195.挑戦開始


「まずは南の『御旗』だったノスフィー。そして、その少女の騎士だったティーダ・ランズ、ローウェン・アレイス、ファフナー・ヘルヴィルシャイン。あとは北の『狂王』ロード。それに仕えたアイド、カナミ、セルドラ。この八人が戦時中の有名どころだな」


 知っている名前もあれば、知らない名前もあった。

 その危険人物の羅列の中に、使徒やティアラが入っていないことに違和感を覚える。いま地上に伝わっている話ほど、彼女たちは千年前で活躍していなかったのかもしれない。

 

「もし、ノスフィーの三騎士が六十層の守護者ガーディアンだったならば、絶対に戦うな。アレには誰も勝てん。生前、ロードとカナミが二人で戦いに行って一人も崩せんかったのを、わしはいまでも覚えておるよ」


 その中でもティーダ、ローウェン、ファフナーの三騎士は別格らしい。『始祖カナミ』でも倒しきれなかったことから、そのふざけた強さが窺える。

 とはいえ、その内の三分の二はもう魔石になっているのだが。


「いえ、ティーダとローウェンの心配はいりませんよ。どちらも、僕が倒しましたから」


 なので、ふふんと鼻を鳴らして、少し自慢げに報告してみる。

 しかし、レイナンドさんはそれをすぐには信用してくれなかった。


「……あの二人を倒したのか?」

「ほ、本当ですよ?」

「……ああ、なるほど。つまり、罠にはめたのじゃな?」

「ち、違いますって! 罠なんて使ってません!」

「ならば人質か。それならばわかる」

「どんだけ僕って信用されてないの!?」

「一に謀略、二に謀略、三四に洗脳脅迫、五に謀略が坊主の信条なのだろう?」

「いや、一から五まで真っ向勝負で倒しましたって!」


 昨日の夜もやった口論が繰り返される。

 その反応から『始祖カナミ』の信用の低さがよくわかる。その過去の所業のせいで、長い時間をかけて身の潔白を訴え続けることになってしまった。


 結局、レイナンドさんにもティーダやローウェンとの戦いを一部始終説明することになる。それ以外、僕の疑いを晴らす方法はなかったからだ。


「――ふむ。ならば、あと警戒すべきはファフナー・ヘルヴィルシャインだけだな。あとの面子は坊主と会っても襲って来ないはずだ」

「ヘルヴィルシャインですか……」


 明らかにライナーのご先祖様である。聞けば騎士の名家であることから間違いなさそうだ。

 こうして、六十層の守護者ガーディアンについての対策を練っている内に、今日の仕事も終わりが近づいてくる。

 工房の片付けを終えると共に、レイナンドさんから指輪を貰う。

 これで指輪は三つになった。とりあえず、左手の薬指中指人差し指にはめてみる。

 

「では、レイナンドさん。明日はお願いしますね」

「ああ、こっちはわしに任せろ。坊主はゆっくり迷宮に挑戦するといい」


 最後に礼をして、工房から出て行こうとする。

 だが、レイナンドさんの家から出て行くところで、またベスちゃんに出会う。どうやら、僕の仕事の終わりを待っていてくれていたようだ。

 その手の中には昨日と同じお菓子があった。


「騎士団長様、お疲れ様です。えっと、その……」

「ありがとう、今日も作ってくれたんだね。けど、無理してまで作らなくてもいいんだよ? お菓子作るのも一苦労でしょ?」


 お菓子を受け取りながら、できるだけ朗らかに声を返す。

 しかし、ベスちゃんはぶんぶんと首を振ることで否定した。


「いいえ! 全然苦労なんかしてません! これは私が好きでやっていることだから、騎士団長様は気にしないでください! ……これは好きでやってるんです。ええ、ずっとずっと、こうしたかったんです」

「そ、そう。なら、いいんだけど……」


 その力強い声に圧され、何も言えなくなる。子供の駄々ではなく、大人の信念に近いものを感じた。

 一瞬だが、ベスちゃんが僕と同じくらいの女の子に見えたほどだ。


「だから、これからもずっとお菓子を作らせてください。私、それだけが取り得ですからっ」

「じゃあ、ここで仕事をしている間は頼んじゃおうかな。僕がいつか『ここ』を出て行くときまでだけど」

「え……?」


 いつまでもここにいられるわけではない。それを早めに伝えると、ベスちゃんの顔が暗くなった。

 淡い期待を持たせるよりも、はっきりと言った方が彼女のためになる。そう思い、僕は言葉を続ける。


「ご、ごめんね。僕は早く地上に行かないといけないから……」

「地上に行く……? 『ここ』を出て……?」


 ベスちゃんの顔が固まった。そして、僕の言葉をかみ締めるように繰り返す。

 表情が固まっていたのは数秒ほどだけだった。すぐに表情を元の明るいものへと戻して、何度も頷き始める。


「そ、そうですよね! 騎士団長様は忙しい方ですから、仕方ありませんよね! あっ、今日はお菓子を多めに作ったから、どうぞ持ち帰ってください! お城の人たちと一緒に食べてください」


 納得はしてくれたようだ。

 しかし、相変わらず違和感は拭えない。

 いまのベスちゃんからは年不相応の気遣いが感じられる。レイナンドさんの言っていた『まだ残っている』部分が、彼女を惑わせているのかもしれない。


「その日までよろしくね、ベスちゃん。それじゃあ……」


 僕と話せば話すほど、ベスちゃんは千年前の記憶に苛まされるのかと思い、距離を取る。


「はい、さようなら。騎士団長様……」


 そのまま、レイナンドさんの家から出て行く。

 そして、二日目の仕事を終えた僕は、早足で魔王城へと帰っていく。

 街の人たちが向けてくる親しげな挨拶に、作り笑いで応えながら。



◆◆◆◆◆



 魔王城へと帰った僕に待っていたのは、小さなティーパーティーだった。

 なぜか、城の庭のど真ん中に大きめの白いテーブルが置かれ、その上にはテーブルクロスがかけられ、年期の入った紅茶セットが並んである。

 そして、高価そうな椅子に座ったロードが、優雅そうに紅茶をすすっていた。

 それを給仕しているのは、当然のようにライナーだった。慣れた様子でポットを持って、直立している。


「おまえら、今日は何してるんだ……?」


 僕の登場にロードは眉一つ動かさず、似非お嬢様っぽい仕草でティーカップをテーブルの上へ置いた。

 おそらく、ロードは自然体でも完璧なお嬢様になりきれる。なので、わざと似非お嬢様っぽくなるようにマナーの手を抜いているのだろう。


「何って、ピクニックだよ? 今日はお仕事が早めに終わったからね。かなみんを待ちつつ、お庭で遊んでたんだよ」

「どう見ても、ライナーはピクニックをしていないんだが……」

「いや、わらわも普通のピクニックを誘ったんだけど……。ライナーが給仕していたほうが落ち着くって言うから、こんな形になったわけで」


 ライナーのワーカーホリックな性分が、この歪なピクニックを形成したようだ。

 本人に目を向けるも、何がおかしいのかわかっていない様子だった。おそらく、生まれから今日までずっと、誰かに奉仕し続けてきたのだろう。彼の人生に悲哀を感じながら、僕はテーブルについて、ベスちゃんから貰ったお菓子を広げる。


「あっ、お菓子だ。食べていい?」

「ああ、ベスちゃんからおまえたちへの贈り物だから構わない。ライナーも席について一緒に食べよう。こういう贈り物は、きっちり席について頂くのが礼儀だからね」


 真っ向から言い聞かせてもライナーは給仕を辞めないと思い、人の好意と礼儀を盾にとって脅す。


「ん、それは確かに……」


 渋々とライナーは執事のような姿勢を崩して、席へとつく。

 その隙を突いて、僕はライナーからティーポットを奪って紅茶を三人分注いだ。


「あっ……」


 それを見たライナーは自分の仕事が不出来だと思ったのか、恥じ入るような顔になった。その反応を見て、呆れながら責める。


「なあ、ライナー……。いまのおまえは貴族ヘルヴィルシャインの騎士でもなければ、誰の従者でもない。ただの探索者ライナーなんだ。もっと好きにやっていいんだぞ? なんで、そう苦労ばかりしようとするんだ?」


 いい機会なので、ライナーの被虐的な性質を少しでも治そうと試みる。このままでは心労で倒れてしまわないかと不安だ。

 しかし、ライナーは真剣な面持ちで首を振り、よくわからない理論を振りかざしてくる。


「なんでって……、一番下の僕が雑事を行うのは当然のことじゃないのか?」

「一番下? ライナー、そんなことを思っていたのか。少なくとも僕とロードは、おまえを友達だと思ってるぞ。年齢も立場も関係ない対等な友人だ」


 すぐ隣のロードもクッキーをほおばりながら、うんうんと頷いている。


「対等な友人……。キリスト、それは違う。世の中には全て序列というものがある。そして、キリストは『始祖様』で、ロードは『王族』で、僕は『元孤児の貰われ貴族』だ。どう考えても、僕が一番格下だろう?」


 当然のようにライナーは語る。


 死闘を共に乗り越えて、心の通じ合う友になれたと僕は思っていたが、それは少し違ったようだ。余りにライナーは僕を上に見すぎている。

 僕のためならば命をも捧げるような危うさを感じた。ロードにばかり気を取られていたが、ライナーのほうも十分歪だった。


 その食い違いだけは訂正しようと身を乗り出したところで、ロードが声をあげる。


「ライナー、それこそ違うよ。始祖だろうと王だろうと孤児だろうと何だろうと、そんなの関係ない。みんな対等の人間だよ。少なくとも、わらわはライナーを下に見たことなんかないよ――」


 僕の言いたかったことを、ロードが代弁した。珍しいことにふざけた様子は一切なく、厳格な物言いだ。

 どうやら、いまのライナーの主張はロードにとっても許せないものだったようだ。


「いや、二人はいまの社会に疎いからそんなことが言えるんだ。世の中、対等なものなんてない。二人が言っていることは全て甘い幻想だ。というか、始祖様や王様相手に対等なんて言っていたら、地上に戻ったときの僕が危ない」


 はっきりと言い切る。

 それを聞いたロードは少しだけ迷ったあと、とても優しい顔になる。その表情は、少しだけ朝の高貴なロードを思い出させた。


「確かにそうかもね……。ライナーは正しいかもしれない。千年前の世界も、そんな感じだったよ。どこへ行っても階級があって、序列があって、差別があった……」

「そうだろ? いつの時代だって階級や序列は存在する。なくならないものなんだ」


 しかし、すぐにロードは高貴さを霧散させて、いつもの陽気な姿に戻る。 


「ま、なくならないなら、なくならないで仕方ないね! なら、もう友達とか飛び越えて家族になろうか! それなら対等でも問題ないでしょ? んもー、ライナーがわがままを言うから特別だよー?」

「は? な、なんでそうなる……?」

「仕方ないから、わらわが上で甘んじてあげる。つまり、わらわがお姉ちゃんで、ライナーは弟だねっ」

「いや、待てっ。本当になんでそうなる!? 僕には地上にちゃんとした家族がいるんだから、そんなことしなくていい。むしろ、これ以上姉なんて増やしたくない。ほんとにっ、心の底からっ!」

わらわがいいって言えばいいんだよ! 家族なんて多ければ多いほどいいんだからさ! さっきライナーは元孤児って言ったよね! 孤児院にいたときは、家族が一杯いなかった!?」

「そりゃ、孤児院のみんなは家族だったかもしれないけど……」

「この城も孤児院と似たようなものだからね! 今日からわらわたちは家族だよ!」

「は、はぁあ!?」


 その乱暴な理論にライナーは大口を開けて戸惑う。


「ほーら、ライナー。お義姉ちゃんがクッキーあげるよ」


 どうやら、強引にライナーを甘やかすことにしたようだ。ロードは自分が保持していたクッキーをライナーの口へと突きつける。

 やり方は稚拙だが、悪くはないと思った僕もそれに倣う。

 

「よし。なら、お義兄ちゃんの僕もクッキーをあげよう」

「なんでだ!?」


 僕が持っていたクッキーも、全てライナーの前に置いていく。

 ライナーが自分を蔑ろにすると言うのなら、僕たちはそれ以上にちやほやしてやるつもりだ。


 戸惑い続けるライナーに僕たちは奉仕し返し続ける。

 ロードはライナーの肩を揉みながら欲しいものを買ってあげると囁く。僕は減っていく紅茶を注いで、ライナーを労わる。

 混乱しながらも、ライナーは何とか声を出す。


「い、いや、なんかうちの姉様や兄様たちと違うぞこれ……」


 僕たちがやっているのは平民の家族の関係だろう。

 だが、あえて僕たちはそうしている。貴族の養子として肩身の狭い思いしてきたライナーを少しでも癒してあげたかった。


 だが、問題が一つある。

 ロードはライナーだけでなく、僕にまでべたべたしてくるのだ。

 得意満面な姉面あねづらをして。


「しかし、困った。これだと僕とロードまで家族になってしまう」

「なんで、そこで嫌そうな顔!? い、いーじゃん。かなみんの妹の代わりとまでは言わないからさっ、少しはお姉ちゃんとして扱ってよ!」

「残念ながら、ライナーみたいな弟は欲しいが、おまえみたいな姉はいらないんだ……」

「知りたくなかった事実! な、なんで!? わらわってば理想的なお姉ちゃんでしょ!? ベスト・オブ・姉でしょ!?」

「料理一つできない姉とか、正直ありえない……」

「なんだとう! そこまで言うなら、やってやろうじゃない! 今日の夕食はわらわに任せなさい!」


 ぷんすかと怒りながらロードは、城の庭から厨房へと向かい出す。本気で夕食を自分で作る気のようだ。野菜を切るくらいしか能がないくせに。


「ライナー、あの頼りない姉の世話をしてやってくれ」

「ちっ、仕方ないな……」

 

 ロードは後ろからついてきたライナーを歓迎する。姉弟で料理するというシチュエーションが嬉しいようだ。

 その様子を後ろから眺めつつ、ほっと一息をついて椅子に深く座る。


 悪くない時間だ……。

 ロードの未練を察することもできず、ライナーの過去を詳しく聞く余裕もない僕だが、このくらいのことは協力できる。

 『ここ』にいる間くらいは、この三人で和気藹々と楽しめる時間くらいを守ろうと思う。


 なんとなくだが、少しだけロードの気持ちがわかった。

 確かにこんな時間がずっと続くのも悪くないかもしれない。

 世界から隔絶された『ここ』ならば、いつまでも幸せに暮らせるだろう。間違いない。

 

 だが、その果てには何もないだろう。

 ロードは消えることなんてできないし、僕は妹と仲間を助けられないし、ライナーの歪んだ生き方は治らない。何も解決はしない。


 だから、明日僕は迷宮へ行く。

 ロードがそれを望んでいないとしてもだ。


 その日――、ロードの作った不出来な夕食を囲んで、夜遅くまで僕たちは談笑した。

 


◆◆◆◆◆



 そして、迷宮生活三日目の朝がやってくる。



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP293/293 MP945/945 クラス:探索者

 レベル22

 筋力12.55 体力14.12 技量18.57 速さ22.96 賢さ18.67 魔力38.34 素質6.21

【スキル】

 先天スキル:剣術3.79

 後天スキル:体術1.56 次元魔法5.27+0.10 魔法戦闘0.73 感応3.56

       編み物1.07 詐術1.34 鍛冶0.92 神鉄鍛冶・・・・0.44



 今日までの仕事の甲斐あってか、順調に鍛冶スキルが育ってきている。

 そして、体調とMPも万全だ。昨日の夜のうちに全ての『空白の指輪』に魔力をこめたので、『表示』で見える数値以上の魔力が貯まっていることだろう。

 《ディフォルト》と《ディスタンスミュート》を乱発しても、そう簡単にMP切れは起きないはずだ。


 まずライナーへ今日の予定を教えないといけない。隣のベッドに眠っているライナーの頬を叩いて起こす。


「起きろ、ライナー。もう朝だぞ」

「ん、うぅ……。――っ!?」


 僕の顔を見たライナーは飛び起きる。

 いまにも魔法を使いそうなほど焦っていたので、僕も剣を抜きそうになってしまった。


「ど、どうした?」

「いや……、寝起きにキリストの顔は心臓に悪い……」

「僕の顔が?」


 そんなことを言われたのは初めての経験だった。近所の子供に顔が怖いと言われたこともなければ、動物に避けられたこともない。心臓に悪いと言われるほど特徴的な顔つきはしていないつもりだ。

 ライナーは僕の髪を指差したあと、指で鋏の形を作って訴える。


「キリスト、そろそろ髪を切ったほうがいい。長くなってきている」

「ああ、そういえばそうかも……」


 こちらの異世界に来てから、かなりの時間が経った。水晶の中にいた一年間は成長していなかったとはいえ、気になる長さになってきている。

 これではまるで――


「そういえば、この髪って陽滝の髪なんだよね……。そう思うと、途端に切りづらいな」


 形は渦波を取っているものの、この身体の妹のものだ。陽滝の髪だと思うだけで、前髪をいじる手さえも自然と優しいものになる。

 ふと、自分がナルシストのような仕草をしていたことに気づき、顔が赤くなる。できるだけ、そういうことは考えないようにしよう。


「だから、そういう気持ち悪いこと言うな……。あんたの身体が妹さんのものだってのは、僕もわかってる。で、そのせいかもしれないけど、なんか少しずつ女っぽく見えてきてるんだ」

「え?」

「僕が寝ぼけただけかもしれないけど、起きたときは知らない女の人がいたのかと思った」

「まさか、そんな……」


 確かに、身体が妹のものとわかってからは傷をつけないように気を使っている。いつもより、顔を洗う回数も増えたかもしれない。だからといって、女性っぽく見えるわけがない。

 あるとすれば、もっと別の理由。例えば、僕が身体の本来の性別を意識したことで、そっちに釣られている可能性。


 僕の『魂』が女だと認めてしまえば、『身体』がそっちに変化する可能性は否定しきれない。


「――よし、切ろう。男らしい髪に切ろう。いますぐ切ろう」


 僕は男、男、男!

 なので、心の中で男だと唱えまくる。


「とはいえ、地上に戻ったときは女っぽいほうが都合いいかもしれないけどな。十中八九、フーズヤーズでキリストは賞金がかかってる。人相が変わったほうが見つかりにくいと思うぞ」

「……女装して妹と再会しろって言うのか?」

「そ、そこまでは言ってないだろ……。すごい顔になってるぞ、キリスト……」

「とにかく、その案は却下。逆に見つかったほうがいいんだよ。フーズヤーズの敵がくるかもしれないけど、それ以上に仲間たちとも合流したいからね」

「ああ、そういうことか。なら、元の髪型が一番いいな。いま僕が切ってやろうか? こういうのは慣れてるから得意だ」

「……うん。よければ頼むよ」


 可哀想なので、なぜ得意なのかは聞かずに頷く。

 するとライナーは二本の指を『魔力風刃化』で鋏に変えて、器用に僕の髪を切ってくれた。その熟練の技から、子供の頃から横暴な姉の髪を整えていたんだろうなあと思わざるを得なかった。


「よし、これで完璧。元のキリストだ」

「ありがとう、ライナー。それじゃあ、そろそろ出ようか。あ、ちなみに、今日僕は迷宮のほうへ行ってくるから」

「は、早いな。もう行けるのか?」

「たぶん、新しい魔法が決まりさえすれば、一撃であの竜を倒せると思う」

「おおっ。流石だな、キリスト。その探索に僕は同行しなくてもいいのか?」

「今日は感触を試してくるだけだからいいよ」

「……わかった。なら、今日は特にロードのやつを見ておかないとな」


 ライナーは順調であることを喜び、絶対ロードに邪魔はさせないと宣言する。

 僕たちは自室で今日の準備を行い、いつも通りライナーはロードの監視に向かい、僕はレイナンドさんの家でなく迷宮へと向かう。一応、撤退用に部屋へ《コネクション》を置いてからの出発だ。


 早朝の街中を歩き、街の端の扉へと辿りつく。

 万全を期して《ディメンション・決戦演算グラディエイト》を展開したあと、六十六層へと入る。


 そして、広がる空の世界。

 その空を支配するのは、雲よりも巨大で自由な『風竜エルフェンリーズ』。


 僕は草原を歩いて、風竜の様子を見る。

 竜の頭から尻尾までを把握するだけで一苦労だ。まるで、鳶色の天井が蠢いてるように見える。


 いつ見ても、全く勝てる気がしない。

 けれど、今日は反則を引っさげての挑戦だ。とりあえず、触れさえすれば無力化できるのだから勝算はあるほうだ。


 とりあえず、六十六層を適当に歩いてみる。だが、地べたを歩いている内は、見向きもされない。ライナーが言ったとおり、六十五層と六十六層の間を行き来するものを狙うようだ。


 風竜と戦うには中央の螺旋階段を上がるしかなさそうだった。

 以前壊れてしまった階段は直っていた。迷宮内の造形物は一定時間が経つと修復される。おそらく、魔力を使った『想起収束ドロップ』の応用だろう。


 なので、前と同じように階段を使うことにする。

 一段一段上りながら、戦闘のシミュレーションを頭の中で行う。予定では二回魔法を唱えるだけで勝負は決まるだろう。

 前もって最初に使う魔法《ディフォルト》を構築しながら、少しずつ六十五層へと近づいていく。


 あと少しで以前に襲われた高度まで達する。

 その前に僕は宣言する。

 自分を奮い立たせるため、自分で自分に誓う。


「竜を殺すのは二度目か……」


 一度目と違い、今度は一人での竜殺しだ。

 しかし、泣き言をこぼしていられない。いまは『最深部の誓約者ディ・カヴェナンター』で妹のことに関する不安は消えている。けれど、最速で地上へ向かわないといけないことは頭でわかっている。


 だから――今日、ここで、風竜は倒す。

 迷宮ごと、最速で攻略してやる。

 そう心に決めたところで、空に浮かぶ太陽のような瞳二つと目が合う。


「さあ、それじゃあやろうか。――風竜」


 その挑発と同時に、空を埋め尽くしていた鶯色の巨体が落ちてくる。


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