第70話 聖女の決裁が凄すぎる
次の日の朝。
俺はロニー隊長に頼んで午前中は通常の訓練を行っておいてもらうことにし、騎士団の敷地を離れて教会へと向かった。
「すみませーん」
「おお、ハダルさんお疲れ様。モルデナ様のスケジュールを確認するから少し待っていてくれ」
受付の人に声をかけると……係員は用件を聞くよりも先に聖女の都合を確認しに行ってしまった。
ちょっと待てい。
今回の俺の用事、どっちかといえば理事長とかにかけ合う案件であって、モルデナさんはあまり関係ないんだが。
でも行ってしまったからには、係員が戻ってきてからそのことを伝えるしかないよな……。
スケジュール確認が徒労に終わってしまうのは申し訳ないけれど。
などと思いながら待っていると、係員は一人の女性を横に連れて意気揚々と戻ってきた。
「ハダルさん、朗報だよ! モルデナ様、ちょうどうちに立ち寄ってたんだ。今なら話をする時間も取れるってさ」
なんと……更に申し訳ないことに、スケジュールを取るどころかモルデナさんご本人を連れてきてしまったのだ。
「お久しぶりですねハダルさん! ちょっとお茶でもしましょっか」
「あ……はい」
ニコッと笑顔でそう言われ、俺は別件で来たとも言いづらくなってしまった。
「では、以前お薬を打っていただいたお部屋でお話しましょっか!」
「え、ええ」
モルデナさんに連れられ、以前ワクチンの治験で使った部屋に移動することに。
お茶って言われても……別に新薬を開発したわけでも新たな治癒魔法を開発したわけでもないのに、何の話をすればいいのだろうか。
◇
「あの……まずは申し訳ありません。実はモルデナさんを呼んでいただいたの、係員さんの早とちりでして……今回は特に、モルデナさんにお話したい内容があるわけではないんです。それなのに、お時間お取りしてしまって……」
何を話すか迷った結果。
まず俺はストレートに、無駄な時間を使わせてしまうことへの謝罪から入ることにした。
「あら、そうだったんですね。まあでも、せっかくお会いしたんですから。本来誰にどんな用件があったかでも聞かせていただいて良いでしょうか?」
モルデナさんは、にこやかにそう返してくれた。
お忙しい身だろうに、なんて心が広いんだ。
「今回はですね……治癒師会の理事長に、国家治癒師免許試験を直近で臨時開催していただけないかご相談しようと思っていました」
聞かれた以上はと思い、俺はそう言って今回の用件を伝えた。
そう。ここに来た理由はーー「ゼルギウス・レンジャー」が可及的速やかに正規の治癒師となれるようにするための根回しだ。
「へえ、それはまたどうしてですか? ハダルさんは既に治癒師資格をお持ちですのに」
「実は俺、最近『ゼルギウス・レンジャー』の戦術戦技指導にあたっておりまして……集中講義で全員にパーフェクトヒールを覚えてもらったんです。それを早く現場で活用していただけるよう、治癒師資格も急ピッチで取らせようと思いまして……。国益にも叶うと思うのですが、いかがでしょうか?」
「レンジャー隊員全員がパーフェクトヒールですって⁉ ハダルさん、それっていったいどういう指導方法で……」
意図を聞かれたので答えると、モルデナさんは話の本筋よりも「レンジャー隊員がパーフェクトヒールを覚えた」という方に意識が行ってしまった。
「あ、まあそのそれは……ひたすら彼らにパーフェクトヒールをかけまくって技を体感してもらったり、魔力操作を補助して感覚を掴ませたりしました」
「な、なるほど……。後半はちょっとよく分かりませんが、とりあえずなんか革命的な教育だということは分かりました。ウチの新人にもやってあげてほしいですね……報酬ははずみますから!」
「あ、ありがとうございます。機会があればぜひ」
カリキュラムを説明すると、なんかまた新しい仕事が取れてしまった。
これはラッキー。
「でも、そういうことでしたら私に話していただいて大正解だと思います!」
などと思っていると、話が急に本筋に戻ってきた。
しかし……「私に話していただいて大正解」とはいったい。
「と、おっしゃいますと?」
「確かに、国家治癒師免許試験の臨時開催自体は理事会にて提案の上、稟議を通していただければ実施可能です。ですが、そのプロセスにはどうしても数ヶ月単位で時間がかかってしまいます。その点……私の権限であれば、稟議を通さずともスムーズに実行に移すことができます。ハダルさんも色々お忙しいでしょうし、その方がありがたいのでは?」
聞いてみると……モルデナさんの提案はこの上なく助かるものだった。
言われてみれば確かに、以前お母さんからも「決裁で無駄にたくさんの時間がかかるタイプの企業でスピーディーにプロジェクトを進める裏技として、最高位の決定者の承認を最初に得ちゃうというのがある」と聞いたことがある。
その裏技を、まさか最高位の決定者側から提案してもらうという形で、図らずも発動することになろうとはな。
俺の考えているカリキュラムなら「ゼルギウス・レンジャー」が合格に必要な勉強を終えるまでに何か月もかからないはずだし、俺自身も理事会に出席したりといった稼働がかからないで済むとなると、それほどありがたいことはない。
「い、いいんですか? そんなにお手数おかけしてしまって……」
「もちろんです! ハダルさんには、今まで数えきれないほどの恩がありますから。ここらでちょっとでも恩返しさせてくださいよ」
「あ、ありがとうございます! ちなみにモルデナさんを通した場合……最短でどれくらいで試験を開催していただけそうでしょうか?」
「超急ピッチでやれば、一週間でも行けますね。もちろん、準備だけ進めておいて開催日はフレキシブルに決められますから、レンジャー隊員の方の勉強の進捗に合わせて開催希望日を数日前に伝えていただければ大丈夫です」
「何から何まで……本当に恐れ入ります」
あまりにも神がかったお計らいに、俺はただただ感謝の言葉を述べるより他できなかった。
「また何日かしたら、希望開催日をお伝えしに参りますね!」
「ええ、お待ちしております!」
こうして俺は、教会訪問前には想像もつかなかったほどとんとん拍子で話を進めることとなったのだった。
最初は係員の早合点に呆れてしまったが、ここまでプラスに転じたからにはむしろ彼にも感謝しなきゃだな。
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