136.リヴィングレジェンドパーティー

 甲板でサラダを食べながら、魔法を唱える。


「――『コネクション』」


 いつでも迷宮30層から出発できることを確認し、僕は本題へと入る。


「それじゃあ、迷宮探索の方針を説明するよ」


 ずっと一人で考えてきた迷宮探索案について説明し始める。

 聖誕祭の日、大聖堂から脱出するときも思ったが、大所帯の仲間たちでパーティー編成するのは考えるだけで楽しい。ゲームをやっているときと同じ高揚感がある。

 遊び気分でやってはいけないとわかっていながらも、どうしてもゲーム好きな自分が出てくる。

 考えに考え抜いた計画を、僕は自信満々にひけらかす。


「迷宮探索は、基本的に4人パーティーで行おうと思う。ローテーションを組んで、効率を上げよう」


 目を輝かせて、プレゼンを行う。

 かつて、ゲームのやりこみやタイムアタックを繰り返した思考ルーチンによって、最適な回答を叩き出した計画。それを彼女たちに理解してもらうために、『並列思考』をフル稼働させ始める。


「まず、暫定的にAチームをスノウ、ディア、セラさん。Bチームをラスティアラ、マリア、リーパーとしよう。この組み合わせが一番バランスがいい」


 これで経験値配分も平等になる。前のマリアのときみたいに、大きく実力が離れることだけは避けよう。少しセラさんの素質が心もとないが、彼女には後衛の守護と移動を中心にやってもらおうと思う。


「まず、午前中に僕とAチームで探索する。MPが減ってきたら、『コネクション』でBチームに交代。このとき、僕のMPは減っているだろうから、リーパーを通じてMPを分けて貰う。そして、午後の時間を使って、僕とBチームが攻略を再開する」


 ちなみに、リーパーの『繋がり』の能力は残っている。ローウェンとの別離によって、『そこにいない呪い』は失ったものの他の魔法は使える。ただ、過度な記憶の流入は危険と判断したため、もう必要最小限の『繋がり』しか保持していない。リーパー自身、死神としての能力を嫌っているというのもある。


 今、リーパーと繋がっているのは合理的な考えの強い僕だけだ。他のみんなはプライベートを気にして『繋がり』を避けている。


 僕の細かな作戦を聞き、ディアは首をかしげる。


「ん、んー? よくわからない……」


 他のみんなも似たようなものだ。

 その中、ラスティアラだけは否定的に反応する。


「相変わらず、カナミの話すことはつまらないなー。で、なんで、4人なの?」

「船が留守になるのを防ぐためだ。半々くらいが丁度いいだろ?」


 厳密には違う。

 僕の『並列思考』で常に把握できそうな人数が四人だというのが本当のところだ。

 あと単純に編成という行為をしたかったのと、四人がゲーム的に王道の人数だったというのがある。むしろ、こっちのほうが理由の大半を占めているかもしれない。


「というか、カナミだけ連続で参加してるの卑怯じゃない?」

「え、だって、どうしても最深部へ行きたいのは僕だけだし、負担がかかりそうなところは僕にしようかなと……」

「少なくとも私は連続でも構わないよ! むしろ、放っとかれたら一人で行っちゃうくらい!」

「それはやめろ! 勝手に行くな! 僕の同伴がないと行かせないからな!」

「え、同伴!? ……なんで?」 

「いや、普通に考えて、『コネクション』でいつでも撤退できる状況でないと不安だろ? 不測の事態に備える。基本だ」


 僕の石橋を叩いて渡る考え方に、ラスティアラはご立腹だ。


「あと、他にも文句はあるよ。もしかして、ずっと固定のチームなの?」

「当たり前だろ。連携の錬度を上げるためにも、固定じゃないと駄目だ」

「ずっと同じじゃつまらない。クジとかで適当に混ぜようよ」

「適当なんて駄目だ。後衛だけとか前衛だけになったらどうする」

「それはそれで面白い!」

「おまえの面白いは、危険に直結しすぎなんだよ!!」


 僕たちの言い争いは止まらない。

 とはいえ、これは通例でもある。こうやって、二人の間を測っていくくらいが丁度いいのだ。

 

 他のメンバーを置いて、すり合わせを行っていると、おずおずとスノウが手を挙げる。


「ん、どうかしたのか、スノウ。言いたいことがあるなら、遠慮しなくていい」

「えーっと、私は船で待ってちゃ駄目?」

「……おい。もしかして、全く迷宮に潜る気ないのか?」

「えっと……、そんなにはないかなあ? 私だけしかいないなら、仕方ないけど。こんなにも一杯いるなら、私が行かなくてもいいような……?」


 スノウはここぞとばかりに弱々しく不参加を訴える。


「そうかもしれないが、それだとまるっきり働かないことになるぞ」

「さ、裁縫得意だから、みんなの服とか作るよ? 料理もするし! 元々、お嫁さん志望だし!」

「――待て、それ以上はいい……。おまえが一番迷宮探索歴が長いんだ。家事よりも探索に参加してくれると助かるんだが……」


 さらっと場が凍りそうな発言を反射的に遮る。

 お嫁さんについては聞かなかったことにして、なんとかスノウに迷宮探索メンバーに入ってもらおうと説得しようとする。

 しかし、スノウの隣に座っていたリーパーも首を振り出してしまう。


「んー、アタシも迷宮探索には興味ないなぁ。でも、気が向いたら手伝うよっ」


 リーパーは席を立つ。


「あ、リーパー! 待て!」

「話が難しいから、ちょっと遊んでくる! さっき釣りを試したら、思いのほか楽しかったんだよねっ!」


 そう言って、そそくさと船内へと走り去っていく。

 さらに、想定外は続く。

 仏頂面だったセラさんが短く発言する。


「最初に言っておくが、私はおまえの命令では迷宮に入らないぞ?」

「え、ええ!?」

「私はお嬢様の騎士だ。そもそも、迷宮探索にさほど興味はないというのもある」


 言われてみればそうである。

 彼女は騎士であって、探索者ではない。あと、僕に義理立てして迷宮探索する理由もない。


 徐々に自分の計画が破綻していく。僕は歯軋りしながら受け入れるしかなかった。

 それをラスティアラは至福そうに眺める。


「うふふっ、潜る前からパーティー半壊したね。予定通りに行かない! 堪らないなあ!」

「べ、別に、最初に言ったのはただの理想案だから。次善案があるから……! だから、別に全然悔しくないし……!」


 よくわからない喜びを感じるラスティアラに対し、僕は口早によくわからない言い訳を重ねる。

 出だしで計画が水泡に帰ってしまい、仕方なく残ったメンバーでの攻略を提案する。


「……なら、基本は僕、ラスティアラ、ディア、マリアの4人での探索! 場合によって、色々と交代。以上っ!」

「いいね! そのくらい無計画のほうがわくわくする!!」

「まず目指すのは39層。パリンクロンとの決着がつくまでは、40層の守護者ガーディアンは起こさない方針で!」

「うっかり、40層に入っちゃったらごめんね、カナミ!」

「そのときはおまえを囮として迷宮へ置いていくから問題ない。『コネクション』を全部消せば、たとえ守護者ガーディアンでも船まで追って来れないはずだ」

「ちょっと、それは洒落にならないのでは……、カナミリーダー?」

「わざと40層入ったら、そのくらいはやる。まあ、おまえなら、なんだかんだで生き残るだろ。ローウェンみたいな守護者ガーディアンなら話し合いでなんとかなるし」

「カナミってば素直じゃないなあ。もしそうなったとしても、どうせ自分が残るくせにー」

「……生存力という点ではラスティアラが一番トップ。そう僕は信じてる」

「け、結構、本気だね……。うん、うっかり40層へ入らないように気をつけるよ……」

「そうしてくれ」


 他人に頼ることを覚えた僕の本気を悟り、ラスティアラは大人しくなった。

 言い争う相手がいなくなり静かになったので、気を取り直して僕は出発を宣言する。


「よし、とにかく行こう! 迷宮へ潜って、それから考えよう!!」


 これ以上、船で考えていても仕方がない。考えすぎて空回るのは悪い癖だ。

 今回はラスティアラを見習って、迷宮探索を進めようと思う。僕、ラスティアラ、ディア、マリアの四人パーティーは、ほぼベストメンバーなので余裕があるというのもある。


 しかし、その手鼻も挫かれてしまう。


「あ、カナミさん。あの……、洗濯物が残ってるんですが……」


 マリアが申し訳なさそうに言葉を挟む。家事好きな彼女は、仕事を放置するのが嫌のようだ。

 僕は静かに逃げようとしていたスノウの首を掴む。


「……スノウにやらせとけ」

「え、ええ!? わたし?」


 スノウは首をぶんぶんと振る。


「おい。さっき、やるって言っただろ……? こっちのお嫁さんとやらは家事全くしないのか……?」

「いや、誰もやらないのなら、やってもいいかなってことであって、マリアちゃんがやるのなら私がその仕事を奪うこともないかなと、そう思ってるわけで……」

「おまえ、本当にこの船で食っちゃ寝だけする気か……?」

「あ、編み物もするよ……?」

「それはおまえの趣味だろ」

「釣りもやるよ……?」

「それ絶対に寝るだけだろうが……。あと食べ物には困ってないから、釣りの必要はない……」


 スノウは「えへへー」と笑って必死に誤魔化そうとしているが、僕は掴んだ手を離さない。

 しかし、船内から釣り道具を持ってきたリーパーが現れ、僕の注意が逸れる。その隙を突いて、スノウは手を振り解いて逃げだす。


「あ、リーパーが呼んでるっ。ちょっと行ってくる!」


 どうやら、元から示し合わせていたようだ。

 リーパーとスノウは釣り道具を持って、船尾のほうへと逃げ出していった。


「洗濯物、どうしましょうか……」


 一部始終を見ていたマリアは、僕の指示を聞く。

 仕方なく僕は、最後まで触れないでおこうと思っていたセラさんに話しかける。


「その、セラさん……。洗濯してもらえないかな……、ほら、格好もそれっぽいし」


 メイド服を着て黙っていたセラさんにお願いする。


「言っておくが、私は家事をやったことなどない。あと、格好についてもう一度触れたら殺す」

「……やったことがない? 一度も?」

「ああ、一度もだ。……だが、これから学んでいくつもりだ」


 探索には非協力的だが、旅の協力はしてくれるようだ。

 その言葉から、仲間の一員として協力しようという気概が見える。スノウの100倍はお嫁さんに欲しい。


「それじゃあ、みんなで一緒に洗濯しようか……」

「そうさせて貰おう」

「それが終わったら、迷宮へ行こう……」


 一時的に迷宮探索を諦め、家事へと勤しむはめになる。

 しかし、女物の洗濯物ばかりだったため、僕は即刻出入り禁止となってしまう。正直、気にしているのはセラさんだけだった。僕もマリアも構わないと言ったが、聞き入れてはもらえなかった。


 もう何もかもがぐだぐだだ……。


 こうして、記念すべき『リヴィングレジェンド号』一行の初迷宮探索は、全くしまらないスタートを切る。

 そして、洗濯を甲板に干し終えたところで、スノウたちと楽しそうに釣りをしていたラスティアラとディアを回収する。


 目を離せば、すぐばらばらになるメンバーへ頭痛を覚える。

 そもそも、このメンバーを御しきろうというのが間違いなのかもしれない。

 

 これからの迷宮探索の雲行きが怪しくなっていることに気づき、僕は盛大なため息をつきつつ『コネクション』をくぐったのだった。



◆◆◆◆◆



 『コネクション』を通り、あらかじめ設置していた30層へと飛ぶ。


 30層は見る影もなくなっていた。一面の水晶畑は消えうせ、無機質な石の床が広がるだけだ。

 アルティのときと同じ物悲しさを感じながら、僕たちは31層へと降りていく。


 31層は29層とさほど変わらない。

 砂の質が変わり、地面が少し固めに変わったくらいだ。

 どこまでも、砂の海が広がっている。その砂漠をゴーレムが徘徊し、魚のモンスターが泳いでいる。モンスターのどれもが、硬そうな水晶クリスタルで全身を覆っている。一筋縄ではいかなさそうだ。


 僕は『ディメンション』で周囲を警戒しつつ、ステータスの最終確認を行う。



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP303/313 MP391/796-400 クラス:探索者

 レベル18

 筋力10.15 体力11.42 技量14.90 速さ17.82 賢さ15.33 魔力40.52 素質7.00 

 状態:混乱6.98

 経験値:8409/60000

 装備:アレイス家の宝剣ローウェン

    レッドタリスマン

    外套

    エピックシーカーの制服

    焼け焦げた異界の靴

 先天スキル:剣術4.89 氷結魔法2.58+1.10

 後天スキル:体術1.56 次元魔法5.25+0.10 感応3.56 並列思考1.47

       編み物1.07 詐術1.34

 ???:???

 ???:???



 連合国出発前に『コネクション』を多く置いてきたので、最大MPは低めだ。そのMPを補うため、レベルアップした際のポイントは全て魔力に振ってある。



【ステータス】

 名前:ラスティアラ・フーズヤーズ HP735/735 MP338/338 クラス:騎士 

 レベル17

 筋力12.97 体力12.52 技量7.82 速さ9.31 賢さ13.52 魔力9.69 素質4.00

 状態:

 先天スキル:武器戦闘2.20 剣術2.12 擬神の目1.00

       魔法戦闘2.27 血術5.00 神聖魔法1.03

 後天スキル:読書0.52 素体1.00



 以前と比べるとラスティアラも少し成長している。ちなみに『クレセントペクトラズリの直剣』は彼女に渡した。愛用の天剣『ノア』はフーズヤーズの大聖堂に置きっぱなしとのことだ。



【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP220/220 MP941/941 クラス:剣士

 レベル14

 筋力8.11 体力6.59 技量3.60 速さ3.79 賢さ12.33 魔力51.72 素質5.00 

 状態:加護1.00

 先天スキル:神聖魔法3.81 神の加護3.08 断罪2.00 集中収束2.05

       属性魔法2.10 過捕護2.45 延命2.24 狙い目2.03  

 後天スキル:剣術0.11

 ???:???



 一番成長しているのはディアだ。ラスティアラと行動を共にしている間に、能力値が格段に跳ね上がっている。筋力は最強のグレンさんを超え、体力は『エピックシーカー』一の巨体であるヴォルザークさんを超えている。ただ、剣術スキルは0.01しか上がっていない。『過捕護』とかいう怪しげなスキルは急上昇しているというのに悲しいことだ。

 本人がいくら頑張っても、望み通りのステータスにはなれないという良い例だ。



【ステータス】

 名前:マリア HP159/159  MP855/855 クラス:

 レベル10

 筋力7.69 体力7.23 技量5.99 速さ4.45 賢さ7.96 魔力41.13 素質4.13

 状態:

 先天スキル: 

 後天スキル 狩り0.68 料理1.08 火炎魔法3.53



 レベルは変わりない。しかし、アルティの魔石によって、魔力と素質が急上昇している。いや、急上昇と言うよりは別次元へと突入しているといったほうがいいだろう。

 マリアは両目を失ったものの、アルティの魔法によって視力に代わる空間認識能力を得ている。鬼火のような炎を、周囲に数個ほど浮かばせて周囲を警戒している。

 本人は控えめに少し火炎魔法が強くなっただけだと僕たちに説明したが、その鬼火を見る限り少しとは想えない。自然に炎を浮かばせながらも力強い。アルティを思い出させる炎だ。


 やはり、一番気になるのはマリアの真の実力だ。


「よし、警戒しながら行こう。ラスティアラ、後ろの二人を頼むぞ」

「りょーかい!」


 先頭を僕が歩き、後衛二人をラスティアラが守る陣形だ。

 『ディメンション』を展開しながら、砂の海を歩く。道を進むというよりは、広大な砂漠を進んでいる気分だ。視界の端に壁はなく、方向すらも確信できない。

 普通に探索しようと思えば、多くの不安を抱えさせられるフロアだろう。


 ただ、今の僕には関係ない。

 ギルドマスターをしていたときには『ディメンション』で街一つを包んでいた。その『ディメンション』を今日はフロア全体に浸透させる。贅沢なMPの使い方だが、出だしはこのくらい慎重なほうがいいだろう。


 フロアの造り。敵の位置。次の階層への階段。全てを確認し、記憶する。

 しかし、砂の海の中までは完全に把握できない。砂の中に潜むモンスターからの攻撃には、注意したほうがよさそうだ。


 僕は近くの砂の中へ意識を割く。

 不思議と以前より魔力の通りがいい。


 いや、理由は予測がついている。

 守護者ガーディアンとの戦闘の経験が、僕を成長させている。ステータスには『表示』されない『数値に表れない数値』だ。

 アルティと戦い、炎への理解が高まったのと同じように、ローウェンと戦い、鉱石への理解が高まったのだろう。


 いかなる攻撃も跳ね除けたローウェンの水晶と比べれば、この階層の鉱物はわかりやすいほうだ。


 余裕をもって僕たちは奥へと進む。

 その途中、手頃なモンスターが一匹だけで動いているのを見つけ、わざと接触しにいく。早い段階でパーティーの動きと実力を確認しておくためだ。



【モンスター】

 ジュエルフィッシュ:ランク29



 29層にもいた七色の巨大魚が泳いでいる。

 僕はみんなに声をかける。


「ちょっと、あそこにいる手頃なモンスターと戦ってみよう。砂の中を泳ぐ魚モンスターで、硬くて速いから気をつけて」


 後方の三人は頷いて同意する。

 そして、『リヴィングレジェンドパーティー(仮)』の初戦闘――初探索が始まる。



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