第67話 体力調整運動にて……
正午になる五分前……俺はグレートセイテンの雲に乗り、アミド人事部長が営内地図で指した場所に到着した。
その場所には既に、「ゼルギウス・レンジャー」の面々と思われる迷彩服を着た屈強そうな男たちが隊列をなして並んでいた。
整列した男たちの前には、更に一回り体の大きい男が向かい合って仁王立ちしている。
あれが隊長っぽいな。
「お初にお目にかかります。ハダルと申します」
少し手前で雲を降り、隊長っぽい男の隣まで歩いていき、俺はそう挨拶した。
「ようこそ、ハダル殿。私がここの隊長のロニーだ」
先頭の大男は、やはり隊長で間違いなかった。
「今日からよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
初対面の挨拶の言葉を述べた後、ロニー隊長は右手を差し出してきたので、俺はそれに応じて握手をした。
「アミドから話は聞いている。我々への指導の前に、まずは一緒に訓練を受けたいらしいな」
「ええ」
「そうなると……その訓練の間は、君をゲストではなく一隊員として扱うこととなる。それで問題はないな?」
「レンジャー!」
「おお……ゲストは最初はだいたい『はい』とか言ってしまって、その度に私から『返事はレンジャーのみ!』と言うのが恒例なんだが。やるじゃないか」
ロニー隊長からの質問に対し、この部隊特有の挨拶で返事をすると、隊長は一瞬意表を突かれたような表情をした後ニヤリと笑ってそう言った。
事前に予習しておいて良かった。
正午まで時間があったので、広域集音魔法を使いつつ気づかれないように午前の訓練を見学していたのだが、それをやっていなければ他のゲスト同様初見殺しで怒られていたことだろう。
「ではハダル隊員、そこの位置へ!」
「レンジャー!」
ロニー隊長が俺の立ち位置を指示すると、隊員たちが素早く整列し直してその位置を開けてくれたので、俺はそこへ移動した。
「今から行うのは、体力調整運動という種目。まあ有り体に言えば……合図通りに動く筋トレのようなものだと思ってもらって差し支えない。だがそう聞いて安心するなよ。今から君には、自分を限界以上に追い込んでもらうこととなる!」
「レンジャー!」
「今まで君の歳でこの訓練をやりきったのはイアン第一王子くらいだ。まあそもそも、君の年齢で我々と合同訓練を行う者自体ほぼいないがね」
「れ、レンジャー」
イアン……どういう経緯でこの訓練に参加したんだ。
まああの筋トレマニアなら、こういうのは得意そうではあるけども……。
ーー余計なことを考えるのは後だ。
今はとにかく、訓練に集中しなければな。
「まずは第一種目、『跳躍』からだ! ポイントはフォームを守ること、そして毎回必ず己の限界の高さまで跳ぶことだ!」
ロニー隊長は一回フォームを実演しつつそう言った。
「ではよーい、始め! 1!」
そして早速カウントが始まったので……俺は全力で地面を蹴り上げた。
何十メートルか宙に浮いた後、自由落下して地面に到達する。
すると……隊長含め、隊員たちが口をぽかんと開けたまま俺の方に目が釘付けになっていた。
え……俺何か間違えたか?
指示に忠実に、限界の高さまで跳んだだけのつもりなのだが。
「あ、えー、えと……この訓練では、魔法は無しだぞ? 限界まで高く跳ぶとは言ったが、それはあくまで素の体力の限界までという意味だ」
「魔法は使っておりません」
「……は?」
身体強化か飛行魔法あたりを使ったと勘違いされたようなので、今のは素の体力によるものだと伝えると……ロニー隊長はより一層狐につままれたような表情になってしまった。
「……すまない。もう一度同じように跳んでもらえないか?」
「レンジャー!」
隊長に指示され、俺はもう一度同じフォームで同じ高さまで跳躍する。
すると隊長は頭を抱えながら、小声でこう呟いた。
「魔法は検知されず。申告に虚偽なし、か……」
その呟きを耳にし……周囲の隊員たちも次第にザワつき始める。
「……静粛に!」
「「「レンジャー!」」」
しかしそのザワつきは、ロニー隊長の一喝により瞬時に静まった。
そこで隊長は、こう続けた。
「よし、分かった。仕方がないので……ハダル隊員には本訓練における魔法の使用を許可する。そのかわり、次のカウントまでには着地しておくように!」
この魔法の使用許可は……下方向に飛行魔法を使うか上空で結界魔法を足場にクイックターンするかして、自由落下以上のスピードで着地しろってことか。
「レンジャー!」
こうして俺はこの訓練において、魔法で更に負荷を上げながら皆と同じペースで体力の限界に挑むことになるのであった。
◇
その後も訓練は粛々と続き、俺たちは海老蹴り、かがみ曲げ、腕立て伏せなど様々な種目をこなしていった。
「それぞれが己の限界に挑む」というコンセプトだけあって、身体能力の多寡に関係なく、この訓練は種目を進めるにつれどんどんきつくなっていった。
こりゃ全種目終了後にはパーフェクトヒール必須だな。
なんてことも思いつつ進めていると……ついに最後の種目に到達する。
最後にやるのは、懸垂。
これで限界まで追い込むとなると……そうだな。
まず、重りは必須だな。
俺は内径がふくらはぎの直径と同じくらい、厚みは5センチほどのアダマンタイトでできた重りを2つ生成し、足に巻き付けた。
重力操作装置ももちろん百倍に設定してから鉄棒にぶら下がり、その上で自身でも重力魔法を発動する。
「それではよーい、始め! 1……2……3………………16!」
十六回のカウントを上げきって……ようやく全種目完了となった。
「よし、みんなよくやった。今日は特別に、休憩がてら雑談もしていいぞ」
ロニー隊長の指示で休憩に入ると……早速近くにいた隊員が話しかけてきた。
「お疲れ様。いやそれにしても……とんでもないフィジカルだな」
「ありがとうございます」
「普通にやるだけでもきついのに……その重り、いったいどのくらい重いんだ?」
「持ってみますか?」
ちょうど片足の重りを取り外し終えたところだったので、俺はその隊員にそれを渡そうとしてみた。
「……うおっ! な、なんじゃこりゃあ……」
しかしその隊員は重りを持ちきれず、重りは手をすっぽ抜けて落下し、地面に深々と突き刺さった。
「こんな重い物を……二個もつけて? よくそれで身体が持ち上がるな……」
「いえいえ。これでも物足りないので、重力操作装置と重力魔法も併用してセットをこなしました」
「じゅ……何だそれ?」
「俺は聞いたことがあるぞ。確かそれ……入試の時に作ったと言われてる、伝説の魔導具だよな?」
話を続けていると、他の隊員も加わってくる。
相変わらず誰も彼も伝説だなんて大げさな……。
「いえ、その装置は限られた素材で作ったプロトタイプでしたし、加重倍率もせいぜい3倍までなので友達にあげました。これはその後本格的に作ったやつで、100倍まで重くすることができます」
説明しながら、俺は以前ジャスミンが魔導具の効果範囲に小石を投げ入れて重力強化の影響を確かめてたのを思い出し、同じ方法でデモンストレーションして見せた。
「ひゃ……百倍⁉」
「な、なんじゃ今の軌道……」
「ダメだこれ、もうあらゆる意味において神童って枠に抑えていいやつじゃないだろ……」
効果範囲に入った途端急転直下した小石を見つつ、それぞれ好き勝手に感想を述べだす隊員たち。
「こんなんもう、既存の訓練やってる場合じゃねえ!」
「お願いします、合同訓練はここで中止にして色々教えてください!」
「現時点でチャレンジコイン百枚でも千枚でもあげますんで!」
かと思えば、彼らは次々にそんなお願いを口にしだした。
チャレンジコインって確か、騎士団の各部隊が独自のを作っていて、合同演習とかの際に「お互いを認め合う証」として交換するやつだったよな……。
通貨じゃあるまいし、百枚だの千枚だのそんな単位で渡すものではないはずじゃないのか。
まあそれは置いといて、「指導員としての着任を快く受け入れてもらう」という当初の目的は達成できたっぽいな。
本当は他の訓練も一緒にやるつもりだったが、彼らがその気なら、訓練はスキップして本来の仕事に入るとするか。
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