第2話 理不尽な転生

「……ろ……きろ」


 何だこの声は?  

 くぐもっていてよく聞こえない。


「……きろ……起きろ」


 誰に向かって言っている?

 俺に対してなのか?


「起きろ……起きろ……!」


 徐々に声がクリアになっていく。

 これは年寄りの声か。


「起きろォォォ!」


「どぅわぁぁぁ!?」


 鼓膜が破れるほどの大声。思わずきゅうりを見た猫のように跳び跳ねてしまった。

 目の前にはサンタクロースのような髭を生やした爺さん。えっ誰?


「ほぉ良かった……転生に失敗してしまったかと思ったわい」


「い、いや誰ですか貴方?」


「神様じゃ」


「……はい?」


「神様じゃ」


「……えっ?」


「分からぬか? ローマ字で言うとK・A・M・I・S「いやそういうことじゃない!」」


「貴方は誰ですか? というかここ何処?」


 謎の白い空間。どこまでが壁でどこまでが天井なのかさっぱり分からない。

 なんかの美術館か? いやでも俺は確か車に引かれたはず。


「落ち着いて聞いてくれ柏木ユウト君、君は死んでしまったのじゃ」


「へぇ死んだ、死んだ!?」


 いきなり見たこともない髭が異常に長い初老の爺さんに死んだと言われる。何だこのカオスな状況。


「死んだのじゃ」


「ちょ、ちょっと待ってください! さっきから言ってることが!」


「君は経験しただろう。車に引かれてしまって死んでしまったことを。そこで君の運命は終わったのじゃ」


「いや……それは分かりますけど」


 確かにあれは死んだと思ってたし死んだということに関しては受け入れられる。

 問題はその死んだ俺が何故こんなとこにいるかだ。


「じゃあ何で俺はここに? 普通死んだら天国だとか地獄だとかに行くんじゃないんですか?」


 ここは天国にも地獄にも見えない。どこまでも続きそうな真っ白の空間。

 無という言葉が似合っている場所。


「普通ならそうするつもりじゃった。しかし君の死は予定にないことだからじゃな」


 予定にない?

 死に予定なんてあるのか?


「死を迎える者は常に決められており人口の増減を抑えているのじゃ、しかし君のように稀に予定にない死を迎える者もいる」


 話が壮大すぎてよく分からない。だが俺の死が神様にとってもあり得ないことだったということは分かる。

 ただの交通事故ではなく不運が重なった特殊なもの。

 

「生き返らせたい気持ちで山々だが死んでしまった者はもう戻せない。だから君には別の世界に転生してもらいたい」


「別の世界?」


「つまりは異世界じゃ」


「異世界って……あの魔法とかあって女の子がいっぱいいる?」


「それは知らんがまぁそういう所じゃ」


 知り合いの小説でそういう話を読んだことがある。

 強い力を手に入れて女の子にモテるという話。男にとっては最高のシチュエーション。


「どうだユウト君、私としても君がその世界に転生してくれれば仕事が早く済む」


 いやそれよりも家族のことやエイジのことなどが脳裏によぎる。神様は「死んでしまったものはもう戻れない」と言った。多分もう会えることは出来ない。


 そこそこ幸せだった人生に未練はもちろんある。将来の夢とか特にはなかった。彼女も一度すら出来てないしもちろん童貞。


 憂鬱だったが死にたくなるほど嫌にはなってなかった。


「もう……これまで生きていた世界にはもう二度と戻れないんですよね?」


「あぁ君には申し訳ないがな」

 

 覆せる可能性がゼロな未練を持ち続ける必要があるだろうか。

 いつまでも嘆くくらいなら新しい運命をポジティブに受け入れたほうが気が楽だ。

 

「分かりました。なら転生します」


「よくぞ言ってくれた。これなら仕事が早く済む。それとこれは少しばかりの救済じゃが」


 俺のおでこを触れると突然目映い光が放たれる。


「君が行く世界には魔法が存在する。今あるワシの力を与えよう」


 身体全身が黄金の光に包まれ頭に次々と詠唱のような言葉が流し込まれていく。

 ファイヤー・ボール、プラズマ・スピア、名前的に多分何かの魔法だろうか。


 身体に関しては特に変化があるという訳ではない。身体能力は変化していないのか。


「その世界にある魔法を全て凝縮した。じゃが本当に予想外でな。準備が間に合わずになっておる」


「ふ、不安定……?」


「つまりは運じゃ。魔法の威力が安定せずに毎回ランダムの威力で発動する」


「ランダム!?」


「とてつもなく強い魔法が出る場合もあれば弱すぎる魔法も出るのじゃ」


 何だよランダムの魔法って!?

 運任せの魔法なんて聞いたことないぞ。

 

「さてユウト君、君が新たな世界で自由に有意義に過ごせることを祈ってるよ」 


「いやちょっとそんなバランス悪い魔法どうすればいいんですか!」


「まぁ何とかなるじゃろ」


「軽っ!?」


「大丈夫、直ぐには死なん」


「しばらくしたら死ぬんですか!?」


 訴えも虚しく徐々に身体は光に包まれていく。そっちの手違いで死んだのにそんな不安要素しかない魔法しかないなんて理不尽だ。


「あっそういえばじゃが……君からするとこれから転生する世界は少しばかりもあるかもしれん」


「えっ? それはどういう……」


 全てを話す前に光に包まれ意識が離れてしまった。神様が最後に言った「残念な世界」という言葉。


 その意味を俺は直ぐにも知ることになる……。



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