10.やっと迷宮リベンジ


 早朝に必需品などの買い物を行い、朝食を酒場でとる。

 そして、時間に余裕をもって、僕は待ち合わせ場所になっている教会に足を運んだ。


 そこには聖書のようなものを詠んでいる神父と、祈りを捧げている多くの人々の姿があった。その中に、ディアも混じっている。


 この世界では、神に祈りを捧げる人が多い。

 単純に宗教を信仰している人々も多いが、信仰心のない冒険者までもが熱心に祈りを捧げている。それは、この祈り自体が《レベルアップ》という魔法の一部となっているからだ。神父の詠唱の中には、通常の教え以外にも《レベルアップ》を促す術式が含まれており、そのために様々な事情を抱える人が教会に訪れる。


 何もしてくれない僕の世界の神とは違うようだ。

 無償で《レベルアップ》をしてくれる宗教ならば、連合国なんてものができてしまうのも少し納得だ。


 祈りを終えたディアは神父と少しばかり話をしたあと、来訪した僕を見つけて近寄ってくる。


「――キリスト、もう来てたのか」

「おはよう。早いね、ディア」

「もしかしたら、レベルが上がっていないかなって思ったんだけど……そんなことはなかったみたいだ。はあ」

「そっか。残念だね……」


 答えつつ、それとなく僕はディアのステータスを確かめる。



【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP39/52 MP431/431 クラス:剣士

 レベル1

 筋力0.59 体力1.12 技量0.92 速さ0.88 賢さ1.34 魔力23.25 素質5.00 

 状態:加護1.00

経験値:89/100



 見たところ、あと少しでレベルアップしそうではある。

 そして、相変わらずだが、ふざけたステータスをしている。

 魔力。特に魔力。


 僕たちは迷宮での連携について話をしながら、迷宮に向かっていく。


「それで、僕はモンスターの注意を引きつければいいんだっけ?」

「悪いけど、頼む。力のない俺じゃあ、普通の攻撃でモンスターにダメージを与えられないみたいなんだ。だから、今回からは魔法を使おうって思ってる」


 どうやらディアの剣ではモンスターを倒せないらしい。

 だから、あんなにも仲間にこだわっていたようだ。せっかくモンスターに通用する魔法を持っているのに、ソロでは有効活用できないのならば納得だ。


 ただ、それってもう剣士じゃなくね? 剣、置いていったほうがよくね? と思ったが、口には出さないでおいた。どうやら、ディアは真剣に剣士を目指しているようである。


「わかった。けど、僕は前で避けることに集中するね。……できるだけ、怪我はしたくないから」

「ああ、それでいい。前衛をしてくれるだけで、こっちは段違いだ」

「……まあ。たぶん、これが一番良い陣形だろうね。僕は索敵と撹乱に向いているから」

「レベルが上がれば俺も剣で戦うから、それまでは我慢してくれ」


 いや、君は魔法に集中していたほうがいいと思う。けど、口には出さない。口に出せば、なぜそう思うのかと聞かれたとき、『表示』について説明しなければ答えられないからだ。


「じゃあ、僕が先頭で敵を探すよ」


 話をしている内に迷宮の入り口まで辿り着く。

 フーズヤーズの綺麗な迷宮入り口とは違い、かなり荒れている。ヴァルトの入り口には警備兵もいない。


「よし、行こう」


 こうして、僕は二回目の迷宮に挑む。


 心がざわついていた。

 不安と恐怖が渦巻いている。

 それを僕は必死に覆い隠す。


 今日までに情報は集めに集めた。

 モンスターについて、本で調べ尽くした。

 酒場で冒険者達の体験談をたくさん聞いた。

 装備は適切だし、道具も揃っている。

 少し心許ないが、才能に溢れて信用もできる相方がいる。

 『表示』しながら、別の行動もできるようになった。

 魔法にも慣れたし、応用もできる。

 挑戦するのに申し分はない――


 今日まで積み重ねたものを心の中で確認することで自らの精神を落ち着かせ、迷宮の奥に進んでいく。



 ◆◆◆◆◆



 一匹目のモンスターはリッパービードルだ。


 『正道』を外れ、少し進んだところでそいつに遭遇した。

 ヴァルト方面一層の北部は虫系のモンスターが多いので、予期していたモンスターの一匹である。


 魔法《ディメンション》の索敵能力で先手をとり、魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》という応用魔法で相対する。この魔法は、魔法《ディメンション》のイメージを戦闘に特化させたもので、索敵能力の範囲などは下がるが、戦いに必要な距離感や注意力を格段に上昇させる。


 魔法はイメージによって、その姿を変える。

 そのいい例だ。


 この応用魔法によって、僕はモンスターの一挙一動を見失うことはない。


「ディア、こいつ一匹だ。予定通りにいこう」

「わかった!」


 あらかじめ示し合わせていた連携通りに動く。

 ディアは魔法を放つための詠唱に入り、僕はモンスターからディアが見えない様に立ちふさがり、剣を正眼に構えた。


 敵の攻撃を剣で弾き、逸らし、かわす。

 それに集中しながらも、ディアにモンスターが向かわないように注意する。


 その最中、リッパービードルが僕に向かって突進してきた。

 それに対して、僕は全力で剣を打ち下ろして、突進を止める。


 魔法の効果もあって動きは見えている。

 危険であろうリッパービードルの角二本は、僕に掠ることすらない。

 久しぶりの戦いだったが、一度は戦ったことがあるモンスターということもあって緊張せずに対応できた。


 なにより、以前よりも段違いに弱く感じる。

 レベルアップによって速さが上昇し、モンスターが遅く見えるのだろうか。ステータスの筋力が上昇し、前は傷一つつけられなかった甲殻にひびが入っている。


 前ほどの恐怖はない。

 ただ同時に、この世界のレベルシステムの異常さを感じた瞬間でもあった。


「キリスト! 撃つ!!」


 後ろから合図が飛ぶ。

 すぐに僕は横にずれて、ディアからモンスターが見えるようにする。


「――《フレイムアロー》ッ!!」


 ディアは魔法を完了し、宙から閃光を放った。


 フレイムアロー。

 事前に聞いていた話では、火属性の魔法の初歩だ。ディアの攻撃魔法はこれしかなく、熱をともなった魔力の矢が射出されるらしい。


 その話を聞かされたときに僕が想像していたのは、その名の通り『火の矢』だった。矢の形をした炎が、弓から放たれる様子をイメージしていた。


 ――しかし、実物は違った。


 矢ではなく、線。

 一瞬で、空間に白い線を引く――いわゆる、レーザー光が放たれる。

 当然、目で追うことは不可能だ。


 光ったと思ったら、線が走り終えていた。

 そして、リッパービードルは身体の中心部に、大穴が空いていた。

 一撃である。


「よしっ!」


 ディアは渾身の一撃が成功してガッツポーズをとり、僕は内心で「えぇ……?」と狼狽する。


 致命傷を負ったリッパービードルが消滅していく中、ディアは後方ではしゃぐ。


「倒した! それもあっけない!」


 前方で呆気にとられている僕は、目に入っていないようだ。


「お、おめでとー……」


 僕は棒読みで祝福する。


「おうっ、ありがとな! この大きさのモンスターを倒したのは初めてだ!」

「それはよかった……」


 冷や汗が止まらない。

 ディアは自分が行った異常さを理解していない。


 こんな魔法、本でも人の話でも見聞きしたことがない。

 確か、ディアの魔力は23。スキルの属性魔法は2。

 おそらくは他の要因も作用しているだろうが、この程度の数値でここまでの現象を起こすことに僕は不安を隠せない。


 なにせ、これからの戦闘で僕は、レーザー銃を構えた人間を背中に置くことになる。

 その人柄に信頼は置けるとはいえ、ディアと僕は出会って日が浅い。何が起きるかわからない。悪意ある攻撃はなくとも、誤射した場合は僕の腹に、リッパービードルと同じ穴が空くことになる。


 僕のチキンハートがぶるぶると震えだすのが、自分でもよくわかった。


「よーし! キリストのおかげで魔法に集中できた! この調子でいこうぜ!」

「……うん。この調子でいこう。けど、魔法撃つときは慎重にね。ほんと、まじで。慎重に」

「ああ、わかってる! 任せろ!」


 ディアはモンスターを撃破したことにより、とても興奮しているようだ。

 その様子に、僕の不安は加速するばかりである。


「……じゃあ、行こうか。索敵するから、静かにお願い。あと、不測の事態のときは、僕の指示に従って。勝手に魔法は撃たないで。絶対の絶対に」


 魔法を暴発させないように僕は何度も念を押して、魔法《ディメンション》を拡げていく。


「ああ、わかってる。指示に従う。キリストの言うとおりにすれば間違いないみたいだ」


 ディアは素直に了承してくれた。

 どうやら、僕に対して一定の信頼は置いてくれているようだ。


 それに安心しつつ僕は、経験値や消費MPを確認しながら、索敵に移っていく。


 先ほどの戦闘のとどめはディアだったが、経験値は分配されている。MPの消費は僕が索敵と戦闘を合わせて5程度、ディアは3ほど消費している。


 ディアさん、まじで半端ない。


 ローコストハイパワーである。

 あのレーザー一本で人間の持つ熱量エネルギーを超えていそうで怖い。

 余裕で質量保存の法則を無視している。


「あ、ディア。そこの角を曲がったら遭遇エンカウントするよ」

「わかった」


 僕は魔法《ディメンション》で大きいモンスターを捉え、ディアに報告する。


 モンスターの名前とランクを『表示』で確認し、自分の持っている情報と照らし合わせる。事前に戦闘をシミュレートした後、僕はモンスターと相対する。


 蜘蛛型のモンスターだ。


「ディア――!!」

「ああ! ――《フレイムアロー》!!」


 ただ、先ほどの戦闘と同じ手順を踏み、ディアの魔法が放たれ――たったそれだけで、危うげもなく撃破してしまう。


「おおっ、キリスト! また撃破だ!」

「あ、あっけない……」


 迷宮に怯えていた過去の自分が馬鹿らしくなるほどのイージーさだった。


 僕は戦闘用の《ディメンション》を使っているため、攻撃を受ける気がしない。

 ゲーム的に言うと技量にボーナスがつき、命中と回避に大幅な補正が入っているといったところだろうか。


 そして、ディアの《フレイムアロー》は明らかなオーバーキルの上に、弾速が速過ぎるために必中である。


 僕が索敵で機先を制し、最適なポジションを取る。

 気づかれないようならば、《フレイムアロー》による狙撃。外したとしても対角線上に僕がいるため、敵は砲台ディアに辿り着けない。

 崩れる箇所があるとすれば、僕が接近戦で遅れをとる場合だ。

 しかし、レベル4になっている僕と敵のレベルに差があるためか、敵に不意をつかれる気がしない。


 そして、一匹、また一匹と順調に僕たちはモンスターを倒していく。


「――ああ。また、無傷で倒せた」

「な、なあ……。キリスト。迷宮ってパーティーを組めばこんなにも簡単なものなのか?」


 最初は大喜びしていたディアも、一方的に死んでいくモンスターを見かねて、とうとう疑問を口にした。


「いや、そんなわけない。一層でも死者は出てるし、酒場の冒険者の話を聞く限り、僕らがおかしいんだと思う」

「それは俺らが強いってこと?」


 その通りだ。

 レベル1のディアの魔法に攻撃力がありすぎるのが一因だろう。


 しかし、そう手放しでディアを褒めちぎってしまえば、僕の有用性をアピールできない。

 できればディアとは末永いお付き合いをしたいのだ。


「うん。ディアには魔法の才能があるよ。間違いなく」

「……そうか。でも、それは――」

「けど、それ以上に僕たちの相性が良すぎるのが原因だと思う」

「それ以上に? 俺たちの相性が……?」


 ディアは驚きの顔を見せる。


 そう。

 なによりも相性が、この戦術に隙をなくしている。


「僕が索敵に特化したスキルをもつ魔法使いだから、こういう結果になるんだよ」

「そういえば……キリストはこの暗闇の中、敵をどんどん見つけてるな。しかも、結構遠いところから……」

「実は魔法を使って敵を見つけてる。……だから、僕たちはモンスターに先手をとられないし、砲台型魔法使いであるディアが敵に狙われない。さらに、ディアが良い位置をとっている状態から戦闘を開始できる。場合によっては先に狙撃ができる。火力を出すために時間を要するディアを、僕が完全にカバーし切ってるんだ。それが、この必勝のパターンを作ってるんだと思う」

「確かに、俺一人のときは、いつもモンスターが先に俺を見つけて、魔法を使う隙なんてないな……。けど、キリストはどうやって敵を見つけているんだ? そんな魔法、俺は聞いたことないぞ」


 全てを話せば理解はしてくれるだろう。

 次元魔法《ディメンション》。僕の目に映る『表示』。

 この二つのおかげでモンスターを漏れなく見つけていることを。


 けれど、僕の次元魔法は、この数日での情報収集の中で聞いたことすらない代物だ。

 『表示』も言わずもがな、僕だけにしかない能力だった。

 これによって厄介ごとが舞いこんでくるのも嫌だし、なにより、自分の情報をさらけ出すのは、臆病な僕には難しいことだ。


「えっと……、僕の故郷に伝わる古い魔法だよ。秘伝とされているから詳しくは教えられないけど、狩りをするときにモンスターを見つけやすくなるんだ」

「へー、そっか。レアスキルなんだな」


 いまの説明でディアは納得してくれたようだ。

 そもそも、荒事を生業にしている者が自分の手札を易々と開示しないのは当たり前のことで、それゆえにディアも聞いてこないのかもしれない。 


「ただ、MPの消費が激しいから、実はディアの百倍は疲れてる」

「だよな。キリストは敵と戦っていないときも魔法を使って、戦闘になればモンスターをひきつけてくれているんだもんな」


 ディアは申し訳なさそうにしている。


 よし。

 どうやら上手く僕の力をアピールして、恩は売れたようだ。


「MPがなくなりそうになったら言うよ。すぐなくなると思うけど、元々僕は長い間、迷宮にはいられない。酒場での仕事があるから丁度いい話だ」

「よし、わかった。じゃあ、もう少し奥に行って、強そうなの叩こうぜ!」

「いいよ。酒場で敵の分布について聞いてきたから、強いのがいる方向はわかる」

「よっし。行こうっ」


 それに『表示』を使えばランクが見える。

 手に負えないモンスターにあたる可能性は低いと見て、僕はディアの意見に賛成し、迷宮の奥深くに向かって探索を再開していく。



 ◆◆◆◆◆



 その後、僕たちは例の必勝パターンを何度も繰り返し、二時間ほど迷宮を探索した。

 そして、三十匹ほどモンスターを倒したところで僕のMPが残り少なくなる。


「――あっ。そろそろ魔法を維持できなくなる」

「え、もう?」


 まだ午後を回っていないくらいの時間だ。

 しかし、連戦のため、もう僕のMPは心許ない。


「僕は迷宮を出るけど、ディアはどうする?」

「え……。ど、どうしようか。魔法の索敵なしで、前衛はしてくれないよな?」


 絶対にノウ! と怒りたいところだが、やんわりと話をする。


「うーん。怪我をする確率が増えるし、効率的じゃないと思うよ。実は、戦闘中もMPを使って戦ってたから、接近戦も弱体化するんだ」

「え……。キリスト、剣を使いながら魔法も使ってたのか?」

「うん。古い魔法の応用で、感覚を研ぎ澄ませることができるんだ」

「それ、ずっと魔法を使いっぱなしってことじゃないか……。剣を持って素早いから剣士かと思ってたけど、本当は根っからの魔法使いなんだな」

「そっ。だからMPの切れた魔法使いぼくは、ただの木偶の棒だよ」


 正直なところ、MPのない状態での戦闘はしたくない。


 怪我を負う確率は上がるし、ディアを守りきれない可能性も出てくる。魔法が使えなければ、モンスターを仕留めるのに多大な時間と体力を消費する。時間がかかればかかるほど、不測の事態が発生する確率は上がる。敵に攻撃の機会を与えれば与えるほど、敵の特殊な能力によって防御不能な状態になりやすいから、全く利のない戦闘になる。


「わかった。キリストを外まで送るよ。あとは俺一人でやる」

「え――」


 しかし、ディアは僕の思惑の反対を突っ走ろうとする。

 それを僕は内心で強く反対する。


 な、何を言っているんだ……。

 砲台特化型魔法使いのくせに、生意気な……!

 死んでもらったら、困るのはこっちなのに……!


 と身勝手な理論を携えて、僕は制止に踏み切る。


「待って。待って待って待って。ディア、まさか一人でやるつもりなの?」

「ああ、そのつもりだ。時間はあるし、昨日まで一人だったから、いままでとそう変わらない」

「ちなみに、一人で倒したモンスターの数は?」

「う……」


 途端に口ごもるディア。


「本当に一人でそれなりにやれるのなら、僕は何も言わないよ」

「うぅ。……一応、倒したことはある」

「倒したことはあるんだろうね。けど、何体? いままで、ずっと挑戦していたんだよね。昨日までに何体倒せたことがあるの?」

「い、一体だ……」

「一人はやめてよ。心配すぎる」


 僕は即答する。

 厳しい言い方かもしれない。

 けれど、僕もせっかくの協力者を失うわけにはいかないのだ。


「けど! 今日はかなり倒せた! 感触は掴めたと思う!」

「魔法で倒したんだよ。一人では魔法が撃てないから、いままでモンスターを倒せなかったんでしょ? それは自分が一番よくわかってるよね?」

「俺には剣もある!!」

「だから、その剣が通用しないから倒せないんだって」


 僕はディアのステータスが見える。


 だから、ディア以上にディアのことがわかる。

 ディアブロ・シスは魔法に特化した人間だ。だから、剣を使っても成果は絶対に出ない。


「けど、俺には時間がないんだ……。俺は早く、力が……。金がいるんだ……」


 ディアは真剣な表情で呟いた。

 それに対し、僕も真剣に答えていく。


「はっきり言うけど、ディアがここでいくら剣を振るったって、モンスターは倒せないよ。魔法を使うならわかる。魔法が使える状況なら、僕も頷く。けど、そうじゃない」

「いや、魔法じゃ駄目なんだ……。今日は仕方がなかったけど、俺は剣で強くなりたいんだ。剣で戦うのが、俺の夢なんだ……! だから剣の訓練をしたい……!」


 正直。

 おまえに剣の才能はない! 

 と、ディアの心を折りにいきたい。


 しかし、その一言は堪えて、僕はディアと話を続ける。


「……なんで剣? 力と金が欲しいなら、魔法を磨いてモンスターを倒しまくればいい。それで、ディアは魔法使いとして大成できて、ちゃんとお金も手に入る」

「そうかもしれない……。けど、俺は剣じゃなきゃ駄目なんだ!」


 困った。


 ディアはお世辞にも論理的な思考を得意としているとは言い難い。

 感情的な部分で剣にこだわっているようだ。

 これを説得するには、僕たちの関係は希薄すぎる。


「どうしても?」

「ああ、どうしてもだ。俺は剣を鍛えたい」


 僕は痛む頭を掻きながら、ディアのステータスを確認する。

 レベルアップに必要な経験値は溜まっている。そして、HPがいくらか減少している。


「……はあ、わかった。どうしても剣を使いたいなら、もう止めないよ。剣が使えて、魔法もできれば、そりゃいいことだからね。けど、準備は万端にして欲しいから、まずは迷宮から出て一息入れよう」

「あ、ああ……」


 ディアは驚いた様子で了承した。


「どうした?」

「いや、納得してもらえるとは思ってなくて……。いままで誰も、俺が剣を使うことに賛成したことがなかったから……」


 よっぽどディアの剣術はへっぽこのようだ。

 僕が前衛しているため、その情けなさを確認できてはいないが、誰から見ても剣を使うことを止めるレベルらしい。


「……たぶん。そういう気持ち、僕もわからなくもないからかな」


 僕だってゲームをするときは剣を使うものを選択することが多い。

 男の子として魅力を感じるのもあるし、こういった世界観では剣を使うものが物語の主役になりやすいのだ。主人公でありたいという子供心から、無理をしてでも剣を使おうとする気持ちはよくわかる。


 本当のところは魔法だけで戦って欲しい。

 けれど、ここで無理強いしては、ディアの僕に対する好感度が下がってしまう。そんな汚い打算もあるからか、自然と容認するような口調になっていた。


「ありがとうな……。キリスト……」


 それを聞いたディアは、照れくさそうに頬をかいた。


 赤くなっている頬が金の髪に映えて可愛らしい。その仕草も含めて、ディアが女の子ではないかと勘ぐるが、僕は思いとどまる。そこを突き詰めることでプラスになるとは思えないからだ。


 どちらにせよ、それを問うことはできない。

 僕にとって、ディアは迷宮を攻略する協力者。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 僕は残りのMPを使い、敵を避け、迷宮から出るために歩く。


 その最中で、モンスターがドロップしたアイテムについて話をする。


「そういえば、この手に入れた魔法石は、どう分けるんだろ?」

「俺が見たパーティー募集の張り紙には、大抵、均等に配分と書かれていたような……」

「じゃ、半々ということで」

「むっ。けど、負担的にはキリストのほうが――」

「そういうのは面倒の元だよ。僕らは助け合った、だから半々。どんなときも半々。それがわかりやすいし、禍根も残らない」

「むぅ……」


 本当ならば僕の取り分もいくらかディアに回したいところだ。

 しっかりと食事と休息を取ってもらい、装備や道具の準備を万全にして欲しい。それが最善ではあるが、いまのところは半々が妥当なところだろう。


「あと、ここから出たら教会に行ってみて」

「え、朝行ったのに?」

「さっきの連戦のおかげでレベルアップできるかもしれない。レベルが低い内は、こまめに行ったほうがいいと思う」


 僕はディアがレベルアップするとわかっているので、教会に行くことを強く薦める。


 その他にも迷宮に必要な防具や道具を買い揃えることや、体調を整えることに関して忠告する。できれば一人で迷宮に入らず、僕以外のパーティーを組むことを推奨した。レベル2に上がったことや、迷宮で手に入れた魔法石を見せて実績を示せば、仲間が見つかるかもしれないからだ。


「――わ、わかったわかった! キリストが俺のために色々と考えてくれているのはわかったよ。……けど、そう一度に言われても困る」

「全部覚えて。一人で迷宮に入り直すのなら、いま言ったことは最低限必要だよ」


 ディアは口うるさい僕に苦い顔を見せた。

 けれど、その一つ一つの話がディアを死なせないための忠告であることは感じてくれているようだ。嫌がりながらも真剣に聞いてくれる。


 そういった話をしながら僕たちは迷宮から抜け出した。

 その後、酒場での仕事が始まるまでディアの面倒を見続けた。

 MPがない状態では迷宮を手伝うことはできないから悔やまれるが、それでもディアが死なないために考えられることは全て行った。


 ――それらは、利だけを考えるならば過剰で無駄な行為だろう。


 ディアは破格の人材だ。

 けれど、ディアの為に相川渦波の時間を削りすぎては本末転倒だ。

 自分でも、ちゃんとそれを理解していた。


 単純な話だ。

 おそらく、情が移ったのだろう。

 クレバーに考えるならば、ディアは利用するべき存在。場合によっては囮にして、僕が生き延びるための道具にすべき。


 ――けど、ディアはこの異世界で初めての同年代の知人だった。


 なにより、パーティーでの迷宮探索という危険を共に乗り越えたことで親近感が沸いた。僕にとってディアは初めての友人とも言える存在になっていた。


 つまり、この疎外感溢れる世界で僕は、心の拠り所というのものを、幸か不幸か・・・・・見つけてしまった。幸か不幸か、心の拠り所を――



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