189.地下生活の方針決定

 現状を把握した僕たちは、迷宮から撤退しながら今後について話し合う。


「なあ、ロード。『風の理を盗むもの』のおまえなら、あの竜をどうにかできるんじゃないのか?」

「できなくもないけどね。けど、ここでわらわが手助けしたら、他の層が大変でしょ? 六十五層が、また同じような造りだったら進めなくなるよ?」

「地上まで護衛してくれたら、お礼は何でもする。だから、頼まれてくれないか?」


 恥も外聞も気にせず、僕は頭を下げた。しかし、ロードは意地悪く笑うだけだった。


「ごめんね、かなみん。どっちかと言うと、わらわはかなみんたちが長居してくれたほうが嬉しいんだもん。協力はしないよ。それに、いまも昔も、わらわ始祖かなみんは対等な交渉相手だから」


 先の戦闘でもロードは全く手を出さなかった。いつでも助けられる位置をキープして見ているだけ。それがいまの彼女の立ち位置スタンスなのだろう。


 好意的ではあっても協力的ではない。

 それでも僕は食い下がる。


「なら、助言くらいはしてくれないか……? 『風の理を盗むもの』であるおまえから見ての助言が欲しい」

「助言……くらいなら、いいかな?」


 直接的でなく間接的ならば、ロードは手助けしてくれるようだ。彼女の引いている境界線ラインが少しずつ見えてきた。


「そうだね。正攻法のレベル上げができないなら、やることは限られてるよ。まず一つ目が、スキルや魔法を鍛えること」


 ロードはそう言って、人差し指を立てる。

 つむじ風が指先から吹いていた。その魔法構築とコントロールに熟練の技を感じる。

 ディアやマリア以上――アルティレベルの魔法使いであるとわかる。


「ちなみにライナーはこの方法を選んでる途中だよ。魔の王とまで言われたわらわの授業を受けて、風魔法の勉強中!」


 ライナーに目を向けると、それが本当であると頷き返してくれた。僕よりも早く限界を感じた彼は、早々から対策に動いていたようだ。


「二つ目は?」

「お金を貯めて、人を雇えばいいよ。わらわ以外にあの竜を倒せる人はいないけど、勝負になる人ならいるからね」


 全く頭になかった方法だった。

 それも当然だ。僕たちについてこられる人が、そう易々といるはずがない。その考えを読んだライナーが捕捉を入れてくれる。


「大丈夫だ、キリスト。ここは千年前の街だからな。僕たちのいた地上世界よりも、腕のいいやつらが多い」


 嬉しい情報だった。ならば、あとはお金次第で人手をまかなえるということになる。


「確かに人が多ければ、何とかなるかも……」

「そして、三つ目――わらわはこれが一番のお勧めだけど、あの竜を倒せるような強い装備を揃えればいいんじゃないかな」


 これしかないと言わんばかりに、ロードはお勧めしてくる。

 だが、僕にとっては最もありえない方法だった。


「いや、それはもう十分じゃないか? ローウェンよりも強い剣なんてないだろ」

「剣だけの話じゃないよ? なにせ、ここは千年前の世界。『神鉄鍛冶』の技術が残ってるからね。これもお金次第だけど、風竜対策の武具を集めれば色々と楽になると思うよ」

「ああ、なるほど……」


 装備の質の向上を目指すのではなく、風竜一匹を目標にして対策メタアイテムを集めろということらしい。


 たとえば、いま僕が持っているレッドタリスマンが、炎ではなく風を弾くお守りならば、風竜との戦いはもっと楽になるだろう。そういったアイテムを集めろとロードは言っているのだ。


「うん、そういうこと。二人は地上を目指すだけでしょ? なら、あの竜を抜けて、地上へ向かうためだけの魔法道具を集めればいいんじゃないかな? いい鍛冶師を紹介するよ?」

「確かに魔法道具を集めるのはよさそうだ。ロード、よければ紹介を頼む」

「じゃ、街一番の鍛冶師を紹介してしんぜましょー」


 にっこりとロードは笑い、街の中を歩く。


 途中、街の人たちと挨拶を交わしながら、緑溢れる道を進んでいく。数分ほどで、避暑地の別荘のようなところへ辿りつく。屋根の上に蔦や苔の生い茂っている薄緑の家だ。

 その家の広い庭で、四人の子供たちがボール遊びをしていた。その中の一人が、僕たちの来訪に気づく。朝に出会った猫耳の女の子だ。


「あっ、ロード様! それと騎士団長様!!」 

「また会ったね、べス。ねえ、いま君のお爺さんはいるかな?」

「うん、いるよ! いつものとこでうんうん唸ってる!」

「ありがとう。ちょっと行ってくるよ」


 ロードと少女は気さくに挨拶したあと、遠慮なく家の中へと入っていく。

 その後ろへついていこうとすると、猫耳の女の子ベスちゃんが僕に手を振っていた。少し顔を紅潮させて微笑んでいる。


 特に話したわけでもないが、いつの間にか懐かれているようだ。いや、あの目は憧れられているのか?

 まだよくは知らないが『騎士団長』という地位は、あの子にとって特別のようだ。


 僕も笑って手を振り返しながら、緑の家に入っていく。

 玄関を通り、生活感溢れるリビングを通り、長い廊下を通り、とある厚い扉を開ける。その先に広がっていたのは、およそ一般家庭には見合わない空間だった。


 汎用的なテーブルはなく、特定の仕事を行うためだけの異形の作業台が二つ並んでいる。奥には特大の釜と炉が設置されており、周囲の壁には専門的な用具がぶら下がっている。


 すぐにここが『工房』であることがわかった。規模は違えど、『エピックシーカー』の『工房』と同じ造りだ。


 ただ、アリバーズさんの部屋と比べればとても綺麗だった。炉に火が点いていないので息苦しいこともない。

 その部屋の中央の作業台に、一人の老人が座っていた。顔はしわくちゃになっているものの、その目は鋭く覇気に満ちている。一目で気難しい人であることはわかった。そして、この老人こそ、外のベスちゃんの祖父なのだろう。よく知る猫耳とは少し違うが、猫科の獣耳のようなものがついている。


 彼は老眼鏡のようなものを使って、七色に輝く宝石を眺めていた。

 そこへロードが気負いなく話しかける。


「レイナンドのじーさん! お客さん連れてきたよ!」


 声をかけられたレイナンドさんは、宝石に固定した目線をずらし、僕を見た。

 僕と目と目が合う。

 そして、咄嗟に僕は『注視』する。そうさせるだけの強さプレッシャーを感じたからだ。



【ステータス】

 名前:レイナンド・ヴォルス HP589/589 MP123/123 クラス:鍛冶師

 レベル31

 筋力13.78 体力12.23 技量10.23 速さ5.12 賢さ5.11 魔力5.66 素質1.44

【スキル】

 先天スキル:斧術1.22 火魔法1.34 地魔法1.21 

 後天スキル:鍛冶3.12 神鉄鍛冶1.26 細工1.55 錬鉄1.98



 かつてない高さのレベルの上、スキルも豊富。僕やライナーよりも優れている数値がちらほらと見える。間違いなく、地上ならば英雄クラスだ。


「――っ!?」


 だが、その『表示』を見て驚いた僕以上に、目の前のレイナンドさんは驚いていた。たるんでいた瞼を限界まで見開いて、目を丸くする。

 すぐにその動揺を隠そうとしたものの、僕は目の前の老人の狼狽を見逃さなかった。


 僕たちのショックなどお構いなしにロードは話を始める。


「えっと、じーさん、紹介するよ。こっちはかなみんとライナー」

「……ふん。まさか、おまえがこのわしのところに、そやつを連れてくるとはな」

わらわもびっくり。けど、本当にこの二人はじーさんの力を必要としてるの。話くらいは聞いてくれる?」

「……構わん。そこで話せ」


 僕は細心の注意を払って、自己紹介を始める。

 レイナンドさんが偏屈であるのは一目でわかる。機嫌を損ねないようにしないといけない。


「初めまして、相川渦波です。今回はレイナンドさんに造ってもらいたいものがありましてお願いに参りました。僕たちは地上を目指しているのですが、その道中に強大な力を持つ風竜が立ち塞がっています。その風竜を倒すための魔法道具を依頼しても構いませんか?」

「ふん。今回は礼儀正しいな、坊主……」

「今回は? それは――」


 意味ありげにレイナンドさんは鼻を鳴らした。

 その意味を問おうとしたが、それは意図して遮られた。


「ああ、風竜だったな。ならば、どうせ『エルフェンリーズ』のやつだろう。絶対とは言えんが、あやつに有効な魔法道具は確かにある」


 そのことについては話したくないというのがわかった。

 いまはお願いをしている立場なので、それを繰り返し問い詰めようとは思わない。


「……ありがとうございます」


 お礼だけを言って、頭を下げる。


「ただ高いぞ?」

「大丈夫です。お金ならあります」


 いつものごとく、腰の袋から取り出す振りをして、『持ち物』からお金を出す。

 部屋のテーブルの上へ丁寧に金貨を並べていくが、それを見たレイナンドさんは眉をひそめた。


「む……。おい、坊主、ふざけて――はおらんか」

「え、どういうことですか?」


 レイナンドさんはテーブルの上の金貨を手にとって首を振る。


「悪いが、この金では駄目だ。『ここ』では使っておらん金貨だな。それだけのことだ」


 その単純な説明に僕も眉をひそめる。


「え、え? もしかして、通貨が違う……?」


 すぐに隣のロードへ目を向ける。


 すると、そこには満面の笑みを張り付けた彼女がいた。

 その顔から、自分の持っている貨幣が使えないことを確信し、次には信頼する仲間であるライナーへ助けを求める。

 彼も僕と同じように冷や汗を垂らしながら助言してくれる。


「……キリスト、まずは手持ちの魔石を売ってみよう。あんたの能力の中にあるものを売れば、それなりにはなるはずだ」

「あ、うん。そうだね」


 それを聞いたレイナンドさんが、ここで出すように促してくる。


「出してみろ。換金するならば、わしが見れる。鑑定もやっているからな」


 すぐに『持ち物』から四十層までの探索で得た魔石を取り出す。

 だが、それを見てもレイナンドさんの表情は変わらない。ずっと険しいままだ。


「……駄目だ。どの魔石も屑だな。金の代わりにはならんぞ?」


 地上では遊んで暮らせるだけの財宝を前に、レイナンドさんは冷たく言い切る。


 僕はロードとレイナンドさんが二人で騙そうとしているのではないかと思った。だが、目の前の厳格な老人の真剣な眼差しに、その疑いは消える。

 確か、千年前のほうが魔石の質はよかったと地上でも聞いたことがある。過去の武具のほうが高い性能を誇っているのを何度も見た。


 その無情な一言が嘘ではないと判断し、僕は最終手段へと走る。

 ライナーから返してもらった『アレイス家の宝剣ローウェン』の柄を握り締めて、広げた宝石の中で一番の安物に魔力を通す。


「な、なら、高そうな鉱石を精製します! ――水晶魔法《クォーツ》!」


 屑と呼ばれた魔石を、光り輝く宝石へと変換していく。

 元が砂ではなく魔石なので、その変換は速かった。


「ふむ……。これもまた、見事に屑宝石ばかりじゃな。いまさら黄金やダイアごときを出されても困るのだが……」


 僕の持ちうる全ての財を示しても、それでもレイナンドさんの眉を緩めることはできなかった。むしろ、そこらの石を拾って持ってきた子供をあやすかのような反応をされてしまった。


 時代――というより、文化が違うとこうもモノの価値が変わるのかと、驚愕を隠せない僕だった。そんな僕を見て、レイナンドさんは憐れむように説明する。


「せめて、中位の魔石くらいは用意してくれんと、いまのこの国では需要はないぞ」

「なら、このレイクリスタルは……?」


 それなりに自信のある魔石をピックアップしてみる。


「ここでは低位の魔石扱いじゃな」


 だが、あっさりと切り捨てられる。


 地上では大金持ちだと浮かれていたが、一転して貧乏人に転落してしまったようだ。

 愕然として足を崩しかける僕に、レイナンドさんは魔石の処理を聞いてくる。


「すまないが、さすがに金がなければモノを造る気はないぞ……。それと、この魔石はどうする? 持っていても、この街では『鍛冶場ここ』くらいでしか換金してくれんと思うぞ」

「えっと……、換金をお願いします……」


 地上で使うかもしれないレイクリスタルあたりの魔石は残して、溜めていた他の魔石は全部放出する。街中で換金できるのは鍛冶場ここしかないようなので、ついでに『持ち物』の中で金に換えられそうなものは全部出した。


 その換金自体はすぐに終わったのだが、そのあとが続かない。


「注文する気がないなら、出て行くといい。わしも暇じゃないのでな」

「あ、はい……」


 本来の目的であった装備の注文ができないのだ。僕は頷くしかなかった。

 こうして、僕たちはレイナンドさんに鍛冶場から追い出されてしまう。呆然としている僕は、庭のベスちゃんたちに見送られ、街中で途方にくれることになる。

 その間、ロードは頬を緩ませっぱなしだった。道を歩きながら、嬉しそうに呟く。


「そっかー。かなみんたち、お金もないのかー。へへー、これはこれは……」


 予想外の幸運だと言うように、僕たちの財政難を何度も確認してくる。


 魔石鉱石は安かったものの、糸や錐といった日用品が高かったのは助かった。文化や状況が違えば、需要や価値が全く違うようだ。

 途中、それとなく事情を聞いたところ、魔石鉱石を細工できる人がレイナンドさんくらいしかいないのが原因らしい。

 細工できる場所も人もいなければ、アクセサリーを着飾る習慣もない。『魔石線ライン』を引くこともなければ、宝石を綺麗だと思う美的感覚もない。

 とどめに、千年前の世界では、魔法を覚えるとき魔石を使わず自力で習得するという話も聞いた。この時代の魔石の値段の低さも理解せざるを得なかった。


 そして、状況の悪さも理解する。


「ど、銅貨と銀貨が少しだけって……。もしかして、これ……」


 手のひらに収まる程度のお金をじゃらりと鳴らす。迷宮連合国で使っていた貨幣とは別物だ。柄も違えば、鋳造方法も違う。


 そして奇しくも、その所持金は迷宮探索初日のときと同じくらいだった。

 少しの間、宿に泊まって飲み食いをすればすっからかんになるだろう。

 地上ならば、少し迷宮へ潜れば生活の心配はしなくてよかった。だが、今回はその『少し迷宮へ潜る』もできない。


「あはっ。迷宮探索どころか、生活が危ないね!」


 厳しい事実を嬉々として語るボスモンスターロードを睨みつつ、仲間に相談する。


「ライナー。君の今日までの生活費はどうしたんだ?」

「身に着けていた装飾品を売った。けど、それももう限界近い」

「そう……」

「しかし、こうも魔石が安いとは……。ロード、あえて黙ってたな?」


 ライナーもロードを睨む。

 しかし、『化け物』に片足突っ込んでいる人間二人の威圧を受けて、なおもロードは涼しげだ。


「だって聞かなかったんだもん。……あ、そうだ! もし城の部屋を使いたいなら、一日銅貨十枚ねー。今日から宿屋『魔王城』を開店するからー」

「おい! それ絶対いま思いついただろ!?」


 とってつけたような悪意にライナーはキレかける。


「うん! 色々と手間取ってくれたほうが楽しそうだからね!」

「こ、こいつ……! いますぐぶっ倒して、魔石にして売り飛ばしてやろうか……! なあ、キリストっ、絶対そっちのほうが手っ取り早いぞ!!」


 いまにも斬りかかりそうなライナーだった。そして、それを待っているかのようにロードは不敵に笑っている。

 ここで格上の守護者ガーディアンと戦うのはまずいと思い、間に入って落ちかつせる。


「ライナー、落ち着け! 短気になるな! ……なあ、ロード。本当に僕たちは急いでるんだ。別に無料で城を使わせろとは言わないけど、もう少し安くならないのか? できれば、意地悪はしないで欲しい」

「んー、意地悪なんてしてないよ? 一泊銅貨十枚は格安だし、ちゃんと助言もしてあげてる。これ以上、何を望むのかな?」


 ロードは前言を撤回しない。荒事になっても自分が圧勝できると思っているのが大きいのだろう。どれだけ、僕たちが本気になろうと、ずっとマイペースのままだ。


 僕の介入でライナーは少し冷静になったのか、建設的な話を進める。


「ちっ……。どうする、キリスト? しばらくは野宿でもするか?」

「あっ、野宿してたら、場所によっては捕まるから注意してねー。というかわらわが捕まえるから注意してね。一応、自警団もかねてるから、わらわ


 明らかにロードはライナーを狙って煽りにきていた。案の定、額に青筋を浮かべたライナーが釣れる。


「おい、ロード。場所によってって、どこなら大丈夫なんだ……?」

「街の人の邪魔になってたら駄目アウト

「おまえの解釈次第じゃねえのか、それ……」

「ちなみに、捕まったら三日は拘束するよ! そういう法律を、いまわらわが決めた! これでも王様だから!」

「ピンポイントで僕らを狙う法律作るな! やっぱり、おまえはをここで倒す!!」


 レベルアップしたものの、すぐ頭に血が上ってしまうライナーだった。

 仕方なく僕は、もう一度間に入る。ロードの提案を値切ることもなく受け入れる。


「宿の銅貨は払うよ。お金を貯めるだけなら、いくらでも手はあるからね」

「けど、キリスト――!」


 ライナーは口を挟もうとしたが、それを手で制す。


「ロード、僕たちがこの街で働く分には構わないんだろ?」

「それはもちろん。というよりも、そうなって欲しいって思ってるよ。わらわは二人に永住して欲しいと思ってるからね」


 冷静に条件の確認をしていき、僕は手持ちの銅貨をロードに投げる。


「なら――ほら、銅貨は払うよ。城の一部屋だけ借りるよ。明日以降の分は、『ここ』で働くことで払えるようにする」

「へえ……」


 素直に貴重な銅貨を支払った僕を見て、ロードは怪しむ。

 それに僕はポーカーフェイスで応える。


 悲しい話だが、ここ数週間の異世界生活のおかげで騙し合いは上手くなった。いまもスキル『詐術』が働いているのがよくわかる。


「うん。確かに、代金は貰ったよ。ようこそ、宿屋『魔王城』へ。いますぐ、部屋へ案内してあげるよ」

「ああ、頼む」


 ロードは冗談を飛ばしつつ、僕が何を考えているのか読もうとしていた。

 そのにやけた顔に宿る双眸の光は刃物のように鋭い。国一つを背負う王に相応しい眼力だ。

 しかし、同時に彼女が騙しあいを楽しんでいることもわかった。


 どこか懐かしむようにロードは笑ったあと、魔王城へと身体を向ける。

 帰路の間、明日からの仕事について相談する。

 ロードは少し探るように僕たちの要望を聞いてきた。


わらわの城を拠点にして仕事するのはわかったけど、どこで働くつもりなの? ま、二人なら、どこでも引く手数多だと思うけど?」

「できれば僕は、さっきの鍛冶場で働きたいかな。レイナンドさんのところで手伝いはできる?」

「え、さっきのところで? あのじーさんってば凄い気難しいよ?」

「お金を貯めながら、少しでも鍛冶技術を身につけたいんだ。もし、自分で鍛冶できるようになれば、お金がかからないだろ?」

「んー、それをお勧めしたのはわらわだからなあ。うん、構わないよ。街の人たちの鉄製品の修理は全部じーさんがまかなってるから、かなみんが手伝って修理速度が上がればみんな喜ぶと思うよ。明日にでもわらわからじーさんに話は通しておいてあげる」


 特に怪しまれることなく承諾された。

 この選択肢はロードにとって予想範囲内だったようだ。

 それに続いてライナーも相談する。


「それじゃあ、僕はどうしようか。できれば、とにかく儲かる仕事がいい」

「ライナーはわらわの手伝いでもする?」

「おまえの仕事って自警団ってことか? というかおまえ、王をやってるんじゃないのか? 王っぽいところなんて見たことないけどな」


 そのライナーの質問に、少しだけロードは表情を変えた。

 刹那よりも短い空白だったが、確かにロードは動揺した。


「王様もやってるけど、わらわの仕事は『庭師』だよ。あと副業で自警団の真似事してるだけ。もし、両方手伝ってくれるなら、それなりのお金は払ってあげるよ?」

「庭師と自警団か……。もっときつくてやばい仕事のほうが慣れてるんだけどな……」


 ライナーは乗り気じゃなかった。当然のようにドMな発言をする。

 けれど、いま僕が考えている計画からすれば、ロードの提案は最も理想的な働き口だったので、思わず口を出してしまう。


「ライナー、きつくてやばい仕事を探すのは心臓に悪いからやめてくれ。とりあえず、それで様子を見よう」


 ライナーにだけ見える角度から、アイコンタクトを送る。

 僕に考えがあることを察したライナーは素直に頷いてくれた。


「あ、ああ……。そうだな。キリストがそう言うなら、そうするか……」

「オッケー。それじゃあ、かなみんはベスちゃんで、ライナーはわらわんところね」


 僕たちがここで暮らすための算段が整い、ロードは嬉しそうにスキップをする。

 言葉を一つ交わすごとに何か裏を感じる彼女だが、一緒に暮らす仲間が増えて歓んでいることにだけは何の裏も感じない。


 その後ろを苦い顔で僕たちはついていく。

 目覚めてから、かなりの時間を消費した。しかし、依然として空は暗いままだ。昼なのか夜なのかもわからない街を歩き、一度『魔王城』へと帰ったのだった。



◆◆◆◆◆



 魔王城についてから、僕たちは小さめの部屋へと案内された。一世帯くらい楽に住めそうな大きな部屋がたくさん余ってるのに、わざわざそれを選んだのは嫌がらせとしか思えなかった。


 ロード曰く「お支払いの銅貨の量で部屋の大きさも変わります!」とのことだった。彼女が宿の貸主であれば当然の考えだ。僕もライナーも、もう文句をこぼすことなく部屋の中へと入っていく。

 ただ、城の中にある台所や浴場は自由に使っていいらしい。それを考えれば銅貨十枚は確かに破格だ。


 これから使うであろう部屋を、僕とライナーは二人で軽く掃除する。

 そして、備え付けの椅子へ座って、これからのことを話し合う。

 正確には――僕の考えた脱出計画についてだ。


《ディメンション》でロードが街に繰り出したのは確認済みだ。どうやら、街の人たちに僕たちが働くことを報告しにいったらしい。


「――ライナーにはロードを監視して欲しいんだ」

「監視……。だから、僕に庭師と自警団を薦めたのか。けど、ロードを監視してどうするんだ? あの馬鹿を見てるだけじゃ迷宮はクリアできないぞ」

「いや、その心配はしなくていいよ。実は、あの竜を突破する方法はもう考えてあるんだ」

「ほ、本当かっ? 流石、キリストだな!」

「パリンクロンとの戦いで、僕は『始祖カナミ』の魔法を三つも見た。あれを僕も使えるようになれば、きっと『エルフェンリーズ』にも勝てる」


 ライナーは尊敬の念と共に、僕の言葉を待つ。


「おそらく、あの三つの魔法、《トルシオン》、《ディフォルト》、《ディスタンスミュート》はどれも最高位の魔法だった。――『干渉不可能の攻撃魔法』『対応不可能の空間魔法』『防御不可能の即死魔法』、どれを覚えてもお釣りがくる」


 元からあった魔法でないのは間違いない。あれは『始祖カナミ』が編み出した自分のための魔法だ。そして、あれを使うのに僕ほどの適任者はいない。

 まさしく、あれは相川渦波の考えた相川渦波のための最強の魔法たちなのだから。


 あれを再現する自信が、いまの僕にはある。

 予知の魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》を使ったとき、次元魔法への理解が深まったのを感じた。なにより、いまならば氷結属性の混ざらない純粋な次元属性の魔力を扱える。新たな次元魔法を使うのに、これほど大切なことはない。


「『始祖カナミ』の魔法か。聞くだけで、どれも凄まじいな。キリストがうちの始祖様なのは、ハイリから聞いてはいたけど……、それでもまだ信じられないな。奇妙な気分だ」


 その魔法の絶大な効力を聞いて、ライナーは息を呑む。そして、僕が自分の信仰している宗教の祖であることを再確認し、少し笑う。だが、いまさら神のように敬うこともできず、もはや笑うしかないといった様子だ。


「そういえば、ライナーはフーズヤーズの騎士だったね。やっぱり、レヴァン教の教えからすると、僕って偉いの?」


 薄らと残っている記憶によれば、レヴァン教を作ったのは千年後の地盤を固めるためだったはずだ。ティアラと『始祖カナミ』が二人で興した宗教なので、一応僕も教祖にあたってしまう。


「ああ、一番偉い。下手したら、フーズヤーズの誰よりも偉いかもな」


 これが過去の二人の目的の一つなのだろう。

 千年後に平和な国で、一番の権力を得ること。もし、綺麗に成功していれば、迷宮探索はとても楽だったに違いない。


「えっと、始祖である僕と話すのは疲れる?」

「疲れはしないさ。けど、これでも僕は敬虔なレヴァン教の信者だったからね。騎士としての叙任も、レヴァン教の教会でやった。中には始祖様に対する忠誠の誓約文もあったんだ。正直、むずかゆいって感じだ」


 その誓約文を用意したのは僕とティアラだろう。

 むずかゆいのは僕のほうもだった。


「余り気にしないで欲しいかな。『始祖』としての記憶も穴だらけだからね。普通にキリストとして扱って欲しい」

「ああ、そうする。神だろうが何だろうが、僕にとってはあまり変わらないからな。それで、キリストはどの魔法を使うつもりなんだ?」


 レヴァン教についての話は置いて、迷宮脱出の話へと戻す。


「使おうと思ってるのは『防御不可能の即死魔法』――《ディスタンスミュート》だね。これがあれば、たぶん『エルフェンリーズ』は一発で倒せる」

「一発? あの硬い鱗を相手に?」

「相手の身体に腕を差し込んで、『魂』を抜く魔法だからね。物理的な防御力は関係ないんだ」

「さ、流石、始祖様の魔法だな……。反則臭い……」

「もう一人の始祖ティアラと一緒に作った魔法だろうからね。おそらく、最高の魔法の一つだよ」


 明らかにティアラの協力あっての魔法だ。迷宮全体にも施されている魔石を抜く術式を次元魔法に組み込み、問答無用で戦闘不能にできる魔法へ昇華したのだろう。


「その《ディスタンスミュート》ってやつは、いますぐにでも使えそうなのか?」

「いますぐは無理だけど……、少し時間があればできると思う。だから、魔法開発に集中できる空間が欲しかったんだ」

「ここを借りたのは、そういうことか。なら、『エルフェンリーズ』対策はキリストに任せるさ。それで僕は何をすればいい?」

「ロードから魔法を教えてもらって、一緒に仕事をしてくれ。つまり、つきっきりでロードを監視しつつ、できるだけ意識を僕から背けて欲しい」

「ロードにはその反則魔法を隠したいのか?」

「おそらく、これは対守護者ロード戦でも切り札になると思うからね」

「意外だな……。キリストはお人好しの上に天然だから、もっとロードを信用してるかと思ってたが……」

「なにその心外なイメージ」

「ラウラヴィアでのイメージだ」

「くっ、あの司会のせいか……!」


 『舞闘大会』での誹謗中傷を思い出し、僕は顔を歪める。


「キリストのイメージは置いておいて、あのロードと戦闘になるってキリストは思ってるんだな」


 本当は置いておきたくないのだが、仕方なく話を戻す。


「きっとロードは大事なところで、僕たちの障害になると思う。たぶん、守護者ガーディアンっていうのはそういうものなんだ。間違いなく、ロードはどこかがおかしくて――それを僕は避けられない」


 それは何の保証もない非合理的な予測。しかし、経験から間違いないと思っている。


「そこまでキリストがそう言うなら、僕はそれに従うさ。守護者ガーディアンを三体も倒した英雄様が言うことだから間違いない」

「なあ、ライナー。天然扱いもだけど、その英雄扱いもやめようよ……」

「英雄を英雄と呼んで何が悪いんだ? あんたは兄様とハイリさんの認めた人だ。英雄なのは当然だ」

「そ、そう……」


 ライナーは兄のことが関わると絶対に折れることはない。すぐに僕は説得を諦めて、やるべきことをやる。


「さて、それじゃあさっさく僕は、魔法の開発に集中するけど……」

「その間、街にいるロードを見張ればいいんだな。ついでにどうにかお金を稼いでくるさ」

「頼んだ」

「ついでに何か食べられるものも買ってくる。できるだけ外食は控えて、お金は節約しよう。キリスト、何か食べたいものはあるか? 大抵のものは作れるぞ」

「え、料理できるの?」


 一応、ライナーは貴族のお坊ちゃんだ。

 そういった雑事は全くできないと勝手に思っていた。


「できてしまうんだ。僕はあのフラン姉様の弟だからな……」

「そ、そっか……」


 我が道しか行かない傍若無人な金髪ツインテール少女を思い出し、僕とライナーは一緒に顔を暗くする。


「ふ、ふふっ、しかし、ここに姉様はいない! 一時間毎にお茶を用意させられることも、手作りのお菓子をねだられることも、何かにつけて弄られることもない! さらに言えば、ドSな赤と黒の双子もいなければ、勝手に無茶するペーパーリーダーもいなければ、嬉しそうに手錠をつけようとしてくる変態守護者ガーディアンもいない! ああ、なんて楽なんだ! 夕食ぐらい僕がフルコースを用意してやるよ、キリスト!!」


 ライナーの今日までの苦労を察せる叫びだった。そして、その気持ちは痛いほどよくわかる。


 僕も同じ気持ちだ。一時間毎に死の恐怖を感じることも、盗聴や熱視線を感じることも、周囲一帯が更地になるような魔力を感じることもない。


 ああ、なんて楽なんだ。

 胃と心が洗われていく……。


「よく今日までがんばったな、ライナー……」

「色々あったが、ここまで来れて本当に良かった……。ありがとう、キリスト……」


 僕とライナーは固い握手を交わす。

 このまま地上に戻らないほうが幸せそうな気がしてくるから不思議だ。

 しかし、そうもいかない。僕たちは迷宮脱出作戦を断腸の思いで開始させる。


 ライナーはロード監視のため外へ出て、僕は部屋の中で座禅を組んで魔力をこねる。

 イメージするのは『始祖カナミ』の魔法。

 見ただけでなく、この身体で魔法を食らった。その魔法構成を思い出すのは容易だった。何よりも、僕が考えた魔法であるということが、この再開発を有利にしてくれる。


 氷結魔法は使えなくなったことで減った手札を補充するため、意識を自分の中の魔力へと集中させていく。

 魔法開発を開始する――

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