60.天上の七騎士序列一位ペルシオナ・クエイガー、七位パリンクロン・レガシィ



 刹那の思考の末、出し惜しみは不要と判断する。

 『表示』されたステータスとスキルが、黒騎士の堅牢さを僕に伝えていたからだ。


 小細工をするわけでも、特化した何かがあるわけでもない騎士。

 万遍に高いステータスに、手堅いスキルが二つ。

 僕の世界のゲームでいうところのパラディンをイメージさせる。


 僕は遠くから魔法《次元の冬ディ・ウィンター》を発動させる。

 決して燃費が良いとは言えない大魔法だが、初見の強敵相手に温存の選択肢はない。


「――魔法《次元の冬ディ・ウィンター》!」

「――神聖魔法《グロース》!」


 対し、黒騎士は神聖魔法を唱える。


 《グロース》。

 かつて、レイディアントさんと決闘したときに使われた補助魔法だ。

 氷結魔法で抑えつけようと試みるが、体内に働きかける補助魔法に対しては相性が悪いようだった。


 体外に魔力が出ていれば、いくらでも邪魔できるが、体内の場合だと働きかける難度が何倍にも跳ね上がる。

 結果、阻害できることなく、《グロース》は黒騎士の身体を強化し終える。



【ステータス】

 状態:身体強化0.67



 戦闘前の補助魔法がかけ終わり、距離は詰まり、お互いの剣が交差する。

 しかし、僕は打ち勝つつもりで、剣に力を込めてはいない。


 事前の情報から、筋力で負けているのはわかっていたからだ。なにより、立ち位置が力比べに向いていない。上段に黒騎士、下段に僕という立ち位置は、力比べにおいて不利だった。


 僕はかち合った剣を受け流すように左後方へずらす。

 だが、敵の剣は流れていかない。

 相手も全力では打ち込んでいなかった。すぐに剣を引き戻して、隙を消す。


 この一合で敵の力量を悟り、現状での短期突破が不可能だと悟る。

 さらなる魔力の消費。もしくは長期戦を覚悟しなければならない。


 即断で魔力の消費を選択する。

 経験がそうさせる。

 いざとなれば、最大HPを削ってでも魔力は賄えるという経験のせいだろう。


 僅かに後退し、生まれた距離と時間で魔法を構築する。

 魔法《次元の冬ディ・ウィンター》を展開しているため、かつてないほど魔法の構築はスムーズだ。


「――魔法《次元雪ディ・スノウ》、魔法《フォーム》!」

「――神聖魔法《ディヴァインウェーブ》!」


 冬の領域に、魔法の泡と雪を降らせる。

 しかし、それは黒騎士の放った魔法の衝撃波で、瞬時に弾けて消えた。

 弾けた冷気は光となって霧散し、ティアーレイのような粒子となって大階段を彩る。


「くっ――!」


 黒騎士の判断力と対応力の速さに戦慄する。

 もしも、黒騎士が後退した僕の隙を狙って動いたのならば、カウンターを入れる準備はしていた。かつてないほどの速さで魔法は発動した上、魔法の種類もカウンターに向いている罠系統だった。


 しかし、黒騎士は追撃を選択しなかった。


 一歩も動くことなく、僕の魔法を目で見て判断して、迷いなく対応する魔法を発動させた。


 そして、僕が別の魔法構築をしている際は、魔法《次元の冬ディ・ウィンター》による妨害ができないことも見抜かれている。 


 戦闘経験の差が如実に現れていることを痛感する。


 すぐに正面から戦うことを諦める。

 距離を離した状態から、僕は大きく横に移動する。

 相手の重装備を見越して、速度で相手を上回るつもりだ。


 しかし、それに黒騎士は問題なく追従する。

 ステータスを見る限り、速さで上回れるというのは淡い期待でしかなかった。だが実際に、この巨大な鉄の塊が僕の全力疾走についてくるのを見るまでは信じられなかった。


 ただでさえ高い筋力と速さの上、魔法による自己強化が重なり、恐ろしいフィジカルモンスターとなっている。元となっている体格の影響もあるだろうが、黒騎士にとってこの重装備は枷でないのだ。


 経験豊富な騎士が選んだ最高の装備。

 それが、この鉄の塊――


 並走する黒騎士が黒剣を僕に振り抜く。

 それを僕は剣で受けず、鼻先で掠めながらかわす。

 力で劣っている以上、剣と剣がぶつかり合うのは避ける。しかし、その判断は悪い展開に繋がった。


 黒剣は空を裂き、その勢いのまま階段に直撃する。


 石造の階段が砕け散り、土煙と共に破片が飛び散る。

 全身鎧の黒騎士は平気だろうが、布装備の僕にとっては散弾を浴びるのと同じだった。

 もし破片が頭部にでも当たれば隙ができてしまう。慌てて僕は、剣で襲い掛かる破片を弾いていく。


 そこに続くのは、黒騎士のさらなる斬撃。


 大きく階段を下りて、その一撃をかわすしかなかった。

 階段が黒剣によって縦に破壊され、また土煙が舞う。


 土煙の中に佇む黒騎士は動かない。

 追撃を行わない。


 断固として階段の上部を守り、僕を通さないことに徹している。

 バイザーの奥は暗くて窺えないが、いまも僕をよく観察しているのはわかる。


 冷静に状況を把握しているのだろう。

 このまま時間を稼がれて困るのは僕だ。ハインさんがいるとはいえ、背後の憂いがないとは言い切れない。


 ――黒騎士の立ち回りは完璧だ。


「……っ!!」


 心が軽く跳ねるのを感じた。

 僕の中にある幼稚な性が、敵を称賛している。

 この寡黙な強敵に憧れるまである。


 自然と口が歪もうとしていた。

 そんな状況でないと気づき、すぐに口を一文字に結ぶ。


 そして、計算し直す。


 魔法の出し惜しみはしないと決めてはいたが、魔力の出し惜しみはしていた。僕の本当の新魔法を使っていない。しかし、この黒騎士を相手にそれは無用だとわかった。


 僕は周囲の様子を確認した後、魔法《次元の冬ディ・ウィンター》の領域を、直径百メートルほどから直径三メートルほどまで縮める。

 その領域内に魔力を過剰に供給する。


 これこそが魔法《次元の冬ディ・ウィンター》の理想形。

 相手が魔法中心でなく、近距離で、それも一対一で戦ってくれるのならば、これが理想――


 密度の高い冷気が流れ、僕の足元が氷結していく。

 黒騎士がバイザーの奥で息を呑むのを感じた。


 それもそうだろう。

 いま僕は、この階段の下にいる魔法特化した騎士よりも密度の高い魔力を噴出させている。

 相手からすれば、速い身のこなしと剣を得意としている敵だと思ったところで、この魔力だ。僕が黒騎士ならば、理不尽な力に憤慨するに違いない。


 しかし、この魔力は当然だ。

 僕は剣士でも騎士でもない。

 次元と冷気を操る――魔法使いなのだから。


「――魔法《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》!!」


 ただ魔力強化しただけのものだが、大仰に魔法名を変えて口にする。


 少しでも黒騎士が精神的重圧を感じ取ってくれれば儲けものだ。

 手間が省ける。


 僕は足に力をこめ、階段を蹴る。

 先ほどと変わらないスピードの突進だ。


 しかし、スピードが変わるのは相手。

 直径百メートルのときの魔法《次元の冬ディ・ウィンター》では違和感でしかなかった動作阻害能力が格段に上昇しているからだ。


 魔法《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》の領域に入ったものは、真冬の雪の中を動くように低速化する。


 いま黒騎士は、まるで時の流れの次元がずれたような錯覚に陥っていることだろう。これこそが、次元と冷気を操る魔法使い『相川渦波』の真価だ。


 僕は黒剣を最小限の動きでかわし、黒騎士の懐に飛び込む。

 それに対して、黒騎士は刹那の判断で黒剣を投げ捨て、両腕で僕を捕まえようとした。しかし、その全ての動きを僕は把握している。この真冬の領域は、魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》内でもあるのだ。接近戦においての知覚能力は、依然として変わりない。


 迫りくる両腕をいなし、鎧の関節の隙間に剣を通す。


 深くは刺さない。

 しかし、行動に支障が出るくらいは刺させて貰う。さらに、冷気を送り込んで凍傷を狙う。鎧の関節部を氷結させ、手足が曲がらないように接着していく。


 そして、僕が黒騎士の身体を縫うようにすり抜けた後に残ったのは、凍りついた鎧の塊だった。


 それでも、黒騎士は戦意が萎えることなくこちらを向こうと、鎧を軋ませる。


 僕はとどめに、黒騎士の背中を押した。

 黒騎士は身体のバランスを保てず、階段を転げ落ちていくしかなかった。


 巨大な鉄が階段を砕きながら転がっていく。

 思ったよりも重かった黒騎士が落ちていくのを、僕は汗を滴らせながら見つめる。


 し、死にはしないはず……。

 たぶん……。


 僕は魔法《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》を解いて、広めの魔法《ディメンション》に切り替える。


 黒騎士との戦いは十秒ほどだったが、それでも階下の騎士たちはすぐそこまで近づいてきている。ただ、転げ落ちてきた黒騎士の惨状を見て、足を止めていた。階下で、ざわつきと回復を促す声があがる。


 状況確認を終え、階段を駆け上がろうとして――少しばかり足元がふらつく。


「……っ!」


 やはり、魔法《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》は魔力の消費もさることながら、脳への負担が大きい。

 あの魔法は、常に相手の動作を把握し計算し、そこに魔力を当て続けなければならない。計算の得意な僕とはいえ、人間を抑えつけるのは脳が焼け付きそうだった。


 おそらく、黒騎士を魔法《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》で抑えつけていたのは二秒前後だ。それでも、足元がふらつくほどの負荷がかかっている。完全に一対一、それも早期決戦用の魔法だ。


 しかし、その甲斐あって、強敵相手に無傷を保てた。

 回復魔法の使えない僕にとって、負傷しないことは重要だ。帰り道にラスティアラを抱える可能性もある以上、これから先も負傷は許されない。


 ふらつきながらも僕は、最後の階段を上りきる。

 そこには、ホープスさんと戦ったお庭に似た花園が広がっていた。とはいえ、階下ほど広くはなく、すぐに大聖堂の建物前まで辿りつく。


 その大聖堂の入り口には一人の男が立っていた。


 ここまでの道中、僕は『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』と思われる騎士を五人突破してきた。ハインさんは除けば、あと一人。


 七人目の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』、パリンクロン・レガシィがそこに立っていた。


 パリンクロンは拍手で僕を迎える。


「くくっ、やっぱり面白いな。ジャストだ、兄さん。ようこそ、我らがフーズヤーズ大聖堂へ」

 

 そのにやついた顔が不快で堪らない。

 こいつにはマリアに魔法をかけた疑いがある。

 しかし、証拠がない。なにより、いまだけは敵じゃない。


 僕は湧き出る戦意を抑えて、話しかける。


「おまえの思惑通りなのは癪だが、ラスティアラをさらいにきた」

「ああ。いい返事だ」


 僕の言葉を聞いたパリンクロンは指を鳴らす。

 すると、大聖堂の扉がひとりでに開いた。

 大聖堂を包んでいた魔力が霧散し、何らかの術式も解かれていくのを感じ取る。


 パリンクロンは満足げな様子で説明をする。


「さあ、これで大聖堂の障壁や結界は解除されたぜ。まあ、兄さんなら問題なかったと思うが……これはサービスだ。なにせ、お姫様をさらう勇者様だからな」


 僕は説明を聞きながらも歩みを止めない。


 油断なくパリンクロンの横を抜け、大聖堂の中に侵入し、無人の玄関ホールを進む。

 不自然に・・・・、誰もいない。


「人がいないな……」

「やつらは大聖堂外にいる騎士たちと、ここにある結界だけで安心しているんだろうよ。誰かいたとしても戦える人間じゃない。遠ざけるのは楽だったぜ」


 結界といい人払いといい、パリンクロンの人間性は信用できないが、少なくとも協力する意思があることがわかる。


「おまえも手助けしてくれるのか?」


 パリンクロンはハインさんと違って、ラスティアラに思い入れがあるわけではないだろう。現状では、ただの悪趣味な愉快犯という印象しかなく、僕はここで出会うまでこいつの協力はないものと考えていた。


「もちろんさ。ここまで辿りついた勇者様に敬意を表して、色々と面倒をみてやるぜ。いま大聖堂の結界も張り直した。これで後続が大聖堂内に入るのを時間稼ぎできる」


 パリンクロンは当然のようにラスティアラ救出に手を貸すと答えた。


 ……ありがたいが、信用はできない。


 僕は大聖堂内部を真っ直ぐ進みながら、パリンクロンへの警戒を怠らない。


「キリストの兄さん。まず儀式が行われている神殿の部屋を、感知魔法で確認してみな。すぐキャンセルされると思うが、状況の把握はできるぜ。ああ、後方は俺が見てるから気にするな。騎士たちが追いつくには、まだ少しかかる」

「……まだかかる? そんなに遠くまでわかるのか?」

「たぶん、俺の感知魔法のほうが範囲は広いぜ。……いやあ、しかしハインは凄いな。たった一人でも、フーズヤーズ全騎士相手に引けを取ってない。あいつのためにも、さくさくやったほうがよくないか?」


 パリンクロンは軽い口調でハインさんの様子を僕に伝える。

 真偽はわからないが、ハインさんが決死の足止めを行っているのは確かだ。


 急いで僕は、魔法《ディメンション》で大聖堂最奥にある神殿を把握しようとする。


 ――広さは学校の体育館くらいだろうか。内装はおとぎ話に出てくる神殿そのものに近い。相違があるとすれば、装飾の煌びやかさくらいだろう。こっちの世界の装飾は、やはり宝石が多い。そんな煌びやかな神殿に、石柱と長椅子が並び、身なりの良い賓客と思われるものたちが座っている。ただ、賓客たちの中には、明らかにただならぬ空気を纏っているものがいる。


 僕は出席している客層に不安を覚える。


 その賓客たちが見つめる先に、巨大なステンドガラスに祈りを捧げるラスティアラがいた。

 壇上に一人で座りこみ、真っ白な装飾の少ないドレスを着ている。そして、その隣に神官のような男が一人、その向かいに女が一人いる。明らかに別格な男と女だ。この二人がハインさんの言っていた例のフェーデルトと元老院の女かもしれない。


「内部は把握できたか?」

「ああ、できた。やたら強そうなやつらが列席しているな……」

「そうだ。それを把握して欲しかった。各国の要人と、その護衛がいるわけだ。ぶっ壊せと言っておいてなんだが、兄さんだけでぶっ壊すのはかーなーり、難しい」


 パリンクロンはふざけながら難易度の高さを強調する。


 しかし、危うくなればディアのフォローが入ると僕は知っているので、さほど難しいとは思っていない。もちろん、先ほどの確認でディアが列席しているのは把握している。パリンクロンは、僕とディアの関係性までは調べ切れていないのだろうか。


「けれど、やるしかない」

「別にやるなとは言っていないさ。けど、知性派の俺としては、強引なお姫様誘拐は最終手段にして欲しいわけだ」

「誘拐が最終手段?」

「ハインも言っていただろう? 主催者を言い負かすんだ。上手くいけば、争いなく、無傷でラスティアラを取り返せる。少しの発言権くらいは、俺が勢いで演出してやれる」


 そう言ってパリンクロンは、にやりと笑った。

 勝算がある笑みだ。いや、フーズヤーズが混沌に陥ると確信した笑みと表現したほうが正解だろう。


 本来ならば、こんな笑い方をするやつに従いたくはない。けれど、ラスティアラ救出においてパリンクロンと利害が一致しているのは確かだった。


 僕は詳しい話をパリンクロンから聞くと決める。

 短い話ならば、まだ聞く時間はある。


「それで、おまえは僕にどうして欲しいんだ?」

「そうだな。簡単に説明すれば――」


 パリンクロンはより深く顔を歪めて笑い、中で必要なことについて説明し始める。


 そして、ラスティアラ救出のための手順を固めたところで……丁度、僕たちはラスティアラがいる神殿の扉の前まで辿りつく。


「――ってことだ。なあに、ちょっとかき混ぜるだけさ。人を煽るのと同じさ」


 パリンクロンは悪戯を始める子供のように笑った。


 やはり、不快なやつだ。

 パリンクロンの戦闘能力は低い。いざとなれば、こいつを人質にすると心に決めて、僕もパリンクロンに笑い返した。


「わかった。乗ってやるよ」


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