140.一方その頃、エピックシーカーは


 連合国南方の海からラウラヴィアへと移動する。

 《コネクション》をくぐった先は、かつての僕の部屋。エピックシーカー本拠の執務室だ。ここの《コネクション》は半永久的に保持するつもりだ。


 仕事に集中するため、執務室は最低限のものしか取りそろっていない殺風景な空間――だったはずだが、少し空けただけで部屋は様変わりしていた。


 至るところに書類の山が置かれており、足の踏み場がない。

 僕は部屋の中に人がいるのを感じ取り、挨拶する。


「お、おはようございますー……。いや、ただいまでいいのかな?」


 すると、以前僕が使っていた机にうずくまっていた女性が顔をあげる。


「え、マスター? まだ数日しか経ってないわよ……?」


 『エピックシーカー』の魔法使いテイリ・リンカーさんだ。

 どうやら、僕がいなくなったあとの書類業務は彼女が担当しているようだ。


 テイリさんは呆れ顔だ。あれだけの別れ方をしておきながら、ひょっこり顔を出す僕の神経を疑っているようだ。


 別に二度と帰ってこないとは言ったつもりはない。気にせず話を続ける。


「……僕はもうギルドマスターじゃないんですから、その呼び方はやめてくださいよ」

「なーに言ってるの。エピックシーカーのマスター枠は永久欠番。ずっとカナミ君のものよ?」

「え、なんでですか……?」

「裏の支配者はカナミ君だって思われてたほうが、私たちもやりやすいからね。名前、使わせてもらうわよ?」

「それは構いませんが……。僕の名前を使っても悪影響しかないのでは? たぶん、誘拐犯扱いされていますよね……?」

「確かにそうだけどね。けど、犯罪者の中にも人気ある人ってたくさんいるのよ? で、君も犯罪者でありながらラウラヴィアの人気者スターになっちゃってるわけ。ラウラヴィアの市民は、カナミ君にもきっと何か理由があったと思ってくれているわ。「ああ、我らがラウラヴィアの英雄は、籠の中で苦しんでいたお姫様たちを救うため連れ去ったに違いない」って感じでね。まあ、実際それが事実だしね。私たち『エピックシーカー』も、その噂を積極的に広げるつもりよ」

「は、はあ……」


 人気者スターと言われても反応に困る。今後の迷宮探索に悪影響が出るだけだ。

 

「はあ、じゃないわよ、カナミ君。あれだけのことをしといて、何ともないとでも思ったの? 今や君は『最強』の『英雄』、それプラス『剣聖』に『守護者殺しガーディアンキラー』。冒険者探索者の中では憧れの的よ。百年は続く伝説になるはずだわ。ギルドマスターでありながら、たった一人で『舞闘大会』に出場――まるで神話のような戦いの末、連合国最大の敵である守護者ガーディアンを真正面から撃破――その後、連合国主教の現人神と使徒を誑しこみ、さらに四大貴族の令嬢たちを誑し、その天然ぶりで多くの女性観客と出場者を誑し、さらには同性の元『最強』『剣聖』『大貴族子息』までも誑しこんで、見事『舞闘大会』から逃げ出した『天然の英雄』――という風に語り継がれるわね。よかったわね、マスター。ちなみに、あのあと劇場船『ヴアルフウラ』では君の活躍を劇にして上演し始めたから、伝説を知る人はどんどん急増中よ」

「何ですかそれ! 誇張と誤解と偏見に満ち満ち過ぎでしょう何もかも……! 最悪だ!!」

「いや、別に誇張も誤解も偏見もないと私は思うけど……。とにかくっ、旅の吟遊詩人たちも、君の『舞闘大会』での戦いを謳い回ることでしょうね。連合国に生まれた新しき英雄アイカワ・カナミの伝説を……! うふふっ!」

「よ、よーし、名前変えようかな……! 英雄とか知らないったら知らない……!」


 みんなに事情を話して、キリストへ戻してもいいと思える瞬間だった。

 不本意の栄誉から逃れる方法に悩んでいると、テイリさんは話を変えてくる。


「それで何しに来たの? スノウと結婚する気になった? あ、二人に子どもができたら名前つけさせてくれる?」

「しません。できません。……ちょっと、頼みごとができたので来たんです」

「へえ、カナミ君の頼みごとなんて気になるわね」


 『持ち物』から変換した鉱石を取り出して、執務室中央のテーブルに広げる。


「ローウェンの魔石の力で、好きな鉱物を量産できそうなんです。どうにか換金できる方法はありませんか? できれば、『エピックシーカー』が代わりに、大きな機関相手に換金してくれると助かるんですが……」


 目の前に広がった金銀財宝を前に、テイリさんは口に手を当てる。


「わ、わーお。……ここまで大きい話となると、私だけじゃ無理ね。でも丁度よかった。大きい話に対応できそうな人が、たまたま隣の部屋にいるわ」

「対応できそうな人……?」


 テイリさんは大きく息を吸い込んで、大声で人を呼ぶ。

 

「グレンさーん! ちょっと、こっち来てもらえますかー!? あとヴォルザークも一応ー!」


 あがった名前はグレン・ウォーカーだった。

 かの最強の探索者が『エピックシーカー』にいるのは意外だ。


 大した間もなく執務室の扉が開く。本当に隣部屋にいたみたいだ。

 眠たげな目をこするグレンさんが登場する。ついでに、その後ろへヴォルザークさんもついてきている。


「勘弁してくれないかな、テイリちゃん。僕はさっき眠った、とこ、ろ……――!?」


 僕を視界に入れた瞬間、グレンさんの半開きだった目が大きく見開かれる。爛々と目が輝き、凄い勢いで僕の手を掴む。


「――カ、カナミ君じゃないか! なぜ、ここへ!?」

「おはようございます、グレンさん。頼みごとがあって、少し戻ってきました」

「カナミ君っ、そんな他人行儀はやめてくれ……! 遠慮せず、お義兄さんと呼んでくれてもいいんだよ? それでスノウさんの結婚式はいつになるのかな? ふふっ、ふふふふっ……!」

「こ、ここはスノウ応援会ファンクラブか何かですか……?」


 一言目にはスノウと僕を結婚させようとする面々に、僕は呆れ返る。

 僕の疑問に、テイリさんは当然と言わんばかりに頷いた。いや、頷くな。


「その通り、間違っていないわ。……そして、『エピックシーカースノウファンクラブ』会長は君よ、カナミ君」

「間違ってて欲しかった……。ちなみに脱退は――」

「できないわ」

「会長なのに……」


 全く権限のないお飾りポジションに涙が出てくる。

 やはり、『エピックシーカー』のメンバーはどこか頭おかしいと再確認しつつ、話を聞かなかったことにしてグレンさんへ疑問を投げかける。


「それよりも、なんでグレンさんはここに?」

「基本的に、スノウさんが問題起こしたあとの後始末は僕がやることになっているんだ。『最強』の称号を失って、少し時間に余裕ができたからね。しばらくは、『エピックシーカー』の末席でお世話になるつもりさ」

「ああ、なるほど。ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらさ」


 昔、グレンさんは『エピックシーカー』にいたと聞いたことがある。兄である彼は、その頃からスノウを見守ってきたのだろう。当の本人は、全くそれに気づいていなさそうだが。


「それで用件はなんだい? 何かあったから来たのだろう?」

「この鉱石なんですけど、お金に換えたいんです」


 テーブルの上を見るように促す。

 すると、グレンさんの緩んだ顔が引き締まる。その鋭い視線から『最強』の片鱗を感じさせる。


「これ、ローウェンの魔石の力かい?」

「……よくわかりますね」

「勘はいいほうなんだ」


 早々にグレンさんは鉱石の素性を見破った。


「道理で本土のお偉いさんが血眼になるはずだよ。こんな力を個人が所有すれば、軽く国が傾くね」


 一つだけ宝石を手に取り、連合国上層部で戦ってきた歴戦の英雄としての見識を述べる。


「いや、もっと別の目論見があるのかもしれないな。この魔石を使って、もしかして――いや、それはないか?」


 まじまじと宝石を眺めつつ、独り言を繰り返す。

 しかし、すぐに本題を思い出して僕のほうへ顔を向ける。


「ああ、鉱石の換金だね。大丈夫、僕に伝手がある。『エピックシーカー』で請け負おう。スノウファンクラブ名誉会長兼婿殿の要望ならば、僕らに拒否することはできないよ」

「……一個人としてギルドに依頼という形に変えていいですか?」


 頼むとよくわからない立場が定着しそうで怖かった。

 なのでギルドマスターとしてでなく、一探索者として頼んでみる。


「それなら依頼料が必要になるね。その場合、お代はスノウさんとの子供を要求しようかな。ちなみに、二人の子供の命名権を得られるなら、僕は何でもする」


 歴戦の英雄グレン・ウォーカーの目は本気だった。本気すぎて狂気しか感じない本気だった。

 僕は怯えながら、仕方なく頷く。


「ギ、ギルドマスターとしてお願いします……」

「うん、請け負ったよ」


 敗北感と共に、僕は名誉会長とやらの立場を容認する。

 そして、『持ち物』にある鉱石魔石宝石を全て出して、数の確認を始める。


 手分けしての作業だが、それでも時間はかかる。

 途中、自然と世間話が挟まれる。ただ、話のほとんどはスノウのことだ。


「それで、うちのスノウさんと進展はあったかい?」

「そうね。何よりも、それが一番聞きたいわ」


 もっと聞かなければならないことはあるはずだろうに、真剣な表情で二人はスノウの近況を知りたがる。


「いえ、ずっとスノウは怠けてますよ? 釣りして釣りして、日向ぼっこしてるだけです。正直、『エピックシーカー』にお返ししたいです」


 あるがままを報告する。できれば、叱責しに船まで来て欲しい。


「よかった……、スノウさんが楽しそうで……」

「そうね。スノウの緩みきった顔が目に浮かぶわ……。本当によかったわ……」


 しかし、返って来るのは祝福のみ。なぜだ。


「か、会話のキャッチボールをしてください……」


 真面目に二人の頭が心配だった。


「ふふふ、わかってるよ。日向ぼっこしてるスノウさんは、とってもキュートだろう? 可愛さ余って押し倒したとしても、兄である僕が許すよ?」

「むしろ、推奨するわ。もう、二人の間に何の障害もないのだから遠慮なくね。苦楽を共にした生活、婚約者という敵役との決闘、『舞闘大会』での告白、国外への駆け落ちっ、完璧なドラマを演じたカナミ君になら私たちのスノウを任せられるもの」


 苦行を押し付けられた生活、婚約者という重荷の強制、『舞闘大会』での盗聴、記憶奪還の妨害なら覚えはある。あれを完璧なドラマと言うのか、この人たちは。


「いやいや、テイリちゃん。まだドラマは終わってないよ。ようやく苦しみの連鎖から開放されたスノウさんは、これからカナミ君の下で更なるドラマを展開するんだ」


 流石、元『エピックシーカー』だったグレンさんだ。容易にテイリさんの妄想へついていっている。


「そうね。まだまだドラマはこれからよね。ああ、できれば様子を報告書に書き出して、毎日届けて欲しいほどだわ。ねえ、カナミ君の周りに、文を書くのが得意な子いない?」

「い、いません……」

「そう、残念ね……」


 ラスティアラなら喜んでやりそうだが、捏造しそうなので絶対に秘匿する。

 そして、僕が顔をひきつらせている間も、二人の理解できない会話は続く。


 そこへ天の助けにも似た第三者の声が入る。


「――ああ、マスター」


 僕と同じ表情のヴォルザークさんが嘆息をつきながら言う。


「グレン妹のやつは自分から言わないだろうから俺が言うが……、なんだかんだで、あいつは勘定の計算や書類整理が得意だ。得意というより慣れてるって言ったほうがいいか。どうせ、あっちではサボってるだろうから、あいつにはそういう雑用を任せとけ」

「へえ、そうなんですか」


 ようやく、会話のキャッチボールができた気がする。

 向こうの二人はキャッチボールでなく、まるでエアホッケーのような会話だ。恐ろしい角度で急所を狙ってくる。『結婚』という弾丸をゴールさせられないように防ぐので精一杯だ。


「周りがこれだからな。際限なく甘やかされて生きてきたんだ。あいつのためにも、少しは仕事をやってくれ」

「はい。そうしますね……」


 そこにいる本当の兄よりも兄らしいことをヴォルザークさんは願う。


「ヴォルザーク! 君は何をいってるんだ! せっかく、スノウさんはウォーカー家の呪縛からとかれたのに、これ以上の責務を背負わせるつもりか!」

「そうよ! スノウが雑用でもして、あの綺麗なお手々が荒れたらどうするの! スノウはカナミのお嫁さんになるんだから!」


 僕は『エピックシーカー』の外へ出て、ようやく気づく。

 スノウの性格はスノウだけのせいではない。結構、周りのやつらのせいだ。


「これ以上、怠けさせたらあいつのためにならねえんだって……。あと、あの馬鹿硬いスノウの手が荒れるわけねえだろ……」


 ヴォルザークさんは呆れながら反論する。

 そんな人の好すぎる彼を、スノウコンプレックスの二人が責め立てる。

 慣れた様子で二人をいなしながら、こっそりとヴォルザークさんは僕に耳打ちする。


「頼むぜ、マスター」


 余り感情を外には出さないものの、ヴォルザークさんも人一倍スノウのことを心配しているようだ。

 欲を言えば、他の二人にも彼のような常識があって欲しかった。


 『エピックシーカー』の人たちの独特な優しさを感じながら、僕たちは確認を終える。


「――よし、数え終わったね。僕が責任を持って、全て換金しておこう。なにせ、未来の義弟のためだからね!」


 もはや、何を言っても意味はないと悟り、愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 そして最後に、僕はグレンさんへ聞く。


「グレンさん、一応お聞きします。……僕の旅についてきてくれる気はありますか?」


 『最強』の名を冠していた男を誘う。

 性格はさておき、グレンさんならば才能は申し分ない。あと何よりも性別が最高だ。男女比の偏りを少しでも緩和したい。


「それは無理だよ。君のパーティーは、いわばパリンクロン被害者の会だろ? 僕には資格がないかな」


 傍から見ると、そう見えるらしい。言われてみればそうだ。

 いわば、パリンクロンのおかげで固い結束を得ているとも言える。


「レイルさんと一緒で、グレンさんもパリンクロンを嫌いになれないんですか……?」

「いや、嫌いだよ? あれを好きというやつは、そうそういないんじゃないかなぁ?」


 あっさりとグレンさんはパリンクロンの人徳を全否定する。

 だがすぐに、またあっさりとパリンクロンとの関係を肯定する。


「ただ、パリンクロンとは仲間だったんだ。その義理がある。そう、義理だね……」


 それだけは否定できないと言うように、グレンさんは懐かしい顔を見せた。


 その気持ちを僕は少しだけ推測できた。

 もし、あの聖誕祭の日。パリンクロンが裏切ることなく、僕と共に迷宮を攻略していたとしたら――そして、その年月が長いものになっていれば、今のグレンさんと同じことを言うかもしれない。


 そう思わせる何かがパリンクロンにはある。

 ろくでもないやつだが、あいつに人を惹きつける何かがあるのは確かだ。なにせ、記憶のなかった頃の僕は、あいつのことを好んでいた。

 そう。

 確かに好んでいたのだ……。


「そうですか……」


 奇妙な感情に囚われ、僕は渋い顔を作る。

 すると、グレンさんは焦ったように言いつくろい始める。


「で、でも! カナミ君より、パリンクロンのほうが好きってわけじゃないよ? いつだって私はスノウさんとカナミ君ラブだ!! そこは勘違いしないでほしいかな! ……お、怒ってないよね? ね?」


 急に媚びだすところが妹そっくりだった。

 血の繋がりは全くないのに、なぜかよく似ている一家だ。


「いえ、大丈夫ですよ。怒ってません。ちょっとパリンクロンのことを思い出して、変な気分になっただけです」

「よ、よかった……!」

「それじゃあ、そろそろ失礼しますね。換金のほう、お願いします」


 礼をして、この場から去ろうとする。

 しかし、テイリさんの声に阻まれる。


「あっ、カナミ君……。できればでいいんだけど、この書類整理手伝ってくれない? これ、君が『舞闘大会』優勝して逃げたのが原因のものばっかりだし……」

「え……?」

「君の能力なら簡単でしょ!? お願い!」


 書類の山を見渡して、僕は汗をかく。

 しかし、逃げることはできない。今しがた頼みごとをした上に、原因は自分にあるのだ。ここで逃げてしまっては、あまりに薄情すぎる。


「わかりました……。いきなりマスターの責任を放り出した僕が悪いんですから、当然です」

「ありがとね! 流石はスノウのお婿さん!」

「婿ではないです……」


 その隣ではグレンさんも大喜びしていた。

 ただ、書類整理の速度が上がることよりも、スノウの婿候補である僕との時間が増えることを喜んでいるようだ。


 この状況の中、仕事をしなければいけないことに不安を感じる。

 今さっきのように、延々とスノウの話をするのは目に見えている。


 ぽんと肩に手が置かれた。

 隣でヴォルザークさんが申し訳なさそうな顔をしていた。


 この苦境の中、僕の気持ちをわかってくる人が一人でもいる。

 それだけで心が洗われるかのようだった。

 


 

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