35.英雄と真冬の雪


 広めの回廊に、所狭しと詰まった無数の獣たち。

 モンスターの『群れ』だ。


 それは僕の索敵能力がある限り、絶対に遭遇しない光景だった。

 複数のモンスターからの同時攻撃を受けてしまえば、適正レベル以上であっても、命を落とす危険がある。以前、酒場でモンスターの群れに遭遇して酷い目にあったという話を聞いたので、それ以来絶対に遭遇しないように気をつけていたのだ。


 迷宮の基本は、多人数で一体のモンスターを狩ること。

 最低でも一対一。鉄則である。

 ボス戦などの例外には目を瞑ってきたが、正直なところ、複数を相手取るのは割に合わないことが多い。


「ふ、ふふっ――、あはははははっ!!」


 そのモンスターの『群れ』の中、ラスティアラは笑い、一人だけで戦い続ける。

 数の暴力を相手に、こともなげに相手取る。


 その様子を遠く後方から、僕はマリアと一緒に眺める。

 ラスティアラの戦闘を、魔法《ディメンション》で拾って観察する。


 およそ、防御力なんてないであろう薄衣一枚を身に、獣たちの爪を涼しげにかわす。そして、かわし様に剣で斬りつけていく。それを繰り返すだけの作業。高レベルの剣術スキルを持っているにもかかわらず、その剣筋は雑だった。


 時たま、目を見張るような一閃を繰り出すこともあるが、行き当たりばったりな剣のほうが断然多い。剣を扱うのが上手いというよりも、身体を扱うのが上手いという感想が先にくる動きだ。

 魔法も扱えるのだろうが、使う様子は全く見られない。


 僕はラスティアラという人間の戦術を分析しながら、もう一人の人間も観察する。


「な、なんなんですか……。あの人……」


 マリアは呆然とラスティアラの戦闘を見ていた。

 そのマリアのステータスを『表示』させ、経験値の推移を確認する。


 大事な情報分析だ。

 ラスティアラの戦術分析よりも重要と言っていい。


 三人パーティーを組んで、迷宮に入るのは初めてだ。

 これがゲームならば、パーティー人数が変わったことで経験値の配分にも変動が生まれる。それがペナルティになるか、ボーナスになるか、はたまた分配方式が大きく変わるのか――確認しないといけない。


 ラスティアラに経験値拾得を担当してもらい、僕は三人の経験値の変動をつぶさに観察し続ける。


「ご主人様、あの人は一体……?」


 『表示』を使って分析をしているところで、マリアが僕に疑問を投げかけてくる。

 平行作業で分析しながら、その疑問に答える。


「僕もよく知らない。けど、特別な人間なのは確かだろうね。いまは迷宮を潜るのが大好きな騎士の女の子ってことだけ、わかっていればいいと思うよ」

「そう、ですか……」


 そして、マリアと話している内に、ラスティアラのほうも殲滅を終えたようだ。


 血に濡れた剣を振り払いながら、ラスティアラはこちらに悠々と歩いてくる。ちなみに、ほとんど返り血を浴びていない。まだまだ余裕がある様子だ。


「はぁー。やっと終わったよー。ちょっと疲れたかなー」

「だから、迂回しようって言ったじゃないか」

「迂回すると遠回りになるからだ。まずは、さくさくと奥へ行こう」

「全く……」


 ラスティアラは低階層にいることを嫌い、最短距離の道を塞いでいたモンスターの群れを単身で切り開いたのだ。


 僕は迂回を提案していたのだが、これはこれで助かった。

 常にいくらかの経験値が手に入る状態というのは、分析に好都合だ。


 おかげで暫定的にだが、四つ。

 ルールが確定した。

 

 1.一人だけが戦い、他の者が休んでいる場合でも、しっかりと経験値は三人に入ること。

 2.パーティーシステムの届く距離は、二人でも三人でも、大して変わらないこと。

 3.複数人のパーティーだと、僅かなペナルティがかかっていること。

 4.経験値の分配方式は、二人のときと変わっておらず、依然として等分されていること。


 それなりにパーティーシステムの傾向が掴めてきたと思う。


「よし。それじゃあ、次の層へ行こうか」

「行こっかー。私が先導するねー」


 そう言ってラスティアラは、また先頭を切って迷宮を進んでいく。

 かなり早足になっているのは、やはり早く奥に行きたいからなのだろう。


 僕は玩具コーナーに直行する子供を見るような気持ちで、ラスティアラの後ろをついていく。そこで、ふとマリアのことが気にかかる。


 ラスティアラの早足は中々のものだ。常人ならば、すぐに息が切れてしまうほどの速さである。僕は大丈夫だが、マリアのステータスだと疲労が溜まっているかもしれない。

 そう思い、マリアのほうに目を向けると――彼女の顔が青ざめていた。


「ど、どうしたんだ? マリア……!」


 マリアは僕のすぐ後ろを歩き、その手は今にも僕の裾を掴みそうなところだった。


「ご主人様は……、なんとも思わないんですか? いまのラスティアラさんを見て……」


 どうやら、先ほどの戦いを見て、強い恐怖心を抱いているようだ。

 確かに、実力の低い者が見れば、ラスティアラは圧倒的な暴力の塊に見えてしまうだろう。以前の僕も、ラスティアラには不気味な空恐ろしさを感じていた。


「そうだね。確かにラスティアラは、ちょっと怖いやつかもしれない。……けど、あれで、結構純心なところもあるし、悪いやつじゃない」


 物は言い様だと、自分で思ってしまう。

 悪いやつじゃないかもしれないが、面倒なやつなのは間違いない。


「純心だから、恐ろしいんです……」


 僕の言葉を聞いても、マリアは恐怖を拭えないようだった。

 純心だからこそ恐ろしいと表現した。ラスティアラが、無邪気に虫を踏み潰してそうなタイプであるのは、僕も感じていることだ。気持ちはわからないでもない。


「大丈夫だよ。何かあっても、マリアは僕が守る。僕はラスティアラからマリアを守れるくらいには強いつもりだよ」

「え? ご主人様は、あのラスティアラさんに勝てるんですか……?」

「必勝とは言わないけど、かなり有利だとは思っているよ。あいつは精神的な隙が多そうだし、剣の技量も劣ってる気はしない。だから、大丈夫」


 僕はマリアに安心してもらうため、勝率を水増しして、優しく語る。

 正直、ラスティアラと僕に大きな差はないだろう。


 差ができるとすれば状況だ。

 マリアを守りながらの戦闘なら不利。

 僕一人で自由に戦えるのなら五分。

 そんなところだ。


 とにかく、マリアには安心してもらいたいので、余裕を演じて続ける。


「そうだとしても……。本当なら、私がご主人様を守らないといけないのに……」


 とりあえず、僕がいればラスティアラは大丈夫ということは信じてもらえたようだ。少なからず、怯えた様子が消えた。


 ……はずだ。マリアは見栄や虚勢を張るのがうまいので、正直自信はない。


 そして、次は自分の立場について悩み出しているマリアだった。

 また奴隷か友達かの話になるかと思い、すぐに僕は言葉を返す。


「いや、それはいいよ。何かあったら、マリアは自分のことだけを考えてくれたらいい」

「それはいい……? それって、つまり――」


 それを聞いたマリアは、何かに辿りついてしまったような顔をする。

 しかし、すぐに表情を消して、首を振った。


「いえ、何でもないです……」


 マリアの心が読めなくなる。

 こうなってしまっては、彼女が何を思い立ったのか、僕にはわからない。


 マリアは表情を変えて、笑いながら話をしていく。


「結局は、私の力が足りていない……。そういうことですよね。それに、よく考えれば、あのラスティアラさんが悪い人じゃないのは、私もよくわかっていることでした。むしろ、彼女は良い人です」

「え? そ、そう?」


 自分で悪い人ではないと言っておきながら、良い人と言い切られると納得しかねる僕だった。


「昨夜は、あの無邪気な人と同じベッドで、延々とお話しましたからね。ラスティアラさんの人柄は、私のほうがわかっていると思いますよ。なぜか私、無駄に気に入られていますから」

「確かに……。あいつ、おまえのこと、かなり好きみたいだな……」


 マリアは表情を明るくする。

 どうやら、足取りも軽くなったみたいだ。

 僕の後ろから前に出てきて、躊躇なく迷宮を進み始める。


「では、早く行きましょう。ラスティアラさんに置いていかれます」

「ああ、行こう」


 そのマリアの背中を見ながら、僕も迷宮を進んでいく。


 後ろを歩いているので、マリアの顔は見えない。

 いや、《ディメンション》を使えば、その表情は簡単に確認できる。しかし、その心の表情は決して見えないだろう。


 この状況で無理に内心を聞き出せるほど、僕は強気な性格をしていない。

 けれど、これから何が起きてもマリアだけは守るだけと心に誓い、僕は歩いていく。

 迷宮の奥底に向かって――



◆◆◆◆◆



 何度も迷宮に挑戦していく内に、モンスターへの対応も慣れてきた。


 20層に近づくにつれ、特に感じる。

 そもそも、出現するモンスター自体が、見慣れた・・・・ものなのだ。


 元の世界で多くのゲームをしてきた僕にとって、完全に初見となるようなモンスターは多くない。少なからず、似たようなものをどこかで見ている。


 その非現実さに最初は面を食らっていたものの、いまとなっては新しいモンスターが出ても、「あ、こいつはあのゲームのモンスターに似ているな」と思う余裕がある。


 対して、隣のマリアやラスティアラは新しいモンスターが出る度、その異形さに心底から驚いていた。


 こうして、多種多様なモンスターと戦いながら僕たちは、マリアが非戦闘員になってしまうような深い階層まで辿りつく。


 奥に進みすぎだと忠告しようと思ったが、言い出すタイミングを掴めずに19層だ。

 なにせ、たまに現れるモンスターは全てラスティアラが瞬殺。その上で、ラスティアラを含めた僕たち三人は未だ無傷。進むのを止めようと思っても、説得力のある言葉が思いつかなかった。


 僕たち三人が19層の『正道』を歩いていると、通路を隙間なく塞ぐほどの巨体のモンスターが現れる。


 蹄のある二本足で立ち、下半身を焦げ茶色の体毛で覆い、上半身は筋骨隆々な人間に近く、頭部は牛の形をしている。目つきは悪く、その両手には巨大な斧を握り締めている。


 ミノタウロス……?


「おぉー。なにこれ。変なモンスターだね」

「き、気持ち悪い……。大きい……」


 ラスティアラとマリアは初めて見るモンスターに愕き、僕は無言で『表示』による情報収集を行う。



【モンスター】カーマインミノタウロス:ランク20



 やっぱり、ミノタウロスだった……。

 言語が翻訳されているからこそ、名称がニアピンしているのだろうが……。

 この見知らぬ異世界で、慣れたものが出てくるのには少し違和感がある。


 僕は手に入れた情報を、ラスティアラに伝えていく。


「モンスターのミノタウロスだ。おそらく、パワータイプだと思うけど、どっちが行く?」

「今度は私がマリアちゃんを守ろうかな? 下がりきってるマリアちゃんの好感度に、そろそろ危機感を抱いているわけで」


 意外にも、ラスティアラが戦闘を僕に譲る。

 見たことのないモンスターがいれば、迷わず斬りかかっていた彼女だったが、その所業のせいでマリアから引かれていることに、ようやく気づきはじめたようだ。


 それを聞いたマリアは、ぴしゃりと断る。


「いえ、結構です。それなら一人の方がマシです」

「うぁ! いつの間にか、そこまで嫌われてる! 昨日は一緒に寝た仲なのに!」

「あれは拘束されたと言うんです」

「うーん。けど、そうツンツンされると、こっちもうずうずしちゃうなあ」


 ラスティアラはマリアに喋りかけながら近づいていき、最後には抱きついた。


「わ! ちょっと、なんでくっつくんですか!? 時と場合を考えてください!」

「これでよし。キリスト、こっちは任せて」


 あれがラスティアラにとっての護衛らしい。

 迷宮で仲間と遊ぶのもあいつの目的の一つだ。あれで楽しいのだろう。


 ラスティアラは嫌がるマリアを片腕で抑え込んでいる。マリアの筋力はかなりのものになったが、それでもラスティアラの高ステータスの前には無力のようだ。あれならば、僕が危機に陥ったと勘違いして、マリアが飛び込んでくることもなさそうだ。


 僕は安心して、ミノタウロスのほうに向き直る。


 息を荒くしたミノタウロスが、もう間近に迫っていた。


 ランク20。

 ここまでの高ランクを相手にするのは初めてだ。


 これまでの経験上、ランクという存在は適正レベルを表していると考えもいい。酒場で得た情報の適正レベルと『表示』で現れるランクは、いつも近い数になっている。つまり、このミノタウロスは普通ならば20レベルの探索者が相手するモンスターだということだ。


 昨日レベルが上がって、僕は11レベルになったものの、まだ数値差は9ある。

 だが、元々僕のステータスは20レベルの人と比べても遜色ない。


「――魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》、魔法《フォーム》」


 三メートルほどの大きさはある大斧が、僕の身体に向かって振り下ろされる。

 それを次元魔法を構築しながら、すれすれのところでかわす。

 あえて紙一重を狙って、すれすれでかわしているのではない。ここまで深い層になると、少し余裕がなくなってきているのだ。


 一人の僕ならば、じっくりとレベルを上げて、勝率100パーセントの自信をもって戦いたい相手である。だが、今回はラスティアラがいる。


 危険になれば、僕と同等の力をもったラスティアラがフォローしてくれる。さらに重要なのは、ラスティアラが回復魔法を使えるということ。本人は魔法が好きではないので滅多に使わないが、もし怪我を負ったとしても彼女が回復してくれるという安心感は大きい。


 以前は怪我を負えば、地上に帰還するしかなかった。だが、いまは多少の怪我を負っても、探索を続行できる。つまり、多少のリスクを負ってもいいということ。


 僕は大怪我だけは避けながら、ミノタウロスの斧を掻い潜っていく。平行して、大量の魔法《フォーム》を敵の身体に付着させていく。


 こういった贅沢なMPの使い方ができるのも、ラスティアラと戦闘を半々にしているからだ。パーティー様々である。


 魔法《フォーム》を身体に付着させてしまったミノタウロスは、もはや僕の身体を捉える可能性はないだろう。この魔法の泡が付着すれば付着するほど、僕の空間把握能力が上昇していくのは、昨日のセラ・レイディアント戦で確認済みだ。


 ミノタウロスの斧に脅威がなくなったことを確認して、僕は次の魔法実験を行う。


「――魔法《フォーム》、魔法《フリーズ》」


 一際大きな泡を作りだし、その中に魔法の冷気を閉じ込める。以前は部屋の気温を下げるだけだった魔法《フリーズ》だったが、魔力が上がったことと泡の中に凝縮することで、比べ物にならない冷気と化していく。


 僕は戦いながら、魔法の構築を終える。


 そして、それを他の泡に紛れさせ、ゆっくりとミノタウロスの足元まで移動させる。

 ミノタウロスは無数に存在する泡の一つ一つまでに注意を払っていない。何の問題もなく、新魔法はミノタウロスの足に着弾した。


 中に封じ込められた冷気が迸り、ミノタウロスの足と地面が凍りつき、接着される。唐突に足をとられたミノタウロスは、体勢を大きく崩す。


 魔法《フォーム》と魔法《フリーズ》の合わせ技――


「――魔法《次元雪ディ・スノウ》」


 ――ってところだ。成功してよかった。


 先日、氷結魔法《リトルスノウ》を拾得できなかったことが少し悔しかったので、似たものを編み出したのである。


 これで実験は全て終了だ。

 大きな隙を見せたミノタウロスに飛び掛り、その首を斬り落しに行く。


 僕の剣は、首の骨に阻まれるところまで抉りこんだ。レベル差で、刃が通らないかと危惧していたが、まだまだ大丈夫なようだ。やはり、剣そのものの力が大きい。


 僕は首を絶つことを諦め、血管を斬るように剣を引く。

 ぷつりと筋を断った感触と共に、ミノタウロスの首から間欠泉の様に血が噴出し始めた。


 攻撃を受けたミノタウロスは怒り狂いながら大斧を振り回す。しかし、怒りのためか、精彩を欠いた攻撃だ。力強さはあっても、技と速さが落ちている。


 今度は故意に、それを紙一重でかわして、ミノタウロスの両目を潰す。


 これで詰みだ。

 大量の血液を失っていくミノタウロスを相手に、僕はかわすことだけに集中する。敵は目が潰れてしまい、滅茶苦茶な動きになっているので余裕だ。せっかくなので、飛び散る血にも当たらないように注意を払う。


 こうして、隙を見ては軽い攻撃を重ねていく内に、ミノタウロスは力尽きる。

 例のごとく、光となって消え、赤い魔石が落ちた。


 ラスティアラのようにはいかなかったが、ランク20相手にまずまずの結果だ。


 僕は経験値を確認する



【経験値】

 7122/25000



 深い層となると、三人で割っていても一体で数百の経験値が手に入る。

 次に僕は魔石を拾って、その詳細を確認する。



【準三位炎魔法石】

 炎の力の宿った高濃度の魔法石

 炎属性のモンスターからドロップする

 宿るは『怒り』



 飲んだら魔法を覚えられそうであるが、いわば生ものだ。

 恐ろしくて口にはできない。


 準三位炎魔法石を眺めていると、距離をとっていたラスティアラとマリアが戻ってくる。


「お疲れ、キリスト。20層は早いとか言っていたけど、余裕じゃん」

「いや、僕にとって、いまのは余裕じゃない。良い勝負だ。もっと圧勝じゃないと……」

「え? いまのより圧勝って……それは麦を刈るようなものに近いんじゃないの?」

「僕はそれくらいがいい」

「うわぁー……」


 麦を刈るように、迷宮の『最深部』まで辿りつく。

 そんな僕の理想を聞いたラスティアラは、わかりえないと言いたげな顔で僕を見る。


「ラスティアラの理想と合わないのは知ってるよ。けど……だからこそ、僕らは合うんだ」

「いや、考え方が合わなきゃ合わないでしょ」

「一緒に迷宮を探索するとして、危険そうなのは全て君に譲るよ。そのほうが君は楽しいんだろう? 僕は安全なところで、そのおこぼれを堅実に頂く。ほら、誰も損してない」

「ま、まあ、そうだけどね……。でも、んー、なんか思ってたのと違うなあ……」

「現実とは得てしてそういうものだよ」

「えぇー」


 僕は軽口を叩き合いながら合流し、さらに迷宮の『正道』を進んでいく。

 マリアは一安心した様子で、僕に怪我がないかの確認している。


 僕が戦う度に、その確認をするつもりなのだろうか。マリアは……。


「マリア、僕に怪我はないよ。毎度毎度、そんなに気にしなくていい」

「い、いえ。気にしてるわけでは……」


 僕から見ても、マリアが僕の安否を異常に気遣っているのはわかる。

 もしかして、僕が死んでしまったら、ラスティアラへの防波堤がなくなるとでも思っているのだろうか。


 僕はマリアの頭を撫でて、「心配ない」と笑う。


 するとマリアは顔を赤くして、僕を睨んだ。

 子ども扱いをされて怒っているのかもしれない。僕は慌てて手を離して、迷宮の奥に身体を向け直し、ラスティアラに話しかける。


「なあ、そろそろ20層なのか?」

「そうだよ。あと少しあと少し」


 ここまでずっとラスティアラが先導している。それはラスティアラの気性だけが理由ではない。ラスティアラは人類の限界である23層まで、一人で踏み入った経験があるらしい。無論、『正道』を基本としているものの、いまのように『正道』に割り込んでくるモンスターもいる。層が深くなれば深くなるほど、その傾向は強くなる。それでも、23層まで辿りついた経験は心強い。


 僕とマリアは、ラスティアラに導かれながら歩いていく。


 19層を歩き終わるまでに、何度かモンスターの襲撃があった。

 ただ、現れても単体なので、僕かラスティアラのどちらかで問題なく処理できる。


 そして、何度かのモンスターの襲撃を乗り越えた僕たちは、とうとう20層手前まで辿りつく。

 僕は何が起きても対応できるように、魔法《ディメンション》を張り巡らせる。

 僕たちは、ゆっくりと20層に下りていく。



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