51.相川渦波が手に入れた戦意
昨日、ハインさんに襲撃され、ラスティアラはフーズヤーズに去った。
口ぶりから、すぐに帰って来るのだと思っていたが、夜まで待っていても彼女は姿を現さなかった。
今日で聖誕祭前日だ。
まだ朝だというのに、家の外から人々の声が聞こえてくる。聖誕祭というクライマックスに向けて、街は盛り上がってきているようだ。
僕は乾き切った喉を潤すために、ベッドから身を起こす。
気だるい身体に鞭を打って、家のリビングに足を向ける。
そして、リビングに続く扉を開けると――丁度窓から、もそもそと不法侵入をしている少女がいた。
ラスティアラだった。
僕は驚き、彼女も同じく驚いた様子で、こちらに手を振ってくる。
「あっ。お、おはよー、キリスト……」
「あ、ああ……。おはよう」
このタイミングで僕と出会うとは思わなかったのだろう。
ラスティアラは慌てた様子でリビングに入り、奥の貯蔵庫まで歩く。
僕は鼓動の速まった心臓を落ち着けながら、彼女を眺める。どうやら、朝食にパンを漁っているようだ。
パンを両手に持って、ラスティアラはリビングのテーブルにつく。
僕も同じテーブルについて、パンを頬張るラスティアラに声をかける。
「ラスティアラ、話がしたいんだけど……」
「む、むむっ? 話? いいよ」
「明日の聖誕祭のことだ」
「ふんふん」
ラスティアラは軽い様子で僕の次の言葉を促す。
僕はそれを冷静に見つめながら、一番大事なことだけを問う。
「明日、おまえは聖人ティアラに、その……身体を空け渡すのか?」
それを聞いてもラスティアラの様子は変わらない。
完全無比に創られた美貌が歪むことはなく、
「うん。そうするよ」
いつも通りの軽い口調で頷いた。
それを聞いて、僕は顔を歪ませる。
自分でもわかるくらいに感情が乱れた。
僕は努めて冷静を装い、言葉を返す。
「そうするって……。そうすれば、ラスティアラは消えていなくなるって聞いたぞ」
「あ、やっぱり、聞いちゃったんだ。ハインあたりに教えてもらったのかな?」
「否定しないということは、本当なのか……」
できれば、ラスティアラに否定して欲しかった。
そんなことは嘘だと笑って答えて欲しかった。そうすれば、僕は安心して、昨日までと同じように迷宮探索を続けられた。
「びっくりさせようと思ったから、内緒にしてたのにな」
「びっくりさせようって……、それどころの話じゃないだろ……!」
「いきなり聖人ティアラを仲間にするキリストが、どんな表情をするのか楽しみだったのに」
「楽しみって……。そのとき、そこにおまえはいないだろうが……」
搾り出すように声を出す。
その声が震えているような気がした。
いつも通り笑いながら話を続けるラスティアラにイラついて仕方がない。
「大丈夫大丈夫、聖人ティアラも私だよ。聖人ティアラになっても、私はキリストの仲間だから。心配しないでいいよ」
僕のイラつきを察したラスティアラは、迷宮探索に支障は出ないと言う。
その的外れな発言に、僕のイラつきは増す。
「違うっ!! そういうことを言っているんじゃない! 聖人ティアラになったら、おまえの意識はなくなって、おまえが消えてなくなることについて聞いてるんだ……! おまえはそれをちゃんと理解してるのか!?」
僕は我慢できず、声を荒げた。
「そうらしいね。わかってるよ」
ただ、それは柳のように受け流された。
ラスティアラは風に吹かれる葉のように涼しげで静かな面持ちだった。
「らしいって……! おまえはそれでいいのか!?」
「
その過度な信仰を聞いて、ハインさんの言葉を思い出す。
――『作りもの』。
確かに、作られたとしか思えない清廉で狂気じみた聖人ティアラへの信仰だ。
「それは、そう教育されたからじゃないのか? 普通は、消えるなんて言われたら、もう少し抵抗があるはずだ。お前の様子を見ていると、まるで洗脳されたとしか思えない」
「……うん、そうだろうね。
そして、ラスティアラはそれが教育だろうが洗脳だろうが構わないと言った。
そこに迷いはない。
はっきりと自分の意思を持っている。
芯の通ったしなやかな自我があるように見える。
「……っ!!」
僕は困惑する。
境界線がわからない。
ハインさんの言うところの『作られたラスティアラ』と『本当のラスティアラ』の境界線がわからない。
だから、ラスティアラのその決意を頭ごなしに否定できない。
『作られたラスティアラ』を否定しようとして、生まれ持った『本当のラスティアラ』までも否定してしまっては元も子もない。
僕は苦し紛れの言葉を返すしかなかった。
「ほ、本当に? 本当にそれでいいのか?」
情けなく同じことを繰り返す。
それをラスティアラは毅然と受け止め、まっすぐに僕を見て答えようと――
「もちろん。私は聖人ティアラの器として生まれ、聖人ティアラの器として育てられた。私の生きる意味は、聖人ティアラと、なること……で間違いない……。それが……」
――繰り返していくうちに、その顔に翳りが落ちていく。
「それが……、私……」
ラスティアラは不安そうな顔を見せた。
急に自分の言っていることを受け入れきれず、不安がっている。
以前も、似たようなことがあった。
酒場で仲間になった時も、喋っている間にころころと考えが変わっていた。
ラスティアラは見るからに自信を失い、自分を見失っている。不安定な澱んだ空のように、晴れたり降ったりを繰り返す。それがラスティアラ・フーズヤーズ……。
しなやかだと思っていた自我は、いま、見る影もないほどに揺れていた。
「それが私らしいよ……」
目を彷徨わせながら、そうラスティアラは呟いて押し黙る。
その様子を見て、ラスティアラの不安定さの正体を理解した。
つまり、『作られたラスティアラ』と『本当のラスティアラ』が侵食し合っている様こそが、不安定さの正体だったのだ。
同じ問題を繰り返してしまうと、『作られたラスティアラ』と『本当のラスティアラ』はせめぎ合い、違う答えを持ってしまう。それがラスティアラの持つ狂気の原因でもある。
「らしいって……! おまえもよくわかっていないんじゃないのか? 揺らいで、迷って、何が正しいのか、わかっていないんじゃないのか?」
ラスティアラを考え直させる好機だと思い、僕は言葉を矢継ぎ早に足していく。
しかし、次の瞬間。
目の前には、晴れやかな顔のラスティアラがいた。
「――ふふふっ。そんなことないよっ。私は聖人ティアラになる。あの心躍るような冒険をして、強大な敵たちに討ち勝ち、様々な出会いと別れを経て、誰もが憧れる英雄になるんだ。あの英雄にっ! それはとても素晴らしいに決まってる!」
片方に傾き切ったラスティアラが、狂った目で笑う。
それに気圧され、たじろぐ。わかってはいても、何かがとり憑いたように豹変するのを前にすると、言葉を失ってしまう。
「素晴らしいに、決まって、いるんだよ……」
そして、案の定、またラスティアラは弱気になった。
「ほ、ほらっ! 自信がないんだろう? 犠牲になることを怖がってる!」
「恐怖はないよ。死ぬことが恐ろしいわけじゃない。キリストは私の迷宮での戦いを見て知っているでしょ? そのくらいで竦むほど、私は柔じゃない」
今度は、急に強気になった。
僕は確かな条件を感じた。
僕が明日の儀式を否定しようとすると、ラスティアラの中の『作られたラスティアラ』が出てきている。
しかし、これでは堂々巡りだ。
いくら繰り返しても、最後は儀式の話になるのだから、ラスティアラの説得は絶対にできない。
――ラスティアラは、
パリンクロンの言っていた調整され続けた結果とやらを前にして、僕は弱々しく繰り返す。
「……本当に、それでいいのか?」
「私だけの問題じゃないんだよ。大聖堂のみんなが、フーズヤーズの誰もが! 聖人ティアラを待ち望んでいる! 人々の想いがっ、この身体には詰まってるんだよ!」
ラスティアラは笑顔で叫び、答え――静かに意志を示す。
「だから、私は儀式を受ける」
「……僕は、それでも拒否すべきだと思う」
その逆を僕は示し返す。
無駄なのはわかっているが、言わずにはいられなかった。
ただ、いくら睨み合っても、ラスティアラは意思を曲げようとはしない。
付き合いが長くなってきたからこそわかる。この表情のラスティアラは決して退かない。狂気を身に纏った状態のまま、自分の意志を貫き通す。
それがわかってしまう。
僕にはラスティアラを説得できないと、先んじてわかってしまう。
そして、ある程度の静寂が過ぎ、僕が話し合いを諦めかけたとき――ラスティアラが沈黙を破る。
気丈な面持ちから一転し、縋りつくような表情になる。
また感情の揺り返しかと僕は思った。しかし、どうも様子が違った。
「――……
ラスティアラの目じりが下がり、甘えるように上目遣いで僕を見つめてくる。
こうも女々しさを表に出した年相応の女の子らしいラスティアラを見るのは初めてだった。僕は目を見開いて驚く。
子供みたいだと僕は思った。
同時に、これこそが作られていない『本当のラスティアラ』かと期待する。
しかし、そういうときに限って、答えられない質問が来た。僕は迷宮の『最深部』に辿りつき、『帰還』しなくてはいけない。なのに、二人で遠くに旅なんてできるはずがない。
「それは……」
僕が口ごもるのを見て、さらにラスティアラは質問していく。
「連合国の騎士全てを、フーズヤーズと言う国を敵に回せるの? 明日の儀式を壊してくれるの? 色んなリスクを負って、私を助けてくれるの?」
その質問の全てが、問いではなく
幻聴がする。
「――私の物語の主人公をしてくれるの?」
幼い子供が泣いている姿を幻視する。
間違いない。
これは作り物じゃない。『ラスティアラ』の声だ。
この声に上手く答えれば、本当のラスティアラを引き寄せ、本当の会話ができる。意思さえ通じ合えば、説得することだってできるはず。確信がある。
説得のチャンスは、このタイミング。
このときしかない。
しかないのに――
それに僕は答えることができない。
この核心をついた問いに、一つも返すことができない。
ラスティアラに生きる目的・意味があるように、僕にも生きる目的・意味がある。
僕の『帰還』するという――家族を守るという生きる目的・意味と、その懇願は逆方向なのだ。
呵責、道徳、義務、我欲といった様々なものが、僕の身体を引っ張り合って身じろぎすら許さない。
そんな微動だにしない僕を見て、ラスティアラは顔を曇らせる。
彼女が顔を曇らせたのは一瞬。
流れ星が落ちるほどしかない僅かな時間。
――その一瞬で、僕の言葉が届く時間は終わった。
ラスティアラはいつもの陽気な表情に戻ってしまう。
そして、
「は、はは、冗談だよ……。別にそんなことしなくていいよ。キリストにそんな余裕がないことは知ってる……。キリストは自分一人で一杯一杯だもんね」
終わった……。
答えられなかった。
もう届かない。
ハインさんの助言の甲斐もなく、僕は何も言ってあげることができなかった。
「キリストは『候補』だから、無理は言わないよ。そんな義理も責任もないもんね」
ラスティアラはいつも通りに戻り、残ったパンを口に放り込んでいく。
いつも通り、不安定で、落ち着きがなくて、ぶれていて、言っていることがすぐに変わるラスティアラだ。
「ま、待て。ラスティアラ、話はまだ――」
「なんだかんだいって、大丈夫かもしれないしね。私が聖人ティアラの意識を、逆に潰す場合だってあるんだから。いやぁ、どうなるのかなー。私もかなり強いからね」
楽観的に前向きに、ラスティアラは明日のことを笑って話す。
もう僕の話を聞いてくれそうにはない。
そして、残った朝食を全て平らげ、ラスティアラは席を立った。
「ごちそうさま。明日の用意があるから、もう行くね。たぶん、今日一日は迷宮探索を手伝って上げられないと思うから、マリアちゃんと遊んでてよ。あと、ついでによろしく言っといて」
「もう少しだけ――」
話すことは全て終わったと言わんばかりに、ラスティアラは背中を見せた。
そのまま別れの挨拶を僕に告げる。
「明日の夜、
それを最後にラスティアラは家から出て行った。
僕は戦ってでも止めようかと迷った。しかし、迷っているうちに、ラスティアラは足早に去り、僕は一人家の中に取り残された。
「あ……」
いまのがラスティアラの最後の言葉だと思うと、僕はやりきれない気持ちに押し潰されそうになる。
そのとき、後方から扉の開く音がした。
扉の向こうにはマリアが立っていた。
僕と同じくらい暗く真剣な表情で、こちらを見ている。
その様子から、マリアが今の会話を聞いていたことを悟る。
「聞こえてた……?」
「はい」
マリアは嘘偽りなく肯定する。
尋常でない様子で話す僕たちを見て、リビングに入りづらくなり、そのまま聞き耳を立ててしまったのだろう。
「ラスティアラさんは……」
「行ったよ。聞いての通りさ」
僕は弱々しくラスティアラの去っていったあとを指差す。
「これでいいんですか、ご主人様……」
「どうもしない。問題が大き過ぎる……」
そして、自分の手に負えないことを僕は正直に話す。
いまの状況を一言で表せば、それだけのことだった。
「では、新しいティアラさんが来たら、それをラスティアラさんだと思って、いままで通り……?」
「……そいつはラスティアラじゃない、別人だ。いままで通りなんていくわけない」
本当に話どおりならば、そのティアラの入ったラスティアラは、もはや別人だ。そんな何の思い入れもない別人を、僕はラスティアラのように扱う気はない。むしろ、そいつは僕にとって仇だろう。
「少なくとも、仲間だなんて、無理だ……」
それを聞いたマリアは、とても澄んだ声を返す。
「よかった……。本当によかったです……」
そこに悲しみや怒りといった感情はなかった。
心の底から安堵しているマリアがそこにいた。
笑顔のマリアに、僕は寒気を感じる。
「え……?」
その安心の理由が僕にはわからなかった。
ラスティアラとの別れをもっと悲しむかと思っていた。しかし、全くの逆。二人がそれなりに仲が良かったように見えていたのは、僕の勘違いだったのだろうか。
マリアの反応に疑問を浮かべていると、すぐに答えが返ってくる。
「ご主人様はラスティアラさんのことを好きかと思っていましたから」
マリアは答えた。
僕がラスティアラのことが好きと。
その言葉の意味がわからず、咄嗟に何も答えられなかった。
それでも、マリアは話し続ける。
「そりゃ、ラスティアラさんは変なところもありますけど――」
マリアは、僕がラスティアラを好きだと言った。
言っている言葉はわかるが、言っている意味がわからない。
予想だにしてなかった答えに、僕は混乱する。
恋と言えば、マリアがしているんじゃなかったのか?
なんで、いきなり僕の話になるんだ?
「あんなに美人で――」
ああ、確かにラスティアラは美人だ。
美人と言う二文字では表せないほど、現実離れした美を体現している。僕の世界のテレビの向こうでも、お目にかかれないほどの美少女だ。
「あんなに強くて、明るくて――」
肉体面では誰よりも強いと確信できる。
反則的な存在だ。スキルも豊富で、僕に近しい目も持っている。
性格は明るいと言えば明るい。不安定なところや狂気を除けば、とても前向きで明るい性格をしている。その明るさで周囲の人を引っ張って、笑顔にしてあげるようなムードメーカーなところがある。
「悪戯好きだけど、根っこのところは仲間想いで――」
そうだ。
あいつは危なっかしいところが多い。
スリルを好み、劇的なことばかりを望む。けど、だからといって無意味に人を危険に晒したりはしない。それどころか、マリアや僕のための助言を多くしてくれた。僕たちの為にならないからと、言いにくいことを悪役になってでも言ってくれた。
「夢見がちだけど、迷宮探索者としては理想的で――」
夢見がちなのは環境のせいだろう。
ラスティアラは英雄となるため、自然と英雄の話を好むように誘導されていた。夢のような英雄譚がラスティアラのほとんどを占めている。だからこそ、冒険に対する熱意が誰よりもあって、迷宮探索者として優秀だ。
「ご主人様とよく似てるから、とても気が合ってて――」
ラスティアラとは気が合った。
僕がいまのような慎重なスタンスを取っているのは、ここが異世界で、死ぬわけにはいかない理由があるからだ。それがなかったら、僕もラスティアラのように、夢見がちでゲーム好きな性格をしているだろう。口では逆のことを言ってはいても、本質的にはラスティアラの言っていることがよくわかるのだ。
「そんなラスティアラさんのことが好きかと思っていました。でも、違うんですよね? そうなんですよね?」
そんなラスティアラのことを、僕は好きだったのか?
迷宮探索を第一に考えれば、僕はラスティアラを切り捨てるのが妥当だろう。
それでも、今日みたいに、食らいついてなんとかしようとしていたのは、そのせい……?
よくよく考えれば、あんな完成された美少女を、男として何とも思わなかったのはおかしい。出会い方や状況が悪かったから、惹かれている事実を認められなかったのか?
けど、確かに、いまラスティアラが失われようとして、僕は焦っている。無意識の内に、どうにかできないかと考えている。
もしかして、本当に、僕は――
【スキル『???』が暴走しました】
いくらかの感情と引き換えに精神を安定させます。
混乱に+1.00の補正が付きます
――は?
スキル『???』が発動し、冷水を浴びたように心の熱が冷えた。
心臓の鼓動が落ち着いていき、頭の中に渦巻いていた情報が綺麗に整頓されていく。
それと同時に、僕の胸を高鳴らせていた『何か』が失われたことにも気づく。
大切な『何か』を、スキル『???』は勝手に冷静さと引き換えたのだ。
その事実を冷めた思考で分析する。
その『何か』はわかる。
その前に考えていたことから察するに、おそらく『恋』とか『愛』とかに相当するものだ。
それはわかる。
けれど、いまとなっては信じられないくらいに冷め切っている。
僕は渇いた笑いを浮かべる。
僕が知っているスキル『???』の発動条件は二つ。
一つ目は感情が暴走したとき。
これが原因で発動したのかと思ったが、先ほどのは明確に違う。僕は暴走と言えるほど混乱していなかった。むしろ論理的に状況を整理しながら答えを出そうとしていた。
ならば、もう一つの条件。
二つ目の条件の――死にそうなときに値したでも言うのか?
「は、はは、はははは……」
つまり、スキル『???』は『恋』とか『愛』を、命に関わると判断した?
僕がラスティアラに恋心を抱いたら、死ぬって言いたいのか?
確かにそうかもしれない。
そうかもしれないけど――
だからって無断で引き換えていいものじゃない。
いいわけない……!!
沸々と怒りという名の炎が燃え上がっていく。
せっかくスキル『???』で手に入れた冷静さが台無しになるほどの、心の底からの怒りだ。
ふざけている。
非人道的すぎる。
僕の心は玩具じゃない。
これは許されていいことじゃない。
感情が高ぶる。
かつてない怒りを感じた。
しかし、それにスキル『???』は反応しない。
先ほどより冷静さを欠いているはずなのに、それでもスキル『???』は発動しない。
つまり、ちょっと子供らしく『恋』とか考えたらアウトで、この誰かを殺したくなるほどの怒りはセーフということ。
その事実に怒りは増すばかりだった。
「ど、どうしました……? ご主人様?」
笑い出したあと、顔を引き攣らせたまま動かない僕にマリアは狼狽していた。
だが、僕はそれどころじゃない。
スキル『???』について思い返す。
そういえば、ラスティアラと初めて出会ったとき、その前後でスキル『???』を発動させていた。二度目の出会いの前後でも発動していた記憶がある。
そりゃ、自分の感情に気づけないわけだ。
まともな感情が育たないのも当然だ。
種となるものが根こそぎ刈られていたわけなのだから。
僕とラスティアラは出会い方からして、最悪だったのだ。
怒りの余りに笑う。
「ははっ……。いや、少しおかしくて……。そうだね、マリア。僕はラスティアラを好きじゃない。間違いないみたいだ」
「ぇ、え? そうですか……」
マリアは僕の答えに驚く。
どうやら予想外の答えだったようだ。そして、その真偽を確かめるため、僕の表情を窺ってくる。しかし、どれだけ窺っても無駄だ。いま消えたところだ。
「それよりも、面白いこと言ってたね。僕とラスティアラが似てるって……。よくわかったね」
本当にマリアのスキル『炯眼』は便利なものだ。
本人さえも言われなければ気づけないことを、ぽんぽんと知ることができるのだから。
「それよりも? ……う、上手く言えないんですけど、根っこは似てるなって思って。私から見れば、お二人とも『作りもの』のように無駄がなくて完成された存在です」
僕はマリアの適確な指摘に、乾いた笑いを大きくさせる。
的を射すぎて楽しくすらある。
ラスティアラが環境で作られた『作りもの』ならば、僕はスキル『???』で綺麗に整えられた『作りもの』。それをマリアは直感的に理解していたようだ。
「そっか……。根っこは似てるんだ」
「はい……」
マリアは笑い続ける僕に怯えている。
マリアの『炯眼』を持っても、いまの僕の豹変と思考は看破できないようだ。
それほどまでに、スキル『???』は異常なのだろう。
なんてことはない。
僕もラスティアラと同じくらい不安定な狂人なのだ。
いまならば、ラスティアラの気持ちが少しわかる気がする。
間違いがあるとわかっていても、心がそれに追いついてくれない感覚。
おそらく、ラスティアラは儀式を受けることがおかしいとわかってはいても、それに感情が伴ってくれてないのだろう。
だから、自信をもって動けない。迷ったまま、最も信頼できる義務に従って動くしかない。儀式を受けることだけが、心の拠り所になっている。
――僕はどうする?
僕も、ラスティアラに好意があったとわかっていても、それに感情が伴っていない。
同じように、動かず、義務のまま迷宮に行くのか?
それはできない。あそこまでラスティアラに偉そうなことを言っておきながら、自分のことを棚に上げるなんて不誠実な真似はできない。無秩序に対する怒りが、それを許さない。
「マリア、ちょっと出かけてくる。昼には戻るよ」
「え、え……? ご主人様、どこへ――!」
混乱しているマリアを置いて、僕は外に出る。
時間が惜しい。
ラスティアラと同じく、窓から外に出ていく。
――ならば、どうすればいいか。
スキル『???』を発動させないためにも、怒りを底に秘めたまま僕は頭を冷やしていく。
正直、やるべきことはわかっているが、その判断に自信がない。誰かに確認を取って欲しいというのが本音だ。
それを確認するには、マリアは適切ではないだろう。
私情が入りこみすぎている。
――だから、僕は別の人を探しに行く。
僕みたいな不安定な人間ではなく、確固とした自分を持っている友人へ会いに――
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