126.第三十の試練『錬獄』


 『武器落とし』はローウェンの勝利に終わり、『真剣勝負デスマッチ』は僕の勝利で終わった。


 ――そして、とうとう『第三十の試練』の戦いが始まる。


 水晶花を踏み砕き、僕たちは駆け出す。

 モンスター化したローウェンを圧倒すべく、僕は剣と魔法を振るう。


 ローウェンの姿は、もはや見る影もなくなっていた。

 ギリギリのところで人としての形を保ってはいる。しかし、水晶の腕が増え、八本腕となった姿は、まるで蜘蛛のようだ。全身から水晶の柱が生え、皮膚は特殊な鉱石で覆われている。両足を覆う鉱石は特に厚く、鎧そのものだ。


 剣と剣が交差する。

 しかし、モンスターとなったローウェンにとって、剣だけが攻撃手段ではない。


 残りの六本の腕を僕の身体に伸ばす。

 僕を押し潰そうと、乱雑に腕が振るわれる。


 単純計算で四倍には増えたはずの手数。だが、それを僕は悠々とかわしていく。

 その腕の動きには、全くと言っていいほど技術がなかった。ただ、目の前にいる外敵を壊そうと振り回しているだけ。

 いままでローウェンが振るってきた剣と比べれれば、ぬるい。

 天と地ほどの技術差だ。


 僕は八本の腕全てを掻い潜り、ローウェンの胴に剣を叩き込む。

 鉱石と鉱石がぶつかり合う独特な音が鳴り響いた。


 僕の『クレセントペクトラズリの直剣』が弾かれる。

 ローウェンの服を斬ったものの、その下にある水晶には傷一つついていなかった。


 『クレセントペクトラズリの直剣』は迷宮のクリスタルを斬り裂いた。しかし、『地の理を盗むもの』の身体は、それよりも数段硬いことがわかる。


 僕は弾かれるがままに後退する。

 その後退に対して、ローウェンが取った行動は、剣でも前進でもなく――魔法だった。腕の一つがかざされ、魔力が地面を這う。

 雪の下にローウェンの魔力が浸透し、初めて見る魔法が構築される。


 《次元の冬ディ・ウィンター》で干渉はできない。

 アルティのときと同じだ。守護者ガーディアンの魔法には隙がない。


「――カッ、ァ、魔法、――ォーツ、――フォニア》ァ!!」


 ローウェンの喉から、打楽器の音と人の声を混ぜ合わせたかのような音声が漏れる。

 もはや、人間の耳で聞き取るのは難しい域にあった。喉が硬質化したことで、声帯としての機能が失われかけているのかもしれない。


 そして、足元から様々な鉱物が剣山のように生えてくる。

 アメジスト、サファイア、パール、トパーズ、エメラルド――色彩豊かに輝く、歪な形状の宝石の剣の群れが、僕の身体を串刺しにしようとする。


 横に跳び避ける。

 見たことのない魔法に驚いたものの、その構築速度は遅い。

 発動を確認してから動いても、余裕をもってかわせる。

 あのローウェンの閃光のような剣と比べるのもおこがましいくらいに、鈍い。


「くっ、うぅ……、ローウェンが……、アタシも攻撃してる……!」


 その魔法に困惑していたのは、近くで巻き込まれたリーパーだった。

 次元魔法《ディメンション》を使えるリーパーの回避能力は高い。僕と同じく悠々と魔法をかわし切っている。

 だが、リーパーは魔法が自分にも向けられて使用されたことに、ショックを隠し切れない様子だ。


「も、もう……、ローウェンじゃ、ないんだね……」


 僕にはリーパーを守る義務がある。

 もしも、彼女がローウェンの魔法攻撃に耐え切れないようならば、僕が守らないといけない。


 リーパーは苦悶の表情のまま、僕とローウェンから遠ざかっていく。


「アタシは、アタシは……――」


 まだリーパーは嘆きの中にいた。

 自分のすべきことがわからず、追いやられるかのように魔法の届かないところまで逃げていく。


 安全圏へ移動するリーパーを見て、僕は一安心する。そして、彼女にかけていた氷結魔法の全てを解除する。

 ローウェンの言葉によって、彼女が完全に戦意を失っていたからだ。それと単純に、もう余計な魔力を割いている余裕がない。


 ローウェンの生んだ宝石剣の群れは数を増し、天高くまで伸びていく。

 その内の数本が空の結界を突き、亀裂が入った。


 そして、ローウェンはその場を動かず、さらなる大魔法を発動するべく詠唱を始める。

 まるで戦法が変わっていた。これでは、剣士でなく魔法使いの戦い方だ。


 僕は亀裂の入った結界を見て、長い時間は戦えないと判断し、すぐに決着をつけるべく駆け出そうとする。しかし、それは横からの言葉に止められてしまう。


(――カ、カナミ選手! 待ってください! 大会運営側はローウェン選手の理性がなくなり、完全にモンスター化したと判断しました! もうこれは試合と別物です! あなただけで戦う必要はありません! ここから先は、連合国の総力をもって対応します!!)


 結界の外側まで避難していた司会が、魔法道具マイクを使って戦闘の中止を僕に求める。

 その声の大きさに負けぬように、僕は叫ぶ。

 司会だけなく、この場にいる全員へ向かって。


「まだです!! まだ僕たちの決勝戦は終わってません!! 入ってこないでください!!」


 よく見ると、結界の外には多くの警備兵と騎士たちが並んでいた。

 指示さえあれば、すぐにでも結界の中へ突入しそうだ。


(いえ、もう……。ローウェン選手を大会参加選手として扱うのは無理ですよ! その姿はレヴァン教の定めた『人型』から遠く離れています! 彼はモンスターとして、この連合国から排除すると決定されました!!)

「ちょっと姿形が変わったくらいで、ガタガタ抜かさないでください! あなたたちは観客を守ることだけ考えてればいい!!」


 僕は荒々しい言葉で、第三者の介入を拒否する。

 

(しかし、そういうわけにもいきません! もう人が――!)


 一つの入場門から、数人の兵たちが入ろうとしていた。

 仕事のためか、名を上げようと先走ったのか、先行の理由はわからない。けれど、ローウェンを倒そうと、戦意を燃やしているのは遠目でもわかった。


 僕は舌打ちと共に、彼らの元へ向かう。

 駆ける途中、背後から鋭い殺意を感じ取る。『感応』ではなく《ディメンション》で、その正体を正確に把握する。


 ローウェンの八本の腕全てに、魔法で作られた宝石剣が握られていた。

 大魔法の詠唱を行いながら、その内の数本をローウェンは乱暴に投げつけてきた。


 その対象は僕でなく、結界内に入ってきた新たな敵――ヴアルフウラの兵たちだった。


「――魔法《次元の冬ディ・ウィンター終霜フロスト》!」


 幸い、地面には多くの水溜りがあった。

 僕は水に魔力を通し、氷の壁を作成する。その表面は丸みを帯びており、正面から飛来してくる宝石剣を上手く逸らしていく。


 しかし、ローウェンはさらなる宝石剣を地面から生成し、投げる数を増やす。

 その全てを氷の壁だけでそらすことはできない。

 僕は全速力で射線に飛び込み、宝石剣を剣で弾いていく。


 そして、最後の一本を素手で掴んで止めた。


 背後の兵たちは青ざめていた。結界内に入った瞬間、視認も難しい速度で何本もの刃が迫ってきたのだから、それも当然だろう。

 ただ、血の気は引いているが、傷は一つも負ってない。


 ほっと一息つく。

 誰か一人、傷一つでも負えば、ローウェンとの約束が反故になる。

 それでは『第三十の試練』を乗り越えたことにはならない。


「迂闊に入らないでください!! 死にますよ!?」


 僕は掴んだ宝石剣を捨て、血の滴る手を振って、闖入者たちを威圧した。

 《次元の冬ディ・ウィンター》の冷気が吹き荒れ、彼らは硬直する。


「失礼します!」


 その隙をついて、僕は乱暴に彼らの身体を掴んで、入ってきた入場門の奥に投げ返す。

 僕の異常な腕力で追い出された闖入者たちは、回廊の中を転がる。擦り傷の一つでも負ってそうだが、ローウェンではなく僕がやったことだからセーフとしておく。


 そして、これ以上の面倒を増やさないために、僕は再度叫ぶ。


「これは僕たちの戦いだ!! いまっ、ここで『舞闘大会』の決勝戦をしてるんだ! 乱入なんてマナー違反にもほどがある! いいから、外野は座って見ててくれ!! 司会さんっ、僕の言っていること、どこか間違ってますか!?」

(ま、間違ってはいませんが、カナミさん――!)


 このまま闖入者が増えれば、僕一人では賄いきれなくなる。


 それほどまでに守護者ガーディアンは強い。

 だから、僕は訴える。


 この場にいる全員に協力を求める。


「僕たちはこの闘技場で――いや、劇場でっ、まだ戦ってる! そして、『ヴアルフウラここ』はそれを観るところだ! みんなは『決勝戦これ』を観に来たんだろ!? 『ヴアルフウラ』は犯罪者だろうが何だろうが、参加を歓迎しているんじゃなかったのか!? なのに、当人たちの許可なく、戦いを終わらせるなんておかしいだろ! せっかくの決勝戦を興醒めで終わらせないでくれ! 決着は当人たちでつけさせてくれ! いや、つけるべきなんだ! なあっ、みんなはそう思わないか!?」


 動揺している観客たちに訴える。

 僕の主張を聞いた人たちはざわつく。

 

 このまま、押し切ろうとさらに叫ぼうとしたところで、会場全体に通る司会の声――ではなく、聞き覚えのある芝居がかった男の声が、会場全体に響き渡る。

 その声は僕に同調する。


(――ああっ、その通り・・・・!! 戦いは戦っている者たちのものだ! なにより、これを終わらせるなんてもったいない! 僕に勝ったカナミが『剣聖』も『最強』も『英雄』も超えると宣言したのだ。それを見逃すなんて僕には死んでもできないな! 相手のローウェン選手がモンスターとなったようだが何も問題ない。きっと物語の『英雄』がごとく、いやそれ以上の力で、カナミが打ち倒してくれるに決まっている!)

(エ、エルミラード・シッダルク様……!?)


 エルミラードが司会から魔法道具マイクを奪い、観客全員に語りかけていた。

 その内容は、いま僕が最も望んでいたものだった。彼は誰よりも早く僕の気持ちを察し、決勝戦続行のために動いてくれたようだ。


 そして、エルミラードは荒々しい言葉から一転し、次は礼儀正しく会場全体に囁いていく。


(観客の皆様方、何一つ心配いりません。たとえ、どのような戦いの余波が観客席を襲おうとも、我らがギルド『スプリーム』が責任を持ってお守り致ししましょう。かすり傷一つ負わさないと、私がここに誓います。――ゆえに、まだ決勝戦は終わりません。この僕が終わらせません)


 大貴族の嫡男であり、連合国での知名度が高いエルミラードが発言したことで、試合会場の空気が変わる。


 前から思っていたことだが、エルミラードは戦闘よりも、こうやって人々を鼓舞するのに向いている。

 立場に負けない誇りと意思。そして、その美丈夫ぶりと涼やかな声が、人々の心を揺るがす。


 会場のざわつきに熱が灯り始める。

 エルミラードの言うとおり、この試合を見逃すのはもったいないという空気が広がっていく。


 そこへさらに魔法道具マイクと同じくらい大きな声が足される。


(――み、みなさん! カナミとローウェン・アレイスを最後まで戦わせてあげてください……!! 私たちギルド『エピックシーカー』もギルド『スプリーム』と同じ考えです! ……で、ですよね?)


 スノウの振動魔法だ。

 スノウがエルミラードに負けまいと叫ぶ。


「スノウ! もちろんよ!」


 まず一番に、会場のテイリさんが叫び返した。

 そして、『エピックシーカー』のみんなも立ち上がり、協力の意思を見せていく。


「ああ、うちのギルドを忘れてもらったら困るぜ。我らがマスターが奮闘しているんだ。ならば、ギルド『エピックシーカー』が、それを助けなくてどうする?」


 観客たちへ聞こえるように、口々に頼もしい言葉を謳っていく。

 『エピックシーカー』のみんなにとって、この場、このとき、この試合は念願とも言える。なぜなら彼らは、いまの僕のような『英雄』役をずっと探していたからだ。


 だからこそ、誰よりも熱い気持ちを言葉に代えて、決勝戦が終わっていないことを訴える。各々の武器を持ち、観客たちを守ると叫ぶ。


 『エピックシーカー』のみんなの熱が火種となり、会場に火が灯っていった。その熱風に乗って僕は、司会に――いや、その奥にいる大会の続行を判断している人たちに、声をかける。


「ギルドのみんなが安全を守ってくれます! だから、もう少しだけ、僕に時間をください!!」

(しかし、カナミさん! 結界がもうもたないようです! このままだと――)


 司会は折れることなく、大会運営側の意見を代弁していく。

 そのとき、中央で大魔法を編んでいたローウェンの詠唱が終わった。


「――アモンド、――フォニア》!!」


 金属音のような声で魔法が詠まれ、ローウェンの魔力が結界内で膨らむ。

 

 先ほどと同じように宝石剣が地面から生えてくる。しかし、その数は先ほど比べようもないほどに多い。無数の宝石剣が天を突き、その間を縫うように僕は避け続ける。

 宝石剣の側面から、新たな宝石剣が伸びて襲い掛かってくる。


 僕は紙一重のところで、四方八方からの剣を避けていく。

 ただ、僕は避けられても、会場を包む結界は避けられない。


 大魔法が直撃し、結界がガラスのように割れてしまう。司会の危惧していたことが現実となった瞬間だった。

 物質化していた結界の魔力が、破片となって空を舞い、観客たちに降り注ごうとする。


 それを僕は――何の不安もなく見送る。


 突如として、炎の嵐が発生した。

 そして、空中で全ての破片を飲み込み、蒸発させていく。


 マリアの魔法だ。

 ずっと静かだったマリアは、この事態を見越して火炎魔法を編んでいた。そのおかげで、破片のほとんどが空中で消えた。

 僅かに燃やし損なった破片はある。しかし、待ち構えていた決勝戦続行を望む勇士たちによって、それは弾かれていく。その中には『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』たちもいた。


 被害はゼロだが、結界は消えてしまった。

 しかし、まるで結界の崩壊なんてなかったかのように、すぐに新たな結界が張られる。


「――神聖魔法《インビラブル・フィールド》!!」

「――神聖魔法《インビラブル・フィールド》!!」


 ディアとラスティアラが最前列で白い魔力光を放っていた。

 崩壊前よりもぶ厚い結界が張り直され、宝石剣の全てを抑えつける。


 大会運営側の用意した結界を上回る魔法を、たった二人で展開したのだ。

 そして、その隣ではマリアが僕にだけ聞こえる小さな声で呟く。


「もし、何か破片が観客席に飛んだとしても、私が全て燃やします。だから、カナミさんは遠慮なく、戦ってください」


 『舞闘大会』の出場者の上位陣の助力により、会場の安全が実証される。


 その大魔法の数々に、観客は沸いた。

 決勝の続行を望む声が、連鎖的に増していく。

 それを確認したエルミラードは笑い、問いかける。


(おお!! どうやら、この戦いの続きを見たいのは我らがギルド『スプリーム』だけでないようだ! 『舞闘大会』を勝ち進んだ精鋭たち、そしてフーズヤーズの姫と使徒、騎士たちも決勝戦の続行に協力してくれると見える! これだけの精鋭が揃いながら、それでも不安が残ると言うのならば、それは我らに対する侮辱と捉える他ないのだが……。さて、『舞闘大会』を運営している方々の返答はいかなものだろうか!!」)


 厭らしいが、効果的な言葉だった。


 司会の奥に控えていた大会運営者たちは、苦心の末、それを受け入れるしかない。

 司会は闘技場の全員へ聞こえるように宣言する。


(――ぞ、続行です! 続行すればいいんでしょう!? もうするしかないじゃないですか! 私だって、決勝戦して欲しいです! 誰も邪魔はさせません! だから、カナミさん、やっちゃってください! 『舞闘大会』決勝戦は、まだ終わってません!!)


 司会は今日一番の馴れ馴れしさで、僕を激励する。

 ただ、いまだけはその馴れ馴れしさが心地良かった。


 エルミラードは司会に負けぬ声で叫ぶ。


(さあ、正式に決勝戦の続行権利は得られた!! ならば、カナミ! あとは君が『英雄』然として、『英雄』よりも勇ましく、『英雄』をも超えて勝利するだけだ! 戦え! 戦って、僕に『本当の英雄』を見せてくれ!!)

「エルミラードっ、おまえは『英雄』『英雄』うるさい! 言われなくても! 戦う!!」


 熱の入り直った観客席は、熱狂に呑まれていく。この異常事態に興奮を覚え始めているようにも見える。

 その声に押されるかのように、僕は駆ける。

 中央でさらなる魔法を構築しようとしていたローウェンに斬りかかる。


「――ッシュ、――リスタル》」


 ローウェンは構築を途中で断念し、魔法を暴発させる。

 キラキラと輝く水晶の種子が拡散し、地面と柱に付着した。

 すぐに種子は芽吹き、水晶の植物が生き物のようにうねり伸びる。それは柱と柱の間に絡みつき、闘技場内は蜘蛛の巣が張られたかのように様変わりする。


 襲い掛かる水晶のツタをかわしながら、僕はローウェンに肉薄する。


 狙いは、まだ水晶化していない皮膚だ。

 僕はローウェンの身体をバラバラにするつもりで、剣を振るう。


 しかし、水晶の八本腕が、それを防ぐ。

 数にものを言わせて僕の攻撃を、乱雑に弾く。


 そして、手に握った八本の剣を使って、僕を斬り刻もうと反撃してくる。

 反撃してくるが、余りにも手緩い。


 いや、モンスター化したローウェンの攻撃は凶悪だ。その速さと硬さのともなった八方からの攻撃は、脅威的と表現する他ない。おそらく、30層までのどんなボスモンスターでも一瞬も持たないだろう。


 だが、どうしても人間だったときのローウェンと比べると……手緩く感じてしまう。脅威はあれど、絶対に手の届かない領域からの攻撃とは感じない。


 つまり、ローウェンの剣八本を使った剣術は稚拙なのだ。

 かつてのティーダと同じだ。速さと膂力に頼った乱暴な攻撃。そこに観客全員を魅了した剣技は、欠片も残っていなかった。


 明らかに弱体化している。

 ローウェンとしての――いや、人間としての強みが消え失せている。


 モンスター化する前は、僕がどんな手を使おうと、すぐにローウェンは対応してきた。その場で新たな『剣術』を編み出し、僕を攻略しようとしてきた。

 その脅威が、いまのローウェンにはない。ただ僕に攻略されるがままだ。


 何の対応策もなく、膨大な魔力と膂力に任せて暴れるだけ。

 掻い潜るのは容易だった。


 そして、水晶の鎧の隙間に剣を突き刺す。


「――ァア、ガァッ、アアァアァアアア!!」


 硬貨と硬貨を擦ったかのような叫び声をあげる。

 突き刺した傷口から血が溢れ、その血が水晶化していくのが見える。


 このままでは『クレセントペクトラズリの直剣』ごと硬化してしまうと思い、慌てて僕は剣を引き抜く。

 傷口は水晶で覆われ、出血が止まる。


 僕は仕方がなく、他の隙間に攻撃を繰り返す。

 水晶化していない皮膚を剣で斬りつけていく。その度に、傷口は硬化していき、水晶でないところがなくなっていく。


 出血の度に、動きが鈍くなっていっているのは確かだ。

 ゆえに、僕は何度も何度も繰り返す。


 僕がローウェンを圧倒することで、観客たちの熱狂が増していく。

 しかし、これは圧倒しているのは違うと、戦っている僕だけがわかっていた。


 そして、とうとうローウェンの身体の全てが水晶で硬質化し、剣を入れるところがなくなる。

 全ての傷を水晶で覆い隠し、ローウェンは僕に襲い掛かってくる。


 そこには技も戦術もない。

 理性なく暴れるモンスターそのものだ。


 しかし、全てが水晶の鎧で覆われたことで、その突貫は効果的なものとなっていた。

 八本腕の乱雑な動きに合わせて、僕は剣を全力で水晶の身体に叩き込む。しかし、甲高い音が鳴り響くだけで、何のダメージも与えられない。


 どれだけ隙のある大振りを繰り返されようと、もう僕にはその隙を突いて行う有効手段がなかった。

 そのとき、この絶対的防御力が、『地の理を盗むもの』の真価であると僕は理解する。


 何の根拠もないが、『地の理を盗むもの』は『世界のどの鉱物を使っても傷つけられない』。

 それがこの世の『理』。

 そう感じた。


 すぐに僕は、いままで見てきた魔法の中で最も破壊力のあるものを思い浮かべ、魔力を構築する。


「――魔法《氷結剣アイスフランベルジュ衝撃インパルス》!!」


 僕が『レイクリスタル』を破壊できなかったとき、スノウは振動魔法を掛け合わせることで破壊していた。

 その振動魔法を真似る。


 剣に冷気を纏わせ、斬撃が当たる瞬間だけ、その冷気を反転させる。

 振動を抑えるのではなく、解放するイメージ。


 スノウの魔法のように、鉱石の内部から振動させる。


 ――しかし、効果はない。


 そもそも、僕は魔力で振動を抑えるのは得意だが、震えさせるのは壊滅的に下手だった。


 ローウェンは《氷結剣アイスフランベルジュ衝撃インパルス》を腹に食らいながら、反撃の刃を振るう。仕方なく、僕は正直に冷気を増大させ、ローウェンの身体を凍らせようとする。


「くっ、――魔法《氷結剣アイスフランベルジュ》!!」


 しかし、振動解放も振動抑圧も、ローウェンの鉱石の身体を前には効果がなかった。


 防御の体勢を取ることすらなく、全く怯むこともなく、ローウェンは捨て身で腕を払い続ける。


 剣の腹で反撃を受け止めるものの、その異常な膂力によって弾き飛ばされる。

 僕は弾き飛ばされながら、地面に手を向け、水溜まりに干渉する。ローウェンは僕を追撃しようとして、雪も水溜りも関係なく、真っ直ぐと走っている。


「――魔法《ミドガルズフリーズ》!」

 

 水溜まりが蛇の形をした氷に変化する。

 ローウェンの足元から、蛇の大口が襲い掛かる。胴体に食らいつき、その身体を持ち上げる。すぐにローウェンは硬く強靭な腕で、《ミドガルズフリーズ》を掴み砕く。


 だが、ローウェンの身体が宙に浮いた。

 すぐに僕は体勢を立て直し、跳躍する。そして、空に張った水晶の枝を足場にして、ローウェンの真上を取る。無防備となったローウェンの身体目掛けて、僕は全力で『クレセントペクトラズリの直剣』を振り下ろす。


 もちろん、ローウェンも腕を動かし、反撃を行っている。しかし、多少の反撃なんて気にしている場合ではない。最大の破壊力を叩き込むことだけを考える。


「く、だけろぉおおおオオォオオ――!!」


 僕は身体の八ヵ所を裂かれながら、筋力の全てを使って、ローウェンを地面へ叩きつける。

 《ミドガルズフリーズ》が砕け散り、雪が舞い、水晶が煌く。


 神秘的な煙に包まれながら、下方でローウェンが起き上がる。


 傷一つついていなかった。

 斬撃によるダメージもなければ、衝撃によるダメージも全く見受けられない。


 ローウェンは万全の体勢で、宙で無防備になった僕に剣を振りかぶる。


「――ま、『魔力氷結化』!!」


 咄嗟に剣の長さを足し、地面を突いて着地地点を変更する。

 八本の剣によって、穴だらけとなるのを寸でのところで回避する。身を包む外套を斬り裂かれながら、僕は歯噛みと共に遠ざかる。


 会心の一撃を叩き込んだ。

 魔力を利用しての攻撃力の上乗せも、考えられる限りは試した。

 しかし、ローウェンにダメージはない。


 ゲームの戦闘画面で、ずっと「0」の表示を見ているような気分だ。

 その高すぎる防御力が、全ての攻撃を無効化している。


 僕は迫りくる八本腕をいなしつつ、どうすればローウェンにダメージを与えられるかを考える。


 『レイクリスタル』さえも斬り裂く『クレセントペクトラズリ』。それでもローウェンを斬ることはできない。

 ティーダの身体を凍らせた『氷結魔法』。迷宮の壁よりも密度の高いローウェンの身体には浸透しない。

 剣と魔法を掛け合わせ、さらには重力を利用して無防備な身体に《氷結剣アイスフランベルジュ》を叩き込んだ。それでもまだ、「0」は「1」にならない。


 ならば、どうすればいい。


 僕は悩む……ことなく、すぐに答えを見つけ出す。

 いや、見つけるのとは少し違う。すでに答えは手に入れていたのだ。


 リーパーと戦ったときと同じだ。

 答えはもうローウェンに教えてもらっている。


 あとは再現するだけ。

 おそらく、『第三十の試練』はそれを僕に教えるための試練なのだ。


 それを学ぶまで、『試練』は終わらない。

 ローウェンが安心できない――


 だから、僕は『詠唱・・する・・


「――『私は』! 『あなたを置いていく』!!」


 僕の『詠唱』ではなく、ローウェンの『詠唱』を――




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