第63話 大将vs大将

 大歓声の中、俺は試合場へと上がった。

 アフロディーテはさっきのリヒトの攻撃が相当気に入らなかったようで、まだ鬼のような形相で仁王立ちしている。


「それでは――始め!」


 俺が所定の位置に着くと同時に、試合開始のゴングが鳴った。

 と同時に、こちらの先鋒を蹴散らしてきた時と同じく、高速移動でこちらに迫ってくる。


 ――相手が肉弾戦が得意領域なら、こちらは魔法メインで対抗するとしよう。

 俺は全身を高圧電流が流れる結界で覆った。


 アフロディーテはそれに気づかなかったのか、結界に対して思いっきり張り手をぶちかました。


「ぎゃっ!」


 強固な結界を本気で張り飛ばそうとした反作用と電撃により、アフロディーテは遠くに吹き飛ばされる。

 が……すんでのところで場外までは行かずに踏みとどまった。


「へえ……あんた、なかなかやるじゃん」


 この攻防のおかげか……アフロディーテは冷静さを取り戻したようで、落ち着き払った声でそう呟いた。


「じゃあ……こっちも本気を見せてやんよ!」


 お……今までと違う技が来るか。

 どんな技だ?


 身構えていると、アフロディーテは空中に浮かび上がりだした。

 そしてその場でグルグルと回転し始めると同時に、自身の周囲に光熱を帯びる。


 回転数はどんどん上がり、ついには逆回転しているかのように見えるまでになった。


「喰らえ……メテオ・タックル!」


 限界まで回転数を上げると、アフロディーテはそう叫びながら自身に重力魔法をかける。

 そして、俺に向かって猛スピードで落ちてきた。


 色々な魔法現象は複合した技ではあるが、メインは重力魔法だな。

 いくら高速回転していようが、高熱を帯びていようが、落ちてこなければどうということはない。


 俺はアフロディーテがかけているのとは真逆の向きに重力魔法をかけ、空の彼方へと吹き飛ばした。


 このまま場外に落ちてくれればいいのだが。


 ふと、観客席に意識を向けると……さっきまで歓声をあげまくっていた観客たちが、完全にシーンとしてしまっていた。


「な……何が起こって……いるのでしょうか……?」


 放送席から拡声魔法で実況する声だけが、その静寂を突き破る。


 俺の期待は外れたようで、アフロディーテは結界を足場にしたり飛行魔法で補助したりしながら、試合場に戻ってきてしまった。


「アレも防ぐかい。……防御ばっかしてないで、少しは攻撃してきたらどうだい?」


 アフロディーテはそうやって、中指でクイックイッと合図をする。


 挑発のつもりか。

 乗ったらカウンターが飛んでくるだろうな。

 戦術的には、こちらも様子を伺い続けるのが最適解だろう。


 しかし、アフロディーテは構えたまま微動だにしなくなってしまったので、こちらから何か仕掛けないと戦況が動かなさそうだ。

 それに、俺の目標はあくまでこの試合の勝利ではなく、試合を通じて観戦に来てるであろう人事のOBにアピールをすること。

 カウンターばかり狙っていて「主体性に欠ける」なんて思われたらたまったもんじゃないな。


 というわけで、なるべく隙ができない方法で一撃入れてみよう。

 隙ができない、かつそこそこ威力が高く、それでいて観客席に危害が及ばない一撃じゃないとな。

 俺は鳩尾あたりを狙って、弾道を制御できるよう術式を改変した竜閃光を一発飛ばしてみた。


 すると……何事もなく、その竜閃光はアフロディーテを貫通してしまった。

 このままでは観客席に竜閃光が直撃してしまうので、弾道制御で真上に流す。


「カハッ……」


 竜閃光は高熱なので、腹に穴が開いても流血こそしなかったものの……彼女はその場で軽く吐血した。


「え……?」


 試しに撃った攻撃がバッチリダメージになったことで、俺は拍子抜けしてしまった。


 罠……にしては、代償を負いすぎだよなあ。

 もしかして、本当に解析魔法で探った通りの実力しかないのだろうか。


 と、思ったが……次の瞬間、異変が起きた。

 アフロディーテの目が赤く光ると共に、その周囲からおびただしい量の青白いオーラが吹き出し始めたのだ。

 それに伴い、アフロディーテの体内のエネルギー量が、約3倍に膨れ上がるのが気配から感じ取れた。


「まさか……獄炎のオーガ?」


 そんな様子を見て、俺は古代の一冊の書物に書かれていた、とある絶滅した魔物のことを思い出した。

 獄炎のオーガという、体力が三分の一を切ると戦闘能力が三倍になる性質を持った魔物だ。


 確かその魔物も、戦闘能力上昇状態になったら、目が赤く、青白いオーラを放つようになったはずだ。

 なぜ人間の彼女がその特性を受け継いでいるのかは分からないが……どこかの段階で、先祖の遺伝子に獄炎のオーガの遺伝子が混じりでもしたのだろう。

 そして、隔世遺伝したとか。


 俺の攻撃を受けたのもやっぱりわざとで、これが狙いだったのか。


 流石に俺も古代の生物の遺伝子が混じってるとまでは思わなかったので、DNA解析まではやらなかった。

 知っていれば、どうにかダメージを与えず場外負けさせる方針を取ったのだが……そこまで可能性を考慮しなかったことが悔やまれるな。


 とはいえ、三倍に上昇したからといってグレートセイテンを超えたわけではないので、隠してた真の力がこれだけなら十分順当に勝ちに行けるか。


「ぐおおおぉぉ!」


 再びアフロディーテは、メテオ・タックルの体勢に入った。


「させるか」


 この際、全ては試合が終わってからアブソリュートヒールでもかければいいとして、即死にならない攻撃ならなりふり構わず使っていこう。

 そう思い、俺は竜閃光を四発飛ばし、アフロディーテの四肢を飛ばした。


「おらあぁぁぁぁ!」


 しかしアフロディーテはそんな攻撃を受けても尚、メテオ・タックルを途中やめにはせず、こちらに向かって高速落下してきた。


「帰れ」


 さっきの三倍の魔力量で重力魔法を発動し、アフロディーテを宙に送り返す。

 が……。


「ぬおおぉぉぉぉぉ!」


 アフロディーテは魔法で瞬間的に義足を具現化し、結界を蹴って再度こちらに突撃してきた。


 ここまで満身創痍で、まだ諦めないというのか……?

 いや、闘志に限って言えば、さっきより更に燃え上がっているように見えるぞ。


 いったい何が原動力になればこんなことが起こるんだ……?


 と思っていると、次の瞬間、彼女はこう叫んだ。


「アタシの愛しのダーリンたちの前で、無様な姿を見せるわけにはいかねえんだよぉぉ!」


 その叫びを聞いて……俺は大事なことを思い出した。


 そうだ、イアンが言ってたじゃないか。


 外見の醜さゆえの周囲の扱いが、『強くなって見返してやる』という執念になってる、と。

 そして、今の彼女の目標は『美少年のヒモを何人まで増やせるか』だと。


 要は……彼女の原動力は、平たく言えば「世間体」だ。

 その強さは、常人とは比べ物にならないが。


 であれば、やることは一つ。

 彼女の世間体を守ってやれるような攻撃で、フィニッシュを決めるのだ。

 体力的には、とっくに限界が来てるはずだからな。

 それで執念さえ消えれば、原動力がなくなって失神でもしてくれるだろう。


 俺はこう言い返すことにした。


「安心しろ。今日の観客からは、君はこう映る。『大会の敗者』ではなく、『ドラゴンに果敢に立ち向かった者』、とね」


 そして俺は彼女とすれ違うように空中に跳び上がると、竜化魔法でドラゴンの姿に変化した。


「は……竜……?」


 アフロディーテが唖然としたところで……俺は竜の息吹に見える、見掛け倒しの咆哮を放つ。


「がはああぁぁぁ!」


 咆哮はアフロディーテに直撃し……煙が晴れる頃には、アフロディーテは失神して倒れていた。


「ど、ドドド……緊急事た――あれ?」


 実況者が「緊急事態」と言おうとしたところで俺が竜化魔法を解いてしまったため、実況者は困惑の声を上げる。

 が、数秒後、実況者はこう続けた。


「し、審判、脈の判定を!」


 いや、殺してはないぞ。


 審判はアフロディーテに駆け寄ると……脈を測ってから、こう叫ぶ。


「おそらくまだ生きてはいますが、かなり重篤です! 急いで応急処置に入ってください! 一命を取り留めた場合、ハダル選手の勝利とします!」


 マジか。それはマズいぞ。

 モルデナさんが聖女の地位についている以上、応急処置班にモルデナさん以上の治癒能力があるとは考えにくい。

 そしてアブソリュートヒールに一時間半もかかってたら、その間に高確率でアフロディーテは死んでしまう。


 しかし……試合自体が終了したって判断なら、今から俺が回復魔法を放ったりしても、判定に影響はないよな。


 俺はアフロディーテにアブソリュートヒールを放った。

 すると、アフロディーテの四肢が再生し、腹の傷も塞がった。


「え……あ……な、治っ……た……?」


 審判が口をあんぐり開けたまま固まる中……アフロディーテは、ゆっくりと起き上がる。


 その様子を見て、実況者はこう叫んだ。


「アフロディーテ選手存命により……勝者、ハダル選手!」


 ……よかった。

 これで一件落着だ。


 結局……「逸材」とは言っても、将来的にはインフェルノ大陸で通用する人材になるか、くらいの意味合いだったようだな。

 俺は少し買いかぶりすぎていたのかもしれない。


 フランソワになんて説明しよう。


 そんなことを考えつつ、控え室に戻ろうとすると……すれ違いざま、アフロディーテがこんなことを尋ねてきた。


「あんた……その強さは一体何だ? 一体何が、そこまでの圧倒的な強さを目指す動機になった?」


 うーん、強さの動機か……。

 別にそもそもそんなものは求めていないんだけどな。

 ただ、強いてそれを「今の努力のモチベーション」と言い換えるとするならば――。


「ホワイト企業の内定が欲しい。百でも、千でもな」


 こんなところだろうか。


「……は? あんたほどの天才が、わざわざ雇われの身になろうってのか……?」


「どっちが優れてるとか無いだろう? 『自由』と『安定』は表裏一体なんだからな」


 たまにいるんだよな、こういう「自由」というフリーランスの正の側面だけ見て、「不安定」という負の側面を軽視するタイプの人間。

 まあ現時点で6人ものヒモを従える経済力がある人間なら大丈夫だろうし、その人に勝った俺ももしかしたら大丈夫なのかもしれないが。

 それでも俺はやはり、「安定」が欲しい。


 そんなことを考えつつ。

 俺は表彰式が始まるのを待つ間、一旦控え室に戻ることにした。

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