第27話 秘剣
「逃げろッ! レティシア!!」
ヤマトの神速と、その後ろを追いかけるアイリの白剣が伸びる。
だが、それよりも先に全ての魔力が燃え上がった。
「【燃え盛れ】ッ!」
レティシアの詠唱によって、燃え上がった空気と地面が燃え上がるとヤマトとアイリを巻き込んで爆発した!
「シス! どういう状況か説明なさい!」
「《人斬り》だッ!」
どういう状況か分からないままに、魔術によってヤマトを吹き飛ばしたレティシアはシスに振り返って叫んだ。
「……クソッ! アイリ、もう一度だ! 飛ぶぞ!」
「あい!」
燃え盛る炎の中から、焼け溶けた真白な肌が突き出してグッドサイン。だが、すぐにその腕を泡が覆うと修復されていく。
「
「……駄目だ」
「シスッ!
「……クソっ」
シスはレティシアの慟哭に動かされるように、鏡の箱を出現させて、
「飛ぶぞ」
空間を【収納】した。
シスたちがいる大通りとAランクダンジョン『死都オルデンセ』の間に存在していた空間が【収納】されることによって、彼我の距離が0になりシスが対象として選んだ4人がオルデンセの最深部に吐き出された。
「……ここは?」
飛ばされたヤマトがふらりと周囲を索敵。
そこはどこまでも日の届かない暗闇の底。
巨大な城をバックに、シスが腕を伸ばす。
「【開放】」
「なるほど。【収納魔法】は空間すらも【収納】できるのですか!」
「そういうことだ」
ヤマトは踊るようにシスの攻撃を避けると、アイリと剣を結び、レティシアの炎を斬り裂いて、距離を取った。
「間に存在している空間を【収納】することで距離を0にして、テレポートする。【収納魔法】にこのような使い方があるとは思ってもみませんでしたよ」
「よく喋るな」
「いえ、少し昔のことを思い出したのですよ」
ヤマトはそう言って刀を納刀すると、静かに腰だめに構えた。
「1つ、ネタバラシをしましょう、“鏡櫃”」
「ネタバラシだと?」
アイリは剣を構えたまま静止。
レティシアも魔術を発動する寸前で動きを止めていた。
「ええ、貴方の魔法に感激したのでその礼ですよ。実は私は未来など
「……なんだと?」
シスの問いかけに、ヤマトはにたりと笑った。
「ええ、あなたの反応も分かります。未来を見ていないのに何故、あなたの魔法をここまで避けられたのか。そのネタバラシですよ、“鏡櫃”」
ヤマトはそう言うと、静かにシスに語りかけた。
「“鏡櫃“。人は体を動かす時にどこから動かすという命令が下っているのかご存知ですか?」
「命令? 何の話をしているんだ」
「いえ。簡単な科学の話ですよ。とは言っても、この世界では解明されてはいませんが……正解は、ここ。脳で命令を出しているのです」
そう言って、トントンと自らの頭を叩いたヤマトは、現状を理解しようとしているシスたちに追い打ちをかけるように続けた。
「そして、この脳は人が決断する7秒前には既に命令を行っているのです。そう、例えば“鏡櫃”。あなたが、魔法をどこに使ってどうやって私を倒そうとするのか。それは、あなたが魔法を使おうと決断するより7秒前に脳では既に終わっている命令なのですよ」
「…………」
「あなたは今、右足を前に出そうとした」
その動きを読まれていたシスは思わず、足を止めた。
「人の動きは潜在意識が決定し、健在意識下に出現します。それは、人である以上、決して逃れることのないメカニズムです。酸素を肺に取り込むために呼吸するように、視界を確保するために目を開くように。人とは、そういう生き物なのですよ。“鏡櫃”」
「……それをお前は読み取っていると?」
「簡単な【雷魔法】の応用ですよ。そして、“鏡櫃”。あなたは『アイテムボックス』を出現させるときに、3つ目から4つ目のあたりで危険信号が強く発火する。……つまり、あなたは残りの『アイテムボックス』を3つか、4つしか展開できないのではないでしょうか」
「さて、どうかな」
シスは無表情でそう答えたが、それは事実だった。
彼が同時展開できる『アイテムボックス』の数は7つ。
そして、残りの数は4つ。
「では、確かめるまでです。こと戦い以外には全くもって使い所のない
「3対1を前にしてその勇気は見事だが……。《人斬り》、そりゃ蛮勇だぜ」
「蛮勇かどうかはこれからあなたが確かめれば良いでしょう」
刀に手を当てたまま、すっと腰を落としたヤマトは刀の鯉口を切った。
「その身で受けるが良い。我が奥義を」
そして、抜いた。
「秘剣。――“星走り”」
バジ、と蒼く刀が光って――。
――光って、どうなったのかのかがシスには分からなかった。
ただ、凄まじい衝撃と痛みよりも熱だけがシスの脳を焼いた。
遅れて、世界が断ち切られたかのような轟音と衝撃。腹の底から全身が震え、鼓膜が裂けそうなほどの衝撃波が全身を叩きのめした。
キーン、と甲高い音がなり続ける耳朶を打つように《人斬り》ヤマトが口を開く。
「何も難しいこともしていません。ただ、速く斬るということを極めたのです。速く、速く。ただ、何者よりも速く。それだけが私の生き残る道だと信じて」
シスが目を開くと、『死都オルデンセ』の最奥にあった城が真っ二つに断ち切れているのが見えた。そして、地面はまるで竜でも暴れたかのようにずたずたに砕け散り、自分の下半身がばらばらになって遥か前方に飛んでいるのが、見えた。
「どうでしょう? ただ、光に近い速度で刀を振るうだけでまるで星が走ったかのようになる。――故に、星走り」
無事でないのはヤマトも同じだった。
彼の腕も地面と同じ様にずたずたになって砕け散っていた。
だが、すぐに治っていく。
「気がつけば、ただ誰よりも速く剣を振っていました。知っていますか、“鏡櫃”。物へのダメージは重さと速さの二乗によって決まるのです。そうであるなら、私が速さを求めたのは正しかったのでしょう」
……クソ。何が、どうなった。
足が、ない。だが、痛くはない。
ただ、熱い。腹から下が焼けるように、熱い。
「実はこれを使うつもりはありませんでした。ご覧の通り、ただ刀を振るというだけなのにも関わらず、こんなに広範囲に衝撃を撒き散らしてしまう。戦場ならまだしも、人を殺すという点で見ればこんなものはオーバーパワーすぎるのですよ」
「……よく、回る口だな」
「すみません。ようやく夢が叶うかと思うと、喋りすぎてしまうようです」
レティシアはどうなった。どこに行った。
生きているのか。
「つまり“鏡櫃”。あなたのおかげなのです。あなたが私をここに飛ばしてくれたから、あなたが【降霊魔法】の少女を連れていたから。だから、あなたのおかげで私の夢は叶うのです」
「……魔術結社の依頼じゃねえのかよ」
「組織というのは良いものですね。その影に隠れるだけで目的を簡単に隠すことができる」
「……聞いて、やるよ。《人斬り》、お前は何がしたい」
レティシアは、死なせられない。
刀は先に俺の方に来たはずだ。
なら、それで威力が弱まってるはずだ。
レティシアは、死んでないはずだ。
……生きている、はずなんだ。
「死んだ妻と娘に会うのです」
「大した夢だな」
シスが笑う。笑うと同時に血を吐き出した。
どうする。考えろ。考えろ俺!
ここからの逆転の手立てをッ!!
レティシアを救い出し、《人斬り》を倒す手段を――!
「とりゃああああああああああ!!!」
だが、シスの思考が加熱するよりも先に地面に無数の黄金の魔法陣が走った。
「擬体風情が……っ!」
ヤマトは忌々しげに呟くと、地面を蹴って魔法陣から離れる。
その隙にアイリがそっとシスの後ろに立った。
そして、そっとアイリはそのままヤマトに語りかけた。
「少し、話をしましょう。《人斬り》」
と。
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