203.57層まで

 二人の守護者ガーディアンの協力のおかげか、以前の中断地点まで辿りつくのは早かった。

 以前とは違い、大した消耗もなく光り輝く大理石で構成された六十層に入っていく。

 ノスフィーが友好的である以上、そこは休憩地点と言っていい空間だった。


「さあ! 旅行の鉄則! 休めるときに休む! いつでも野営できるとは思わないようにね!!」

「旅行というか迷宮探索だけどな……」


 入ってすぐにロードは休憩を提案してきた。楽しそうに全く別の鉄則を得意げに主張する。


「しかし、ロードの言うことももっともですね。少し仮眠でもしていきましょうか、渦波様」


 その鉄則にノスフィーは賛同する。言葉少なく後ろに控えているライナーも頷いていたので、僕たちはここで一旦休憩をとることを決める。


「確かに、ずっと歩きづめだからな……」

「よーしっ、それじゃあかなみん。出発前に渡したやつ出してー」

「ああ、あれか。……はい」


 迷宮探索するなら必要だと言われ、『持ち物』の中にはロードの荷物がいくつか入っている。その麻袋や鞄を全て取り出して、迷宮の大理石の上に広げる。


「えーと、まずシートを広げて、こっちのテーブルを組み立ててっと……」


 その麻袋や鞄の中から出てきたのはピクニックセットと呼ぶべきものたちだった。それをロードは無駄のない動きで六十層に展開していく。そして、数分もかからぬ内に、かつて城の庭で行われていたティーパーティーの準備が終わった。


「そろそろお昼だからねっ。昼食をとりながら、お茶でも飲もうよ」


 手際のいいことに、お湯の入った水筒まで持ってきていた。


「そういえば、もうお昼くらいか……」


 ほとんど戦っていなかったとはいえ、僕たちは階層を六つも越えてきた。その距離だけでも大したものだ。今回は走っていなかったため、五時間前後経っている。

 ロードの提案は当然だと思い、僕も迷宮用の食料を『持ち物』から取り出す。


 それに合わせてライナーが後ろから一歩前へと出てくる。ティーポットを取って、全員分のお茶を用意しようとしていた。

 また前と同じように給仕係に徹するのかと思い、軽く注意する。


「ライナー、別にお茶の用意ぐらい自分たちでできるよ」

「心配するな、キリスト。立ちっぱなしで給仕するなんて真似は、もうしない。これは単純に手伝いたいだけだ。早くみんなで昼食がとれるようにな」

「……そっか。ありがとう、ライナー」


 ライナーの表情は以前とまるで違った。自らの悪癖を理解し、直そうとする意思が見えた。

 弟分の成長に感動しながら、僕はロードの用意したテーブルにつく。


 ステータス的に丸一日歩けるような四人だが、全く疲れないというわけではない。各々大きく息を吐きながら、配膳されたお茶を口につける。

 そして、ロードはピクニックに来たかのように軽く世間話を始める。


「っふうー。しかし、ノスフィーの階層だけあって、部屋も空気も綺麗だねー。ヴィアイシアの街だけだと飽きちゃうから、偶にはここまで遠出するのもありかも」

「いや、遊びに来たんじゃないんだぞ」

「かなみんたちは迷宮探索に来たかもしれないけど、わらわはピクニックのつもりです。休暇を堪能中です。……もぐもぐ」


 迷宮の中だというのに、ロードは寛ぎまくりだった。久しぶりに外食へ来たかのように笑顔で食料を口に詰め込んでいく。

 

「お、おい、食いすぎだ。ロード」

「でも、これがわらわのいつもの食事量だもん」

「迷宮内でいつもと同じくらい食ってどうする……。動くと吐くぞ。いいから止まれ」

わらわにとってはここで食べるご飯がメインなので、止まりません」

「この馬鹿……、まじで止まれ……!」

 

 ただ食べるだけだというのに、ロードの動きは俊敏で無駄がない。止めようとした僕の手を、食べ物を口に頬張ったまま器用に避ける。僕とライナーの食料がみるみる減っていく。 

 嘆息と共に、僕は諦める。 


「……まあ、いいか」


 順調とはいえ、一発で地上へ戻れるとは思っていない。

 いまロードが食べたものの代金はヴィアイシアに戻ったら請求して、また買い直そう。


 落ち着いて、紅茶に口をつけて体力の回復を図る。

 ライナーとノスフィーも僕と同様だ。さほどお腹に食べ物は詰め込まず、次の戦いに備えている。


 数分後、一人だけ満腹のロードは、お腹をさすりつつ席を立つ。


「っふぅー。食べた食べたー。いつもと違うところで食べるのって気持ちいいねー。それじゃあ、おやっすみー」

「この女……」


 食ったあと、すぐに寝転がるロードを見て呆れる。

 ライナーとノスフィーも同じ目を向けていたため、ロードは心底不思議そうに疑問を浮かべた。


「え? ご飯のあとは仮眠するんじゃないの?」

「そうだけど……、おまえの態度が気に入らない……」

「ええ!? 普通に酷い!?」

「いや、おまえの堂々とした食っちゃ寝を見れば、誰だってそう思うぞ」

「でも食って寝るって話だったじゃん! わらわは悪くないよ!」

「満腹のまま熟睡する気満々だろう、おまえ……」

「まあねっ」

「仮眠だって言ってるだろうが……。はあ……」


 ため息をつきながら、僕も席を立つ。そして、寝転がっているロードの近くの壁を背にして、腰を下ろす。そこへ食事を終えたノスフィーも僕に続いた。


「ロードの言うとおり、わたくしたちも仮眠しましょうか……。では――」


 続いた……というか、僕のすぐ隣に座った。

 そのまま僕に体重を預けて眠ろうとする。これまた吐息のかかる距離で、だ。


「ノ、ノスフィー、近い……」

「駄目でしょうか?」

「駄目というか、困る。色々と困る」

「…………」


 無言でじっと見つめ返すノスフィー。

 どうやら、このまま僕の隣で眠りたいようだ。だが、それだと体力の回復どころか、僕の色々なものが削れてしまう。精神力とか胃壁とか、生きるのに大事なものが色々と……。


「ぼ、僕が寝れなくなるから、本当に頼むよ」

「渦波様。寝れないというのは、どうしてでしょうか?」


 ノスフィーは吐息のかかる距離で妖艶に笑う。

 無駄な言い訳を重ねても状況が悪化するだけだと思い、正直に内心を吐露する。


「ノスフィーが可愛い女の子だから、落ち着かないってことだよ……」


 それを聞いたノスフィーの笑みは深くなる。


「ふふっ、うふふっ……。ありがとうございます。そう言われてしまうと、仕方ありません……」


 ゆっくりと立ち上がり、顔の引き攣っている僕から離れた。そして、「ノスフィー、こっちこっち」と手招きしているロードの近くに移動する。女の子は二人仲良く手を繋いで眠るようだ。


 それを見届けた僕は、すぐに身の安全のために最後の仲間を探す。


 ――ライナーのやつはどこに……って、遠っ!?


 食事を終えたライナーは、こっそりと百メートル以上離れたところで知らない振りをして目を瞑っていた。小走りしてライナーに近づき懇願し始める。


「ライナーっ、緩衝材に――」

「だから、それは嫌だ」

「せ、せめて近くに……」

「はあ、近くにいるだけだからな……」


 必死な僕の姿を見て、ライナーは渋々と頷いた。

 ……よし、盾をゲットだ。


 こうして、ロードとノスフィーは隣り合って寝転がり、僕とライナーは壁を背に目を瞑った。


 六十層の中は光で一杯だったが、目を焼かれるようなことはなかった。むしろ、暖かな光で落ち着くほどだ。

 もし敵が侵入したとしても、層の主であるノスフィーが感づける。そのため、周囲の警戒も大して必要なく、僕たちは心安らかに数十分ほど休憩することができた。


 そして、短い仮眠から目を覚まし、熟睡していたロードを叩き起こして、僕たちは迷宮探索を再開する。この清浄とも言える階層のおかげか、体力やMPは思いのほか回復していた。


「――ふう。よし、もう十分だ。そろそろ行こうか」


 みんなを連れて、五十九層の方角へと足を進める。ここから先は、また完全に初見の世界になる。警戒と共に次元魔法を強めていく。


「ライナー、ノスフィー、準備はいいか? 今後のためにも、できるだけモンスターを攻略しつつ進もうと思っているんだけど……」


 戦略の確認を取る。

 ここまで戦闘はなかったが、それは一つ前の迷宮探索で敵の特性を把握できていたおかげでもある。地上までの長い道のりを考えるならば、モンスターと戦って強さを確認していったほうが確実だ。

 しかし、それはノスフィーが首を振って否定する。


「と言いましても、わたくしの層に近いモンスターは攻略の必要はないと思います。基本的に光属性の魔力を持っているモンスターは他の生物に敵対行動はとりません。確認するだけ時間の無駄になります。攻略の必要があるとすれば、五十層に近づいて、もう一度モンスターの属性が変わったときでしょう」


 ――光属性のモンスターは敵ではない。

 薄らと感じていたことだ。

 光輝くモンスターたちは、どいつもこいつも戦意がなさすぎる。


「なんで光属性のモンスターは僕たちに襲いかかって来ないんだ……?」

「そういう属性だからと言えばそれまでですが……。先ほども少し説明しましたが、光属性の基本は『話し合い』ですからね。『争い』ではなく『話し合い』――それが『光の理』の理想なのです」


 それは『光の理を盗むもの』であるノスフィーにも言えることなのだろう。その力で千年前の戦いを平和的に解決してきた自負が、表情から読み取れる。

 

「なら、光属性のモンスターは放置していったほうがいいのか」

「ええ、それが最も賢い選択です。おそらく、五十五層あたりまでは歩いて行けるでしょう」


 ノスフィーは光属性の専門プロであり、迷宮の主でもある。

 その言葉に安心して、僕は五十九層へ続く階段を上がっていく。

 ただ、僕たちのパーティーの最後尾で不満そうな声が漏れる。


「う、うぅむむぅ……。やばい。迷宮攻略って思ったよりも楽じゃん。これじゃあ……――」


 不穏なことを言っているロードだった。

 だが、声に出してくれるから安心できるほうだ。淡々と笑顔のままで、何かを腹に抱えられるよりかはずっとマシだ。

 正直、何を考えているのかわからないノスフィーのほうが怖い。


 隙のない笑顔でノスフィーはロードの手を引く。


「さあ、行きましょう。ロード、ぼうっとしていると置いていきますよ?」

「う、うん……。うぅ……、ずっと、みんなヴィアイシアにいてくれたらいいのに……」


 ロードは駄々をこねる子供のようだが、身に纏う魔力は凶悪だ。僕たちが地上へ近づくにつれ、その魔力が濃くなっている気がする。

 未練を解消し薄くなっていたローウェンとは逆で、未練が大きくなって存在感を増していっているように見える。


 口を尖らせて、ロードは呟く。


「この軽い空気が、ずっと続けばいいのに……」


 地上に出れば、いままでのようにはやれないと確信している言葉だ。

 それを耳にしつつも、無言で歩を進める。

 ロードの未練のためにも、地上に出ることは必須事項だ。早く彼女の理解者を連れてこなければ、その身の魔力は膨らむばかりだろう。


「ロード、文句はそこまでです。いいから行きますよ。渦波様に迷惑をかけてはいけません」


 ただ、物分りよく見えるノスフィーも油断できない存在だ。ロードと同じように、昨日から凶悪な魔力を膨らませ続けている。色々と未練解消を試しているものの、むしろ逆効果になっているとすら感じる。

 ノスフィーとの付き合いは長くなりそうだ。閉鎖的な地下でなく、やれることの多い地上でなければ彼女の未練は見つけられそうにない。


 後ろの守護者ガーディアン二人には地上が必要だということを再確認し、五十九層の中を進む。

 五十九層の回廊は一般的な階層と変わらない。いつもの石造りだ。

 ただ、その石が光り輝いていることだけが他と違う。


 六十層の真上の層なので、その光は視界を制限するほど強い。だが、僕には《ディメンション》があるし、風の魔法を使う二人も《ワインド》で大体の物の位置は把握できる。なにより、光の専門家であるノスフィーの存在が、この層の難易度を引き下げる。


「――《ライト》」


 光の調節など、彼女にとっては呼吸するのも同じらしい。

 たった一言、基礎魔法を呟いただけで、目を焼くような光は六十層と同じように優しく中和される。


 これにより、むしろ五十九層は通常の回廊よりも快適となる。

 地上の昼間のように明るくなり、遠くを闇のヴェールで隠すような薄暗さは消えた。

 

 進む道も、綺麗に均されているためか歩きやすい。迷宮の中ではなく、どこか立派な聖堂の廊下でも歩いているような気分だ。


 もちろん、モンスターのほうも問題ない。

 またふわふわと光の精霊たちが浮かんでいたものの、戦闘になることはなかった。できるだけ《ディメンション》で避けている上、もし進行上にいたとしてもノスフィーが念のために光の魔法で『話し合い』をする。


 隙は一つもない。

 かつてないほど余裕がある。

 地上への最短ルートを進まず、宝探しをしたくなるほど余裕だ。おそらく、ここは誰の手も入っていない領域だ。鍛冶に使えそうな千年前のアイテムがゴロゴロ落ちている可能性がある。


 装備作成にはまりかけている僕は、その誘惑に負けそうになる。

 しかし、いまの自分の目的を思い出し、何とかそれを思いとどまる。


 モンスターとの戦いではなく、自らの小さな欲との戦いがメインの階層だった。

 こうして、また何の障害もなく僕たちは五十九層を抜けていき、五十八層五十七層と順調に進んでいく。その途中で、立派な支柱ばかりの部屋や、吹き抜けの神殿などを見つけたが、特に厄介な造りの道はなかった。整地された道ばかりなので、体力の消耗も少ない。

 新手のモンスターと遭遇しても、ノスフィーに任せておけば戦闘は回避できる。


 本当に。

 本当に――


「――楽だな。このまま地上まで行けそうだ」


 いま歩いている五十七層なんて、その最たるものだ。地上の探索者の誰が見ても迷宮とは思わないことだろう。なにせ、横幅五十メートルほどの回廊が次の階段まで一直線に続いているのだ。まるで街の大通りを歩いている気分だ。視界の端に多様なモンスターたちはいるものの、賑やかし程度にしか感じない。


 しかし、船旅のときのトラウマのせいか、順調すぎると逆に不安になってくる僕だった。

 険しい顔で周囲を警戒しながら、慎重に進む。

 そんな僕の様子を見て、ノスフィーはおかしそうに微笑む。


「渦波様、心配はいりません。いくらか『話し合い』をしましたが、どのモンスターも話のわかる子たちでした。もしかしたら、このわたくしの温厚な性格が、モンスター達の性格に反映されているかもしれませんね」


 ノスフィーは胸を叩いて安全の保証をした。

 確かに、彼女の能力はそれを約束できるだけの力がある。


 ここまで順調に来られたのはノスフィーのおかげで間違いないだろう。もし、六十層の守護者ガーディアンが『光の理を盗むもの』でなければ、好戦的な敵に阻まれて半分も進めていない。


「助かる、ノスフィー。このまま三十層まで辿りついて、《コネクション》を置ければいいんだけど……」

「《コネクション》……、渦波様の転移魔法ですね。しかし、それでしたら、この層にも置けると思いますよ?」


 ノスフィーは両手を広げて、五十七層の空間を示した。

 確かに《コネクション》を置こうと思えば、ここにも置ける。

 いままで元守護者ガーディアンの階層以外のところに《コネクション》を置けなかった理由を思い出す。

 まず『正道』の結界が邪魔だったこと。そしてモンスターが《コネクション》を壊してしまうこと。この二つだ。


「確かに置けるけど、こんなところに置いてたらモンスターが《コネクション》を触って壊してしまうんじゃ……?」

「そのためのわたくしです。この付近のモンスターたちと『話し合い』をすれば、逆に魔法の扉を守ってもらうことも可能です」

「え、それは本当か……?」

「わたくしは嘘などつきません。本当です」


 とんでもないことをあっさりと言う。

 それは僕の迷宮探索の計画を根底から覆す情報だ。どのくらい重要かと言うと、地上に戻ったらエルトラリュー学院から光魔法を使う生徒を一人勧誘したいほど重要だ。

 自然と僕の顔は明るくなる。


「大変嬉しそうなところ申し訳ありませんが、六十層付近だけの話ですよ? あとはよほど温厚なモンスターのいるところでないと……」


 基本的に、この付近――つまり『光の理を盗むもの』の階層の近くだけの話のようだ。それでも道程の短縮のメリットは大きい。

 守護者ガーディアンのいない階層――つまり、三十層までショートカットはできないと僕は思っていた。しかし、もし五十五層に《コネクション》を置けるのならば十層分の短縮ができる。このペースならば、あと数日で一気に地上まで行けるかもしれない。


「それでも十分だよ。ノスフィーのおかげで終わりが見えてきた」

「ふふっ。渦波様に喜んでもらえるなら何よりです」


 その朗報を聞いて、心の底から笑いが零れた。それを我がことのようにノスフィーも喜んでくれた。

 ただ、それを悲報と思うやつもいる。


「ぉ、終わり……?」


 後ろを歩くロードだ。

 迷宮を進むことで曇っていた顔が、明確な終わりを示唆され歪む。

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