第66話 依頼内容の説明
いただいたお菓子のうち一つを食べ終えた頃……アミド人事部長が、少し息を荒くしながら部屋に戻ってきた。
「すまない。待たせたな」
「いえいえ、とんでもないです」
「軽い雑談のつもりが、まさかあんなユニークな武器をプレゼントしてもらえることにまでなるなんてな。もう今の時点で、私の持ちうる人事権を最大限濫用して君を要職に就けたいくらいだよ」
「そ、それは流石に遠慮しておきます……」
「ハハハ、そういう真面目なところもますます気に入ったぞ!」
アミド人事部長がサラッととんでもないことを言い出したのでビックリして固辞すると、彼はまた愉快そうに笑いながらそう口にした。
って……この調子じゃ次の雑談に入られそうだな。
「あの……このままだと他愛もないお話だけで一日が終わりそうですし、そろそろ本題に入っていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。君ほどの人材の貴重な時間を無駄にしてしまって誠に申し訳ない。それじゃそろそろ、今回の依頼内容の詳細を話すとしようか」
恐る恐る切り出してみると、アミド人事部長はあっさりと話題を切り替えてくれた。
「前も言った通り、君にお願いしようと思っているのは、ウチの精鋭部隊の戦術戦技指導だ。具体的には、まずはウチの精鋭部隊のメインである『ゼルギウス・レンジャー』への指導をお願いしたい」
説明を始めつつ、彼は懐から一枚の資料を取り出し、俺の目の前に置く。
「『ゼルギウス・レンジャー』の主な仕事は、『友好小国への人道支援』『災害救助』『治安維持』の三つだ。知っての通り、ゼルギウス王国はこの大陸では二番目の大国であり、最大の国家であるコロナイ帝国とは敵対関係にある。とはいえ、ゼルギウスとコロナイが直接戦闘になることはほぼない。外交が決裂した際は、間にある友好的な小国群と敵対的な小国群で小競り合いになるのが基本だからだ」
「なるほど」
「だから戦争の際は、彼らの主な仕事は物資を届けたり、現場の治癒師をサポートしたりといったことになるな」
「そうなんですね」
「ただもちろん、『ゼルギウス・レンジャー』が全く戦闘に従事しないわけではない。小国群の人道支援中に敵軍の襲撃があれば防衛はするし、災害救助には魔物災害対応ーーすなわち魔物狩りも存在するからな」
「だから今回、新たな戦い方を教える依頼を頂いたということですね」
「その通りだ。ちなみに……君がアシュガーノの建設現場防衛を一人で請け負うことになる前は、『ゼルギウス・レンジャー』も派遣される予定の部隊の一つだったんだぞ」
「そうだったんですね」
一通り話を聞き、俺は依頼の全貌を何となく掴むことができた。
「ここまでで、何か質問はあるか?」
うーん、そうだな。
別に今聞かなくてもいいことかもしれないが……念のため思い浮かんだ疑問点と不安をぶつけておくか。
「2点あります。一つ目は……先ほどアミドさんは『まずはゼルギウス・レンジャーへの指導をお願いしたい』と仰いましたが、他にも精鋭部隊が存在するんですか?」
まず最初に、俺はシンプルに気になったことから聞いてみた。
すると……アミド人事部長は目線を上げて少し考えてから、ゆっくりとした口調でこう答えた。
「すると言えばするし、しないと言えばしないな」
「……どういうことですか?」
歯切れの悪い回答の意図が気になり、俺は問いを重ねた。
「実状ベースで言えば、他の精鋭部隊は確かに存在する。けどそっちは、表向きには存在しないことにしている非公式の部隊なんだ。だから……申し訳ないが、君にその詳細を明かすのは、もしそっちの戦技指導もお願いすることになったらってことにさせてくれないか?」
どうやらアミド人事部長の回答が曖昧だったのは、どこまで話すか迷いながらの回答だからだったようだ。
「すみません、事情も知らず興味本位で聞いちゃって。詳細を聞くのはその必要がある時で構いません」
軍事機密なんて、知ってたら悪いやつに拷問されるリスクが上がるだけだし、今後一般企業に勤める可能性もあることを考えたら知らないに越したことはないからな。
俺はこれ以上深掘りしないことに決めた。
「いやいや、君が謝る必要なんてないよ。元はと言えば、精鋭部隊が複数あるように聞こえる言い方をしてしまったのは私の方だからね」
俺がすみませんと行ったことに余程焦ったのか、慌てたように首を振りながらそうフォローの言葉を入れるアミド人事部長。
「ところで……質問はもう一個あるって話だったな?」
「はい。一つ不安に思ってることがありまして……今回のお仕事って、学生がいきなり国防のプロ相手に教鞭をとる形になっちゃうじゃないですか。それに際してその……快く思わない人とかもいるんじゃないかって、ちょっと気がかりでして」
「な……なるほどね」
もう一つの質問を促されたので不安点の方を尋ねると、アミド人事部長は軽くフッと笑ったあと、こう答えてくれた。
「その心配は無いよ。さっきも言った通り、彼らはもともとアシュガーノ岬にて建設現場の防衛任務を受ける予定だったんだ。そして彼らのほぼ全員が……自分たちの力ではその任務を全うしきれないと考えていた。君はそんな任務をたった一人で達成したんだ。学生だろうがなんだろうが、君をリスペクトしない人間はあの部隊に存在しないはずだよ」
「そ、そうなんですね……」
そういう理屈で説明されれば、確かに心配ない気もするな。
「……あ」
杞憂だと納得しかけた俺であったが……しかしその時。
アミド人事部長は何かを思い出したようにこう付け加えた。
「でももしかしたら、君の功績があまりにデカすぎて、事実だと信じてない者がいるかもしれないな……残念ながら。まあそれにしても、無礼な態度は取らないよう厳命してあるから大丈夫は大丈夫なんだが……」
その補足を聞いて……俺の中に、一人の人物が浮かび上がった。
元々学園対抗武道大会の大将候補だった、上級生のリヒトだ。
俺は過去にも一度、自分の経歴を「どうせ盛ってる」と決めつけられ、実際戦うまで信じてもらえなかったことがある。
同じように思っている人がクライアントの中にもいるかもしれないってのは、ちょっと厄介だな。
「無礼な態度は取らないよう厳命してある」とは言っても、それで約束されるのは表立って不快感を示す者がいなくなるということだけであって、人に何かを教えるってのはやっぱり心が通じてないとやりづらいし。
などと考えていると、俺の中で不安がぶり返しているのを感じ取ったのか、アミド人事部長はこんな提案をしてくれた。
「もし良かったら、こういうのはどうかな? 指導に入る前に一回、彼らと既存の訓練を一緒に受けるんだ。同じ苦労を共にすれば仲間意識もできるし、彼らが君の功績を事実と信じてるかはさておき、同じメニューをこなした者のことは絶対にリスペクトするからな。どうだ?」
あ、それは名案だな。
いきなり先生と生徒の関係から入るんじゃなく、仲間ってとこから入るほうが格段に信頼関係を築くのは楽な気がする。
「ぜひそれでお願いします!」
俺はそう即答した。
「じゃ、部隊の方にもそう伝えとくよ。正午になったら、この場所に来てくれ」
アミド人事部長は部屋の壁にかかっている営内の地図を指しつつそう言った。
いよいよ騎士団のエリート部隊とご対面か。
緊張もするけど……ちょっとワクワクもするな。
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