ》って呼んでいます! まだ完全とは言えませんが、瀉血するよりはずっと効果的な治療法です!」
「ああ、あの光は《レベルアップ》という名なのですか……? く、くくっ。ああ、失敬。余りに珍妙な名でしたので」
話の途中でロミスは口元を押さえて笑った。さらには、大きく溜め息をつきつつ、師匠の提案に首を振っていく。
「《レベルアップ》……。あれは本当に余計なことをしてくれました」
「よ、余計なこと……? あれは治療です! 『魔の毒』を『呪術』で――いや、この世界と取引することで、毒を生きる力に変換する手法で――デメリットなく安全に症状を抑えることが出来ます! 世界と取引するなんて、変なことを言っているのはわかっていますが、本当に――」
「全てわかっています。なので、それ以上の説明は要りません」
ぴしゃりと遮られた。
その返答は予想していなかったのか、師匠は唖然とする。
「あなたたちフーズヤーズより先に、我らがファニアは例の『世界の取引』とやらには気づいていました。あれを上手く利用すれば、病の根本から治療できるのは、すでにわかっています」
「知ってた……? なら、なんで……!? なんで、それを治療に活かしていないんです!?」
「確かに、その《レベルアップ》とやらならば、治療はできるでしょう。しかし、同時に身に合わぬ力をもった存在が、領内で大量に生まれてしまう。それは余りに危険過ぎる。いまファニアに必要なのは、病の治療よりも、しっかりと民全員を統率することです。それには、代行者様の提案した方法は不適切。無駄に元気な爆弾を量産して抱えるなんて、統治者として許可できません」
筋は通っている。
無駄に元気な爆弾と言えば、私という例がある。
ロミスは自信を持って、続きを話していく。
「いいですか? 私は誰よりも領民の幸せを願っています。しかし、その夢は綺麗事だけは為せない。領の統治には、領民全員が一つのことを信じて、一つの夢に向かって、一心同体で進む必要があります。それは例えば、アルトフェル教……。その素晴らしさを、いまから私自ら君に教えてあげましょう。全てを知れば、きっと君も私の理解者になってくれると、信じていますよ……」
饒舌に話すロミスの前で、完全に師匠は反論の言葉を失っていた。
このままでは、あっさりと領主の持つ『詐術』に負かされる。
その完全敗北の道を避けるために、あわてて私は話し合いを強引に中断させる。
「聞く必要はないよっ、師匠! 何を言おうと、
私たちには、目の前の男の濃い『魔の毒』が見えている。
ここまでの情報と含めて、街の人々から病気を治さない程度に取り上げたものだとわかる。
その事実だけを突きつけると、師匠は少し悲しそうな顔になって、喉の奥から反論を搾り出していく。
「ネイシャさん、その口ぶり手振り……。あなたはよく似ています。僕を捨てた父や母に……」
師匠の両親と言えば、陽滝姉からも聞いた。どうやら、この領主に匹敵する悪党だったようだが、陽滝姉のときと違って師匠は愛おしそうに話すのが少し気になった。
いまの師匠の心中は複雑で、おいそれと外から見破れそうになかった。
それをロミスも感じたようで、師匠を言いくるめるのを諦めて、標的を私に変えていく。
「ティアラ姫。あなた様こそ、よく
ロミスは自らの『魔の毒』を操り、何もない宙で発火を行った。
膨らんだ炎は小鳥のように彼の周囲で舞い、おとぎ話の『魔法』という言葉を証明する。
中々に私好みの演出だ。その『観察眼』は、
「その応用した結果が、ここのアルトフェル教ってわけ? 中々、私と趣味の合うチョイスするね、領主様」
私とロミスは感性が近しいと思った。
そこに大きな隙を感じて、持ちかけられた話に私は付き合っていく。
隣では、師匠が「僕が話すのは止めたくせに、ティアラはいいのか」と少し文句を言いたげだったが、当たり前である。
私と師匠とでは腹芸のレベルが違うのだ。
逃げ切る確率を少しでも上げるため、まずはこいつの一番の狙いをはっきりさせる必要がある。
「でしょう? 神の持つ力が、確かに目に見えるものとなった。『奇跡』が身近に触れられるものとなった。……いまやらずに、いつやるというのでしょう? 事実、アルトフェル教の伝播速度は、以前の比ではない。たった一世代で、大陸を呑み込む勢いです」
炎の小鳥と共にロミスは歩き、私たちの近くにある『火の理を盗むもの』に目を向ける。
そして、私を説得するために、その『観察眼』を最大に活かし、私好みの演説をしていく。
「だというのに! この大事なときに、アルトフェル教の炎神様は余りに情けなかった! 感情に振り回されては、一々足を止めて、泣き喚く! せっかく強大な力を得たというのに、それを全く活かし切れていない! 弱く愚かな――ただの子供だった! ならば、大人である私が、彼女の代わりに預言者として働くことの何が悪いというのでしょう!?」
「だから、彼女の力の全てを奪ったわけ? 美味い汁を吸うために、ちびっ子を苛めてるようにしか見えないなー。私は」
「奪ったのは、発火の力だけですよ。そして、その少しだけの力を、ここまで磨きあげたのは私のたゆまぬ努力です。信仰が炎の力に代わることも、炎が『魔の毒』を払うことも、鉱石に炎を宿すことも、全て私が発見したこと。その仕事分、対価を頂くのは当然のことでしょう?」
ロミスは自分一人が頑張ったかのように話すが、これも嘘だろう。
きっと、この街の研究院で働く優秀な部下たちが発見し、それを自分の手柄にしているだけだ。
しかし、それが領主の仕事であり、立派な功績であるのは間違いない。フーズヤーズ王家の一人である私はわかってしまう。彼は少し冷酷だが、同時に現実的だと私は共感する。
それを踏まえて、ロミスは話しているのだろう。
私に一番効果的な説得を導き出す『
「私はもっといい仕事をしたいと思っています。炎の神だけでなく、闇の神を手に入れる手立ては、十分に整っています。あと少しで、ファニアは他領にも手を伸ばせる」
「へえ、それはすごいね。明かりだけでなく暗闇も支配できたら、信仰心は二倍どころか十倍だ。ありえない話じゃないね」
「その上で、幸運にも、闇の神を手に入れる前に光の神が私のところまでやってきてくれた……。く、くくっ――! ああっ、本当に『使徒』様たちには感謝してもしきれません……!」
ロミスは話の途中で笑いが堪えきれずに、肩を揺らした。
師匠が自分の用意した罠にはまったことに、とても興奮しているようだ。私は少し冷たい目で、それを咎める。
「しっかし、べらべらとよく喋るね。ちょっと私の想像してた領主さんと違うんだけど」
「……確かに。少し自分も不思議です。私は浮かれているのでしょうか? 同類を見つけて」
それは私にとっては軽い揺さぶりだったが、予期していたものと違う反応が返ってくる。
いまロミスは心から驚いているように見えた。
だが、それは大した問題ではないようで、また笑みを再構築して、私に手を伸ばしてくる。
「そう、あなたは同類です。だからこそ、誘いましょう。私の目的は『あらゆる神を支配し、この大陸全てを支配すること』です。それには、あなたのような聡明で強かで、高潔な血を持つ共犯者が必要だ。ここまでの話は、全て貴女への誠意ですよ」
これは嘘ではない。
本気の勧誘だと、私にはわかった。
つまり、ロミスは私の幼い外見に左右されず、本質を見抜いているということだ。
こいつの眼力は確かとわかったが……正直、困る。
同類という言葉を聞いた師匠が、少し不安な目を私に向けている。
非情にまずい。
「王族末席の私を懐柔して、フーズヤーズを乗っ取る手がかりにしたいってわけだね。『火の理を盗むもの』と『光の理を盗むもの』を支配して、下克上かー。夢があるねー」
「城での貴女の扱いは、聞き及んでいます。悪くない将来設計だと思われますが?」
「悪いけど、先約があるから駄目かな? 私は師匠の弟子。これから先、ずっと師匠についていく。どんなことがあっても、何があっても。そう誓ったんだ。ごめんね」
「……意外ですね。明らかに姫様は、私と同類。そこの容易そうな男を、裏で操ってるだけと思っていましたが」
やーめーろー。
師匠の前だと、私は純真無垢な可愛いお姫様なんだってー。
かなり焦ってる私だったが、薄ら笑いを浮かべたまま、決して意見が変わることはないとロミスに主張し続ける。
そこで、とうとう彼は理解したのか、二度目の溜め息と共に交渉を断念していく。
「ふう……。お話で、
そして、凄惨な笑みを浮かべて、床に転がった『火の理を盗むもの』に語りかける。
「よかったですね、炎神様……。お友達ができますよ。光神様も、この地下室でずっと一緒です。共に死ぬまで痛めつけて、縛りつけ、苦しめて苦しめて、管理して差し上げます。くくっ、あなたのときと違って、そこにいる
はっきりと決別を含んだ残虐な言葉がこぼれた。
そして、ロミスは懐から赤黒い球体を取り出す。
それが『炎神様の御石』と同質の鉱石であることは、すぐにわかった。しかし、いままで見てきた量産品とは明らかに違った。石は透き通るように輝き、不純物が一切なく、色の濃さが尋常ではない。
驚くことに、生の心臓そのものが、その石の中には入っていた。
それが倒れている『火の理を盗むもの』の少女のものであり、この『第一魔障研究院』の中央にて設置されていた『炎神様の心臓』の中身にあったものと理解したときには――部屋の中を舞っていた火の小鳥が何匹にも分裂し、その嘴を矢じりのように尖らせ、私に向かって飛来していた。
「危ない、師匠――!!」
「――っ!」
私と師匠は左右に跳び、飛来してきた火の小鳥たちを避ける。
同時に、私は予定通りの撤退を、師匠に提案する。領主から引き出せる情報は、これで限界だろう。
「師匠! 計画は中止、一旦逃げよう! こいつは私が足止めするから、先行して!!」
その声に対して、とうとう言葉遣いを繕わなくなったロミスは嘲笑する。
「ハッ。このファニアは、おまえら化け物の捕縛に特化した街だ。逃げられるものかよ」
先ほどの残虐な話を有言実行しようと、私たちに向かって歩みを進め始めた。
それに周囲の兵士たちも続き、包囲を狭めていく。
その中、師匠は怒りを露にしながら、腰の剣を抜いた。
「ティアラ、僕は逃げない……! 戦ってでも、この男を止める! 少なくとも、いまあいつの持ってる心臓だけは、彼女の下に返す!!」
「し、師匠!? こいつの狙いは、師匠の生け捕りだよ! ちゃんと聞いてた!?」
「聞いてたからだッ――!!」
師匠は敵の第一目標と知りながら、『火の理を盗むもの』の救出だけを見据えていた。
その真剣な横顔に私は胸をときめかせながら、眉間にしわを寄せる。
正直なところ、師匠がいないほうが戦いの勝率は高い。敵の本命の師匠が安全圏にいて、私は前衛で自由に力を振るうのが最上の形だ。しかし、どう説得しても師匠は絶対に「先行して一人だけ逃げる」という選択肢はとってくれないだろう。
理由は単純だ。
昨日の《レベルアップ》の暴走のときに、もう私は理解した。
それは「『理想』のアイカワカナミ」でないのだ。
短時間の説得は不可能と判断した私は、仕方なく師匠と同じように、腰の刃物を抜く。
それを見たロミスは立ち止まり、腹の底から笑い声をあげる。
「く、くくくっ、くはははは――! 子守が大変だな、フーズヤーズの姫ぇ! こっちは慌てる必要がなくなって、非常に助かる! じっくりとかかれっ、向こうさんは逃げるつもりがないようだ!」
その指示を聞き、まず兵士が二人ずつ、私と師匠に襲い掛かってくる。
兵士たちは街で作られたであろう武具を纏い、抜き身の剣を振り上げる。
死と血を連想させる凶器を前に、私は冷静さを保つ。心に〝私は年若く、荒事の経験は浅い。だが、幼少の頃の臨死体験のおかげで、その心は静かな水面のように落ち着いていた〟と記し、前に駆け出す。
凶器に向かって不用意に近づく私を見て、兵士たちは明らかに動揺した。
いかに上司の命令に忠実だろうとも、心のどこかに「女子供相手ならば、できるだけ怪我をさせずに捕縛してやろう」という気持ちがあったはずだ。
その優しさを逆手に取って、敵に一瞬の硬直を作る。
そして、『体術』を振るう。
手に持った短剣を囮にして、先陣を切った兵士の視線を誘導し、跳躍しつつ足を鞭のようにしならせた。
まず油断した兵士を一人、顎の先端を蹴って意識を刈り取る。
間髪入れず、もう一人にも襲い掛かる。
剣を大げさに動かしながら、足払いをして、敵の両足を払う。
子供の蹴りならば、びくともしないだろう。だが、《レベルアップ》によって強化された私の脚力は、兵士の全体重を一回転させるに十分な威力があった。
私は手の届く距離までやってきた兵士の頭部を空いた手で掴み、地面に叩きつける。
「――ふうっ」
ここまでの動きを一呼吸で終わらせた私は、次に油断なくロミスを見る。
私と目が合ったロミスは笑みを深めて、私に話しかける。
「これが光神の《レベルアップ》の恩恵……。確かに、脅威だ。しかし、所詮は人一人の力。悪いが、こちらは人数が違うぞ? 争いとは数と数の削り合い。どれだけ事前に数を揃えられるかだ。それを、いま教育してやろう」
ロミスは手に持った心臓から炎を大量に生み出し、近くにいた兵士たちへ襲わせる。
やはり、あの心臓が『火の理を盗むもの』の力を奪う鍵になっているのは間違いなさそうだ。どういう仕組みかはわからないが、ファニアの何年もの研究の積み重ねが秘められていると、禍々しくも規則正しく蠢く炎から見て取れる。
兵士たちは領主の炎を避けることなく、受け入れた。
そして、街の『炎神様の御石』によって作られた武具たちは、松明のように炎を灯していく。決して装備者の肌を焦がすことはなく、敵だけを燃やそうと躍る。
新たに炎を纏った兵士が二人、私に向かってくる。
「くくっ。さあ、こちらも《レベルアップ》だ。それも炎神様のご加護つきだぞ?」
そのロミスの言葉通り、先ほどの兵士と動きが全く違った。
たった数歩の移動だけでも、格段に身のこなしが――『速さ』が上がっている。
師匠とは別の道を辿った《レベルアップ》の一種であると理解した私は、油断なく構えを取った。
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