第62話 「逸材」の正体
「あいつだよ」
イアンはそう言って、窓の外を指した。
見てみると……メトロキャピタル側の控え室から、一人の選手が出てこようとしていた。
その風貌は……左右非対称な一重まぶたの細目に豚鼻、二重顎が目立つ顔に、服の上からでも分かる三段腹といった感じで。
たらこ唇にはテカテカと真紅の口紅が塗ってあって、右手には食べかけのピザを持っていた。
えーと……あれが、「イケメンパラダイス」のアフロディーテ……?
俺の美醜の感覚が人とそう乖離していないと仮定すれば、あの人が「イケメンパラダイス」に入っているというのは正直違和感しかないような……。
「えっと……イアン……あの人って……」
「ハハハ、ま、『イケメンパラダイス』の名前の由来を知らずに彼女を見たら、戸惑うのも無理はないわな」
困惑する俺を見て、イアンは愉快そうに笑った。
まあいい。初見の印象はともかくとして、まずは情報収集だ。
「えーと、結局あの人がメトロキャピタルの『逸材』で間違いないんだよな? どういう人なんだ?」
俺はイアンにそう尋ねた。
「ああ、あの人がメトロキャピタル魔法学園3年生にして、Sランク冒険者のアフロディーテで間違いない。なぜ『逸材』と呼ばれるかだが……端的に言えば、史上最年少でSランク冒険者に上り詰めたからだ。それもただのSランクではなく、Sランクの中でもほぼトップクラスらしい」
イアンはそう言って、説明を開始した。
「史上最年少……ハダル君が冒険者になる気がないおかげね」
またしても、ジャスミンが変なツッコミを入れる。
それはさておき、イアンはこう続けた。
「彼女の強さの理由だが……生まれつき魔力量が高めとか、才能的な要素もなくはないみたいだが、主たる原動力は男への渇望らしい。『千年に一度のブス』とさえ揶揄されることもあるあの容姿ゆえに、幼少期からあらゆる異性に冷たくされてきたらしく、それが『強くなって見返してやる』という執念になってるんだとかな。今では『美少年のヒモを何人まで増やせるか』が目標らしい」
「そのヒモたちが、『イケメンパラダイス』の名前の由来なのね」
イアンの説明を聞いて、セシリアがそんな考察を入れた。
美少年のヒモ、か……。
今日も観戦に来てるのかな?
俺はイーグルアイという視点操作魔法を用い、観客席を見回していった。
すると……メトロキャピタル側の観客席の中に、明らかに他とは顔面偏差値が一線を画する六人組が。
うち中央の二人は、おそらく自作と思われるアフロディーテの像を抱えていた。
あれがヒモたちか。
……ん? なんか像の横に看板が置いてあるな……。
「『アフロディーテ様は、Sランク冒険者としてメトロキャピタル魔法学園の創設に尽力し、メトロキャピタルに自由の学風を築くために多大な功績を残した人です。 どうかこの大会で優勝させて下さい。 総合魔法学部』……なんだあれ?」
「ハダル、何の話だ?」
「いや、観客席でアフロディーテ選手のヒモを探してたんだけど……ヒモたちが像と共に変な看板を持っててさ。アフロディーテ選手って、現役生徒なんだよね? 創設に尽力って、時系列おかしくない?」
そんな疑問を口にすると、またもやイアンは笑ってこう答えた。
「ああ、メトロキャピタル魔法学園の生徒って、立て看板とか著名な教授の像のパロディとか作るのを楽しむ文化があるんだよ」
「へえ、そうなんだ……」
「毎年受験の日になると、在校生が『合格まであと379日!』とかいう応援ポスター貼り出したりするらしいぜ」
「おうえ……へ?」
いやそれ、応援じゃないだろ。
なんで浪人前提なんだ……。
あの像が誰のパロディなのか、とかも聞きたくなるが一旦それは後回しだ。
試合に直結する情報を先に手に入れないとな。
「アフロディーテ選手、どんなファイトスタイルなんだ?」
「ええと……肉弾戦を主軸に置いたファイトスタイル、って聞いたことがあるな。すまない、これ以上の詳細までは分からない」
しかし、肝心の彼女の能力部分については、そこまで詳細な情報は得られなかった。
となると……結局は、試合を見て分析するしかないか。
手始めに、まずは解析魔法を発動してみる。
解析魔法に引っかかった情報が全てなら、グレートセイテンにも遠く及ばないようだが……本当にこれで真の力が測れているのだろうか。
などと思っているうちにも、試合開始のゴングが鳴らされた。
と同時に……アフロディーテが動く。
一瞬にしてこちらの先鋒に肉迫すると、アフロディーテは張り手で先鋒を吹き飛ばしてしまった。
先鋒の選手は、何が起こったかも分からなさそうな表情のまま場外に叩きつけられる。
「い、今のは……まさか瞬間移動?」
その様子を見て、隣でセシリアがぽつりとそう呟いた。
「いや、瞬間移動ではないな。ただ先鋒の選手が反応できない速度で移動し、張り手をかましただけだ」
一応、そんな補足を入れておく。
確かに、肉弾戦を主軸に置いたファイトスタイルというのは間違いないようだ。
惜しむらくは、あまりにも力の差がありすぎて全然本気を見れなかったことか。
その役割は、リヒトに期待するとしよう。
学内大将決定戦の感じだと、あまり期待はできないのだが……一応あれからワクチンを打ってるんだし。
そんなことを考えている間に、リヒトが試合場に上がった。
アフロディーテはといえば、目をつむったままピザを頬張り、ゆっくりと噛み締めている。
あれが彼女なりの精神統一か……?
分析していると、次の試合のゴングが鳴った。
今回の試合は、リヒトが先に動いた。
学内大将決定戦の時と同じく、初手は地面に足を突っ込んでの金的狙いだ。
すると……アフロディーテは半身をずらして攻撃を避け、その足を掴んだ。
そしてそのまま、リヒトの全身を引っ張り上げる。
そのままアフロディーテは、リヒトを空中でグルングルンと振り回し始めた。
「乙女相手によぉ……やって良い攻撃とダメな攻撃があるだろうがあぁぁぁぁ!」
そんな叫び声を轟かせながら……アフロディーテは思いっきりリヒトを放り投げる。
リヒトは闘技場の壁に激突し、場外負けとなった。
……うん。今回も、見れたのはただのパワープレーだけか。
Sランクたる所以の奥義とか、そういうのまで見れたらと思ったが、リヒトには荷が重かったようだ。
てか……さっきイアン、例年は「3人がかりで天才の体力を削る的な展開になる」って言ってたよな。
今のを見る限り、アフロディーテの体力、ほとんど削れてなくないか……?
その点は確かに、間違いなく「逸材」の所業だ。
「なあ、ハダル……今のを見て、どう思った?」
頭の中で考察していると、イアンが横からそんなことを聞いてきた。
「分からない。さっきの二人相手には実力の一割も出してなかったから、本気がどれくらいかが未知数だ。理論値的には、グレートセイテンよりは弱いはずなんだが……」
一応俺は、そんな感じで答えておく。
すると……なぜかイアンとジャスミンが、困惑したような表情で顔を見合わせた。
「いや、勝てそうかどうかじゃなくて、どのくらい手加減したら適切か判断がついたかを聞こうと思ったんだが」
「なんか逆に心配になってきたわ。相手の実力を高く見積もりすぎて、間違って殺しちゃわないでよね?」
……え、そっちの心配?
まあもちろん、「初手魔素加粒子砲で決着をつけるぞ!」なんて気はさらさらないんだがな。
アフロディーテの耐久力はともかくとして、闘技場の観客席を守る結界が割と脆弱なので、あまり余波のデカい攻撃が使えないのだ。
結果的に、ある意味手加減せざるを得なくはなってしまう。
だが……その条件は、アフロディーテも同じことだ。
俺は俺で、油断はせず慎重に戦っていくとしよう。
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