52.協力者


 病院の受付を通り過ぎ、病棟に向かって歩く。


 例の風通りの良かった道は修復され、廊下としてのていをギリギリで保っていた。そんな見栄えの悪い空間を進み、僕はディアの待つ病室に入る。


 そこにはディアだけでなく、見知らぬ顔が並んでいた。


「ディア、お客さん?」


 ベッドに座っているディアに僕は呼びかける。

 そして、病室に立っている三人の見知らぬ男たちに目を向けた。


 三人の来客者たちは神官のような格好をしていた。

 『注視』したところ、クラスも神官となっていたので間違いないだろう。清潔で色の薄い服装の上に、柄のついたストールのようなものを前に垂らしている。

 ステータスは一般人よりも少し強い程度だ。


「キリスト……!? ちょ、ちょっと待ってくれ」

「ああ、わかった」


 僕は冷静に答えて、そのまま廊下に出る。

 依然として怒りは消えないが、さっきのスキル『???』のおかげで、あたふたしなくていいのは助かる。


 いくらか廊下で時間を潰していると、神官たち三人が出てきて、僕に礼をしてから去っていった。

 それを確認してから、病室に入っていく。


「やあ、ディア」

「キリスト、こんな朝早くから来るなんて珍しいじゃんか……」


 ディアは困ったような顔をしている。

 いまの光景は、僕に見られたくなかったのだろう。ディアにも色々な事情があるようだ。それは、あのラスティアラと知り合いということから、薄らとわかっていたことではある。


 そもそも、ディアはあのラスティアラよりも才能があるのだ。何かないほうがおかしい。

 そう答えを自分の中で出して、話を始める。


「いまのはフーズヤーズの神官?」

「う……。フーズヤーズじゃないけど、似たようなものかな」

「言いたくなかったら無理に言わなくていいよ」

「……いや、言う。あいつらは、俺の国の神官だ。……俺を追ってきたんだ」


 ディアは隠そうとしなかった。

 もはや隠すことはできないと思っているのだろう。それはラスティアラの知り合いだと知られたからか、それとも聖誕祭が近いからか……理由は察せない。


「追ってきた?」

「いままで隠していて悪い。俺はある国の要人で、逃亡者なんだ……」


 正直に、ディアは自分の身の上を僕に話す。


 ある国の要人……。やはり、何らかの特殊な事情を抱えた存在なのだろう。でなければ、人造の完成品であるラスティアラを超える才能は説明できない。


 ディアとしては衝撃の事実を話しているつもりかもしれないが、僕としてはようやく納得の理由を聞けたってところだ。

 とても申し訳なさそうな顔で語るディアを見ていられず、優しく答えていく。


「……そっか。でも、気にするな。何があろうと、ディアはディアだ」

「キリスト……!!」


 ディアは感動した様子で、僕を見つめてくる。

 何らかの非難を覚悟していたのだろう。


 しかし、僕はそれどころではない。怒りながらも冷めきった思考が、すぐに次の話題へ移らせる。


「それでディアは、すぐにでも自分の国に帰らないといけないのか?」

「いや、本来ならそうだけど。すぐじゃない。俺は明日の聖誕祭の儀式に出席しないといけなくなった。ある宗教派閥の代表としての任を受けた」


 ディアが思ったよりも高い地位にいることに、少なからず心拍数が上がる。

 出会った頃は、飢え死にしそうなボロボロの姿だったのだから仕方がない。第一印象の大切さを再確認させられる。


 僕は詳しく聞きたくなる欲求を抑え付け、現実的な話だけをしていく。


「出席したあとは帰るの? 僕に手伝えることはある?」

「いや、もちろん帰らない。俺はここで一山あてるって決めてるからな。それに、連中の説得にキリストの手は借りない。迷惑かけたくないんだ。いまのところは一人で何とかしようと思ってる」


 はっきりとディアは自分の意思を示した。


 どっかの誰かたちとは大違いだ。あいつも僕も、このくらい自分の気持ちに正直で、決断力があれば話は楽だったのにと思う。


「わかった。けど、僕もできる限りのことは手助けしたい。何かあったら頼ってくれていいから」

「ああ、サンキュ。キリスト」


 ディアの抱えているであろう問題の話は、数秒の間に終えてしまった。

 無論、これがディアの抱える全てだとは思っていない。けれど、いま僕に手の届くであろう問題は片付いた。すぐに僕は本題に入る。


「で、大変なところ申し訳ないんだけど……聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」


 ディアは僕やラスティアラのように他の影響で狂っておらず、マリアのように強い私情に囚われてもいない。それと、この異世界で信頼できそうのはディアくらいだという世知辛い事情もある。


 ――信頼できるディアに意見を聞く。


 それが今回の来訪の目的だった。

 そのために、僕はラスティアラと聖誕祭の関係についての説明を始める。それをディアは神妙な面持ちで聞き続けた。



◆◆◆◆◆ 



「――なるほど」


 大体の概要を話し終え、ディアは与えられた情報を吟味する。

 ディアはフーズヤーズの聖誕祭を全く知らないわけでなく、すんなりと話自体は受け入れてくれた。

 そして、自分の考えを述べていく。


「教育だけじゃないと思う。きっと何かしらの精神魔法もかかっているはずだ。子供の頃から、何重にもかけられたやつが。でないと、そこまで頑なにならない」


 ディアはラスティアラの状態の悪さを宣告する。

 神聖魔法に詳しいディアは、思い当たる魔法があるようだった。


 しかし、僕はラスティアラの状態をステータスで確認したことがある。少なくとも異常となる魔法はかかっていないように見えた。心当たりがあるとすれば、スキルに『素体』や『擬神の目』といったものがあったことだ。


「精神魔法にかかっていたとして、ディアならそれを解除できる?」

「いや、できないと思う。簡単にわかる魔法なら、出会ったときに解除してやってる。おそらく、血肉に染み渡っているレベルの魔法術式だ。フーズヤーズの上のやつらなら、それくらいのことは平気でする」


 ディアは見てきたような口調で断言する。


「じゃあ、解除は諦めるしかないか……」

「けど、聖人ティアラを降ろす儀式の前には解呪すると思う。自分の命を軽んじる精神魔法がかかったままの身体を、過去の偉人に渡すとは思えない」

「儀式の前、か……」


 ならば、理想は解除されたあとに、ラスティアラを連れ出すことだ。

 それができなければ、どうにかして解呪方法を知っている人に協力してもらうしかない。


「それで、キリストはどうしたいんだ? 俺は協力するぜ。体調も戻ってきたし」


 ディアは話を聞き終えたあと、僕の望みを聞いてきた。

 協力まで惜しまない様子だ。自分も大変だろうに、友人のためならば協力を惜しまないとは、相変わらずディアはいい子だ。


 けど、残念ながら、いまの僕は確信ある答えを持ち合わせていない。

 いや、正確には答えをスキル『???』に奪われた。


「……ディア。変なことを聞くけど、いいか?」

「あ、ああ」

「ディアなら――いや、普通ならどうするんだ? ここは助けに行くところか?」


 飾ることなく聞く。


 もう僕は自分の判断が信用できない。どれもが、スキル『???』に良い様に操られた結果の判断としか思えないのだ。


「は? 俺なら……?」

「ああ、自分には何よりも優先する義務が他にあっても……。それでも、僕はラスティアラを助けに行くべきなのかな……?」


 ディアは驚いて、変なものを見るかのような目つきになった。

 しかし、一呼吸置いて、真剣な表情で答えてくれる。


「そうだな……。俺なら優先する何かがあっても、自分にとって代えがたい人がいたら助けに行く。きっと行く……。けど、それは、俺の話だ。それが普通かどうかはわからない」


 ディアは僕に熱い視線を向けながら力説した。


 ――ディアなら助けに行く。けれど、それが普通かどうかはわからない、か……。


 判断材料は増えたが、まだ足りない。

 仕方がなく僕は、包み隠さずに聞く。


「なら……、もし。もしだ。もし僕がラスティアラを好きだったなら、僕は助けに行くべきかな?」

「へ……? ちょ、ちょっと待て……。え? キリストは、ラスティアラのことが好きなのか?」


 ディアは急に慌てて、確認を取ろうとする。

 確かに、いきなりこんな例えを出されたら驚くのも無理もないだろう。けれど、いま僕は、その仮定を知らなければならないのだ。


「いや、好きじゃ……ない。けど、もし、そうだったらという仮定で答えて欲しい」

「そ、そうか……。もし、か。仮定の話ね……」

「ああ、仮定でいい。もう仮定でいいんだ」

「それなら……。好きなら、助けに行くんじゃないか。好きなら、どんなに優先すべきものがあっても、必ず助けたいって思うのが普通だと思うぞ……。いや、もし好きならね。もし好きだったらの話だ!」


 ディアは迷うことなく答えた。

 やはり、好きだったなら僕は迷いなく、ラスティアラを助けに行ったのだ。たとえ、何を失ってでも、助けに……。

 だからこそ、スキル『???』はその感情を打ち消した。


「……わかったよ。じゃあ、僕はラスティアラを助けることに決めた」


 僕の持っていた考えとディアの意見が合致したのを確認し、僕は決意を固める。


「え……?」

「ちょっと、いまからフーズヤーズの大聖堂まで行ってくる」


 迷いなく立ち上がる。


 最初から答えはわかっていたのかもしれない。

 僕の浅い人生経験でもわかっていた。


 好きな人を見捨てるなんて普通じゃない。

 好きな人も助けて、迷宮も踏破し、家族の元に胸を張って帰るのが正しい。

 合理的ではないが、それが合理的に考えて人として正しい。


「待て、キリスト! い、いきなりすぎる! いま行っても、駄目だ! さっき精神魔法が解けるのは儀式の直前だって言っただろ! 無理矢理助けようとしても、ラスティアラ自身に反抗される可能性があるから、ハインって人は色々と悩んでいるんだろ! 助けたところで、魔法の影響でラスティアラが急変して、絶対に儀式に出るって言われたら、キリストはそれをどうにかできるのか!?」


 そうだった。

 だから、ハインさんは僕をセットにして、足を斬ってでもラスティアラを国外に運ぼうとしたのだ。


 いまのままではラスティアラ本人に抵抗される危険が付きまとってしまう。


 その何かを思い出したような僕の表情を見て、ディアは溜息をつく。そして、仕方がないと呟きながら、言葉を続ける。


「キリストが本気でラスティアラを助けたいのは、よーくわかった。……なら、キリストは待ってるだけでいい」


 ディアは僕に動くなと言った。

 さらに言葉を続ける。


「――俺が・・、ラスティアラを助ける」


 ディアは僕に負けず劣らない決意をもって、そう宣言した。


「ディアが……?」

「俺は儀式が完成する直前に居合わせることができる。儀式が完成する瞬間、気の緩みを狙って、大聖堂を崩落させて――そのまま、ラスティアラに近づく。そこで、様々なしがらみから解かれたラスティアラに本心を聞こうと思う。もしラスティアラに逃げる意思があったら、すぐに二人でキリストのところまで行く」


 何とも大胆で無鉄砲な計画だ。

 しかし、ラスティアラの様々なしがらみが解かれているタイミングは、そのときしかないのも確かだった。


「成功したら、俺とラスティアラはフーズヤーズに追われることになる。すぐに南にある海上国家グリアードに逃げて、また迷宮探索を皆でしよう」


 ディアは淡々と話を続ける。

 淡々とし過ぎていて、僕は信じられなかった。


 しかし、そこまでしてくれる理由が僕にはわからない。

 僕が思っている以上にディアとラスティアラの仲は深いのだろうか。しかし、先日の余所余所しさから、そうは思えない。


 僕がディアの献身の理由を不審がっていると、ディアはそれに気づいて答える。


「まあ、自分の逃亡生活のもののついでだよ……。ラスティアラほどの人物が仲間になってくれたら頼りになるし……」

「けど、ラスティアラを助ければ、敵が増える。それも大きな敵だ。本当に、国を敵に回してでもラスティアラを助ける覚悟が、ディアにはあるのか……?」

「覚悟? 覚悟ならある。キリストがそうまでして助ける仲間なら、俺にとっても助けるべき仲間に決まっている。このくらい平気さ。そんなに心配しなくていい。俺たちの迷宮探索は、まだまだ始まったばかりだからな」


 ディアは微笑みながら即答した。


 自分だって迷宮で一山あてるという夢があるのに、その夢の障害が増えるとわかっていても、ラスティアラを助けようとしている。


 その人間としての大きさを前にして、僕は自分の小ささを再確認させられる。

 我が身可愛さに動けなかった自分が恥ずかしくてたまらない。


 ディアの存在は眩しかった。

 そして、僕もディアのようになりたいと思った。


「ありがとう、ディア……。でも、それはディアがやらなくていい。僕がやる。きっと、それは僕の役目だ」

「キリストが?」

「あくまで僕が主犯だ。僕が儀式完成直前に飛び込んで、ラスティアラをさらう。ディアにそこまでさせられない」


 ディアのように、迷いなく自信をもって答える振りをする。


 それを聞いたディアは「流石、キリストだ」とだけ言って、反対する様子は見せなかった。相変わらず、僕に対して過度な信頼を持っているようだ。


「――わかった。キリストがそう言うなら、それでいこう」


 話は纏まった。


 その後、僕はディアから大聖堂の情報をできるだけ聞く。

 とはいえ、ディアも大聖堂については詳しくない。客賓として、儀式の予定と最低限の間取りを知っている程度だった。


 しかし、その情報があるとないとでは大違いだろう。


 僕は飛び込むタイミングと、飛び込む場所を知ることができた。

 闇雲に襲撃するよりは何倍も良い。


 できる限りの情報交換をして、お互いの計画を確認し合ったあと、僕はディアと別れ、一人フーズヤーズに足を向けた。


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