193.ロードと呼ばれる少女


 そして、その次のページに、ロードの詳細が書かれている。

 彼女の偉業が書き連ねられ、いかに偉大な人物であったかよくわかるようになっていた。自国の歴史書であるならば多少の誇張は仕方ないだろう。そこは適当に読み流していく。

 

 ページを進めていくと、南との戦争について記されているのを見つける。

 北の国々が滅びかけていたとき、〝颯爽と『統べる王ロード』なる少女が現れた〟と書かれている。

 続いて〝『統べる王ロード』のおかげで、南からの侵略を押し返し、北の国々は数年間の平和を手に入れる。だが、すぐに力を蓄えなおした南の国々がまた攻めてきた〟とも書かれてある。


 おそらくこれが例の千年前の大戦争にあたるのだろう。

 そこから先はずっと戦争を記しただけの年表だ。いつどこで戦いが起きて、どの将軍が出て、どのような決着になったかが延々と書かれている。


 その中に『レイナンド・ヴォルス将軍』という名前を見つける。やはり、あのお爺さんはヴィアイシアで有名だったようだ。いくつかの戦場で勝利をもぎ取っていた。

 だが、そうなると不思議なのは『ここ』の年代についてだ。


 歴史書によれば、そのあとヴィアイシアはずっと戦争続きだ。『ここ』のような平和なヴィアイシアは、もう訪れない。

 ならば、戦争前の数年間の平和を再現したのだろうか。ただ、そうなるとレイナンドさんの年齢が合わなくなる。


 もしかすると、『ここ』はヴィアイシアのいいところだけを切り取って作られた世界なのかもしれない。『想起収束ドロップ』の仕方と順番に気をつければ、できない話ではない。


 歴史書を大雑把に読み終えた僕は、次に『統べる王ロード』の英雄譚へと目を移す。

 しかし、本を開いたところで異常に気づく。本の中の幾枚かが破られていたのだ。僕は周囲に落ちていた破かれたページを拾ったあと、ロードの人生を追いかけ始める。


 英雄譚として遺されるほどの人生を送った少女の物語。

 それを簡潔にだが、読み進める――


 ――物語の主人公、〝ロード・ティティーは捨て子だ〟。


 北の大陸の辺境に生まれ、親に捨てられ、隠居していた老夫婦に拾われるところから彼女の物語は始まる。

 その老夫婦の元でロードはすくすくと育っていく。だが、心無い南の人間たちによる迫害によって、あっさりとその老夫婦は死んでしまう。その時点からロードは英雄としての才覚を発揮し始めていた。幼いながらも侵略してきた南の人間たちを知略で追い返す姿は、まさしく英雄の卵だ。

 その後、保護者を失った彼女は孤児院へ入ることになり、そこで未来の将軍たちと出会う。

 孤児院の登場人物の中に、アイドという名前があった。どうやら、二人は子供の頃からの仲のようだ。

 そして、そこで未来の配下たちと絆を深めたロードは、とある城へ『庭師』として勤めることになる。

 ここから物語は加速する。

 戦争によって北は滅びかけ、勤めていた城も陥落寸前になる。

 そこで英雄の卵であるロードが立ち上がるというわけだ。

 かつて孤児院で絆を結んだ仲間たちと共に、一度は南の人間に奪われた城を取り返して見せる。そして、ロードは庭師ではなく、死んでしまった城の王族の代わりに、自らを王と名乗り始める。

 その類まれなる魔法の才能と王の資質によって、ロードは北のあらゆるところで勝利をもぎとり、傾きかけていた戦場を持ち直していった。

 そして、民が北の国々を救えるのはロードしかいないと噂し始める中で発覚する驚愕の新事実。それはロードが北に伝わる最古の王族の血を引いているということだった。

 誰もが伝説の血の帰還を歓待した。北の王たちを統べる王の中の王、『統べる王ロード』が生まれた瞬間だった。


 こうして『ロード』の虐げられた人々を救う永い戦いが始まる――というのが彼女の物語の全容だ。


 まさしく、正道の成り上がり物語。都合の良過ぎる御伽噺。よくある英雄譚。

 不自然なほど、何一つ読み詰まるところはなかった。


 だが僕にとって問題なのは、その〝虐げられた人々を救う永い戦いが始まる〟のあと・・だ。そのあとの物語が僕は気になって仕方なかった。

 なにせ、まだ僕の名前である『カナミ』を見つけていない。間違いなく、この物語には続きがある。

 その続きを知るため、周囲の本へ《ディメンション》で検索をかけていく。


 MPを消費した甲斐あってか、日誌のようなものを見つける。

 この城に住んでいた学者の手記のようだ。その男はのちに本を残すため、あと・・の状況を書き留めていたようだ。


「ようやく、ここで『始祖カナミ』が登場か……」


 ――北と南の戦争が激化し、一進一退の接戦を繰り広げていたとき、『カナミ』という騎士がふらりと現れる。

 彼は南を裏切り、北に寝返った伝説の騎士と記されていた。ただでさえ戦神のごとき力を持っていた『統べる王ロード』に、『始祖』とまで呼ばれた伝説の騎士が加わったのだ。戦争の情勢は大きく塗り変わっていく。

 始祖カナミの力によって、北が連勝を重ねていく。そして、あと少しで北の勝利になる――というところで、手記に荒々しい文字が残されていた。


〝――『統べる王ロード』と『近衛騎士団長カナミ』が消えた。〟

〝――北の民を見捨て、南へと姿を消した。我らが英雄二人は裏切ったのだ。〟


 そう書かれていた。

 そこで手記は終わっている。レイナンドさんの言っていたことが本当ならば、この裏切りによってヴィアイシアは滅びる。


「これで終わりか。しかし、なんでロードは北の民を見捨てたんだ? 僕のほうは……、まあ、たぶん使徒シスを追いかけ回していた時期だろうから納得できるけど……」


 おそらく、『始祖カナミ』が北に寝返ったのは南に使徒シスがいたからだろう。そして、その使徒シスの動きによっては、あっさりと北を見捨てるであろうこともわかる。

 ただ、ロードのほうの理由は書物からでは予想できない。


「こういう手記、もっとないかな……」

 

 城に住んでいたものの生の声が集まれば、ロードの心の内がわかるかもしれない。

 そう思い、さらに《ディメンション》を使おうとしたとき、部屋の端に扉を見つける。書庫の隣にあるのならば、秘蔵書を保管している部屋かもしれないと考え、扉に手をかける。

 しかし、これにも鍵がかかっていた。


 少しだけ迷う。

 ロードは他の部屋には入るなと言った。しかし、それはつまり他の部屋には見られたくないものがあるということだ。

 思い出したくないと叫んだ『過去』の何かが……。

 

 自然回復していた魔力の全てを使い切り、人差し指に魔法をかける。


「……魔法《ディスタンスミュート》」


 リスクを恐れ、後回しにするのは嫌だった。

 紫色の魔力を纏わせ、人差し指だけ世界との位相をずらす。いまの僕にはこれで精一杯だが、小さな無機物が相手ならばこれで十分だ。

 《ディメンション》で鍵の構造を把握し、指を一本だけ突き刺す。

 大して複雑な構造はしていない。次元属性の魔力を操り、触りたいものだけを触り、かちゃりと鍵を開ける。


「よかった、成功した。出るときもこれで鍵を閉められるかな?」


 できればロードには知られたくない。

 物音を立てないように、ゆっくりと扉を開く。


「――っ!!」


 中の様子を確認し、息を呑む。

 書庫に入ったとき以上のショックだった。

 無数の絵画が乱雑に散らばっている――無論、それだけではない。

 先の書庫と似ているが、明確に違う。書庫と違い、散らばり方に確かな悪意があった。

 どの絵画も破損していたのだ。ほとんどのキャンバスが破かれ、叩き折られていた。中にはナイフのようなもので切り刻まれているものがある。誰かの手によって、絵画が壊されたのは間違いない。

 それも理性的な破壊ではなく、本能的な破壊だ。


 その人物の激情を表すかのように、ただただ当たり散ら・・・・・かされている・・・・・・。狂気すら感じる光景だった。


 僕は《ディメンション》と記憶能力を駆使して、バラバラになったキャンバスたちを繋ぎ合わせる。そして、繋ぎ合わせた絵画に書かれていたのは――


「――ロード?」


 いまの彼女とはまるで雰囲気の違う姿だが、確かに『統べる王ロード』が描かれていた。

 結い上げた長い髪を下ろし、豪奢なドレスに身を包んだ宝石エメラルドと見紛うほどに美しい少女。朝に髪を下ろしたロードを見ていなければ彼女と気づけなかったと思えるほど別人だった。


 絵画のロードの目に、いまのような愛嬌はない。

 ただただ冷たい瞳。どんな犠牲を前にしても眉一つ動かさないであろう一国の王女の顔していた。


 壊されていた絵画は、全て『統べる王ロード』の雄姿だった。


「つまり、ここは絵画の保管庫……?」


 壊れた絵画を繋ぎ合わせて確認しながら、保管庫の中を歩く。

 すると、部屋の奥の壁に無傷の絵画が数枚飾られているのを見つけた。破壊されつくした絵画の海の中、それは特に目立った。


 その絵画は他のものと比べ、あまりに拙い。王の雄姿は名のある宮廷画家が書いたのだと一目でわかるが、こちらはまるで子供の書いた落書きだ。

 だというのに、その落書きには最も高価そうな額縁が使われていた。


 並ぶ絵画の一枚目は『老夫婦』。

 とある草原に建つ一軒屋で、獣人のお爺さんとお婆さんが笑っていた。

 すぐにそれがロードの家族であると僕はわかった。その隣にロードの面影を残した幼女の絵も見つけたからだ。

 その幼女は、僕の知っているロードとよく似ていた。王の絵画とは違い、無邪気で陽気だった。


 そして続くのは、また草原に建つ『家』。

 ただ、今度は先の一軒屋と違い、少し大きい。一連の流れから、それが『孤児院』であると僕は推測した。そして、その孤児院の前に立つ子供たち。僕の知っているロードとそっくりの姿・・・・・・がそこにあった。

 さらに、その隣では細めの少年がロードの袖を握っている。その顔には見覚えがあった。正確には面影を感じ取ることができた。

 僕の知っている守護者ガーディアンアイドより二回り以上は小さな姿・・・・・・・・・・が、そこに描かれていた。


 飾られた絵画は、先ほど読んだ英雄譚に沿っている。

 孤児院の絵の次は、庭師として城で働くロードの絵。麦藁帽子を被ったロードが城の庭で、木々の剪定をしている。それに少しだけ大きくなった子供のアイドが付き従っている。


 ――笑っていた。


 破かれた『統べる王ロード』にはない極上の笑顔を、庭師のロードは見せていた。いまのロードとも、『統べる王ロード』とも違う笑顔だ。


 並ぶ絵画の物語は、その『城の庭師』で終わっていた。

 おそらく、ロードの笑顔もそこで終わったのだと、なぜだか僕は思った。


「ここにある絵を壊したのはロードか……? それとも、元々?」


 この城が『想起収束ドロップ』したときから、保管庫はこの有様だったのかもしれない。裏切りものである王の絵画が破かれているのは自然なことだ。

 もしくは、王である自分にトラウマのあるロード自身が、何らかの衝動の果てに当たり散らかした。そのどちらかだろう。


 他にめぼしいものは保管庫になかった。

 散らかった絵画はそのままにして部屋を出る。そして、また《ディスタンスミュート》を使い、ピッキングの要領で鍵を閉める。


「魔法について調べにきたけど……。思いのほか、ロードのことがわかったな」


 文字の上でだけだが、ロードの人生を大雑把に知ることが出来た。

 彼女という守護者ガーディアンと戦う上で、これ以上の収穫はないだろう。


 もう他に見るものはない。前もって集めて置いた魔法の本を数冊ほど手にとり、自室へと帰ることにする。


 廊下を歩く足が少しだけ緩む。

 ライナーにはロードを騙して地上へ向かうと言った。しかし、レイナンドさんの話を聞き、書庫の英雄譚を読んだことで、その決心が揺らいでいるのが自分でわかる。


 彼女はローウェンに似たタイプの守護者ガーディアンだ。

 根っから善性で、平和主義者のお調子者。

 認めたくないが、友達になってしまった。


 できれば、ロードを助けたい。助けた上で、地上へ戻りたい。

 だが、そう上手くいくかどうかはわからない。

 助ける方法すら、まだ全くわからないのだ。


 ゆっくりと城の中を歩き、何の答えも出ないまま自室へ辿りつく。


 そして、自室に帰ってきた僕の目に飛び込んできたのは、床に突っ伏したライナーだった。まだ小一時間ほどしか席を離れていないというのに、ライナーの身の魔力は空になっていた。

 付き添っていたロードに、呆れながら理由を聞く。


「ロ、ロード……。ライナーに何させたんだ……?」

「え? ちょっと本気で修練させただけだよ? 大丈夫大丈夫、明日にはちゃんと復活するから」

「ならいいけど……」


 ライナーは倒れてるが、穏やかな呼吸を繰り返している。

 ひとまず死んではいないようだ。


「おっ、かなみん。それ城の魔導書じゃん。よくあのぐちゃぐちゃな書庫から本を見つけたねー」

「ああ、苦労したよ。あれ、最初からああだったのか?」

「いや、わらわが調べものしたらああなった! もう二度と調べものしない!」


 悪戯小僧のようにロードは笑う。その姿に、破れた絵画の中の『統べる王ロード』のような威厳は全くない。


「さーて、ライナーはダウンしたし、かなみんも目的の本を見つけたし。わらわはそろそろ出てくかなー」

「そういえば、ロードはどこで寝てるんだ?」

「色んな人のところで厄介になってるよー。城なら、庭のどこかで寝てるかも」


 城には彼女の部屋がある。王の為の寝室がある。けれど、彼女はそこを選ばない。

 その自由なようで限定されている回答を聞いて、彼女の歪さに確信する。


「そっか……」


 だからだろうか。

 去っていこうとするロードの背中に向けて、僕は声を漏らす。

 意味がないとわかっていても、聞いてしまう。


「なあ、ロード。おまえが僕にしてほしいことってあるか? おまえの未練は何なんだ?」


 ロードの尻尾ポニーテールが揺れ、こどものような笑顔を振り向けられる。

 『ここ』で迷い続けているであろう少女は、迷いなく答えた。


「んー、そうだね。一緒に『ここ』で暮らしてくれたら嬉しいかな? だってわらわの未練は、『ここ』で平和に生きることだからね」


 違う。

 『ここ』で平和を得ても、おまえの未練は消えない。

 だから、千年も『ここ』に居続けている。


 ――とは言えない。


 そんなこと、とうの昔に彼女もわかっている。

 それでも、彼女はそう言うしかないようになってしまったのだ。


 結局のところ、ロードを理解してやることができなければ何も言う資格はないのだろう。

 まだ僕は彼女のことを知らなさ過ぎる。救うことなんてできやしない。

 だから、月並みな言葉を返すことしかできなかった。


「……それはできないかな。僕は地上へ行かないといけないから『ここ』では暮らせない。……けど、他におまえが望むものがあるなら、それをできるだけ叶えてやりたいって思ってる。それだけは本当だからな、ロード」

「ど、どしたの急に? ちょっと、びっくり」


 急に真剣になった僕を見て、少しだけロードは不審がる。けれど、それが心の底からの言葉であったことに気づき、はにかんでみせた。


「でも、ありがとね。かなみんにそれを言われるのは二度目だけど・・・・・・、それでも嬉しいよ」


 それを最後にロードは部屋の窓から飛び立っていった。


 二度目。

 僕は一度目を知らない。その言葉は、彼女と僕とでは見えているものが違うという証明だった。

 見えているものが違えば、理解することなどできるはずもない。

 それが悔しかった。


 去っていったロードを見送り、手に持った本をテーブルに乗せる。


 結局、いま僕にできることは一つしかない。

 悔しさを抑えて本を広げ、次元魔法について調べ始めることだけ。

 ロードを置いて地上へ向かうため、千年前の知識をかき集める。

 そうするしかない……。


 夜が更け、朝を迎えるまで、僕は本を読み続けた。

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