59.天上の七騎士序列六位ホープス・ジョークル、三位モネ・ヴィンチ



 先頭で指揮を執っているホープスさんは抜剣する。

 そして、その流れのままに腕を横に振った。


 合わせて、後ろの騎士たちが詠唱を始める。よく見れば、一団は全員が軽装の上に、宝石で装飾された杖を持っていた。魔法に傾倒した騎士集団であることが予測できる。


 僕は全てを無視して通り過ぎようと、『持ち物』から剣を取り出して、走る速度を上げる。

 その僕の行く手を遮るように、ホープスさんが立ち塞がったが――


 走る速度を緩めない。

 すれ違い様にホープスさんを斬り伏せる自信があった。


 勢いのままに飛び込み、剣を振るう。

 それをホープスさんは、後退しながらいなそうとする。


 僕に勝とうとしている動きではない。後退の先にあるのは、勢いのついた僕の一閃。斬り合いの時間は確かに延びるが、それは盤上遊戯で言えば死に手に当たる。


 しかし、それは一対一であるならばの話だ。

 後退の繰り返しで体勢を崩したホープスさんに、僕の一閃が直撃しかけたとき――背後の騎士たちの魔法が放たれる。


 まず噴水の水全てが宙に浮き、僕に向かって落ちてくる。

 それを大きく横に跳ねて、かわす。もちろん、その隙にホープスさんは体勢を立て直し、また剣を構える。


 明らかな時間稼ぎだ。


 思案する。いまの僕ならば、操られた水全てを凍らせることもできる。そのための布石は終わっている。僕の魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》の中に溜まった魔法《フリーズ》の冷気には、それだけの力がある。


 最速を考えるならば、それを選択してもいい。

 しかし、この先に残っているであろう初見の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』のために、それを残しておきたかった。それに後方の騎士たちの魔法が水の魔法だけとも限らない。


「なら――!」


 僕は剣を左手に持ち替え、『持ち物』から投擲できる手頃な固い石を取り出し、全力で後方の騎士の脳天目掛けて投げつけていく。


 相対していたホープスさんは、どこからか取り出した投擲物に驚く。そして、それを防ぐために剣で払おうとする。しかし、僕は左手の剣でホープスさんの動きを封じる。


 数人の騎士が投擲物を脳天に食らい、失神した。

 いまの僕の筋力と技量で放たれた投擲石は、もはや凶器だった。しかし、直撃しても失神しない騎士もいる。その騎士自体のレベルが高いのもあるが、所詮は石ころである。


「総員! 二重陣形だ!!」


 後方の騎士たちに対して、ホープスさんが指示を飛ばした。


 騎士たちは素早く二列横隊になり、前方のものが防御の構えを取り、後方のものが詠唱するという役割分担を行う。

 軍隊のような流れるような動きだ。

 見惚れつつ、その陣形の突破が容易でないことを理解する。


 僕は再び投石を行うが、前列の騎士に弾かれ、後方の詠唱している騎士までは届かない。


 冷や汗を流す。

 敵の強さには焦ってはいない。

 手加減できなくなった現状に、冷や汗が流れる。


 突破するだけならば『持ち物』の中にある予備の剣を、全力で投げつければいい。それだけで前方の騎士はおろか、後方の騎士も串刺しにできる。しかし、それだと十中八九殺してしまう。


 僅かに逡巡し、妥協案を実行する。


 『持ち物』から予備の剣を取り出し、即死しない部位目掛けて全力で投げつけようとする。急所は避けるとはいえ、死人が出る可能性は十分あるだろう。しかし、ラスティアラを助けると心に決めた以上、迷ってはいられなかった。


「――っ!!」


 ホープスさんは僕が『持ち物』から刃物を取り出したのを見るや否や、後退しながらの戦いを反転させ、攻勢に出てくる。


 僕は咄嗟にホープスさんの手の甲を斬り裂き、剣を落とさせる。防御ではなく攻撃に転じた彼を倒すのは容易だった。


 剣を落としたホープスさんは、すぐに声を上げる。


「こ、降参!! もう無理だこれ! 覚悟を決められたら、俺の負けだ!」


 痛むであろう両手を挙げて、ホープスさんは抵抗の意思がないことを示す。

 後方の騎士たちは、自分たちの隊長が降参したことを不思議がる。どよめいて、果てには抗戦の声まであげる。


「まだまだこれからです、隊長!! 我々の本領はここから――」

「いやいや、相手になってないんだっての! 怪我しないように手加減されまくって、これだ。俺らが十隊いても無理だ。いいから、武器を捨てろ捨てろ。これ以上粘ると、さくっと死人が出るぞ。ああ、馬鹿らし」


 ホープスさんは厳しい言葉で、騎士たちに武器を捨てるように命令した。

 騎士たちは苦虫を潰したかのような顔で、渋々と各々の武器を地面に置いていく。


 それを見た僕は、ホープスさんに小さくお礼を言ってから、すぐに駆け出す。


「ありがとうございます」


 ホープスさんの横を通り抜ける。

 徹底抗戦されなかったのは本当にありがたい。


「悪いな。良心につけこんだような真似して。しかし、俺なんかに二十秒近くも稼がれたんだ。急いだほうがいいぜ」


 後ろでホープスさんの声が聞こえた。

 どこか僕のことを激励するかのような口調だった。


 ホープスさんの人柄。そして、フーズヤーズでの立場の一端が垣間見れたような気がした。


 僕は武装を解いた騎士たちの横を通り抜け、さらに道を急ぐ。

 ホープスさんの激励に応えるためにも、一秒も無駄にできない。


 僕は中央の大庭を通り抜け終える。

 これで大聖堂までの道のりの半分は越えた。このまま進めば、大聖堂前の大階段が見えるはずだ。


 大聖堂は丘の上にあって、その傾斜に豪壮なT字階段と逆T字階段があるとディアからは聞いている。


 宝石と花々に彩られた長い道を走り抜き、ようやく僕は大階段前まで辿りつく。


 そこには数十人もの騎士の大隊が待ち構えていた。

 その先頭に、明らかな強者の風格をもった騎士が一人いる。


 装いは軽く、先ほどの魔法騎士たちに近い。

 腰の剣だけでなく、宝石の装飾がされた杖を持っているのが決定的だ。

 おそらく、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』だろう。魔法に特化している初めてのタイプの『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』――


 長い髪をいくつも編んでいる。僕と背の近い男だ。

 年は四十前後に見える。


 僕は『注視』しようとして、止める。

 初見であるならば、敵の戦力分析は定石だ。

 しかし、あえてそれを僕は選ばない。


 幸運にも条件が整っている。

 相手が初見の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』で、魔法寄りの相手だと判断できた場合、僕は新魔法を使うと決めていた。


 よって、僕は『注視』の手間も惜しんで、魔法を構築する。

 この僕の最大の魔法ならば、相手を封殺できるという自信があった。


 魔法を唱える。


「魔法《ディメンション》、魔法《フリーズ》――」


 感知魔法の領域が敵の大隊全てを包み込む。

 同時に、氷結魔法の冷気も敵の大隊全てを包み込む。


 新魔法の発想は《次元雪ディ・スノウ》と全く同じ。

 違うのは規模だけだろう。


 《次元雪ディ・スノウ》は、泡の形をした次元魔法の中に冷気を込めた。今度は領域の形をした次元魔法の中に冷気を込める。


「――魔法《次元の冬ディ・ウィンター》」


 僕を中心とした直径五十メートルほどの球状の領域が、冬になる・・・・


 この冬の世界ならば、僕の氷結魔法は格段に性能が増す。

 しかし、温度の低下が、この魔法の真価ではない。


 この魔法の真価は、範囲内の物質の阻害にある。


 いつも通り、既存の魔法を複製するという発想から生まれた複合魔法だ。今回はハインさんに使われた柔らかい風の魔法を真似た。

 ハインさんは風を周囲に満たし、僕の魔法《ディメンション》を阻害していた。それの再現をし、さらに氷結魔法ならではの阻害を行う魔法だ。


 前方の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』と思われる騎士が、魔法を発動させようとしているのを《ディメンション》で感じ取る。

 それを僕の魔力で構成した冷気を操り阻害する。


 イメージは単純。

 科学の発達した世界の出身である僕は、氷結魔法を分子運動エネルギーを操作する魔法だと解釈している。

 分子運動エネルギーが0になれば、絶対零度になる。そんな雑学程度の知識を元に、物質を構成する分子の震えを魔力で操作するイメージで、僕は氷結魔法を行ってきた。


 つまり、分子運動を抑える魔法を、敵の魔力を抑え付ける魔法に延長させる。幸い、敵の魔力は次元魔法で細かく把握できるのだから、イメージは容易い。


 僕は領域内の騎士たちの魔力を抑えつける。

 魔法を構成させないように、術式を少しずつ――ずらす・・・


 騎士たちは、多少の寒気と違和感を覚えながらも、魔法を放った。

 が、自分たちの放った魔法を見て、誰もが驚いた顔になる。

 放たれた魔法群は、どれも見るからに衰退していたのだ。不発しているものまである。


 マッチほどの火。

 飛距離の出ない水弾。

 僅かに震える程度の衝撃波。

 魔力がうねっただけの魔法の残骸たち。

 その全てが僕には届いていない。


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』と思われる隊長騎士も同様だった。

 格別に重い魔法を構築していたが、意識を集中させることで減衰に成功していた。


「よし……!!」


 予想以上の効果に微笑する。


 そのまま、剣を片手に弱々しい魔法を弾きながら、先頭の隊長騎士に斬りかかる。


 隊長騎士は慌てて腰の剣を抜こうとした。

 その彼の手に冷気を集中させる。

 結果、隊長騎士は剣を抜くのに手こずる。


 これも魔法《次元の冬ディ・ウィンター》の効果の一つ。


 魔法戦を拒否する領域を展開しつつ、敵の動きをも制限する。

 魔力を抑えつけるのだから、肉体だって抑えつけることは可能なのだ。しかし、魔力のような繊細なものを抑えつけるのとは違い、肉体を抑えつけるのには限界がある。相手からすれば、僅かな違和感を覚える程度しか阻害できない。


 ――違和感を覚える程度。


 それが刃物を扱う者にとって、どれだけ不安にさせるか。

 繰り返し練習したであろう抜剣の動作に、僅かでもずれが生じる。たゆまない努力を重ね、身体に技術を刻み込んだ者にこそ、この魔法は絶大の力を発揮する。


 おそらく、隊長騎士は抜剣にいつもの二倍の時間はかかっただろう。

 僕の速さを前に、それは致命的だった。


 隊長騎士が剣を構えた瞬間、僕の剣は容赦なく振り抜かれていた。

 宝石の杖は横から真っ二つにされ、さらに浅くだが胸部も斬り裂いた。


 返す刃で剣を持った方の手の甲を斬り裂き、軽く剣を弾き飛ばす。

 この隊長騎士は見た目通り、接近戦に弱い魔法特化型だったようだ。彼の鳩尾を剣の柄の部分で打ち、足を払って転ばせる。


 僕の筋力で打たれてしまえば、胃の中身が逆流するほどの衝撃となる。

 隊長騎士は悶絶しながら、地面に倒れこんだ。


 終わりだ。

 魔法中心の戦いを仕掛けてきたことから、この隊もホープスさんと同じ類のものだろう。


 案の定、隊長を失った騎士たちは混乱し、僕が走り抜けようとするのを止めることができない。

 いくらか魔法や剣で攻撃されたが、陣形の崩れたまばらな攻撃は脅威でない。僕は近くの騎士を無力化しながら、階段を駆け上った。


 T字階段を上り、折り返し――さらに逆T字階段を上っていく。


 あとは一直線の階段だけだ。

 しかし、残った一直線の階段は長い。

 目に見えるだけでも百段近い階段がある。


 そして、その階段の中腹に、一人の騎士が立っている。


 分厚い漆黒の鎧を身に纏った巨漢の騎士だ。

 フルフェイスの兜をつけているため、性別や年齢は窺えない。巨大な黒い剣を抜剣し終え、バイザーの隙間から僕を見つめている。


 その騎士が『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』であると、僕には直感でわかった。


 度重なる騎士たちの戦いによって、敵を見抜く嗅覚に磨きがかかっていた。

 なにより、大聖堂前の階段に一人で立つ。

 それが何よりの証拠だ。


 最後の砦にたった一人で守るという大役。

 それはつまり――



【ステータス】

 名前:ペルシオナ・クエイガー HP421/434 MP105/105 クラス:騎士

 レベル27

 筋力10.98 体力9.72 技量8.55 速さ10.09 賢さ9.32 魔力6.56 素質1.56

 先天スキル:

 後天スキル:剣術1.88 神聖魔法1.95



 この黒騎士ペルシオナ・クエイガーこそが、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』最強の騎士ということ。




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