第37話 逆転の一撃

「スズネ避けろ!」


 ブルッ!


 不安定な足場の中、インフェルノ・キャタピラーの口から業火の炎球が俺達を襲う。

 威力は低いが連射性が高い。


 次々と辺りを無差別に焼き尽くしていく。

 こんな化け物に理性も秩序もない。


「シエル動きを止めろ!」


「キュォォォォォォォォ!」


 大地を震わせ空間を歪ますシエルの咆哮。

 超音波を直に食らったキャタピラーはバランスを崩し動きが停止する。


 だが焼け石に水の状態。

 数秒停止したほどで直ぐに動き出す。


「どうする……どうすればいい!」


 マグマに落ちても死なない。 

 シエルの超音波でさえ雀の涙ほどの威力

 ロック・フィストを食らっても完治する回復能力。


 クォァァァ!!

 

「っ! しまっ……!」


 一瞬の隙___。

 

 僅かに集中力が切れてしまった時間、キャタピラーが放った火球は軌道を変えこちらに迫り……左腕と左目に直撃する。


「あ"ぁっ!?」


 痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。

 痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。

 痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。

 痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。


「ぐっ……あぁっ……!」


 これまでに感じたことのない激痛。

 肌は黒焦げ神経が悲鳴を上げる。

 痛みで意識が薄れていく。


「ここで終わり……?」


 あんな化け物の食い物にされて死ぬ?

 全身を業火に焼かれて死ぬ?


「また死ぬのか……?」


 前世でも呆気なく死んで、ここでもまた呆気なく死ぬのか?


「……違う」


 同じ過ちは繰り返したくない。


 妥協に委ねた死はもう御免だ。 


 死に急ぐが生にしがみつきたい。


 矛盾してると笑うがいい。正気ではないと罵るがいい。


 それは俺が一番分かっている。自分の選択が正しいとは思わない。


 それでも……それでも……。


「生きたいんだよ……俺は……!」

 

 飛びそうな意識を強引に引っ張り出し乗馬の体勢を整える。


「ぶっ殺す……!」


 殺意という名目の感情を抱いていることを理解できているくらいに理性はまだギリギリ生きている。


 神経が切れたのか左腕の焼けた痛みは無くなっている。

 全く動かないが右腕が生きているのなら魔法は使える。


「アウローラ・パライメント!」


 何でもいい。とにかく魔法を放ち奴の弱点を見極める。

 キャタピラーの火球に対抗するように無数の炎の槍で相殺し攻撃を仕掛ける。


「何だ……?」


 炎の槍がキャタピラーの口に到達しようとした瞬間、焦ったように咄嗟に口を閉じ防御する。

 まだ火球を放っていたにも関わらずだ。


「キュイ!」


「どうしたシエル?」


 口を大きく開け何かを伝えようとしている。口に何かあるのか?


(まさか弱点は口……?) 


「スカル・リング」


 全てを透視するリングをキャタピラーの巨体に向ける。


「っ!」


 キャタピラーの中にある青色に光る球体。口と直結しており球体は神経のようなものを至るところに生やしている。


「まさかあれが奴の心臓?」


「キュキュ!」


 シエルの反応的にこの考察は当たっているはずだ。

 そう考えるならばロック・フィストを食らってもマグマに落ちても無傷だということに納得がいく。


 こいつは……内部から破壊しないと倒せないタイプだ。


「そうと分かれば……アウローラ・ドライヴ・リロード」


 炎で生成した5発装填されている特殊ボウガン。

 手応えはレシリーに放った時よりも高い。


 タイミングを合わせキャタピラーの口に撃ち抜けば奴を倒せる。


「喰らいやがれ!」


 巨大な口に向けボウガンの矢を放つ。


「チッ!?」


 放たれた炎の矢はキャタピラーの心臓を射抜く前に口を塞がれ弾かれる。

 知能なんてないはずなのに本能の防衛反射からか中々弱点を捉えられない。


「あいつ……!」

 

 開くのは火球を発射する時、咆哮を轟かせる時の2つ。


 だがどちらも開く秒数短く直ぐにも閉じてしまう。

 更には身体を不規則に動かしている為、狙いが定めづらい。


「……距離を詰める」 


「キュ!?」 


「大丈夫、血迷った訳じゃない」

 

 背水の陣。

 

 距離を取ってもキャタピラーの弱点を射抜く前に防がれる。

 なら口を塞がれる前に心臓を貫けるほどの距離に近づけばいい。


「スズネ!」

  

 敢えて少し減速させキャタピラーとの距離は目と鼻の先ほどになる。

 背後のプレッシャーはこれ以上に強く恐怖が背筋を駆け上がってくる。


「仕掛ける場所はあそこだ」


 約200メートル先に見える切り立った双方の崖。地割れが起きたのかV字に分かれている。


 深い深い奈落で煮えたぎるマグマは落ちた者を地獄へと誘っている。

 

「あのV字谷なら……奴に叩き込める。スズネ行けるよな?」


 ブルッ!


「いい子だ。一か八か……!」


 生を実感する熱気は有頂天に達し、全身の神経は絶頂を迎える。武器を握る拳は武者震いをしていた。


 そして……遂にその時は来る____。 


 クォァァァァァァァァァァァァ!


 咆哮をトリガーに辺りを全て蹴散らし俺達への突撃が始まる。

 

「今だ……!」


 迫り来る業火に振り返ることは許されない。ただ真っ直ぐ、可能性を信じ谷を勢いよく飛び越える……!


「届けッ!」

 

 身体は空に舞い上がった。全ての光景がスローモーションとなり無音の世界が広がる。

 神経や意識は限界を超える。

 キャタピラーは跳躍し開かれた口は俺達を食らおうとする。


「爆ぜろォ!」


 千載一遇のチャンス。絶対に逃さない。

 奥に見える青く輝く心臓に狙いを定めボウガンを放つ……!


 クォァァァァァァァァァァァ!


 引かれた矢は炎と共に、空に舞うインフェルノ・キャタピラーの刃の心臓を貫く。

 灼熱に響き渡る金切り声の断末魔。膨張し続ける胴体は数秒の沈黙の末に幻想的な爆発を起こした。


「ぐっ!」


 襲いかかる強烈な爆風。

 体勢を何とか繋ぎ止め谷を飛び越える。


「やった……」


 終わった。

 奴を倒したんだ。


「ハッ……ハハッ……」


 口からは笑いが溢れてるのに目から何故か涙が止まらない。

 感情のコントロールがおかしくなってる。


「キュ……」 


「何だよシエル……そんな心配そうな顔して……俺のこと嫌いなんだろ?」


 らしくない顔しやがって。

 いつも通り生意気な顔をしてくれよ。


「カハッ……!」


 咳をする度に激しく吐血が起こる。

 内臓も傷ついているのか。

 身体も思うように動かない。


「ヤバ……マジで死ぬかもな……」


 もうシエルの顔も見えない。

 耳に入る音が遠くなっていく。


 意識がもう……持たない……。

 ここで死ぬならもう一度顔を見たかった。



 ユリエス____。


 


 

 









 

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