128.舞踏会の終わり


 ローウェンが消え、司会は決着と判断して叫ぶ。


(ロ、ローウェン選手の死亡を……いえ、消失を確認しました! ローウェン選手は『剣聖』として最高の剣を振るいましたが、それをカナミ選手は真正面から越えてみせました! これで、カナミさんの勝利に誰も文句はないはずです! もういいですよね! ねっ、カナミさん! 『一ノ月総合騎士団種舞踏会』はっ、アイカワ・カナミ選手の優勝です――!!)


 ローウェンを讃える歓声の大きさはそのままで、今度は僕を讃える歓声が増していく。


「それでは、優勝者カナミ選手をインタビューするべく、私は中に戻ります! そのあと、授賞式に移りますので、皆様少々お待ちくださいませー!」


 観客席まで逃げていた司会は、階段を下り結界内へ走り出す。

 それを僕は見ながら、ローウェンとの別れの余韻で立ちつくすリーパーに話しかける。


「リーパー、大丈夫か?」

「うん、平気。ちょっと魔力切れ起こしてるだけ。お兄ちゃんのほうは……?」

「僕は魔力よりも、体力が限界だ。身体に上手く力が入らない」


 山場は越えた。

 しかし、限界以上の『剣術』と魔法を捻出したせいで、身体中が痛んでいた。


 それでも、最低限の《ディメンション》は解かない。

 過去、勝利のあとの油断を何度突かれたかは数えたくもない。

 僕は《ディメンション》で会場内を把握していく。観客たちの歓声の裏で、様々な人たちが様々な思惑を持って行動を始めているのがわかった。


「弱音は吐いてらんないみたいだね。妙な動きをしてる大人たちで一杯だ……」


 リーパーは僕の危惧を察し、同じように《ディメンション》で周囲を索敵する。


「ああ、早く逃げよう。まずは、みんなをここまで呼んで――」


 僕は『並列思考』で脱出手順を考えながら、敵の数を数える。


 まず、つい昨日喧嘩を売ったウォーカー家は、間違いなく敵だ。

 さらにフーズヤーズの騎士、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』たちも敵となるだろう。会場内は妙にフーズヤーズの関係者が多い。ラスティアラたちの参加を聞きつけ、フーズヤーズは人を集めたようだ。その騎士や神官たちの中には、聖誕祭を取り仕切っていたフェーデルトという男もいた。要注意人物だ。


 さらに、単純に懸賞金のかかっているラスティアラたちを捕獲しようと、腕に覚えのある冒険者たちが目に血を滾らせている。ヴァルトやフーズヤーズから声がかかれば、いくつかのギルドも敵になると考えたほうがいいかもしれない。


 あとはパリンクロンと知り合いである『エピックシーカー』の人たちも警戒したほうがいいだろう。パリンクロンからの指示で、裏を掻いてくる可能性がある。特にレイル・センクスは僕の洗脳に同席していたことから――


 ――その分析の途中、強大な魔力の高まりを、《ディメンション》が拾う。


 会場内ではない。

 ゆえに、気取るのが遅れた。


 闘技場の周りに立つ塔。

 その外壁に、彼は垂直に張り付いていた。


 外壁に魔法陣を描き、それを大量の魔石で補強している。

 僕が目を向けた瞬間、その魔石の全てが弾けた。

 そして、凝縮された風が開放され、ライナー・・・・ヘルヴィルシャイン・・・・・・・・・は――跳ぶ。


 跳躍力に風の力が加わり、まるで砲弾と化していく。


「――《イクス・ワインド》」


 そこに彼自身の魔法も重なる。

 空中を自由に飛び回れるほどの風の魔法が、全て推進力に変換されていく。


 その速度は殺人的だった。

 戦闘機に乗っているかのような痛みが、ライナーの全身を襲っていることだろう。しかし、彼は表情一つ変えることなく、こちらを睨み続ける。


 その睨む先は――


「――リーパー! 伏せろ!!」

「――え!?」


 襲撃があるとすれば、僕とラスティアラのどちらかだと思っていた。けれど、ライナーは僕を見ていなかった。


 標的がわからなかった。

 ゆえに、隣にいるリーパーを守るように、僕は剣を『魔力氷結化』で伸ばす。


 それに対して、ライナーも・・・・・剣を伸ばす。


 スキル『魔力物質化』ではない。

 どちらかと言えば、僕の『魔力氷結化』に似ていた。

 ライナーは風の魔力で剣を伸ばしていた。名づけるなら、スキル名は『魔力風刃化』だろうか。


 ライナーの剣であるルフ・ブリンガーは容易く結界を斬り開き、結界内に侵入してくる。


 僕の剣を、ライナーの剣が弾く。

 そして、彼は僕でもリーパーでもないところへ着弾した。同時に、さらなる風の魔法が発動する。


「――《ワインド》!」


 ゴム球が跳ねるように、ライナーは着弾の衝撃を風魔法で相殺した。そして、彼は水晶の剣を手にする。

 狙いは僕たちでなく、『アレイス家の宝剣ローウェン』――守護者ガーディアンの魔石だった。


 僕はライナーに叫ぶ。


「待て、ライナー!! その剣を返してくれ! それは危険なものなんだ!!」

「僕はローウェンさんに剣を教えて貰う約束をしている! これは、まだ教えられてない分の代わりに貰っていく!!」


 そして、ライナーは風魔法の勢いのまま、僕から逃げていく。逆側の結界を斬り開き、観客席の一角へ飛び込む。

 その観客の中の一人が笑う。


「ふふふ、流石はヘルヴィルシャインの騎士です……。蛮族どもに二つ先んじられたのは屈辱でしたが、これでまずは一つ目……!」


 ライナーが飛び込んだ先に居たのは、フーズヤーズの大聖堂で見たフェーデルトという名の男だ。かつて、ラスティアラを殺すための計画を進めていた男は、このときになって僕の邪魔をしてきた。彼がライナーを操っている黒幕なのかもしれない。


「ライナー!!」


 僕は呼び止めながら、痛む身体に鞭を打って動こうとする。

 だが、すぐに考え直す。


 この状況でリーパーを一人にはできない。

 いま僕とリーパーは疲労困憊だ。

 ここの戦力を分散させるのは得策じゃない。


 なにより、僕が動いてしまっては、事前にラスティアラと話して決めていた脱出計画を実行できない。


 そう僕が逡巡している間に、事態は進行していく。

 まさかのディアが、迷いなくライナーを追いかけてしまっていた。


「おいっ、そこのおまえ! それは俺とキリストのだ! 勝手に持ってくな! ――《フレイムアロー》!!」


 ディアが走りながら、魔法を放つ。

 以前のような凶悪な光線とは違う。

 周囲の一般人に気を使った火炎魔法だ。


 それをライナーは飛び退いて、魔法をかわす。

 しかし、そこにはスノウとラスティアラが待ち構えていた。

 ディアに合わせて、一緒に走っていたようだ。


 僕の仲間たちに囲まれ、ライナーは戦意を燃やす。


「ちっ――! る気か、現人神!」


 特に仇であるラスティアラへの敵意は強い。

 しかし、睨まれたラスティアラの戦意は皆無だった。

 むしろ、困り顔に近い。


「いや、急にディアとスノウが飛び出したから、私もついて来ざるを得なかっただけで……。戦る気はあんまりないんだけどね……?」


 ラスティアラはディアの暴走を止められず、仕方がなく協力しているようだった。

 本当は試合終了に合わせて、ラスティアラが全員を連れて、結界内の僕と合流する予定だったのだ。


「私は、その……、点数稼ぎ?」


 スノウは点数稼ぎらしい。

 何を言っているんだ、あいつは。


 その少し遠くで、セラさんとマリアが一緒に行動しているのが見える。

 僕と合流しなければいけないのはわかっているが、暴走したディアたちを放って置けない様子だ。


 ――状況は最悪だ。


 ライナーの襲撃によって、観客席は混乱に飲まれかけている。そして、それぞれの集団が、それぞれの思惑をもって裏で動き始めている。

 誰かが戦いの火蓋を切れば、乱戦となってしまう可能性がある。


 それだけは避けたい。

 そして、僕と同じように戦いを避けたいと思っている人が、大声をあげてくれる。


(ま、ままま待ってくださいぃい!! 観客席での戦闘だけは駄目です! 確かに『舞闘大会』は終わりましたが、全観客と全出場者がフウラ川から出るまで喧嘩はご法度のままですよ!? そこの少年騎士は大会の警備兵たちで捕まえますので、他の方はご遠慮ください!!)


 司会が法を破ったライナーの処置を通達する。

 同時に観客席に控えていた警備兵たちが動く。

 しかし、ライナーへ近づかせまいと、複数のフーズヤーズの騎士たちが立ち塞がった。


 そして、それを指揮するフェーデルトが叫ぶ。


「大会中の無作法、真に申し訳ない! しかし、これもレヴァン教団の悲願ゆえ! どうにか、そこの少年騎士ライナー・ヘルヴィルシャインを見逃して頂きたい! 守護者ガーディアンローウェン・アレイスの魔石確保は、フーズヤーズ本国の元老院からの指示なのです! 問題があれば、そちらへ問い合わせて頂きたい!!」

(本土の元老院!? ……それでも駄目なものは駄目です! そんな勝手が通るわけないでしょう! ――と、通りませんよね!?)


 司会は唐突な介入に驚きながらも、スタンスは崩さない。しかし、巨大な権力を前にして、自らの上司に確認を取っていた。

 僕は《ディメンション》で、彼らの判断を確認する。


 大会運営者たちは困惑していた。

 連合国同士の諍いはできるだけ避けたい。

 しかし、こうも明確に法を犯した面々を見逃すのは、今後の『舞闘大会』に関わる。


 そして、少しの迷いの末、彼らは首を振る。

 

(――っ! やはり、どのような機関であろうとも、『ヴアルフウラここ』で権力は通りません! 警備兵の皆さん、少年騎士を捕縛してください! あと暴れそうな人たちも全員捕縛します!!)


 『舞闘大会』のスタンスを崩すことなく、第三者の介入を許さなかった。

 その判断に僕は一安心する。最悪は免れた。


 しかし、フェーデルトとフーズヤーズの騎士たちに動揺はなかった。たとえ、介入を認められなくとも、命令を実行するつもりだったのだろう。

 それほどまでに、本土の元老院とやらにとって、ローウェンの魔石は重要のようだ。


 フーズヤーズの騎士たちに、警備兵たちがにじり寄る。

 それに合わせ、ラスティアラたちもライナーへ距離を詰めようとする。


 それをライナーは涼しい顔で受け止め、周囲の注意を促す。


「僕を睨むのもいいが……。あんたたちにそんな余裕はあるのか?」


 そして、剣先でラスティアラの近くの騎士を指す。

 そこには明らかに強さが突出している騎士たちがいた。


「げっ……、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』が混ざってる……!」


 ラスティアラは呻く。

 元老院のフェーデルトの動かした騎士に混ざり、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』のペルシオナさんたち三人が混ざっていた。


 ペルシオナさんに随伴しているのは、魔力の高い騎士と白髪交じりの壮年の騎士。

 壮年の騎士ホープスさんは笑う。


「ははっ。急展開のせいか、なんとなくで囲んじまったぜ……。俺たちもフーズヤーズの悲願ゆえで見逃してもらえるのかな、これ……。なあ、総長。この騎士たち、知らない顔ばかりだが……、こいつらなんなんだ?」

「本土側から派遣された騎士たちだろう。私たち『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』とは全く関係ない。私たちは、徹底してお嬢様と使徒様の奪還が目的だ。いまは、これに混ざってお嬢様をさらうことだけを考えろ、ホープス」

「あいよ。嬢ちゃんと使徒様を昏倒させれれば、それでこっちはミッションクリアだな。わかりやすいぜ」


 ライナーによって所在がばれてしまったことで、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』たちはどさくさに紛れてラスティアラを攫おうとしていたことを認めた。


「あー、ちょっと待っててよ! あとでちゃんと相手してあげるから! いまはタイム!!」


 ラスティアラは困り顔になって、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』を制止する。

 対して、ホープスさんはくすくすと笑う。


「いやー、なんか余裕なさそうだし。いま襲ったら何とかいけそうかなーって、おじさん思ってるんだなー、これが」

「あーもうっ、相変わらずうっとおしいなぁ! ホープスは!!」

「そうそう。才能ないおじさんはいやらしく戦うしかないわけよ。許してくれ、嬢ちゃん」


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』たちは剣を抜く。

 その狙いの対象であるラスティアラとディアは身構える。


 そして、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の対象外であるスノウも危険だった。

 混乱に乗じて、スノウを狙う面々が動いている。


「お義母様……、兄さん……」


 ウォーカー家当主がスノウの対面に立っていた。


「スノウさん。いま、あなたの傍に騎士はいませんよ? この状況、利用しない手はありません。あなたは私のものです。……絶対に、私のものです」


 そして、ウォーカー家の精鋭たちに剣を抜かせる。

 僕の仲間たちはライナーを囲んだのではなく、逆に囲まれる形となっていた。


 それを確認したライナーは、この場を預けて去ろうとする。


「よし……。あとはコレを持って逃げるだけで――」

「お待ちなさい! ライナー! あなたは一体何をやっているんですの!?」


 しかし、動こうとしたライナーの足元を、風の刃が削る。

 そこにいたのはライナーの姉フランリューレ・ヘルヴィルシャインだった。


 予期せぬ敵の登場にライナーは焦る。


「なっ――!? 来ないでください、姉様! 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』はこっちじゃなくて、現人神のほうでしょう!? 仕事に私情を挟むなって、何度も言わせないでください! 空気を読めば、大体の状況はわかるでしょう!? 僕は元老院側から別の任務を受けてるんです!!」


 ライナーは理性的に姉を説得する。

 しかし、フランリューレは全く揺れない。

 仁王立ちのまま、ライナーの逃げ先を塞ぐ。


「わかるからこそですわ! だからこそ、わたくしは! いまっ、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』ではなくフランリューレ・ヘルヴィルシャインとしてここに立っているのです! ライナー! わたくしはあなたから何も聞いていませんわ! ええ、何も! ここから先へ行きたくば、誰かの子飼いという立場ではなく、あなた自身の言葉で姉を説き伏せて見せなさい! でなければ、わたくしはあなたの不誠実な行動を許しはしませんわ!!」

「くぅっ、相変わらず、分からず屋な人――」


 喧嘩を始める姉弟の影で、少女が駆ける。


「――隙ありっす! 相変わらず、身内に甘いっすね!」


 ラグネちゃんの『魔力物質化』で伸びた切っ先が、ライナーの持つ剣の柄を器用に叩いた。

 虚を突かれ、ライナーは『アレイス家の宝剣ローウェン』を落とし、それをラグネちゃんに奪われてしまう。


「ラグネさん!? くそっ、あなたは相変わらず、姑息な真似を! あなたも『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』でしょうが!」

「いやー、私以前に命令違反しちゃって、あっちの捕縛作戦からは仲間外れにされてるんすよ。いまの私は、フランちゃんのお友達のラグネ・カイクヲラでしかないっすね。つまり、これを返して欲しければ、ちゃんとお姉さんとお話するっすよ。ライナー」

「いま、ここでですか!?」


 ライナーの襲撃を切っ掛けに、燻っていた火種たちに次々と火が点いていく。

 諍いがご法度の観客席で、次々と剣が抜かれていく。

 警備兵たちは、誰から抑えるべきか判断に困るほどだ。


 その中でラグネちゃんは、『アレイス家の宝剣ローウェン』の刀身を見つめる。


「で、これが『地の理を盗むもの』の魔剣っすか……。へぇ……」


 ラグネちゃんは初めての表情を見せた。

 剣の輝きに魅了されていると、一目でわかる。

 まるで、憧れの人に出会えたかのような表情で、剣の先を指でなぞる。


 胸騒ぎがする・・・・・・

 僕の『感応』が警鐘を大きく鳴らす。「それだけはまずい」と叫ぶ。


 他の誰に渡してもいい。

 けれど、何があっても、ラグネ・カイクヲラにだけは魔石を渡してはいけないと直感した。


 その悪寒のままに、僕は動くことを決意する。

 どっちみち、この滅茶苦茶となった状況を静観し続けることはできない。リーパーを抱えてでも行動するしかない。


「リーパー、ここから動くぞ! とりあえず、みんなを助ける!」

「う、うん!」


 僕とリーパーはライナーが斬り開けた結界の穴を目指す。

 しかし、涼やかな声が僕たちを止める。


「――その必要はない、カナミ。いつかの借りを返そう。君は休んでてくれていい」


 金の髪を垂らした美丈夫エルミラード・シッダルクだった。


 またもやエルミラードが、僕の考えを察して先回りしていた。

 そして、迷宮で僕が彼に言った台詞を、今度は彼が僕に言った。


「――《ウォーターワイヤー》」


 彼は遠慮のない水魔法を放つ。

 縄のような形状の水が、うねりながらラグネちゃんに襲い掛かる。


 剣に見蕩れていたラグネちゃんは、反応が遅れてしまう。あらゆる角度から迫る水を避け切ったものの、背後から近寄ってきたエルミラードに気づくことができなかった。


 エルミラードはラグネちゃんと同じように虚を突いて、剣を奪ってみせた。

 それを見たライナーが叫ぶ。しかし、彼は決死の覚悟を見せている姉のせいで動けない。


「あ、あぁ! 奪われてるじゃないですか、ラグネさん!」

「いやっ、いまのは違うっす。いまのは――」


 ラグネちゃんは言い訳のように首を振る。


優雅エレガントじゃないね、フーズヤーズの騎士たち。こんなこと、前代未聞だよ?」


 そんな彼女らを見て、エルミラードは咎める。


「君たちは試合を見ていなかったのかな? 『英雄』カナミは『剣聖』ローウェンと剣を賭けて戦い、彼は見事『剣聖』に打ち勝った。つまり、これはカナミのものだ。勝者の戦利品を奪うのは感心しないな」


 喋るエルミラードにフーズヤーズの騎士たちが襲い掛かる。

 しかし、それら全てを、彼は剣と魔法で優雅にいなす。


 そして、エルミラードの配下であるギルド『スプリーム』の面々が合流する。

 フーズヤーズの騎士とラウラヴィアの騎士は睨み合いの膠着状態となった。


「さて、フーズヤーズの方々は、よほどこれが欲しいと見える……。本土の元老院が動いてまで、御執心の様子だ。しかし、僕の記憶が確かならば、これはフーズヤーズのものではない。これはローウェン・アレイスがアイカワ・カナミに譲ったものだ。そして、そのどちらもがラウラヴィアの民だったはずだ。……ふむ。これをフーズヤーズへ渡す道理はないな」


 エルミラードは厭らしい物言いで、正論を吐く。

 彼はフーズヤーズの騎士たちから遠ざかり、スノウの居る方へ向かう。


 その途中、ウォーカー家当主から非難を受ける。


「シッダルク卿、何をしているのです……? あなたはあなたの婚約者を取り返すことだけ考えていればよいのです」

「いいえ、それは違います、ウォーカー家当主様。僕が僕の婚約者を取り返すには、あそこにいる『英雄』を倒すしかなかったのです。しかし、残念ながら僕は公共の決闘の場で、彼に敗れてしまった。少なくとも、この『舞闘大会』が終わり、『ヴアルフウラ』を出るまでは、『英雄』と婚約者であるスノウに手は出せません。それは余りに見苦しすぎる」


 エルミラードは堂々とウォーカー家の包囲を抜け、スノウの隣へ立つ。

 スノウは彼の考えを計りきれず、戸惑っていた。

 

 全員を置いて、エルミラードは宣言する。


「もちろん、この剣は私にも不相応な品だ。ならば、とりあえずは婚約者へのご機嫌取りに使う他ないかな」


 そう言って、彼は剣をスノウに手渡した。

 遠くで足止めされているライナーとフェーデルトが小さな悲鳴をあげる。


 スノウは剣を受け取り、礼を言う。


「あ、ありがと……。エル……」

「気にしなくていいさ。僕は神聖なる決闘を守ろうとしているだけだ。さあ、スノウの手で、それを本来の持ち主に返してくるんだ。この決闘の締めには、それが相応しい」


 エルミラードに道を導かれ、スノウは頷く。

 そして、剣を掲げて叫ぶ。


「ディ、ディア様ぁあああー!! 剣っ、取り返しました! 取り返したのは私、スノウですー!!」

「馬鹿か、スノウ! ここで一部始終見てたに決まってるだろ! 取り返したのはそっちの男だろうが!!」

「え、あれ!? じゃあ、私の手柄にならないんですか!?」


 僕ではなく、ディアに報告をしていた。

 その様子を見たエルミラードは、盛大に溜め息をつく。


「そ、そっちじゃない、スノウ……。はぁ……」


 あそこまでエルミラードがお膳立てをしてくれたのに、スノウは全てを台無しにした。

 しかし、それはともかく、彼のおかげでディアたちの暴走の要因が消えた。これで逃走だけに集中できる。


 その感謝の気持ちを僕は言葉に代える。


「助かった、エルミラード! 最高だ、エルミラード! いつか、何でも恩返しするよ!!」


 エルミラードは僕の言葉を聞き、半身だけこちらに向けて笑った。

 そして、すぐに僕は散らばっている仲間たちに指示を出していく。


「スノウ、それを持って、闘技場内こっちへ! ディア、ラスティアラ! とりあえず、一纏まりになろう!」


 スノウは頷き、剣を持って動こうとする。

 しかし、ウォーカー家の人間たちが立ち塞がる。


「辿りつけるとお思いですか!?」


 その人の壁の前にエルミラードは立つ。


「ふっ。逆ですよ、ウォーカー家当主。あなたたちこそスノウのところへ辿りつけるとお思いなのですか? シッダルク家、そしてギルド『スプリーム』は、この混乱に乗じて血迷った真似をするウォーカー家を戒めると決めました。同じ大貴族として見過ごせませんのでね……」


 エルミラードを代表として、多くの戦士たちが間に割り込む。

 それを見たウォーカー家当主は悪態をつく。


「名ばかりの大貴族が……、私たちウォーカー家に敵うと思っているのですか……! グレンさん……、何を立ち尽くしているのです! 早く、スノウを捕まえなさい!!」


 ウォーカー家当主の後ろには、多くの猛者たちが控えている。

 その中の代表格である元『最強』のグレン・ウォーカーに指示を出す。


 しかし、当のグレンさんは、ウォーカー家当主に目もくれず、エルミラードに頭を下げた。


「シッダルク卿、ありがたい展開だ。礼を言う」


 そして、隣に立っていた初老の男に話しかける。

 その男の名前はフェンリル・アレイス。ローウェンがいなければ、いまも『剣聖』と呼ばれていた人だ。


「……スノウさんは大丈夫みたいです。なので、手はず通り、フェンリルさんは使徒様をお願いします」

「ああ、任されたぜ」

「僕はラスティアラちゃんを助けます」


 短い会話のあと、グレンさんとフェンリル・アレイスは、その場を離れる。


「グレンさん!? やはり、あなたは――!!」


 ウォーカー家当主の制止を振り切り、グレンさんはラスティアラがいる方角へ駆けた。そして、フェンリル・アレイスはディアのところへ向かう。


 フェンリル・アレイスは親しげに、ディアの隣に立つ。


「よっ、シスちゃん。相変わらず、頭悪いことやってるな」

「アレイスの爺さん……。また俺の邪魔をするのか……?」

「いーや、今回は違う。あのときはよく話がわからず、おまえの邪魔をしていたが……。今回は話がよーくわかっている。やるべきことを見失わんよ」


 ディアを守るように、彼は剣を抜く。

 そして、その剣を、ディアを捕まえんとする敵たちに向ける。その威圧感は異常だ。もはや剣を振れる年ではないはずなのに、あのローウェンにも引けを取っていない。


 周囲の騎士たちは慄きながらも、包囲を狭める。


「剣聖殿……。いや、アレイス卿……。まさかフーズヤーズの邪魔をするおつもりで?」

「ご先祖様に頼まれちまったからな……。元剣聖オレは全力をもって、アイカワカナミとその仲間たちを支援させてもらうぜ……」


 数人の騎士がフェンリル・アレイスの間合いに入る。

 フェンリル・アレイスは言葉通り、それを全力を以って迎撃した。


 僕かローウェンでないと受けることは敵わないであろう高速の一閃によって、騎士たちの持つ剣が全て、真っ二つに折れる。

 フェンリル・アレイスは剣を正眼に構え、宣誓する。


「――我が名はフェンリル・アレイス。アレイス家の現当主にて、魔を絶つつるぎなり。『剣聖』ローウェンの末裔である誇りを持って、汝らの前に立とう。我が剣を超えんとする勇者がいればかかってくるがいい。たとえ、万の勇者が並ぼうとも、この先を通しはせん」


 ローウェンとは違って、威厳のある『剣聖』の宣誓だった。

 その厳かな雰囲気によって、多くの騎士が後退する。


 そして、そのすぐ近く、ラスティアラのところにはグレンさんが到着していた。


「で、グレンは?」


 ラスティアラは現れたグレンさんに率直に聞く。


「いつでも僕はスノウさんのために生きてる。だから、今回はラスティアラちゃんの味方だよ」

「よし! じゃあ、そこの『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』とフーズヤーズの追っ手、全員相手して!」

「ははっ、相変わらずだね……。でも、確かに頼まれたよ。全員、責任を持って僕が抑えよう」


 グレンは苦笑いと共に、自分の得物を懐から取り出す。

 連合国では珍しい短刀使いだ。

 紐付きの短刀を数本ほど持ち、独特な構えを取る。


「これでも、一時いっときは『最強』だったからね。そのくらいは、こなすさ」


 そして、この場にいるフーズヤーズの騎士全員の相手を「そのくらい」と称した。

 その目には確かな実力と自負があった。

 連合国で最も強いと囁かれるだけの理由を、その身一つで表している。


 彼は周囲の騎士全員を睨んだまま、最後に一言だけラスティアラへ伝える。


「――その代わり、スノウさんをお願いするよ」

「ん、わかった」


 ラスティアラは場をグレンさんに任せ、場を離れようとする。

 それを『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』が止めようと動く。しかし、グレンさんの投げた短刀によって、その動きは阻まれる。


 交戦が始まったのを確認して、ラスティアラは跳んだ。

 観客席を跳躍で移動しながら、仲間たちに呼びかける。


「ディアっ、スノウっ、捕まって!! 飛ばすよ!!」


 まずフェンリル・アレイスに守られているディアを右腕で抱え、次にエルミラードに守られているスノウの首根っこを掴む。

 そして、そのまま、多くの人の頭の上を飛び越えていく。


 僕は三人の離脱を確認し、遠くで機を窺っていたセラさんとマリアに声をかける。


「セラさんもマリアを連れて、こちらへ!!」

「ああ、そうしよう!!」


 返事と共にセラさんは狼形態に変化する。そして、マリアを乗せて観客席を走り出した。

 結界が消え、仲間たち全員が闘技場内へ入ってくる。


 多くの兵たちを置き去りにしていく光景は、ラスティアラを大聖堂からさらった時を僕に思い出させる。


 あのとき、僕には仲間が少なかった。

 あのパリンクロンを頼らざるを得ないほど、切迫していた。『最強』のグレンさんも『剣聖』のフェンリル・アレイスも敵だった。


 ――けれど、いまは違う。


 スノウとディアを抱えたラスティアラが僕の横に立つ。

 マリアを乗せたセラさんも到着する。


 もちろん、それに釣られて、多くの騎士や兵たちも闘技場内に入り込んでくる。

 けれど、僕の仲間――『エピックシーカー』のみんなが、壁になって防いでくれる。


 それを指揮していたのはサブマスターのレイル・センクスだった。

 レイルさんは押し入ろうとする騎士たちを退けたあと、僕に語りかけてくる。


「少年、『試練』を突破したようだな……。『地の理を盗むもの』と『闇の理を盗むもの』、二人の『試練』を……」

「はい」


 僕は短く答える。

 かつて、パリンクロンが僕に魔法をかけたとき、彼は同じ場にいた。おそらく、この場で最もパリンクロンと濃い繋がりがあるであろう男だ。

 けれど、その男が、この場で最も優しい目をしていた。


 その目で、僕とマリアを見つめながら、レイルさんは白状する。


「……君たちには突破できないと思っていた。才はあれど、心は弱いと思っていた。目の前に都合のいい世界があれば、そこで安息の時を過ごすと、そう思っていた。いや、そう私が願っていただけかもしれないな」

「いえ、僕の心は弱いままです。一人ではきっと抜け出せませんでした。ここまで来られたのは、レイルさんのおかげでもあります……」


 僕は敵であるはずのレイルさんに一礼する。


「……私に恨みはないのか?」


 レイルさんは驚く。

 彼としては、いまここで殺されても文句を言わないくらいの覚悟で姿を現したのかもしれない。


「恨みがないといえば嘘になります。けれど、あなたはパリンクロンと違う。あなたは、僕を拘束していたときも、僕の身を案じてくれていました。記憶がなくなったときも、僕のために一生懸命になってくれました。よく覚えています。あなたは確かに、僕とマリアの幸せを願ってくれていました」

「は、ははっ。ただの演技かもしれないぞ……?」

「構いません。なにより、あなたは『エピックシーカー』に必要な人です。ここであなたを倒すと、せっかくここまで有名になった『エピックシーカー』が崩壊しちゃうじゃないですか」


 それは間違いなかった。

 未熟な僕がギルドマスターの上に、やる気のないスノウとパリンクロンがサブマスターだったギルド『エピックシーカー』。それが上手く回っていたのは、最後のサブマスターであるレイルさんのおかげだ。


 心から僕はレイルさんを尊敬し、称賛する。

 それを聞いたレイルさんは小さく「敵わないな」と漏らした。


 そして、真剣な表情で、かつての約束を果たそうとする。


「……君は見事、『地の理を盗むもの』を倒した。証明の魔石もそこにある。約束通り、私の知っている限りのことを教えよう」

 

 そこに虚偽はないと思った。

 レイルさんもパリンクロンも、こういう取引では嘘をつかない。

 だから、僕も真剣な表情で、それを聞く。


「もしあいつを追うならば、『本土・・』で間違いない」


 レイルさんは平然とパリンクロンの情報を売る。


「パリンクロンは君を『争いの火種』に育てようと画策していた……。あいつは秘密主義だから、私も詳しくは知らない。だが、ことを大きくすればするほど、あいつが喜ぶのは間違いないはずだ。あいつを追うなら、気をつけて行ってくれ……」


 レイルさんはパリンクロンの仲間のはずだ。

 だが、まるで僕の仲間であるかのように、道中の安全を祈ってくれた。


「レイルさんはパリンクロンの仲間、なんですよね……?」

「ああ、そうだ。だから、いまのを鵜呑みにするな。心の隅に置いといてくれたらそれでいい」

「なぜ……、あなたのような人があんなやつと一緒に――」

「腐れ縁なんだ。あいつは性格悪くて、嘘つきで、外道で、ろくでなしだが……。私の友達なんだ……」


 僕にはわからない幼少の頃から積み重ねがあるのだろう。

 その一言で納得するしかなく、レイルさんとの話を終える。


 確かに、報酬は受け取った。

 ならば、あとはラウラヴィアでの生活を清算するだけだ。

 僕は守ってくれているみんなへ、正直に言う。


「……ギルドマスターとして『エピックシーカー』のみんなに宣言します。このときをもって、僕とスノウ・ウォーカーはギルドを脱退します」


 とても身勝手だが、それでも僕は宣言しないといけない。

 僕は嘘の記憶を持って『エピックシーカー』にいた。それは彼らに嘘をついていたのと同じだ。本当の僕はギルドという組織で生きていけるような人間じゃない。それを告白する。


「あとのことは、レイルさんとテイリさんとヴォルザークさんの三人にお任せします。サブマスターはこの三人が理想的です。そして、ギルドマスターはまた空白に戻ります。たぶん、ずっと空白です。だってギルドマスターに相応しい『英雄』なんて、どこにもいないんです。きっとどこにも……」


 糾弾と罵声を浴びる覚悟はあった。

 しかし、僕の脱退を聞いたギルドメンバーたちの表情は、とても穏やかなものだった。――子どものメンバーを除いてだが。


「え、えぇ!? マスター、辞めちゃうんですかぁ!?」

「おい、セリ。ちゃんと『舞闘大会』見てたか? マスターはパリンクロンの詐欺に遭って、嫌々ギルドマスターしてたんだ。だが、それも今日で終わり。それくらいわかっとけって……」

「え、今日で終わり!? そんなっ、ここからマスターの伝説が始まると思ったのに!!」


 純心で幼いセリちゃんの驚きを、大人のアリバーズさんが窘める。

 セリちゃん以外の大人たちは、僕の脱退を予期していたようだ。

 『舞闘大会』を観覧していたギルドメンバーは、準決勝での僕の叫びを聞いて事情を理解してくれている。

 それでも、僕を守ってくれているのは彼らの人の好さのおかげだろう。


 次々とメンバーたちは僕に別れの言葉を残す。

 最後まで、みんなは僕をマスターと呼びながら……。


「じゃあな、マスター。まあ、うちのクズな方のパリンサブマスタークロンが連れて来た有望な子どもは、全員途中脱退してるからな。いつかこうなると思ってたんだ、実は」

「うちの可愛い方のサブマスターをよろしくね。泣かしたら許さないんだから。……あ、あと帰ってきたら『エピックシーカー』に寄ってね。今度は傷一つくらいつけてみせるわ、マスター」

「あれだけ叫ばれたら、よくわかる。マスターは『英雄』じゃない。だから、ここにはいられない。そういうことなんだろう? けど、感謝してる。悪くない日々だった。マスターこそが俺たちの求めていた『英雄』だって、夢を見れた」


 別れの際まで、『エピックシーカー』のみんなは異常だった。

 ただ、思えば、彼らが普通だったことなど一度もなかった気がする。


 僕という『英雄』に憧れていながらも、僕という存在が『エピックシーカー』にずっといるはずがないと確信していたかのようだ。

 彼らにとっての『英雄』は、もはや神格化されている。だからこそ、その神格に近い『英雄』が一ギルドに納まるはずがないと思っているのかもしれない。


 誰もが気持ちのいい表情で送り出してくれている。

 僕も同じ表情で別れの挨拶を送る。


「お世話になりました……! 『エピックシーカー』は変わらず、人々のためにあってください……!!」


 別れを告げると同時に、魔法を構築する。

 残りの魔力を注ぎ込み、空から雪を降らせる。


 白い雪にまみれていく僕を見て、人の壁に阻まれている司会が叫ぶ。


(え、え!? もしかして、カナミさん! 逃げる気ですか!? まだインタビューが! 授賞式が! たくさんの式典と記念祭が残ってます!)

「えっと……、全部辞退します……」

(そんな! ここでカナミさんたちがいなくなったら、優勝者も準優勝者も、ベストフォーもいなくなるんですよ!?)

「それは、その、ご愁傷様です」

(困ります! 運営している側にとっては致命的です!)


 僕が司会と最後の会話をしている内に、観客席で競り合っていた面々も闘技場内へ入ってくる。

 司会との会話を打ち切り、近づいてくるウォーカー家に向けて、僕は宣言する。


「――すみませんが、スノウは連れて行きます。彼女は外へ出たいと言った。それを僕は叶えてあげたいんです」


 隣のスノウは礼をする。


「行ってきます……。いままで本当にありがとうございました……」


 その別れの挨拶に応えたのは、ウォーカー家ではなく『エピックシーカー』のみんなだった。

 代表してテイリさんがスノウに声をかける。


「行ってらっしゃい、スノウ……」


 その奥ではヴォルザークさんも、背中を向けたまま無言で手を振っていた。

 スノウは笑顔で手を振り返す。


 次に僕はフーズヤーズの人たちに宣言する。


「もちろん、ラスティアラとディアも連れて行きます。二人はあなたたちの道具じゃない。僕の仲間だ」


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』たちは負けを認め、見送りの空気となっていた。ラグネちゃんなんて、とても明るい顔で両手をこちらに振っている。

 彼女たちの仕事ぶりは、もう完全に形だけとなっていた。


 往生際が悪いのは、元老院の指示でやってきたフェーデルトたちだ。

 遠くで色々と喚いているようだが、グレンさんとフェンリル・アレイスのせいで闘技場内に入れてもいない。

 

 そして、僕は少し遠くにいる『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の一人へ、名指しで話しかける。


「ライナー!! 僕たちはパリンクロンを追う! もしも、君がまだ仇を討とうとしているのなら、本土まで追って来い! そこで決着をつけよう!!」


 姉の妨害によって、最後まで動けなかったライナーは苦々しい顔だった。


 これで言い残したことはないはずだ。

 あとはお礼を言うだけだ。


 僕は白い雪を舞わせ、吹雪の中に大きめの《コネクション》の扉を生成する。


 そして、その扉を開き、最後に観客席へ叫ぶ。

 魔法道具のマイクにも、スノウの振動魔法にも負けないくらい大きな声で、感謝の言葉を伝える。


「それでは皆さん! さようなら!! たくさんのご声援、ありがとうございました――!!」


 山彦のように歓声が返ってくる。

 観客たちは試合後の大立ち回りも楽しんでいた。

 類を見ない『舞闘大会』の結末に、満足してくれたようだ。


 拍手喝采の中、僕たちは雪の中へ消えていく。


「――また、どこかでお会いしましょう!!」


 そう言い残し、僕たちは《コネクション》の扉をくぐる。


 ――こうして、僕たちの『舞闘大会』は終わった。


 今度こそ誰も欠けることなく、迷宮の『試練』を踏破クリアしたのだった。





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