第69話 みんなで治癒師資格を取ろうーー2

「あの訓練を見ていて思ったのですが……皆さん、このように思われたことはないでしょうか。『自分たちに治癒魔法が使えれば、わざわざ身体能力が一般人レベルの人間を危険な現場まで連れて行く面倒さがなくなるのに』と」


 ここからの講義内容は、前提として「隊員に治癒能力があれば任務遂行が楽になる」という仮説が合ってないと意味のないものとなってしまうので、俺は共感が得られるかを試すべくそう問いかけた。

 しかし……。


「「「……?」」」


 俺の想定とは裏腹に、みんなぽかんとしてしまった。


 あれ、初っ端から予測を大外ししてしまったか。

 と思ったが、ここでロニー隊長がみんなの思いをこう代弁してくれた。


「確かにそうなれば任務は格段にやりやすくなりますが、そんなことを考えながら訓練や実戦に出ている者はいないと思いますよ。分業が当然すぎて、自分たちが治癒魔法を扱うという発想が出てこないはずですから」


 ……なるほど、そっちだったか。

 そういうことなら……共感はされずとも仮説は合っていることになるので、このまま既定路線で講義を進めて良さそうだな。


「分かりました。では今回の講習では、皆さんに治癒魔法を覚えて頂こうと思います」


 そう続けつつ……俺はホログラムを用いて魔法陣を一つ浮かび上がらせた。


「とは言っても、普通に治癒魔法を習うだけなら俺が講師である必要もないでしょうし、イチから治癒師を目指す時間なんて無いと思われた方もいるでしょう。そこで今回は……短期集中で、一つだけ治癒魔法を覚えてもらおうと思います。それが今投影している『パーフェクトヒール』です」


「「ぱ、パーフェクトヒール……」」


 教える魔法を説明すると……何人かの隊員が、上ずった声で魔法名をオウム返しにした。

 うち一人が、恐る恐るといった雰囲気で挙手をする。


「あの……パーフェクトヒールって、治癒師の中でも特に才能のある者が数年かけて習得するものって聞いたことがあるんですが。それを短期集中でって……果たして可能なんでしょうか?」


 どうやらその隊員は、パーフェクトヒールを覚えられる自信が無いようだ。

 まあ、そういう反応を見せる者がいるだろうなとは思っていた。

 実際に習得が難しいかはさておき、治癒魔法に触れてこなかった者の認識としては「なんか超専門的で高難易度な魔法」みたいに思っててもおかしくはないからな。


 俺は満を持して、安心してもらうために笑顔でこう答えた。


「可能です。なぜなら一般的な治癒師が習得に時間を要する原因は恐らく、『身近に手本がいないから』と『身体で覚えられないから』の二点だからです。実際に魔法発動を見せてもらうことなく、教科書を読んでほぼ独学みたいな形で習得するとなると、どうしてもコツを掴むのに時間がかかりますからね。また、実際に自分がパーフェクトヒールを受ける側になる経験が少なければ、それもコツを掴むのに時間を要する原因になります。ですが皆さんには、これから何百回もパーフェクトヒールをかけて技を体感していただきますし、必要に応じて魔力操作補助なんかもできます。これならそんなに習得に時間を要さないでしょう」


 俺、過去にお母さんがくれた文献で読んだことがあるんだよな。

 確かタイトルは、「治癒魔法の被験回数と習得までの期間の相関について」だったか。

 その文献では、被験回数が多ければ多いほど、その魔法の習得に要する時間が短くなる傾向にあるというデータが出ていた。


 おそらく以前教会でインターンした感じからすると、パーフェクトヒールは患者に対してでさえ結構貴重な感じだったし、ましてや治癒師同士で魔法技術向上のためにかけ合うみたいな雰囲気ではなかったからな。

「習得に数年かかる」というのは、被験回数が少ない者の期間と考えて差し支えないだろう。

 治癒魔法の造詣は無いとはいえ、「ゼルギウス・レンジャー」の面々は地頭の優れたエリート集団なんだし、そこに圧倒的な被験回数が加われば短期習得も夢ではないはずだ。


「では、先ほどの訓練で皆さんお疲れでしょうし、まずは一回かけますね!」


 俺はそう言って全員に治癒魔法をかけた。

 とは言っても、今回のは厳密にはパーフェクトヒールではなくエリアパーフェクトヒールだが。


「うお、身体が軽い!」

「これが体力調整運動直後だなんて……信じられないっすねえ!」


 初めてパーフェクトヒールを体感して、隊員たちはテンションが上がった様子だ。


「こんな感じで、皆さんにかこれから何度もカジュアルにパーフェクトヒールをかけていきます。そのうち、それがどんな魔法か、自分で発動するにはどうするといいかがだんだん感覚として分かってくるでしょう」


 再三、俺はそう習得の現実性を強調した。


「承知しました!」

「それでもまだ難しそうには感じますが……ハダル殿に来ていただいて、そして『私たちにできる』と信じてくださっている以上、全力でそれに応えます!」


 こうして俺は、隊員たちにパーフェクトヒールの習得に前向きになってもらうことに成功した。


「それじゃあ始めていきましょうか!」


 からの、早速特訓が始まることとなった。


 ◇


 それから一週間後。


「……できました!」


 ついに……最後の一人が、自力でのパーフェクトヒールの発動に成功した。


「「うおおおおお!」」

「よくやった、よくやったぞ!」

「これでみんなでハダル先生の期待に応えられたぞ!」


 その様子に、他の隊員たちも皆自分のことのように大喜びし、講義室内に拍手喝采が鳴り響く。


「おめでとうございます。ついにできましたね!」

「あ、ありがとうございます! 他のみんなが成功させていく中、自分だけ覚えが悪くて、迷惑をかけていることが心苦しくて……やっと上手くいって安心しましたぁ!」


 労いの言葉をかけると、その隊員が涙を流しながら感謝の言葉を口にした。

 これで一旦、講義の第一段階は修了だな。


「実戦では、負傷者の容態によっては必ずしもパーフェクトヒールは必要ないかもしれません。軽傷者相手なら、もっと簡単な治癒魔法で魔力を温存するという選択をすることもあるでしょう。そういった時用の魔法は教えてませんが……だいたいメジャーなのはパーフェクトヒールの部分発動みたいなものばかりですので、独学ですぐにでも覚えられることでしょう」


 そんな言葉で、俺はパーフェクトヒール集中講義を締めくくった。


「「「ありがとうございます!」」」


 隊員たちは一斉に敬礼しつつ、謝辞をハモらせる。


 さて、ここまで来たからには……実際現場でも法令上問題なくパーフェクトヒールを使えるようにしなくてはな。

 この一週間、隊員たちの特訓を見守る傍ら国家治癒師免許試験の参考書と問題集と模試も作成したし、明日からはそれを用いて講義第二弾といくとしよう。

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