第32話 舐められてたまるか

 次にやるべきなのは馬の入手。

 長距離の旅路かつマグマ・ロードなどの危険地帯が多いルートで徒歩は危険。

 

 車もバイクも自転車もないこの世界での最速の移動手段は馬。

 馬なんて小さい頃に連れられた牧場でしかまともに見たことがない。


「さて……次は馬のようね」


 予定よりも早く特訓を終えたユリエスと合流し馬の売買所へ向かう。


「ちえっマスターをもうちょっと独占出来ると思ったのに」


「いつからお前のモノになったんだ……」


 ユリエスと合流した途端、分かりやすく不機嫌になるレシリー。

 先程の上機嫌さは消えムスッと顔を膨らませている。


「何をゴニョゴニョ言ってるのよ。さっ着いたわよ」


 連れて来られた売買所には無数の馬がブルルと鼻息を鳴らしている。

 

「さてまずは手分けして自分の愛馬になれる存在を探しましょう」


 強い。速い。乗りやすい。

 そんな馬を望んでいるのだが……正直どれがいいかとかよく分からない。

 競馬なんて見たことがないし年中馬に興味を示す馬オタクでもない。 


「僕はこの黒い馬でいいかな。なんか強そうだし!」


「私はこの白い馬ね。筋力しっかりしてるし小柄な私でも乗りやすそう」

 

 さっさと決めるレシリーとユリエス。

 に対して優柔不断な俺。


「マスターまだ〜?」


「ちょっと待てって。今考えてるから……」


「とか言ってもう30分だよ?」


 あぁ決められない。

 もうどうすればいいんだ。


「なら体験してみれば?」


「体験?」


「実際乗って確かめるのよ」


 その手があったか。

 全く視野に入れていなかった。


「じゃあこいつにするか」


 ブルッ……。


 一際目立つ美しい白い毛を生やした馬。

 高貴という言葉が似合っているエリートを体現したような馬。


 大人しそうだし有能そう。きっと乗馬に不慣れな俺でも直ぐに乗れて……。


 ブルルルルル!


「えっ?」


 足を掛けた瞬間、大人しかった馬は突如鼻息荒く興奮し暴れ回る。


「ちょ!?」


 いとも簡単に放り投げられ馬に馬乗りにされるという屈辱的でカオスな状況。


「何だよこいつ!? 何で暴れるんだよ!」


「うわぁ……めっちゃ嫌われてるじゃん」


「一種の才能ね」


「関心する暇あったら助けてくれない!?」


 顔に飛び散った唾液が物凄く臭い。

 

「グラビティ」


 ユリエスの放った軽い重力魔法で荒ぶる馬は強制的に止められようやく開放される。


「あいつ何なんだよ!? あんなに嫌がることあるか!?」


「嫌がってるというより……あれは馬鹿にされてるわね。馬に」


 罵ったような嘲笑で俺を見つめる馬。

 何で馬に馬鹿にされなきゃいけないんだ。


「あれはダメね、他のにしましょう」


「いや……あいつにする」


「えっ正気?」


「なんかムカついて来た……こうなったら絶対に乗ってやる」


 嫌がって拒絶するなら分かる。だが舐めてるから拒絶するのは何か腑に落ちない。

 こんなとこでプライド出しても意味ないのは分かってる。だがこのままじゃモヤモヤが一生残る。


 心に眠る闘志に火がついた。


「おらっ……絶対に乗ってやるからな!」


 始まったどうでもいい小競り合い。ロデオよりも激しい揺れに何度も何度もブッ飛ばされるがそれでも食らいつき身体にしがみつく。


「こんのいい加減大人しくしやがれ!」


「ユウトそろそろ止めといた方が……」


「ここまで来て止めれるか!」


 少しばかり疲れてきたのか馬の暴れ具合が減ってきている。身体を動かしどうにか馬への乗馬を続ける。


「止まれって……言ってんだよ!」


 そして散々暴れていた馬は……ゼーゼーと息切れし観念したかのように停止する。

 端から見れば下らない勝負だが俺からすればプライドを掛けた決戦。


「止まった……止まったぞ二人共!」


「うん……まぁ良かったわね」


「アッハハハ……」


「何だその冷ややかな目は!?」


 2人だけじゃない。周りにいた人も冷ややかな目で俺を見つめている。

 前の世界で周りが見えなくなるほど変にこだわってドン引きされた記憶が蘇る……。


「まぁ……悪くはないんじゃない? 筋力もあるし体力もある。強い馬ね」


 ブルルル……。


 ユリエスが触れた瞬間、いきなり従順に大人しくなり甘えるように頭を擦りつける。


「何だ、結構大人しいじゃない」


 こいつ……。

 ユリエスに対しては猫かぶりやがって。

 

「うわぁフサフサ♪」


 ブルッ!


 しかもレシリーが触れたら分かりやすく上機嫌になりやがった。

 何で俺にだけそんな反抗的なんだよ。

 男の娘にしか興味ないのか?

 馬のくせに面食いなのかこいつは。


「まぁいいか……金額は?」


「3頭合計で金貨6枚ね」


「6……!?」


 もう金貨を半数以上使った。

 出費多すぎないか……? 


 次々と財布から金が消えていく。


「あの馬……絶対に躾けてやる」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る