9.パーティー
産業革命でも起こせば、こんな迷宮すぐにでもクリアできるかもしれない。
昨日の夜に色々と考えてみた結果、そんなことを考えていた僕だった。
異世界人としての強みを発揮するのは大切だ。
この世界の文化レベルに貢献することで、魔法ではなく機械などを用いて迷宮をクリアするのもいい。
けれど、そんな時間も人脈もないのが現実だ。
そもそも、物理法則からして通用するかどうか怪しいというのもある。いつかは試そうとは思うが、お金がなければできない話だろう。
こうして、またもやお金の壁にぶちあたり、渋々と町に散策へ出かける。
――世の中、金である。
街中では基本的に、文化の確認を公的機関で延々と行う。
他には、武器屋や道具屋といったこの世界ならではのお店を見て回る。
中には魔法屋なんて名前の『魔法使いのためのお店』もあったが、どの店も高価すぎて僕の財力では話にならなかった。
地味な情報収集作業だが、観光と思えば、さほど苦には感じない。
すぐに時間は過ぎ去り、酒場での仕事が開始となる。
昨日と同じく、喧騒の中で雑用をこなしていく。
仕事内容は変わらないが、昨日と全く同じことをしているわけではない。
『表示』の新しい活用だ。
モンスターを『注視』することで、そのモンスターの情報が『表示』されていたことから、人間に対しても同じことができないかと試したところ――成功した。
例えば、顔に大きな傷のある大男を『注視』すれば、
【ステータス】
アルヴィン・コールズスン HP165/172 MP0/0 クラス:剣士
レベル11
筋力6.72 体力4.54 技量2.01 速さ1.78 賢さ1.32 魔力0.00 素質0.67
大男アルヴィン・コールズスンの情報が『表示』される。
プライバシーなんて皆無である。
だが、これが意外にも楽しいのだ。
僕は調子に乗って、来店する客全ての強さを確認していった。
色々な人を観察していくことで『表示』の扱い方の理解が深まっていくのもあるので、やめる理由がなかった。
そして、『表示』をする際に条件をつけられることも見つけた。
人物の情報を『表示』する際に、名前とレベルとスキルだけ知りたいと強く思えばこうなる。
【ステータス】
アルヴィン・コールズスン レベル11
先天スキル:裁縫1.10
後天スキル:剣術1.23
この男、どうやら裁縫が得意らしい。
その大きな身体とのギャップに小さく笑う。
こうして、今日は様々な人を観察し続けていき――
そんな中、見知った顔を見つける。
昨日の閉店時に知り合った女の子みたいな少年だ。
フードで顔を隠しているが、暇があれば魔法《ディメンション》を使い続けているので、すぐにわかった。
カウンター席で軽食を頼んでいた。
注文はリィンさんが取ったようだ。仕事中なので話しかけるわけにはいかないが、とりあえず名前とスキルを確認するために『注視』する。
【ステータス】
ディアブロ・シス レベル1
先天スキル:神聖魔法3.78 神の加護3.07 断罪2.00 集中収束2.02
属性魔法2.09 過捕護2.00 延命2.23 狙い目2.02
後天スキル:剣術0.09
???:???
「――へ?」
開いた口が塞がらない。
朝から数十人ほどのステータスを見てきたのだが、ここまでふざけているのは初めてだった。
スキルは一人に対して、一つか二つが普通である。
熟練の冒険者ぐらいになると三つ持っているというときもある。
その数値は0.00から2.00の間ばかりで、僕以外に3.00を超えたスキルを持っているのは一人もいなかった。
なのに、この少年はスキルが九つあり、そのどれもが高い数値を誇っている
なにこれ……。
「こらっ、キリスト君! ぼうっとするな! 店長が裏で皿洗えってさ!」
リィンさんが足が止まっている僕を見咎め、声をあげる。
「は、はい!」
どうやら、厨房のほうが忙しくなっているようだ。
僕は気になりながらも、お店の奥に引っ込んでいく。
そして、厨房に溜まった汚れた皿たちに辟易しながら仕事をこなしていく。
その最中、あのディアブロという名前の少年が頭から離れない。
冗談みたいな才能だった。言うなれば、世界に優遇され過ぎている存在。この世界はゲームという前提で考えるならば、あの少年は何かしらの重要な役割を持っている可能性が高い。
もしくは、僕と同じような事情を抱えている可能性もある。それとなく自己紹介の機会を見つけ出して、お話がしたくて堪らない。
皿洗いを黙々と続けながら、頭の中でディアブロとの会話をシミュレートしていると、店のテーブル席のほうから大声があがる。
元々、喧騒の絶えない酒場ではあるが、昨夜に聞いたディアブロの声が耳に留まった為、僕は様子を見にいく。
「――はははっ! レベル1のガキなんかと組んでも、何の得にもなりはしねえよ。足を引っ張られて殺されても困るぜ」
一人の男が大声で笑い、周囲には人だかりができていた。
「確かにレベルは低いっ! だが、剣には自信があるし、簡単な魔法なら少しは使える!」
その渦中、少年が男に対して、ソプラノの声で反論していた。
金色の髪の少年だ。
少し戸惑ったが、ディアブロで間違いないようだ。昨夜は滑らかな長髪だったのに対して、今日は肩口あたりで髪が切り揃えられている。そして、後ろ髪を束ねているため、昨夜とは印象が異なり、美少年のように見える。
その美少年ディアブロに向かって、大笑いする男の隣に座っている大人の女性が、なだめるような声で説明していく。
「あー、魔法が使えるのは大したもんだ。ただ、レベル1なんて、そこらのちびっ子よりも低いレベルだ。というよりも、普通はありえない。親の手伝いとか、普通の生活を送っていたら、君の年齢ならレベル3ぐらいにはなっているはずだ。にも関わらず、君がレベル1ならば、何の苦労もしたことがないボンボンか、何かしらの問題を抱えている子供だと私たちが判断するのは無理もないことだろう?」
「そ、それは……!!」
女性の理知的な答えに、ディアブロは言葉を詰まらせて黙るしかなかった。
「そうだぜ。レベル1なんてありえねえ。はははっ、逆にレベル1を見つけるほうが難しいっつーの! はははははっ!」
女性の知人であろう大男は言い返せなくなったディアブロを見て、さらに煽り立てる。
どうもこの男、ディアブロをからかって楽しみたい様子だ。
とばっちりで、つい最近までレベル1だった僕も傷つく。
「だ、黙れっ! 舐めるなよ! レベルが低くても俺は戦える!!」
ディアブロは煽られるまま、男に掴みかかる。ただ、それを男は簡単にいなし、重ねて侮辱していく。ディアブロも頭に血が上ったのか、子供みたいな悪口を言い返して暴れようとする。
誰も止めようとする者はいない。
小競り合いはいつものことだと思っているのだろう。しかし、僕にとっては違う。このディアブロという少年は
他者の才能を盗み見れる僕にとって、彼は利益を期待できる素材だ。
見たところ、ディアブロはまるで男に歯が立たない。ここはディアブロに恩を売るタイミングだと僕は思い、近づこうとする――が、その前に見かねたリィンさんによって遮られてしまう。
「はいはいっ。そこまで。遊びに来てるのなら帰ってください。子供相手に大人げないんですから」
リィンさんは呆れながらも慣れた様子で男を嗜める。
「おいおい。俺たちは酒場で迷宮探索のパーティーを探していただけだぜ? 条件に合わない子供が突っかかってきていたから、先輩として色々と教えてあげていただけさ」
「なら、勉強はもう十分でしょう。ほら、そこの君も短気はやめて」
そう言いながらリィンさんは男とディアブロを引き離す。
「くそっ」
これ以上は意味がないとディアブロは悟ったのだろう。
ここでの代金をリィンさんに渡し、酒場から出て行こうとする。
「そのレベルじゃあ、誰もパーティーは組んでくれやしないぜ。もっと別なことを考えるんだな」
男はディアブロの背中に追い討ちをかける。しかし、リィンさんはそれを咎めない。リィンさんもだが、ここにいるほとんどの者が男と同意見なのだ。ディアブロは舌打ちをして酒場から出て行った。
「――ディ、《ディメンション》」
咄嗟に小声で魔法を唱える。
ほとんどのMPを注ぎ込んで、魔法《ディメンション》を限界まで拡げる。
そして、ディアブロがどこへ向かっているのかに集中する。
逃がす気はない。
僕の迷宮探索の算段を半分ほどに短縮できそうな逸材だ。
「はーい。それじゃあ、みんな席に戻って戻って。キリスト君も、見てないで仕事に戻って」
「……はい」
注意をディアブロに割きつつ、仕事に戻る。
あとは昨日と同じ通りの仕事を行い、店は閉店の時間となっていった。
◆◆◆◆◆
あの後、ディアブロが迷宮に入ったのを《ディメンション》で確認した。
だが、ボロボロになってすぐに出てきたので、成果が上がっていないのは一目瞭然だった。
閉店後、店長と料理の基礎のすりあわせを行い、軽い料理を作らせてもらった。
それがそのまま賄いになり、お店のテーブルに広げる。
僕は予定通り、暖かいところでへこんでいるであろうディアブロを探しに行く。
最後のMPを使い切り、蹲っているディアブロを捕捉する。
「……おなかすいた」
お腹を鳴らせて意気消沈していた。
そこに僕は偶然を装って声をかける。
「……また会ったね」
「……!? ああ。あんたは、酒場の店員だっけ……?」
「うん。今日もお金がないの?」
「見ての通り、食うものにも困ってる有様さ」
ディアブロは自嘲しながら肩をすくめる。
「丁度よかった。料理が余っているんだ。どう、食べる?」
「料理が余る……?」
少しばかり怪しんでいるようだ。
すぐに僕は用意していた台詞で返す。
「僕は閉店後、あの酒場で料理の練習をさせてもらってるんだ。それで今日は失敗作が余っていて、処理に困っているわけ」
「ああ、そういうことか。あんた、あそこの見習いなんだな。でもいいのか? そういうのって、あまり分け与えていいものではない気がするけど」
「その通りだけど……。実は今日、君が起こした騒ぎに僕も居合わせていたんだ。すぐに店員として諌めなければいけなかったんだけど、僕が不甲斐ないばかりに何もできなかった……。なんか君に申し訳なくて、それで……」
「ああ、見てたのか。別に俺は気にしていない。……けど、飯はもらう。もらえるものは何でももらうぞ、俺は」
理由がわかり、ディアブロは安心した様子で立ち上がる。
少し不審な点はあったかもしれないが、食べ物で上手く釣れたようだ。
僕たちは軽い話をしながら酒場に戻り、二人で食事を取っていく。
味は好評で、ディアブロは僕が作ったことに驚いていた。
もしかしたら、この世界では料理の文化レベルがあまり進んでいないのかもしれない。
「――ほんと美味いな。……そういえば、あんた、迷宮経験者らしいな。女の店員から聞いたよ」
「まあね」
僕は仕事中、半袖になっているときがある。
そうなると例の火傷跡が見えてしまうので、お客で興味を持った人はリィンさんあたりに事情を聞く。ディアも、その一人だったようだ。
「どこまで行ったことがあるんだ?」
ディアブロの興味は迷宮にあった。
自然と話題はそれに流れていく。
その途中、僕は焦らないように言葉を選ぶ。
「一人で挑戦して、1層で大怪我を負った。それ以来は潜ってないよ」
「へえ、あんたもソロだったのか」
ディアブロの顔がほころぶ。
同類を見つけて喜んでいるのかもしれない。
「仲間に恵まれなかったからね……」
「そっか……」
注意深くディアブロの表情を窺う。
彼の考えていることを予想し、誘導していく。
その後は自分たちの迷宮に関する知識、レベルやステータスについて話をしていった。
そういった話をいくらか重ねていき――とうとう、待望の言葉をディアブロから引き出すことに成功する。
「――なあ。良かったらだが、俺と一緒に迷宮へ行ってみないか?」
おずおずと不安な様子でディアブロは僕を誘った。
これ以上時間がかかるようならば、僕から誘うところだった。すぐに僕は何の迷いもなく、ディアブロの勧誘を受ける。
「そうだね。それも悪くない。実力も近いようだし、助け合うのはいいと思う」
「そ、そうかっ! ありがとうな……!!」
「ただ、夜は酒場で働くからね。朝の短い時間だけの手助けになるよ」
「いや、いいよ! 全然問題ない! 本当に助かる!」
ディアブロは満面の笑みで感謝し続ける。
どうやら、長い仲間探しの苦労から感慨深さもひとしおのようだ。
僕も表情には出さないが、心の中でガッツポーズをとっている。
なにより、自然を装って、さらに恩を売った形で協力者を得たのは大きい。この世界や迷宮に関しての知識のある協力者がいれば、予想外の問題に対応しやすい。
「それじゃあ、明日からでいいか!?」
「ああ、いいよ。僕の名前はキリスト・ユーラシア。キリストって気軽に呼んでくれ」
「わかった。俺の名前はディア、姓はない。ただのディアだから、呼び捨ててくれ」
最後に自己紹介を終えて――僕の名前に対して、リアクションは何もなかった。
ふざけたステータスとスキルだったから、僕の世界出身というのを少しだけ期待していたが、そう簡単な話にはならないようだ。
あと、自己申告しているものと名前が違う。
彼の『表示』にはシスという姓が確かにある。
この世界の姓がどういった流れを経て付けられているかにもよるが、ディアが嘘をついているようにも見えない。もしかすると、将来に彼が名乗るであろう名前を先取って『表示』しているという可能性もある。
このゲーム的な『表示』。
どこか落とし穴がありそうだ。
「えへへっ」
僕という仲間を得てディアは嬉しそうに、はにかむ。
その中性的な美形顔も相まって、その顔はそこらの女の子より何倍も可愛らしい。僕もなよなよとした男らしくない顔だが、彼ほどではない。『表示』を使って性別を確認できないかと試してみたが、性別が『表示』されることはなかった。だが、そう困ることもないだろう。彼は自分を女の子じゃないと言った。ならば、それに合わせるのが一番だ。
「えっと、よろしくね。ディア」
「おうっ!」
そして、代わりに『表示』されたのは、この一文。
【パーティーにディアブロ・シスが加入しました】
パーティーリーダーは相川渦波です
その後、ディアから料理のお礼を貰い、普通に僕たちは別れた。
寝床について聞くと普通に野宿だと言われたが、いまの僕にはどうしようもできない。この閉店後の酒場に入れているだけでも良くないことなので、これ以上のことは難しい。
酒場の隅で僕は明日について想いを馳せていく。
攻略方法を詰めていきながら、眠りについた。
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