ハッピーエンド製造機

沙英

ハッピーエンド製造機

世の中にはバットエンドが多すぎる。」それが博士の口癖だ。

 話題の映画や小説、ドラマを観ることが、研究漬けの博士にとっての唯一の娯楽だった。自称ハッピーエンド愛好家の博士がバットエンドの作品を観た次の日はあからさまに機嫌が悪く、その苛立ちの矛先が我々助手に向くのでばつが悪い。その結末をバットエンドと捉えるかどうかは個人の自由だが、そもそも人が殺されることで始まる様なサスペンスものの物語がお望み通りのハッピーエンドを迎えないことぐらいはいい加減学習してもらいたい。



 さて、今日の機嫌はいかがなものか、そんなことを気にしながら研究室の扉を開けた瞬間だった。「やっとだ!やっと完成したぞ!」という博士の大きな声が響き渡っていた。はっきりと言おう、うちの博士は天才だ。その優秀さは各界隈で有名であり、博士の考案した機器やコンピューターシステムは世界で評価されている。毎日のように背中を丸め机と向き合い、研究を続けている。それらに全神経を注いでいるためか、娯楽を求めているときぐらい脳みそを空っぽにしていたいそうだ。ありきたりなサスペンス映画の結末が予想出来ないのも仕方がない(と自分に言い聞かせていつの博士の愚痴を聞いている)。だからこそ観終えた後の幸福感が大切だといつも博士は主張している。

 「次は一体何が完成したのですか?」

 即座にいち研究員としての脳みそに切り替えて聞き返した。

 「ハッピーエンド製造機だ。」

 「ハッピーエンド製造機…?」

 オウム返しとはまさにこのことだろう。暫く考えたが「…なんですか、それは?」しか返答が思いつかなかった。博士の隣には長方形の箱が置いてあった。それは人が一人が入れるくらいの大きさで、四つの面のうち一つの面が扉になっていて、分かりやすく例えるならどこにでもあるスチールロッカーと同じ様な姿をしていた。

 「ここに一冊の長編小説がある。結末は私の大嫌いなバットエンドだ。この小説をこのハッピーエンド製造機に、いや名前が長いな。通称HED製造機としよう。ここにこれを投げ入れる。するとどうだ、物語の大まかな筋は変えずとも結末だけが私の求めるハッピーエンドになる、なんて素晴らしい機器だろうか!もちろん小説だけでなく、映画やドラマのDVDもだ。これで私はどんな作品も楽しめ、最後には幸福感につつまれ満たされた気持ちになれる。最高の発明だろう!」

 息継ぎを忘れているかのような凄まじい勢いだった。博士はふぅ、ふぅと息を整えている。博士の右手にある小説は今話題になっており、他人に勧められ読んだことがある。博士とも少しこの小説について話したことがある。(話したというよりも、ほぼバットエンドへの愚痴を聞かされていただけだったが。)確か、主人公の少年は親からあまり愛情を受けずに育ち転校を繰り返す日々、そんな中行く先々で出会う人達に支えられ今まで知らなかった優しさや愛を知った少年と両親が共に成長していくという心温まるストーリーだ、途中までは。

 物語の終盤、起承転結の結でこの主人公は今まで嫌っていたはずの父親を庇い事故にあって亡くなる。「涙が止まらない、衝撃の結末」なんてキャッチコピーの帯がついていた気がする。まぁまぁ面白かった、このくらいの大まかな内容しか覚えていないが。

 「見ていてくれ、この小説をここに入れるだろう。」

 どうやらこちらが回想しているうちに準備が整ったらしい。博士は扉を開け中に小説を放り込み扉を閉めた。ギュイーンという機械音がしたと思ったら、チンッと音が鳴った。まるで電子レンジだ。「出来たぞ!」と大急ぎで中身を取り出す。無言で小説を胸の前に差し出される。さぁ、エンドを確認してくれと言わんばかりに。どれどれと後ろのほうからページをめくり、結末を読み返す。

 「あれ、死んでいない…。」

 そう主人公は助かったのだ、そもそも事故に遭いそうなとハラハラとしたシチュエーションはなくなっており、仲良く親子が並んで歩きながら今晩の夕食の話をしている場面に置き換わっている。そのまま親子は家に着き、仲が深まった家族は幸せに暮らしていきました、めでたしめでたしといった感じに。

 「凄いじゃないですか!これで博士は自分好みの物語を楽しむことが出来ますね。もうバットエンドにうんざりすることもなくなり、存分に娯楽を楽しめますね。」

 自慢げな表情を浮かべ、博士は次から次へとそのHPD製造機に色んなものを放り込んでいった。



一体どんな仕組みであんなことが出来るのか、やはりうちの博士は天才だ。なんて考えながら研究室の帰りに本屋に立ち寄った。あの小説の本当のエンディングを確認したかったからだ。先ほどと同じように後のほうからページをめくる。

 「あれ、死んいでない!?」

 どういうことだ、まさかあの機器に入れたものだけでなく世の中の全てのものが書き換えられるというのか!?そういえば、他にも色んなものを放り込んでいた。放り込んでいた小説のカバーを必死に思い出し小説のエンディングを確認した。なんてことだ…あの有名なミステリー小説はそもそも人が殺されないためにストーリーは進まずから中身はすっからかん。ミステリーと区切られた本棚にあるもの全てがそうなっていた。これはあってはならない。あの博士のことだ、今でもやり続けてるに違いない。急いで研究室に戻り辞めさせなければ。自分勝手に世界の名作を書き換えるなんてある種の犯罪だ。



 「博士!今すぐ使用辞めててください!」

 扉を開けると同時に叫んだ。

 「あぁ、君か。あまりにも数が多すぎてね、なかなか終わらないんだ。よければ手伝ってくれないか。」 

 扉を開ける音が大きすぎたのか、はたまたハッピーエンドを作り出すことに夢中なのか、辞めてくれと懇願したが博士には届いていないようだった。HPD製造機の近くの机には山積みの小説やDVDがあった。

 「博士、あなたが個人的に結末を書き換え、楽しむのは大いに結構です。しかし世にある作品までも書き換えてしまうのはいけない!それにバットエンドは…」

 言い切る前に博士が口を開いた。

 「君は私の作ったものを否定するのか?私はこの腐りきった世の中を変えるために研究をしてきたんだ!バットエンドなどいらないんだよ!物語の中に出てくる人たちくらい幸福でいて欲しい、そう思って何が悪い!」

 ふぅ、ふぅと息を整え、少しの沈黙が流れた後、ハッと息を吸い目を見開いた。

 「そうだ!いいことを思いついたぞ、私がこの中に入ればいい!この機器はな、私が辛い、悲しい、苦しいと感じた記憶や出来事を抹消し、私の望んだ綺麗で美しいものに書き換えるという風にプログラミングされているんだ。私の記憶の中からバットエンドを消し去る。これでどうだ!たった今、君が私の作った素晴らしい機器を侮辱した記憶もきっと消え去る!私自身がハッピーエンドの素晴らしさをお前たちに直接教え込んでやる!」

 そう言い切ると、止める間もなくガチャリと扉を開けてスチールロッカーの様な姿をしたHPD製造機に自ら入っていった。ギュイーン、ギュイーン、ギュイーンと何度も機械音が研究室に鳴り響く。最初に聞いた時よりはるかに長く。しばらくしてようやくチンッと音が鳴った。ガチャリ、恐る恐る中から出てくる博士に目をやる。

 あぁ、ダメだ。

 「あー、あー、あー。」

 まるで生まれたての赤子だ。何を伝えても無駄だろう。人間は誰しも少なからず苦しみや、悲しみを携え生きている。上手くそれらと付き合いながら経験を活かし今を生きる。だが、それらを失った人間は空っぽになる。一見バットエンドの物語だって、大切なことを伝えているのだ。ありきたりなことで言えば人を殺しちゃいけないとかそんなことを。博士は研究に人生を費やしてきた。悔しい思いや、辛いことも沢山ある。研究結果の横取りだとかそんなものは沢山見てきた。それらの感情がこの博士をつき動かしていたのかは定かではないが、それが消された今この瞬間あの天才は消えてしまった。




 なによりハッピーエンドだけじゃつまらないだろう。誰かの不幸をエンターテイメントとして我々は楽しんでいるんだよ。そう、この物語バットエンドのようにね。

 

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