98.そして、崩れる
予期せぬ反撃だった。
そのため、二人の反応が遅れてしまったようだ。
幸い、スノウは
しかし、ローウェンは違う。
30層のボスモンスターである彼だが、その身はほとんど生身の人間だ。血反吐を吐いて蹲っている。
その二人をドラヴドラゴンは見比べて、追撃にローウェンを選んだ。
僕は咄嗟に走り出す。《
ドラヴドラゴンより先にローウェンのところへ行こうとして――しかし、間に合わない。
絶望的に位置が悪かった。
誰もローウェンを助けることが――
「――お兄ちゃん、ローウェン! アタシを見ないで!!」
リーパーの叫びが耳に届く。
そして、リーパーのやろうとしていることを理解して、僕は次元魔法を解く。玉座の間に充満していた僕の魔力が失われ、彼女の魔力だけになる。
目すらもローウェンから逸らす。
これから起きることは認識してはいけない。
認識さえしなければリーパーの独壇場となる。
「頼むっ、リーパー!!」
「わかってる、お兄ちゃん!!」
リーパーの返事と共に、轟音が響く。
ドラヴドラゴンがローウェンの居たところに飛び込んだとわかる。
一拍を置いて、僕は再度《ディメンション》を展開する。
玉座の間の隅でリーパーとローウェンが倒れているのを見つけた。
リーパーは例の
「リーパー、後は任せろ! ――魔法《
僕はローウェンから目を逸らしている間、ずっとドラヴドラゴンを目指して駆けていた。
ドラヴドラゴンは新たに近寄ってくる敵を見て、反撃に出ようとする。
他三人の援護は期待できない。
一対一で打ち勝つしかない。
僕は『魔力氷結化』で伸ばした剣を横に構えて突っ込む。
ドラヴドラゴンは身を震わせて、身体の底から魔力を搾り出す。そして、命を削るように息を吸い込み、その口から燃え盛る炎を吐き出した。
「――魔法《フリーズ》!」
僕は冷気の障壁を張って、炎の中を突き進む。
炎に対する理解の深い僕ならば、『竜の炎』といえど決定打にならない。
肌を焦がし炎をくぐり抜けた先には、ドラヴドラゴンの爪が待ち構えていた。
僕は剣を使って、その攻撃を受け止める。
もちろん、ただ受け止めれば吹き飛ばされるだけだ。これに耐えられるのは馬鹿力のスノウだけだろう。『魔力氷結化』を使って剣の形を変える。盾のように表面積を広げ、その氷の上を滑らせる。ローウェンの『魔力物質化』ではできない『魔力氷結化』ならではの芸当だ。
氷が削られ、白い火花が散る。
僕はドラヴドラゴンの懐に潜り込むことに成功し、再度剣を伸ばす。
もちろん、狙う先は首だ。
ローウェンの一撃によって、あと一息で完全に切断できそうなのだ。狙うならそこしかない。
ドラヴドラゴンの爪を跳び避け、その腕の上に乗る。
これで高さは稼げた。あとはこの剣先を、いまにも千切れそうなドラヴドラゴンの首へ伸ばすだけ。
ドラヴドラゴンは僕の狙いを感じ取り、翼を羽ばたかせる。
魔力の篭った強風と共に、飛ぶ。天井の低い玉座の間を飛行することで、僕を振り落とそうとした。
しかし、それは予想していた反撃の中でも、容易に対応できる反撃だった。
ドラヴドラゴンは風を扱うのに魔力を使っていた。どうやら、飛行するのにも魔法を使っているらしい。おそらく、無意識に飛行魔法を編んでいるのだろう。
この巨体に作用するほどだ。かなり高位の魔法なのは間違いない。
けれど、それは僕にとって弱点でしかない。《
十分すぎる隙だった。
僕は跳躍しつつ『魔力氷結化』で剣を限界まで伸ばし、ドラヴドラゴンの首を斬り落とす。僕の『魔力氷結化』の剣は、鋭さにおいてローウェンに劣っている。しかし、ローウェンが作った傷口を狙うことで、剣は竜の肉を斬り裂くことができた。
宙でドラヴドラゴンの頭部と胴体が離れる。
血の雨が降り、王のいない玉座の間が鮮血に染まる。
ドラヴドラゴンの巨体が地面に落ち、轟音が鳴り響く。
僕は着地と共に、ドラヴドラゴンの生死を確かめる。
完全に絶命していた。
生気も魔力も感じない。
しかし、ドラヴドラゴンは光となって消え去りはしない。
光となって消えるのは迷宮だけの現象だ。そういう魔法術式が迷宮に組み込まれているらしい。
僕はモンスターの死体をまじまじと見るのは初めてだった。
確かな死の気配。生が潰えた証拠がそこにある。
僕は敵がいなくなったのを確認し、仲間たちの安否に意識を向ける。
「カナミ、大丈夫?」
まず、スノウがこっちへ歩いてくる。
「ああ、大丈夫。無傷だよ」
「流石カナミ。ドラゴンが相手でも無傷」
スノウは蕩けたような目を僕に向ける。
まるで『英雄』を見るかのような目だ。できればそんな目で見るのはやめて欲しい。
しかし、いまの僕は、それよりもスノウに言いたい事があった。
「……なあ、スノウ。もしかして、スノウはあの竜と意思疎通できたのか?」
僕はスノウの言葉を聞いて竜が怒ったように見えた。
「……え? う、ううん。そんなことできないよ」
それに対し、スノウは首を振った。
「そう……」
僕は嘘かどうかを確認するため、《ディメンション》を強めようとして思いとどまる。仲間に対してすることではないし、それを確認したからといって何かが変わるわけでもない。
もう竜は死んだ。
僕はスノウとの会話を追えて、リーパーとローウェンの状態を確認する。
「よかった……、ローウェン……」
リーパーは玉座の間の端でローウェンの無事を喜んでいる。
しかし――
「リ、リーパー、そこまでして、なんで私を――」
――リーパーの右足の膝から先がなくなっていた。
僕は背筋を凍らせながら、リーパーの方に走った。
「
「私を、助ける……?」
「『ローウェンを殺す』なんて使命は無視だよ、無視! アタシの使命は『ローウェンを助ける』って、アタシが決めたの。だから言葉通り、
「リーパー……」
リーパーは笑った。
僕は『繋がり』があるため、彼女の状態をぼんやりとだが理解している。
リーパーは魔法だが、人間の少女をベースに作られている。人間を忠実に再現しているため、痛覚だって僕たちと一緒だ。つまり、リーパーは足をもがれた痛みに耐えながら、ローウェンのために笑っている。
僕は叫びながら、リーパーに近寄る。
「リーパー、大丈夫か! 魔力で足を戻せるか!?」
「うん、大丈夫。あと少しすれば元に戻るよ。お兄ちゃんが一杯魔力くれてるから楽だね」
リーパーへの魔力供給を限界まで引き上げる。
命に別状はないとわかり安心したものの、『繋がり』から僕に伝わる痛みはかなりものだ。
その横でローウェンはふらつきながらリーパーに手を伸ばす。
しかし、その手はリーパーの身体に触れることすらできない。
「くっ、情けない……。この身が弱っているとはいえ、なんて、情けない……!!」
すり抜けた手を地面について、ローウェンは苦々しく呟く。
確かに先の醜態はローウェンらしくない。
ローウェンが対人戦闘に特化しているとはいえ、あの程度の竜の不意打ちに反応できなかったのはおかしい。
僕と稽古していたときは、未来予知に近い先読み能力を持っていた。
ここ数日の度重なる『未練』解消によって、思った以上にローウェンの状態はよくなかったのかもしれない。
僕は今朝の甘い判断を後悔しながら、リーパーとローウェンを回復させる。
そして、回復させながら気づく。
呟き続けるローウェンの異変を――
「……あと少しで死ぬところだった。死ねば『モンスター化』して、みんなをっ、みんなを!」
ローウェンは地面についた拳に力をこめる。
石造の地面にヒビが入り、彼の身体から異常な魔力が沸いてきている。
恐ろしい重圧だ。
敵でないとわかっているのに、冷や汗が流れてくる。
衰弱していたローウェンの力が、戻ってきていることがわかる。
つまり、いま、ローウェンは『未練』になるほど悔やんでいる。
「ロ、ローウェン、そんなに気に病まなくていい。こういうこともあるよ」
「いや、致命的な失態だ! 私の『モンスター化』は、私だけの問題じゃないんだ!」
ローウェンは僕の言葉を遮って話し続ける。
「『モンスター化』
自分の失態をローウェンは責め続ける。
何度か地面を叩いた後、両手で顔を覆う。
そんなローウェンの姿を、リーパーは優しく受け入れる。
「もうローウェンは心配しすぎだよ……。もしローウェンが『モンスター化』しても、アタシたちなら止められるよ。友達なんだから、そのくらい信用してよ」
「リーパー……」
その言葉を受けて、ローウェンは黙り込む。
リーパーのためにも、これ以上の弱音は吐かないと決めたようだ。口を結んで、リーパーが回復するのを見届ける。
そして、玉座の間に静寂が訪れる。
こうして、僕たちは竜討伐の
◆◆◆◆◆
リーパーとローウェンの治癒を終えた僕たちは、村に下りていく。
証拠にするためドラヴドラゴンの頭部を、スノウと僕の二人で担いだ。大きすぎたためか、僕の『持ち物』に入らなかったのは計算外だった。正直、ドラヴドラゴンとの戦闘よりも下山の方が疲れた。
そして、村の中心部にドラヴドラゴンの頭部を飾ると、次々と村の人たちが集まってくる。
大きな口を開けて驚き、口々に喜びの声をあげる。中には踊りだす人もいたので、この竜がいかに村を苦しめていたのかよくわかる。
村の人たちは感謝の言葉を絶え間なく送りながら、僕たちを囲んだ。
老若男女の村人が涙を目に浮かべて、賞賛し続ける。
その賞賛の声は何重にも重ねられ、村中に響き渡る。洪水のような轟音だが、オーケストラのように心地よく感じる。その中心に立つ僕たちは、その熱に圧倒された。
「これが『英雄』の扱いか……」
「ん、カナミは『エピックシーカー』の『英雄』……。よーし――」
ローウェンとスノウは笑みを浮かべながら、村人たちに応えた。
そして、スノウはここぞとばかりに宣伝を始める。
「――あなたたちの村を荒らすドラヴドラゴンは、我らが『エピックシーカー』のギルドマスターアイカワ・カナミが討ち取ってくれた! 彼こそが『竜殺し』の『英雄』だ! 我らが『英雄』に労いの喝采を頼む!!」
スノウは
それを聞いた村人たちは、さらに盛り上がり、口々に僕の名を讃え始める。
「カナミ! カナミ! カナミ!」
「あの方が、
「あの若さで『竜殺し』とは、まさに『英雄』だ!!」
全員の目が僕に向く。
その熱量の高さに僕は眩暈がした。
舞踏会で貴族や商人を相手にしたときと似たものを感じる。裏であくどい計算がされていないとはいえ、過度な期待と賞賛を前に緊張してしまう。
どうやら、僕は根っからこういったことに向いていないようだ。
いや、単純に分不相応だと思っているからかもしれない。これが自分の努力の研鑽の果てならば受け入れられると思う。しかし、そうではない。竜を殺したこの『力』は、異世界にやってきたことで手に入った『力』だ。それが最大のネックになっているのだろう。
僕は愛想笑いをしながら、村人たちに手を振る。
そして、すぐにこの場を去るため、村の責任者のところへ竜討伐の報告に向かう。
抱きつこうとする村人を掻き分けて、僕は村長の館に早足で向かう。スノウたちも僕の後ろについてきている。
僕は小声でスノウを非難する。
「――スノウ、あんな宣伝はいらない。『竜殺し』も、ローウェンが貰ってくれてよかったのに……!」
すぐにスノウとローウェンは答える。
「それは駄目、カナミ。あれは必要なことだから」
「竜の首を落としたのはカナミだ。私なんて失態を犯し、リーパーに迷惑をかけただけだ。残念ながら、『竜殺し』はカナミのものだ……」
二人とも、どうしても僕を『竜殺し』の『英雄』にしたいようだ。
僕は何を言っても無駄だとわかり、溜息をつきながら歩き続ける。
その後ろでスノウとローウェンは話しかけてくる。
「……カナミ、もっと『英雄』らしくして。それが皆のためになるから」
「今回の栄光はカナミのものだが……。しかし、次こそは私が栄光を手に入れてみせる……!」
僕は息巻く二人を置いて、村長の館に入っていく。
そこにはウォーカー家の人たちがずらりと並んでいた。僕たちが現れたことで、事の成果を察したのか、すぐに
相変わらず手際がいい。
そのおかげで、また僕は立っているだけになる。
そして、討伐の確認作業と報酬の受け渡しが終わったあと、村長から宴を催すことを伝えられた。よければ参加して欲しいと言われる。
僕は遠慮しようとしたが、僕以外の三人が参加を希望したので仕方がなく参加は決定した。
こうして急遽、村は宴の準備に取り掛かり、慌しくなる。
スノウは宣伝のためのスピーチを考えると言って馬車にこもり、ローウェンとリーパーは子供たちのところへ遊びに行った。
やることがなくなった僕は、宴の用意を手伝おうとしたが丁寧に断わられる。
よくよく考えれば、歓待の対象である僕が手伝えるはずもなかった。
仕方がないので僕は夜になるまで、近くの山を散策しに行った。こういうとき、次元魔法があれば迷子になることもないので便利だ。
そして、迷宮外のモンスターを相手に僕は時間を潰し続けた。
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