179.『牢獄』を抜けた先に
駆けながら、パリンクロンは叫ぶ。
「暴走した『世界奉還陣』を『完全解放』し――、『同化』も進行させる!!」
パリンクロンの魔力の鼓動に合わせて、『世界奉還陣』も震えだす。それはつまり、大地が震えるということに他ならない。唐突な地震によって、僕とライナーは出鼻をくじかれてしまう。その間もパリンクロンは『世界奉還陣』を脈動させ続ける。
黒い地面が歪む。
足元は固さを失い、波打ち始める。
そして、海面から顔を出すかのように、地面から新たなモンスターが這い出てきた。
「くっ、またか! マリアが焼き尽くしてくれたのに!」
ただ、先のモンスター召喚とは様子が少し違う。ずっと中型サイズのモンスターが中心だったが、いま現れているのは大型も大型、超大型と言うべきモンスターばかりだった。
迷宮ならば回廊に収まりきらないであろうモンスターの群れが、次々と這い上がってくるのは狂気的で神話的な光景だった。『表示』で見る限り、どのモンスターのランクも高い。
「当たり前だぜ! あれくらいじゃ、まだ全部じゃない! 『世界奉還陣』の範囲は本土の半分を包んでいるからなあっ、変換対象となった人間は戦場の数万どころじゃない! 数十万――いや、数百万の生きものが大陸に呑まれただろうぜ! ははっ、だから、まだまだ在庫はあるぜ!?」
召喚の源の正体を、パリンクロンは煽るように打ち明ける。
「また罪のない人を犠牲にして、おまえはァ!!」
「知るか! 知ったことかよ! どれだけの人間が変換されようと、俺には関係ない!!」
モンスター召喚は加速する。
空を割って闇を泳ぐ巨大な
いままでパリンクロンが意図的に速度を抑えていたことがわかる。
地震で足止めされている間に、巨大モンスターたちによる壁ができてしまう。
右前方には一つ目四本足の
「ライナー!!」
「ああ!!」
相性を考えて、僕たちは位置を取り替え、魔法を放つ。
「――《ゼーアワインド》!!」
「――魔法《ミドガルズフリーズ》!!」
ライナーは左に移動して、蝙蝠の群れを風魔法で吹き飛ばす。
僕は右に移動して、
そして、失速することなく、モンスターの中を突き抜ける。
いま召喚されているモンスターは強い。それは確かだ。
だが、統率がされていなかった。先の戦いとは違い、纏まっては襲ってこない。
よく見れば、パリンクロンを襲っているモンスターがいた。空飛ぶ巨大百足に襲われ、液体の身体を切り裂かれている。
「パリンクロンっ、おまえも!」
「ああ、もう制御なんかしてねえよ。元々、俺は不死身が売りだしな。スマートじゃないから好きじゃないが、こういう自爆戦法もありだ」
パリンクロンはハイリのせいで『世界奉還陣』が暴走したと言っていた。そのあたりが原因なのかもしれない。
パリンクロンは四方八方からの攻撃を避けつつ、一匹のモンスターに目をつけて駆ける。
「――ただ、一体くらいは身体に貰うか」
目が八つある巨大狼へと手をかざして、身の黒い液体を襲いかからせる。黒い液体は生きた触手のように動き、巨大狼へ纏わりついた。
パリンクロンは巨大狼の背中に跳び乗り、下半身と巨大狼の身体を同化させる。
狼の脚を手に入れたパリンクロンの姿は、さらに人型から遠ざかる。
それによってパリンクロンへ襲い掛かるモンスターが少し減った。モンスターと同化したことで同属だと勘違いさせているのかもしれない。
対して、僕たちへ襲いかかってくるモンスターの数は変わらない。
パリンクロンへ続く道を、多種多様なモンスターたちが阻む。
「くっ、ライナー! すまないけど、助ける余裕はない!」
「ふざけたことを言うな! あんたに助けられる覚えはない! いまはたまたま敵が一緒なだけだ!!」
ライナーは逆に悪態をついて、僕を突き放す。
しかし、明らかにライナーは苦戦している。魔力の風を纏っているとはいえ、ここは『世界奉還陣』の『中心』だ。レベルダウンは避けきれない。ハイリのおかげで上がったレベルを消耗しているのが『表示』でわかる。
だが、その問題に対する答えを僕は持っていた。
ある種の確信があった。
「ライナー! 使え!!」
そう言って、手に持った『アレイス家の宝剣ローウェン』をライナーに投げる。
「これはローウェンさん……!?」
それを宙で器用に受け取ったライナーは、剣の刀身を見つめて呟いた。
その瞬間から、ライナーを蝕んでいた『世界奉還陣』の影響が消失する。『理を盗むもの』の加護によって、身体の
予想通りだ。
そして、なにより重要なのは、『地の理を盗むもの』の魔石を手放したはずの僕もレベルダウンしていないこと――
――やっぱり。
ローウェンがいなくても、僕は『世界奉還陣』の影響を受けない。
マリアがいなくなり、ここにある『理を盗むもの』の魔石は『地』と『闇』の二つしか残っていないと思っていた。けど、そうじゃない。ここには三つ目の魔石がある。
いや、三つどころか、もしかしたら――!!
希望が出てくる。
戦闘の勝機だけでなく、闇の中に光があることも見つける。
『アレイス家の宝剣ローウェン』を受け取ったライナーは嬉しそうに笑った。
「ローウェンさん! あの日の続きを!!」
水晶の剣が輝いた。
そして、上から襲い掛かってきていたツリーフォークのモンスターの腕を斬り裂かれる。
「――《クォーツブレイド・サイズ》!!」
さらにライナーの剣閃は煌く。
空に届くツリーフォークの胴体を、薪を割るかのように縦に斬ってみせた。
ローウェンの『剣術』と『魔力風刃化』が合わさったことで、『魔を絶つ剣』と呼ぶべき力がライナーに降りていた。
僕も『持ち物』から『クレセントペクトラズリの直剣』を取り出して、負けじと『魔力氷結化』を発動させる。
「――《
その新魔法名は思い付きだ。釣られて真似をしただけ――だけれど、それを格好いいと僕は思った。それだけで戦意が溢れ、気分が高揚してくる。新魔法名を叫ぶ理由には十分だった。
この魔法《
物質的な剣ではなく冷気の刃を用いて、近くにいた
実体はなかったはずのモンスターが凍り付き、大地へと落ちていく。
新たな決意によって、僕の氷の剣は更なる力を得た。
だが、
僕の属性は『氷』でも『水』でもないという確信があった。
今日まで、様々な氷結魔法を試行錯誤してきた。けれど、魔法《アイス》《フリーズ》の効果範囲以上の力を引き出したことはない。僕が氷結魔法の真価に辿りつけないのは明らかだった。
ならば、僕の属性は――……
そう頭の中で答えを探っていると、隣のライナーも僕に負けじと実体のない敵を倒していく。
「――《ゼーアワインド・マッドネス》!! 僕だって剣だけじゃない! アイド先生の教えっ、ハイリさんの力っ、いまとなっては僕の風魔法こそヘルヴィルシャイン家最強だ!!」
重さは十トンを超えているであろうモンスターたちを吹き飛ばす。
その風の力強さは、僕の知っている風の騎士たちを悠に超えている。
二人の力で道は切り拓かれていく。
パリンクロンへ至る道は、あと少し――
だが最後に、体長は1キロメートルを超える空飛ぶ巨大ムカデが、城壁のように待ち構えていた。僕とライナーは身体に力を、心に意思を込めなおす。
「ここに兄様が――いや、ハイリさんがいる! 不甲斐ないところは見せられないっ、キリスト!!」
「ああ! 合わせろ、ライナー!!」
風刃と氷刃が以心伝心の軌跡を描く。
二人の剣技は互いに即興だったが、技と呼べる域に至っていた。
それは二人ならではの技、同じ『剣術』を使っているゆえの
「――アレイス流共鳴剣術! 『
「――!?」
斬撃で分割された百足の身体が、ぼとりぼとりと地面に落ちていく中、僕は決め台詞を吐いた。
隣のライナーは何事かと驚いていたが反省するつもりはない。強がって、いつも通りの戦いをしているだけだ。良く言えば、これも心を強くもつための立派な戦術だから許してほしい。
僕とライナーの共鳴剣術によってモンスターの壁は切り崩された。
そして、ようやく僕たちはパリンクロンへと辿りつく。
「パリンクロン!!」
求めていた宿敵を前に、喉が勝手に名前を叫んでいた。
パリンクロンは僕たちの剣を、黒い刃で防ぎながら答える。僕たちがモンスターと戦っている間に、向こうも準備万端となったようだ。
連戦で弱っていた魔力は漲り、黒い液体の体積は何倍にも膨れ上がっている。
「ははっ、いい顔してるぜ、少年! やはり、もう完全に『第二十の試練』は完全に乗り越えてるなぁ! まあ、確認するまでもなかったことだがな! これで
二つの剣は黒い刃に防がれ、一瞬だけ動きが制止する。その短い時間を狙って、パリンクロンは増えた腕で死角から攻撃しようとしてくる。
もはや、人間相手の『剣術』は通用しない。だが、こちらの『剣術』は、ローウェンの『剣術』だ。腕が何本あろうが巨大な敵だろうが、剣で絶ってみせる。
「ああ、関係ない! 迷宮なんて知ったことかよ! ここはどこでもない! 俺がここにいて、俺の前に敵がいる! それだけだ! それだけがこの戦いの全てだ!!」
多腕による黒い刃を、僕とライナーは弾く。
そして、刃になっていない無防備なところを狙って、腕の根元から斬っていく。正確無比な剣によって、パリンクロンは腕の数を減らしていく。
しかし、それでもパリンクロンは構うことなく叫ぶ。
劣勢などお構いなしに主張する。
「大事なのは、ここにいる俺たちだ! 『世界奉還陣』なんて武器に過ぎない! 『千年前の記憶』は過去で! 『三人の使徒』は部外者! 『迷宮の最深部』はきっかけでしかなく! 『
その叫びの気迫のまま、僕とライナーの剣を黒い刃で弾き返し、劣勢を覆す。
腕を斬られ、手数は減っていた。その上、ローウェンの弟子二人に肉薄されていたというのに、パリンクロンは『剣術』だけで上回って見せた。
ハイリのおかげで僕とライナーが変わったのと同じように、パリンクロンも『何か』が変わっている。
そう確信できる攻防だった。
「もうレガシィなんてものに惑わされるか、ティーダへの義理も終わった! ここにいるのはパリンクロンだけだ! ただの『俺』がいるだけ! 『俺』は『俺』だァ!!」
僕たちを弾き飛ばしたパリンクロンは、狼の脚で戦場を縦横無尽に駆けながら、黒い刃を振るう。
ただ、攻撃を繰り返すだけではない。
駆け回りつつ、僕たちが斬り倒したモンスターたちの死体を黒い翼を使って取り込んでいく。
融合に融合が重なっていく。
黒い翼は肥大化し、身体は
パリンクロンもレベルが上がり、『化け物』となっていく。
いま思えば、彼は自身が強くなることを忌避していたように見える。自分で「怖くて」とも言っていた。だから、あんなにも小細工ばかりの戦法を取っていた。他人を利用するばかりで、自分で戦おうとはしなかった。
そのパリンクロンが真正面から戦うために、強くなろうとしている。
もう何も怖がってはいない。
その勇気をハイリから貰ったのだろう。
そして、パリンクロンは黒い翼を広げ、僕たちを待ち構える。もう顔の左半分は黒い能面となっている。そして、いまもなお増えていく黒い腕。ドロドロと流動している膨らんだ胴体からは、吸収したモンスターの部位がいくつも飛び出ていた。下半身は巨大狼一匹を丸々使って、肥大化した上半身を支えている。『化け物』も『化け物』。それ以外に比喩しようがない。だけど――
これが僕の敵だ。
パリンクロンだ。
「パリンクロン!!」
「ああ、来いよ、少年! 俺を殺しに!!」
もはや、『化け物』としか思えない敵だけれど、僕は彼の名前を呼んだ。
そして、人間を相手にしているつもりで戦う。――人間を殺すつもりで戦う。
それは初めての経験だった。
思えば、ずっと敵を守るかのような戦いばかりをしていた気がする。
感情の赴くままに、本気で殺しにかかっていい戦い。
それは僕の悪癖全てが消える瞬間だった――
「ああ、殺してやる!! パリンクロン!!」
持てる力の全てを搾り出す。
身体の中の魔力を、いつもより強く感じられる。
そして、
『地の理を盗むもの』の『魔石』は、【その
ならば、『
どんな理を盗み、どんな理を宿しているのか。
その力の一端を引き寄せるため、僕は次元属性の魔力だけを放出する。
使うべきは魔法《フォーム》。
それを刃へと這わせイメージする。
新たな【理】で、世界を侵食するイメージ――!
「――魔法《
青色の氷刃が、薄紫色の刃へと変わる。
その剣は、世界を
剣閃は読まれ、パリンクロンの硬く黒い刃に阻まれてしまった――が、剣は水を斬ったかのように振り抜かれた。
抵抗も何もない。
当たり前だ。なにせ、僕は何も斬っていないのだから。
しかし、斬っていないにもかかわらず、《
この矛盾とも言える斬撃こそ、この魔法の真価。
すぐにパリンクロンは黒い刃を修復しようとする。凍らされてさえいなければ、いくらでも取り返しがつくのだから当然だ。だが――
「――な!?」
パリンクロンは声をあげる。
黒い刃は修復されることはなかった――からではない。くっつかない程度は予想範囲内だっただろう。現実はパリンクロンの予想を超えていた。
切断された刀身の先が、宙に浮いたまま落ちてこないのだ。
斬られたのではなく、
この魔法《
次元魔法の中では低位の魔法に当たるだろう。位置の違いに慣れさえすれば、黒い刃を再度同じように使うのは簡単のはずだ。
だが、慣れるまでの時間は与えるつもりはない。隣にいるライナーは言われるまでもなく動いた。
「四肢を千切れっ! ――《ゼーアワインド・マッドネス》!!」
黒い刃のいくつかが使用不能になり、パリンクロンの防御が薄まる。そこへライナーの暴風が襲い掛かる。さらに、そこへ僕の冷気を合わせる。
「冬の風よ、闇を固めろ! 共鳴魔法《
僕の冷気をライナーは受け入れる。何の練習もしていないというのに、不思議と魔法は絡み合い、即興で凶悪な共鳴魔法が完成する。
その魔法の風は生き物のように動き、暖かい空気の層を全て払った。そして、熱の防御を失った全ての物質の温度を奪っていく。触れるもの全てを凍らせる魔法の風だ。
危険を感じたパリンクロンは魔法で対応しようとする。
「この魔法はっ、くそっ! 《ダーク――!」
「《
発動前に冷気で干渉する。
その結果、闇の魔法が完成する前に《
温度を奪われ、黒い液体の身体が凍っていく。さらに暴風によって動きは封じられる。
武器である黒い刃は《
決定的な隙――
――いましかない。
決めるならば、いまだとライナーに伝えるため、僕は合図を叫ぶ。
「いくぞ、ライナー!! アレイス流共鳴剣術――」
二度目の宣言。
それを聞き、ライナーは慌てて答える。
「――ゆ、――『雪風』ぇ!!」
そしてもう一度、二種のローウェンの刃が交差する。
神速とも言える芸術的な二閃が、パリンクロンの身体を斬り裂いていく。
パリンクロンは黒い腕を根本から全て斬り取られ、武器を失う。胴体を真っ二つにされ、下半身と上半身を分離させられる。黒い翼と狼の脚も斬り刻まれ、もう移動することは叶わなくなった。
数え切れないほどの数に分割されていくパリンクロン。
だが、それでもやはり――パリンクロンは笑う。
まだまだ終わらないと、パリンクロンは笑い続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます