194.準備完了


 翌日の朝、以前と違う次元魔法を構築できるようになっていた。

 千年前の魔導書に書かれていた知識は偉大だった。それを読み込むことで、次元魔法への理解がかなり深まったのだ。『次元属性』は現代の地上だとマイナーだったが、千年前ではメジャーだったため、資料に困ることはなかった。


 他の一般的な属性と違い、次元属性の立ち位置は特殊だ。

 本の記述によれば、『次元魔法』は誰もが持っている才能である――らしい。

 他の属性魔法は才能がなければ一生使えないというのに、次元魔法は生きているものならば誰でも使えるとまで豪語されていた。


 誰もが自分の中に自分のための『領域』を持っていて、それがそのまま『次元魔法』の才能になる。人や獣、石や雲――例外なく万物が自分自身のための『領域』を持っているらしい。例えば、この『世界』すらも世界自身のための『領域』を持っているということだ。


 その誰もが持っている『領域』とやらに働きかけるのが次元魔法。

 そうアバウトに書かれていたのを見ても、僕は戸惑わなかった。要領を得ない抽象的な説明だというのに、まるで自分が考えたことのように理解できた。それを不思議に思い、著者を確認したがそこに僕の名前はない。だが、確かに自分と近しい感性なのは確信できる。


 奇妙な感覚の中、本を読み進めていくと、次は次元という言葉の概念についての説明がされていた。地上の本と違って、細かなところまで行き届いている。親切なことだ。


 まず、目に視える世界は一次元から三次元で構成されているという基本から始まる。そして次に、四次元五次元と続く高位の次元への解釈が書かれていた。それは魔法の知識というより、僕の世界の知識に近い。

 中には並行世界や異世界の存在も示唆されていたため、僕のような異邦人が執筆に関わっていたのは間違いなさそうだった。


 その乱雑な次元魔法の解釈を読み進めていく内に、少しずつ僕は次元魔法の扱いが上手くなっていく。ずっと僕に足りなかったものが補完されていく感覚だった。忘れていたものを思い出す感覚にも似ている。


 半信半疑だった次元魔法へのイメージが、書物というバックアップを得て強固なものへとなっていく。次元魔法ならば時空間の全てを操れる――と確信したことで、魔法の完成度は急上昇していった。


 次元を超えるイメージに、迷いが一切なくなる。

 元から才能はあった。僕に足りていなかったのは、確信――


「――次元魔法《ディスタンスミュート》」


 昨日までは指先までしか発動できなかった魔法を、今度は片腕全体に纏わせる。


 その薄く紫色に発光する腕が、部屋の中にあるテーブルへと近づいていく。

 そして、僕の身体とテーブルは触れることなく重なった。

 魔法は成功した。


 ただ、一秒ごとに膨大な魔力が消費されていく。情報を処理している脳が悲鳴をあげている。一刻も早く、この魔法の真の力を発動させなければいけない。

 テーブルの中をまさぐり、その存在そのものの核を探しに行く。


 目に視える三次元でなく、その上の四次元でもなく――誰もが持っている自分だけの『領域』目掛けて腕を伸ばす。

 そこは数では表せない魔法の次元。

 常識に縛られない魔力だけが存在する世界。

 テーブルが持つテーブル自身の為の『領域』。

 そこにぽつんと存在する『魂』を掴み取りにいく――!


 石のようなものを掴んだと思った瞬間、手を一気に引き抜く。そして、すぐに《ディスタンスミュート》を解除した。


 手の中には鈍く光る魔石があった。

 『魂』を抜かれたテーブルは光になって消えていく。それはモンスターが迷宮で死んでいくのと同じ光景だった。


「よ、よし、できた……! これで六十六層へ挑戦できる……!」


 一晩の研究と練習の末、ようやく《ディスタンスミュート》を完成させた。

 残りMP的に今日挑戦するのは無理だが、明日には風竜エルフェンリーズ相手に試すことができそうだ。

 おそらく、『始祖カナミ』が使っていたものと比べても遜色はないはずだ。もちろん、無機物ではなく生物に使うとなれば、難易度は格段に上がるだろう。

 けれど、それは魔力の消費で解決する問題だ。魔法の構築さえしっかりしておけば、注ぎ込む魔力の量次第でどんなものにも通用する。《ディスタンスミュート》とは、そんな問答無用の即死魔法なのだから。


 手の魔石を『持ち物』に収め、自分の腕を見つめる。

 次元の違う世界へもぐりこませた感触が、まだ残っている。

 そして、同時に《ディスタンスミュート》という魔法の次の感覚も残っている。


 いまの僕では、腕全体を覆うだけで精一杯だが、この魔法の真価は腕だけでないだろう。おそらく、この魔法の最終形態は全身を魔力で纏うことだ。

 一度魔法を成功させたことで、それを予期する。


 まだまだ僕は強くなれる。

 それを確かめたところで、食事を作り終えたライナーが部屋に入ってくる。もう魔法の練習している暇はなさそうだ。


 すぐに食事を摂って、今日の仕事をこなしにいかないといけない。

 朝食を終わらせ、ライナーに進展報告をしたあと、街へと繰り出す。


 今日の予定は昨日と同じ。僕はレイナンドさんの家で仕事をして、ライナーはロードの監視だ。

 仕事場である工房へと辿りつくと、そこには眉間へ皺を寄せたレイナンドさんがいた。

 今日も仕事が多いのかと身構えたが、全く逆の答えが返ってくる。


「もうやることがない。修理をやりすぎた」


 隣の倉庫に未修理品はない。

 昨日、鬼のような速度で修理をし続けたせいだ。

 

「え、全くないんですか?」

「ああ、うちの工房に頼まれていたものは全て終わった。あの倉庫の中にあったのは一週間程かけて終わらせる予定だったのだが……、坊主が来たせいで一日で終わってしまった」


 原因は僕が来たことでなく僕の音をあげさせようとしたことでは? と思ったが、何も言わずに苦笑いを浮かべる。


「ええと、なら今日の仕事は終わりってことでしょうか?」

「いや、坊主に仕事を与えるのは、わしの義務だからな。このまま返すつもりはない。……そうだな。緊急の要件を待ちつつ、鍛冶の訓練でもするか。わしも久方ぶりに自分の技を見直したい」


 それは僕にとってありがたい話だった。

 何の不満もないと頷いて同意する。


「坊主、何か修理の練習になりそうなものは持っているか? ぬしの次元魔法の空間から、ありったけを出してみろ」

「あ、はい」


 『持ち物』のことは当然のようにばれていた。隠すこともないと思い、持っている武器防具を全て取り出す。

 『アレイス家の宝剣ローウェン』から始まり破損した剣や篭手まで、ありとあらゆるものがテーブルに広げられる。


「壮絶な量だな。ふむ、中にはマシなものも入っているな。……というより、大変もったいないものが一つ目立つな」


 まずレイナンドさんが目をつけたのは『アレイス家の宝剣ローウェン』だった。


「えっと、それは親友の守護者ガーディアンの魔石を使った剣です」

「……どうりで石がいいわけだ。しかし、なんだこの無駄な装飾は。取っ払えば、もっといいものになるぞ。はっきり言って、見かけだけの造りだ」

「ですよね」


 『アレイス家の宝剣ローウェン』の装飾は、アリバーズさんの作品の中ではまだ大人しいほうだ。だが、彼の作品特有の格好つけが全て消えているわけではない。機能性だけを考えれば、削るべき部分は多い。

 見た目より能力を重視しているレイナンドさんは、鍔あたりの装飾を触りつつ「削るか」と呟いた。


 すると、『アレイス家の宝剣ローウェン』が鈍く光ったような気がした。まるで怯えるように身を震わせたようにも見える。

 スキル『感応』が勝手に発動し、死した守護者ガーディアンの気持ちを汲み取った。


「す、すみません、レイナンドさん。剣本人が嫌がっているようなんで、やめてあげてもいいですか?」

「剣本人だと? 坊主は剣の声でも聞こえるのか?」


 僕の世迷言に近い発言を聞いても、その真偽をレイナンドさんは疑いはしなかった。むしろ、興味津々といった様子だった。


「いえ、その剣限定です。……たぶん」

「なんだ。つまらん」


 ただ、将来はどうなるかわからない。

 僕は魔石が『魂』であることを知っている。次元魔法の使いようによっては、魔石を使った武具からは声を聞けるようになるかもしれない。


「ふうむ。このもったいない剣が駄目ならば、次はこっちのやつらだな」


 レイナンドさんは僕が迷宮で拾ったアイテムを指差す。

 確か、三十三層あたりでラスティアラと宝探しした際に見つけたものたちだ。『表示』に精神汚染と書かれていたので、どれも破壊済みだ。


「この壊れた武具たちは、なかなか見所がある」


 それはそうだろう。迷宮の中にあったということは、千年前の作品ということだ。レイナンドさんの目に適うのも当然だ。

 

「レイナンドさんなら直せるんですか?」


 『コールアウター』『アルルコンフェイス』『ブラッドソード』など、元は精神汚染で使えなかったものたちを見て、期待を膨らませる。


「試してみんとわからんな。基本的に刀身が折れているものを修復するのは不可能だが、やりようによっては直せるものもある。……よし、今日はここらへんを触ってみるか?」


 レイナンドさんは工房の隅にある棚から、修理用のものとは違う道具を取り出してくる。以前、アリバーズさんのところの工房で見たことがある道具だ。魔法道具作成のためのものと似ている。


「昨日使った道具と少し違いますね」

「その武具は魔石を使っておるからな。中には魔術式が編まれているのもある。そこもきっちり直すのならば、こっちの道具が必要だ」

「なるほど」


 ただ鉄製品を修理するのとは大分勝手が違うようだ。しかし、予期せぬ形で魔法道具作成の練習ができそうだった。


「坊主は魔術式を書けるのか?」

「ゆっくりなら、一通りは書けます」


 アリバーズさんのところで少し練習したおかげか、基本的なものは書ける。教わりながらならば、難解なものでも書ける自信はある。


「では、やろうか。これがうちで使ってる魔術式の書き込み用の道具だ。魔石の修復には特殊なものが多いから気をつけろ。例えば、傷の入ったところを研磨するのがこいつで――」


 レイナンドさんは道具の説明から丁寧に教えてくれる。

 昨日とは扱いが雲泥の差だ。

 そのわかりやすい説明のおかげか、すぐに魔法道具の修理の手順を理解することができた。


 そして、知識を固めたあとは、実践していくだけだ。壊れた武具たちを手に取り、修理へと取りかかる。

 初めは失敗するだろうが、元々は壊れたものだ。遠慮なく、スキル『鍛冶』の成長の足しになってもらおうと思う。


「それじゃあ、やりますね――」


 横にレイナンドさんがついてくれている状態で、僕は槌を振るい始める。動きのコピーならばもう終えている。折れた『ブラッドソード』の刀身を繋ぎ合わせ、穴の空いた軽兜『アルルコンフェイス』を修繕していく。


 形だけならば、すぐに取り戻すことは出来た。 

 もちろん、それだけで強度を取り戻すことはできない。基本的に武器防具というのは使い切りであり、修復は難しい。

 だが、ここは異世界だ。

 そして、レイナンドさんは『神鉄鍛冶』というふざけた名前のスキルの持ち主だ。


 次は、形を取り戻した武具たちに文字を刻むことで、元の力を取り戻させる作業に入っていく。直した武具防具に魔術式を書き込んでいくことで、魔石鉱石の力を最大限に引き出すのだ。

 その作業は超人的な精密さを要求される。とはいえ、いまの僕のステータスならばさほど苦労しない。一度、アリバーズさんのところでやったことがある上、隣のレイナンドさんが逐一教えてくれるおかげだ。ステータスの器用さのおかげか、喋る余裕すらある。


 問題なく、精神汚染持ちだった問題児たちが生まれ変わっていく。


 ただ、その間、黙々と腕だけを動かすのは時間がもったいないと思ったので、レイナンドさんにロードのことを聞く。昨日の夜、千年前のヴィアイシアのことを知れたので、聞きたいことは多い。

 すると、レイナンドさんは眉間に皺を寄せて、話すべきことを悩み始める。もちろん、身振り手振りで僕に『神鉄鍛冶』を教えながらだ。まだまだ余裕があるように見える。この人も大概おかしい。


「ふむ。記憶は思い出せなかったものの、城の書庫で千年前のことを知ったか」

「はい。けど、ロードが王である頃のイメージができなくて……。正直、ちょっと信じられません」

「それは仕方あるまい。いまの彼女とは似ても似つかんからな」


 レイナンドさんはぼそりと「坊主も同じだがな」と付け加える。ただ、いまは僕のことよりもロードのことだ。質問を重ねていく。


「あのロードが、本当に多くの国々を纏め上げていたんですか?」

「それは間違いない。あの頃のロードは、誰よりも王らしい王だった。その威厳は神に近く、そこに立っているだけで民を閉口させたものだ」


 いまとなっては尊厳なんて子供程度、そこにいるだけで人々を呆れで開口させることだろう。そのくらい真逆だ。


「ロードが王になる前のことは知っていますか? 本では孤児院に居たって書いていましたが」

「王になる前は庭師をしていたはずだ。だが流石に、そのさらに前までは知らぬな。……もし、知っておるとすれば宰相殿だけじゃな。確か、あやつも孤児院の出だったはずだ。血は繋がっていないが、姉弟にあたると聞いた」

「宰相……。もしかして、アイドのことですか?」


 宰相と聞き、地上の守護者ガーディアンを思い浮かべる。

 国での役職は彼のイメージとさほど遠くはない。

 むしろ、ロードと姉弟だったことに驚く。


「ああ、アイド殿のことだ。あやつはロードと坊主が消えたあとも、たった一人で北の国を支え続けた。王の帰還を信じて、最後まで戦い続けたまことの忠臣だ」


 家族でありながら、ずっと臣としてロードの傍に居続けたアイド。

 誰よりもロードのことを知っているのは彼だろう。


「なら、地上にいるアイドへ聞けば、ロードの未練がわかるのかな……?」

「む? いま、地上にアイド殿がいるのか?」


 そう言葉をこぼすと、レイナンドさんは顔を明るくして聞き返した。僕やロードを相手にしている顔とはまるで違うことから、生前のアイドの人徳の高さがわかる。


「あ、はい。迷宮の守護者ガーディアンとして彼は呼びだされています。また地上で国を作ろうとしているみたいですね」

「ほう、それは朗報だな。最も王と近しかったアイド殿がいれば、ロードの秘められた未練がわかるかもしれん。なにせ、二人は姉弟だからな。やはり、家族というものは別格だ」

「家族は別格――同感です。……あれ。なんだか、思ったよりも簡単そうですね。もしかしたら、地上のアイドと地下のロードを引き合わせるだけで、あっさり二人とも成仏するかもしれません」


 もし僕が守護者ガーディアンだったとしたら、陽滝と会えただけで成仏できる自信はある。

 やはり、家族と離れ離れになっているのは何よりも耐え難く、そしてその家族との再会は何にも代え難いものだ。


「そこまで簡単に行くとは思っておらんが、アイド殿を招くのは良い案だ。坊主さえよければだが、地上から連れてきてほしいところだが……」

「ええ、構いません。元々、アイドには用事がありますから、そのついでです」


 アイドから陽滝を取り返したあとは、そのまま簀巻きにしてここへ捨てに来よう。本当に丁度いい。


「よし。ならば、坊主には早く地上へ行ってもらわんとな。……確か、風竜のせいで迷宮を進めないのだったか?」

「そうですね。だから、あの風竜対策のアイテムを自作するため、ここで働いてました」

「うむ。修理も一段落ついたところだ。次は風竜対策の魔法道具を作ろうか」

「え、でも魔法道具を買うお金がないんですけど……」

「金のことは気にするな。いつか払ってくれればそれでよい。ロードのやつには内緒だぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 予期せぬ形でレイナンドさんから全面協力を得られることになり、歓喜で頭を下げる。

 迷宮攻略の手順が一気に縮まったのを感じる。やはり、こつこつとお金を貯めるのではなく、ショートカットを駆使するのが正解だったようだ。


 風竜対策の魔法道具へ取りかかる前に、修理した武具をテーブルに並べ、状態を確認する。

 もちろん、全てが完璧ではない。いくつかは失敗して、二度と使えなくなった。

 僕は『持ち物』の中にある武具の最終確認を行う。



【コールアウター】

 防御力6

【アルルコンフェイス】

 防御力4 耐魔力1



 この二つがそれなりに直ったもので、



【ヘルヴィルシャイン家の聖双剣『片翼』】

 攻撃力2

 片翼を失い、本来の力は失われている



 これは元から美品だったものだ。だが、こちらはもう片方が紛失しているので、本来の力は発揮できない。

 ちなみに『ブラッドソード』はご臨終なさってしまった。やはり、折れた刀剣の修復は一筋縄ではいかないようだ。

 

 『表示』で能力の確認を終えたあと、『持ち物』の中へと納めていく。

 その間に、レイナンドさんは近くの棚から魔法道具を取り出していた。

 翠色に輝く魔石のネックレスだ。それを僕に手渡す。


「まず、風から身を守る魔石だな。首飾りの『グリーンタリスマン』があるから、持っていけ。効果はわかるか?」

「ありがとうございます。『レッドタリスマン』を持ってますから大丈夫です」

「うむ。……しかし、よく使われる『タリスマン』の在庫はあったものの、他の魔法道具は一から作るしかないな。坊主、どんなものが欲しい?」

「……えっと、特にはありませんね。というより、その、実はもう風竜を倒す算段はついているんです。あるとすれば、使う魔法の燃費が悪すぎるのに少し困っているくらいですね。今日一日魔力回復に専念して、明日軽く挑戦しに行こうと思ってます」

「なんだ、そうだったのか。そこは流石の騎士団長殿様だな。ふむ、実力に問題がなければ、あとは坊主の燃費の問題を解消するだけか……。ならば、ここは魔力回復量を助ける魔法道具を――いや、魔力のストックを作ったほうがいいのか……?」


 レイナンドさんは手を顎に当て、僕を置いてぶつぶつと呟く。

 ひとしきり考えこんだあと、顔を上げて俊敏に動き出す。


「よし。作るものは決まった。手伝え、坊主」

「は、はい」


 近くの引き出しから見たことのない魔石を取り出して、すぐにそれを加工し始める。並行して、魔石を埋め込むリングも作り始める。

 レイナンドさんの熟練の技により、恐ろしい速度で新たな魔法道具が製作されていく。


 小一時間も経たないうちに、魔法の指輪が一つ完成した。


「足りない魔力を補うには、こういう方法もある」



【魔石『空白』の指輪】

 『 』の力を宿した指輪



「元は結婚式用の魔法指輪だったものだな。お互いの想いや魔力をこめ合って、交換することで絆を確かめ合う礼装だ。だが、戦闘用にアレンジすればこの通りだ。余分な魔力が溜まりそうなときは、その指輪に貯めるといい。少しは迷宮挑戦の効率がよくなることだろう」

「い、いいですね、これぇ! ちょっと試してみてもいいですか……!!」

「そうだな。出来を確かめる意味でも、一度試してみるといい」


 ゲームだとレアアイテムに近いMP回復手段が手に入り、妙に興奮してしまう。

 そして、仕事中に自然回復したMPを指輪に流し込んでいく。

 たったそれだけで、指輪の名称は変わる。



【次元の指輪】

 『次元』の力を宿した指輪



 かつて『魔法相殺カウンターマジック』対策に使われた指輪と同種のものとなる。

 魔法のブーストやMP切れの際の緊急手段だけでなく、『魔法相殺カウンターマジック』対策にもなることだろう。


「すごい助かります! これで不安だった魔力の問題も解消です!」

「うむ。それはよかった。ならば、あと数個ほど作ろうか。幸い、これの材料はまだある」

「お願いします!」


 こうして、僕たちは午後の時間を魔法道具製作に当てる。

 魔法の問題どころか、装備の問題まで解消され、風竜攻略の自信がついてくる。何度か挑戦を繰り返すことになるのかもしれないと思っていたが、一度目で撃破できそうな勢いだ。


 明日の朝にでも挑戦したいと思い、申し訳ないながらも仕事を休ませて貰うことを提案する。レイナンドさんはそれを快く承知してくれた。


「うむ。わしとしても早ければ早いほどありがたい。明日は存分に挑戦してこい。ロードがここへ様子を見に来たら、買出しに行かせていると言って誤魔化そう。あいつに知られると、十中八九面白半分で邪魔してくるだろうからな」


 さらにロード対策まで請け負ってくれた。

 僕とは少し違う理由かもしれないが、レイナンドさんもロードが迷宮攻略の障害になると思っているのだろう。

 これで心おきなく迷宮挑戦できる。


「ありがとうございます。できるだけ、早く地上へ向かいます」

「しかし、無理はするなよ。死ねば、それで全ておしまいだ。おそらく、難関は六十六層だけではない」


 六十六層さえ抜ければ、あとは敵が弱くなっていくだけだ。しかし、それでも油断は決して出来ない。迷宮の造りの厄介さもあるが、何より十の倍数の階層の存在がある。


「わかってます。六十層には、まだ見ぬ守護者ガーディアンがいます。きっと、千年前を生きた猛者の誰かが待っていると思います」

「ああ、一番の難関はそこだな。話を聞かないやつが出てきたら最悪だ。そうだな、特に千年前の人物で気をつけるべきは――」


 レイナンドさんは少し考えこんだあと、名前を出していく。


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