58.天上の七騎士序列四位セラ・レイディアント、五位ラグネ・カイクヲラ
「進みながら話しましょうか……」
ハインさんは僕が近づいてきたことを確認し、背中を向けて大聖堂に歩き出した。
その無防備な彼の後ろを、僕はついていく。
いまここでハインさんを襲えば、容易く気絶させることは可能だろう。しかし、この背中に攻撃しようとは思わなかった。
なぜハインさんがここで僕を待っていたのか。
その理由を僕は確信していたからだ。
彼の表情、格好、行動、全てが一つの答えを表していた。
協力者であろうハインさんは、言葉少なに僕に問いかける。
「事ここに至っては、手段は限られています。それは理解していますか?」
「はい。儀式中において、ラスティアラのしがらみが全て消えると聞きました。そこを狙おうと思っています」
嘘偽りなく、目的を話す。
知られても問題ない情報だったというのもあるが、彼に計画の評価をして貰いたかった。
「よろしい。……あとは、そのときを狙って少女をさらうか。もしくは、そのときを狙って主催者を言い負かすかです」
「言い負かす、ですか?」
「主催者は宰相代理フェーデルト。そして、本国の元老院からの代理人が一人。この二人が儀式の
「そんな方法もあるんですね……」
このギリギリになって選択肢が増えたことに僕は戸惑う。
ありがたくもあるが、迷いが生まれるのも確かだった。
「選択肢の一つとして頭に置いておくだけで構いませんよ」
僕の困惑にハインさんは気づいたのか、それを強制することはなかった。
「わかりました」
話しているうちに、僕たちは大聖堂の跳ね橋前まで辿りつく。
周囲で市民たちがざわつきながら、時が来るのを待っている。
ラスティアラの儀式が終わり次第、大聖堂内で本格的な式典が始まる。それに市民たちは参加しようと、大聖堂の扉が開くのを心待ちにしているわけだ。
目を大聖堂に向ける。
跳ね橋の半ばには、複数の騎士が剣を抱いて壁を作っていた。さらに、その奥にある高台や休憩所には、数えきれないほどの騎士が待機しているのが見える。
隣のハインさんは表情を変えることなく、正門を指差して説明を始める。
「これから、正門を抜けて、大聖堂まで突っ切ります。昨日から他のルートも探っていましたが、どこも警備の厚さは変わらないようです。ならば、道のわかりやすい正面を突破するのが最も手っ取り早い」
ハインさんがそう言うのなら、僕から反論はない。そもそも、内部に詳しくない僕は、正面からの道でないと迷う危険がある。予定は変わらない。
「わかりました。一緒にラスティアラを助けましょう、ハインさん」
了承の意図をハインさんに伝える。
しかし、それを聞いたハインさんは薄く笑って首を振る。
「それは違います、少年。助けるのは君です。君だけです」
悲しそうな顔をして、嬉しそうな声でハインさんは答えた。
「僕だけ……?」
「私は三年も見て見ぬ振りをし続け、少女の心の何もわからない愚かな騎士です。覚悟を決めた『ラスティアラ』も、助けを求める『少女』も、ついぞ理解してあげることができなかった……。私には資格がありません……」
僕にはハインさんの言う『資格』の意味を理解できなかった。
が、薄らとわかることもある。ハインさんは長い間、ラスティアラの問題を知りながら見て見ぬ振りしてきたことを悔やんでいるように見える。
「いえ……。資格なんて関係ないと思います。そんなことを言い出したら、僕だって……」
僕だって資格はないだろう。
ラスティアラの「助けて」に答えることもできないまま、彼女への気持ちを失った。いまの僕に、ハインさんほどの想いがある自信はない。
「そんなことはありません。君はたった数日で、ここに立っています。対し、私は三年かかりました。その差の話です。本当に、たったそれだけの差の話……」
ハインさんは自嘲しながら、ゆっくりと足を前に出す。
その自嘲の真意まではわからない。かろうじてわかったのは、昔日の想いが笑わせているということだけだった。
僕は深入りできない何かを感じ、黙って後ろをついていく。
僕たちは式典を待つ群集を抜けて、橋に進入する。
当然、境界線を越えた僕たちを見て、橋の騎士たちがこちらに近づいてくる。
それに合わせて、僕は魔法を構築し始める。
隣を歩くハインさんも同様だった。
「――魔法《ディメンション・
「――《ワインドブレス》《ワインドドロウ》」
僕は感知魔法を半径数メートルほどに展開し、さらに氷結魔法をそこに織り交ぜる。いつでも新魔法を発動させるための下準備だ。そのため、僕の身体から冷気が漏れ、歩いた跡が凍っていく。
ハインさんは風を身体に纏わせ、無数の風の塊を周囲に展開する。魔法《ディメンション・
近づいてきた見張りの騎士たちは、僕たちの様子を見て顔色を変える。その中の一人が、ハインさんを見て声をあげる。
「ハ、ハイン様――?」
「すまない。急いでいるんだ」
ハインさんは騎士の驚きに短く答え、風の塊を一つ放ち、騎士の身体を横から吹き飛ばした。
騎士は側面からの衝撃に身体を浮かせ、跳ね橋から落ちる。落水の音が聞こえ、それを見た他の騎士たちは表情を変え、腰から剣を抜こうとする。
僕は騎士たちが剣を抜く前に、間合いを詰め、剣を抜こうとした一人の騎士を力任せに投げ飛ばした。投げ飛ばされた騎士は、先の騎士と同じく川に落ちていく。
騎士たちは接近した僕に気づき、剣を抜いて斬りかかろうとする。
しかし、その全てが遅い。
ハインさんの風の塊が荒れ狂い、騎士たちは次々と川の中に吹き飛ばされていった。それを免れた騎士は僕に投げられる。近づいてきた全ての騎士たちが、瞬く間に川へ落とされ切った。
背後で声があがる。
群集たちが僕たちの所業を見て、ざわつき出した。
だが、冷静にハインさんは僕に声をかける。
「急ぎましょうか。高台の敵は私に任せてくれて構いません。――鐘も狼煙もあげさせはしない」
「はい」
奥で待機していた騎士たちが橋の異変に気づいて、わらわらと蟻のように沸いて来る。
僕とハインさんは示し合わすことなく、その集団に向かって同時に駆け出した。
隣を駆けるハインさんの魔力が膨れ上がるのを感じる。
ハインさんのつけた指輪の一つが欠けて、いつかと同じ魔法が放たれる。
「――《ゼーアワインド》!」
ハインさんの手から暴風が放たれ、まとまっていた騎士たちの集団の一部が吹き飛ばされた。
それと同時に、背後の群集のざわめきが悲鳴に変わったのを聞く。
僕は吹き飛ばされた集団の真ん中に走る。
すると、さらにハインさんの魔力が膨れ上がるのを感じた。
彼は僕に叫ぶ。
「先に行ってください、少年! ――《ゼーアワインド》!!」
僕の進行方向先に、さらなる暴風が放たれる。
吹き荒れる風の塊が僕の頬を掠め、騎士たちを吹き飛ばしながら、最後には前方の巨大な格子門をへしゃげさせた。
大聖堂の敷地内に続く一本道が、風によって開かれた。
「僕が先に!?」
「
ハインさんは僕にラスティアラを助けさせることにこだわっている。
できれば、そんなこだわりは捨てて欲しいと思った――が、それを叫ぶ彼の目は真剣で、何があっても譲る気はないとわかってしまう。
その気迫に押され、僕は頷く。
「はいっ!!」
足に力を込めて、大地を抉るように蹴って一本道を先行する。
途中、後ろから様々な風が通り過ぎ、僕の前に立ち塞がる騎士を打ち払っていった。
高台にいた騎士たちが吹き飛ばされる。地面に落とされているのも横目で見えた。
圧倒的な魔法の正確さと連射性能だ。
以前と比べて、威力は抑えられているものの、その風の魔法の奔放さに僕は感嘆する。
――その暴風を追い風にして、僕は走る。
正門で待機していた騎士たちは百人を超えていたはずだが、ものの数秒ほどでその全てを置き去りにできた。
僕は一人、背の高い植木に挟まれた宝石で舗装された道を、真っ直ぐに駆け抜ける。
後方から、騎士が追いかけてくる気配はない。
門にいた騎士たちは全て、ハインさんが足止めしてくれているようだ。
しかし、右方向から人が接近しているのを魔法で感じ取る。遠くから、別の場所に配置されていた騎士の一団が近づいてきている。
ただ、その一団が駆ける僕に追いつくことはないだろう。それほどまでに速さの差があり、距離があった。
そう僕が安心した瞬間、その一団から一つの影が飛び出てきたのを感じ取る。
いや、一つの影――ではない。正確には一人が、一頭の獣の背中にしがみつき、こちらに猛スピードで近づいてきている。
その影に魔法《ディメンション》を集中させ、正体を把握する。
正体は――半獣人の騎士セラ・レイディアント。
そして、魔剣の騎士ラグネ・カイクヲラ。
二人の『
◆◆◆◆◆
雄たけびをあげながら接近してくるレイディアントさんに、僕は顔を
侵入者の位置を報告するのに、これ以上ない合図となっている。後々のためにも、二人を早急に打倒すると僕は決める。当初は説得も考えていたが、状況的にも時間的にも難しい。
まず僕は二人の襲撃者を離すため、走る速度を上げる。
しかし、距離は縮まる一方だった。
僕の速さは常人離れしているが、相手は
そして、道に並ぶ木々のすぐ向こうにまで追いつかれたと感じた瞬間、背中に乗ったラグネちゃんの魔力が膨れ上がるのを感じる。
ラグネちゃんの魔力が急伸し、その切っ先が僕の足を貫こうとする。
彼女の得意技、伸縮自在の魔剣だ。
それを僕は相手にしたことがあった。
その経験と魔法《ディメンション》であらかじめ接近に気づいていたことが合わさり、それを難なく回避する。
魔力の剣は並ぶ木々を一瞬の内に斬り倒し、すぐに引っ込んでいく。
あの剣が何かを斬っているのを見たのは、これが初めてだった。その切れ味の鋭さに僕は警戒を強める。
もし触れれば、僕の足の一本くらい斬り飛ばすのは造作もないことだろう。
木々の奥で声があがり、二人は速度を増して僕の前方に回りこんでくる。
速さに差がある以上、それを僕は防げない。
僕の道を立ち塞がるように、二人は姿を現した。
狼姿のレイディアントさんと、その背中に乗った短髪の少女騎士のラグネちゃんだ。
「え、えっと、止まってください! いつかのお兄さん!」
ラグネちゃんは気の抜けるような緊張感のない声で静止するように促した。
しかし、僕に停止する気はない。
速度を落とすことなく、その隣を抜けようとする。
「あっ! ちょ、ちょっと!」
ラグネちゃんは慌てて魔力の剣を構築し、僕の足に伸ばす。
「――魔法《アイス》」
魔法を唱え、その魔力の剣に手を出す。
そろそろ、ラグネちゃんの魔法にも慣れてきた。それに彼女の慌てての攻撃は、ひどく読みやすかったのもある。
刃を避けて、両手で挟むように、その魔力の剣を僕は掴んだ。
そして、掴んだ魔力の剣に氷結魔法を通す。練りに練られた氷結魔法は一瞬にして魔力の剣を根元まで凍らせた。
「っ!? 冷た!」
それと繋がっているラグネちゃんの手が凍る。
そのまま、僕は魔力の剣を掴んだ手に力を入れ――持ち上げる。
「――へ?」
ラグネちゃんは凍った魔力の剣を解除できず、それに釣られる形で身体が宙に浮く。
僕は力任せに、ラグネちゃんを雑木林の方角に投げ飛ばす。
「え、ちょ――あ、う、うぁあああああアア!!」
ラグネちゃんは悲鳴をあげながら空を舞い、遠くの雑木林に落ちていった。
レベルを見る限り、あれくらいでは死なないだろう……。
たぶん……。
少しだけラグネちゃんの安否に汗を垂らしながら、僕はレイディアントさんの横を走り抜けようとする。
しかし、狼となったレイディアントさんを置き去りにはできない。背後からレイディアントさんの牙が襲い掛かる。
その攻撃のタイミングを魔法《ディメンション・
レイディアントさんの鼻目掛けて、香辛料をぶちまける。
見た目通りの獣ならば、有効な手となるはずだ。僕を追尾していたのも、鼻の力による可能性が高い。
「――ッッ!? グッ、ガァアアッ、アアアアアア――!!」
後方で一際大きい咆哮が轟く。
レイディアントさんは狼姿を変異させ、身体を人間形態に戻していった。鼻についた香辛料を除くため、人間の手で鼻をこすっている。
一糸纏わぬ姿のレイディアントさんに少しばかり動揺するが、すぐに気持ちを切り替えて『持ち物』から愛剣を取り出す。
それを見たレイディアントさんは片手だけを狼の前足に変化させ、それに対応しようと吼える。
「貴様っ! な、なぜだ――! なぜ、貴様が! 貴様ぁあアァァア!!」
「少し大人しくしていてください!!」
レイディアントさんの爪は空を切り、僕の剣だけが敵を斬り裂く。
撫でるように両腕と両足を裂き、左手でレイディアントさんの頭を地面に叩きつける。
「――がぁっ!」
レイディアントさんは脳を揺らされ、呻き声をあげた。
その彼女を放置し、僕は再度大聖堂に向かって駆け出す。
魔法《ディメンション》で、後方のレイディアントさんが狼に変化し走ろうとするのを感じる。しかし、脳を激しく揺らされてしまい、思うように走れない様子だった。もし走れるようになっても、四つの脚を斬られている為、最初のような速度は出ないだろう。
その様子を見て僕は安心し、道を走り続ける。
『
二人共と対戦経験があったのが大きい。
そのおかげで、苦労することなくいなすことができた。
僕は木々の間の道を走っていき――次は開けた庭に出る。
中央に大噴水があり、様々な種類の花壇が並んでいる。まさしく、歴史ある城の歴史ある庭園といった感じだ。
そこには十数名ほどの騎士を引き連れた見覚えのある騎士が待っていた。
白髪交じりの壮年の騎士ホープス・ジョークルだ。
ホープスさんは、いつかと同じく軽薄そうな笑いで僕を迎える。
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