第65話 アミド人事部長の趣味

 その後、俺はアミド人事部長と後日騎士団の本部で会う約束をし、大会の会場を後にした。

 そして、五日後。

 約束の日の朝、起床してリビングに向かうと……元兎メイドがテーブルに並んだ豪華な食事と共に、満面の笑みで待っていた。


「おはよう。……これは?」


「おはようございます! 今日から軍隊に入られるんですよね?」


「いや、入るわけじゃないぞ。徴兵制じゃあるまいし。ただ戦術戦技指導のインターンが始まるだけだ」


「そういえばそんな風に言ってましたねー。ま、どちらにせよ、軍隊と一緒に釜の飯食うんですよね?」


「まあ……それはそうかもな」


 正確には軍隊ではなく騎士団なのだが、兎からすれば違いは無いだろうから敢えてツッコまないでおく。


「と思って、軍隊メシに慣れる練習として、これ作ってみました! じゃーん、『えむえるいー』です!」


 元兎メイドは得意げな表情で、テーブルに並んだ料理を指した。


 えむえるいー……ああ、古代の超大国で主に使用されていた軍用レーションがそんな名前だったか。

 いや、海鮮丼とか蟹の炊き込みご飯とか、明らかにどう見ても違うものが混じってる気がするんだが……本当にこんなんだったっけ?


「まー私、あの本に書いてあったことほとんど読めなかったので、半分くらいテキトーなんですけどね!」


 と思ったら、やっぱり違ったようだ。

 古代語読めないのに、古代のレシピ本を参考に料理しようと思ったのか……。


 うん。まあ、美味しそうなのでオッケーだ。

 そもそもあらかじめ軍隊メシに慣れる必要とか特に無いだろうしな。

 せっかく作ってくれたので、しっかり味わっていただくとしよう。


「ありがとうな。見てるだけでお腹空いてきたよ」


「ぜひめしあがれー!」


 海鮮丼と蟹飯は──旨味が脳天まで突き抜けたかと思うくらい旨かった。

 この子、もしかして地味にブオーノ村の大会で優勝できるくらい実力ある?


 最高に景気の良い腹拵えを済ませたところで、俺は屋敷を出発することに。

 グレートセイテンの雲に乗ると、空を一直線に騎士団本部の建物を目指した。


 ◇


 騎士団本部にて。

 門の前で着陸すると、すぐさま衛兵が中へと案内してくれて……俺は応接室にて、アミド人事部長を待つこととなった。


「ふかふかなソファだな……」


 などと部屋の様子を観察しつつ二分ほど待っていると、アミド人事部長が中に入ってきた。


「今日は来てくれてありがとう。楽しみにしてたよ」


 彼はそう言いつつ、菓子折りをいくつか俺の前に置いてから席に着いた。


「こちらこそ、俺に業務を委託してくださりありがとうございます」


「何を言っている。君ほどの超鬼才に仕事を頼みたくない奴なんているわけが無いだろう。私は今日、一生分の運を使い果たした気分でいるよ」


 そりゃまた随分と大袈裟な……。


「ま、それはともかくだ」


 俺が苦笑いを浮かべていると、アミド人事部長はそう言って話題を切り替えた。

 お、いよいよ本題か。


「こないだも二言三言しか喋ってないのに、いきなり仕事の話ってのもアレだし……まずはちょっとアイスブレーキングでもしようか」


 ……違った。

 俺は別に、いきなり仕事の話でもいいのだが。


 とはいえ相手が雑談から始めたいタイプなら、それに乗らない道理も特に無いがな。


「はい、お願いします」


「君のことについてはあの大会のあと、色々と情報収集させてもらった。どれも本当に現実なのか疑いたくなるような話ばかりだったが……その中でも、特に個人的に興味を持ったものがあってね」


「……ええ」


 個人的に興味……一体なんだろう。


「なんでも入学試験の時に、べらぼうに高スペックな剣を自作したそうじゃないか。こう見えて私、結構重度の武器マニアでね。流石に大部分がアダマンタイトでできた剣は到底私には扱えそうもないが……何かこう、他に変わった武器とか作ってたりしないか?」


「か、変わった武器、ですか……」


 固唾をのんで聞いていると、まさかの入試の剣術試験の話がここでも蒸し返されてしまった。

 あれは個人的には半分くらい黒歴史なので、積極的に広めてほしくはないんだがな……。


 ともあれ、「変わった武器」か。

 思えば色々な魔導具を自作した(とはいっても大半は古代のロストテクノロジーを復活させただけのものだが)けど、武器マニアが好みそうなものってなると、ちょっとパッとは思いつかないな。


 アシュガーノ岬のマナプラズマキャノンやドラゴンキャノンなんかは武器というか戦略級兵器だし。

 魔導具以外に目を向ければ、魔素加粒子砲も武器っぽい側面もあるが……あれは魔法のエフェクトにすぎないので、アミドさんに使わせてみることはできないしな。


 他に何かあったかな。


 ……あっ、そういえば。


「一応、あるにはありますよ。本当に『変わっている』だけで、特段武器として優れているかと言われれば多分そうでもないので、ご期待に添えるかは分かりませんが」


 土壇場で、俺はここで紹介するのにもってこいな武器を一つ思い出し、それを提案してみることにした。


「全然それでいいさ! 変わってるだけの武器とかも私、大好物だからね」


「でしたらこちらをどうぞ。面白い武器ではあると思います」


 そう言って俺が取り出したのは……グレートセイテンの棒を分解して発見した魔法陣を組み込んで作った、リーチを自在に変えられる剣だ。


「ほう、剣か。これは……どんな剣なんだ?」


「魔力を通しつつ、どんな長さになってほしいかを念じると、その長さに変化してくれます。ほら、こんなふうに」


 デモンストレーションがてら、俺は剣の長さを一瞬だけ2倍にしてすぐ元に戻した。


 すると……アミド人事部長の目が点になった。


「はぇ……? え、えええええ⁉」


 一瞬遅れて、彼はどこから声を出してるんだってくらい大きな驚きの声をあげる。


「な、なんじゃこりゃあ……伸びる剣なんて聞いたことも無いぞ⁉ それに今の伸縮スピード……攻撃魔法とか矢とかなんか目じゃなかったぞ。武器として優れてるかとかそんな次元じゃなくて、戦闘の常識が変わってしまう代物じゃないか……」


 恐る恐る剣を手に取り、切っ先を身体の方に向けないよう細心の注意を払いながら、彼は剣を眺め回しつつそんな感想を述べた。


「そ、そこまで褒めていただくほどのものでもないですよ……。グレートセイテンの武器を面白半分で改造しただけで、耐久性とかぜんぜん考えてないですし。そこまで汎用性があるかは微妙だと思います」


「御伽噺の魔物の武器を、面白半分で改造できてる時点で十分おかしいけどな。それでもまあ確かに、見るからに凄い武器でも、思ったほど実戦でも扱いやすいかは分からないってのは一理あるか。……もし良かったらちょっと、これ貸してもらえたり……は難しいかな?」


「別に量産可能なんで、そこまで欲しいのでしたらお土産がてら一本あげますよ」


 だいぶ過大評価されている気がしなくもないが、仮に後で評価が変わっても「マニアにとって宝物」たり得ることには変わらなさそうだと思ったので、俺はご挨拶のしるしとして一本作ってプレゼントすることにした。

 即席で錬金し、それをアミド人事部長に渡す。


「あ、あれ……剣って瞬きする瞬間に完成するもんだったっけ? いくら何でも早すぎる……」


 錬成された剣を、アミド人事部長は絵に描いたように二度見した。

 そして次の瞬間、その剣を至極大事そうに手に取ると、


「ありがとう。これは一生の宝物にするよ」


 彼はそう言って、自分の持ち物のところに剣を置きに行くため、部屋を出ていってしまった。


 これ……このペースで進んでたら、最悪今日一日がアイスブレーキングだけで終わりかねないんじゃなかろうか。

 アミドさんが帰ってきたら、流石に本題に入ったほうがいいかもしれないな。

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