誕生日の君へ

ユウイチ

誕生日の君へ



 僕には好きな人がいる。彼女は窓辺の席でいつも物語の世界に入り込んでいる。僕はそんな彼女を好きになってしまった。


「おはよう」


 僕は毎朝彼女に挨拶をする。もちろん返事などない。彼女は誰にでもそうだ。僕は最初こそ困惑したものの2週間もしないうちに慣れてしまった。



 梅雨が明けて夏休みが始まる前日、終業式の日だった。


「はい、ではこれから二学期の席順を決めていこうと思います」


 先生の進行とともにクジを引いていき座席表と照らし合わせて席を決めていく。彼女は窓側一番後ろの席に、そして僕は……その隣になった。


 よぉぉぉおおおしゃぁぁぁ!


 人生に勝った気がした。二学期をここまで早く待ち望んだのは多分僕だけだと思う。一学期半ばからやり続けてきた挨拶が結局1回も返ってこなかった事などどこかか遠くに飛んでしまった。



 夏休みは、とても長かった。待つ、というのは意識すればするほど長く感じるものなんだと改めて認識したほどだ。部活などに入っている訳でもないので学校に行く用事すらない。毎年恒例なのに今年は違った。


「やることなぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 楽しみすぎてそれを紛らわすために宿題に手をつけたら1週間とかからず終わった。集中力がすごいことになっていたためだ。


「うるさい! どっか行け!」

 

 母に怒られた。図書館にでも行く事にする。これ以上怒らせるのは得策じゃない。


 外はただただ地獄だった。肌を焼く日光。アスファルトからの熱気が凄まじい。早くもノックダウンしてしまいそうな熱さだ。ここから市の中央図書館まで行くとなると5キロほどチャリを漕がなくてはならない。


「え? 僕、死ぬかも?」


 

 人間はそう簡単に死なないものらしい。着いた時には汗がやばい事になっていただけだ。


「ふぅ」


 空調が聞いており快適だ。僕は、タオルであらかた汗を吹き終えたら席を探すことにした。歩きまわること約五分。ようやく空席を見つけた。そこに荷物を下ろし、本棚に向かう。


「ん〜……」


 適当にアニメ化したらしいラノベを選んだ。元々本を読むのは嫌いじゃないから大丈夫だと思う。


「よっ、と」


 先程の席に戻り座る。とりあえず今日は4時間潰せればいいので二冊程度持ってきた。隣との間隔はまぁ、1メートルあるかないかで近くはないが遠くもない距離だ。


 ★★★★★


「ふぅ……」


 一冊読み切り、いつの間にか3時間もたっていた。ふと、隣を見ると、


「!?!????!!!!!?!?!?」


 図書館だから声を出さなかったが驚いた。ものすごく驚いた。口から心臓が出そうだった。なにせ、例の彼女が隣に座っていたのだ。


「え〜っと……こんにちは」


 苦し紛れの挨拶。もちろん返事なんてなかった。その事に少し落ち着いたが僕はもう読書なんて出来なかった。



 それからは毎日図書館にかよった。彼女はいつも同じ席に座って読書をしていた。挨拶はするが返ってこない。だが、元々そんな関係だ。僕はしばらく慣れなかったが次第に緊張しなくなっていった。


 夏休み最終日、いつもと同じように席に座り読書をしていた。彼女はいつもと違って読書じゃなくて宿題をしていた。いつもの静かな空間。そこに鉛筆を走らせる音が加わって心地よかった。


 トントン


「!」


 隣から肩を叩かれる。そちらを見ると彼女がノートを指した。


『分からないから教えて』


 僕はバックから常備してある筆記用具を出し自分のメモ帳に返事を書く。


『教えれる範囲なら』

『それでいい。助かる』

『どこ?』


 続いていく筆談。示された問題はしっかり理解できている問題だった。


 何問か問題を教え終わると彼女は僕に感謝の二文字を書き、勉強道具を収め、いつもより早く帰っていった。


 生まれて初めてした筆談の相手は好きな人でした。なんて日記に残したのはまた別の話である。


 ★★★★★


 休み明け一日目。颯爽と新しい自分の席に向かっていく。彼女は既に来ており、夏休み前と同じように読書をしていた。


「おはよ」


 返事は無い。前と同じだ。しかし、前と同じなのはそこまでだった。机の上に何か置いてある。メモだろう。そこには、


『おはよ』


 と、書かれていた。少しだけ進んだのかもしれない。思わずニヤケてしまう。


 それを契機に少しずつ筆談で会話する事になった。内容は他愛もないことばかりだったが、それが僕はとても楽しかった。


 二学期が始まって十日が過ぎようとした時だった。僕はその日も筆談で彼女との会話を楽しんでいた。ふと、僕は彼女の誕生日を知らないと思い彼女に聞いてみた。


『そういえば誕生日いつなん?』

『丁度一月後だよ』


 すぐに返事を書いてくれた。それに僕が何か反応する前に彼女は追加で、


『でも、祝わないで。誕生日、嫌いなの』

『分かった。でも、なんで?』

『なんでもいいでしょ』


 彼女はこれ以上深入りさせようとはしなかった。その日はもう会話はなかった。


 翌日、関係は夏休み前まで後退していた。筆談もしなくなった。それが辛いとは思わなかった。それがいつも通りだったのだから。ただ、一日が退屈になって行った。



「お、もうこんな時期か」


 秋は夕日が綺麗だ。個人的な意見だが四季の中で夕日が最も輝いているのは秋だと思う。と、いうことで毎年秋から冬にかけて屋上で夕日を眺めながらのんびり過ごすことに決めている。


 明日からそうしようと決めて今日は帰る。少しだけ明日からが楽しみになった。


 ★★★★★


「………………」


 やはり、少し早いがとても綺麗だ。秋雨前線がここまで来るまでは毎日来よう。そうしよう。


 そう決めて3週間、彼女の誕生日になった。今日も何事もなく、ほんとに何事もなくすごした。そして放課後になり屋上に来た。そのままハシゴを使ってペントハウスの上に登る。


「………………」


 静かな時間が流れる。僕は彼女の周りを流れる静かな時間に惹かれて好きになったのだろうか。それとも彼女が好きだから静かな時間が好きになったのだろうか。


「………………」


 多分どちらもなんだろう。きっとそうだ。なんでか分からないけど、きっとそうなのだろう。


 色々考え事しながらぼへ〜っと過ごしていたら真下からドアの開く音がした。


「………………」


 息を潜めて構える。歩行音が数歩分響くと姿が見えてきた。


「!?!!」


 その後ろ姿から推測するに、彼女だ。何をしに来たのだろうか。こんなところに来てやることなんて夕日を見る以外に使わない……


 ガシャ、ガシャガシャ


「ちょ、おい!」


 のんびり後ろ姿を見ていたけど、柵を登り始めたらさすがの僕でも焦って声をあげた。すると彼女はこちらを見て、


「なに?」


 と、声を発した。初めて聞く彼女の声はとても綺麗で、それと同時に儚く砕け散ってしまいそうな澄んだ音だった。


「何を、しようとしてるの?」

「見てわかる通りだよ」


 僕が見てわかる通りなら、彼女は、飛び降りようとしている。そのようにしか見えない。


「ダメだよ……そんな事しないで」

「なんで止めるの?」


 トッ


 彼女は1度フェンスからこちら側に飛び降りた。僕もペントハウスから飛び降り(それなりに足を痛めたが)彼女の前に行く。


「今、止めないと一生後悔しそうだったから」

「じゃあ、止めないで」


 そう言い切ると彼女は再びフェンスに向かう。僕は彼女の手首を捉えた。


「止めて」

「ダメだ」

「止めて」

「無理だ」

「止めてって言ってるでしょ!」


 彼女は僕の手を振り払おうとして手を振るが、僕は離さなかった。ダメな気がした。


「離して、離してよ、離してよぉ」


 彼女の声がだんだん弱々しくなっていく。僕は少し考えて言葉を発した。


「なんで、死のうと思ったんだ」

「……」

「……」

「…………辛いのよ」


 彼女がポツリとこぼした言葉を僕は聞き逃さなかった。


「僕でよければ話してみないか?」


 僕はそう提案した。提案という形をとっているが実質強制なのは言うまでもないが。


「私に生きる意味なんて無いの」

「?!」


 飛び出した言葉は突然重みを増した。


「誕生日は嫌いってこの前言ったでしょ? あれ、生きる理由を、生まれてきた理由を考えてしまうからなの。君は知らないかもしれないけど私はいじめを受けているわ。ほら」

「……」


 彼女が長袖をまくると痛々しいアザが右腕だけでも五箇所あった。


「最近いじめが酷くて、先生にも相談した。でも、あのクソは言い切ったわ『君がもっと明るく接してみればどうだ』って」


 よく知らないけどそういう先生はなかなか減らないのだろう。


「親はそれぞれが愛人を作って私には興味も愛情も無い。だから辛いの! だから苦しいの!生きる理由なんて無い。今ここで死んでも悲しむ人なんていない! 誰からも必要とされてない! だから離して! 楽にさせてよ!」

「そうか……」


 僕はそれでも手は離さなかった。夕日は既に半分以上沈んでおり下校時刻はもうすぐそこだ。


「なんで止めるの? なんで離してくれないの?」

「君には生きて欲しいんだ」


 僕自身考えがまとまらない状態で話している。でも、少しでも間を開けると彼女は飛んでしまうだろう。だから頭を回しながら話す。


「意味わかんない、意味わかんない!!」

「それじゃあ、君が好きだって言えば伝わるか?」

「は?」


 彼女の思考が止まった。そこに畳み掛ける。僕にできることはやらないと。


「君は誕生日が嫌いだって言ってたね。産まれた理由、生きる理由を考えてしまうからって」

「そうよ」

「君は死にたいって言った」

「そうね」

「でもな……」

「……」

「でもな! 僕はそれ以上に君に生きて欲しいんだよ! ここで人生終わらせたらこの先に楽しいことが待ってるかもしれないだろ?!」

「……君には、君にはわかんないでしょうね! いじめられるつらさが! 親の愛情がない苦しさが!」

「あぁ、分かんねぇよ。分かるわけないじゃないか。僕は君じゃないんだから」


 口調が荒くなっていく。仕方ない、彼女の人生がかかっているのだ。


「だったら、」

「でもな! 好きな人が目の前で死を選ぶのを黙ってみるのは無理なんだよ!」

「私には生きる理由が無いって言ってるでしょ! ほっといてよ!」

「生きる理由が無いなら作ってやる! 愛が足りないなら僕が補ってやる!」

「っ!」


 なんか、くっそ恥ずいことを叫んでる気がする。そう意識すると急に冷静になった。日は沈み、下校時刻はもうすぎた。


「君は僕を人生で初めて好きにさせた人なんだ。その責任はとってもらうことにするわ」

「そんな……横暴な」


 彼女はもう、抵抗しなくなっていた。もう一押しだ。


「あと、誕生日を嫌いとか言うなよ」

「でも、誰も祝わないから、いつの間にか嫌いになってた」

「んじゃ、今年から僕が祝ってやる」



「お誕生日おめでとう。HAPPYBIRTHDAY」

「っ! ……ありがとう」



 彼女は少し驚いた顔のあと、花のように笑った。彼女は笑顔が良く似合う人だった。


「ほら、帰るぞ」

「そうだね。あの、さ、」

「何?」

「も、もう少し考えさせて欲しいな」

「何をだよ?」

「…………やっぱり、私、飛ぼっかなー」

「それはやめようか?」

「ふふっ、冗談」


 後に知ったが、ハッピーバースデーには生まれてきてくれてありがとうって意味があるらしい。あの時、僕が伝えたかったことがあの言葉に集約されていたのは本当にたまたまだ。


 ★★★★★


 翌日、僕は眠れなかったため隈ができてた。それでもいつも通りに起き、学校に来た。そこにはいつも通り彼女がいて、クラスメイトがいた。


「おはよ」


 今日も僕は挨拶をする。


「おはよ」


 彼女がそれに返事をくれる。その事に僕は驚いたが、同時にこの非日常がいつも通りになればいいなって思わざるを得なかった。

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