202.仲良し勇者様と魔王様

「やっぱり変だな……」


 六十六層に続く扉の前で、ヴィアイシアの暗い空を見上げる。

 昨日感じた空の歪みが拡大している気がして、つい足を止めてしまった。


 黒一色だった空に微かな色の変化が生まれている。雲間から陽の光が漏れるかのように、暗い空の歪みの隙間で微かな光が点滅しているのだ。

 もちろん、それは太陽のように明るい光ではない。黒の中でも目立たないくぐもった光――よく見ると、それはモンスターの落とす魔石の光に似ている気がする。


「え、空が変なのはいつものことでしょ? それよりも、早く入ろーよっ」


 その空の奇妙さなど、特にロードは気にかけることもなく僕の背中を押した。続いてライナーとノスフィーも六十六層の中に入っていく。


 そして、魔法の扉をくぐった先に広がるのはお馴染みの空の世界。

 広すぎる階層をエルフェンリーズが悠然と飛び、中央にある螺旋階段を登らせまいと目を光らせている。

 いつ見ても、その存在感溢れる風竜には圧倒されてしまう。

 だが、こいつを攻略しなければ先に進むことはできない。


 ライナーと二人ならば以前と同じ攻略法を繰り返すだけだが、今日は二人多いので別の手段を選ばないといけない。

 それを先ほどパーティーで相談したところ、ロードが胸を叩いて六十六層攻略を一人で請け負った。

 ロードが強いのは知っているが、それでも少し疑いながら最終確認を取る。


「おまえ、本当にやれるんだろうな……?」

「当然っ。ふふふっ、わらわがお役立ちキャラだっていうことをちゃんと教えてあげるよー」


 ここで役に立たなかった場合、ロードは追い返して三人パーティーで進むことになっている。僕としてはどちらに転んでも悪くないので、黙って見守ることにする。


「じゃあ行ってくるから、かなみんたちはここで見てて」


 自信満々な様子でロードは六十六層の草原を一人で歩く。

 これからあの空を覆う巨大竜を一人で相手取るというのに、そこに僅かな気後れもなかった。

 流石は魔王というところか。漏れる膨大な魔力のせいか、その背中には全てを任せられる安心感があった。


 ……しかし、ロードがまともに戦うところを見るのは初めてだ。


 伝説上の存在、王の中の王である『統べる王ロード』の戦い方とはどういうものか。後学のためにも、目に焼きつけるつもりだ。

 そして、昨日ノスフィー相手に見せた彼女の翼と銃剣を思い出す。

 正直、あんな武器を使っての戦闘なんて、子供心をくすぐられてわくわくが止まらない。僕はヒーローショーを待ち望む子供のような表情になってしまう。


 ロードは草原を進み、エルフェンリーズに近づき、その身に纏った濃い魔力を一箇所に集中させ始める。ただ、集めた箇所は昨日と違い、腕でなく喉だった。


 手始めに魔法を放つのかと思い、余波を警戒して身構える。

 しかし、そのあとに待っていたのは――


「エッルフェンッ、リーズちゃぁあああああーーーーーーーーーーーーん!!」


 気の抜けるような間延びした叫び声だった。

 それは家の玄関前で友達を呼ぶときと同種のものだ。

 親しげで、気さくで、軽すぎるかけ声。


 《ディメンション》で感じる限り、魔力で声を大きくしただけ。それ以外には何もない。


 その馬鹿でかい声を聞いたエルフェンリーズは太い鎌首をもたげてロードを見た。

 そして、続く言葉は――


「ちょっと通るねぇえええええーーーーーーーーー!!」


 子供のようなお願いだった。


「――は?」


 そんなのが通用したら苦労なんてするかと思ったが、すぐにその怒りの振り下ろしどころは失われる。

 なぜなら、エルフェンリーズはロードの要望を聞き届け、こくりと頷いたあと螺旋階段から距離を取り出したからだ。


 離れていくエルフェンリーズの背に、ぶんぶんと手を振るロード。

 戦闘は終わった。かつてないほど平和的に。


「…………」


 ……まあ、それは嬉しい。とても嬉しいことだ。

 何の被害もなく突破できるのなら、それはとてもとても喜ばしいことだ。


 ただ、あの風竜のせいでヴィアイシアで立ち往生していた僕たちの怒りはどこへ向ければいいのだろう。そんなことができるなら最初から教えてくれとロードに言いたくなる。


「ふふーっ。かなみん、どう? すごいでしょ?」


 ドヤ顔を見せるロード。

 その隙だらけの頭を脊髄反応ではたきたくなったが、強い自制心で抑え込む。

 いまは怒りを呑みこもう。この自慢げな顔をぶち壊すのは、地上へ戻ってからでいい。


「……すごいというか、あいつに言葉通じるんだな」

「いや、通じるのはわらわだけだと思うよ?」


 少し離れていたロードと合流した僕たちは、螺旋階段に足を向ける。妨害のない安全な階段を上がっていきながら、いまの戦闘のような別の何かについて話す。


「ロードだけ? それが『風の理を盗むもの』としての能力ってことか?」

「ううん。これはわらわが生まれもった能力だね。色んな子たちと意思疎通できるのが、子供の頃からの特技なんだよー」

「ああ、それで『統べる王ロード』ってわけか……。なら、おまえさえいれば、この迷宮のモンスターは全部避けて通れるってことか?」

「それは無理だよ。いまのはエルフェンリーズちゃんと仲良しだからできた技だからね」

「あれと仲良しって……、それは生前の話か?」

「いや、この千年、運動不足になったときはエルフェンリーズちゃんと鬼ごっこしてたからかなー。何度か殺しちゃったりしたけど、いまではお友達なんだよー」

「いや、殺したらお友達にはならないだろ……」

「え、お友達だよ? 会ったら、頭下げて挨拶してくれるし!」


 それはお友達じゃない。たぶん、舎弟とかそういうのになってると思う。


「しかし、あれと鬼ごっこか……」

「ふふー、わらわは強いからねー」


 空を飛べる者なら、竜と遊ぶのも可能かもしれない。けれど、相手は捕まれば即死を覚悟するしかない巨体の持ち主だ。あれと遊べる時点で、ロードのふざけた強さがわかる。

 

 そして、ロードが作ったらしい空中鬼ごっこのルールを聞いてもないのに聞かされるうちに、六十六層の螺旋階段の終わりが近づいてくる。


 頂上へ辿りつく前に、待ち受ける六十五層の情報を守護者ガーディアン二人組とも共有する。

 次の階層は、階段のみで構成された立体的に入り組んでいる迷路。

 そこに漂うモンスターの名前はリザードフライア。物理攻撃は全て回避し、魔法は風で中和という鉄壁の防御能力を持っている。

 その情報を守護者ガーディアン二人に伝えると、ノスフィーが片手を挙げた。


「なるほど、大体わかりました。では、次の層はわたくしの力をお見せましょう」

「ノスフィーが……?」

「一人で十分です。おそらく、わたくしの思い描いているモンスターと同一でしょうので」

「あ、ちょっと、待て……!」


 ロードの活躍に負けじと、徒手空拳のノスフィーが先陣を切って六十五層へ入っていった。そして、敵の位置など全く考えず、無造作に空へ続く階段を歩き出す。


 当然、近くにいたリザードフライアがノスフィーを目にして、ハエの如く飛び近づいてくる。

 リザードフライアの羽は、刃物のように肉を斬り裂く。

 このままではノスフィーが斬り刻まれてしまうと思い、その背中を追いかけようとする。しかし肩をロードに掴まれてしまい、出足が遅れる。


「おい、ロード! 何を――!」

「大丈夫だよ。だってノスフィーだし」


 ロードは心配ないと首を振った。

 その次の瞬間、ノスフィーは詠唱も予備動作もなく、極めて自然に魔法を唱えた。 


「――光魔法《ライト・幻影ファントム》」


 迷宮内だったので《ディメンション》は展開していた。しかし、ノスフィーの魔法構築を感じ取ることができなかった。それほどまでにノスフィーの魔法は流麗で高速――何より、自然だった。


 ノスフィーが軽く手を横に振ると、目を眩ませるような閃光が迷宮を奔った。

 しかし、その閃光の中を迷いなくリザードフライアは突き進む。そして、ノスフィーの身体を鋭い羽で斬り裂いた――が、立体映像ホログラムを斬ったかのように彼女の身体は透けた。


「……なるほど。これがリザードフライア。風を感覚器官の代わりにしていますね。しかし、感覚器官が鋭ければ鋭いほど、わたくしの魔法はよく通ります――魔法《再々反転する光リ・ライト》」


 さらに光は強くなり、染み込む様にリザードフライアを包みこむ。

 もちろん、その魔法の光が身体を浸食していると気づいたリザードフライアは、以前と同じように羽を鳴らして『魔法相殺カウンターマジック』をしようとする。

 だが、それをノスフィーは嗤う。


「もう終わりです。風のように速くとも、光の速さには追いつけないでしょう?」


 言葉通り、光速の魔法というわけではない。

 しかし、光に作用しているのは間違いなかった。ゆえにその光を浴びてしまったリザードフライアはなす術もなく、『魔法相殺カウンターマジック』を成功させる前に魔法の影響を受けてしまう。


 剥き出しになっていたリザードフライアの魔力が、戦意と共にしぼんでいく。

 そして、目の前にいるノスフィーから、ふらふらと離れ出す。

 自然界の蝶が自由を満喫しているかのように、何のあてもなくリザードフライアは空を舞い出す。


 その光景を見て唖然とする。

 対して、ノスフィーは納得したように頷く。


「成功ですね……。さあ、こちらへ、渦波様。モンスターの戦意を魔法で落ち着かせました。敵意さえ向けなければ、もう大丈夫でしょう」


 そう言って、ノスフィーは後ろで様子を見ていた僕たちを手招きする。しかし、僕は彼女の言葉を信じられず、臨戦態勢を解くことはできない。

 なにせ、つい昨日、僕はこのモンスターに殺されかけたのだ。できれば、常に五メートル以上は距離を取りたい。


「え、本当に、もう大丈夫なのか……?」

「はい。本能のみで動くような獣相手ならば、この程度は容易いです。光の魔法の使い手なら誰でもできますよ。……それよりも、その緊張を早く解いてください。せっかく無力化したモンスターが刺激されてしまいます」

「わ、わかった……」


 まずロードが笑いながら前に出て、それに僕とライナーも続く。

 飛び舞うモンスター(リザードフライア)と手が届く距離まで近づく。


「まだ表情が硬いですよ。できるだけ朗らかにお願いします」


 ノスフィーは両の人差し指で口の端を、くいっと吊り上げる。

 再三の注意を受け、仕方なく僕とライナーは抜き身の剣を鞘に戻した。

 探索者四人がこれだけ近づいても襲いかかって来ないということは、もう戦闘にならないのは間違いないだろう。そう信じて、少しだけ表情を緩める。


「ええ、それで大丈夫です。では、このまま上へと参りましょう。近寄ってきたモンスターは、わたくしの光の魔法で鎮めます」

「……道案内は僕がするよ。けど、その前に確認させてくれ。つまり、ノスフィーの魔法は心に作用するということか?」


 道順を覚えている僕が六十五層を先導しながら、隣を歩くノスフィーに聞く。

 精神魔法にはいい思い出がないので、どうしてもそれが気になった。

 ノスフィーは少し思案したあと、丁寧に説明を始める。


「ええ、そうですね。その考え方で間違いはありません」

「そ、そう……」

「しかし、闇の魔法と違い、光の魔法は強制的に他者の心を変えるようなことはできません。お互いの心を通じ合わせ、お互いの了承があって、初めて特定の感情を緩和することができます。なので渦波様の心配しているような真似はできませんよ」


 僕の表情から察したのか、ノスフィーは不安を晴らすように説明を続ける。

 どうやら、ティーダの魔法と違い、ノスフィーの魔法は色々と条件が多いようだ。


「お互いの了承が必要なのか?」

「はい。その平和的な条件が、闇の魔法との一番の違いでしょうね。モンスターも無駄に死ぬのは嫌がりますので、その心を突いて平和的解決を図ったということです」


 ノスフィーは軽く言うが、それは戦えば殺されると相手に思わせるほどの魔力があるからできる技だろう。おそらく、他の光の魔法使いにリザードフライアの戦意を奪うのような真似はできないはずだ。


「要は直感的に『話し合い』を行う魔法ってことか……? ただ『話し合い』をしただけだから、こちらの態度次第ではまた戦闘になる。だから、刺激するなって言ったのか」

「流石は渦波様。魔法の感性がいいですね。ええ、その通りです」


 小さく拍手をして、僕を褒める。

 だが油断することなく、三人目の少女に確認を取りにいく。ロードはノスフィーとの戦闘経験があり、千年前の光魔法にも詳しいはずだ。その彼女が違和感を覚えなければ、いまの話は本当ということになる。


 じっと見つめる僕をロードは不思議がる。しかし、すぐにいまの話が本当であると首肯してくれた。


 少し神経質かもしれないが、精神魔法の場合はこれくらい用心深くならざるを得ない。 それだけの経験が僕にある。

 また知らない間にじわりじわりと状況を詰められるのだけは絶対に嫌だ。


「えっと、せっかくだからノスフィーの魔法についてもっと教えてくれないかな? いま、僕は魔法の知識がほとんどない状態だからさ」

「もちろん、構いませんよ。では、まず光魔法の基礎である《ライト》から説明いたしましょう――」


 いまならばロードと擦り合わせることで、ノスフィーの魔法の嘘を判断できる。この機を逃すまいと、道中、光の魔法について根掘り葉掘り聞き出し続けた。

 そして、十近くの光の魔法を説明してもらう。その間、一度もノスフィーは説明に詰まらなければ、ロードに首を傾げられることもなかった。


 ……どうやら、彼女の言う『光魔法は平和的』は真実のようだ。


 こうして、ノスフィーの魔法を明らかにしていく内に、あっさりと僕たちは六十五層も踏破する。途中、何度かリザードフライが襲ってきたものの、全てノスフィーの光の魔法でお引取りしてもらった。

 昨日の死闘が馬鹿らしく思えるほど順調だ。


 そして、六十四層に入る。

 新しい層になったところで、後ろにいたロードが意気揚々と前に出てくる。


「さっ、新しい層だねっ。順番的に次はわらわが――」

「次の相手は精霊のモンスターですか。これもまたわたくし向けの相手ですね。ご安心を渦波様。こと平和的解決において、わたくしの右に出るものはいませんから」


 だが、ノスフィーが遮った。


「え? またノスフィー?」

「ロードに任せると、荒々しくなるでしょう? その点、わたくしなら戦うことなく進めます」

「い、いや、そうだけどさ。ずっとそれじゃあ、その、単調じゃん?」

「そういう問題じゃありません。……ちなみに渦波様はどちらのほうがよろしいでしょうか?」


 出番を待っていたロードに対して、ノスフィーは冷たかった。その話は筋が通っていて、反論などできようがない。


「そりゃノスフィーのほうが助かるよ。僕の目的は安全に地上へ帰ることだから」

「では失礼して」


 ロードを置いて、ノスフィーは先頭を歩き出す。この層のモンスター、グリーンハイエレメントの索敵範囲は広い。すぐに敵の感覚に引っかかって、風と共にワープしてくる。


 それを待ち構えていたノスフィーが光で迎撃する。


「――魔法《再々反転する光リ・ライト》」


 光を浴びたグリーンハイエレメントは、リザードフライアと同じように戦意を失う。そして、風船のようにふわふわと空へ舞い上がっていった。

 『話し合い』とやらで戦闘を諦めてもらったのだろう。


「成功です。では、さくさく進みましょうか。観光気分でも十分ですよ。むしろ、光魔法の性質上、観光気分のほうが安全です」


 振り返りながらノスフィーは笑った。僕とライナーだけでは脅威だったモンスターも、彼女の手にかかれば赤子をあやす程度のようだ。


「ああ、この調子だとさくさく進めそうだ」


 正直、この展開は予想外だ。

 地上に帰る上で最も厄介であろう六十層台のモンスターたちと戦うことなく進めている。このまま、あっさりと地上へ帰れる気がしてきたほどだ。


「むむう……」


 それをロードも感じているのだろう。

 不満足そうに唸っている。


 そして、六十四層を進みながら、ノスフィーは魔法の光を乱反射させる。寄ってきたグリーンハイエレメントたちは、例外なく風船のようになっていった


「――魔法《再々反転する光リ・ライト》」

「――魔法《再々反転する光リ・ライト》」

「――魔法《再々反転する光リ・ライト》」


 敵の奇襲は《ディメンション》で把握できている。そもそもノスフィーの反射速度が早いため、その警戒すらも必要ないレベルなのだ。

 まるで低階層の『正道』を歩いているかのように、何の問題もなく攻略を進めていく僕たちだった。


 予期せぬ好調に、僕とライナーは頬を少し緩ませる。

 ただ、次々とモンスターが帰っていくのを見て、ロードだけが慌てる。


「あわわわ……」


 こうして、僕たちは六十四層から六十三層へと、またとんとん拍子で進む。

 ここから先に棲息するのは精霊でなく幻想生物であるグリフォンだ。

 それをノスフィーに伝えると、少し困ったような顔を見せた。


「むむ、ペイルグリフォンですか……。これはわたくしの魔法ではどうしようもできませんね。グリフォンは死を恐れない生き物ですから、『話し合い』が通じません」


 どうやら、《再々反転する光リ・ライト》は相手のレベルや魔力ではなく、相手の気性によって大きく左右される魔法らしい。


「じゃあ、ここから先はどうしようか。普通に戦うか逃げるか……」


 この四人ならば撃退しながらでも進めるかもしれない。生前に戦闘経験が豊富だったであろう守護者ガーディアン二人の意見も聞こうとする。

 少しの思案のあと、ノスフィーが答えた。


「いえ、渦波様の手を煩わせるまでもないと想います。わたくしとロードで処理します」

「え、わらわとノスフィー……?」

「あなたの腕が錆び付いていないか、確認してあげますよ。それと、わたくしも鈍った身体を動かしたいので」

「ああ、そういうことか……。逃げて進むよりかはマシかなー。ノスフィーと共闘とか、ちょっと面白そうだしっ」

「確かに、あなたと肩を並べて戦うなんて、生前では考えられませんね」


 二人は笑い合いながら、魔法を構築していく。


「お姉ちゃんがすごいってところ見せてあげるよ! ――《ククールバヨネット》!」

「ええ、期待していますよ、ロードお姉ちゃん。――《ライトロッド》」


 守護者ガーディアンの特徴的な濃い魔力が収束していき、二つの武器が形成される。ロードは風で構成された銃剣、ノスフィーは光属性の魔力を棒状に固めた。


「お、おぉっ? ここにきて妹の追加!?」

「ええ、『いもうと』ですよ。……さて、まずは槍にしましょうか。続いて《転光槍ブリューナク》」


 ロードは姉と呼ばれたことに喜び、ノスフィーはにやりと笑う。そして、光の棒の先端に刃を付け足し、武器を槍に変えた。


「よーし、それじゃあわらわはこっちをやるね。ノスフィーは反対側でっ」

「ええ、承りました。お姉ちゃん」

「お姉ちゃん頑張るよ!!」


 本気でロードを姉とは思っていないだろう。だが、そう呼んだほうがロードのやる気が出ると思っているようだ。あざとく微笑みながら、お姉ちゃん発言を繰り返す。


 そして、二人が担当を決めたところで、数匹のペイルグリフォンたちに見つかる。

 四方からの敵襲に、僕とライナーは臨戦態勢を取る。


「いいから寛いでてっ。ノスフィーとわらわなら大丈夫!」


 しかし、ロードに咎められる。ノスフィーも同じ意見のようだ。

 仕方なく僕とライナーは構えを解く。対して、ロードとノスフィーは同時に駆け出した。


 そこからの戦闘は一瞬だった。

 二人の移動スピードは、速さに特化している僕とライナーを悠々と上回っていた。ロードは風に乗って滑空するかのように跳び、ノスフィーは外見に見合わない脚力で壁を走る。

 

 一呼吸の間もなく、直近のペイルグリフォンに迫り、その武器を振るった。

 その速度にペイルグリフォンは対応できない。

 単純な疾走と振り下ろしではない。ローウェンの技術を身につけているからこそ、二人の高レベルのスキルに気づくことができた。

 その予備動作の少ない自然な疾走は、体術の『すり足』に近い。いや、もはやスキル『縮地』か『瞬歩』とでも言えそうなほど、高次元の移動技に至っている。さらに二人の振り下ろしも、共に合理的な技術に裏打ちされていた。間違いなく、ロードは『剣術』――ノスフィーは『槍術』を持っている。


 急所に一撃を貰ったペイルグリフォン二匹が咆哮する。

 その巨体ゆえか、絶命には至っていない。爪で反撃をしながら、守護者ガーディアンたちから距離を取ろうとする。いつものように上へ逃げて、仲間を呼ぶ気なのだろう。


 だが、それを守護者ガーディアン二人は許さない。

 瞬く間に、風と光の魔力の奔流が回廊を埋め尽くす。その速過ぎる魔法構築にペイルグリフォンができることは何もなかった。


「――《ワインドアロー》ォー!!」

「――《ライトアロー》」


 ロードは叫び、ノスフィーは呟いた。

 二人の声量は対照的だったが、放たれた魔法は似通っていた。

 

 回廊を埋め尽くしたほどの魔力が瞬時に圧縮され、細い矢となる。

 その美しい形状の矢は、完璧な魔力操作コントロールであることを証明だった。

そして、その二つの細い矢は恐ろしい速度で飛来し、ペイルグリフォンへと襲いかかる。


 二人共、狙いは敵の脳天だった。

 寸分の狂いなく、同時に着弾し、同時に敵を絶命させた。

 光となって消えていくペイルグリフォンを見て、背中に寒気が走る。


 魔法は基礎中の基礎だった。

 しかし、その効果は『魔法の極地』としか言い現しようがない。

 密度、操作、速度、全てにおいて完璧で、その殺傷力はディアクラスだ。


 たった二手にてでペイルグリフォンを仕留めた二人は、次の敵を目指す。モンスターのほうも味方を殺した怨敵二人に敵意が向いていた。


 ロードの言ったように、僕とライナーにできるのは寛ぎながら戦闘を眺めることだけだった。 

 戦闘に危うげなところは一つもない。

 単純に二人の身体能力は高く、技のほうも豊富で高次元。なにより、魔法の対応力が異常だ。膨大な魔力を無駄にすることなく、状況に適した魔法を選んでいる。属性が『風』と『光』のためか、遠距離魔法が豊富で、逃げ出すペイルグリフォンを取り逃さない。僕よりも『魔法戦闘』のスキルの数値が高そうだ。


 ――『強い』。


 ただただ強い。


 その圧倒的な強さを前に、こちらへ向かってきていたペイルグリフォンたちは数分も経たぬ内に殲滅されてしまった。

 経験値は入らないが、落とした魔石は僕が拾っている。極めて理想的な迷宮攻略と言える……が、まだ背筋を這う寒気は止まらない。


「お、おまえら、そんなに強いのか……」


 準備運動を終えたかのような表情で戻ってくる二人を見て、震えた声を漏らす。

 当然だ。少し運命が違っていれば、この二人と戦っていたのだから。


「え、当たり前っしょ? これでも力で成り上がった王――かなみん的に言うなら『魔王』様なんだからさ。ぐふふ、昔はみんなを力で支配してやったぜー?」

「わたくしのような新参者が騎士たちを纏めるためには単純な力が最低限必要でしたので……。『御旗』とはいえ、全く戦わないというわけにはいきませんから……」

「かなみん的に言うなら、ノスフィーは『勇者』様だね。そりゃあ強いよ」


 二人が少し遠く感じた。久しい感情だ。

 眩しい。彼女ら二人こそ、主役になるべくした生まれた存在なのだと痛感させられる。

 妹の力を借りたり、反則紛いの真似を繰り返している僕とは格が違う。


 物語の『魔王』と『勇者』。 

 伝説として語り継がれる『頂点』と『頂点』。

 大陸を守り、大陸を導いた『救世主』と『救世主』。

 それがここにいる北の『統べる王ロード』と南の『統べる旗ノスフィー』。

 ゲーム的に考えるなら、彼女たちのどちらかが異世界物語の最後の敵ラスボスにあたるだろう。それほどの才気と圧力を感じる。

  

 二人とも、歩きながら当然のように回復魔法を使っていた。

 万能過ぎる……。

 本当に、どこかの一芸特化の魔法使いとは違う。


 この二人が手を組んでしまえば、誰も相手にならないのではないかと思うほどだ。

 ただ、この二人さえいれば迷宮攻略は約束されたようなものだ。


「じゃあ、このあとの戦闘も二人に任すよ……」

「ええ、お任せください」

「久しぶりのまともな運動だから、ちょっとがんばるよ!」


 その後も、ノスフィーが上手くロードをおだてることで、迷宮攻略はつつがなく進んでいく。六十層に近づいていくと、戦意のない光属性のモンスターが多くなっていくので攻略は楽になるばかりだ。


 そして、僕とライナーはHPとMPを一切消費することなく、六十層へ辿りつく。

 ここまでくれば、難関と言える難関はないだろう。なにせ、上へ上へ目指している以上は、あとの迷宮攻略は簡単になっていくだけだ。

 地上への帰還は、ほぼ約束されたと言っていい。『詰み』によって六十六層から一歩も出られないのではないかと思っていた時期と比べれば、幸先は明る過ぎる。


 理想的な展開だ。

 だが、不安が薄い膜のように脳へ張りついているのを感じる。――理想的過ぎる・・・からだ。


 確かに、この二人さえいれば迷宮攻略は約束されている。しかし、逆を言ってしまえば――ロードとノスフィーが手を組んで敵に回れば、迷宮からの脱出は不可能ということになる。


 いまとなっては、それだけが不安だ……。

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