178.二十層の闇に少年は溶けてしまった。けれど、貴方が光を射しに来てくれた。


「弾けろっ! ――《イクスワインド》!」


 魔法の風が吹き荒れ、羽ばたくようにハイリは跳躍する。


 不調を超え、命を半分失っているというのに、その動きは鋭い。風魔法の恩恵のおかげか、速さだけならば僕にも匹敵していた。空中で『持ち物』から剣を抜いて、勢いよく振り下ろす。


「ちっ!」


 対するパリンクロンの表情は芳しくない。

 問題なく、黒い刃で迎撃はできている。反撃で黒い液体の付着も成功している。けれど、戦いに集中できていないのは明らかだった。


「――《ゼーアワインド》!!」


 砲弾のような風が放たれる。

 触れるもの全てを巻き込む魔法だ。

 その風を見て、パリンクロンは異常に気づく。


 ハイリの魔法は異常だった。

 彼女はレベルを溶かされ、『魔石人間ジュエルクルス』の身体も溶かされている。場はパリンクロンの味方であり、普通ならば魔法の構築もままならないはずだ。だというのに、いま彼女が使っている魔法は弱まっているどころか、力強さを増している。


 その異常の正体にパリンクロンは感づいた。


「この魔力! 『世界奉還陣』から奪っているのか!? どうやってこじ開けたんだ、この馬鹿は!」


 それを指摘され、僕は《ディメンション》を使って魔力の流れを確認する。

 ハイリは体内の魔力を使ってはいなかった。


 大地の『魔石線ライン』から魔力を汲み上げ、それを魔法に転換している。間違いなく、彼女は『世界奉還陣』を味方につけている。


 パリンクロンは目を鋭く細める。そして、魔力の動きに集中することで、ハイリが『世界奉還陣』を味方につけた手段に当たりをつけた。


「――!? 生身では『中』に入れないから、身体を溶かして入れたのかよ! だが、『世界奉還陣』の知識はどこから――、くっ!!」


 その手段は、あのパリンクロンでも驚愕に値するものだったらしい。

 しかし、驚いている余裕なんてない。

 魔力をふんだんに使ったハイリの風魔法が絶え間なく吹き荒れる。魔力が豊富なだけではなく、魔法道具をも使っているため、魔法構築速度も異常だ。


 無数の風がカマイタチのようにパリンクロンへ襲い掛かる。


「余所見ばかりしていては私に勝てませんよ! 私を見てください! この姿を! 輝かんばかりの名優でしょう!?」

「相変わらず、格好つけてばかりの男だよおまえは! 体面ばかり気にして! それが逆に見苦しいと、なぜ気づかない!」


 パリンクロンも闇の魔法を大量に放ち、魔法の弾幕戦が戦場に広がる。

 その戦いは眺める分には美しかった。

 だが、その美しい魔法戦は長くもたないと、この場にいる全員が知っている。


 ハイリの身体が、もうもたない――


 どれだけレベルと魔力が豊富だろうが、限界は必ず訪れる。

 目に見えてステータスは削れ、身体は溶け、命が切り取られていっている。


 それでも、ハイリは前に歩く。

 立ち止まって言い返すパリンクロンとは対照的に、ハイリは前のめりで倒れんばかりに突き進む。


「――私は私です! 私の中にある誰も彼も、全て関係ない! 『ハイリ』という名前に自信がもてないのなら、それにこだわる必要もない! ただ私は私とだけっ、叫べばそれでよかった!!」


 ハイリの主張は続く。

 弾幕の戦場を、少しずつ少しずつ切り拓いて、前へ進む。


 パリンクロンの魔法の色が黒いせいか、それは深淵の闇を切り拓く姿に見えた。たとえ、どんな絶望の中でも、前のめりに倒れると決めた戦い方だ。


 あの憎たらしいパリンクロンの笑顔がひきつっていた。代わりにハイリの顔は明るい。

 口の端を吊り上げ、命を燃焼している。まさしく彼女はいま、輝いている。


 少しずつ二人の距離は縮まっていく。

 そして、長かったのか短かったのかわからない時間が過ぎて、とうとう剣の届くところまで二人は近づいた。


「パリンクロン! 来ましたよ!!」


 闇を切り拓いた銀の少女の剣が、人としての姿を失った男へと届く。

 剣戟は一瞬だった。数合だけパリンクロンの黒い刃と少女の剣は合わさったが、決着は息をつく間もなくついた。


 ――突き刺さる刃。


 ハイリの剣はパリンクロンの胸を正確に貫いた。

 しかし、同時にパリンクロンの刃もハイリの胸を貫いていた。


 両者共に血は出ない。

 パリンクロンの身体は液体だ。ハイリの身体も『世界奉還陣』によって溶け、まともではなくなっている。もう二人とも、人としての死は迎えられない。


 それでもハイリは決着を理解し、自ら剣を手離した。

 戦う前から、ハイリの敗北と死は決まっていた。ただ、その時間が訪れただけのこと。そう見えた。


 ハイリは剣を捨てた手で、パリンクロンの頬を撫でる。


「死ぬまで言います。私は私です。だから、あなたも――私が私であるように、あなたもあなたなんです。私がハインでないように、あなたもレガシィじゃないと叫んでいいんです……」


 その真っ直ぐな言葉に、パリンクロンは目を逸らす。

 腕の黒い刃を抜いて後退した。逃げるように。


 ハイリは手を振って、パリンクロンを見送る。


「子供の頃、『神童』だったあなたは私の憧れでした……。あの頃の姿を、また私に見せてはくれませんか……?」


 遠ざかっていく二人。

 自らの手に付着したハイリの魔力を見て、パリンクロンは震えていた。

 それは僕に聖誕祭の日を思い出させる。あの日のパリンクロンも、自らの剣についた血を見て動揺していた。


 パリンクロンは後退りながら、世界の仕組みを呪うかのように呟く。


「ほら見ろよ……。やっぱりヘルヴィルシャインは何度生き返ろうとも同じ死に方を選ぶんだぜ……? だから、遠ざけたのによ……、ああ、なんでだ……。なんでだ、畜生……!」


 戦いに勝利したはずのパリンクロンがよろける。そして、俯く。

 この地獄のような戦場の中で輝くハイリの姿を、パリンクロンは直視できなくなった。

 

 その姿を見届けたハイリは微笑む。

 そして、死の間際の身体を翻し、僕たちへと向き合う。

 戦いが終わったことがわかった僕とライナーは、ハイリへと走り寄る。


「ハイリ! もういい! もう――」


 駆け寄った僕はハイリの身体を抱きかかえる。


「……時間をとらせました。次は二人の番ですよ」


 自分の身体を省みず、ハイリは次に戦う僕たちの心配をしていた。


「か、回復を! ライナー、おまえの神聖魔法で!!」


 だが、隣のライナーは首を振る。

 もう助からないとわかっているのだろう。僕もわかっている。いや、ここにいる全員がわかっている。彼女は、もう助からないと。


 だから、ハイリは遺言を始める。

 身体を光に変えて、世界と溶け混ざりながら――


「もはや、何も未練はないのですが……、最後にカナミ君へ伝えなければならないことがあります……」

「僕に……?」


 縁の深いライナーではなく、僕にハイリは言葉をかける。

 いや、もうライナーとの別れは済ませていたのかもしれない。ここへ現れたときから、ライナーたちはそんな様子だった。


「いいですか、カナミ君。あとは恐れず先へ進むだけです。――全てのスキルを・・・・・・・使ってください・・・・・・・

 

 そして、恐ろしいことを口にする。

 全てのスキルの使用――それはいまの僕には絶対不可能だ。

 スキル『???』を使えば、せっかく戻った戦意を失うかもしれない。スキル『並列思考』を使えば、絶望で動けなくなるかもしれない。スキル『感応』は使いたくても使えない。


 戸惑う僕にハイリは語りかけ続ける。


「大丈夫です。『世界奉還陣』に呑まれていくことで、ようやく『彼女』の記憶を得ることができました。やはり・・・、私は間違っていた……! あなたは『魔石人間ジュエルクルス』じゃない……!」


 『魔石人間ジュエルクルス』じゃない?

 僕が『魔石人間ジュエルクルス』だと言い出したのはハイリだ。その当の本人が、それを否定する理由が僕にはわからなかった。

 けれど、彼女に確信があるのは見て取れた。自信を持って遺言を続ける。


「ようやく、ここにきてピースは全て揃いました。……カナミ君。よくぞ、ここまで耐えました。よくぞ、ここまで辿りつきました。まだ、あなたの器は壊れてはいないことに、私は運命を感じます」

「そ、それはどういう意味……?」

「カナミ君――、あなたは一度でも呼びましたか?」

「よ、呼ぶ? 誰を?」


 一人だけ人生を疾走するハイリに僕はついていけない。


「あなたは探すだけで、『彼女』を呼びましたか? ずっとずっと元の世界に帰ろうとするだけで、『彼女』に助けを求めようとはしなかった。『彼女』があなたを追いかけて、こちらの世界へ来る可能性は十分にあったというのにです。もし、『彼女』がこちらへ来ているとすれば、きっと声に応えてくれます。いまの『私』にはわかります。『だからこそわかります・・・・・・・・・・


 そこまで聞いて、ようやく『相川陽滝』のことを言っていると分かる。

 陽滝を『探す』のでなく『呼べ』とハイリは言っているのだ。


「あとは呼ぶだけです……。それだけで、カナミ君の妹は見つけられますよ……。パリンクロンなんて必要ありません……。親兄弟というのは、いつも繋がっているんです。『契約』や『血』ではなく――『愛』で。それを私は誰よりも深く知っています」


 パリンクロンの頬を撫でたように、彼女は僕の頬を撫でた。

 その手は兄のように優しく、妹のように暖かかった。


 それを最後に、ハイリは僕から離れる。


「私はここで退場しますが、ずっと見てますよ。――彼の中で」


 舞台から観客席へ退くかのように、ハイリは遠ざかっていく。

 そして、ライナーのすぐ傍まで歩き、そこでとうとう倒れこんで、地面に両手をつく。


 もう限界も限界だ。よく見れば足が溶け崩れていた。地面についた両手も、もう消える寸前だ。

 まるでタンポポの綿毛が散るかのように、ふわふわと身体の全てがほどけていく。

 その頼りない少女の身体を抱き起こし、ライナーは小さな小さな声をこぼした。


「やっぱり、あなたは……」

「それ以上はいけません、ライナー。約束どおり頼みます」


 ハイリは寄りかかりながら、人差し指を立ててライナーの口に当てた。

 それでもライナーはお構いなしに喋る。


「言っておきますけど、僕はパリンクロンを殺します。いまとなっては、なおさらです。あなたの意には沿えませんよ」

「構いません。あとは好きにしてください。私は心残りだった三人の・・・手助けがしたかっただけですから」

「……さよなら、ハイリさん・・・・・


 それ以上何も言わず、ただ別れの言葉を告げるライナー。

 身体を光に変えていくハイリを見て、彼が何を考えているのかわからない。けれど、一言二言ではすまない激情が渦巻いているのは表情からわかった。

 ライナーは、もう何も言わない。


 その姿を見てハイリは安心したのか、空を見上げた。

 もう手足はない。胴体も消え、無事なのは頭部だけ。


 目線の先は、いつの間にか晴れ上がっていた空。

 ハイリが戦っているうちに、雨の勢いは衰えていた。雨雲は減少し、合間から太陽が見える。

 僅かに白くて重い雲が交じっているものの、確かに青い――『青い空』が見える。


「すみま、せんね、ライ、ナー……、不出来な――で……――」


 そう言い残し、ハイリは光となって消えた。

 この世からいなくなった。


 僕は唖然となってそれを見送るが、ライナーは違った。

 いまだに戦場へ渦巻くハイリだった魔力――その全てに目掛けて叫ぶ。


「――彼女は世界あなたに渡さない! 『代償』ならば僕が払う! 『汝、刮目し省みよ』! 『その光の輝き』、『生の儚き瞬きを識れ』!!」


 それは世界に突きつけるような詠唱だった。

 そして、光全てを受け入れんと、両手を広げる。


 ライナーは一滴も涙をこぼすことなく叫ぶ。

 僅かに声がかすれている。叫ばなければ震えてしまうから吼える。そんな詠唱だった。

 

 その詠唱を僕は知っている。初めて聞いたのはラスティアラから。あのあとも、迷宮の中で幾度となく聞いた。

 自己流でも即興でもなければ、特に珍しくもない。教会に行けば毎朝神官が詠んでくれる、誰もが聞き慣れている詠唱――

 

 ――神聖魔法《レベルアップ》の詠唱だった。


 それをライナーは世界に叫ぶ。


 咄嗟にライナーの『表示』を見る。けれど、彼の経験値は溜まっていない。

 誰が見ても、この場に最もそぐわない儀式魔法だと思うだろう。


 だが、いまの僕は『レベルアップ』の真実を知っている。あれは本来、『魔力』を『変換結果ステータス』に換えるための魔法だ。正式名称は呪術・・魔力変換レベルアップ』――


 だから僕は、この儀式魔法がこの場に最もそぐう儀式魔法だとわかった。


 『世界奉還陣』によって溶けに溶けたハイリの『魔力』――散った光の輝き。

 そして、その魂すらも――全て。彼は受け継ごうとしているのだ。


 場の光という光を吸い込み、全てを自らの血肉へと換えていきながらライナーは叫び続ける。

 それは自分の証明。

 自分が自分であるという――ハイリと同じ叫び。


「――ゆえに! 『我に在り、汝に在る』! ああ! 『ヘルヴィルシャイン家が産んだ至高の光は僕が受け継ぐ』! 『血はあらずとも、魂がそこに至った』! 『僕こそがヘルヴィルシャインの最後の光』っ! ライナー! 『ライナー・ヘルヴィルシャイン』だ!!」


 『詠唱』が完成し、レベルアップの魔法が完成する。

 拡散していた魔力の粒子がライナーに収束し、透き通った音色を風が吹き奏で――


 ――ライナーは・・・・・レベルアップ・・・・・・した・・


 その言葉通り、魂の格が上の次元へと至った。

 『ステータス』を見れば、ハイリと同じ30レベルにまで一気に上がっていた。しかし、それは重要ではない。ライナーは、ただ経験値を貯めて変換する『魔力変換レベルアップ』をしたわけではない。


 これこそが本当の『レベルアップ』だ。

 出会いと別れを乗り越えることで、彼は正当なる成長を遂げたのだ――


 『呪い』じゃなくて『神聖』。

 そう主張したティアラの言葉を思い出す。


 まさしく、それを証明する魂の輝きを、そこに僕は見た。


 そして、ライナーは別人のような魔力を震わせ、双剣『ルフ・ブリンガー』を抜き、ハイリの代わりに僕の隣に立つ。


「戦うぞ、キリスト……。僕が最後まで見ててやる。だから、最後まで強がって戦え!」

「わかってる、ライナー……。最後まで強がって見せる。その『道』をハイリが見せてくれた!」


 新たな仲間が『楔』となって、僕を繋ぎ止める。

 ライナーは僕を『キリスト』と呼ぶ。

 彼にとっては、僕が『始祖』の『魔石人間ジュエルクルス』であることも『異邦人』であることも関係ない。彼にとって僕は『キリスト』であって、それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけのことが、なぜだかいまの僕には嬉しかった。


 僕とライナーの剣が、パリンクロンへ向けられる。

 その光景にパリンクロンは眉をひそめる。


「ああ……、あの馬鹿は還ったか……。しかも、ここにいる全員の力となって……」


 その表情から、パリンクロンがハイリを本気で生かそうとしていたことがわかる。

 そして、その彼女が三人の糧となって死んだことを誰よりも――恨んでいる。

 それがわかる形相だった。


「久しぶりに気分が悪いぜ。こんなに気分が悪いのは、本っ当ーに久しぶりだ」


 それは僕たちに言っているのか、死んだハイリに言っているのか、それともこの状況――世界に向けて言っているのかわからない。


 けれど、一つだけわかる。

 『楔』は僕だけにでなく、パリンクロンにも突き刺さっていた。だから、いままでとはパリンクロンの様子が違う。


 ただ、その冷静を失った姿こそ、本当のパリンクロンだと僕は思った。僕の知らない『神童』だった頃の――レイルさんやグレンさん、そしてハインさんに友と言わせた――ただのパリンクロンという名の少年がここにいる。


「だが、この気分の悪さこそ俺の望んでしまったものなのだから、俺も馬鹿なことしてるぜ……」


 忌々しそうに短く嗤う。

 嘘くさい感情ばかりのパリンクロンが、本気の感情を吐露しているように見える。


 その行き場を失った恨み辛みの感情は膨れ上がっていき、最後に僕たちへと向けられる。


「ははっ、もう『カナミ』の確保は無理だな……。姐さんの『魔石』も回収できそうにない……。『世界奉還陣』も馬鹿のせいで滅茶苦茶になった……。はっ、はははっ、こうなった以上、もう『道』は一つしかないな……。ああっ、一つしかないっ! 馬鹿のおかげで逆にわかりやすくなって助かるぜ!!」


 パリンクロンは身体の黒い液体を膨らませ、裂いた。

 裂かれた黒い液体は形を変えて、腕へと変わっていく。パリンクロンは腕の数を数倍に増やし、その全てを刃に変えた。

 その増幅されていく殺意が、そのまま凶器へと変わっていく。


「やることは一つ! 『世界奉還陣』を完遂させる! 残された道はそれだけだ! お前ら二人を殺し、俺一人だけが生き残り、またやり直す! 歴史を繰り返す! 少年は失敗したがっ、『英雄』と『化け物』なんて、また作ればいいだけのこと!! 次の狙い目はスノウかアイドあたりかァ!?」


 パリンクロンの『化け物』化が加速していく。

 胴体は太くなり、脚は獣になる。最後には背中から黒い翼が生えた。

 蜘蛛水晶となったローウェンのように、パリンクロンは人型であることを捨てていく。不定形の黒い悪魔が誕生する。


 理性を失い、感情に身を任せているのがわかった。

 その言葉から、パリンクロンが僕を篭絡しようとしていたことは間違いなかった。そして、思い通りにいかなかった僕を殺して終わりにしようとしていることも、悲劇を繰り返すつもりであることもわかった。


 だから、もう僕は迷わない。パリンクロンの言うとおり、本当にわかりやすくなった。


 もう単純だ。

 あとは殺し合うだけしかない。


「やらせるか、パリンクロンッ! おまえは僕が殺す……! 殺してやる! 今日、ここで!!」

「はっ、はは!! 死ぬのはそっちだぜ!!」


 互いが互いに欲しかった言葉を、二人は優しく叫び合った。

 ようやく、ここへ至って利害が完璧に一致する。


 皮肉にも、どちらの計算も願いも崩れたことで、殺し合いは成立した。

 そんな運命を、パリンクロンは笑う。


「――あはっ! はははハっ、アハハッ、ハハハハハッ、ハハハハハハ!!」


 いつもの人を食ったかのような笑いではない。

 パリンクロンの心の底からの笑いだ。ただ、その源泉は歓喜か絶望かはわからない。


 ひとしきり笑ったパリンクロンは、感慨深そうに呟く。


「なら、義理は果たさないとな……。なにせ、『今日、ここで俺は消える』かもしれねえみたいだからな。よく聞けよ、俺なりの前口上だ――」


 子供っぽく、少しだけ格好つけているのがわかる。

 パリンクロンは台詞に合わせて、右腕を横に振る。

 『世界奉還陣』が反応して、発光を強めた。しかし、その光は鈍い。少し前の極光とは似ても似つかない黒ずんだ光だった。


 パリンクロンの――いや『闇の理を盗むもの』の魔力によって、世界が黒で塗りたくられていく。


 空からの白光を、黒光が遮断する。

 夜のとばりが下りていく。


「――『闇の理を盗んだ罪人は二度死ぬ』『一度の死では罪を償えない大罪人ゆえに』――」


 パリンクロンは詠唱する。それに合わせて、左腕を横に振る。

 

 限界だと思われた黒が、さらに暗くなっていく。

 赤茶色を残していた荒地も黒に染まりきる。大地も空も、何もかもが黒に染まりきってしまい、世界は夜を超え、漆黒に閉ざされる。唯一つ、空の太陽だけを除いて。


「――『ああ、我こそが死罪人』、『闇の理を盗むもの』――」


 黒よりも暗い黒の世界に、丸い白い太陽だけが残された。

 それはまるで、黒の天上にぽっかりと空いた白い穴。世界を穿った穴のように見えた。

 僕たち三人は世界に空いた穴に落ち、暗い暗い世界の底――『最深部』へと落ちているようだった。


 パリンクロンの宣言によって、まさしく戦場は深淵の底となった。

 そして、言い締められる前口上。


「――よくまた・・来たな! ここが・・・この・・魔法陣の中心・・・・・・こそが迷宮の二十層・・・・・・・・・! 闇の理を盗むものパリンクロンの階層だ! いまこのとき、この場所こそ、世界の底! ゆえにっ、急造でも無断拝借でもなく、二十層だろうが百層だろうがっ、何層とだって言い張れるだろうよ! さあ、『第二十の試練』の答え合わせを始めようぜ! 少年が本当に俺の闇を抜けられたのかをっ、いまから確かめてやる!!」


 二度目の二十層到達を伝えられる。

 ここが二十層。そして、『闇の理を盗むもの』による『第二十の試練』の採点が始まる。


 この闇の底の中、僕はどこまで前に進めるか。

 光を見失わないでいられるか。

 それを試す戦いが始まる。


 だが、隣にはライナーがいる。

 彼の胸に光が灯っている限り、きっと僕は大丈夫だ。


 だから憂いなく迷いなく、同時に三人は駆け出した――


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