第26話 往来と探索者
「神造兵器。なるほど、噂には聞いていましたが、本物を見るのは初めてです」
「完璧なホムンクルスを目指して製造された私はそんじょそこらのホムンクルスとは格が違うんですよ! 格がッ!」
アイリがそう言って剣を構えると、
「ゴーレム如きと同じにしたこと、後悔させてあげますよッ!」
ヤマトに向かって突進。
アイリの横に大きく薙ぎ払うような斬撃をヤマトは飛んで避け、そのまま後方に大きく飛ぶと人混みの中に着地して走り出した。
「逃がすな、アイリっ!」
「あいあいさー!」
アイリは飛び上がると、屋台の骨組みを足場にして、さらに上に飛ぶ。
そして、大通りの端を埋め尽くしている横並びの建物の屋上に着地すると、逃走し続けるヤマトを追いかけた。
遅れてシスも【収納魔法】を足場にして、屋上に上がるとアイリの後ろを追いかける。
人混みに紛れて走るヤマトに比べて、ただ障害物を避けて走れば良いアイリとシスがそこに追いつくのは当然で。
「俺たちは追いかけっこなんてする歳じゃねえだろ。さっさと諦めて、投降しな。今ならタタ婆に謝らせて、ちゃーんと殺してやるぜ」
「“鏡櫃”。あなたは、自分の魔法で誰かを巻き込むことを酷く警戒している。だから、近距離で魔法を使わないのでしょう。そのホムンクルスはあなたの弱点を覆う切り札だ」
人混みの中でヤマトがそう言うと、シスは笑った。
「よーく見てるな。そのまま、自分が負ける様子もちゃんと見ておけば良いと思うぜ」
「敵と見なした人間を殺すことに抵抗はないが、逆に周囲の人間を戦闘に巻き込むことを異様に忌避する。だから今も周囲の人間を巻き込みながら、魔法を展開すれば私を殺せるのに、それをしない。それが、貴方の弱さですよ。“鏡櫃”」
唄うようにそう言ったヤマトは静かに刀を抜いた。
「“鏡櫃”、あなたはその弱さ故に負けるのです」
「ノン」
アイリは屋上から、ヤマトを見下ろしながら笑った。
「それはマスターの弱さではありません。覚悟です」
「意志というのを語るのは、簡単なものです。ですが、それが試されるのは極限状態に堕ちたときです」
そう言って、ヤマトは周囲にいた人間たちを同時に斬り裂いた。
「【展開】ッ!」
「遅いんですよ。“鏡櫃“」
ヤマトの身体が上空に浮かぶ。
シスを見下ろすようにして刀を上段に構えたヤマトは、しかし不思議なものを見た。
屋上にいたシスが見ているのは、先程自分が斬った連中。
肝心の自分自身を見ていない。
そのことを不思議に思いながら、ヤマトが刀を振り下ろす。
だが、それと同時に真白な矢が《人斬り》の腹を貫いた。
「……っ!」
「あれ? もしかして、遠距離攻撃がマスターだけの特権だと思ってました?」
見ると空中に黄金の魔法陣が描かれ、そこから槍が射出されていた。
遅れて地面に着地。そこで彼は、自分によって斬り裂かれた人たちが鏡の箱の中に【収納】されていく様を見た。
「【収納魔法】の中は時が止まってる。だから、【収納】すれば死なない」
「マスターしか怪我人を【収納】できません。でしたら、必然的に貴方を相手にするのは私と相場が決まってるわけですよ」
シスとアイリの流れるような連携に、ヤマトは笑った。
「なるほど。2対1というのは、やはり分が悪い」
ヤマトはそう言いながら、逃げ遅れた子供を掴み上げるとアイリに向かって投げ飛ばすと同時に、シスに向かって飛びかかった。
「嫌な手を使うな」
だが、シスは後ろに飛ぶ。
わざわざ近接で来ると全力でアピールする相手にして、その得意距離に付き合ってやる必要はない。
アイリが子供を空中で抱きかかえて地面に降ろすのを、シスはヤマトの後ろに見ながら【収納魔法】を使った。しかし、ヤマトはブレーキをかけて減速。シスの立方体を避ける。そして、後方から飛び込んできたアイリと刀を結び合うと、弾いて横に跳んだ。
「未来でも見てんのかよ……ッ!」
「生半な《人斬り》は生き残れぬ世界です。未(・)来(・)
ヤマトは犬歯をむき出しにして笑うと、地面を削って魔法陣を描いた。
「かつて、遠き時代の遠き世界にはファイアボールを極めて最強になった英雄がいたそうです」
「【展開】ッ!」
シスの魔法が当たらない。
いや、当たっている。
だが、髪の毛や服など致命傷になどなりえない場所しか巻き込めない。
「単純な魔法であればあるほど魔力を込めれば威力はあがる。であれば、こういうのも手ではないでしょうか」
しかし、大通りはあちらこちらで混乱が起きており、まだ周囲の人間が逃げ切っているわけではない。そして、【収納魔法】の中に入れた所で、ヤマトの時を止めるだけ。箱の中から外に出すと、ヤマトの時は再び動き始める。
つまり、ヤマトを屠るには【収納魔法】の境界面にヤマトの身体を収めないといけないのだ。
「【落石魔法】。――“星堕とし”」
空が煌めいた。
シスが上を見上げると、数十メートルはあろうかという巨大な隕石が落下していた。
「【展開】! ――【収納】」
「“鏡櫃”。貴方のアイテムボックス。一体いくつ出せるのでしょう?」
ヤマトはアイリと剣戟を繰り広げながら、ふと問いかけてきた。
「5つ? それとも10? あるいは、それよりももっと少ないのでしょうか。“鏡櫃”の噂話にはいくつか真偽不明なものも含めていくつもあります。しかし、その中には1つとしてアイテムを【収納魔法】にしまい込んでいる話がないのです。そこで私は考えました。もしかして、あなた――展開できる【アイテムボックス】の数に制限があるのでは?」
「それを言うとでも?」
「いえ。どこまで減らせば良いのか、と思いまして」
シスの同時に展開できる【収納魔法】の個数は7つ。
その内1つはファティが、1つには怪我人たちが、そして最後には先程の隕石が。
既に3つを使い、残っている同時展開できる個数は4つ。
「アイリ、そのまま時間を稼げ。飛ぶぞ」
「あい!」
だが、ここでシスたちにも好機が回ってきていた。
大通りにいる者たちが逃げ始め、周囲に人間がいなくなってきたのだ。
そうなれば、シスも巻き込みを恐れず全力が使える。
「アイリ。俺に合わせろ!」
「いえーす!」
アイリが剣を振るう。それを防いだヤマトの首を狙ったように鏡の箱が出現する。それを、状態を反らして回避したヤマトのバランスを崩すためにアイリが足払い。人斬りの身体が体勢を崩して地面に倒れる。
それを巻き込むように鏡の箱が展開されるが、刀の鞘を杖にして飛び上がったヤマトの着地際を狙ってアイリが疾駆。着地と同時に剣を振るう。だが、ヤマトはその勢いを使ってさらに遠距離へと逃げた。
「しつこいぞッ! 人斬りッ!!」
「必ず……私は目的を達成します。その執念だけは、誰にも負けない」
亡霊のように呟きながら、ヤマトが走る。
そこに黒と白の2人が追撃に動いた瞬間、
「何の騒ぎですのッ!?」
1人の少女の声が大通りに響いた。
燃えるような赤い髪に、赤い瞳。
ヤマトの視線がそちらに伸びる。
「……ッ! 来るな、レティシア!」
シスが叫ぶ。
そこにはきょとんとした顔で、その状況を眺めるレティシアが立っていた。
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