34.3人パーティー
ラスティアラと共に新居へ帰ると、まずマリアが出迎えた。
マリアは「おかえりなさ――っ!?」と、ラスティアラを見て言葉を詰まらせたものの、すぐに持ち直して客人をもてなすために動いてくれた。
そして、いま。
僕とマリアとラスティアラは、夕食をとるために同じテーブルに座っている。
テーブルの上にはマリアの手料理が並べられている。
食材は質素ながらも手の込んだ料理だ。マリアが自分のお金で食材を買い、長い時間をかけて作ったのだろう。
――当然、二人分しかない。
僕はマリアから料理を奪うわけにもいかないので、自分の料理をラスティアラの前に差し出した。仲間になったとはいえ、ラスティアラはこの家では客人にあたる。客人の食事がないという状態を避けた結果だ。
ただ、僕が料理をラスティアラの前に動かしとき、家の温度が下がったような気がした。
特にマリアの方から寒波が流れているような気がする。ふとマリアを見ると、とてもいい笑顔をしていた。珍しい満面の笑みで、僕を見つめ続けている。
わ、笑っているならいいんだよね……?
「わぁ、すごい……! これだよ。私はこういう料理を求めてたんだよ。あったかいね。ねえ、私が貰ってもいいの?」
ラスティアラは嬉しそうに食べる許可を求めてきた。どうやら、マリアの家庭料理がストライクゾーンに入っていたらしい。箱入り娘のお嬢様には、こういった庶民の食事が珍しいのかもしれない。
「ええっと……その、いいと思うよ? ね、マリア?」
「……ええ、もちろん。構いませんよ」
おっかなびっくりに僕はマリアの承諾を得ていく。
マリアは相変わらず、一分の隙もない笑顔だ。
ラスティアラという客人が居るとはいえ、空恐ろしい隙のなさである。
「いいってさ。ラスティアラ」
「それじゃあ、遠慮なく頂こうかな」
ラスティアラは手を合わせて、木製のスプーンを取ろうとする。
そして、マリアは僕に声をかける。
「しかし、それでは、ご主人様の食事がなくなってしまいますね。どうぞ、私の分を食べてくださ――」「これ、マリアのお金で用意したんだろ。なのに、マリアが食べられないなんて駄目だろ。僕には備蓄してある非常食があるから、気にせず食べ――」「と、ご主人様なら言うと思いましたよっ!!」
遮った僕の言葉を、マリアは遮り返す。
冷静なマリアには珍しく、その語尾は荒れていた。
僕の受け答えが、気に食わなかったようだ。
確かに、僕のために用意したであろう料理を、僕が食べないという事態は不本意なことだろう。けど、そこまで怒らなくても……。
「うーん。やっぱり私が食べるのはまずいみたいだね」
「いえ、ラスティアラさんはお気になさらずお召し上がりください」
ラスティアラが見かねて食べようとした手を止める。
それにマリアが答えるが、ラスティアラは良いことを思いついたと話を続ける。
「そうだね。一人あぶれるのはよくないね。仲間として、そんな事態は避けないといけないね……。じゃあキリスト、一緒に食べようか? 少ない食料を共に分け合うのは、冒険譚でもよくあったよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。二人で食べるとは、その料理を二人で
「そうだよ。私の知識によると、仲間同士ならありらしいよ。なにより、面白そう。ほら、キリスト」
そう言って、ラスティアラは椅子と料理を僕の方に寄せてくる。
ラスティアラは冒険譚の常識を信じて疑っていないようだ。
「そ、それなら! 私とご主人様が二人で突き合いますので、ラスティアラさんはちゃんとお食べください! ご主人様と客人に、そんな真似はさせられません!」
「そんな、客人だなんて……。それこそ気にしなくていいよ。私は、これから君たちの仲間になるんだから」
「は、はあ……。仲間、ですか?」
どうやら、マリアはラスティアラを一夜限りのお客だと思っているようだ。しかし、ラスティアラはこれからも苦楽を共にする仲間だと思っている。
いい機会だと思って、僕は口を出す。
「それなら、マリアとラスティアラの二人で突き合ったらどうかな? まだ二人は付き合いが浅いから、親睦も兼ねてね。僕のほうは、この家のホストらしく、ゆったりと食事を取ることにしよう」
これならば、マリアの要望もラスティアラの要望も満たしているはずだ。我ながら良い采配だ。
「それは名案だね! キリスト!」
「はあ!? ちょっと待って下さい!」
ラスティアラはそれで全てが解決だと言わんばかりに、立ち上がった。そして、目の前にあった料理を僕に戻し、椅子を持ってマリアの隣に移動する。
「よしっ、一緒に食べよう! マリアちゃん!」
「いえ、せっかくですが、遠慮して――」
「遠慮しなくていいよ。お互いに食べさせあいっこしよう?」
「はあ!?」
やっと食事の方針が決定したようだ。
これで一安心。このまま、二人が仲良くなってくれたら万々歳である。
僕は慌しく料理を食べ始める二人の前で、ゆったりと自分の料理に手をつけ始める。
「いいな、この子ー。ちっこくて可愛いなー。それに首輪もないのに、クラスが、ふふっ、クラスがっ――うふふ、ふふふ、面白いなぁ。いじらしいなぁ――」
「うわっ! ちょっと、くっつかないで下さいっ! あっ、変なところ触って――」
素晴らしい。
パーティーメンバーが増えると面倒事も増えてしまうかもしれないと、そう僕は思っていた。けれど、それは違ったみたいだ。いまみたいに、マリアの面倒なところを、ラスティアラの面倒なところで相殺すれば、僕の手が煩わされることはなくなる。
一人で食事に集中しつつ、心乱されることなく、迷宮について考えることができる。
――こうして、僕は思ったよりも仲のいい二人を放置して、一人で優雅なディナーを終えていく。
今日は帰ってくる時間が遅かったので、すぐに就寝することが決まった。
そのとき、当然のように僕は「そうだ、ラスティアラ。せっかくだから、マリアと一緒に寝たらどうだ? 仲間同士、同じ部屋で語り合うなんて、物語のワンシーンみたいじゃないか。女の子同士なら、何も問題ないだろ?」とラスティアラを煽った。
その結果、ラスティアラは最高の笑顔と共に、マリアを拉致していった。珍しく余裕のないマリアが救いを求めていた気がしたが、見なかったことにした。
これで、ゆっくりと休める。
その上、二人の親睦も深まる。
いい循環だ。
僕は二人の部屋から最も遠い部屋を選択して、壁に剣を立てかけて、ベッドに倒れこむ。
今日はMPが底をついているので、寝る前の魔法の実験はできない。身体の疲労を癒すことだけに集中して、僕は眠りに落ちていった。
◆◆◆◆◆
次の日の早朝。
居間で魔法の実験をしていると、げっそりとしたマリアが居間に現れ、低い声で挨拶をしてくる。
「お、おはようございます……。ご主人様……」
「うん、おはよう」
その理由を深く聞こうとは思わない。けれど、ずっと僕を睨んでいるような気がするので、あとで何かしらの方法で機嫌を取ろうとは思う。
マリアも起きてきたので、僕は魔法の実験を打ち切る。
とりあえず、魔法《コネクション》を部屋の隅に設置することができたので、実験の成果はあった。しかし、魔法《コネクション》を維持するのに魔力を常時失うのは予想外だった。たった一つ維持するだけで最大MPが100ほど減っている感じだ。魔法の使用条件にも、色々とあるみたいだ。
ラスティアラは早朝から姿を消していたと思いきや、少し時間が経ってから大きな麻袋を持って戻ってきた。どうやら、迷宮で使うであろう道具を詰め込んできたようだ。
僕は自分の『持ち物』について、どこまで説明しようかと迷った。
ディアは薄々気づいているかもしれないが、未だ誰にも教えていない能力だ。少なくとも、まだ全ての情報をマリアとラスティアラに明かそうとは思わない。
だが、ラスティアラの様子からして、いつかは迷宮で長期戦を行う場合もあるとわかる。そのときになれば、どうしても『持ち物』を二人の前で使う場面が出てくるだろう。ならば、先にいくらかの情報を提示しておいたほうが、後々面倒なことにはならない。
「ラスティアラ。持ち物がかさばるなら、僕に貸してくれ」
「ん?」
「この魔法道具の袋、中が広いんだ。だから、細かいものなら僕が預かっててあげてもいいよ」
全ては明かさないが、少しだけ。
僕は手ごろな袋を通して、『持ち物』の力を『魔法道具の袋』と称して見せる。
「へえ、ふうん……。
「……それで、僕に貸すのか貸さないのか。どっちだ?」
「…………。頼もっかな。手が塞がらないのなら、それはとてもいいことだしね」
色々と察してはいるのだろう。しかし、深くは追求してこず、ラスティアラは麻袋から水や食料などを取り出して僕に手渡した。
それを僕は『持ち物』に入れていく。
ラスティアラの持ち物も含めると、僕の『持ち物』内の物資量は膨大だ。これだけあれば、マリアと僕の迷宮探索にも支障はないだろう。
これで準備は万端だ。
このまま迷宮に行こうと、僕は二人に声をかける。
「それじゃあ、マリア、行こうか」
「あ、はい、ご主人様」
マリアに装備を整えさせて、二人で家から出ようとする。
ラスティアラも、それについてくる。
その迷宮に向かう途中、ラスティアラが小声で僕を引き寄せてくる。マリアに聞かれたくない話をしたいようだ。
「――ねえ、キリスト。マリアちゃんも連れて行くの?」
「ああ、そうだけど?」
「ん、私の『
僕と同じ『表示』かどうかはわからないが、ステータスを見ることができるラスティアラは、マリアのステータスに不安を覚えているようだった。
「マリアは迷宮探索のための仲間だよ」
「でも、才能が全然足りないよ。スキルが多いわけでもないし、一番大事な『素質』も足りてない。深い層だと、すぐに通用しなくなると思うけど、いいの?」
ラスティアラは僕の人選を咎めた。
暗にマリアを家に置いていくことを薦めているのは、なんとなくわかる。
「別に、僕は才能だけを基準に選んでいるわけじゃないよ。マリアにだって、迷宮でできることはある」
「ふうん……。そう。ま、いいけどねー。マリアちゃんが死んでも私は知らないよ」
あっさりとした表情でラスティアラは、死んでも知らないと言った。
その生死観に物申したいが――実際のところ、ラスティアラのシビアな考え方の方が迷宮には相応しい。彼女の忠告を僕は真正面から受け止め、強く言い返す。
「マリアは死なせない。僕が絶対に」
「……それもいいと思うよ。そういう劇的なの、私は結構好き。悲劇的な結末でも、喜劇的な結末でも、私にはおいしいからね。うふふふふ」
「……悪趣味な」
「それはそれとして、ちゃんと迷宮の目標は立てているのかな。何の考えもなしに潜られると私の楽しみが少ないから、希望としては30層くらいを目指したいな」
「30層って、人類未踏の世界じゃないか……。とりあえず、僕たちは20層を目指してる――けど、マリアのレベルを考えると、数日はかかるかもしれない」
「数日、かあ……。それはちょっと私が困っちゃうかな。私としては20層までの敵なんて面白くもなんともないから、早く20層以降に行きたいんだよね」
「僕だって、早く迷宮を進みたい――」
「というわけで、私にいい案があるよっ」
そう笑って、ラスティアラは腰に下げた剣を手に取った。
僕の家から迷宮入り口は近いので、あの仰々しい大きな穴まで辿りつくのはすぐだ。ラスティアラは入り口前で、剣を鞘から抜いて言い放つ。
「まどろっこしいから、私が雑魚は蹴散らすよ。キリストは、マリアだけ見ていればいいよ」
その宣言と共に、ラスティアラは先陣を切って迷宮の中に入っていった。
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