137.31、32層


 砂の海の一部が盛り上がる。サメのように背びれを剥き出しにして、ジュエルフィッシュが僕たちへと迫る。

 鳥が空を滑空するかのような、独特なスピードだ。

 以前はその速度に圧倒され、《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》を使用した。


 しかし、今回は違う。

 使用するのはスキル『感応』と『剣術』だけ。

 それだけで、『魔を絶つ刃』と自称したローウェンのモンスター殺しの力が身に降りる。


 目にも留まらない速さの突撃だが、『第三十の試練』を乗り越えた僕には生温い。

 ローウェンの剣速と比べれば、止まっているも同然だと思った。


 手に握った『アレイス家の宝剣ローウェン』が薄っすらと輝く。

 その輝きへ吸い込まれるかのように、ジュエルフィッシュと剣が交差する。


 一瞬の邂逅の後、ジュエルフィッシュの背びれを斬り飛ばす。

 すんでのところで、致命傷を避けられてしまった。


 遠ざかるジュエルフィッシュへの追撃を諦め、後方のラスティアラへ叫ぶ。


「ラスティアラ! いったぞ!」

「わかってる!」


 負傷したジュエルフィッシュは僕を置き去りにして、ラスティアラたちへと飛びかかる。


 その動きをラスティアラは目でしっかりと追っていた。

 魔力は感じないので、何の魔法の補助もないように見える。いや、補助はあるのかもしれない。彼女のスキル『武器戦闘』が、接近戦を有利に働かせている可能性はある。


 ラスティアラの迎撃は鮮やかだった。抜剣と同時に放たれた刃が、ジュエルフィッシュの正中線を通る。

 ジュエルフィッシュは空中で縦に真っ二つとなり、砂の海へ落ちる前に光となって消えていった。


 後ろのギャラリーを気にして少し格好付けている気はするが、見事な剣捌きだった。

 ラスティアラは演舞のように『クレセントペクトラズリの直剣』を振り、華麗に剣を鞘へと収めた。


「私がいる限り、仲間には指一本触れさせない……」


 誰に何を言っているのかわからないが、ラスティアラはポーズを決めた。右手で顔を半分隠して憂い顔を作っている。


 今のは勝ち台詞なのだろうか……。

 英雄譚を書くときのために、できる女のキャラ付けでも試みているのかもしれない。


「よし、このくらいなら問題なさそうだな。先へ進もう」


 マリアとディアに感想を聞くラスティアラを放置して、更に奥へと進んでいく。

 戦闘を見る限り、21層周辺のような人海戦術をされなければディアもマリアも安全そうだ。


 それに、結果的に僕とラスティアラで敵を仕留めたものの、後衛である二人も魔法を使う準備を終えていた。遠目にだが彼女らもモンスターの動きを把握できていた。もし、モンスターがラスティアラを抜いていたとしても、高火力の魔法によって蒸発していたことだろう。

 油断は禁物だが、躍起になって彼女たちを守る必要はないとわかる。


 なのでモンスターを避けることなく、真っ直ぐ32層を目指すことにする。

 その途中、初見のモンスターと遭遇する。

 歪な形の蟹の姿をとったモンスターだ。その刺々しい身体は他のモンスターと同じく水晶でできている。まぶたのない両目をぎょろぎょろと動して警戒しているのが気持ち悪い。


【モンスター】

 クォーツキャンサー:ランク31


 数は二匹。

 僕だけで二匹とも押し留めることはできないだろう。

 一匹だけを相手取り、もう一匹を後ろの三人へと回すことを決める。一応、『並列思考』で《次元の冬ディ・ウィンター終霜フロスト》の準備だけはしておく。


「一匹は僕がやる! もう一匹は頼んだ!」


 後ろの3人は戦闘準備を終えて頷く。

 仲間を信頼して、僕は自分の敵に集中する。


 蟹の習性どおり、横向きに走ってくるクォーツキャンサー。しかし、横向きながらも動きは速く鋭い。奇抜を通り越して恐怖を感じる。


 襲い掛かるクォーツキャンサーの鋏を、僕は剣で防ごうとする。

 そこでクォーツキャンサーは独特な動きを見せる。通常ではありえない方向に関節を曲げて、器用に剣を挟みこむ。そして、まるで武器破壊する武器ソードブレイカーのように、『アレイス家の宝剣ローウェン』をねじ折ろうとする。 


 水晶と水晶が擦れ、不安な高音が鳴る。


 このクォーツキャンサーは相手の武器を破壊することに特化したモンスターだと気づき、僕は焦る。せっかくの親友からの贈り物が、たった一日で壊れてしまうのだけは避けたかった。


 竹を割ったかのような音が鳴り、水晶が砕け散る。

 しかし、砕けたのはクォーツキャンサーの鋏だけだった。『アレイス家の宝剣ローウェン』には傷一つついていない。


 驚きの悲鳴をあげるクォーツキャンサーに、僕は剣を振り抜く。

 『アレイス家の宝剣ローウェン』は、抵抗なくクォーツキャンサーの水晶の身体を切断した。そして、そのままモンスターは光となって消えていく。


 その光景を見届けながら、僕は自分の剣の強さを再確認する。



【アレイス家の宝剣ローウェン】

 守護者ローウェンの魔石をあしらえた剣

 攻撃力17

 装備者のレベル分の攻撃力を加算する

 装備者はローウェン・アレイスの剣術を想起可能

 形状変化可能。装備者に地魔法+2.00



 今、恐ろしい頑丈さを見せつけたが、『アレイス家の宝剣ローウェン』は堅く鋭いだけの剣ではない。数多くの特殊能力を秘めている。

 まだ試してはいないが、剣の力を引き出しきれば使用魔法の属性が一つ増えるらしい。この世界で自分の属性が増えることは、まずない。そう考えると、この剣がいかに反則的な代物かよくわかる。


 煌く水晶の刃を眺め、頬を緩める。

 死してなお親友が力を貸してくれている気分だった。


 僕はローウェンと力を合わせ、モンスターを難なく倒すことができた。次は、後方のチームのコンビネーションを確認する。


 あちらの力も上手く合わさっているようだ。

 マリアの炎がクォーツキャンサーの視界を奪い、ラスティアラが鋏の攻撃を弾く。そこへディアの《フレイムアロー》が奔り、クォーツキャンサーは吹き飛ばされる。

 そして、体勢を崩したクォーツキャンサーへ全員の総攻撃が行われる。


 見事な連携だ。各々が自分の役割を理解していないとできない。

 ラスティアラはトドメの一撃を強引に取り、また演舞のあとにポーズをつける。


「私がいる限り、仲間には指一本触れさせない……」


 毎回言うつもりなのだろうか。

 機械的過ぎて、ゲームの戦闘勝利後シーンみたいになっていた。もし、それを続けるつもりならバリエーションを増やすように助言しよう。


 ラスティアラが仲間へハイタッチを強制しているところに、僕は割り込む。


「よし、順調だ。特に問題なさそうだね」


 ディアとマリアが30層で通用するかどうか、少しだけ不安だった。しかし、先ほどの戦いを見る限りは十分な力があるとわかり満足する。


「んー、火力調整が難しいな。強すぎず、抑えすぎず……」


 しかし、対照的にディアは不満げだ。マリアも同じように唸っている。

 どうやら、後衛には後衛の独特な悩みがあるようだ。


「私はもっと火力を足さないと駄目ですね……」

「なあ、マリア。どうやって炎をあんなに動かしてるんだ? 俺もあれくらいできたらいいんだが……」

「どうと言われても……、丁寧に扱ってるだけですよ?」

「だから、その丁寧がわかんないだって!」

「ディアは大雑把なんですよ。もっと、落ち着いて慎重に魔法を構築すればいいだけです」

「簡単に言うな……! できりゃしてる……!」


 また喧嘩が始まりそうだと思い、僕は間に入ろうとする。

 しかし、マリアの言葉を聞き、立ち止まる。


「しかし、良い機会です。ちょっと、試したいことがあるので耳を貸してください」

「ん、なんだよ……?」


 マリアはディアに耳打ちする。

 こと戦闘の話となると、意外に仲のいい後衛二人だった。少しだけ肩透かしだ。


 マリアの話を聞いて、ディアは面白そうに犬歯を見せる。


「へえ、いいな。やってみようぜ」

「ええ、試す価値はあります」


 僕がいなくとも、二人は二人で色々と考えているようだ。

 その自主性に任せようと思い、何も言わないことにする。


 ただ、ラスティアラは調子に乗って口を挟む。


「ディアもマリアちゃんも、全部私に任せてくれたらいいんだよ! この剣のおかげで、すごい倒しやすいしね! 『クレセントペクトラズリ』だっけこれ?」

「ああ、それも自慢の剣だ」


 『アレイス家の宝剣ローウェン』ほどではないが、『クレセントペクトラズリの直剣』も名剣だ。


「いいねこれ。硬く速くて、鋭い!」


 敵もいないのにラスティアラは剣を振り回す。正直、危なっかしい。だが、その楽しそうな表情のせいか、誰も止められない。

 今日の朝の話し合いで、マリアもディアもラスティアラが年下であることを知ってしまっている。不遇な人生を送った3才の女の子だと思えば、大目に見ようという気になってしまうだろう。


「はいはい、いいから行くぞ。ここからはもっと敵が多くなる。頼りにしてるからな」

「任せといて。私というツルギがここにいる限り、何人たりとも後ろへ通しはしないよ。……だから、マリアちゃんもディアも安心して」


 また無駄に格好つけている。

 その話し方は少しローウェンに似ていた。彼の『剣聖』『守護者ガーディアン』としての宣誓などを見て、真似でもしているのかもしれない。

 3歳くらいの子供にはよくあることだ。僕は生暖かく見守る。


 ディアとマリアは苦笑いと共に頷いた。

 ラスティアラの性格はとにかく、彼女の実力は確かだ。戦闘面において、安心できるのは間違いない。戦闘面においては。


 31層での戦闘に問題ないことを確認した僕たちは、さらに奥へと進む。もちろん、敵は避けない。

 今回の探索はレベルの平均化に主眼を置いている。まずはマリアのレベルの引き上げを行わなければ、今後に不安が残る。


 幸い、31層のモンスターの経験値は高い。一匹倒すだけで、マリアに1000ほどの経験値が溜まっていく。10レベル以降の必要経験値は、大体数万ほどなので、さほど時間はかからなかった。


 道中、基本的にはラスティアラと僕の剣だけでモンスターを倒していく。

 後方でマリアとディアが色々と新しい魔法を試そうとしているが、余り成果はあがっていない。たまに目を見張る魔法が飛んでくるものの、まだまだ安定しない。


 後方で二人は話しこむ。


「ディア、魔力を圧縮すればいいってものじゃないんです。もっと丁寧にお願いします」

「おまえが圧縮しろって言ったんだろうが……」

「程度を考えてください。火炎魔法に大切なのは、イメージのバランスです」

「その程度が難しいんだっての」


 正直、いつ喧嘩にならないかとはらはらしている。

 隣のラスティアラが楽しそうに眺めているのが不安に拍車をかける。


「仕方ありません、ディア。照準と誘導は私の火炎魔法で補助しますので、威力と速度だけにこだわってください」

「完全に役割分担するんだな。確かに、そっちのほうがやりやすいかもな」


 どうやら、二人は自分たちの魔法をかけあわせようとしているみたいだ。


 僕はそれを知識で知っていた。図書館や酒場では『共鳴魔法』と呼ばれている技だ。

 騎士団や軍の中で多く使われる魔法戦術だ。例えば、ポピュラーな《フレイムアロー》を10人ほどでかけあわせば極太の炎の矢を生成することができる。場面によっては、10人がばらばらに撃つよりも効果的なときがある。


 もちろん、共鳴させるには相性と訓練が必要だ。探索者たちの認識では、習得する労力の割に成果があがらない戦術とされている。

 ゆえに、よほど組織的な集まりでなければお目にかかれない。


 ちなみに、僕とリーパーの魔法《|親愛なる一閃<ディ・ア・レイス>》も、共鳴魔法にあたる。

 僕とリーパーの相性はいいのだが、ディアとマリアの相性には疑問が残る。しかし、それを習得できれば、色々と役に立つのは間違いない。試すだけなら悪いことではないと思い、口は出さない。


 そして、後衛二人は魔法の試行錯誤を繰り返している内に、僕たちは32層へと辿りつく。


 そこで一旦休憩を挟むことにする。

 マリアとディアのレベルを上げれそうだったので、周囲の安全を確認したあとでレベルアップ作業を始める。



◆◆◆◆◆


【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP220/232 MP869/989 クラス:剣士

 レベル15

 筋力8.61 体力6.99 技量3.80 速さ4.01 賢さ13.21 魔力54.76 素質5.00 

 状態:加護1.00

 先天スキル:神聖魔法3.81 神の加護3.08 断罪2.00 集中収束2.05

       属性魔法2.10 過捕護2.20 延命2.24 狙い目2.03  

 後天スキル:剣術0.11

 ???:???


【ステータス】

 名前:マリア HP159/203  MP822/945 クラス:

 レベル13

 筋力8.27 体力8.11 技量6.84 速さ4.65 賢さ9.06 魔力48.43 素質4.13

 状態:

 先天スキル:なし 

 後天スキル:狩り0.68 料理1.08 火炎魔法3.53



 相変わらず、ディアの魔力の伸びはおかしい。しかし、マリアもその異常な伸びについていっているのだから驚きだ。もう素質が足らないとラスティアラに言われることはないだろう。

 むしろ、今一番素質が低いのはラスティアラだ。


 後衛二人のHPが伸びたことに安心しながら、32層へと《ディメンション》を浸透させる。

 今回も贅沢にMPを使った。戦闘で《ディメンション・決戦演算グラディエイト》を使わずに、スキル『感応』を中心に戦っているのでMPは余っているのだ。


 その魔法事情から、僕はゲームを思い出す。上位互換の魔法を習得すると、下位の魔法が使われなくなるのはよくあることだ。

 《ディメンション・決戦演算グラディエイト》。この魔法の名付け親は僕だ。ゲームクリア――迷宮最深部到着まで、もう《ディメンション・決戦演算グラディエイト》は使われないかもしれないと思うと、一抹の寂しさを覚える。


 スキル『感応』にスキル《感応センス決戦演算グラディエイト》を襲名させようかと思いながら索敵を終える。


 砂漠のような階層は終わり、28層以前の通常の回廊に戻った。依然として壁の材質は水晶だが、砂漠を歩くよりかは随分と進みやすい。

 もちろん、前と違う点もある。天井が異様に高く、回廊に小さな川が流れていた。


 水晶の回廊に流れる川は神秘的だ。桃源郷の水かのように、美しく透き通っている。川の底の水晶が煌き、覗き込めば星空のように眩い。


 虫や動物系のモンスターは減り、代わりに空を飛ぶモンスターが増えていた。

 冷や汗を流しながら、全員へ情報を共有する。


「ひ、飛行系のモンスターかぁ……」


 ラスティアラと僕の顔は浮かない。22層のリオイーグル相手に手も足も出なかった記憶が蘇る。


「けど、今回はディアもマリアもいるからね」


 今回のパーティーは剣士だけではない。魔法使いがいることで対応力が段違いとなっている。

 それを聞いた後衛二人は息をまく。


「ええ、任せてください。レベルも上がって、魔力が漲ってきています。ディアとの共鳴魔法も、そろそろ上手く行きそうです。ここからは遠慮なくやってみます」

「空のやつは全部、俺たちでやってみる。ここまでは、ちょっと抑え気味だったけど、そろそろ本気を出すぜ!」


 二人のやる気を削がないためにも、僕はその提案を受け入れる。

 この層ではマリアとディアをメインにして探索してみよう。


 陣形を後衛二人主体に変えて、僕たちは32層を進み始める。

 空には多くのモンスターが羽ばたいている。全てを回避して進むことはできず、数分後には戦闘に入る。


 《ディメンション》で敵の接近を感じ取り、僕は後ろへ振り返って叫ぶ。


「きた! マリア、ディア、この先から鳥型のモンスターが、き、て……――え?」


 僕は言葉を失う。

 振り返った先で、無数の火の玉が飛び回っていた。

 いや、火の玉とは少し違う……。

 火の『目』……?


「――私の目も・・・・見えています・・・・・・。ディア、予定通りに。―――魔法《フレイム・決戦炎域グラディエイト》、《ファイアフライ》」

「ああ、言われなくとも!」


 花火が打ち上げられたかのように、狭い回廊に大小豊かな炎が飛び交う。アルティの階層が再現されたかのような光景に、僕は圧倒されてしまう。

 そして、生きているかのように火の玉は動き、僕の感知したモンスターへと飛び向かう。


 その隣でディアは魔法を構築し始める。

 魔力の密度が高すぎるせいか、全身が発光しているかのように見える。その膨大な魔力のうねりは、これから起きる魔法の壮大さを予期させる。


 僕の指示を最後まで聞くことなく、マリアは炎を操作する。

 《ディメンション》と同じ効力を、あの火の玉一つ一つが持っているのだろう。そう確信させるほど、迷いなく正確に火の玉は動く。


 火の玉は輪っか状になって宙へ並び、回転し始める。無数の火の輪が生成されていく。そして、火の輪はモンスターの居る場所まで伸び並び、炎の円筒と化す。

 ディアの魔法の通る『レール』――いや『銃身バレル』が宙に作られる。


 もちろん、その間もモンスターは飛び回っている。マリアの炎に気づき、その銃口から逃れようと逃げる。

 しかし、マリアの精密な魔法操作によって、銃口は常にモンスターへと向けられ続ける。

 そして、ディアの魔法構築が終わる。


「――《フレイムアロー》!」


 ディアの全身に灯っていた光が収束され、手のひらから渾身の魔法が放たれる。

 その光線レーザーにも似た魔法は、マリアの作った炎の銃身の中を通り、遥か遠くのモンスターを貫いた。

 圧倒的な熱量によって、敵の硬い水晶の身体は溶けて穴が空いていた。


 鳥型のモンスターは僕たちを視認することもできず、名前を覚えられることもなく、無情に堕ちていく。


 その戦法は迷宮に入り始めた頃を思い出す。

 しかし、僕がやっていた戦法よりも遥かに凶悪だ。


「ナイスです、ディア。――しかし、すぐ近くにもう一匹いますね。ついでに落としましょう」

「ああ、わかった。行くぜ――」


 マリアはアルティを継ぐ火炎魔法の専門家となっていた。

 つまり、僕と同じ索敵能力を持っている上に、マリアはディアの『フレイムアロー』を操作できる・・・・・


「――《フレイムアロー》!」


 炎の円筒の中を通って、光線が曲がる・・・・・・

 そして、空を飛びまわるモンスターを追尾して、正確に急所を貫く。


 僕の知っている『共鳴魔法』とは全くの別物だった。

 いや、そもそも《ファイアフライ》も《フレイムアロー》もこんな魔法じゃない。もはや、別の魔法に昇華してしまった魔法二つが絡み合い、さらなる『別物』へと昇華されてしまっている。

 その結果、こんなにも凶悪な魔法となってしまった。


 ラスティアラも僕と同じ感想のようだ。

 ぽかーんと口を開けて、その様子を見ている。


「カナミさん、倒しました。けど、断末魔を聞いた他のモンスターが寄ってきているようです……」


 炎で感覚器官を広げているマリアは、遠くの敵の動きを感じ取った。

 僕の《ディメンション》も同じ判断をしている。正確なところまではわからないが、マリアの索敵能力は《ディメンション》に迫っている。


「え、あ、そうだな。こいつらも仲間を呼ぶ類のモンスターみたいだな。なら……――」

「――よし、俺とマリアで全部燃やそう!」


 移動を提案しようとした僕を置いて、ディアが好戦的な提案をする。

 マリアはそれを聞き、悪くなさそうな顔をする。


「そうですね。一度、殲滅してから、ゆっくりと行きましょうか?」


 こともなさげに殲滅と言った。

 僕は恐る恐ると確認する。


「え、マリア……、殲滅できるのか……?」

「もちろんです。今、お見せします」


 マリアは僕を安心させようと微笑む。

 けれど、その背後に浮かぶ恐ろしい熱量の炎のせいで、僕は上手く笑い返せなかった。


 ディアは更なる詠唱を始め、マリアは更なる炎を生み出す。

 今度の炎は、綺麗な四角形や三角形を象っていた。すぐに炎は圧縮され、特有の荒々しさを失う。そして、まるでレフ板のような滑らかな表面を作り出す。


「ディア、撃つだけでいいです。あとは私が導きます」

「わかった。いくぜ――」


 ディアの周囲に無数の炎の矢が浮かぶ。

 その白く輝く矢によって回廊の温度が急上昇する。


 その炎の矢を導くため、マリアの赤い炎が複数の円筒を作る。今度の炎の銃身は短い。代わりに、銃口の先に炎のレフ板が設置されているのが見える。


「――《フレイムアロー・散花フォールフラワー》!」


 そして、全ての炎の矢が弾けるように放たれる。

 以前、大聖堂で見たときとは比べ物にならない熱量だ。単発の『フレイムアロー』よりは劣るが、それでも光線レーザーと呼ぶに相応しき凶悪な魔法が、閃光のように散っていく。


 無数の光線はマリアの精製した炎の円によって曲がる。時にはレフ板によって、道を大きく折れる・・・

 白い炎は赤い炎に誘われ、集まりつつあったモンスターたちへと襲い掛かる。


 こちらへ向かっていたモンスターたちは10匹以上いた。

 しかし、その全てが刹那の閃光群によって、光となって消えていく。


 ――殲滅だ。


 僕たちの周囲半径1キロメートルは、一時的にだがモンスターのいない空間となる。二人の魔法により、ぽっかりと空間が空いてしまった。


「これで終わりです。行きましょうか、カナミさん」

「っふー、成功してよかったー」


 その空間を作った二人は悠々と歩き出す。

 僕とラスティアラは呆然とするばかりだ。

 ステータスを確認すれば二人のMPは一桁分しか減っていない。彼女らにとって、今のは軽い運動程度というわけだ。


「あ、あぁ、行こうか……」


 経験値も大量に取得している。僕やラスティアラが必死に走り回っても追いつけない効率である。

 その圧倒的な殲滅力に、僕は頭の中が真っ白になる。


 ついさっきまで、剣で二人を守っていたというのに、実際はその必要がなかったということにショックを覚える。

 ラスティアラも、さっきまでの有頂天な態度は消えうせている。戸惑いながら、大人しく2人の後ろを歩いている。


 しかし、ショックを受けている暇はない。

 数分後には新たなモンスターが現れ、僕たちへ近づいてくるのを《ディメンション》で捉える。


「モ、モンスターが来た! 今度は3方向から――」

「――同じモンスターですか。それなら、大丈夫です」


 だが、補足した瞬間――


「任せろ、《フレイムアロー》!」


 炎の銃身を通り、閃光が奔る。

 モンスターは視認することもなく、消えていく。


「――3方向から来てるけど、全部落ちたね。うん。……一匹分の魔石は拾っていこうか」


 瞬く間に戦闘は終わる。

 常にマリアは炎を周囲に展開している。おそらく、それが《フレイム・決戦炎域グラディエイト》という魔法に当たるのだろう。その領域内に入ったモンスターは、ディアの《フレイムアロー》によって即死する。


 完璧な共鳴魔法だ。

 完璧すぎて、僕の索敵もラスティアラの攻撃力も必要なくなっている。

 余りにも迎撃が早いため、ラスティアラなんて敵影すら見ていない。


 悠々と僕たちは33層を目指す。

 その後、モンスターの襲撃は繰り返されたが、結局視認できるところまで接近できたモンスターは一匹もいなかった。


 こうして、水晶の鳥型モンスターの名前を知ることもなく、僕たちは33層へと辿りついた。



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