126.第三十の試練『錬獄』
『武器落とし』はローウェンの勝利に終わり、『
――そして、とうとう『第三十の試練』の戦いが始まる。
水晶花を踏み砕き、僕たちは駆け出す。
モンスター化したローウェンを圧倒すべく、僕は剣と魔法を振るう。
ローウェンの姿は、もはや見る影もなくなっていた。
ギリギリのところで人としての形を保ってはいる。しかし、水晶の腕が増え、八本腕となった姿は、まるで蜘蛛のようだ。全身から水晶の柱が生え、皮膚は特殊な鉱石で覆われている。両足を覆う鉱石は特に厚く、鎧そのものだ。
剣と剣が交差する。
しかし、モンスターとなったローウェンにとって、剣だけが攻撃手段ではない。
残りの六本の腕を僕の身体に伸ばす。
僕を押し潰そうと、乱雑に腕が振るわれる。
単純計算で四倍には増えたはずの手数。だが、それを僕は悠々とかわしていく。
その腕の動きには、全くと言っていいほど技術がなかった。ただ、目の前にいる外敵を壊そうと振り回しているだけ。
いままでローウェンが振るってきた剣と比べれれば、
天と地ほどの技術差だ。
僕は八本の腕全てを掻い潜り、ローウェンの胴に剣を叩き込む。
鉱石と鉱石がぶつかり合う独特な音が鳴り響いた。
僕の『クレセントペクトラズリの直剣』が弾かれる。
ローウェンの服を斬ったものの、その下にある水晶には傷一つついていなかった。
『クレセントペクトラズリの直剣』は迷宮のクリスタルを斬り裂いた。しかし、『地の理を盗むもの』の身体は、それよりも数段硬いことがわかる。
僕は弾かれるがままに後退する。
その後退に対して、ローウェンが取った行動は、剣でも前進でもなく――魔法だった。腕の一つがかざされ、魔力が地面を這う。
雪の下にローウェンの魔力が浸透し、初めて見る魔法が構築される。
《
アルティのときと同じだ。
「――カッ、ァ、魔法、――ォーツ、――フォニア》ァ!!」
ローウェンの喉から、打楽器の音と人の声を混ぜ合わせたかのような音声が漏れる。
もはや、人間の耳で聞き取るのは難しい域にあった。喉が硬質化したことで、声帯としての機能が失われかけているのかもしれない。
そして、足元から様々な鉱物が剣山のように生えてくる。
アメジスト、サファイア、パール、トパーズ、エメラルド――色彩豊かに輝く、歪な形状の宝石の剣の群れが、僕の身体を串刺しにしようとする。
横に跳び避ける。
見たことのない魔法に驚いたものの、その構築速度は遅い。
発動を確認してから動いても、余裕をもってかわせる。
あのローウェンの閃光のような剣と比べるのもおこがましいくらいに、鈍い。
「くっ、うぅ……、ローウェンが……、アタシも攻撃してる……!」
その魔法に困惑していたのは、近くで巻き込まれたリーパーだった。
次元魔法《ディメンション》を使えるリーパーの回避能力は高い。僕と同じく悠々と魔法をかわし切っている。
だが、リーパーは魔法が自分にも向けられて使用されたことに、ショックを隠し切れない様子だ。
「も、もう……、ローウェンじゃ、ないんだね……」
僕にはリーパーを守る義務がある。
もしも、彼女がローウェンの魔法攻撃に耐え切れないようならば、僕が守らないといけない。
リーパーは苦悶の表情のまま、僕とローウェンから遠ざかっていく。
「アタシは、アタシは……――」
まだリーパーは嘆きの中にいた。
自分のすべきことがわからず、追いやられるかのように魔法の届かないところまで逃げていく。
安全圏へ移動するリーパーを見て、僕は一安心する。そして、彼女にかけていた氷結魔法の全てを解除する。
ローウェンの言葉によって、彼女が完全に戦意を失っていたからだ。それと単純に、もう余計な魔力を割いている余裕がない。
ローウェンの生んだ宝石剣の群れは数を増し、天高くまで伸びていく。
その内の数本が空の結界を突き、亀裂が入った。
そして、ローウェンはその場を動かず、さらなる大魔法を発動するべく詠唱を始める。
まるで戦法が変わっていた。これでは、剣士でなく魔法使いの戦い方だ。
僕は亀裂の入った結界を見て、長い時間は戦えないと判断し、すぐに決着をつけるべく駆け出そうとする。しかし、それは横からの言葉に止められてしまう。
(――カ、カナミ選手! 待ってください! 大会運営側はローウェン選手の理性がなくなり、完全にモンスター化したと判断しました! もうこれは試合と別物です! あなただけで戦う必要はありません! ここから先は、連合国の総力をもって対応します!!)
結界の外側まで避難していた司会が、
その声の大きさに負けぬように、僕は叫ぶ。
司会だけなく、この場にいる全員へ向かって。
「まだです!! まだ僕たちの決勝戦は終わってません!! 入ってこないでください!!」
よく見ると、結界の外には多くの警備兵と騎士たちが並んでいた。
指示さえあれば、すぐにでも結界の中へ突入しそうだ。
(いえ、もう……。ローウェン選手を大会参加選手として扱うのは無理ですよ! その姿はレヴァン教の定めた『人型』から遠く離れています! 彼はモンスターとして、この連合国から排除すると決定されました!!)
「ちょっと姿形が変わったくらいで、ガタガタ抜かさないでください! あなたたちは観客を守ることだけ考えてればいい!!」
僕は荒々しい言葉で、第三者の介入を拒否する。
(しかし、そういうわけにもいきません! もう人が――!)
一つの入場門から、数人の兵たちが入ろうとしていた。
仕事のためか、名を上げようと先走ったのか、先行の理由はわからない。けれど、ローウェンを倒そうと、戦意を燃やしているのは遠目でもわかった。
僕は舌打ちと共に、彼らの元へ向かう。
駆ける途中、背後から鋭い殺意を感じ取る。『感応』ではなく《ディメンション》で、その正体を正確に把握する。
ローウェンの八本の腕全てに、魔法で作られた宝石剣が握られていた。
大魔法の詠唱を行いながら、その内の数本をローウェンは乱暴に投げつけてきた。
その対象は僕でなく、結界内に入ってきた新たな敵――ヴアルフウラの兵たちだった。
「――魔法《
幸い、地面には多くの水溜りがあった。
僕は水に魔力を通し、氷の壁を作成する。その表面は丸みを帯びており、正面から飛来してくる宝石剣を上手く逸らしていく。
しかし、ローウェンはさらなる宝石剣を地面から生成し、投げる数を増やす。
その全てを氷の壁だけでそらすことはできない。
僕は全速力で射線に飛び込み、宝石剣を剣で弾いていく。
そして、最後の一本を素手で掴んで止めた。
背後の兵たちは青ざめていた。結界内に入った瞬間、視認も難しい速度で何本もの刃が迫ってきたのだから、それも当然だろう。
ただ、血の気は引いているが、傷は一つも負ってない。
ほっと一息つく。
誰か一人、傷一つでも負えば、ローウェンとの約束が反故になる。
それでは『第三十の試練』を乗り越えたことにはならない。
「迂闊に入らないでください!! 死にますよ!?」
僕は掴んだ宝石剣を捨て、血の滴る手を振って、闖入者たちを威圧した。
《
「失礼します!」
その隙をついて、僕は乱暴に彼らの身体を掴んで、入ってきた入場門の奥に投げ返す。
僕の異常な腕力で追い出された闖入者たちは、回廊の中を転がる。擦り傷の一つでも負ってそうだが、ローウェンではなく僕がやったことだからセーフとしておく。
そして、これ以上の面倒を増やさないために、僕は再度叫ぶ。
「これは僕たちの戦いだ!! いまっ、ここで『舞闘大会』の決勝戦をしてるんだ! 乱入なんてマナー違反にもほどがある! いいから、外野は座って見ててくれ!! 司会さんっ、僕の言っていること、どこか間違ってますか!?」
(ま、間違ってはいませんが、カナミさん――!)
このまま闖入者が増えれば、僕一人では賄いきれなくなる。
それほどまでに
だから、僕は訴える。
この場にいる全員に協力を求める。
「僕たちはこの闘技場で――いや、劇場でっ、まだ戦ってる! そして、『
動揺している観客たちに訴える。
僕の主張を聞いた人たちはざわつく。
このまま、押し切ろうとさらに叫ぼうとしたところで、会場全体に通る司会の声――ではなく、聞き覚えのある芝居がかった男の声が、会場全体に響き渡る。
その声は僕に同調する。
(――ああっ、
(エ、エルミラード・シッダルク様……!?)
エルミラードが司会から
その内容は、いま僕が最も望んでいたものだった。彼は誰よりも早く僕の気持ちを察し、決勝戦続行のために動いてくれたようだ。
そして、エルミラードは荒々しい言葉から一転し、次は礼儀正しく会場全体に囁いていく。
(観客の皆様方、何一つ心配いりません。たとえ、どのような戦いの余波が観客席を襲おうとも、我らがギルド『スプリーム』が責任を持ってお守り致ししましょう。かすり傷一つ負わさないと、私がここに誓います。――ゆえに、まだ決勝戦は終わりません。この僕が終わらせません)
大貴族の嫡男であり、連合国での知名度が高いエルミラードが発言したことで、試合会場の空気が変わる。
前から思っていたことだが、エルミラードは戦闘よりも、こうやって人々を鼓舞するのに向いている。
立場に負けない誇りと意思。そして、その美丈夫ぶりと涼やかな声が、人々の心を揺るがす。
会場のざわつきに熱が灯り始める。
エルミラードの言うとおり、この試合を見逃すのはもったいないという空気が広がっていく。
そこへさらに
(――み、みなさん! カナミとローウェン・アレイスを最後まで戦わせてあげてください……!! 私たちギルド『エピックシーカー』もギルド『スプリーム』と同じ考えです! ……で、ですよね?)
スノウの振動魔法だ。
スノウがエルミラードに負けまいと叫ぶ。
「スノウ! もちろんよ!」
まず一番に、会場のテイリさんが叫び返した。
そして、『エピックシーカー』のみんなも立ち上がり、協力の意思を見せていく。
「ああ、うちのギルドを忘れてもらったら困るぜ。我らがマスターが奮闘しているんだ。ならば、ギルド『エピックシーカー』が、それを助けなくてどうする?」
観客たちへ聞こえるように、口々に頼もしい言葉を謳っていく。
『エピックシーカー』のみんなにとって、この場、このとき、この試合は念願とも言える。なぜなら彼らは、いまの僕のような『英雄』役をずっと探していたからだ。
だからこそ、誰よりも熱い気持ちを言葉に代えて、決勝戦が終わっていないことを訴える。各々の武器を持ち、観客たちを守ると叫ぶ。
『エピックシーカー』のみんなの熱が火種となり、会場に火が灯っていった。その熱風に乗って僕は、司会に――いや、その奥にいる大会の続行を判断している人たちに、声をかける。
「ギルドのみんなが安全を守ってくれます! だから、もう少しだけ、僕に時間をください!!」
(しかし、カナミさん! 結界がもうもたないようです! このままだと――)
司会は折れることなく、大会運営側の意見を代弁していく。
そのとき、中央で大魔法を編んでいたローウェンの詠唱が終わった。
「――アモンド、――フォニア》!!」
金属音のような声で魔法が詠まれ、ローウェンの魔力が結界内で膨らむ。
先ほどと同じように宝石剣が地面から生えてくる。しかし、その数は先ほど比べようもないほどに多い。無数の宝石剣が天を突き、その間を縫うように僕は避け続ける。
宝石剣の側面から、新たな宝石剣が伸びて襲い掛かってくる。
僕は紙一重のところで、四方八方からの剣を避けていく。
ただ、僕は避けられても、会場を包む結界は避けられない。
大魔法が直撃し、結界がガラスのように割れてしまう。司会の危惧していたことが現実となった瞬間だった。
物質化していた結界の魔力が、破片となって空を舞い、観客たちに降り注ごうとする。
それを僕は――何の不安もなく見送る。
突如として、炎の嵐が発生した。
そして、空中で全ての破片を飲み込み、蒸発させていく。
マリアの魔法だ。
ずっと静かだったマリアは、この事態を見越して火炎魔法を編んでいた。そのおかげで、破片のほとんどが空中で消えた。
僅かに燃やし損なった破片はある。しかし、待ち構えていた決勝戦続行を望む勇士たちによって、それは弾かれていく。その中には『
被害はゼロだが、結界は消えてしまった。
しかし、まるで結界の崩壊なんてなかったかのように、すぐに新たな結界が張られる。
「――神聖魔法《インビラブル・フィールド》!!」
「――神聖魔法《インビラブル・フィールド》!!」
ディアとラスティアラが最前列で白い魔力光を放っていた。
崩壊前よりもぶ厚い結界が張り直され、宝石剣の全てを抑えつける。
大会運営側の用意した結界を上回る魔法を、たった二人で展開したのだ。
そして、その隣ではマリアが僕にだけ聞こえる小さな声で呟く。
「もし、何か破片が観客席に飛んだとしても、私が全て燃やします。だから、カナミさんは遠慮なく、戦ってください」
『舞闘大会』の出場者の上位陣の助力により、会場の安全が実証される。
その大魔法の数々に、観客は沸いた。
決勝の続行を望む声が、連鎖的に増していく。
それを確認したエルミラードは笑い、問いかける。
(おお!! どうやら、この戦いの続きを見たいのは我らがギルド『スプリーム』だけでないようだ! 『舞闘大会』を勝ち進んだ精鋭たち、そしてフーズヤーズの姫と使徒、騎士たちも決勝戦の続行に協力してくれると見える! これだけの精鋭が揃いながら、それでも不安が残ると言うのならば、それは我らに対する侮辱と捉える他ないのだが……。さて、『舞闘大会』を運営している方々の返答はいかなものだろうか!!」)
厭らしいが、効果的な言葉だった。
司会の奥に控えていた大会運営者たちは、苦心の末、それを受け入れるしかない。
司会は闘技場の全員へ聞こえるように宣言する。
(――ぞ、続行です! 続行すればいいんでしょう!? もうするしかないじゃないですか! 私だって、決勝戦して欲しいです! 誰も邪魔はさせません! だから、カナミさん、やっちゃってください! 『舞闘大会』決勝戦は、まだ終わってません!!)
司会は今日一番の馴れ馴れしさで、僕を激励する。
ただ、いまだけはその馴れ馴れしさが心地良かった。
エルミラードは司会に負けぬ声で叫ぶ。
(さあ、正式に決勝戦の続行権利は得られた!! ならば、カナミ! あとは君が『英雄』然として、『英雄』よりも勇ましく、『英雄』をも超えて勝利するだけだ! 戦え! 戦って、僕に『本当の英雄』を見せてくれ!!)
「エルミラードっ、おまえは『英雄』『英雄』うるさい! 言われなくても! 戦う!!」
熱の入り直った観客席は、熱狂に呑まれていく。この異常事態に興奮を覚え始めているようにも見える。
その声に押されるかのように、僕は駆ける。
中央でさらなる魔法を構築しようとしていたローウェンに斬りかかる。
「――ッシュ、――リスタル》」
ローウェンは構築を途中で断念し、魔法を暴発させる。
キラキラと輝く水晶の種子が拡散し、地面と柱に付着した。
すぐに種子は芽吹き、水晶の植物が生き物のようにうねり伸びる。それは柱と柱の間に絡みつき、闘技場内は蜘蛛の巣が張られたかのように様変わりする。
襲い掛かる水晶の
狙いは、まだ水晶化していない皮膚だ。
僕はローウェンの身体をバラバラにするつもりで、剣を振るう。
しかし、水晶の八本腕が、それを防ぐ。
数にものを言わせて僕の攻撃を、乱雑に弾く。
そして、手に握った八本の剣を使って、僕を斬り刻もうと反撃してくる。
反撃してくるが、余りにも手緩い。
いや、モンスター化したローウェンの攻撃は凶悪だ。その速さと硬さのともなった八方からの攻撃は、脅威的と表現する他ない。おそらく、30層までのどんなボスモンスターでも一瞬も持たないだろう。
だが、どうしても人間だったときのローウェンと比べると……手緩く感じてしまう。脅威はあれど、絶対に手の届かない領域からの攻撃とは感じない。
つまり、ローウェンの剣八本を使った剣術は稚拙なのだ。
かつてのティーダと同じだ。速さと膂力に頼った乱暴な攻撃。そこに観客全員を魅了した剣技は、欠片も残っていなかった。
明らかに弱体化している。
ローウェンとしての――いや、人間としての強みが消え失せている。
モンスター化する前は、僕がどんな手を使おうと、すぐにローウェンは対応してきた。その場で新たな『剣術』を編み出し、僕を攻略しようとしてきた。
その脅威が、いまのローウェンにはない。ただ僕に攻略されるがままだ。
何の対応策もなく、膨大な魔力と膂力に任せて暴れるだけ。
掻い潜るのは容易だった。
そして、水晶の鎧の隙間に剣を突き刺す。
「――ァア、ガァッ、アアァアァアアア!!」
硬貨と硬貨を擦ったかのような叫び声をあげる。
突き刺した傷口から血が溢れ、その血が水晶化していくのが見える。
このままでは『クレセントペクトラズリの直剣』ごと硬化してしまうと思い、慌てて僕は剣を引き抜く。
傷口は水晶で覆われ、出血が止まる。
僕は仕方がなく、他の隙間に攻撃を繰り返す。
水晶化していない皮膚を剣で斬りつけていく。その度に、傷口は硬化していき、水晶でないところがなくなっていく。
出血の度に、動きが鈍くなっていっているのは確かだ。
ゆえに、僕は何度も何度も繰り返す。
僕がローウェンを圧倒することで、観客たちの熱狂が増していく。
しかし、これは圧倒しているのは違うと、戦っている僕だけがわかっていた。
そして、とうとうローウェンの身体の全てが水晶で硬質化し、剣を入れるところがなくなる。
全ての傷を水晶で覆い隠し、ローウェンは僕に襲い掛かってくる。
そこには技も戦術もない。
理性なく暴れるモンスターそのものだ。
しかし、全てが水晶の鎧で覆われたことで、その突貫は効果的なものとなっていた。
八本腕の乱雑な動きに合わせて、僕は剣を全力で水晶の身体に叩き込む。しかし、甲高い音が鳴り響くだけで、何のダメージも与えられない。
どれだけ隙のある大振りを繰り返されようと、もう僕にはその隙を突いて行う有効手段がなかった。
そのとき、この絶対的防御力が、『地の理を盗むもの』の真価であると僕は理解する。
何の根拠もないが、『地の理を盗むもの』は『世界のどの鉱物を使っても傷つけられない』。
それがこの世の『理』。
そう感じた。
すぐに僕は、いままで見てきた魔法の中で最も破壊力のあるものを思い浮かべ、魔力を構築する。
「――魔法《
僕が『レイクリスタル』を破壊できなかったとき、スノウは振動魔法を掛け合わせることで破壊していた。
その振動魔法を真似る。
剣に冷気を纏わせ、斬撃が当たる瞬間だけ、その冷気を反転させる。
振動を抑えるのではなく、解放するイメージ。
スノウの魔法のように、鉱石の内部から振動させる。
――しかし、効果はない。
そもそも、僕は魔力で振動を抑えるのは得意だが、震えさせるのは壊滅的に下手だった。
ローウェンは《
「くっ、――魔法《
しかし、振動解放も振動抑圧も、ローウェンの鉱石の身体を前には効果がなかった。
防御の体勢を取ることすらなく、全く怯むこともなく、ローウェンは捨て身で腕を払い続ける。
剣の腹で反撃を受け止めるものの、その異常な膂力によって弾き飛ばされる。
僕は弾き飛ばされながら、地面に手を向け、水溜まりに干渉する。ローウェンは僕を追撃しようとして、雪も水溜りも関係なく、真っ直ぐと走っている。
「――魔法《ミドガルズフリーズ》!」
水溜まりが蛇の形をした氷に変化する。
ローウェンの足元から、蛇の大口が襲い掛かる。胴体に食らいつき、その身体を持ち上げる。すぐにローウェンは硬く強靭な腕で、《ミドガルズフリーズ》を掴み砕く。
だが、ローウェンの身体が宙に浮いた。
すぐに僕は体勢を立て直し、跳躍する。そして、空に張った水晶の枝を足場にして、ローウェンの真上を取る。無防備となったローウェンの身体目掛けて、僕は全力で『クレセントペクトラズリの直剣』を振り下ろす。
もちろん、ローウェンも腕を動かし、反撃を行っている。しかし、多少の反撃なんて気にしている場合ではない。最大の破壊力を叩き込むことだけを考える。
「く、だけろぉおおおオオォオオ――!!」
僕は身体の八ヵ所を裂かれながら、筋力の全てを使って、ローウェンを地面へ叩きつける。
《ミドガルズフリーズ》が砕け散り、雪が舞い、水晶が煌く。
神秘的な煙に包まれながら、下方でローウェンが起き上がる。
傷一つついていなかった。
斬撃によるダメージもなければ、衝撃によるダメージも全く見受けられない。
ローウェンは万全の体勢で、宙で無防備になった僕に剣を振りかぶる。
「――ま、『魔力氷結化』!!」
咄嗟に剣の長さを足し、地面を突いて着地地点を変更する。
八本の剣によって、穴だらけとなるのを寸でのところで回避する。身を包む外套を斬り裂かれながら、僕は歯噛みと共に遠ざかる。
会心の一撃を叩き込んだ。
魔力を利用しての攻撃力の上乗せも、考えられる限りは試した。
しかし、ローウェンにダメージはない。
ゲームの戦闘画面で、ずっと「0」の表示を見ているような気分だ。
その高すぎる防御力が、全ての攻撃を無効化している。
僕は迫りくる八本腕をいなしつつ、どうすればローウェンにダメージを与えられるかを考える。
『レイクリスタル』さえも斬り裂く『クレセントペクトラズリ』。それでもローウェンを斬ることはできない。
ティーダの身体を凍らせた『氷結魔法』。迷宮の壁よりも密度の高いローウェンの身体には浸透しない。
剣と魔法を掛け合わせ、さらには重力を利用して無防備な身体に《
ならば、どうすればいい。
僕は悩む……ことなく、すぐに答えを見つけ出す。
いや、見つけるのとは少し違う。すでに答えは手に入れていたのだ。
リーパーと戦ったときと同じだ。
答えはもうローウェンに教えてもらっている。
あとは再現するだけ。
おそらく、『第三十の試練』はそれを僕に教えるための試練なのだ。
それを学ぶまで、『試練』は終わらない。
ローウェンが安心できない――
だから、僕は『
「――『私は』! 『あなたを置いていく』!!」
僕の『詠唱』ではなく、ローウェンの『詠唱』を――
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