第64話 新たな業務委託へ
控え室に戻ると……そこには対照的な2つのグループができていた。
「な……何なのあの子……」
「俺たちのリヒトがあんな目に遭ったのを見て、タダモンじゃねえとは思ってたけど……あの一瞬現れたドラゴンは、一体何だったんだ?」
目が点になった状態で、そんなことを口々に言い合ってるのは、リヒトやもう一人の選手の友人たち。
一方で……。
「ま、こうなるよな」
「流石にわざわざドラゴンの姿でとどめを刺すのは想定外だったけどね」
「そうそう、あの変身、私いつか見たいと思ってたの! なんか案外、一瞬で切り替わるんだね……」
イアン、ジャスミン、セシリアの三人は、相対的にかなり反応が薄い様子だった。
セシリアだけは、ドラゴンが初見のせいか少しはしゃぎ気味のようだが。
「……お、ハダルおつかれ」
イアンに至っては、俺を見つけてもただ軽く手を振るだけという始末だ。
「な、余裕だったろ?」
「いや、そうとも言えないかな。あの子、死ぬまで気迫で猛攻撃し続けてくるタイプだから……『いかにダメージを与えるか』じゃなくて『いかに戦意を削ぐか』がポイントだって気づかなかったら、難しい戦いになってたかもね」
「てことは、ドラゴンの姿はただのパフォーマンスだったのね」
試合の感想を話していると、ジャスミンはそう言って納得の表情を見せた。
ま、俺の場合、どっちの姿かで戦闘能力はほとんど変わらないしな……。
そういえば、せっかく一個だけ作ってた中継魔道具は誰も使わなかったのかな?
「誰も中継魔道具を使って見なかったのか?」
「私は臨場感が凄すぎて逆にダメだったわ。最初はそれで見てたんだけど……相手の選手が一回目に必殺技を出してきた時ですら、あまりの迫力に血の気が引いたもの」
聞いてみると、ジャスミンが首を振りながらそう答えた。
ああ、逆にそっちの意味でダメだったのか。
別にそれだったら、俺視点で見なきゃいい話なんだがな。
……そういえば俺、魔道具を「モード1」から切り替える方法、説明してなかったか。
まあどっちみち、俺以外の視点で見るなら、現地にいる人からすれば必要ない道具だったか。
「それってメテオ・タックルのことだよな? あれ……そんな大迫力だったか」
「ハダル君だから何とも感じなかっただけで、一般人があんな技に直面したら絶望ものよ……」
そんなもんなのだろうか。
そういえば……同じく中継魔道具を使ってたフランソワはどうだったんだろうな。
俺はフランソワの近くの空中偵察機に風魔法や集音魔法を転送して、コンタクトを取ってみることにした。
『フランソワ、どうだった? 今回の試合』
『なんか〜、全然迫力なかったっす〜。聞いてた話と全然違くて退屈でした〜』
フランソワに聞いてみると……ジャスミンとは真逆の感想が返ってきた。
ま、フランソワに聞けばそうなるか。
凄く期待していたようなので、がっかりさせてしまったなら申し訳ないな……。
『ああ、そう言えばいい忘れてたが……『逸材』ってのは、実は俺が直接評価したんじゃなくて、人から伝え聞いた話だったんだ』
『な〜んだ、そういうことだったんっすね! わざわざ現地までいかなくて正解でした!』
一応弁明すると、フランソワはそう言って納得した。
ま、様子は確認できたし……こっちはこのくらいでいいか。
俺は風魔法と集音魔法による通信を終了した。
あとは……表彰式の時間までは、空き時間だな。
時間が来るまで、俺は控え室で休憩しておくことにした。
◇
……の、だが。
プログラム上で、表彰式が始まるとなっている時間になっても……一向に、放送席からそのアナウンスが流れてこなかった。
どうしたんだろう?
何かトラブルでもあったのだろうか?
不思議に思っていると……控え室のドアが開いて、一人の男が入ってきた。
確かウチの教頭先生だったか。
その男は困り顔で、こう口にした。
「ハダル君。申し訳ないんだが……今ちょっと、困ったことになっていてな。私についてきてくれないか?」
……一体なんだっていうんだ?
「どうしました?」
「それが……今回の大会の勝敗について、メトロキャピタル魔法学園の校長先生がゴネていてね。『ドラゴンを生徒と偽って出場させるなど反則だ!』の一点張りなんだ。君が弊学の生徒だということを証明するのを、君にも手伝ってもらいたいんだが……頼めるか?」
聞いてみると、とてつもなく面倒くさいことになっていた。
どんな屁理屈なんだそれは……。
「私としても、『天然のドラゴンを従わせて大会に出させるなどできるはずがない』と反論したのだが、全然聞く耳を持ってくれなくて……ハァ……」
しかしまあ、とりあえず教頭先生はだいぶお困りのようだ。
仕方がないので、俺も説得にあたってみるとするか。
上手くいくかは知らないが。
「まあ、試してみます」
俺はそう返事をした。
そして、教頭先生の案内のもと、メトロキャピタル魔法学園の校長先生がいるところについていった。
到着すると……俺を見るなり、一人の男が恭しい態度でこんな質問を口にした。
「は、はじめまして、ドラゴン様。本日はなぜ、このようなつまらない大会にお越しを?」
おそらくこの男がメトロキャピタル魔法学園の校長だろう。
にしても、ヤバいな。初手これか。
これは説得も骨が折れそうだぞ……。
「俺はドラゴンではないですし、正式なゼルギウス王立魔法学園生です。これをご覧ください」
そう言って、俺は収納魔法から在学証明書を一枚取り出した。
今後のインターンの提出書類用にと、余分に取っておいたものだ。
偽造防止も施されているので、これを見ても尚偽物だ……などとは言わないでくれるとありがたいのだが。
「なので、無効試合なんて言いがかりはやめていただけますか?」
在学証明書を渡しつつ、俺はそう念押しする。
すると……メトロキャピタルの校長先生はしばらく紙を眺めた後、こんなことを言い出した。
「これはこれは御冗談を。ドラゴン様にとっては、人間が施した偽造防止など、破るのは容易いでしょう。一体なぜここまでしてゼルギウス王立魔法学園に肩入れを?」
……だめだこりゃ。
そもそも魔法制御力に関しては、ドラゴンより人間の方が高いってのが常識じゃなかったのか?
一瞬、俺はお手上げかと思った。
が……その時、俺は名案を思いついた。
……いや、そここそが突破口じゃないか。
本物のドラゴンに、俺が人間であることを証明してもらえばいいのだ。
俺はフランソワとの風魔法と集音魔法による通信を再開した。
そしてまず、こうお願いする。
『フランソワ、一旦ドラゴンの姿になってもらっていいか?』
『いいっすよ! ……できました!』
フランソワがドラゴンの姿に戻ったのを確認してから、ホログラムでその姿を映し出す。
「こ、これは……?」
メトロキャピタルの校長の目は、ホログラムに釘付けとなった。
「参考までに、インフェルノ大陸出身の正真正銘のドラゴンです。……では彼女に軽く質問をしてみますね」
そう言ってから、俺はフランソワにこうお願いした。
『フランソワ、相手の校長先生が俺がドラゴンだと決めつけてくるんだが、何か言ってやってくれないか?』
するとフランソワは、ムッとしたような声でこう返す。
『何馬鹿なこと言ってんすかその校長とやらは! アニキみたいな、あんな常軌を逸した魔法制御が、ドラゴンにできるわけないじゃないですかぁ!』
その声は、バッチリこちら側で再生させてもらった。
これでどうだろう。
反応を見てみようと、視線を移すと……メトロキャピタルの校長は、なぜか青ざめた顔でワナワナと震えていた。
「こ、この方のこと……先ほど『インフェルノ大陸のドラゴンだ』と仰いましたよね?」
震える指で画面を指差しながら、校長はそう聞いてきた。
「はい、そうですが」
「で、では……私はもしかして、インフェルノ大陸のドラゴンを敵に回してしまった……?」
……うーん。別に敵に回すとかまではいってないと思うが……。
などと思い、首をかしげていると、校長はひとりでにウンウンと頷きながらこんなことを言い出した。
「こ……今回の試合は、勝ちをゼルギウス王立魔法学園に譲るとしよう。わ、私も命は惜しいからねえ……」
……いやいやいや、「命は惜しい」って。
俺別に、脅そうと思ってこれをやったわけでは1ミリもないんだが?
どうしてこうなった。
ま、まあともかく、一件落着には変わりないか。
「では、今回の大将戦は、無効試合ではなかったということで」
「え、ええ」
最後はウチの教頭先生が念押しして、説得は終了となった。
その後は……十分くらいして、表彰式が始まることとなった。
俺含め、選手全員が試合場に集結すると、観客席からは大歓声が上がった。
そこまで本格的な治療はこの場ではしてもらえないのか、俺とアフロディーテ以外は未だにボロボロだったので、一応俺はエリアアブソリュートヒールをかけておくことにした。
その瞬間、傷が治ったリヒトを見て、アフロディーテはリヒトに恨めしそうな表情を向けた。
……いや、いくら金的攻撃とはいえ根に持ちすぎじゃない?
そんなことをしていると……放送席から、次のアナウンスが入った。
「本大会での勝利をもちまして、ゼルギウス王立魔法学園にはトロフィーが進呈されます。またハダル選手には、最優秀選手賞として記念のメダルが進呈されます!」
そんな言葉と共に、試合のスタッフが数人出てきて巨大なトロフィーを掲げ、うち一人は俺のところにメダルをかけに来た。
これはありがたい。
メダルくらいであれば、面接で「学生時代打ち込んだことを教えてください」と聞かれたとき、サッと収納魔法から取り出して見せるくらいのことはできるしな。
表彰式が終わると、そのまま閉会式に突入し、大会が終了することとなった。
大会終了後、しばらくイアンたちと駄弁っていると……またもや控え室のドアが開いて、さっきとは別の男が入ってくる。
彼はこう自己紹介をした。
「私はアミド、王国騎士団の人事部長だ」
……おっと、これが俗に言う「観戦に来た人事のOB」か?
「今回は君に、一つ依頼したいことがあって来た。学業と並行してで構わないから……ウチの精鋭部隊の戦術戦技顧問をやってもらえないか? 例の魔力増加薬によって部隊全体の最大魔力量が増えたのはいいものの、まだその魔力量を最大限活かせる最適な戦術が確立できていないんだ。それが非常にもったいなく感じていてね……ぜひとも君の力をお借りしたい」
おお、マジで次の仕事に繋がったぞ。
なんかいろいろ面倒なこともあったけど、これで大会に出場してよかったと思えるな。
「分かりました。やってみます」
実戦経験皆無の俺に、本当に有効な戦術が組み立てられるかは分からないが……まあ一応古代の著名な軍師が書いた本とかは多数読んできたし、何かしら役には立てるだろう。
「その仕事を受けたら、選考で有利になったりとかしますか?」
一応、肝心の質問もしておく。
するとアミド人事部長はこう答えた。
「もちろん。場合によっては、軍師の職種別採用の特別選考ルートにだって乗っけさせてもらうよ」
軍師の職種別採用、か。
騎士団ってあまりワークライフバランスが良いイメージは無いのだが、それなら話は変わってくる……かもな。
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