139.経験値お金貯め


「剣……? ああ、なるほど。私にローウェン・アレイスの技を教えてくれるの?」

「ああ、即戦力になると思う。たぶん、ラスティアラなら修得できるはずだ」


 全てを伝えることはできないだろう。

 僕自身、ローウェンの剣術全てを理解しているとは言い難い。だが、ローウェンの剣を受け継いだものとして、一定のことは教えられると思う。


 ローウェンも自分の剣が広まることは望んでいるし、ラスティアラもローウェンの剣術に興味津々だ。

 教えるメリットはそれだけじゃない。その上、僕が剣の力を引き出す特訓にもなる。



【アレイス家の宝剣ローウェン】

 守護者ローウェンの魔石をあしらえた剣

 攻撃力19

 攻撃力は装備者のレベルと同値になる

 装備者はローウェン・アレイスの剣術を想起可能

 形状変化可能。装備者に地魔法+2.00



 『アレイス家の宝剣ローウェン』には、豊富な特殊能力が付属している。

 その中に『装備者はローウェンの剣術を想起可能』というものがある。これを上手く利用すれば、ローウェンが伝え切れなかった細かな剣術理論まで、僕は理解することができるかもしれない。


 実に一石三鳥ほどはある話なのだ。


「とりあえず、『剣聖』フェンリルにも指導員コーチについてもらったら、飲み込みが早くなるかな? ――鮮血魔法《フェンリル・アレイス》」


 ラスティアラは残り少ないMPを振り絞り、目を閉じて鮮血魔法を唱える。

 少しだけ髪の色が変色し、剣の構えに隙がなくなる。


 話どおりなら、今ここにいるのは元『剣聖』でありアレイス家の現当主フェンリル・アレイスの全盛期ということになる。


「よし、まずは軽く剣を交えてみようか。見て感じて、覚えてみて」


 ローウェンが僕に教えてくれたときも、実戦がほとんどだった。それを真似してみる。


「うん、わかった」


 僕たちは互いに剣を構え、寸止めで剣を振り合う。


 魔法の戦いでは後れを取ったが、剣の戦いでは僕のほうが有利だった。 

 腕力は劣るものの、技量で大きく上回っている。あと単純に魔法の補助なしの戦いだとスキル『感応』が発動する分有利だ。


 ある程度剣を打ちつけあったあと、僕はラスティアラから一本取る。

 ラスティアラは息を切らしながら、苦言を呈する。


「ちょ、ちょっと待って。これを見て覚えるの……?」

「そうしてもらえるとこっちは楽だけど……」

「そんな無茶苦茶な……!」

「じゃあ、もう少しゆっくりやってみるよ」


 鮮血魔法の補助があっても、そう簡単にはいかないらしい。教えるペースを緩めることを伝える。けれどまだラスティアラの表情は明るくならない。


「あとそれ以前にローウェンの剣術、変!」

「え、変?」


 真似が難しいという話ではなく、技術そのものに文句がついた。


「普通、剣術ってのは人くらいの大きさの相手を想定して振るものなの。なのに、ローウェンの剣術は、この船くらいの大きさの化物を想定してる」

「それは普通じゃない? じゃないと、巨大なモンスターが出たときに困るじゃないか」

「いや、化物みたいな大きさの敵が出たら普通は剣で戦うのを諦めるでしょ……。なのに、この剣術は徹底して剣一本で戦おうとしてる。だから異常だって言ってるの」

「ああ、そういうことか。ローウェンは魔法が使えないから、全部剣でなんとかしようとしてしまうのか……」

「この無茶苦茶な剣術を理解して、無茶苦茶な特訓を乗り越えるには、もうちょっと無理しないと駄目だね……」


 ラスティアラは鮮血魔法の力を限界に強める。

 髪がカラフルに発光したあと、白銀色に落ち着く。どうやら、別人の経験をさらに身へ積んだようだ。


「ゆっくりね! ゆっくり!」

「わかってるって……」


 もう一度、僕たちは剣を合わせ直す。


 ラスティアラの剣のキレが上がっていた。

 ローウェンの技に追従し、その全てを飲み込もうと全神経を集中させているのがわかる。


 こうして、僕たちの特訓は日が暮れるまで続く。

 船内からいい匂いが漂い、船尾のほうから釣り道具を抱えたスノウたちが戻ってきたところで僕とラスティアラは同時に倒れこむ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」

「つっかれたー! 汗が気持ちいいー!!」


 僕は血の匂いのする息を吐いて苦しんでいるというのに、ラスティアラは楽しそうな笑顔だった。一種のランナーズハイになっている。


 汗だくの僕たちを見て、スノウが声をかけてくる。


「ん、お疲れさま……。あんな良い天気だったのに、訓練なんて物好きだよね。カナミも、ラスティアラ様も」


 ラスティアラは起き上がりながら、スノウを誘う。


「楽しいよ? スノウもやらない?」

「い、いえ、私は遠慮します。疲れるのは苦手なので……、それじゃ!」


 スノウはリーパーを連れて、甲板から逃げ出す。

 それを見送るラスティアラは不思議そうだった。


「あれ、駄目だった。おかしいなぁ、こんなに楽しいのに」

「……いや、これを楽しいって言えるのはおまえだけだ」


 僕は疲労困憊の身体を動かし、ラスティアラに突っ込みを入れる。


「えー、そりゃちょっとは疲れるけど。自分が強くなっていくのは楽しくない? 何ていうのかな、自分が研ぎ澄まされていくのが快感じゃない?」

「僕は好きだけど、そういうのは人によるんだよ……。それにしても、剣の稽古は色々と得るものが多いね。確かにラスティアラの言うとおり、見直すとローウェン・アレイス流の剣術は異常だ」

「これから、定期的に訓練しようよ」

「ああ、もちろんだ。二人で剣術を磨き上げよう」


 ローウェンから受け継いだ剣術は大切だ。

 しかし、それを後生大事に飾っておくつもりはない。ローウェンも受け継がれた剣術を、さらに強く育てて欲しいと願っているだろう。何よりも他人を大切にする彼は、僕の力となることを望んでいると確信できる。


 ならば、『剣術』をどう進化させるべきか。

 もっと実践的で、相川渦波の次元魔法に合ったものにしないといけない。

 その新しい『剣術』を考えながら、僕は船内へと戻っていく。


 その後、マリア手作りの夕食をみんなで食べ、本国へ向かう船旅二日目は終わったのだった。



◆◆◆◆◆



 ラスティアラとの特訓を終え、翌日。

 短時間の睡眠が癖になっていた僕は、早朝から一人で甲板に出ていた。


 昨日の特訓は有意義だった。それは間違いない。

 しかし、『アレイス家の宝剣ローウェン』の力を引き出すという点では不満が残っている。確かに剣のおかげでラスティアラへの指導は順調に進んだ。


 しかし、この剣の真価はこんなものではないと僕は思っている。守護者ガーディアンの魔石を取り込んだパリンクロンやマリアの激変と比べると、まだまだ足りない。


 僕は甲板から海へと飛び降りる。


「――魔法《フリーズ》」


 着地と同時に、足元へ氷結魔法を展開する。

 表面を凍らせながら、僕は海の上を走る。


 すぐ近くに小さな島が見える。

 その島の海岸に辿りつき、僕は『持ち物』から大量の袋を取り出す。

 そして、周囲の砂や石をかきあつめ、次々と『持ち物』の中へ放り込んでいった。


 10キロ以上の砂を入手したあと、船へと戻る。

 必要なものが手に入り、ほくほく顔で船の甲板へと戻ったところリーパーに見つかってしまう。


「あれ、何やってるの、お兄ちゃん……?」


 また釣り道具を背負って、船尾へ向かおうとしていた。

 スノウも一緒なので、早朝釣りでも洒落込むつもりなのかもしれない。


 こいつら……。

 ほんと日常を謳歌してやがるな……。


「……ちょっと砂を取ってきたんだ」

「え、なんで砂?」

「ローウェンの剣の力を引き出す練習のためだよ。まだまだ、僕はこれを使いきれてないからね」

「へえ、面白そう。……スノウお姉ちゃん、ちょっと見てみようよ」


 リーパーはスノウの服の裾を引っ張って止める。

 

「ローウェンの剣……。それなら、ちょっと興味あるかも……」


 スノウは釣り道具を置いて、様子を見始める。


「邪魔するなよ……?」


 僕は拾ってきた砂を甲板に広げて、『アレイス家の宝剣ローウェン』を両手で持つ。

 そして、目を閉じて、全神経を剣に集中させる。


 しかし、頭の中に流れ込んでくるのは『剣術』ばかりだ。後にも先にも、徹頭徹尾『剣術』。

 親友のサガに笑みをこぼしながら、僕は心の中で「それ以外のを」と頼む。


 身の魔力を剣に纏わせて、新しき属性の魔法へと思いを馳せる。

 イメージは作り終えている。

 地属性の基礎魔法《アース》。土を操る魔法だ。


 少しだけ剣が不満を漏らす。


「――地魔法《アース》」


 ゆっくりと『アレイス家の宝剣ローウェン』で砂をなぞる。

 すると磁石にくっつく砂鉄のように、砂が剣を這い始める。


 そして、生き物のように砂は踊り始める。逆流に抗う魚のように、砂の塊が宙へと昇っていく。

 それは次元魔法でも氷結魔法でもない。僕には使えないはずの地属性の魔法だった。


「く、ぅうっ!」


 しかし、持っていかれる魔力は凄まじい。

 本来使えないものを無理やりに使っているという感覚が、身体に悲鳴をあげさせる。

 なにより、剣の同意を得られていないのが一番の原因だろう。 


「ローウェン、僕に力を貸してくれ……」


 直感のままに、スキル『感応』を発動させる。

 地属性の魔法の波動に、理を把握する新たな力の波動が加わる。ふわりと僕の前髪が浮き、二つの力の波動が交じり合う。意識が剣に吸い込まれるような錯覚がした。


 剣の中から声が聞こえた気がした。「私だって苦手なんだ」と。

 少しだけ頬を膨らませた赤銅色の髪の青年を幻視する。

 僕はその青年に、はにかんでみせる。


 ――「仕方ないな」。


 その声を最後に、世界は切り替わる。

 『リヴィングレジェンド号』の甲板の上、極小の砂の粒が舞う。

 その中心部に立つ僕の魔力が反転する。


「――水晶魔法《クォーツ》」


 僕から溢れる次元魔法の魔力が、『アレイス家の宝剣ローウェン』を通して変換される。水晶を操る『地の理を盗むもの』としての魔力となり、舞う砂の粒を侵食する。


 世界をも狂わす『理を盗む』力の一端を得る。


 砂が水晶へと変換されていく。

 いや、水晶だけにじゃない。ただの石が宝石へ、砂が砂金へ、ありとあらゆる鉱物へ変化させることができる。全ては僕のさじ加減次第だ。


 魔法を終わらせると同時に、宙を舞っていた砂が甲板へと落ちていく。

 そこには光り輝く宝石の川が生まれていた。


「お、おぉ!? キラキラになった! これ全部宝石!?」


 リーパーは変化した砂や石を手に取り興奮する。

 しかし、それ以上に興奮していたのはスノウだった。


「ただの砂が宝石に……? これもしかして錬金? すごい、流石はカナミとローウェン・アレイス。この力があれば、無敵。お金に困らないっ。際限なく自堕落生活できるっ、一生――!!」

「おい、まて」


 今にも小躍りしそうなスノウを睨む。


「な、何も言ってないヨ……?」


 俗物的な発想で大喜びのスノウは、目を逸らしながら宝石たちを手に取る。

 二人は砂遊びをするような感覚で、甲板の輝く砂を弄り始める。


 しかし、スノウの言いたいこともわかる。

 宝石を一つだけ摘み上げて、観察する。


 完全に別の鉱物として固定化されている。

 この世界の宝石の価値は低いと言えど反則的な能力だ。僕が全力で錬金だけに時間を費やせば、簡単に市場の価格崩壊を起こせるだろう。

 変化させる鉱物によっては、国の物価全体をも左右してしまうかもしれない。使いようによっては、戦略的な攻撃手段になってしまう魔法だ。


 この船の財政が国家レベルになったと同時に、不安も募っていく。


 守護者ガーディアンの魔石と使用者が、少し親和シンクロしただけでこれだけの力だ。

 なら、同じ条件であるマリアとパリンクロンも、同様のことをできると思っていい。

 世界の経済を傾かせるほどの力を、二人とも個人で有しているということだ。


 これから戦うであろう敵と、力を借りるであろう味方。

 その底知れなさを感じ取り、僕は身震いする。


「けど、お兄ちゃん。こんなに一杯の水晶と黄金、どうするの?」


 砂遊びに飽きたリーパーが僕に問う。


「ああ、そうだな……。こんなに一杯あっても、僕たちでは処理しきれないな。だから、相談しに行こうと思ってる。おまえらも来るか?」


 僕たちの手には余る話だ。

 換金所へ持っていっても、個人の契約では換金しきれないだろう。


「えっと、それはつまり、連合国へ行くのかな?」

「ああ」


 《コネクション》によって連合国への直通通路はできている。戻ろうと思えばすぐに戻れる。

 

「あっち、ウォーカー家が近いから嫌……」


 スノウは目を泳がせながら首を振る。せっかく自由の身を満喫しているのに、わざわざラウラヴィアへ戻りたくないのだろう。

 リーパーは震えるスノウの頭をなでなでしながら釣り道具を手に持つ。


「アタシ達は釣りしてるよ。お姉ちゃんとの釣り勝負は終わってないしね!」


 どうやら、リーパーはスノウを気遣って残るようだ。本当は連合国の様子を見てみたいだろうに優しい子だ。


「そうか。それじゃあ、さっと行ってくるよ」


 甲板の砂を全て『持ち物』に入れなおし、僕は魔法を唱える。


「――魔法《コネクション》」


 イメージによって繋がる先を変更する。

 対とするのは迷宮ではなく、エピックシーカー本拠だ。

 

 距離という概念を破壊する薄紫色の扉が生まれる。

 守護者ガーディアンの魔石は反則だが、自分も大概だと思いながら僕は扉をくぐった。


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