118.4日目の終わり


 リーパーは右足を失い、左足は剣と氷で地面に縫い付けられ、右腕は炎で焼け焦げている。さらに左腕は僕の氷結魔法で凍らされ、ラスティアラの神聖魔法で身体全体を念入りに封じられている。


 僕以上にボロボロだ。

 失った右足は魔力によって、徐々に修復されているように見える。しかし、マリアの炎によって炭化しかけている右腕は治りが遅い。マリアの魔法は少し特殊なようだ。


「僕の勝ちだ、リーパー。これ以上やるなら、マリアにもっと焼いてもらう」

「それは勘弁してほしいかな……。焼け死んじゃう……」


 リーパーに抵抗する素振りはなかった。

 逆転できる状況でないとわかったのだろう。


 溜め息と共に、大の字に寝転ぶ。


 僕は剣を握ったまま腰を下ろす。

 これでリーパーとの戦いが終わったと思うと、一気に力が抜けていった。


 座り込んだ僕にリーパーは話しかける。


「あの日――、最後の夜も、こうやってローウェンと過ごしたんだ……」


 唐突な話だった。

 僕は何と答えたらいいかわからず、話を聞き続ける。


「ローウェンにはアタシを殺せる力があったのに……、アタシの姿を見て剣を止めたんだ……。優しかった……。ローウェンは最後までアタシと遊んでくれた、最初の友達……」


 リーパーは独白する。

 別に答えが欲しいわけじゃない。

 ただ、僕に知って欲しいのだろう。


「『影慕う死神アタシ』はローウェンとずっと一緒に遊びたい……。だから、ローウェンを守りたいと願った……」


 リーパーの願い。

 それを受け止め、僕は自分の意思を伝える。


「リーパー。それでも、僕はローウェンと約束を果たしに行く……。僕はローウェンを幸せにしてあげたい。――僕はローウェンのことが好きだから」

「アタシだってローウェンが大好き。幸せにしてあげたい……! でも、それはローウェンが死ぬってことなんだよ……! それだけはっ、それだけは嫌だよ……!」 


 その願いを聞いても変わらぬ僕の答えに、リーパーは慟哭する。

 僕は話を続ける。


「ごめん、リーパー。僕の答えはいつだって一つ、誰もが自分の心のままに生きること。けれど、いまのローウェンは違う。与えられた夢を追いかけ続け、自分の願いを間違えてる。それを見過ごすわけにはいかない」

「そんなことわからないよ。ローウェンが願いを間違えているなんて、まだわからないよ……!」

「『英雄』とか『最強』とか『剣聖』なんてものが、ローウェンの願いだと僕には思えない。どうしても思えないんだ……」


 それに似た『栄光』の端を僕は手に入れた。

 けど、それは僕を苛むだけだった。


 それに近い『栄光』そのものをスノウは手に入れていた。

 けど、それはスノウを絶望させただけだった。


「でもっ、それが勘違いでも! ローウェンは納得するかもしれない! 消えないまま、納得してくれるかもしれない!」


 まだ食い下がるリーパーに、僕は首を振りながら言う。


「なあ、リーパー。僕の言葉を思い出してくれ」

「お兄ちゃんの言葉……?」


 その言葉に彼女は思い当たりがある。ないはずがない。


「『運命を弄ぶな』って、ずっと僕は心の底で叫んでいた……」

「……うん、あれはうるさかったな。……『嘘を許すな』とも叫んでたね」

「ああ。そのあとに続くのは、『自分の願いを――」

「――間違えるな』、だね……」


 最後はリーパー自身が続けた。

 その言葉を繰り返すことで、少しずつリーパーの力が抜けていく。


「なら、アタシの願いはどうなるの……?」

「ローウェンが苦しんでいても、不幸でも、それでも一緒にいたいのか?」

「それは――」

「きっと、そんなことしてもリーパーも苦しいだけだ。二人とも苦しむだけで、誰も幸せになんてなれない。答えを先延ばしにしても、苦しむ時間が増えるだけだ」


 ただ一緒に居るだけでは、いつかは崩れる。

 維持するだけでなく前に進まないと、綻びが生まれる。その綻びは悲劇を招く。僕は経験から、そう知っている。


 僕の感情によって育ったリーパーは、それに共感していた。

 だから、言い返すことも出来ず、じっと聞いている。


「リーパー、ローウェンは終わりを望んでいる。守護者ガーディアンはいつだって、『未練』を果たし、消えることだけを望んでいるんだと思う。あのティーダもアルティも、ずっと消えたがっていた」


 僕はかつての守護者ガーディアンたちを例に出し、リーパーを諦めさせようとする。


「そんなのわかってる……。わかってるから、ままならないんだよ……」


 リーパーは全身から力を失い、空を見上げる。溜まった涙がこぼれないように、睨むように黒く染まり始めた空を見続ける。

 僕も同じ空を見上げた。


 いつかの竜退治の夜と同じだった。

 二人で空を見上げ――けれど、交じり合うことができない。


 僕はこれ以上の言葉が見つからず、困り果てる。

 リーパーは僕に戦意がないのを見て取り、皮肉げに笑う。


「……ひひっ。甘いなぁ、お兄ちゃん。ここでアタシを殺せば全部解決なのに」

「わかってて言ってるだろ。そんなことすれば、今度はローウェンが厄介なことになる」

「上手く行かないなら、それはそれでアタシはアリだよ。それだけの覚悟があるもん」

「はぁ……、本当に面倒なやつだよ、おまえは……」

「そう。お兄ちゃんと一緒……」


 そう。僕とリーパーは似ている。

 その姿は我が子を見るかのような錯覚さえ覚えてくる。


「もう僕からは何も言わないよ……。あとはローウェンに任せる。明日、決勝戦におまえを連れて行って、それで終わりだ……」

「そうだね……。アタシの逆転の目もそれしかないかな……。もうローウェンにお願いするしかない。消えないでって……、本気で……」


 話は終わった。

 僕とリーパーは空を見上げつつ、無言になる。


 それでローウェンが『未練』よりもリーパーを優先すれば、それはそれで悪くない終わりだ。

 ローウェンとリーパーは、この連合国で新しい人生を送り始める。僕たちはパリンクロンを追いかける。全て解決だ。


 ――しかし、そうはならないだろう。


 確信がある。

 リーパーも確信してるからこそ、最後の最後までそれを選ばなかった。

 選べずに、リーパーは泣いているのだ。


 その戦意のなくなった僕たちを見て、ラスティアラが剣を収めながら話しかけてくる。


「……リーパーちゃんの説得は失敗? カナミはここで全員の説得に成功するって言ってたけど?」

「ごめん。リーパーだけは無理だった」

「……そっか。それで、これからどうするの? 色々と予定変わってるけど……」

「リーパーの説得はローウェンに任せる。だから、このままリーパーをみんなで見張って、明日の決勝戦にリーパーを連れて行く。それで『舞闘大会』は終わりだ」

「本当にリーパーを連れてくの? 危なくない? 二対一になるかもしれないよ?」

「大丈夫。なるとしたら、僕とローウェンでリーパーを倒す二対一だ。ローウェンは僕との一対一にこだわってるからね。もうローウェンしかリーパーを説得できないから、連れて行くしかない」

「変な信頼……。ま、もう止めはしないよ……」


 ラスティアラは非難しながらも、羨ましそうだった。

 決勝戦のシチュエーションもだが、僕たちの妙な絆も羨ましいようだ。


「でも、カナミっ。その代わり――!」

「ああ、ラスティアラたちは決勝戦を観客席で見ててくれ」

「何かあれば、私たちが割り込むからね。それだけは絶対に譲れないよ」

「わかってる」

「本当にわかってるのかな……」


 疑い深くラスティアラは僕の顔を覗き込む。


 顔と顔、目と目が近づき、僕の胸の鼓動が速まる。

 その正体はわかっている。中途半端にだが、戻ってしまって・・・・・・・いるからだ・・・・・


 けれど、いま必要な感情ではない。それを僕は理性で抑え込む。

 そして、ラスティアラの目を真剣に見つめ返し、本気であることを伝えた。


 ラスティアラは呆れたように息を吐き、少し離れていたマリアに声をかける。


「んー、マリアちゃん。もうちょっと面倒が続くみたい。ちょっと仲間呼んでくるから、カナミとリーパーちゃんを見ててくれないかな?」

「あ、はい……。わかりました」

「リーパーちゃんが変なことしようとしたら、殺さない程度に焼いちゃっていいよ。あ、スノウもよく見ててよ?」


 声をかけられたスノウは姿勢を正して、声を返す。


「かしこまりましたっ、ラスティアラ様!」

「スノウ……。その変な敬語についても、あとでゆっくりと話そうね……」


 その言葉を最後に、ラスティアラは訓練場から出て行く。

 こうして、僕たちは訓練場に残される。


 リーパーは疲れ果てた表情で夜空を見上げ、スノウはラスティアラの指示通りにリーパーを見張り、マリアはいつでも火炎魔法を撃てるように準備している。


 かつて、この三人は『同じ屋根の下エピックシーカー』に住んでいた。

 この状況は、その日々を僕に思い出させる。確か、三人でマフラーを編んでいたこともあった。しかし、あの頃とは状況が変わりすぎている。もう何もかも戻らないだろう。


 もちろん、戻る気はない。

 けれど、全てを捨てる必要もないと思った。僕は過去の日々を思い出し、共に小さな約束も思い出す。

 少しだけ考えたあと、僕はスノウに声をかける。


「――なあ、スノウ」

「ん?」

「暇だから編み物道具を持ってきてくれないか? 前にマフラー作ったときのやつ」


 僕は余った時間を有効活用しようと思い、スノウに頼む。


「へ、え? な、何言ってるの、カナミ?」

「いや、マフラーでも編もうと思って?」

「えっと……、頭打った? 明日、カナミはローウェン・アレイスと戦うんだよね。なら、いまは少しでも休むべき。むしろ、もう寝て。リーパーは動けないんだし」

「ラスティアラたちが戻ってきたら寝るよ。ただ、ちょっと約束を思い出したから……、お願いだ」

「約束?」

「ああ、約束してたんだ。思い出したからには、作らないと……」


 僕はスノウに頼み込む。


「ひひっ」


 スノウとマリアが不思議そうにする中、リーパーだけが苦笑していた。

 リーパーだけは、あの些細な口約束を覚えていたようだ。


 その後、ラスティアラたちが戻ってきてからだが、スノウは渋々と編み物道具を持ってくる。

 そして、僕は無駄な器用さを発揮し、短い時間で一品を完成させる。


 作り終わったマフラーを見て、リーパーは笑う。僕も笑った。

 そこに先ほどまでの確執はない。


 結局、リーパーの説得はできなかった。が、全く意味がなかったわけでもなかった。いまリーパーと笑い合ったとき、『繋がり』はなくとも彼女の気持ちが少しだけわかった。

 少しだけ交じり合うことができた。


 だからこそ、リーパーは大人しくしてくれている。

 僕と一緒に決勝戦へ行くことを受け入れてくれている。


 結局のところ、同じ親友を持つ僕とリーパーは、深層心理では同じ想いを抱えているのだろう。


 僕とリーパーは同時に目を瞑る。


 これでやっと僕は安らぎを得られる。

 本当に長い戦いだった。


 もう、この場に敵はいない。

 信頼できる仲間が見守ってくれている。


 僕は『舞闘大会』が始まってから初めての眠りに落ちていく。


 ――四日目が終わる。


 こうして、僕は本当の意味で、『舞闘大会』の準決勝を突破したのだった。



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