284.新たなパーティーメンバー

 手繋ぎデートという名の詐欺みたいな迷宮探索は、時間限界まで行われた。正確には、船の仲間たちが起きてくるであろう朝に帰ってくる。


 今日の迷宮探索は四十層まで。

 できれば、もっと奥まで行っておきたかったが無理はやめておいた。

 時間を考えれば、なかなかのクリアタイムだと思っている。序盤に追いかけっこで全力疾走したおかげだろう。


 四十層に到達したところで《コネクション》をくぐって、船の甲板まで戻ってくる。

 迷宮に入ってきたときとは違い、水平線から太陽の光が差し込んできている。徹夜の目に光が沁みる。目を細めながら、身体の体内時計を合わせているところで、船の訪問者に気づいた。


 甲板の中央で、船のメインマストを見上げている少年少女の騎士がいた。

 ライナー・ヘルヴィルシャインとラグネ・カイクヲラだ。


 誰よりも先にラグネちゃんが気づき、僕とラスティアラに顔を向けて挨拶を飛ばす。


「あっ、お二人とも、おはよーっすー。お邪魔してるっすー」


 その場でぴょんぴょんと跳び、短い茶髪の先を跳ねさせて、元気よく手を振る。

 それにラスティアラが反応して走り出す。


「ラグネちゃんがいる!!」

「お嬢ー! 私も来たっすよー!」


 ラグネちゃんが両手を広げて待ち構えると、その胸にラスティアラは飛び込んで抱きついた。聞けば、二人は生まれた頃から主従だったと聞く。周りの目も気にせず、全身で再会を喜んでいる。


 僕は冷静に自分の騎士に向かって挨拶していく。


「ライナー、もう戻ってきたのか?」

「ああ。後処理をフェーデルトのやつに任せたら、喜んでやってくれるって話になってな。思っていたよりも早く終わった」


 ライナーも僕と同じように隣の過激な挨拶に呆れながら、連合国フーズヤーズでの報告をしてくれる。


「フェーデルトが? そっか。色々あったけど、本当に今回はフェーデルトのやつの世話になった気がするな……。次に会ったら、ちゃんとお礼を言わないと」


 大聖堂の管理者をラスティアラからフェーデルトに戻すとは聞いていたが、あの男が率先して後処理をやってくれるのは嬉しい誤算だ。


 今度会うときは、本土のお土産でも持参しよう。


「いや、たぶん……向こうは滅茶苦茶恨んでると思うからやめといたほうがいいぞ……。今回もかなり無茶を押し付けたし……」

「あはは……。やっぱり怒ってる……?」

「今回は美味しいところを全部譲ったから、前ほどじゃないだろうけどな……。どちらかと言えば、変なことしないように釘を刺してきた僕のほうが恨まれてるかもな」


 ライナーは口角を片方だけ吊り上げて悪役のように小さく笑った。

 迷宮を出たばかりで鋭敏となった《ディメンション》が彼の右手の小さな動きを見逃さない。その悪そうな表情と何かを思い出すかのように開け閉めされる手から、ライナーがかなりの脅しをしてきたのが窺えた。


 僕が暢気にデートなんてしている間、ライナーは全力で仕事をしてくれていたようだ。

 一ヶ月前にラスティアラを任せてフーズヤーズに置いてきたことも含めて僕は感謝する。


「ありがとう、ライナー。――いや、違うか。ご苦労、騎士ライナー。僕が留守の間、ライナーがラスティアラを守ってくれたおかげで、こうして僕たちは船に乗っていられる」


 ちょっと騎士の主っぽく、格好つけて労ってみる。

 そんな真似をする僕が珍しいのだろう。ライナーは目を見開き、驚き――すぐに顔を横に背けて、ぼそりと答える。


「……まあ、光栄の至りとでも言っとく」


 なかなか素直じゃない少年騎士である。


 とはいえ、僕の言葉が足りないという理由もあるだろう。

 もっともっと感謝の念を伝えたいところだが、この異世界の騎士との付き合い方をよく僕は知らない。ライナーは物やお金を喜ぶタイプじゃないだろうし、形式ばった褒賞の与え方も僕はわからない。


 少し迷ったところで、隣でラグネちゃんの小さな身体を持ち上げてくるくる回っているラスティアラを見て、一歩ライナーに近づく。

 これからされることをライナーは予測したのか、すぐに本気で嫌がって、剣の柄に手をやって構えを取る。


「待てっ! あれはあの二人だからできるだけだ! そういうのはやめてくれ! 本気でやめろ! この船に誰が乗っているのか考えろ! あと、ここだと逃げ場がない!!」


 どうやら、ラスティアラの騎士との付き合い方は余りいい見本じゃないらしい。

 ライナーの切羽詰まった拒否を見て、僕は心底残念がりながら諦める。


 そして、感謝や褒賞ではなく、次の話に移っていく。

 それは隣で胴上げされかけているラグネちゃんについてだ。


「ところで、なんでラグネちゃんが一緒に?」

「あー、いまいないセラさんの代わりみたいなもんだと思ってくれていい。体調不良により休養中のラスティアラに護衛が一人もなしだと体面が悪いんだろ。だから、一応大聖堂で一番強い騎士を派遣するってことになった。見張りと報告役も兼ねてる」


 それでライナーと一緒に船までやってきたようだ。

 知らない仲ではないので、会ったこともない騎士を付けられるよりはマシだろう。

 と思っているとライナーは身も蓋もない話をする。


「――というのは建前で、本当はフェーデルトに嫌われてて、大聖堂に居場所がないだけって話らしいけどな。ラグネさん」

「ライナー、私の世知辛い大聖堂事情を暴露するのはよすっす……。『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の総長となれど、結局物を言うのは家柄と人脈っすねー……」


 気づけばラグネちゃんがすぐ隣で遠い目をしていた。


 完全な縦社会であるフーズヤーズの大聖堂。

 後ろ盾がいないと色々きついのだろう。

 それと『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の名声が一年前の事件で少し下がったとも聞いた。一年前の事件を起こした首謀者としては笑えない。


「えー、その、『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様。少しの間、セラ先輩の代わりをさせてもらいたいっす。どうか、傍に控えるご許可をぉー。どうかー」

「もちろん。歓迎するよ、ラグネちゃん」


 もし断ると、とても可哀想なことになるのは間違いないので笑顔で迎え入れる。


「うぅ、かつてなく優しそうな上司に、少しだけ涙がこぼれそうっす。よろしく頼みますー。ついでに、これからの人生の後ろ盾もお願いしますー。この仕事が終わったあとも、私の苦難は続くんっすよー」

「後ろ盾はわかんないけど、僕はラグネちゃんを応援してるよ……?」

「流石、お兄さん! 相変わらずで助かります!」


 肯定すると、先ほどまでの陰鬱な表情から一転して喜ぶ。

 彼女の「相変わらず」に僕が眉をひそめていると、横からラスティアラがラグネちゃんを奪う。


「よっし、決まり! それじゃあ、ラグネは私の部屋と同室ね! 護衛だし、慣れるまでは一緒ってことで」

「ん、お嬢と同じ部屋っすか? 構わないっすよ。いやあ、大聖堂時代を思い出すっすねー」

「うんうん。……同じ部屋じゃないと、危険・・だからね」


 ラスティアラが船内にラグネちゃんを連れ込もうとするとき、ぼそりと本音を呟いた。

 いま隣のライナーが最も危惧している「もしものとき」の危険性だ。


「危険? 何か、危険なものでも乗せてるんすか? この船」

「いまから、それを教えてあげるよ。というわけで、カナミー。眠る前に、いまからディアとスノウのところに、デートの自慢してくるからー」


 その危険を誤解なく教えるために、うちの爆弾の前で火種をちらつかせるつもりらしい。


「ほ、報告するのか……?」

「私たちの間に隠し事はなし! って方向でいこうって思ってるからね。……あと、これでみんなも色々としやすく・・・・なるだろうし」


 秘密にしておきたかったのが本音だったけれど、これだけは絶対に譲れないとラスティアラはにやりと笑う。その様子から報告するまでが彼女のデートの予定であるとわかった。


「……それが本命か」

「ううん。全部が全部、大本命」


 強気にラスティアラは訂正する。

 これで彼女の計画通り、明日からスノウやディアは大変動きやすくなるだろう。我侭を言いやすくなるだろう。また一歩、例のラスティアラの望む「完璧」に近づく。


 計算高いやつだ。

 勘違いされやすいが、ラスティアラは考えなしの猪突猛進ではない。むしろ、逆だ。身体を動かすよりも先に頭を動かす知性がある。

 実のところは運動よりも本が好きなインドア派。もしも、この世界に僕の世界のゲームがあれば、きっと迷宮で探索なんて回りくどいことをせずに、室内で延々と遊んでいることだろう。


 つまり、僕と同じで小難しいことを考える性格タイプなのだ。

 基本的に隠し事を嫌っている僕は、その彼女の方針を止められず、去っていく二人を見送る。


「それじゃあ、行こっか。この船の紹介もついでにしてあげるよ」

「うぃっす。その間、微力ながら護衛させてもらうっす」


 主従一組が船の中に消えていき、甲板には主従一組が残される。

 隣の騎士ライナーは少し呆れ気味だった。


「キリスト、さっきまでデートしてたのか?」

「うん……。迷宮で……」

「それは、まあ、いいこと……だな。あんたたち二人が仲がいいのは大変いいことだ。……ただ、ちょっと僕は急用を思い出したからフーズヤーズのフェーデルトのところまで行ってフォローしてくる。目的地についたら呼んでくれ」

「――魔法《ディフォルト》」


 甲板に設置してあるフーズヤーズと繋がっている《コネクション》に向かおうとするライナーを、次元魔法で引き戻す。


 逃がすものか。

 ラスティアラが自慢してくると言ったのが不安でしょうがないようだが、はっきり言って僕のほうが不安でしょうがない。

 騎士として僕を守れ、ライナー。


「くっ、逃げられないか……! くそが! 二度目だけど、これ怖すぎだろ……!!」

「到着するまでフーズヤーズと繋がってる《コネクション》は不要だから消しておこう」

「あ、あぁっ! この野郎っ!!」


 口汚く罵られようと容赦なく魔法の扉を霧散させる。フーズヤーズ側に残してきた《コネクション》が消えない限り、こちらの扉はいくらでも作り直し可能なのだ。つまり、ライナーは僕の許可なしに国外へ逃亡するのは不可能ということである。


 僕は適当な理由を付けて、ライナーの逃亡を咎める。


「……ライナー。ラグネちゃんを残して一人だけ逃げるのは感心しないな。連れてきた以上、ちゃんと守るように」


 これから何が起きるにしても、その中心にラグネちゃんは巻き込まれる。その護衛は最も冷静だろうライナーに頼みたいと思っている。

 しかし、その依頼は首を振って拒否されてしまう。


「……いや、ラグネさんは強いからそこまで心配しなくていい。間違いなく、こんなところで死ぬような人じゃない」

「え。そう言っても、さっき見たステータスだと、そこまでは……」



【ステータス】

 名前:ラグネ・カイクヲラ HP173/173 MP39/39 クラス:騎士

 レベル 18

 筋力3.88 体力4.21 技量12.01 速さ5.67 賢さ7.82 魔力1.72 素質1.12

 先天スキル:魔力操作2.19

 後天スキル:剣術0.59 神聖魔法1.12



 このくらいだ。

 一年かけて、ほどほどに成長したとしか見えない。

 正直、この船で生き延びるには不安が残る。


「キリスト。そこまでないステータスだろうが、ラグネさんは強い。例えば、あのティアラさんは、ここにいる誰よりも彼女を一番評価してた。あの聖人様がだ」


 だが、そんなステータスなんてものは頼りにならないと首を振り続ける。


「言葉にできない心の強さがあると思ってくれていい」


 それはつまり、『数値に表れない数値』が高いと言いたいのだろうか。

 ラスティアラも言っていたことだが、彼女は他人にはない尖った才能があるようだ。


「確かに意表を突くのは上手いかも……? あと世渡りとかも」

「気をつけてくれ。ああいう人こそが、この世界の本来の・・・強者に当たるんだ」

「……わかった」


 どれだけラグネちゃんを置いて逃げたいんだ……と思ったが、いまライナーが心配していたのは僕であるとわかり、神妙に頷く。

 まるでラグネちゃんのほうが、僕やラスティアラたちよりも強いかのような口ぶりだ。


「わかってくれたならいい。……僕も、あのラグネさんを置いて行きはしない。いまさっきのは冗談だ」


 ライナーは諦めた様子で、また甲板のメインマストに近づく。そして、その近くのテーブルの上にある海図と方位磁針(のような魔法道具)に目を向ける。


「……そうだな。目的地につくまで船の雑事でもやってるか。風の騎士の僕なら、色々と船でできることは多いと思う」


 それと同時に風魔法で船の帆に風を当て始める。

 航海の経験があるのか、よどみのない動きだった。

 そして、その魔法は『風の理を盗むもの』ティティーを思い出させる。彼女の弟子に相応しい繊細な風の操作で、船の速度を上げていく。


 ライナーに任せておけば、寝ている間の航海も問題はないだろう。

 僕は安心して自室に戻ろうとして、その前に一つ提案をする。


「あ、ライナー。ライナーもラグネちゃんみたいに僕と一緒の部屋にする?」

「あんた、本気で言ってんのか……?」


 海図を眺めていた目を、細めながらこっちを見る。

 ライナーは呆れながら拒否する。


「交際を始めたばかりのやつの部屋に泊まれるか。こっちはこっちで勝手に一つ部屋を借りる」


 ちっ、惜しい。

 僕は表情を変えずに心の中で舌打ちをする。


 流石に、この時期に不自然が過ぎた提案だったかもしれない。

 同室は諦めて、僕は別の方法で傍にいてもらう時間を増やさそうと画策する。ライナー相手なのでスキル『詐術』などといった反則も総動員だ。だが、その考えを先に読まれて釘を刺されてしまう。


「先に言っとくけど、迷宮にも潜らないからな」


 迷宮探索にも同行しないと言って、ライナーはメインマストにかけられた掛け梯子に近づいていく。もう完全に逃げる態勢だ。


「あんたならわかるだろ。いま凄い魔力が甲板に向かって移動してる」

「……やっぱり来てる?」


 ライナーの鋭敏な感覚が、船内の強大すぎる存在を感知したらしい。それは《ディメンション》がなくとも容易に察知できる。


 できるだけ考えないようにしていたが、現実は厳しい。このまま自室に帰ることは許さないと主張する見知った魔力――間違いなく、ラスティアラに煽りに煽られたスノウとディアの二人だ。


「あんなのと一緒に迷宮探索とか、自殺志願もいいとこだ。もし誘うなら、あれ抜きにしてくれ。二人きりなら、まあ構わない」


 うちの女性陣がライナーは本当に苦手なようだ。

 最近思ったのだが、ノスフィーやティティーのせいで軽く女性恐怖症になっているかもしれない。そして、うちの仲間たちは、あの問題児たちと同列に扱われているらしい。


 ――否定できない。


 ライナーの気持ちもよくわかるので、今回は引くことにする。


「わかった。僕だけのときにでも誘うよ」

「そうしてくれ。それじゃあ、マストの上の物見に避難してるから……死ぬなよ」

「いや、そうそう死なないよ。最近、みんな仲がいいんだから」

「あんたの言う「仲がいい」ほど信じられないものはないな。とにかく、あいつらが全身凶器の上、国一つを簡単に焼き払える燃料の塊という認識を忘れるな。あんたは無意識に火を点けるタイプだから、人一倍慎重に話すようにしてくれ。重ねて言うが死ぬなよ」

「は、はい……」


 駄目な我が子を心配するかのようにライナーは小言を重ねた。


 ライナーの僕に対する信頼が薄すぎて悲しくなってきた。理由は間違いなく、昨日のティアラの大暴露のせいだろう。こと人間関係において、僕の信頼は地の底を越えてマントルあたりだ。


 航海道具を抱えてマストの上に消えていくライナーを見送って、僕は自室に戻るのを断念して、近くの椅子に座った。

 快晴の空を見上げ、照らす日光に目を細め、海の漣の音に耳を澄ませ、心穏やかに色々と観念して、甲板に上がってくる仲間たちを待つ。


 今日、僕が眠りにつけるのは、もう少しあとになりそうだ。

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