127.親愛なる貴方へ
思い出せ。
ローウェンと出会った日から今日までの全てを、思い出せ。
彼の会話と表情を。
仕草や癖を。
想いと願いを。
その全てを再現することができたならば、『詠唱』は成功する。
あの魔法の『代償』だって払える。
ローウェンは僕の中で生き続ける。
はずなのに――
「――『拒んだのはあなたが先だ』『だから私は剣と生きていく』――!」
しかし、魔法は成功しない。
ゆえに、
全く魔法構築の目処が立たない。
魔法《
しかし、代替する魔法は《フォーム》と《コネクション》だけでいいのだろうか。次元魔法は必須だ。代替と組み合わせのパターンは何十通りも考えた。だが、どうやってもこの世の『理』、魔法構築の前提から抜けだせる気がしない。
そもそも、この魔法は魔力を使って再現できるかどうかも怪しい。
「くっ――!」
結果、僕は魔法構築に失敗し、無駄に魔力を失ってしまう。
そして、『詠唱』を完成させることのできなかった僕に、ローウェンは襲い掛かる。
魔法を唱えながらの突進だ。
「――《クォーツ、――ララクス》!」
水晶の剣は難なくかわした。
しかし、かわしたと同時に、八本の剣の内の半分が破裂する。
水晶が弾け、散弾のように僕へ襲い掛かる。
《ディメンション》のおかげで、破裂前に魔法の効果は予測できていた。僕は『魔力氷結化』で剣の横幅を拡げる。剣を盾にして、散弾を逸らす。
氷の盾は一瞬で砕け散った。
ただ、全てを逸らすことはできなかったが、被害を最小限に抑えることはできた。僕は負傷箇所を確認しつつ、ステータスも『表示』させる。
【ステータス】
HP262/293 MP189/751-100
まだ余裕はある。
魔力が残っている限り、そうそうダメージを食らいはしないだろう。そう言い切れるほど、いまのローウェンには決定打が欠けている。
だが、その代わりに得たローウェンの強みは絶大だ。
その強みは、ゆっくりと回る毒のように、緩やかな敗北を僕にもたらすだろう。
早く『詠唱』を完成させないといけない。
ローウェンの
しかし、焦れば焦るほど、答えは遠のいていく。
その間もずっとローウェンは捨て身の攻撃を繰り返し、乱雑な剣を振り回し、次々と魔法を唱えていく。
「――ォーツ、グリント》《アースウェイブ》《クォ――、ーデン》――」
多種多様の地魔法を、ローウェンは放つ。
水晶が光を取り込み、内部で乱反射する。その光は魔力によって纏められ、一箇所から放出される。僕は氷の粒の膜を生成して、その魔法の光線を減衰させ、跳び避けた。
着地した足元が、大地震が起きたかのように揺れる。
結界内の地面が、地属性の魔力によって動いていた。雪の下にある水晶の砂が、意思を持っているかのように蠢く。
そこにローウェンが飛び込む。
斬り合っては消耗するだけだと思い、僕は距離を取ろうとする。しかし、柔らかい地面に足を取られてしまった。仕方なく、足の裏に魔力を集中させる。砂流の動きを《
逃げる僕に、ローウェンは水晶の剣を投げつける。
僕は身をよじって、その剣を避ける。どうしても避けきれないものは剣で弾いた。
戦いは、逃げる僕をローウェンが追いかける様相に変わっていった。
しかし、いつまでも逃げ切れるわけでもない。ローウェンの技量は失われたが、速さは健在だ。
ローウェンは最大速を保ったまま、剣を振るい、次々と大魔法を放つ。
津波のように砂を操る魔法。
石の弾丸を撃つ魔法。
砂の渦で相手の動きを束縛する魔法。
水晶の
上空から水晶の剣を雨のごとく降らせる魔法――
結界内に《
僕は発生前に魔法の効果を知り、その狙いを『感応』で読み、最も危険の薄いところへ逃げ込み続ける。《ディメンション》で力の流れを把握し、最低限の魔法で相殺してやりすごしていく。
だが、それらを繰り返せども、消耗は止められない。
体力と魔力は削れていく。
対して、ローウェンの体力と魔力が衰えている様子は見受けられない。
常に全力。魔力が身体から無限に湧き出ているかのように見える。
ボスキャラが息切れしないのはお約束とはいえ、余りに異常だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
僕は荒々しい息を吐きながら、ローウェンの猛攻をしのぐ。
できれば、もっと距離を取って戦いたい。船を出て、海に逃げ、多くの地形を利用して戦いたい。
しかし、距離を取りすぎれば、ローウェンの注意が僕から外れてしまう。そうなれば、理性のないローウェンは、他の人間たちを狙うだろう。それでは駄目だ。
大粒の汗が流れ、吐く息から血の匂いがしてくる。
『表示』には表れない体力の限界も近づいてきているのがわかる。
【ステータス】
HP260/293 MP79/751-100
MPが0になれば、命を削って魔法を使用しなければならない。
そこまで追い詰められれば、きっと観客席のラスティアラが黙っていないだろう。彼女が未だに我慢強く見守ってくれるのは、スキルで僕の状態を把握しているからだ。
このままだと、僕は『試練』を超えられない。
何も超えられず、ローウェンはモンスターとして連合国の人々に処理されてしまう。
現実的に、その結末が近づいてきてるのがわかった。
少しずつ、諦念の感情が僕の心を蝕んでいく。
ここで僕が無理をして、誰かが傷つくほうがローウェンは悲しむ。そのくらいはわかる。
早々に全員でローウェンと戦ったほうが安全なのは間違いない。最高の結末は得られないが、次善の結末は得られる。
僕がローウェンを超えるという『試練』は、彼の一方的な期待だ。
絶対に超えられるとは限らない。
もし僕が『試練』を超えられなくとも、ローウェンは「ははっ。ちょっと、無茶言い過ぎたか」と言って、笑って済ませてくれるだろう。それもわかる。
落ち着いて、合理的に考えれば、ここは無理をせずに諦めるのが妥当だ。
そう。
それが妥当な判断――
「このぉおおおおおっ――! ふざけるなああ!!」
襲い掛かる八本の剣。
それを悪態をつきながら、弾く。
疲れが溜まり、両腕が鉛のように重くなってきた。
集中力が低下し、ローウェンの八本腕を捌き切れなくなってきた。
妥当?
本心は違う。
妥協したくない。
ローウェンの期待に応えたい。
『第三十の試練』を乗り越え、ローウェンの『未練』を完全に消し去りってやりたい。
あと少しなんだ。
確信はある。
あの『
しかし、あと少しのところで、『詠唱』を再現することができない。
歯噛みする僕に、ローウェンは容赦なく襲い掛かり続ける。
僕は《ディメンション》を強め、その剣の乱舞をしのぐ。
しかし、『武器落とし』、『デスマッチ』、『第三十の試練』の三連戦により、快復しつつあった体調が崩れていく。
そして、長い戦いの末、とうとう
【ステータス】
HP260/293 MP2/751-100
「くっ、うぅ……!」
魔力が尽きる。
体力も限界だ。
もつれる足のせいで、僕は体勢を崩してしまう。
そこにローウェンの水晶剣が襲い掛かる。
僕は次元魔法を上手く保てず、その水晶剣の軌道を読みきれない。『感応』も無傷で避けきるのは難しいと訴えてきている。
傷を負ってしまう。
『第三十の試練』は終わりになる。
悔しくて堪らない。
その瞬間だった――
「――『
――闇が、横切る。
闇の塊から黒い刃が伸び、水晶の剣を弾いた。
大鎌を振るいながら彼女が唱えたのは、間違いなくローウェンの『詠唱』だ。
そして、その『詠唱』は僕よりも真に迫っていた。
闇を纏うことで、リーパーは周囲の『認識』から逃れている。
炭化した左腕と赤く腫れた右腕を動かし、大鎌を振り回し、ローウェンの攻撃を防いでいく。
リーパーは背中越しに、僕に話しかける。
「諦めるなんて許さないんだから……!!」
叫びながら、大鎌を力強く払う。
ローウェンは吹き飛ばされ、距離が空いた。
そして、リーパーは闇の衣を脱ぎ、振り向いた。
頬と鼻が赤く染まり、涙まみれだった。
「リ、リーパー……」
涙まみれだが、その目から並々ならぬ覚悟を感じ取った。
自分の死を受け入れる覚悟を超えて、大切な誰かの死を受け入れる覚悟まで至っているのがわかった。
リーパーは鼻をすすりながら、叫ぶ。
「――ローウェンのことなら、アタシがよく知ってる。だから、あの『詠唱』はアタシがする! お兄ちゃんは剣を振って! 最後まで、ローウェンと剣で戦って!!」
同時に、首筋に熱が灯る。
リーパーにつけられた首筋の紋様が発光する。『繋がり』を通して、様々なものが流れ込んでくる。
僕から魔力を奪うのではなく、リーパーから僕に魔力が流れ込んでいた。
【ステータス】
HP260/293 MP582/751-100
身体が魔力で満ち溢れていく。
僕の冷たい魔力とは違う。
リーパーの熱い魔力が、僕の身体の中に注ぎ込まれていく。
その魔力には、リーパーの感情と記憶が混ざっていた。
「アタシだって、ローウェンの『親友』だから……! だからっ、お兄ちゃんと一緒に、ローウェンの願いを叶える! それがっ、アタシのっ、本当の本当の願いだっ!!」
叫びと共に、リーパーの人生そのものが流れ込んでくる。
それはリーパーがローウェンと過ごした日々。その記憶。
リーパーが今日まで抱いてきた感情。そして、新たな決意。
全てが僕の中に入り込んでいく。
僕はリーパーの心を理解していく。
その心は、いまにも悲哀で引き裂かれそうだった。
共感するだけで涙が滲んでくるほどだった。
それでも、リーパーはローウェンの言葉を聞き届け、涙を流しながら武器を取った。
リーパーも、ローウェンやスノウと同じように、長い苦しみを経て、自分の力で立ち上がったのだ。
僕は自分の勘違いに気づき、リーパーに謝る。
「……ごめん、リーパー。また間違えるところだった。いつも、リーパーには気づかされてばかりだ」
心のどこかでリーパーの協力を諦めていた。
自分一人でローウェンに勝とうと驕っていた。
――それは違う。
リーパーを守るのに、リーパーの協力を得てはいけないなんて道理はない。
むしろ、協力し合わなければ、リーパーを守れない。
「そうだよな……。別に僕だけでローウェンを理解する必要はないんだ。決勝戦には三人いるんだ。なら、僕とリーパー、二人で――!」
萎れかけていた戦意が、リーパーの感情に煽られ、再燃していく。
負けじとリーパーの隣に立ち、剣を握り直す。
「ローウェン!! お兄ちゃんに守られるだけじゃない! アタシだって戦える!!」
リーパーの身体から、魔法《
僕の冬の世界。
ローウェンの水晶の世界。
そこにリーパーの闇の世界が侵食していく。
言葉を交わさずとも、僕はリーパーの狙いがわかった。
そして、リーパーも僕がわかってくれると信じている。
『
正面から僕が飛び込み、リーパーは闇に紛れ、消える。
ローウェンと僕が切り結ぶ瞬間、背後からリーパーの大鎌が襲い掛かる。
逆方向からの奇襲にローウェンは対応できない。ガキンッと重い音が鳴り、ローウェンはよろける。そこに僕の剣閃が奔る。
惜しみない魔力をこめた《
猛攻を受けるローウェンは吼えながら、新たな敵に攻撃を繰り出す。
しかし、僕とリーパーの以心伝心の連携の前には無意味だった。
リーパーは常に死角へ潜み、ローウェンの隙を突き続ける。そのリーパーの強みを最大限に活かすため、僕は真っ向から打ち合う。
僕が危うくなればリーパーがフォローし、リーパーが危うくなれば僕がフォローする。
『地の理を盗むもの』は、ローウェンの親友たちに圧倒されるしかなかった。
「ローウェン! これがアタシ! グリム・リム・リーパー! こんなにも強くなったよっ、我侭だってもう言わないっ! だから、もうアタシの心配はしなくていい!!」
この数日でリーパーは本当に強くなった。
僕から技術を盗んだことで、戦闘能力だけならばラスティアラにも匹敵する。もちろん、身体だけの話じゃない。心も強くなった。
昨日までは受け入れられなかった辛い現実を、リーパーは受け入れることができるようになった。
『繋がり』で得た薄っぺらい成長とは違う。リーパーがリーパー自身で悩んだことで、本当の意味で成長したのだ。
ローウェンは僕とリーパーの攻撃を全身に受ける。
しかし、それだけではローウェンを倒せない。『地の理を盗むもの』の
リーパーの背後からの渾身の一撃で、ローウェンは大きく吹き飛ばされる。
その間に、リーパーは僕に確認を取る。
「お兄ちゃん……!」
僕は頷き返す。
言葉を交わさずとも、わかっている。
そして、いまならばできる。
一人では無理でも、僕たち二人ならば――!!
「ああ、あれしかない……! けど、僕だけのローウェンじゃ足りない! リーパーのローウェンも教えてくれ!!」
「うんっ! ――っ!!」
リーパーは頷く。
けれど、言葉にはしない。
する必要がない。
僕たちには言葉よりも確かなものがある。
『繋がり』を通し、リーパーの知っているローウェンが僕に伝えられる。
リーパーの記憶。
過去の風景が、脳裏を駆け抜けていく。
敵からも味方からも恐れられた剣士ローウェン。彼は戦争の中、たった一人で戦っていた。たった一人でも一軍に値してしまったのが、彼の不幸の始まりだった。
そして、リーパーが造られる。剣士ローウェンを束縛するためだけに、『死神』の『呪い』を敵が用意した。その束縛は成功する。
誰も予期せぬ形で、成功してしまう。
リーパーはローウェンに遊ぼうと呼びかけ、ローウェンは初めて出会った子ども相手に困惑した。
それがローウェンとリーパーの出会い。
無垢なる二人の始まり――
「これが……、ローウェン・アレイス……」
リーパーの知っているローウェンは、とても不幸だった。
その生まれが、その才能が、その剣が、ローウェンを孤独にした。
ローウェンは必死に生きた。家訓に準じ、ただ剣を鍛え続けた。そうすれば、家族として認められると信じて、幸せになれると信じて、ただただ剣を振り続けた。
しかし、その努力の果てに用意されていた道は、とても悲惨なものだった。
血で血を洗う戦争の中へ放り込まれ、化け物として扱われる日々。
道具のように使い潰され、死後も戦うことを強制された。
まさしく、世界に拒まれたと言うべき人生。誰とも関わりあえず、誰にも認められず、誰とも理解しあうこともできず、剣だけに生きて――死ぬ。
『詠唱』の真なる意味、その一端を僕は掴む。
「お兄ちゃんの知ってるローウェンは楽しそうだね……。そっか……。ローウェンは自分の剣を、誰かに残したかったんだ……」
同時に、僕の知っているローウェンも、リーパーに伝わる。
僕と子どもたちに剣を教え、とても満足そうだったローウェン。鍛え続けた剣を自慢できることが嬉しそうだった。無意味な人生でなかったと証明し、やっと報われていったのだ。
僕とリーパーは、ローウェンを理解していく。
『詠唱』を――、彼の人生そのものの真に迫る。
そこは僕だけでは辿りつけない境地。
けれど、リーパーが補ってくれる。
おそらく、リーパー一人でも、僕一人でも至れなかっただろう。
けれど、二人なら、至れる。
『詠唱』の
「――『
「――『
僕とリーパー。
二人で『代償』を支払っていく。しかし――
それでも、まだ足りない。
二人でも、ローウェンの『詠唱』を代替することはできない。それほどまでに、ローウェンの人生の密度は濃い。
ゆえに、完全な再現はされない。
未完成にもほどがある『詠唱』となってしまう。
けれど、それでいいと僕たちは思った。
僕とリーパーも、その『詠唱』を――ローウェンの人生そのものを変えたいと思ったからだ。
いま、僕とリーパーの心は一つになり――
心のままに、新たな『詠唱』を叫ぶ。
「――『
「――『
どんな人生をローウェンが歩もうと、彼には親友たちがいる。
そう世界へ訴えるかのように、僕たちはローウェンの人生そのものである『詠唱』を捻じ曲げた。
そして、ただ親友を想い、届こうとする一念で、剣を振るう。
それが僕たちの
僕たちにとって究極の一閃だ。
それはもはや、魔法《
僕とリーパーの想いで構築されたそれは、ローウェンの魔法に似て非なる一閃となる。
――魔法の名が、変わる。
「――魔法《
「――魔法《
昇華する。
リーパーが次元魔法で『道』を開き、その『道』へ僕は剣を振るう。
魔法が成立する。
世の『理』を外れ、距離も時間も置き去りにして、剣が奔る。
その剣は『地の理を盗むもの』の持つ『理』を超える。
シャンデリアが落ち弾けたかのような音が鳴り、そして――
【『地の理を盗むもの』の
――その
認識することも叶わない不可避の一閃がローウェンに襲い掛かり、その八本腕を粉々に砕いた。
さらに、胴体を守っていた厚い
『地の理を盗むもの』たらしめる水晶が砕けていく。
顔に張り付いていた仮面にも似た水晶が剥げ、ローウェンの素顔が露になる。
そのとき、ローウェンは笑っていた。
不可避の一閃を身に受け、嬉しそうに笑っていた。
僕たちの魔法によって水晶を剥がされ、ローウェンは少しだけ正気を取り戻していた。
そして、その僅かな正気で、彼は両腕の剣――『改悪されたアレイス家の宝剣』と『
砕かれたのは水晶の六本腕だけだった。
ローウェンは身体を裂かれ、大量の血を流しながらも踏みとどまる。そして、『改悪されたアレイス家の宝剣』を腰の鞘に戻し、『
複数の剣ではなく、一振りの剣だけで戦う。
ローウェンの本来の『剣術』だ。
ローウェンは自分を取り戻し、僕たちに負けじと『詠唱』し始める。
そこに一切の手加減はない。
だからこそ、いま、ローウェンは楽しくて堪らない。
「ァ、ァア――、わ、『私は
ローウェンも世界を歪ませる。
僕たちの『詠唱』に、『詠唱』で応える。
「――『拒んだのは
彼の人生を代償とする不可避の一閃が構築されていく。
それを迎え撃つべく、僕たちも二度目の《
「――魔法《
ローウェンの全てが、僕たちに放たれた。
「――魔法《
「――魔法《
それを僕たちは迎え撃つ。
認識することさえできない世の『理』を外れた空間で、剣と剣が交差する。
そこは誰も到達することができなかった神速の世界。
剣士の頂点。
たった独り――ローウェン・アレイスだけの世界――だった場所。
そこへ僕たちも踏み込んだ。
『
「ローウェン!!」
「カナミィ!!」
《
認識すらできない神速の剣が、刹那の間に何度もぶつかり合う。
水晶の花畑の上、『地の理を盗むもの』の用意した30層。
そこで僕とローウェンは、いつかのように剣を振るう。
『武器落とし』の戦いで、剣ではローウェンに勝てないと思い知らされている。
けれど、僕は剣だけで戦う。
ローウェンと出会ったおかげで、僕は強くなった。ずっとずっと強くなった。
それを伝えたい。だから、剣で戦うのだ。
気の遠くなるような数の剣閃の邂逅。
その後ろでリーパーは叫んでいた。いまや、観客の声はひどく遠く感じる。けれど、リーパーの声だけは、はっきりと聞こえた。
「――勝って、お兄ちゃん! もうアタシの心配はいらないって、ローウェンに伝えて!!」
声援を受け、力が漲る。
剣の戦いに介入できないリーパーは、『繋がり』を通して全てを僕に託していた。魔力だけの話じゃない。リーパーの決意と感情が、僕の力となっていく。いま戦っているのは僕だけじゃない。リーパーも戦っている。
だからこそ、負けられない。
リーパーのためにも、ローウェンのためにも、自分のためにも。
「――負けられないんだぁあァアァアアァアア!!」
僕とリーパーの想いが、ローウェンに追いつく。
そして――
《
『理』を超えた一閃が、ローウェンの『
剣は役目を終え、最後の赤い輝きを煌かせる。
バラバラになった鉱石の欠片たちが、水晶の花畑に落ちていく。
その光景をローウェンは嬉しそうに見届けた。
剣と右腕を砕かれたローウェンは微笑する。
自らの完敗を、心から歓んでいた。
そして、微笑んだ顔をゆっくりと空へ向ける。
ローウェンは安堵の表情に変え、息を吐くように呟いた。
「
それは決着を示す言葉だった。
僕が『第三十の試練』を越えたという証明。
つまり、ローウェンの最後の『未練』が消えたということ。
『地の理を盗むもの』は『未練』を失い、かつてのアルティと同じように、充足した表情で『詠唱』する。
「『死者は夢を失い』、『屍となって世界を彷徨った』……。だが、それも終わる。『人は与えられた使命に生きるのではない、心に光を求めて生きる』のだから……。この『魂に差し込んだ一筋の光』が消えぬ限り、私は報われる……」
ローウェンの力は極限まで薄まり、流す血が淡い光へと変わっていく。
同時に、彼の展開した30層も崩壊していく。
水晶の花々と柱も、光の粒子となって空に溶けていく。
幻想的な光景だった。
まるで、霊を送る儀式のように厳かで美しかった。
ローウェンは光の中、笑って告げる。
「さよならだ、カナミ」
「さよなら、ローウェン……」
語るべきことは、もう剣で語りつくした。
僕とローウェンは一言だけで、僕との別れを済ませる。
そして、ローウェンは観客席へ身体を向ける。
観客席の一角、子どもたちに笑顔で手を振る。子どもたちはみんな、涙ぐんでいた。子供心ながらローウェンの人生の終わりを感じ取っているのだろう。口々に「かっこよかった」「強かった」と叫び、彼を讃える。
それをローウェンは笑顔で受け止め、次に会場全体へ向けて礼をする。
この『舞闘大会』に参加できたこと。決勝戦で戦わせて貰ったこと。そして、それを最後まで見てくれたことに、最大の感謝を送っていた。
その真摯な姿を見て、観客たちは呆然とする。
ローウェン・アレイスは、確かにモンスターだった。
しかし、終わってみれば、彼が自分たちにもたらしたのは最高の試合だけだった。
人間は誰一人傷ついておらず、観客の一角では子どもたちがローウェン・アレイスを讃えている。
彼は命を賭して、『舞闘大会』の決勝を盛り上げてくれた。
その事実だけが残った。
それに気づいた観客たちは、少しずつ拍手を鳴らす。
子どもたちの声に合わせて、少しずつ剣士ローウェンを讃える声が増えていく。彼への印象が、畏怖から憧憬へ少しずつ変わっていく。
少しずつ、本当に少しずつ、ローウェンへの祝福は増していく。
そして、数秒後には大歓声に変わっていた。
史上最高の決勝戦が終わり、その立役者であるローウェン・アレイスをみんなが褒め称える。
歓声が斜陽のように降り注ぐ。
「
ローウェンは手を挙げて、それを全身で浴びた。
そして、最後にローウェンはリーパーのほうへ歩いていく。
「リーパー……」
「ローウェン……」
二人は最後の会話を始める。
「初めて殺し合った日を覚えてるか、リーパー。長かったな……。私たちの遊びは、これで終わりだ。私は消え、おまえが残る。これでおまえの勝ちだ」
「……あ、あれは遊びじゃないっ。お兄ちゃんが教えてくれた! お互いが楽しくないと、遊びじゃないって――!」
「
「う、うぅ……、ローウェン……」
リーパーは溢れる涙を止められない。
あらゆる感情が織り交ざり、返す言葉を見つけられない。
「だから、今度こそ頼む。笑って見送ってくれ、リーパー」
泣くリーパーを前に、ローウェンは苦笑いしながら左手を伸ばす。
伸ばし――、実体のないはずのリーパーの頭を、
リーパーはびくんと震え、ローウェンの手を見上げる。
何が起きたのかわからなかったようだ。
けれど、撫でられ続けることで、リーパーは理解する。
おそらく、生まれて初めての経験だろう。
優しい手のひらが、リーパーに触れる。
僕は図書館で得た情報と、リーパーの言葉を思い出す。そして、スキル『感応』と『並列思考』が一つの答えを出す。
いま『ローウェンを殺す』という『呪い』が果たされ、『そこにいない』という『呪い』からリーパーは解放されたのだ。
「……ひ、ひひっ」
リーパーはローウェンに撫でられ、涙まみれのままで笑った。
無理に笑ったわけじゃない。
ローウェンの温もりを感じられて嬉しい。だから笑う。心の底からの笑みだ。
そして、リーパーは笑って友を見送る。
「じゃあね、
ローウェンも笑い返す。
「
身体の全てが光と化していきながら、ローウェンの声はかすれていく。
これでローウェン・アレイスを、この世に縛るものは一つもなくなった。
ローウェンは、もう一度空を見上げる。
眩しそうに青い空を見つめ、誰に言うでもなく呟く。
「ああ、これで……、やっ、と、報わ……、れ、た……――」
途切れ途切れの言葉は、光の粒子と共に、空へ吸い込まれていく。
しかし、確かにローウェンは言った。「報われた」と。
そして、その言葉を最後に、ローウェンは光となって、完全に消える。
【称号『地を彷徨うもの』を獲得しました】
地魔法に+0.50の補正がつきます
『表示』と同時に、金属音が鳴る。
ローウェンが消えた場所に、一振りの剣が刺さっていた。
水晶の意匠が凝らされた、神々しいまでに美しい剣。
以前、僕がローウェンに預けた『アレイス家の宝剣』だ。それが姿を変えて、剣の鍔に赤い魔石をはめて、荘厳と立っていた。
僕は『注視』する。
【アレイス家の宝剣ローウェン】
剣の名は『ローウェン』。
――アレイス家に生まれた一振りの宝剣『ローウェン』と名づけられていた。
ローウェンは消えた。
けれど、彼が残したものは多い。
『舞闘大会』決勝で、その力の跡を残した。
その神々しい剣の煌きを、観客全員は死ぬまで忘れることはないだろう。
そして、少しだけ大人になった少女が一人とアレイス家最高の剣が一振り。
なにより僕自身こそ、一振りの
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