196.風竜


 エルフェンリーズの攻撃は、以前と同じ全身凶器による体当たりだ。

 追随する『竜の風』も合わさり、台風そのものが押し寄せてきているのだと錯覚しそうになる。まさしく、災厄と並べられるに相応しい一撃だ。


 そして、落下してきた竜の巨体が螺旋階段と接触する。

 当然、鼓膜を破るような爆発音と共に、一瞬にして螺旋階段は砕け散る。


 エルフェンリーズは攻撃手段を変えてこなかった。以前の戦闘と全く同じ状況だ。やつは体格差を活かした突進が、最大の攻撃であると理解しているのだろう。確かに、その単純にて最強の攻撃を繰り返すだけで、誰も上へは帰れない。


 空中に放り出されながら考える。

 用意していた迎撃計画プランの中から、一番単純なものを選びとる。相手が単調攻撃をしかけてくるのなら、僕はそれを上回る単調攻撃を使うだけだ。それを可能とする反則ちからが、いま僕の手札にはある。


 計画プランは単純。

 《ディフォルト》で空間の距離を縮めて、エルフェンリーズの背中に乗る。そして、無駄なく《ディスタンスミュート》で魔石を抜く。それだけでいい。


 突進で階段を崩したエルフェンリーズが、空を旋回して返ってくる。

 そして、落下していく僕を見つけ、その山を飲みそうな顎を大きく開けた。砕けた階段の破片ごと僕を飲み込もうとしているのだ。


 しかし、そうはさせない。

 口の中に入る直前まで的を引きつけて、魔法を唱える。


「――魔法《ディフォルト》!」


 新しい次元魔法を使い、僕の上空の空間を圧縮する。

 次元属性の魔力に侵食されたことで、空は歪み、距離の概念は崩れた。

 その結果、上空の空間が、さらに上へずれる。それに釣られて、僕の身体も上へ持ち上がる。

 天高く打ち上げられる身体――それは物理法則全てを無視した跳躍だった。


 予備動作なんてものは一つもない。瞬間移動にも似た移動技だ。

 これでエルフェンリーズが僕を見失ってくれれば、話は楽だが――もちろん、そう簡単に話は進まない。


 エルフェンリーズの太陽のような瞳が僕を見失ったのは一瞬だった。

 『竜の風』の一部が僕の頬を撫でたのを感じたあと、すぐにエルフェンリーズは首を上に持ち上げる。そして、瞳の中に僕の身体を入れたあと、また顎を開けて、敵を呑みこまんと飛翔する。


「――次! 魔法《フォーム》《ディメンション・決戦演算グラディエイト》《ディフォルト》!!」


 補足された場合の対応は、もう考えてある。

 千に及ぶ次元属性の泡を空で弾けさせる。

 おそらく、僕の居場所を特定しているのは目でなく魔法だ。やつの『竜の風』が、アルティの炎のように感覚器官の代用を行っているのだろう。

 ならば、その感覚器官を騙せばいい。


 《フォーム》の泡が世界を少しずつずらしていき、エルフェンリーズの魔法の感覚器官が狂っていく。そして、《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で、エルフェンリーズの瞳と『竜の風』の動きを把握し、その認識の外を見つけて移動する。

 

 要はいつもやっている技――人の視界から消えるやつの上級編だ。


「――っ!!」


 敵を見失い、エルフェンリーズは戸惑う。

 しかし、すぐに再索敵するため、『竜の風』の領域を広範囲に拡大させた。広範囲――つまり遠くへ意識を傾けてしまった。

 ならば僕は、その裏をかいてエルフェンリーズの近くへと飛ぶ。


 そして、当初の予定通り、竜の背中に両足をつけることに成功する。

 無防備な背中が手の届くところにある。


 あとは小細工でなく、力技の出番だ。

 全魔力をこめるつもりで魔法を叫ぶ――!


「――魔法《ディスタンスミュート》!!」


 右腕が薄紫色に輝き、硬い鱗を無視して突き刺さる。

 魔導書の言葉を借りるならば、いま相川渦波の『領域』とエルフェンリーズの『領域』が繋がった瞬間だった。 


 物理的に見れば、雲のような巨体を持つエルフェンリーズにとっては蚊に刺されたようなものだろう。

 ただ、魔法的に見れば、次元魔法使いアイカワカナミという凶悪な病原菌ウィルスによってエルフェンリーズの存在が侵食されるという状況だった。


「グッ、ガ、ガアアアアアアアアア――!!」


 いままで優雅に空を泳いでいたエルフェンリーズの身体がよじれる。

 そして、鼓膜を破らんほどの――いや、常人ならば耳から血を噴出させるほどの雄たけびが響く。さらに拡散していた『竜の風』がエルフェンリーズの身体へと戻ってきて、背中に張りついている僕を剥がそうと吹き荒れる。


 負けじと僕は魔力をこめる。

 『竜の咆哮』と『竜の風』を身に食らっても、《ディスタンスミュート》だけは解除しない。

 竜の攻撃が温いわけではない。むしろ逆だ。エルフェンリーズにとってはただの補助であろう声と風だけで振り落とされそうになっている。いまにも腕が引きちぎれそうだ。


 やはり、ランク60の化け物ドラゴン

 もし普通に戦っていれば、レベルが足りないという理由だけで圧殺されていることだろう。


 だからこそ、このチャンスは逃さない。

 意識を右腕だけに集中させ、エルフェンリーズの領域をまさぐり――探す・・

 核となっている魔石を探す。


 巨体であることなど関係ない。体積や距離など次元魔法使いに意味などない。

 そういう次元の話を超えるからこそ、次元の魔法使いなのだ。

 これは『領域』と『領域』を交差させる魔法。

 『聖人ティアラ』が編み出し、『始祖カナミ』が完成させた最終で最高の魔法。


 ここに至っては、レベルの強弱なんて些細な問題など、とうに超越している――


「――魔法《ディスタンスミュート》! 抜き取れぇええええ!!」


 エルフェンリーズの魔石たましいを掴み――奪い、抜き盗る。


「ッガァアアァアアアアアアア゛ア゛アア゛アア゛――――!!」


 同時に肌を叩く振動が空を満たす。

 それは『竜の咆哮』なんて立派なものではなく、生の終わりを感じ取った生物のあげる断末魔――ただの悲鳴だった。


 自らの魔石たましいを失ったモンスターが至る最期は一つだけだ。

 空を覆っていた巨体の全てが徐々に透明化していき、光へと換わっていく。


 広い草原の世界に、ぱらぱらと光の雨が降り注ぐ。

 たった一体のエルフェンリーズが、ティアーレイという天候を生む。ランク60のモンスターの魔力の密度がいかに高いか、よくわかる光景だった。



【称号『天空の知友』を獲得しました】

 技量に+0.01の補正がつきます。



 僕は宙に放り出される。落下の衝撃を避けるために最後の《ディフォルト》を唱えて、地面へと移動する。

 そして、空から落ちてくる螺旋階段の破片をかわし、降り注ぐ光の雨を浴びる。


「……この世界の仕組みがわかった以上、もう派手な魔法は必要ないな。ただ背中を取って、魔石を抜くだけでいい」


 戦闘時間は数秒ほどだった。破壊された螺旋階段の破片が空から落ちるよりも早く勝負は終わった。


 この異世界では『魔石』が力の核となっている。

 ならば、それを攻撃することこそ、最も賢い戦い方だろう。そして、僕はそれに特化している魔法使いということもわかった。

 もはや、強いだけのモンスターに負けることはない。そう確信できる勝利だった。


 もちろん、一抹の虚しさはある。

 せっかくの剣と魔法の世界だというのに、裏技を使ってクリアしているみたいで少し気が引ける。けれど、いまはゲーム的な楽しみにこだわっている場合ではない。

 一刻でも早く地上へ戻るためならば、どんな反則だって僕は使うだろう。

 その裏技の犠牲となったエルフェンリーズに黙祷を捧げながら、手の中の魔石を『注視』する。



【ハイスカイベリル】

 空を支配する魔力の集合体。

 最高位の風属性モンスターからドロップする。



 僕の『表示』はハイスカイベリルという魔石を褒め称えていた。

 最高位という文字が書かれているこの魔石ならば、ヴィアイシアでも価値はあるかもしれない。


「あとは経験値……」


 最も期待していた数値を確認する。



【経験値:202345/135000】



 しかし、予想していたよりも経験値は低い。

 一気に10レベルくらい上がると夢見ていたので、少しばかり不満だった。

 とはいえ、前進しているのは間違いない。詰んでいると絶望していた頃と比べれば、遥かに気分は明るい。


 戦闘終了後のステータス確認をしつつ、周囲を見回す。

 平原の中央にあった螺旋階段が壊れてしまい、六十五層へ上がることは出来ない状態だ。

 《ディフォルト》を駆使すれば昇れないことはない。だが、出し惜しみなく戦ったため、残りMPは心許ない。予備の魔力である『次元の指輪』を消費してまで、未知の六十五層へ挑戦するのは憚れた。

 今日はエルフェンリーズを倒せるとわかったことで満足しようと思う。これより先は、ライナーと一緒に行くべきだ。二人がかりならば先の戦いも、もっとMPを節約できるはずだし、僕のレベルアップも済ませておきたい。


「一度戻ろうか。まだ焦る段階じゃない」


 周囲に散らばって瓦礫の中から抜け出て、街に繋がっている《コネクション》へと向かう。

 こうして僕は二度目の竜殺しを無事に果たしたのだった。



◆◆◆◆◆



 そして、迷宮から帰った足で、直接レイナンドさんの工房へ訪れる。

 もちろん、目的は――


「――ほう、『ハイスカイベリル』か。いいものを持ってきたな。これならば『ヴィアイシア』でも一級品だ」


 エルフェンリーズの魔石を見たレイナンドさんは、僕の表示と同じように手放しで褒めたたえた。

 このヴィアイシアでも通用する魔石だとわかり、僕はガッツポーズをとる。そしてすぐに『ハイスカイベリル』を使った武具について考える。


 『表示』で見る限り、属性は風だ。丁度、僕の仲間の属性と被っている。

 『クレセントペクトラズリ』のときのように、また剣にするのがいいかもしれない。


「あの、レイナンドさん。できれば、これを使って仲間の騎士を強くしたいんですけど……」

「以前来たとき、一緒にいた子供のことだな。風属性の魔法を使うのか?」

「はい。風魔法ばっかり使っているので、丁度いいかと思います」

「ふむ……。しかし、本気でいいものを作るならば、そいつの使っている装備全てを確認したいところだな。装備にもバランスというものがある」


 先日、全面協力を得たおかげか、レイナンドさんは鍛冶師として全力を尽くしてくれる姿勢だ。その細かな注文は、本気になっている証拠だろう。

 ライナーが指輪などの魔法道具を使って戦う場面は何度も見てきた。もしかしたら、身体のいたるところに魔法道具を仕込んでいる可能性がある。これから作るものと隠し持っているものの効果が被ってしまっては、せっかくの魔石が無駄になる。

 ライナーの強化に持ち物検査は必須のようだ。


「そうですね。ちょっとライナーに聞いてきます。ついでに、回収しておきたいものもありますし」


 確か、ライナーが愛用している『ルフ・ブリンガー』は折れたままだ。ローウェンとアリバーズさんのおかげで見た目はマシになっているが、あれの修復も行っておきたい。

 他の精神汚染武具たちを修復できた以上、『ルフ・ブリンガー』も問題ないだろう。


「よし、今日は坊主の相方の強化だな。すぐに行ってこい」

「はい」


 僕たちの強化はロードの救済に直結しているためか、レイナンドさんは嬉しそうに急かす。

 すぐにレイナンドさんの家を出て、《ディメンション》を街の中に広げる。

 変わり映えのない緑色の街が広がっている。ヴィアイシアの平穏の再現は今日も問題なく機能しているようだ。


 《ディメンション》の感覚は日に日に鋭くなっている。すぐにロードと一緒に草木を剪定している姿を見つける。昨日の豪邸とは違い、今日は一般路の飛び出た枝を落としていた。


 ヴィアイシアには自然を利用したオブジェが多い。


 例えば、左右に高さ四メートルほどの木が立ち並ぶことで生まれたトンネル。雨を弾くほど完璧ではないトンネルだが、木漏れ日が薄らと入り込み、幻想的な光景を見せてくれる。

 例えば、大樹の上に建つ家屋と、そこへ続く太い幹の階段。宝石や鉄どころか、一切の石材すら使われていない。そのためか、ヴィアイシアには大樹が多く感じる。それでも鬱蒼と感じないのは庭師であるロードの力だろう。どこを歩いても日の光を浴びられるよう、計算された剪定がなされている。


 他にも、まだまだ独特な特色がヴィアイシアにはある。


 その中の一つ。背の低い広葉樹が道しるべの代わりになっている公道に辿りつく。

 ロードが高枝切りバサミでパチパチ枝を落とし、ライナーはそれを拾い集めている。僕が姿を現すと、まずロードが仕事の手を止めて反応する。


「……ん? あれ、かなみんだ。鍛冶場での仕事はどうしたの?」

「あー、ちょっと頑張りすぎてね。修理するものがなくなったから、休みになったんだ」


 前もって用意していた言葉を返す。

 僕が自由であるとわかったロードは、高枝切りバサミを見せながら誘う。


「じゃあ、わらわたちと一緒に働く?」

「いや、いいよ。空いた時間は、レイナンドさんから鍛冶を教わろうと思ってるんだ。ロードに言われたとおり、装備から見直したいからね」

「あ、本当に装備から作り直すんだ……」

「魔法を覚えて強くなったライナーの装備を、鍛冶を覚えた僕が強くする。綺麗な役割分担だろ? というわけで、ライナーのサイズを測りに来たんだ。あと、いま持ってる装備もちょっと貸してくれ」

「ふーん、そういうことかー。じゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃってよ」


 ロードは何の疑問もなく許可する。ライナーも同様だった。

 本当に唐突な提案だったが、全く抵抗はなかった。為されるがままに身につけていた装備を出し、《ディメンション》で採寸を受けてくれた。

 途中、彼が装備していたものについて質問を飛ばす。下に着込んでいた鎖帷子の効果はわかりやすいが、指輪や腕輪の効果を正確に知りたかったからだ。

 そして最後に、ライナーが愛用している折れた魔剣について聞く。


「あ、ライナー。この『ルフ・ブリンガー』、一本にまとめてもいいか?」

「キリストが思うようにやってくれ。全部任せる」

「……わかった」

 

 本当に信頼しきっているようだ。僕に任せておけば、何もかも安泰だと思っているのが表情からわかる。その信頼に答えるべく、大きく頷き返した。


「じゃあさ、街の修理品が溜まるまで、かなみんは休みなの?」

「ああ、明日も休みだな」

「じゃあさじゃあさっ、明日は三人でさ、ピクニックにでも行こうよ! こっちの仕事も休みにするからさ!」


 ロードは名案だと言わんばかりに、はしゃいでみせた。

 しかし、その無邪気な視線が痛い。本当に僕が休みだと信じていて、それを三人で楽しもうとしている。

 けれども、いまとなっては地上への帰還はロードのためでもある。彼女の救済の一番の候補であるアイドを早く呼ぶためにも、それに付き合うことはできない。


「いや、今日は迷宮攻略の準備をして、明日はライナーと一緒に迷宮へ挑戦しようかなって思ってるんだ」

「え、えぇー……。もう迷宮リベンジ? あんなにボロ負けしたのに?」

「別にボロ負けはしてないだろ……。悪いけど、今日できるやつを明日実践で試したいんだ」

「う、うーん。まあ、二人は迷宮攻略そっちが本業なのは知ってるしね……。仕方ない。ライナーも行ってきていいよ……。まっ、どうせ、エルフェンリーズちゃんに負けるだろうしっ」


 そのエルフェンリーズを倒せたから、いまライナーを誘っているわけだが……。

 やはり、ロードを騙し続けるのは気が引ける。

 けれど、絶対に助けると心の中で誓いながら、当初の方針を取り続ける。


「そっか……。明日は一人かぁ……」


 本人は無意識だろうが、逐一こっちの心が痛む言葉を繰り返すロードだった。


「そ、それじゃあライナー、ちょっと装備借りてくから……!」

「ああ、いい装備を頼んだ」

「じゃあねー、かなみんー」


 ロードから逃げるように去る。彼女と顔を合わす度にこんな気持ちになるのだと思うと、地上へ戻りたいという気持ちはより強くなる。

 一秒でも早く迷宮攻略をするため、レイナンドさんのところへ駆け戻る僕だった。


「――戻りました!」


 工房へ帰ってくると同時に、ライナーの装備品をテーブルに広げる。

 ただ、それを眺めるレイナンドさんの表情は厳しかった。


「これは酷いな……」


 その理由は、ただものが劣悪というわけではなさそうだった。

 一つ一つ手に取って、眉間の皺を深くしていく。


「魔力増幅用の指輪に魔力爆発用の指輪……。こっちは強制加速用か……? なんにせよ、まともな思考をしておらんな……」

「そんなに酷いんですか?」

「こいつは帰ってくることを考えておらん。敵と一緒に死ぬつもりとしか思えん装備だ」


 武具に詳しいレイナンドさんから見ると、自殺道具にしか見えないようだ。


「あー、あいつらしいですね……」

「そこで、らしいという言葉が出てくるのか……。早急に、どうにかせんといかんな」


 ライナーの所業に慣れてきている僕は平気だったが、レイナンドさんは愕然としつつ妙な使命感を見せる。これも鍛冶師の矜持なのだろうか。


「こんな自爆用の魔法道具に頼らなくてもすむように、いい武器を持たせてやらんとな。まずはこの剣からやろうか……」


 ライナーがメインで使っている剣『ルフ・ブリンガー』に目をつける。

 迷宮で見つけたものの中でも、最も凶悪な能力をもっていた剣だ。あのとき、隣にスノウがいなければ、こいつに精神汚染されていた可能性がある。

 だが、その厄介な能力に見合うだけの切れ味を備えている。流石は千年前の剣と言ったところだ。


「いい腕をしておるな。しかし、この剣を作ったのは誰だ? 『神鉄』の技術なしにここまでいいものを作れるやつらならば、わしが知っているはずだが……」


 レイナンドさんに心当たりはないらしい。

 おそらく、千年前は千年前でも、レイナンドさんが死んだあとに生まれた剣なのかもしれない。


「それは僕にもわかりませんね……。迷宮で拾っただけなので……」

「まあいい。とりあえず、坊主が持ってきた『ハイスカイベリル』を使って、この『ルフ・ブリンガー』を修復、強化するぞ」

「了解です。……しかし、魔石でパワーアップかぁ」


 な、なんでだろう。

 すごいわくわくする。

 こう、なんというか……。一度折れた名剣が直るというシチュエーションに僕は弱いのかもしれない。ゲーム好きの一面が浮かんできているのがわかる。

 いつか、ローウェンも強敵相手に折れてもらい、僕の鍛冶スキルで直したいところだ。ラスティアラではないが、そのイベントを通っただけで強くなれる気がする。


 もちろん、それは気のせいだろう。

 現実的に修理を成功させなければ、パワーアップなんて起きようはずもない。

 要は鍛冶の出来が全てだ。


 『ハイスカイベリル』を使った鍛冶の失敗はしたくないので、レイナンドさんに聞く。


「難しそうな作業になりそうですが、僕の手伝いはいりますか?」

「そうだな……。確かに、この魔石を使った修復だけは失敗したくはない。こっちはわしだけに任せてもらおうか。坊主は昨日の残りを仕上げていってくれ」

「わかりました」


 役割分担をして、各々が鍛冶に取り掛かる。

 迷宮挑戦には一時間もかかっていなかったので、今日もじっくりと鍛冶に集中することができそうだ。

 初日とは違い、その一個一個が、明日からの迷宮攻略に直結するものばかりだ。僕は体力のペース配分も忘れて、夢中になって槌を振るい出す。


 ――そして、鍛冶を行いながら、想像する。


 この装備が完成したとき、僕とライナーのどちらが身に着けるべきかを考えるだけでも楽しい。縫製で仲間の水着を作っていたときも思っていたことだが、僕は戦闘よりも生産するほうが向いているようだ。

 数ある戦闘用スキルが妹のものだったとわかったいま、もはや確信の領域だ。


 そして、もう一つの生産スキル『縫製』を使用したときの失敗を思い出す。

 あのときは機能性だけを重視した結果、全員が茶色の水着になってしまうという手痛い失敗をしてしまった。セラさんの叱責はいまでも耳に残っている。


 つまり、生産者は自分の都合だけでものを作っていては駄目なのだ。

 それは隣のレイナンドさんを見ていればよくわかる。いま、彼の身体を突き動かしているのは、自分のためではない。武器を使う人のためだ。

 まず前提として、『ここ』に囚われているロードへの心配がある。そして、次に『この剣ルフ・ブリンガー』を使うであろう少年への心配がある。自傷を厭わないライナーの命を守るため、強い剣を作ろうとしているのが、その表情からわかる。

 その姿勢を見習わないといけない。


 つまり、前の水着みたいに「泳げればいい」だけでは駄目なのだ。

 修復するだけではなく、使う人の顔を思い浮かべて、よりよいものを生産する。それが一流の鍛冶師への道だろう。


「……んー」


 しかし、レイナンドさんにスキル『神鉄鍛冶』を教わったばかりの僕に出来ることは少ない。


 もう、おおまかな修復は終わっている。

 あとは仕上げに研磨とメッキをかけるだけだ。

 ただ、それで終わっては以前の茶色の水着と同じだ。水着に刺繍一つでもつけておくべきだったと後悔したのを思い出し、僕はライナーが使うであろう防具に細工を施し始める。最低でも、『新生する魔剣』というロマン溢れるものに見合う装備でないといけない。


 さらには頭の中で防具の完成品を思い浮かべ、彩色にも気を使い始める。

 どうすれば、ライナーに似合うものになるか。どうすれば、『新生する魔剣』と合うデザインになるか。少しずつ、探索者から生産者へと思考を切り替えていく。


 まずライナーの髪が映えるように、色のバランスを整える。さらに彼が騎士であることを強調するため、少しわざとらしく即興の紋章をあしらっていく。

 なぜだろう。オリジナルの紋章を考えるだけ心躍る。いわばこれは相川渦波パーティーのトレードマークとも言える。


 前々から思っていたのだが、ライナーは物語の中心に立てる人材だ。その向こう見ずな性格は、まるで少年漫画の主人公だ。

 少しだけアリバーズさんの気持ちがわかってきた。僕の装備を身につけているライナーを思い浮かべるだけで、興奮してきているのがわかる。


 つまり、英雄らしい人間には英雄のような装備を与えたくなるのは、生産者として当然の思考だったということだ――!


 ゆえに、スキル『鍛冶』とスキル『神鉄鍛冶』だけでなく、流れるようにスキル『縫製』まで発動する。

 なぜか、煮詰まった思考は――この装備に合う衣服も重要だ――という結論に辿りついた。

 布に妥協はせず、いまある『持ち物』から最高のもの取り出す。当たり前だ。水着のときの二の舞はしない。

 ライナーの体形は《ディメンション》で把握済みだ。彼のサイズにぴったりのインナーシャツを作成したあと、それに高速で刺繍を施していく。

 前と違い『並列思考』はないので作業スピードは落ちている。とはいえ一つだけに集中しているので、以前よりも正確な縫製ができているはずだ。大量生産ではなく、ライナーのための一点物を作ることに全能力を注ぎ込むことができたのは嬉しいことだ。


 必然と、以前の水着とは比べ物にならない出来のものが完成する。

 しかし、それでもまだ油断はできない。

 自分では満足がいくものであっても、他人から見ればそうでないということはよくある。


 《ディメンション》で装備と衣服を見たところ、手を加える余地はまだまだある。

 スキル『縫製』を発動させつつ、糸と針を手に持つ。


 ――まだまだやれることはある。急がないと……!


 こうして、自分自身の装備の強化はそこそこに、とにかくライナーの装備を魔改造し続ける僕だった。


 ――そして、三日目の仕事の時間が終わってしまう。


 今日の不運は、レイナンドさんが『ハイスカイベリル』という一級品を前に集中していたため、僕の暴走を止められなかったことだった……。

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