285.レベル上げ

「――ラスティアラとは手を繋いで探索したって聞いた」


 帰ってきた迷宮。

 ラスティアラとの探索から一時間も経たず内に、先ほど設置した四十層の《コネクション》を通って、僕は迷宮に帰ってきた。

 

 いま僕たちは迷宮の回廊を歩いているところだ。

 四十一層は植物に満ちていて、もし《ディメンション》がなければ草花に擬態したモンスターたちに難儀することだろう。その四十一層を進む中、とうとうラスティアラが船で自慢したであろう話が出てくる。


 僕の隣を歩くディアが、少し頬を膨らませているのを見て、僕は返答に困る。


「えっと、ディアも……したいの?」

「したいかどうかで言えば……その……」


 ディアは口をもごもごと動かして、顔を赤くする。


 僕は戦闘時と同じ緊張感を持って、瞬時に熟考する。そして、ディアに同調して「そうだそうだ」と騒ぐスノウは放置して、慎重に返答していく。


「ごめん、ディア。僕がそういうことをするのは、ラスティアラとだけにしたいって思ってる。だから、今日は普通に迷宮探索しよう」


 はっきりと断っておく。

 曖昧にしておくよりも、いまここで断言しておくのが重要だと僕は思う。

 これからの将来を考えれば、これが最善。最も傷つかなくてすむ返答であると確信しているのだが――


「あ、ああ……。そうだよな。……当たり前だ。ははっ」


 この世の終わりのような顔になったディアを見て、その確信は揺らぐ。


 目は虚ろになり、僅かに涙が滲ませて空笑いしている。いつも明るく真っ直ぐなディアが、僕の返答のせいで泣きそうになっている――正直、罪悪感で身体を啄ばまれているかのようにきつい。


 確信が揺らいだ理由は、それだけではない。

 すぐ隣で騒いでいたスノウが表情を変えて、俊敏な動きでディアから遠ざかった。ディアから漏れ出る魔力が一瞬にして澱み、いまにも手当たり次第に襲い掛かりそうな殺意を得たからだ。


 僕とスノウの顔が青ざめる。

 もしディアが暴走すれば近くにいる僕たちの命が危ないと、少し前の戦いの経験で知っていた。迷宮内なので逃げ場はなく、そのふざけた爆発力が外に逃げることもなく、理想的な最大火力が実現する。ぶっちゃけると、防御すら許されずに僕とスノウは死ぬ。


 ――ディアの悲しそうな顔と禍々しい魔力。


 あらゆる意味で、どちらも見ていられなかった。


「――ま、まあでも! 途中まで、ちょっとくらいならいいかな!?」


 結果、一瞬にして折れてしまう僕だった。

 自分の心の弱さが情けなくて堪らなくなる。


 しかし、現在ディアの魔力はステータスで177.22。ざっと僕の三倍である。いまや国一つに魔力を浸透できる僕の三倍だ。簡単に言うと、生物としての生存本能が最大発揮される差だ。


「ぇ、え……? カナミ、本当か?」


 ディアは俯けかけていた顔をあげて、ぱぁっと明るくする。

 その身の禍々しい魔力もパッと霧散させた。


 僕が裏で何を考えていたかなんて一切疑わず、ディアは純粋に僕の言葉を喜んでくれているようだ。その全てを許したくなる無垢な笑顔を前に、もう前言撤回はできそうになかった。


「うん……。ちょっとだけならね……」

「そ、そっか! なら、遠慮なく……」


 魔力が安定したことで、ただの可愛い女の子となったディアが僕の右隣までやってきて手を握った。

 《ディメンション》が隣を歩くディアの様子を逐一伝えてくれる。

 ディアは恥ずかしさでまともに顔を前に向けられず、その前髪で双眸を隠していた。頬は赤く染まり、挙動不審。いつも思うが、ディアは小動物のようだ。


「じゃあ、反対側は私!!」


 で、なぜか僕の左隣にやってきて手を握ってくるスノウである。

 ここぞというところで他人のおこぼれを拾うのが得意なやつだ。彼女に関しては《ディメンション》で様子を見る気さえ起きない。


 仲良く三人で並んでのお散歩状態に、僕は冷や汗を垂らす。


「こ、これは流石に……!」


 この体勢だと僕の両手が塞がっている。ラスティアラのとき以上に、迷宮でやっていい陣形ではない。


 なによりも、更なる罪悪感が僕を苛む。

 先ほどまでラスティアラと一緒に手を繋いでデートしておきながら、その数十分後には別の女の子と手を繋いで歩いているのだ。余りに不誠実過ぎる。余りに卑しすぎる。


 膨らみきった罪悪感は、もはや身体を鋸で挽き斬るかのようなレベルに至っている。

 死の予感やら緊張やら自己嫌悪やら、様々なものが絡み合い、今日も順調に胃壁が荒れていく。


 ただ、その僕とは対照的に、両隣の二人は嬉しそうに歩いてお喋りをする。


「……ちょっとラウラヴィアでの劇場船を思い出すな。あのときも、こうやってカナミと一緒に歩いてた」

「ああ、あれねー。『舞闘大会』のときのやつねー。あれは羨ましかったな。手を繋いで劇場船を回ってたね。完全にデートだった」

「ん……? あのとき、おまえは敵だったろ。なんで詳しいんだ?」

「近くでこっそり見てた……ような?」

「ああ、例の盗聴か。そういやそう言ってたな」

「え、えへへ。すみません……」


 一人だけ状況に納得のいっていない僕を置いて、とても和気藹々としている。僕と違って、この手繋ぎ状態に何の罪悪感も抱いていないようだ。


 間違いなくラスティアラの仕業だろう。

 事前にラスティアラは仲間たちに対して、僕の傍にいていいと言った。その上、先ほど船内で二人にデートの話をして上手く煽った。その策略の結果がこれだ。


 それを理性で冷静に理解して、僕は落ち着きを取り戻す。


 正直、問題は僕の気持ちだけだろう。

 ラスティアラもディアもスノウも納得していて、僕だけが納得していない。『たった一人の運命の人』と結ばれることが大事という恋愛観を持つ僕だけが浮いている。


「二人とも途中までだからね……」


 僕が搾り出すように釘を刺すと、二人は「わかった」と素直に頷いてくれた。


 その返事から無理を押し通し続けるつもりはないとはわかる。僕が本気で嫌がれば、すぐにでも離れてくれるのもわかる。


 だが、本気で嫌がれるわけがない。実際、二人とも少し暴走する癖はあれど、根は優しい女の子だ。道を歩けば誰もが振り向く可愛い女の子でもある。この両手に花の状態が、全て不満かと言えば嘘になる。ほんのりと僕も頬が紅潮している。とても恵まれているのだと自覚している。嬉しくないはずがない。


 ただ、そのどこか嬉しいと思っている自分が――許せない。


 嬉しいけれど許せない。

 そんな自分の相反する感情を、僕は戦闘時の思考速度で分析し終えた。

 三人で手を繋いで迷宮を歩きながら、個人の性格の問題だと答えを出す。


 僕は・・そういう人間なのだ・・・・・・・・・

 生まれつき、そういう風に考えるのだから仕方ない。


 どちらも無視できないのだから、ちゃんと嬉しく思って、けれど絶対に自分を許しもしないのが一番だ。


 割り切りはできなくとも折り合いをつけた僕は、三人手繋ぎという奇妙な格好で迷宮を進んでいく。

 ただ、その手繋ぎ探索は数分ほど中断される。


 当然だが、戦闘時にまで手を繋いでいるほど、僕たちの頭は寝ぼけていない。


「――ディア、スノウ。前方に敵がいる。……これは避けきれない」


 鬱蒼とした茂みばかりの四十一層を進む途中、どの道を選んでも敵と遭遇する状況になった。

 

 もしリーパーがいれば、闇魔法で撒くことはできるだろう。相方がライナーやティティーならば速さに任せて突破も可能だ。だが、ディアとスノウという足の遅い二人と組んでいる場合は、慎重に倒していくしかない。


 モンスターとぶつかり合うことを決めたところで、両隣の二人は手を離す。どこかの男女と違って、戦闘中も手を繋いだままなんてことはしないようだ。


「よし、やっとだな」

「私も戦うよー」


 二人とも戦闘態勢に入ったのを見て、僕は遠くの敵を確認する。


 以前、ライナーとティティーの二人と共に地上を目指したときはスルーしたモンスターだ。体長五メートルほどの大型で、形状は植物の球根に一番近い。巨大な球根の下部で太い根っこが四つ蠢き、土の外で移動を可能にしている。《ディメンション》でよく見たところ、上部にある芽のような部分が開いて口となり、獲物を捕食する可能性が高い。根っこに絡みとられるのだけは避けたほうがよさそうだ。


 その敵の情報を全員で共有したあと、どう戦おうかと僕が考えていると、驚くことにスノウが陣形を提案してくる。


「じゃっ、縦一列で行こうか。先頭は私だね。後方にディアで、それを守るようにカナミが遊撃でいい?」

「あ、ああ……。確かにそれが一番だ」


 動揺しながらも頷く。

 それが一番理想的な陣形だと僕も思っていたところだ。


 だが、先頭にスノウ自身が志願したことに驚きが隠せない。

 僕の知っているスノウならば、先頭で盾役をする適正があっても、最も疲れる先頭は絶対に避ける。


 驚く僕を置いて、さらにスノウは作戦まで考えていく。


「基本的に竜人ドラゴニュートの私が初見の攻撃は全部受け止めるから、ディアとカナミはよく見ててね。あとは隙を突いて、攻撃を叩き込もうか」

「スノウ、危なくなったら俺が絶対助けるからな」

「うん、お願い。頼りにしてるから、ディア」


 後衛のディアとの信頼関係もばっちりだ。

 そのリーダーっぷりを見て、僕は口を出さずに見守ることを決める。


 こうして、僕たちはスノウを先頭に敵のいる場所まで正面から突撃する。



【モンスター】グランドティーバ:ランク41



 僕たちが敵を目視できたところで、向こうも迎撃態勢に入った。

 奇襲なしの真っ向勝負だ。


 すぐさま植物モンスターのグランドティーバは四つある太い根の内の一つを、鞭のように振るった。


「やらせない!」


 その一撃を、先頭を走るスノウが受け止める。

 大砲のような轟音と共に、回廊が大きく揺れた。大型車同士が高速で衝突事故を起こしたかのような衝撃だ。しかし、その大質量の鞭に叩かれたスノウは、一歩たりとも後退しなかった。しっかりと地に足をつけて両腕で防ぎきっている。


 もし僕やディアが受ければ回廊の壁まで吹き飛ばされているだろう。その重い一撃を受けて、スノウは全くHPを減らしていない。


 『表示』を見て安心したところで、グランドティーバは連続して太い根を振るってくる。今度は後方にいる僕とディアを狙っての攻撃だ。しかし、その二撃目もスノウが間に飛び込んで受け止める。


 スノウは必ず、敵モンスターと後衛の対角線上に立っている。

 その立ち位置を保っている以上、敵の攻撃が僕たちに届くことはないだろう。


 根による攻撃が意味をなさないとグランドティーバは気づいたのか、すぐに攻撃の方法を変える。上部の芽の部分から、粉のようなものを噴出させた。


「種子がやばいかも! 早めに払って、ディア!!」


 敵の行動に対して、すぐさまスノウが指示を出した。

 信頼に足る命令を受け、ディアは即答する。


「ああ! ――《フレイム》!!」


 基礎魔法の炎を広範囲に放ち、その勢いと熱で全ての種子を焼き飛ばす。

 見事な力加減の火炎魔法だ。そして、それを迅速に指示したスノウの指揮能力も素晴らしい。


 もう僕がパーティーの全てを《ディメンション》で把握し続ける必要はないと確信できる対応力だった。

 つまりそれは、完全に僕という個人が自由になったいうこと。

 まさしく遊撃として好きにできるときがきた。


 スノウが先頭で敵を引きつけている。

 特殊な攻撃はディアが上手く対応してくれる。

 敵はスノウとディアに集中している。


 ならば、僕がやることは一つ。


「――魔法《ディフォルト》」


 攻撃だ。

 二人のおかげで攻撃だけを考えられる。


 距離を歪ませる次元魔法で、瞬時に僕は敵の背後を取る。

 正面に集中していたグランドティーバは僕の移動に気づかない。そして、僕は『魔力氷結化』で伸ばした刃を使って、防御を考えずに剣を振るう。


「はっ――!」


 無防備なグランドティーバをバラバラにするのは容易だった。

 おそらく、敵からすれば何が起こったか理解できなかっただろう。目の前の敵たちに集中していたら、いつの間にか身体が斬られていたとしかわからないはずだ。


 一呼吸で十分割されたグランドティーバは光の粒子となって消失していく。

 残った魔石を拾いながら、僕は感想を述べる。


「ナイス、スノウ。先頭で指揮してくれたおかげで、すごい動きやすかった」


 スノウを手離しに褒める。

 もしかしたら、彼女と出会ってから初のことかもしれない。


 戦闘を終えたスノウは少し照れながら、先の戦闘を見直していく。


「よかった……。パーティー戦だと、カナミは補助に徹して、最後だけアサシンっぽく動くのがいいって前から思ってたんだよね。司令塔よりも、逐一変わる状況を分析して独断で自由に動く遊撃のほうが合ってる。たぶん、性格にも」


 その通りだ。

 僕の全く同じ分析をスノウもしている。

 これまで僕が司令塔をやっていたのは、他に適正のある者がいなかったからだ。


「ね、ねえ。どうかな……?」 


 スノウは不安げに自分の考察の評価を聞いてくる。

 僕からの評価は満点に近い。何も不安に思うことはないと笑いかける。


「いや、見直した。やっぱりスノウはリーダーに向いてるよ」


 元から才能はあったと思う。幼少の頃は、みんなをぐいぐいと引っ張るガキ大将みたいな性格をしていたと聞いていたが、予想以上のリーダーっぷりだ。


 ただ、よくよく考えれば当たり前のことかもしれない。

 この一年、スノウは『南連盟』の総司令の代理をやっていた。そして、多くの部下から尊敬され、頼りにされ、前任者よりも有能だと噂されていた。


 スノウはみんなを背負って戦う器があるのだろう。

 日常生活だと怠け癖は抜け切っていないように見えたが、こういった真剣な場だとスノウの新たな力が際立つ。


「僕がいない間、本当に頑張ったんだな。見違えるくらい成長してるよ」

「えへへ……」


 褒め続けていくうちに、段々とスノウの顔は緩んでいく。

 服の裾から覗く竜の尻尾をぶんぶんと振って喜んでいるのを見て、ちょっと大型犬っぽいなと失礼なことを考えていると、近くのディアが焦った様子で声をあげた。


「カ、カナミ! 俺も強くなったんだぞ! 次は俺一人に任せてくれ!」


 スノウがべた褒めされているのを見て、自分もいいところを見せようとディアは勇み始める。このパターンはろくなことにならないと不安に思いながら僕は聞く。


「この層なら、まだ構わないけど……。本当に一人で大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ! ただ、次の階段までの方角だけ教えてくれ!」

「方角を……? それなら……えっと、あっちだね」


 何をするつもりなのかと思いながら、要望どおりに《ディメンション》で把握した次の階段の場所をディアに説明する。


 その方角に向かってディアは顔を向け、すぐにその場で魔法の構築を始める。


 もし暴走し始めていたらスノウと二人で止めるつもりだったが、流石に一人でモンスターに突貫するような真似はしない。代わりに、暴走としか思えないほどの魔力で回廊を満たしていく。


 先ほどの戦闘で使った魔法とは比較にならない量の魔力だ。見事な魔力コントロールがなされているのは《ディメンション》で把握できているが、いつでも『魔法相殺カウンターマジック』できるように準備はしておく。


 そして、ディアの太陽光に似た魔力が変換され、懐かしい魔法が発動する。


「――神聖魔法《シオン》」


 かつて『闇の理を盗むもの』ティーダを追い詰めた光の泡の魔法だ。

 確か、効果は『魔力の阻害』だったはずだ。


 魔法《シオン》の名前が紡がれたと同時にディアの魔力が凝縮され、ディアの身体を包む球体となった。

 生成された泡は一つだけ。だが、密度が異常過ぎる。間違いなく、『理を盗むもの』レベルの濃さはある。


 その過剰としか言い様がない魔法の使用用途がわからず、僕はディアに聞く。


「……ディア。それをどうするつもりなんだ?」

「ここから向こうの端までの道を、これで全部――綺麗にする・・・・・


 部屋の掃除でもするような軽さで、あっさりと答えられる。


 続いてディアが手を横に振った。

 ディアを包んでいた光の泡が膨張する。回廊の中では球体を保てないほど膨らんだところで、魔法《シオン》は先ほど聞いた階段のある方角に向かって拡がりだす。


 ここで僕はディアのやっていることに気づく。魔法が以前と違っているため、少し気づくのが遅れた。


 これは一種の狙撃だ。

 ディアは自分で作戦を考えて実行しているわけではない。初めて迷宮探索をしたときにやった《フレイムアロー》の光線レーザーによる狙撃を、いまの自分の力に相応しい《シオン》で繰り返しているだけだ。


 以前と違い、いまディアが狙っているのはモンスターでなくエリア

 攻撃の規模を光線レーザーから光の洪水に引き上げて、次の階段までのエリア全てを洗い流そうとしている。


 その魔法の《シオン》の成果を、《ディメンション》が僕に教えてくれる。

 ディアの言うとおり、まさしく掃除としか言えない光景だった。


 どこまでも体積を増す光が回廊を疾走し、道にある全ての魔力に関わるものを阻害していく。

 まず迷宮にしか存在しないであろう魔力のこもった草花が一瞬にして枯れた。地上に生息する真っ当な植物だけが生き残る。これだけで、罠や毒の心配はなくなった。

 さらに回廊のモンスターたちにも異常が現れる。植物に擬態していた小型のモンスターは光に呑み込まれた瞬間に蠢き出し、数秒後に光となって消えた。

 中型以上のモンスターたちは消失はせずとも、光の中で悶え苦しんでいる。知能の高そうなモンスターは光から逃れようと泡の外に向かって駆け出していた。


 光の洪水に見込まれ、階段までの道にいた半数のモンスターが消えた。

 残りも放っておけば無力化されるだろう。


 恐ろしい範囲魔法だと思うと同時に、少し暢気なことも頭によぎる。


 こんな方法で攻略される迷宮が少し可哀想だと思ってしまった。

 きっとこの四十一層の構成には何日も費やしたはずだ。四十層を越えた者の為に、難し過ぎず簡単過ぎない難易度を設定したに違いない。クリアし甲斐のあるダンジョンにしようと、せっせと作っている千年前の僕を想像するだけ悲しいものがある。


 そんな製作者の思いなど知りようもない探索者ディアは、範囲魔法で洗い流された四十一層を見てガッツポーズを取る。


「手応えありだ! カナミ、見てくれたか!? ほとんどやっつけたぞ! マリアのやつにも負けないくらい魔力コントロール上手くなってるだろ!!」


 ふふんと鼻を鳴らして、魔法の成果をディアは自慢する。


「う、うん……。《ディメンション》で見たところ、階段までのモンスターがほとんど消えてるね……。危なそうな植物もなくなってるから、本当に綺麗さっぱりだ。凄過ぎて、色々と驚いてる……」

「俺はカナミの相方だからなっ、このくらいは当然だ!」


 褒められたディアは誇らしげに笑った。

 スノウと違ってディアに尻尾はないけれど、ぶんぶんと振られている犬の尻尾が見えたような気がした。こっちは小犬だ。


「むむぅ……」


 ディアが褒められているのを見て、後ろで見守っていたスノウが唸る。

 この一年で成長したと思ったら、仲間の一人が規格外の領域に足を踏み入れていたのだ。色々と思うところがあるだろう。


「う、うぅう……。やっぱり、もう私が一番弱いのかなあ……?」


 強さに自信があったスノウは、ディアの理不尽さに拗ねかけている。

 ディアは自分のせいで仲間が気落ちしているのを見て、すぐさまフォローを入れようとする。


「いや、でもスノウが本気になれば一番強いだろ? 俺がシスに乗っ取られているときに一回、例の『竜化』で戦って――」

「んー、あれは駄目。ノーカウント。捨て身だから、余り使いたくないんだ。『竜化』は私の強さって感じがしないし……。ティティーお姉ちゃんにも止められてるし……」

「そっか……。まあ心配するな、スノウ。焦らず、ゆっくりと力をつけていこうぜ。俺がいる限り、おまえが捨て身にならないといけないときは絶対来ない。いくらでも時間はある」

「お、おぉおお……。ディア様、かっこいいなぁ……」


 真正面から守ってやると宣言したディアに、スノウは感動して震えていた。

 最近わかったのが二人は地味に相性がいい。ディアはそこらの男よりも凛々しい発言をするときがあるため、スノウのツボを押さえることが多いのだ。


 仲間たちの仲の良さを確認したところで、僕たちは進行を再開する。

 神聖魔法で浄化された道を通って歩く途中、勢いに乗っているディアが提案をしてくる。


「なんだか今日は調子がいい気がするぞ……! 次も俺に任せてくれ、二人とも! このまま特訓した剣術のほうもやってみる!」

「え、剣術……? スノウ、どうなの……?」


 魔法を使うのならば安心して任せられるが、剣術となると話は別だ。

 聞けば、ヴィアイシアでスノウと一緒に剣の特訓をしていたらしいが、ちゃんと成果はあがっているのだろうか。


「剣術かぁ……。前も言ったけど、新兵程度の剣術うでの私相手に一回も勝ててないレベル。ちょっとお勧めできないかな……」


 仲間の安否を心配して、はっきりとスノウは首を振った。

 だが、ディアは心外といった様子で食らいつく。


「あ、あれは決闘形式の綺麗な一対一だったから負けただけだって……! 迷宮用の剣術が、ちゃんと他にあるんだ!」


 決闘と迷宮では勝手が違うと主張したいらしい。

 確かに人間相手とモンスター相手では技の選択は変わってくるだろう。知性の有無で駆け引きだって生まれる。

 人間には勝てなくても、モンスターには勝てるといった剣士がいても不思議ではない。


 だが、運動神経が絶望的なディアが、剣術でモンスターを相手にできるとはまだ思えない。僕とスノウが同じ疑いの目を向けていると、真剣な顔でディアは説明を始める。


「嘘じゃないぞ、二人とも……! いままで俺はアレイスの爺さんから教わった型に囚われ過ぎてたのがよくなかったんだ……。あれは立派な騎士たちの決闘剣術であって、探索者の俺向きじゃない。もっと俺は俺らしくやるべきなんだ。いまからそれを二人に証明してみせる……!!」


 筋道は通っていると思う。

 隻腕でステータスが偏っているディアは、普通の剣術が合わないのは間違いない。

 中々説得力のある話を聞き、僕とスノウは一度だけなら見守ろうという気になる。


 そして、綺麗に掃除された四十一層をクリアした僕たちは、四十二層に入っていく。


 四十二層も四十一層と同じく熱帯雨林のように植物まみれとなっていて、前に進むだけでも一苦労だ。どこを見ても緑の植物ばかりで、木の根や蔦が天然のスネアトラップになっているので一秒たりとも気を抜けない。


 当然、出現する敵は植物タイプ。

 前の層から少しサイズアップしたモンスターが、ディアの真剣術お披露目の相手となる。

 一匹目のモンスターはローズダイル。百メートルほど離れた地点で補足した。



【モンスター】ローズダイル:ランク42



 一目見た感想は薔薇と人の中間――歩く肉食植物だ。ただ、人間味の強い樹人ドリアードと違って、植物の割合が大きい。

 四肢の代わりに、野太い茎と刃のような葉。頭部と胸部の代わりに、赤い花が咲き誇る。おしべとめしべがあるはずの中央部分には動物に似た大きな口があり、鋭い歯がずらりと並んでいる。


 そのローズダイルに対して、ディアは意気揚々と剣で相手取ろうとする。


「二人とも、よく見ててくれ。これが俺の編み出した新しい剣術だ。……一撃で決める」


 正直、このエリアは剣術に向いていない。

 障害物が多く、足場も悪い。

 果たして、どのような剣術を見せてくれるのかと少し期待して見守っていると、ディアは前に進むことなく、この百メートル離れた場所で左腕の剣を振り上げた。

 隙だらけの上段の構えである。


 そして、その構えから先のない右腕を前に差し出して呟く。


「まず、手で捕まえて――」


 右腕から光り輝く魔力の腕が生成され、その潤沢の魔力に任せて伸びていく。

 ゴムのように右腕だけが伸びて、離れたモンスターに接近する。


 ――そこからは一瞬だった。


 伸びた右腕が敵に届く直前、急に手が膨張し、まるで巨大な獣のあぎとのようにローズダイルを呑み込んだ。唐突な攻撃を受けた敵は脱出を試みようとするが、ディアの濃すぎる魔力によって全身が握り・・締められているため・・・・・・・・・、身動きすらできない。


 つい最近僕も捕まったやつなので、ローズダイルの気持ちがよくわかる。視覚的には透明の腕だけれども、骨に皹が入るほどの力で握られるのだ。驚きと恐怖で、冷静な判断ができなくなる。


「――で、こっちに引っ張って――!」


 ローズダイルを捕まえたディアは伸ばした腕を縮めて、こちらに引き寄せる。

 そして、引き寄せられる先に待ち構えるのは、上段に構えた剣。

 当然だが、その剣にはディアの魔力が通っている。神聖魔法の強化で、おそらく切れ味や重量が何倍にも跳ね上がっているだろう。


「――力に任せてっ、全力で振り下ろす!!」


 引っ張られたローズダイルが到着した瞬間、ディアの剣によって敵は一刀両断される。

 ステータスの力と魔力による圧倒的な暴力が、四十二層を回遊していたモンスターを襲った。


 当然のように即死し、光となって消えていくモンスター。その隣で、きらきらと目を輝かせたディアが僕たちに感想を聞いてくる。


「どうだった!? 俺の剣術!!」


 とても褒めて欲しそうな顔をしている。ついでに、また見えない尻尾を振っているのも幻視する。

 ただ、期待しているところ悪いのだが、僕とスノウの反応は芳しくない。二人で十分に「んー」と唸ったあと、ハモるように答える。


「剣術じゃあないな……」

「剣術じゃあないね……」


 控えめに言っても剣術ではない。


「え、どう見ても剣術だろ!? 剣を使った技だ!!」

「いや、いまのって別に剣なくても問題ないような……」


 いまディアは僕が貸した剣を使っているが、もしなかったとしても結果は何一つ変わらなかっただろう。間違いなく、剣はメインじゃなかった。


「剣はいるぞ! 俺は剣士だからな!」


 しかし、いまのはディア的に剣術らしい。

 剣を掲げて自分の職業クラスを強調するディアを前に、僕とスノウは困るばかりだった。


 ディアの夢を応援したいのは山々だが、明らかな職業クラス詐欺に諸手をあげて賛同することができない。

 その僕たちの様子を見て、ディアは次なる剣術を見せて納得させようと発奮する。


「じゃ、じゃあもう一回! 今度は突きをやる!」


 もう一度らしい。


 仕方なく僕は、先ほどと同じように手ごろなモンスターを見つける。

 そのモンスターに対し、まずディアが取った行動は発光だった。


 威圧と目くらましを兼ねた光を先んじて放ち、剣の突きの構えを取る。

 ただ、ぼそりと――


「《ディヴァインアロー・スピア》……」


 魔法名を呟いているのを僕は聞き逃さない。

 先ほどと同じようにディアの剣に魔力が篭められる。その魔力が十分に溜まったところで――


「突きぃ!」


 ディアの咆哮が回廊に響き、魔法の剣先が伸び――先の光で視界を奪われている敵を貫いた。


 見事な一撃だ。

 即死したモンスターを見ながら、また僕とスノウの感想はハモる。


「うん。いい魔法だ」

「うん。いい魔法だね」

「――剣術だ!!」


 ディアは地団駄を踏んで、頑固として自分が魔法使いであることを拒否する。

 そして、またすぐに「次の技を見せてやる……!」とモンスター相手にディア流の剣術を披露しようとする。それを僕とスノウは生暖かい目で見守る。


 最初は恐々とディアの剣術を見ていたが、いまやちょっとした観戦ムードである。

 僕もスノウも口では面白がってディアを弄っているが、その流麗な連続魔法の構築に実は感嘆しているのだ。


 何より、ディアが魔力に頼り始めたということは『自分をよく知っている』ということでもある。初期のように剣のみで無謀な特攻をすることはなく、自分の長所を活かそうとしている。


 ディアの魔力という長所を押し付けられてしまえば、ほとんどのモンスターが圧殺だろう。なので、僕たちはディアに任せて安心できる。


 ディアが迷宮で自分の剣士としての矜持を失わず、なおかつ自分の魔力を活かして一人で探索している。スノウと同じようにディアも成長し、一歩大人に近づいているのがよくわかる光景だった。


 こうして、四十二層はディア流の剣術が大活躍することで、無事に攻略されていく。途中、ディアの剣術については「じゃあ『魔法剣術』でいこう」ということで話は纏まった。僕と同じ『魔力氷結化』の剣術と同じ分類だ。


 ――その後、僕たちは五十層に向かって、次々と迷宮をクリアしていく。


 一度は通ったことのある道なので、基本的に迷うことはない。以前の不眠プラス空腹という最悪のコンディションと比べると本当に楽なものだ。初見のものもないので、特に事故が起きることもない。


 そして、僕たちは半日かけて、『風の理を盗むもの』ティティーの階層だった場所まで辿りつく。


 もちろん、以前のような草原も嵐もない。

 彼女が世界を去ったことがわかる空っぽの空間だ。


「――よし。到着」

「へー、ここがティティー姉の階層かー」

「……何もないな」


 軽く三人で歩き回ったあと、移動用の《コネクション》を置く。

 これで当面の目的は達成だ。

 それから残りの時間は何しようかという話になり、僕たちはレベル上げをすることになる。


 ここから六十層まで向かうメリットは少ない。ノスフィーが存命の間は、あそこに《ディメンション》を置くことができないからだ。その結果、この五十層を休憩地点にして、前後の層でモンスターを狩るのが一番だと決まった。


 まだまだ元気なディアとスノウに引っ張られて、僕はいまやってきた階層に戻ってモンスターを探して戦っていく。


 もちろん、レベル上げの際、ボスは徹底的に避ける。以前、レベル上げの最中に軽い気持ちでボスに挑戦して痛い目に遭ったのを僕は忘れていない。三十四層のガルフラッドジェリーのやつだ。


 僕が手ごろな場所とモンスターを見つけ、スノウが敵の注意を引いて、ディアが魔法を打ち込む。それを繰り返し続け――効率的になってきたところで僕たちは船に戻る。


 この早めの撤退も前の経験のおかげだ。

 無闇にレベルを上げればいいというものではないと、一年前に僕たちは痛感している。レベルを上げすぎるとモンスターに近づいて、身体に異常が出るというのも知っている。


 狩りをする前に、誰のレベルをどれくらい上げるのかを決めないといけない。

 それが終わってから、本格的に黙々とレベル上げだ。


 おそらく、本土の大聖都フーズヤーズに着くまで、迷宮ではレベル上げだけになるだろう。


 まだ無理に迷宮の最深部を目指すときではない。

 まずは大聖都に行って、マリアとリーパーの二人と合流する。そして、世界樹に行き、最後の使徒であるディプラクラとも会う。全てはそこからだ。


 それまではレベル上げと休息に時間を費やそうと思う。


 ――そして、この日、徹夜で迷宮を潜り続けた僕は、倒れるように眠りにつく。


 おそらく、明日も仲間たちと迷宮でレベル上げだ。

 場合によっては、また徹夜になる可能性がある。

 体力回復は全力で行おう。準備は万全にして、体調も完璧にしておかないといけない。


 罠と奇襲の可能性だって――いや、可能性ではないか。


 ――罠と奇襲は必ずあるのだから。


 『光の理を盗むもの』ノスフィーが、まだ世界に残っている。

 だから、必ず・・だ。


 彼女は以前に「南で待っている」と言ったことがある。

 それを鵜呑みにはしていないけれど、確信に近い予感がる。


 『南連盟』大聖都フーズヤーズでノスフィーは待っている。

 いままでの『理を盗むもの』たちと同じように、千年前からずっと僕を待ち続けている。


 きっとノスフィーは全力で準備して、僕を待ち受けていることだろう。

 ならば、こっちも全力でレベル上げをして、万全のメンバーで挑戦するしかない。


 来るべきノスフィーとの戦いに思いを馳せ、僕は深い眠りの中に落ちていく。

 いつかの夢を見ながら、ゆっくりと落ちていく。

 その夢の内容はとても懐かしく、とても安らかで――


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